ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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オリジナル主人公側のプロローグも投降しておきます。


グラン君と対になるような邪道主人公を目指したいと思っています。
ネーミングはグラン君と一緒。

類似作品に心当たりがあればお知らせください。


矮小なる闇は己を探す旅路へ

 この世界は空の世界とも言われている。

 島々が空に浮かび、船で空を渡り島を行き来する。

 

 見ようによっては幻想的な世界だが、一方で治安はあまり良くない。

 どこにでもガラとタチの悪い輩がいて、善良な市民を恐喝する。

 

 秩序の騎空団や十天衆といった抑止となる存在もいるが。その程度の小競り合いに出てくる必要はないと思っている。または自分達の見える範囲でしか対処できないのか。

 

 なんにせよ、そういう連中がいたとしてもこの世界には無法地帯というのが存在していた。

 

 俺の住んでいる、この島もそうだ。

 

 この島にある街は治安が悪い。盗みから殺し、強姦なんてのも日常茶飯事だ。それもこれもマフィアの野郎共が牛耳っているせいだ。あいつらが好き勝手やるから、傘下に入って好き勝手やろうという輩が出てくる。俺みたいな弱者は肩で風切って歩くヤツらに目をつけられないことを祈るしかない。

 

 この街ではマフィアの言うことが法律みたいなモノだ。目をつけられたら、一貫の終わりだ。

 しかも俺のやっていることは、マフィアからしてみれば憤怒モノだ。

 

 なにせ俺は、ヤツらからモノを盗むことを生業としているのだから。

 

 当然、見つかれば半殺しじゃ済まない。殺されるか、拷問を受けてどこに盗んだモノを流しているか吐かされるなどするだろう。

 それでも俺が盗んでいるのは、生活のためだ。身寄りがなく真っ当な生き方を知らない俺には、こうする以外に生きる術を知らなかった。マフィア相手でなければ危険は少ないが、逆に報酬も少ない。この街でマフィア連中以外に盗んで売れるようなモノを持っているヤツはいないのだ。

 

 だから俺は、今日も淀んだゴミ溜めのような街を歩く。石畳の通路の脇や細い路地には多くのみすぼらしい恰好をした人が座り込んでいる。倒れているヤツはもう終わりだな。もう目覚めることはないかもしれない。

 俺もただ街を歩いているわけじゃない。仕事があった。フードを目深に被って視線を隠しつつ、道行く人達を観察する――見つけた。マフィアだ。談笑しながらこっちに歩いてきている。リーダーらしき角の生えた大柄の種族、ドラフの男が肩に人を担いでいる。髪の中に三角の耳が生えた種族、エルーンの少女だな。売り物にする気だろう。

 だからと言って助けるようなことはしない。そうすれば俺が殺されるだけだ。目の前で浚われる人を見過ごすなんて、この街じゃよくあることだ。罪悪感なんてない。

 

 ……あいつが財布持ってるな。ズボンの右ポケットか。やってやるか。

 

 俺にできるのは誰かを助けることじゃない。マフィアからモノを盗むことだけだ。

 少女を担いだドラフが財布を持っている。なら注意が逸れて盗みやすい。

 

 俺は歩き方を変える。しっかりとした足取りから、クスリをキメた輩がするような覚束ない足取りに変える。この歩き方ならわざとぶつかった、という風に思われないのだ。俺はふらふらと男の方へ近づいていき、ぶつかる。自分の身体でポケットの位置を隠し左手で素早く抜き取り左腰のポーチに入れる。重さから考えると大分美味い仕事だな。

 

「あぁ?」

 

 ドラフの男は苛立ったような声を上げるが、俺が気にせずふらふらと歩いていくと舌打ちしてそのまま歩き出した。ま、クスリで脳機能が低下したヤツに怒鳴ってもしょうがないよなぁ。

 俺はそのまま歩いていき、人混みに紛れる形でそいつらから離れていった。

 

 細い路地に入ってからは普通に歩き、裏路地を駆けていく。そして盗品を売ってくれる店まで直行した。

 

 店の名前はない。看板なんて立派なモノもない。ただ俺はそこが店だと知っている。扉を開けると来客を知らせるベルが鳴った。一応表向きは雑貨屋らしいの様々な商品が店内に並んでいる。

 

「よぉ」

 

 棚の奥で座っていたハーヴィンの男に声をかけた。ハーヴィンは男女共にヒューマンの子供ほどしか身長がなく尖った耳をしているのが特徴だ。

 

「おう。ダナンじゃねぇか。仕事は終わったのか?」

 

 俺の名前を呼び、他に客がいないこともあって早速本題に入った。

 

「ああ。あの間抜けな連中から、財布盗んでやったぜ」

 

 俺は腰のポーチから盗んだ財布を取り出して見せる。

 

「ほう? 見せろ、財布そのもの含めて、査定してやるから」

「待てよ、中身の確認が先だ」

 

 こいつと俺は提携している。俺がマフィアからモノを盗み、こいつに売りつける。こいつは俺に報酬を提供し、盗品をどこかへ横流しする。またマフィアから特定のモノを盗んで欲しい時は俺に依頼が来るようになっている。そういう場合は報酬も上乗せされる代わりに、危険も多くなる可能性が高い。

 ただ財布やなんかは先に中身を見ておくのがいい。こいつが中身の金額を偽って分け前を減らす可能性もあるからな。先に中の金額を確認して、こういう場合は半分だから半分確保しちまった方が公平だ。逆に俺がちょろまかそうとするとバレるので、やめておいた方がいい。商人は目敏いんだとよ。

 

 財布を開き中身を確認する。……マジかよ。五万ルピも入ってやがるぜ。これならしばらく仕事しなくても暮らせるんじゃねぇか?

 

「その顔、さては相当な金額入ってたな?」

「当たりだ。五万だぞ五万。二万五千は貰っとくからな」

 

 俺は二万五千ルピをポーチに放り込んで財布を手渡す。

 

「ああ、好きにしろ。しかし五万か。相当な大物に手ぇ出しやがったな?」

「ドラフの男だったな。エルーンの少女担いでたから、奴隷として売り出す立場なんだろうよ。余程羽振りがいいんだろうな」

「あー、なるほどな。奴隷売買の担当連中か。そりゃ金持ってるわけだ。しかしそんな連中に手ぇ出したらてめえもそろそろ危ねぇんじゃねぇか?」

「かもな。だが安心しろ。万一捕まるようなことがあっても、あんたの名前は出さねぇよ」

 

 まぁ名前自体は教えられていないのだが。もし捕まったら拷問されてどこに流しているか聞かれた時に面倒だからな。場所だけなら、数日来なくなった時に移転すればいいだけだ。ただ名前が割れると特定されやすなってしまう。

 

「違ぇよ、そういう話じゃねぇ」

 

 俺はそう捉えたのだが、どうやら商人にとっては違ったらしい。

 

「じゃあなんだよ?」

「あー……まぁ、なんつうかな。てめえがうちで一番の稼ぎ頭なんだよ。てめえが捕まったら売り上げ落ちちまうっての」

 

 商人は頭を掻きながらそう言っていた。

 

「腕買ってくれるのは嬉しいが、俺なんて若輩だろうが。代わりなんていくらでも作れるだろ」

「てめえみたいに器用で度胸あるヤツなんて早々いねぇんだよ。マフィアには逆らわない。そういう常識が染みついたヤツばっかりだ」

 

 商人が吐き捨てるのを聞いて、確かにそうかもしれないと納得する。

 この街にいる連中は、生きるだけで精いっぱいになっているヤツが多い。そんな中ルールの体現者とも言えるマフィア連中に手を出したいと思うようなヤツはいないだろう。悪戯に命を縮めるようなもんだ。

 

「かもしれねぇな」

「だろ? だからよ、ダナン。下手打って死ぬんじゃねぇぞ」

「わかってるよ、そう簡単には死なねぇさ」

 

 珍しく真剣な様子の商人に軽く手を振って、店を出た。そして店の扉が閉まる直前で、

 

「……悪いな、ダナン」

 

 そんな声が聞こえた気がした。それが俺の空耳だったのか、本当に呟いたのかどうかはすぐに判明した。

 

「よぉ。やってくれやがったなぁ、クソガキ……!」

 

 店を出たところに、俺がさっき財布を盗んだドラフの男が立っていたのだ。当然、額に青筋を浮かべてお怒りのご様子だ。

 

「俺達マフィアに手ぇ出したらどうなってるかわかってんだろうなぁ、おい!」

 

 ばきばきと拳を鳴らして凄んでくる。……マジかよあの野郎、俺を売りやがったな。クソ、これだからこの街は嫌いなんだ。俺は一人で、相手は三人。ドラフの男にエルーン、ヒューマンの三人組だ。俺は腰の後ろにある短剣しかねぇが、ドラフは拳だろうがエルーンはシミター、ヒューマンのヤツなんかは弓を持っていやがる。逃げるったって無理だろこんなん。

 

「……はっ。こんなコソ泥に財布盗まれるもんだから、マフィア様とは思わなかったぜ。悪かったなぁ」

 

 俺はここぞとばかりに嘲笑ってやる。

 

「てめえ……!」

 

 確実にキレただろう連中には構わず、俺は駆け出した。形振り構ってはいられない。この街から逃げてもこの島から逃げることはできないが、なんとか逃げねぇと。明日すら来ないで終わるぞ。俺はこんなところで死ぬわけにはいかねぇんだよ。今まで必死になって生きてきたのだって、この島からおさらばするためだ。クソ、あの商人め。恨んでやるからな。

 

「おいおいどこ行くんだよぉ!」

 

 逃げ出した俺を、ヒューマンの男が矢で狙ってくる。肩越しに振り返りながら矢の軌道を読んで回避し、その辺にあったモノを投げて狙いを遮り邪魔をする。

 

「おっとこっちは外れなんだなぁ!」

 

 逃げている俺を先回りするように、別のヤツが路地から現れた。……チッ。三人だけじゃねぇのかよ。

 片手剣で俺を斬ろうとしてくるヤツの攻撃を見切り、ヤツの右から回るように背後を取って右腕で首を絞め喉元に抜き放った短剣を突き刺した。すぐに抜いて殺したヤツの尻を蹴飛ばし、矢の盾にする。そのまま路地を曲がって逃げ続けた。

 

「追え! 絶対に逃がすんじゃねぇぞ!」

 

 マフィアの怒号を背に、俺は走り続けた。

 

 ……ああ、クソッ! 殺っちまった! これじゃ島からも出れねぇぞ!

 

 マフィアを殺しちまった。確実にこの街にはいられない。しかも向こうもそれはわかっているから、確実に出入り口を塞いでくる。そうなったら俺は終わりだ。だから封鎖される前に街から出るしかねぇんだが。

 

「……ははっ。クソ食らえだな」

 

 既に一番近い出入り口はマフィアが屯していやがった。俺が行けそうなところは真っ先に抑えてあるってわけか。となると結構な人員が動いていやがるな。少なくとも盗っ人一人に対して動かす人数ではなさそうだ。

 ってことは、別の出入り口を探すなんて無謀にも程があるよな。どの出入り口も封鎖しようとして散らばっている今がチャンスなんじゃないか?

 

 いや、流石にこの考えの方が無謀すぎる気もするな。勝てる保証がない戦いをするなんて、俺の柄じゃない。

 確実に勝てる環境を作ってから挑みたいんだが。

 

「……無理だよなぁ、そりゃ」

 

 この事態が突発的なモノだ。準備も全然できてねぇ。なにより物資が少なすぎる。もっと手札を増やした状態なら良かったんだが。

 

 だが、やるしかない。やらなければ捕まった殺されるだけだ。拷問を与えて引き出したい情報も、もうないだろう。

 

「……はぁーっ。クッソ、こんなの俺の柄じゃねぇんだからな」

 

 俺は盛大にため息を吐いて、俺は物陰から飛び出し屯しているマフィア共の内一人を不意打ちで首筋を斬り絶命させる。

 

「てめえは……!」

「ああ、俺の方から来てやったぞマフィア共! 大人しく道を開けろ!」

「舐めやがって! 殺してやるぞ!」

 

 こうして俺と、マフィア九人の戦いが始まった。……途中までは良かったんだけどなぁ。

 

「あと三人……死にたくなかったら道を開けろや!」

「手負いの盗っ人一人に手古摺ってんじゃねぇよ!」

 

 俺が合計で七人を殺った後、後ろから声が聞こえた。がんと強い衝撃を頭に受けて、怪我を負っていた俺は地面に伏した。クソッ、意識持ってかれるとこだったぞ。なんて力してやがる。立ち上がろうにも、すぐ背中を踏みつけられて動けなくなる。踏みつける力も強い。全く起き上がれねぇ……!

 

「やっと捕まえたぜ。散々俺達をおちょくってくれやがったな、てめえ」

 

 声で思い出した。俺が財布を盗んだドラフだ。クソッ。俺もここまでか。

 男が踏みつける力を強めた。めきっという音が聞こえ激痛が襲う。

 

「がぁ……っ!」

「調子乗ってんじゃねぇぞ! ここでは俺達がルールなんだよ。俺達に逆らったらどうなるか、教えてやる!」

 

 男がなにかを喚いていたが、そんなことどうでも良かった。苛立ちに合わせて力を強めるもんだから、痛みが増してそれどころじゃない。

 これが、強者に逆らった弱者の末路だ。弱いヤツはこうなるんだ。だから、どんな手を使ってでも勝たなきゃならなかった。けど俺にそれだけの力はなかった。

 

 何度殴られたかわからない。何度刺されたかわからない。ただ身体中どこもかしこも痛くて、意識がはっきりとしなかった。

 

「……チッ。おい、てめえら。こいつを川に捨ててこい。死体の顔見るだけでも不快だ。川に流せば空の底に落ちるだろ」

 

 俺をぼこぼこにしたドラフの男が不機嫌そうに言って、意識が朦朧とする俺の頭を掴み持ち上げる。

 

「おい。最後になにか言い残すことはあるか? あるよな、俺達に言うべきことがよぉ」

 

 視界が霞んで顔は見えない。ただ声で目の前にいるのだと認識できた。

 こいつは多分、俺に謝罪して欲しいんだろうな。公の、他の弱者がいる前で逆らった俺が屈服する様を見せつけたいんだ。だったらなんて言うかは決まってるよなぁ。

 

「……ねぇなぁ。俺に財布盗られるような間抜けにかける言葉なんてよぉ」

 

 笑えたかどうかはわからない。だが、例え掠れていたとしても声が届きさえすれば充分だ。見えてはいないが、きっと最高にムカついた表情をしているだろうな。いい気味だ。

 

「てめえ、ふざけんじゃねぇぞ!」

 

 身体にかかる負荷から、多分地面に思い切り投げられたのだと推測して、身体を強かに打ちつけた。そこで俺の意識は完全に途絶えたから、その後どうなったかは知らない。死んで川に流されたのか、川に流されてから死んだのか。意識のない俺にはわからないことだった。

 ただ、どっちにしろ多分死ぬだろうな、とは確信していた。


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