ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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予選がそろそろ終わりそうな時間。多分騎空士の皆さんは走ってるので読んでいるとしても予選後のはず。

お疲れ様です。


『ジョブ』の起源

 食事を終えた後、俺とオルキス、グラン一行は一緒にルーマシーの森の中を歩いていた。

 

 先頭を案内するというロゼッタが。

 続いてグラン、ジータ、俺の三人。

 その後ろはイオ、ルリア、オルキス。

 そしてカタリナ。

 最後尾はラカムとオイゲンがいる。

 

 ビィはグランの頭に乗ったりルリアの方へ行ったりカタリナに呼ばれたりとふらふらしていた。

 

「ねぇ。ダナン君」

 

 俺としてはオルキスの前を歩くというだけの意味だったのだが、隣になったジータが声をかけてくる。

 

「ん?」

「ダナン君はなんで『ジョブ』の力持ってるか知ってる?」

 

 俺の核心に迫る質問だった。おそらくただの興味だとは思うのだが。

 

「いや全然。むしろ俺がそれをお前らに聞きたいね。なにせ他に持ってるヤツがいないと思ってた能力を、二人は持ってたんだろ?」

 

 双子とはいえ自分以外が持っているか持っていないか、というのはとても大きいと思う。俺は特異すぎると思っていたが故にひた隠しにしていた。そのせいであまり全ての武器が扱えるようになる、という利点を活かし切れずスタートが遅くなってしまっている。

 

「う~ん。それは双子だからかな、って思うけど。ね、グラン」

「ああ、うん」

 

 双子だから一緒の能力、か。しかしそれでは説明のつかないこともある。

 

「で、お前らはなんで『ジョブ』持ってるか知ってるのか?」

 

 肝心な部分を聞き直す。

 

「うん。多分、っていうだけだけど」

 

 なんとあっさりジータは頷いた。……マジかよ。俺の旅の目的こいつらと会話するだけで大部分達成できるんじゃね?

 

「僕達の父さんが、初めて『ジョブ』の力を持つヒトだった、って聞いてるよ」

「父親が?」

「うん。お父さんはなんかこう、すっごく強かったらしいんだけど、その理由の一つが『あらゆる武器を極めている』ことだって聞いたことあるから」

「へぇ。つまりは遺伝ってことか……」

 

 思わぬ有用な情報だ。こいつらの父親――イスタルシアにいるとかいうとんでもねぇヤツが『ジョブ』を持っていて、二人はそれを受け継いでいる。

 

「あっ。ってことはダナン君も異母兄弟だったりするのかな?」

 

 ジータが思い至ったような顔をする。俺もその可能性は考えた。が、違うと断言できる。

 

「いいや。俺は父親と母親を覚えてるが、多分違うだろうな」

「? でもそのお父さんが、私達のお父さんと同じってことはあると思うけど?」

「絶対ねぇよ。親父はお袋めった刺しにして殺した張本人だからな。そんなヤツが父親なら、お前らもそんな風には育たないだろ」

「「……」」

 

 物心つく前だったが、なんとなく覚えている。

 俺を捨てにあの街へ来た母親を、必要以上に傷つけて殺したあの男。黒い長髪に赤い瞳をした男だった。冷酷非道な雰囲気を漂わせていたから、そんなヤツがこの二人のような善良な子供を育てられるとは思わない。

 

「えっと、なんかごめんね……」

「構わねぇよ。俺がまだ赤ん坊の頃の、朧気な記憶だからな。ってか母親も俺のことを捨てに行ったところで殺されてるから、どっちもどっちだろうな」

「……なんか、壮絶な人生だね」

「そうでもないだろ。親に捨てられた子供なんて、世の中にはいくらでもいる。んで、これでもまだ父親が同一人物だと思うか?」

「いや。父さんはそんなことをする人じゃない、と思う」

「うん……あんまり覚えてないから断言はできないけど、皆に慕われてたし」

 

 俺が境遇について話をしてしまったからか空気が少し悪くなる。とりあえず二人とは父親が違う、となった。じゃあ俺のこの力はどこから来たもんだよ、と思うのだが。二人の話を聞く限りだと……クソ親父から受け継いだ可能性が高いってわけか。

 

「そうかい。まぁお前らがそう思うならそうなんだろうな。そういやもう一個聞きたいんだが」

「なに?」

「ジータじゃなくてグランにな」

 

 ジータが顔を向けてくるのに言うと、今度はグランが顔を向けてくる。

 

「僕?」

「ああ。お前、なんか武器呼び出す能力みたいなのあるだろ? あれなんだ?」

 

 強力な一撃を叩き込む時は必ず使うあの力。加えてジータはグランが呼び出した武器を持つだけのようなので、グランしか持っていない能力だと思われた。

 

「あっ! やっぱりダナン君も持ってないんだ!」

 

 「ない」方なのにやけに嬉しそうな様子でジータが顔を近づけてくる。顔が近い。顔を顰めて少し上体を反らす。

 

「あ、ごめんね。つい……」

 

 照れたように笑って詰め寄っていた体勢を直した。

 

「あれは『召喚』。ジータも持ってない能力、かな。父さんも持ってたっていう話は聞かないよ」

「じゃあお前だけの固有能力ってわけか。武器を出現させられるなんて狡くないか」

 

 俺なんか革袋に入れて持ち運ぶ必要が出てくるっていうのに。

 

「ホントだよ。私なんか鞄に色んな武器詰め込まないといけないから重いし、お金もかかるし」

「全くだ。こちとら素早さが売りなのに武器いっぱい提げてんだぞ」

「……なんで二人して僕責めてるの」

 

 共通点を持つ者故の共感だ。

 

「んんっ。言っとくけど、『召喚』だってタダで武器呼べるわけじゃないんだからな。宝晶石っていう特殊な石が必要になるんだ。こういうの」

 

 そう言ってグランはポーチから虹色に輝く石を取り出した。……見たことない石だな。

 

「ほう?」

「この宝晶石三百グラムで一つ、世界中にある全ての武器の中から一つがランダムで『召喚』されるんだ」

「……欲しい武器あった時の確率ってどんなだ?」

「……言わないで」

 

 使い勝手のいい能力かと思っていたが、随分と運要素が強いようだ。

 

「でも『召喚』の能力の真髄はそこじゃないんだ。一度『召喚』した武器、一度手にした武器は任意に呼び出すことができる。つまり『ジョブ』によって武器を変えるために、一々武器を持ち歩かなくてもいいんだ」

「なんだそれ狡いぞ」

「ホントだよ、もぅ!」

「いやまぁ、便利なんだけど欠点があってね。『召喚』した武器は長い間使い続けることができないんだ。だから星晶獣との戦いでも、あんまり序盤から使うってことはしないかな。一度『召喚』するとしばらく『召喚』できなくなっちゃうから」

「なるほどなぁ。それでトドメの瞬間に『召喚』してたってわけか」

 

 合点がいった。

 

「そういうこと。ねぇグラン。折角だから今ここで『召喚』してみたら?」

「えっ? ああ、うん。いいよ」

 

 ジータの提案にグランが乗り、ごそごそとポーチから三千グラムの宝晶石を取り出す。

 

「じゃあいくよ。――我、虹の輝きを望み給う。運命は回帰し、回転数によって確率は集束する!」

 

 厳かな詠唱と共にグランの持つ宝晶石が消滅し、代わりに青い結晶が出現する。なぜかグランは目を閉じていたが、意を決したように目を開き――少年の輝きを持つ目が一瞬で死んだ。

 

「……お、おい。なんか凄い目が死んでるんだけど」

 

 あまりの変わりようにジータへ耳打ちする。

 

「……あぁ。えっとね? 『召喚』にはあの結晶の色で、稀少価値の高い武器が出るかどうかの目安がわかるんだって。全部で四段階あって、白、青、黄、虹の順で価値が高くなっていくの」

「……つまりあれか。外れを引いて宝晶石を無駄にしたから、あの目なのか」

「……うん。あれやると少しの間ネガティブになるんだ」

「……へぇ」

 

 いいことを聞いた。じゃなくて、とんでもなくピーキーな能力だな。

 

「……最近持ってない武器呼べてないなぁ。なんのためにウン万ルピ突っ込んでるんだろ……」

 

 相当な落ち込みようだった。グランが死んだ目をしたままうわ言を呟いている。

 

「……そうだ、もっと宝晶石を買いに行こう。シェロさんがさっきいたはず……」

 

 ふらふらと来た道を返そうとする始末だった。

 

「こら、グランっ。もう、しっかりして! もう十年も『召喚』してるんだから、大半の武器が持ってるでしょ。だから外れる可能性も高いの!」

 

 そんなグランの腕を引っ掴んで叱咤するのはジータだ。

 

「……いやまだ収集率四十パーセントしかないからまだまだ出るはず。絶対集め切ってみせるんだ」

「そんなに頑張ることか? 強いのが一個あれば充分だろ」

「グランはちょっとその……コレクター気質って言うか、収集癖があるって言うか。全部集めないと気が済まない性質なの」

「そりゃまた難儀な」

 

 世界中の武器、なんて総数いくつあるか全然わかんないってのに。むしろここは四十パーも集めたことを称えるべきなんだろうか。

 

 まだなんかぶつぶつ言っているグランは放置しておいて、しばらくジータと話すことにした。

 

「もう一個聞いていいか?」

「うん、なに?」

「『ジョブ』の内、刀得意が全然ねぇんだがまさかないわけじゃねぇよな?」

「あー……」

 

 ClassⅢの【グラディエーター】だけが刀を持てる。ただし二刀流をしなければならないため未だ取りかかれてはいない。

 

「刀得意には、ClassⅢ【グラディエーター】の他に、【忍者】、【侍】、【剣聖】があるんだよ」

「後ろの三つはわっかんねぇなぁ。なんか特別な解放条件があるのか?」

「うん。パンデモニウムって知ってる?」

「パンデモニウム?」

 

 聞いたことのない名前だ。

 

「そう。色々と謎に包まれた場所なんだけど、パンデモニウムには層があってそこを深く潜るほど強い敵が出てくるような場所なんだ。そこで特定の敵を倒すと解放されるようになってるみたい」

「へぇ。じゃあ俺もそこ行かねぇとな」

「そうだね」

 

 いい情報を聞いた。まだ見ぬ『ジョブ』、力を会得できる機会だ。なにせClassⅢに手を出してからは上が見えてしまっていたからな。どう頑張っても黒騎士と渡り合える気はしていなかった。まだ幅があるというのならやっておく価値がある。

 

「なぁジータぁ。そいつ敵なんだろ? いいのかよ『ジョブ』のこと教えちまって」

 

 ビィが飛んできてジータの頭に着地し言ってきた。

 

「う~ん。まぁダナン君は立場が違うから敵対してるけど、悪い人じゃないと思うんだよね」

「でもこいつルリア撃ったんだぜ?」

「……それはあの、私達が手を出したからって言えるし。それだけで判断するのもなぁ、って」

「ったくジータはよぅ」

 

 ジータのお人好し加減を、ビィは呆れつつも窘めようとはしなかった。そういうところが彼女のいいところだと思っているのだろう。

 だが俺が許すかどうかはまた別だ。

 

「生意気なトカゲめ」

 

 素早く手を伸ばしてビィの頭を挟むように掴んだ。

 

「うぎゃっ!? な、なにすんだよぅ!」

「ははは、生意気なトカゲにはお仕置きしないとなぁ?」

「オイラはトカゲじゃねぇ! ――ふにゃぁ!?」

 

 きっと言い返してきたビィを撫で回し始める。

 

「び、ビィ?」

「お、オイラ、オイラは負けねぇ……ふにゃぁ」

 

 ジータが不思議そうにする中、ビィの抵抗する力がどんどん弱まってくる。

 

「ふはははは。甘いなビィ。俺が小さい頃から鍛え上げた、孤高の野良猫達を篭絡した撫でテクの前では無力よ」

「オイラは猫じゃねぇ……ふにゃぁ」

 

 気持ち良さそうな顔で気持ち良さそうな声を出すビィは普段の様子とは打って変わっていた。……というかこいつ、見た目だけならトカゲっぽいと思ってたが、毛が生えてるんだよな。ふさふさしていて触り心地は抜群だ。

 絶え間なく撫で回していると、不意に服を引っ張られる感覚があった。

 

「……ビィばっか撫でちゃダメ」

 

 オルキスだ。なんか最近こういうの多いな。仕方なくくってりしたビィをジータの頭に乗せる。そして隙ありとばかりにオルキスに手を伸ばす。

 

「じゃあオルキスにしてやろうなぁ」

 

 にっこりと笑って驚いたように動きを止めたオルキスを撫で回し始めた。オルキスは子供特有のふにふにした柔らかい肌に、特にケアしていないらしいがさらさら手触りの銀髪を持っている。ビィとは違った意味で撫で心地抜群である。

 しばらく撫で回していると、

 

「……ふにゃぁ」

 

 わかりにくかったが、確かに気持ち良さそうな声が出ていた。さっと身を引いて口元に手を当てていたので咄嗟に出た声だったのかもしれない。

 

「……出た」

 

 本人も驚いているようだ。

 

「んんっ! ダナン殿」

 

 殿?

 咳払いしたかと思ったらなぜか敬称をつけられていた。カタリナが注目を集める中真面目な表情で言う。

 

「ビィ君を籠絡させる撫で方を伝授してくれ」

 

 ……本人は至って真面目そうなのがより救えない。

 

「じゃあ実践形式でやってやろうか?」

「じっ……!? い、いややはり遠慮しておこう。実践するならジータがいいんじゃないか、ジータが」

 

 俺の返しになにを想像したのか少し頰を染めて、俺の矛先を別へ向けようとする。

 

「えっ!?」

「よし、じゃあそうするか」

 

 驚くジータへ向き直る。

 

「え、あ……うぅ……」

 

 彼女は期待と恥じらいが混じった顔で俺を見上げてくる。それはそれでやってやっても良かったんだが。ジータまでやると後戻りできないような気がして、ここは俺自ら向かう先を変えようと思う。

 

「いや、やっぱやめた。次はオイゲンにしよう」

 

 できるだけ爽やかな笑顔で爆弾を投下する。全員の目が一斉にオイゲンへと向いた。

 

「はあ!?」

 

 一拍置いてオイゲンが驚愕する。

 

「お、おい。嘘だよな? こんなおっさんがやったってしょうがねぇだろ」

「私見たいです、オイゲンさんの『ふにゃぁ』!」

「ごめん、オイゲン」

「オイゲンさんすみません!」

 

 ルリアの純粋な声と双子によるオイゲンの拘束。

 

「お、おいやめろって! 冗談キツいぜ! ラカムお前からもなんとか言ってやれ!」

「悪ぃな。俺も巻き込まれるのは御免だ」

「はっはっは。じゃあ精々抗ってみるがいいさ」

 

 俺はオイゲンに近づいていき、その頭に手を伸ばす。

 

「クソッ、覚えてやがれえええぇぇぇぇぇ!!」

 

 ルーマシー群島にオイゲンの虚しい叫びが響き渡る。そしてその後、普段は厳つくて貫禄あるオイゲンの口から「ふにゃぁ」が漏れることとなるのだった。


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