ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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『サウザンド・バウンド』編描き終えました。全四話です。

次はまたお休みいただきますね。次はなに描こっかなぁと絶賛悩み中ですので。


EX:エヴィルの元はEvil(邪悪)

 アルビオンで開催されたスカイグランデ・ファイト。

 その一回戦と二回戦は大勢の予想を覆す結果に終わっている。無名の似た恰好をした選手が有名選手を倒して勝ち上がるという健闘を見せたのだ。

 

 大盛り上がりを見せる武闘大会の三回戦。

 

「アリーザ!!」

 

 リングを挟んだ片側から姿を現したのは、先ほどまで観客席でジータと話していたアリーザだ。脚技を得意とする格闘家で、お転婆ではあるがああ見えてバルツ公国の中でも有数な権威の家に生まれたドラフの少女だ。

 

 対するも女性。そして脚技を得意とする。

 

「フラウ!」

 

 アリーザの反対側から現れた女性に、観客席の男性が怒号にも似た雄叫びが上がる。歓声と呼ぶには野蛮が過ぎる声だ。

 彼女は銀髪を靡かせて赤いケープのついた紺色のローブを纏っていた。およそ格闘家の恰好ではないが、それでも彼女は圧倒的であった。

 

「片やバルツ公国からやってきた炎鳴流継承者ッ! 片や全くの無名でありながら、予選で優勝候補とすら呼ばれた元地下闘技場の無敗王者アイルを一撃で土につけ、残りの参加者を圧倒的な強さで薙ぎ払った! これは見所のある勝負になりそうです! 互いに脚技を得意としているところもポイントが高いですね!!」

 

 心なしか審判のテンションもそれまでと違って高いように見える。その全ては、フラウという女性が理由である。彼女の持つ妖しい美しさは男に暗い感情を引き起こさせるのだ。

 

「一体どちらが勝つのか! それはこれから両者に見せてもらおう! では第三回戦、ファイトッ!!」

 

 熱く滾った様子で審判が試合開始の合図をする。リングに上がった両者は対峙して相手の出方を窺った。他二試合とは違い静かな立ち上がりだ。アリーザはフラウが予選で相手を蹂躙した話を知っているため警戒している。フラウは不敵な笑みを浮かべて佇んでいるだけだ。それでも負ける気はないのか隙だらけではない。

 

「……来ないなら、こっちから行こうかな」

 

 フラウは言って、笑みを浮かべたまま駆け出した。アリーザは集中を深めて迎撃するように構える。フラウが間合いに入って足を止めて右脚を振るうのに合わせてアリーザも右脚を振り、両者の脚が激突する。

 

「っ!」

 

 蹴りの激突とは思えない衝撃が二人の長髪を靡かせた。互角のように見えたが顔を歪めたのはアリーザの方だ。

 

「へぇ、やるね。じゃあもっと強くするね」

「上等!」

 

 フラウは蹴りで自分の蹴りを受け止める相手だったことを嬉しく思いながら、より激しく攻め立てる。アリーザも自分の分野で退く気はないのか、真っ向から受けて立つようだ。

 両者の華麗な脚技の応酬に観客も大いに盛り上がる。先ほどまでとは違って見た目に華があるのも理由の一つかもしれない。

 

 種族という点ではアリーザの方が有利には違いない。ドラフ族は男女問わず力が強いことで有名だ。エルーンのフラウと蹴りをぶつけ合ってアリーザが押されるという結果にはなり得ない。とするとフラウの膂力が異常なのである。

 蹴りの応酬は一見互角に思えたが、どんどん速く強くなっていくフラウが余裕そうな表情のままだというのに、アリーザは険しい表情をしている。

 

「激しい蹴りの応酬だが、これはアリーザが押されているか!?」

(わかってる、けど強くて速くて重い!)

 

 フラウがまだ本気を出していないからこそ互角になっているような状態だ。それが如実に現れたのは、アリーザが全力を出し切った少し後だ。まだまだ上げるフラウに食らいつくことができなくなり、大きく体勢を崩されたのだ。

 

「くっ!」

「ふっ!」

 

 呻くアリーザの腹部にフラウの蹴りが直撃する。耐えようと力を込めていたにも関わらずリング際まで押されてしまった。

 

「げほっ……!」

「フラウの蹴りが直撃ぃ! 流石の威力で一気にリング際まで押し込んだ!」

 

 熱狂の渦が更に強くなる会場。

 

「もう終わりとは言わないよね?」

「当然!」

 

 フラウの声に応えて、自分が今使える全力を見せると決めた。

 

「蒼炎嵐翔ッ!!!」

 

 渾身の奥義を真っ向から放つ。避けるような真似はしないだろうと思ってのことだ。

 

「ふふ、そういうの嫌いじゃないよっ!」

 

 フラウは楽しそうに笑って、しかし自分は奥義を使わない。ただ全力で、アリーザの蹴りに合わせて蹴りを放った。

 観客席まで衝撃が届く両者の一撃が真っ向からぶつかり合い、そして相殺される。

 

「っ!?」

 

 流石にただの蹴りで相殺されるとは思っていなかったのもあり、驚愕に目を見開くしかなかった。

 

「楽しかったよ、またやろうね」

 

 フラウは勝利を確信した笑みを浮かべてアリーザを蹴り飛ばし、リング外へ追いやった。

 

「アリーザ、リングアーウトッ! 三回戦の勝者はフラウだぁ!!」

 

 「フ・ラ・ウ!!」と男性の観客から熱狂の声援が送られる。だが彼女はそれに応えることなくそそくさとリングを去った。今の彼女にそれを受け入れる気はないのだ。

 

 続く四回戦。

 熱くてバカで拳で語り合うことを信条とする金髪の青年、フェザー。

 そしてそのフェザーと幼馴染みで脚技を得意とするのに拳で戦いたいとフェザーに言われ続けてうんざりしているライバル、紫の長髪を後頭部で括ったランドル。

 二人の試合だ。

 

 強敵と書いて「とも」と読むと審判が最初に紹介した通り、因縁のライバル対決は大いに熱く盛り上がったのだが。

 結局両者が倒れてしまいダブルノックダウンで引き分けとなってしまった。

 

 二人が次の試合、勝者が臨む試合の前に目を覚まして決着をつけなければ、そのまま敗北となるとのことだ。

 

「まだまだいくぞぉ! 続いて第五回戦ッ!!」

 

 ソリッズを打ち倒した無名の選手エヴィルマスク対メイド服を着込み籠手を嵌めた黒髪の女性クラウディア。

 両者がリングに上がれば主にクラウディアを応援する声が多いことがわかった。特に「そんな野郎やっちまえネェチャンーッ!!」と叫んでいるのはエヴィルマスクに負けたソリッズだったりする。

 

「お久し振りですね。その妙な恰好で、名前も隠して、一体どういうおつもりですか?」

「……」

 

 クラウディアは彼の正体に感づいていた。アウギュステで行われた宴の席でやたらと料理を作り続けていた人物を、彼女は記憶に残していたのだ。

 あとその人物が度々料理を運ぶように頼んでいた少女のことをよーく覚えていた。

 

「答えるつもりはありませんか。では、私が勝ったらあなたの思惑を聞かせてもらいます」

 

 クラウディアは籠手を構えてやる気を滾らせる。

 

「おおっとクラウディアがやる気満々の様子だーっ! それじゃあ早速始めよう! 五回戦、ファイトッ!!」

「グランツファウストッ!!」

 

 審判の合図直後、クラウディアが地面に拳を叩きつける。その衝撃が一直線にエヴィルマスクを襲った。それを防御でやり過ごしたところに、彼女が直接殴り込む。

 

「……やはり先ほどの発言は取り消します。私が勝ったらオーキスお嬢様をください!」

「いや、そっちの方が無理あるだろ」

 

 クラウディアの欲望塗れの発言に、思わず素で返してしまったエヴィルマスクの中の人。ともあれ拳を避けてカウンターをかます。……ソリッズの時同様、クラウディアの顔面に。

 

「っ!?」

 

 完璧に見切られたことを驚くよりも、情け容赦なく顔を狙ってきたことに少し驚いた。

 

「あの野郎、ネェチャンの顔になんてことしやがる!」

 

 キレるソリッズの声は当然届かず、エヴィルマスクはそのまま追撃として腹部に拳をめり込ませた。

 

「かはっ!」

 

 苦しげに息を吐いて身体を折るクラウディアの下がった頭を、膝蹴りで打ち上げた。クラウディアも反撃しようと拳を振るうが、当たらない。若しくは当たっても構わず突っ込んでくる。代わりに強力な一撃を叩き込んでいくのだ。

 

 容赦のない攻撃を、笑みを浮かべたまま行うのだからそれは当然、空気が悪くなる。

 

「あの野郎! ふざけやがって!」

「甚振ってんじゃねぇクソ野郎が!」

「そうだそうだ!」

 

 観客から次々に野次が飛んでくる。だがエヴィルマスクは聞こえていないフリをしているのか容赦なくクラウディアに攻撃を重ねていた。

 

「こ、これは予想外! エヴィルマスク完全アウェイ! 野次がたくさん飛んでいる!! だが手を緩める気はないようだぞ!? あ、ちょっと、モノを投げないでください!?」

 

 ブーイングの嵐が巻き起こるのだが、エヴィルマスクには全く効果がないようだ。クラウディアは攻撃を重ねられてフラつき、そこを背後に回ったエヴィルマスクが腹部を抱えるようにして持ち上げた。

 

「……どういうつもりか、説明を求めてもよろしいですか?」

「全て終わればわかるさ」

 

 当人にしか聞こえないそんなやり取りの後、エヴィルマスクは海老反りになってクラウディアをリングに叩きつける。離して起き上がればクラウディアは力なく倒れた。

 

「ジャーマンスープレックスが決まったーぁ! 五回戦の勝者は残念ながらエヴィルマスクーッ!!」

 

 勝ってしまったことでブーイングが激化する。そんな中、エヴィルマスクは徐に審判へ近づいて持っていたマイクを奪い取った。

 

「文句があるなら俺に勝ってみろよ」

 

 一言、そう挑発した。その言葉に一瞬間を置いてブーイング、と言うより罵詈雑言が飛び交うこととなる。エヴィルマスクは気にした様子もなく審判にマイクを返して去っていった。

 

「そ、そんなエヴィルマスクと次に戦う選手が決まる第六回戦を始めましょう! モノは投げないでくださいね!?」

 

 審判はなんとか場を回していく。

 

 エヴィルマスクに対するヘイトが高まった観客席で、ここにも苛立った様子を見せる人が一人。

 

「……」

 

 ジータである。腕を組みとんとんと一定の間隔で指で腕を叩いている。表情も険しく如何にも怒っていますよという様子だ。

 

「お、おいジータ? クラウディアがボコボコにされたからってそんな怒るんじゃ……」

「違うよ」

「えっ?」

 

 ビィが恐る恐る尋ねるが、彼女は否定した。それに聞き返すのはルリアだ。

 

「別に、勝負の世界だからクラウディアさんを容赦なく殴るのを責める気はない。女だからっていう理由で気を遣われる方がもっと嫌」

 

 それはジータが女性だから思うことなのかもしれない。真剣勝負の場にそういうのを持ち出されるのは嫌だという気持ちはあった。フラウに負けて戻ってきていたアリーザも神妙に頷いている。

 

「それよりも気になるのは、ダナ――エヴィルマスクがなんで必要以上に嫌われにいってるのかってこと」

 

 正体を言いかけるがアリーザの手前途中で切って、口にする。

 

「必要以上に嫌われにいってる? なんでそんなことする必要があるんだ?」

「さぁ? でもクラウディアさんの怪我だってちゃんと後遺症が残らない範囲だったし、怪我の深刻さよりも見た目の酷さが大きい怪我ばかりだった。多分、狙ってやってる」

「そんなことしていっぱいブーイングされて、なにがしたいんでしょう」

 

 ジータの推測に心優しいルリアが悲しそうな表情をした。

 

「それは本人にしかわからないけど、試合が全部終わったらとりあえず殴る」

「うぇっ?」

「絶対殴る。真意を聞き出すから」

 

 ジータの宣言に三人は引いていた。だが余計なことを言ってイライラを増やしてしまうと余波が飛んでくるかもしれない。元々自業自得なんだからと言い聞かせて触れなかった。

 

 その後サイファーマスクとガンダゴウザの試合が開始されたが、ガンダゴウザに傷がありそれが魔物の襲撃によるモノだということがあった。それをサイファーマスクが加勢して倒したのだが、サイファーマスクには傷がない。

 同じような恰好をしたエヴィルマスクにヘイトが溜まっていることもあり、あいつもなにかしているんじゃないか、と懸念を抱かせていた。

 

 徐々に嫌な雰囲気になっていく会場で、サイファーマスクとガンダゴウザは互角に渡り合う。しかし決着をつける前にガンダゴウザが自らリングを降りて試合は終わった。ガンダゴウザの様子から二人は知り合いだったようだとなんとなく察しがつき、その上でガンダゴウザが勝ちを譲ったことでサイファーマスクに対する懸念は少しずつ増えていく。

 

 それを、観客席の一番上から観察していた黒ローブの少年は。

 

「……なるほど、こういう手か」

「どうするの?」

 

 彼の呟きに返したのはフードで顔を隠したフラウだった。

 

「予定に変更はないな。それより次の試合だろ? そろそろ行ったらどうだ?」

「うん、そうする」

「次の対戦相手はかなり強いぞ。……存分に楽しんでこいよ」

「ええ、もちろん」

 

 フラウは微笑みを返して立ち去る。

 

「……そう上手くいくと思うなよ、英雄さん」

 

 その後彼は不敵な笑みを浮かべて呟くのだった。


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