ダナンが巨大な個体を倒すと、司令塔をやっていたのか小型のも動きが乱れて容易に倒すことができた。
「流石に強いわね」
「俺のことを知ってるみたいな言い方だな」
「ええ、一応ね。それより早くここから移動しましょう。まだバレてはないと思うけど、人の多い場所の方がいいわ」
「わかった。確か自警団が住民を避難させてるはずだから、そこに向かうか。ついてこい」
「ええ」
ダナンは彼女の手を掴んで駆け出す。道中小さな個体がうろちょろしていたが、あっさりと倒して避難所に連れてくることができた。
「あれ~? ……ボスとオーキスちゃんに言っていい?」
「そういうのじゃねぇよ」
美女の手を引いて現れたダナンをドランクが茶化してくる。
「こいつは今回の件の重要参考人だ」
「なんだと? ……つまりこいつは四大天司の一人なのか?」
あっさりと手を放して、ドランクが周囲に聞かれないように防音の魔法を使っていることもあって、早速本題に入る。
「あら、もう知ってるのね。そう、私は四大天司の一人、水の元素を司るガブリエルよ」
美女――ガブリエルはそう名乗った。確かに一般人と言うには些か以上に際立った容姿をしているように思う。
「その四大天司様がなんでこんなところにいるの~?」
「ふふ、私は時々人間の姿で遊びに来てるの。この格好もその一環というところかしら」
ガブリエルは少し茶目っ気を見せて微笑んだ。
「あんたも天司ってことは強いんだろ? なんであの程度の敵から逃げ回ってたんだ?」
「それはその……天司ということを敵にバレるわけにはいかなかったの。天司としての力を行使すれば、否応なく感知されてしまうから」
ヴァーチャーズは大きい個体でもダナン一人でそれほど相手にはならなかった。あれがいるだけで小型の統率が取れるのは厄介だが、それでも一人で対処できる程度のモノだった。それなら星晶獣である天司が逃げ惑う必要もないかと思っていたのだが。
どうやらそういう事情があるらしい。
「敵、か」
「ええ。敵は同じ天司。でも大半の天司は封印されていたの。それが少し緩んでしまって、出てきたんだと思うわ」
「封印が緩んだ……? つまり誰かがそれをやったってことか?」
「……」
ダナンの憶測に、ガブリエルは少し言い淀む。
「いいえ、違うの。封印が緩んでしまったのは誰のせいでもないわ。……蒼の少女と赤き竜が邂逅して、大いなる存在が目覚めてしまった。それがきっかけなの」
それを聞いた三人は誰がその原因を作ったのか察してしまう。
「ルリアとビィが出会ったことが原因というわけか」
「……ええ。彼らになんの罪もないけれど、事実は事実よ」
「ふぅん? あの子達にそんなことがねぇ。それ聞いちゃったら自分を責めちゃいそうだよね~。ダナンはどう思う?」
「ん? いや、別になんとも。あいつらのことだしあいつらが解決するだろ」
「あっさりしてるな。ライバルの窮地だろ」
スツルムに言われて、ダナンは明後日の方向を見やる。
「……それくらいなんとかするだろ。あいつらのことだしな。正直、あいつらに関わると碌なことにならないから基本的に関わらなくていいんだが」
「ダナンも相当だと思うけどね~」
「俺はあいつらほどじゃねぇよ、多分」
今回もシェロカルテの護衛依頼を受けたら首謀者らしき人物と遭遇したが。事件の渦中にいる彼らと比べられては仕方がない。
「……兎に角、敵は私達四大天司の羽を狙ってるの。もう私以外の二つは取られてるみたいだから、なんとしてでも防がなきゃ。もし四大天司の羽を全て集めたら……天司を統べる天司長すら超えて神の領域に達してしまう」
「そうなれば世界の終わりってことか。つまりなにがなんでもあんたを守り通す必要がある、と」
「そうなるわね。お願いできる?」
「あ? まぁ、世界を終わらせるわけにもいかないしな」
ということで、急遽ダナン達はガブリエルの護衛をすることになった。
「しっかしなんだってサンダルフォンのヤツは世界を滅ぼそうとしてるんだろうな」
「えっ?」
「ん?」
ダナンの何気ない一言を聞いてガブリエルが固まる。怪訝に思って見ると、
「……今、なんて?」
驚いた表情のまま尋ねてきた。
「世界を滅ぼそうとしてる?」
「その前!」
「サンダルフォンのヤツは?」
「そう、それ!」
ガブリエルがぐっと顔を近づけてくる。ダナンは近いな、と思いながら少し仰け反った。
「確かに彼は封印されてたけど、どうしてルシフェル様を超えるような真似を……? 研究所にずっといた彼が」
ガブリエルは考え込むが、その半分も他の人には理解できない。
「よくわかんねぇが、封印されてたならその封印された理由が今回のことと関係あるんじゃないか?」
「その可能性は否定できないけど……多分違うわ。あの時は被造物である天司達が星の民に叛乱したからなの。天司長ルシフェル様や私達四大天司で鎮圧して、パンデモニウムに封印して、っていう形だから」
パンデモニウムと言えば、ClassEXの『ジョブ』を手に入れて、英雄武器の素材を集めた場所だ。あそこに叛乱した天司達が封印されているらしい。今はサンダルフォンだけかもしれないが、今度ルリアとビィが力を振るう度にそいつらが出てきてしまうかもしれない。
そう考えると、浅慮は拭えないが災厄の原因として彼らに賞金をかけるのは間違っていないかもしれない。
「……赤の他人からしたら、余計なことをして自分達を危険に晒した連中だからな」
多くの民衆は、彼らが仲間想いだから一緒にいるのだ、その仲間を守るために災厄を解き放とうとも力を振るい、もし災厄が起ころうモノならそれに対処する、なんて都合のいいことを言ったって聞くわけがない。死んだらなにもかも終わりなのだから、それに巻き込まれる身としてはいい迷惑だ。そう思うはず。
「でも、そのことに責任は感じても仲間を諦められないよねぇ」
本人は独り言のつもりだったが、ドランクはその意味するところを察したらしい。
……まぁ、本当にあいつらが世界を滅ぼすようなら、悪気がなくたってそれは止めなきゃいけないか。
それを誰がやるのかは、明確に決まっている。
ともあれただの独り言のつもりだったので、話題を強引に変える。
「……多分あいつらも四大天司について調べてるだろうし、水に関係があると思ってアウギュステには来るだろうから、それまで耐え続ければいいってことだよな」
「とりあえずはねぇ。もしバレて首謀者が来たらできれば倒しちゃいたいんだけど、僕達でできると思う?」
「難しいと思うわ。四体の内二体が羽を奪われてる状態だから。おそらくその力は私達四大天司と同等、もしかしたら超えているかもしれない。並みの星晶獣とは桁違いの強さよ」
残念ながら、ガブリエルから見ても今のサンダルフォンは敵わない相手らしい。せめてもう少し人数がいればな、とは思うが望むべくもない。
「野郎がここだけを狙ってるとも思えないし、他の島も同じように襲撃されてる、若しくはされる可能性があるから増援は難しいか。となるとあいつらの到着待ちになるのが癪だなぁ」
「増援なら宛てがある」
「ホントか?」
「ああ。上手くいけばすぐ駆けつけるだろう」
「ねぇスツルム殿、その増援ってもしかして……」
「ああ。残念だが間に合わない可能性もある。それまで持たせるのと万全の準備をすることが必要だ」
どうやらスツルムには増援の宛てがあり、ドランクもそれが誰かわかったらしい。だがダナンは知り合いの顔を思い浮かべては適当な理由をつけて消していく。多分ないだろうと。
「けどガブリエルの護衛をするって言ったって、俺は前線に出た方がいいだろうしそこはどうするんだ?」
「私は看護師として働いてるから、護衛しながら手当てして回ってるっていうのはどう?」
「なんで看護師が無名の騎空士についてくのかっていう理由づけがなぁ」
「そうねぇ……あなたにも私と一緒に行動して問題なさそうな恰好してもらう?」
「あん?」
ガブリエルは面白そうに微笑んだ。看護師と一緒に行動して問題ない恰好……と首を捻り、三人は丁度良さそうなヤツを思い浮かべる。
「じゃあ包帯ぐるぐる巻きにしてみる?」
「違ぇだろなんで患者の方だよ」
「じゃあ同じ服着て女装とか?」
「じゃあお前それな。細身だしいけるだろ良かったなー」
「冗談、冗談だってば~」
ドランクがふざけ始めたので、スツルムからお仕置きを入れつつ。具体的に言うと三刺しぐらいしつつ。
「それなら【ドクター】だろ」
戦っている人や怪我人を治療しながら、看護師と戦場を駆け巡る医者。悪くない。
「ってことで、俺はあんたの看護師に追随する医者として行動しつつ、敵を退けたり怪我人を治したりする。スツルムとドランクは勝手にしてくれ。ちゃんと迎撃してくれれば後はいいや」
「適当だねぇ。でもそういうの大歓迎。スツルム殿、僕達も医者と看護師の恰好してみる?」
「当然お前が看護師だろうな」
「えぇ? 白衣のスツルム殿……あ、ちょっといいかも。でもそれだと僕がふざけると注射で刺してきそうだよね~」
「ふざけなければいい話だろ!」
そんな話をしながら傭兵コンビは去っていった。相変わらず仲いいなあいつら、と思いながらただの騎空士と看護師の組み合わせは目立つので早速人気のない場所に隠れて『ジョブ』の【ドクター】を発動させる。
「あら、似合ってるわね」
「世辞は不要だ。行くぞ、ガブリエル。患者が待っている」
「はい、先生♪」
なんだかんだガブリエルは乗り気のようだ。人の生活に遊びで混ざるくらいの茶目っ気は持ち合わせているようだし。こういうのを楽しむ心は持っているのだろう。
それから、襲撃がある度に二人で戦場を駆け回った。
流石に部屋までは一緒でなかったが宿は同じにして襲撃がありそうならすぐ駆けつけられるようにする。護衛も兼ねているためほとんど四六時中一緒にいなければならなかったので、割りと目立ってしまっていた。
“蒼穹”の騎空団の団長達が火の天司ミカエルを連れてアウギュステにやってくるまで大抵の場合ずっと一緒にいたので、二人はアウギュステで有名な二人組となっていく。
対応は素気なくて愛想が悪いが、腕は物凄くいい黒衣の医者。
慈愛に満ちた天使のような笑顔で接してくれる優しい看護師。
対照的な二人組の存在は瞬く間にアウギュステ中に広まっていった。
……主に、あの美人看護師に特定の相手がいたのか、という方面で。