「……どうあってもガブリエルの羽を渡す気はないか」
サンダルフォンは無傷ではあったがガブリエルの羽を奪うには至っていなかった。
双子故に息の合った連携。負けず劣らずな傭兵コンビの連携。天司の助力。そしてガブリエルの傍を離れることがないダナン。
勝てなくはないはずだが、粘られていた。このまま持久戦に持ち込めば人間はバテて天司だけとなり羽を奪うことも可能だろうが、できる限りスピーディに物事を進めたかった。
空の脅威と判断されれば天司長ルシフェルが降臨し、加勢されて一気に形勢は傾いてしまうのだ。まだ出てこないのは、おそらく自分が出てこなくても対処可能、若しくは目に入ってすらいないのか。
サンダルフォンは拳を強く握り締め、しかし心を落ち着けてそんなはずはないと言い聞かせる。四大天司を超えた自分を歯牙にもかけないはずはないのだ。ガブリエルの羽を手にすればもうルシフェルでさえ自分を止められなくなる。
そうなれば、ヤツも出てくる他ないだろう。
しかし、しかしだ。ここで時間を食うのは避けたい。
だがガブリエルの守りは堅い。羽のある天司の援護に加えてダナンが防御に徹しているという事実が壁となっている。
(……ガブリエルの羽を一旦諦めるか? いや、そうなればヤツ等に体勢を整える時間を与えるだけだ。なにかで代用できるモノでもなし……)
構えを解かずに思案していると、彼の中に一つの案が思い浮かんだ。
(いや、ある! あるぞ、四大天司に代わる羽が!)
思い立ったサンダルフォンは、視線で考えを読み取られないようにしながら赤き竜の位置を確認する。ビィの羽なら四大天司の代用に足る。
「だが、この程度で俺が折れると思うなよ!」
ばさり、とサンダルフォンは自身の羽を背中に生やした。彼が持つ焦げ茶色の髪と同じような色合いをした四枚羽だ。一行が警戒を強める中、サンダルフォンは近接をしてくるグランとスツルムを低空飛行しながら剣で離れさせるように吹き飛ばす。
「……狙いはビィか」
ダナンは二人の吹き飛ばされた方向が、誰を襲うのに都合がいいかを考えていたためすぐ答えに行き着いた。だが、そう見えてダナンを誘導しその隙にガブリエルを狙う戦法かもしれないという懸念は消えないため、ダナンはビィを守るために動くことはできない。
「ガブリエルの羽が奪えないのなら、赤き竜の羽で代用させてもらう!」
「痴れ者がッ!」
ミカエルが炎を放つが難なく突破されてしまう。だが炎を抜けた先に小さな宝珠が無数に散らばっている。ダナンが気づいた動きに、ドランクが気づかないわけがなかったのだ。
「天司様一名いらっしゃ〜い」
軽い調子の声とは裏腹に大きな魔法が発動、雷や炎がサンダルフォンを包むのだが。
「甘いな」
翼で身体を覆って防御したらしい彼は無傷であり、そのままビィに向けて手を伸ばし接近する。ガブリエルとジータの攻撃も意に介さない。ビィが捕まってしまう、その直前で人影が割り込んだ。
「ビィさん!」
ミカエルの話を聞いて離脱していたルリアである。サンダルフォンは止められずにルリアを掴んで急上昇した。
「これはこれは……赤き竜を捕らえたつもりだったが、蒼の少女が釣れてしまった。今日は本当にツイていない。幸運を司る天司は誰だったか」
サンダルフォンはルリアを掴み上げて己の不運を嘆く。
「ルリアッ!!」
「おい、ルリアを離せ! お前の目的はオイラの羽だろ!?」
「ダメ! 狙おうにもルリアに当たっちゃう!」
グランとビィが叫び、ジータは矢を番えてみるが直前でサンダルフォンがルリアを盾にしないとも限らないため撃つことはできなかった。
「……土の島に来い。そこで赤き竜と蒼の少女を交換しよう。対価は、そうだな。君等を天の民に選んでやってもいいぞ」
サンダルフォンはルシフェルを超え、空と星に代わる天の世界を作ろうとしている。それを行う理由については不明だが、そのためにビィ若しくはガブリエルの羽が必要だった。
「竜と共に世界の滅亡を見るか、少女と共に新世界を生きるか。……賢明な判断を期待している」
「グラン……! 私、ちゃんとやれたよね? ビィさんを守ることができたよね? こんな私でも、最後に役に立てて――」
サンダルフォンが光となって飛び去ろうとする中、ルリアは精いっぱいの笑顔を浮かべる。
「ルリアァ!!」
グランが叫んで跳ぼうするも、二人は消え去ってしまった。一行は拳を握り締め、光の軌跡を睨む他ないのだった……。
◇◆◇◆◇◆
一行がサンダルフォンを相手している間に他の相手をしていたアウギュステの人々は、なんとか凌ぎ切っていた。ポーションを無理矢理奪って再度前線に立ったオイゲンは【ドクター】のダナンに説教されていたが。
それでも被害は出ているため、その復旧作業に追われていた。
そんな中で、ミカエルとガブリエルが話をしている。
「サンダルフォン……。ヤツは結局、なにを望んでおるのだ?」
「わからないわ。ただ天の世界の創造だのって話は、本当の目的ではない気がするわね」
「本当の目的ではない……?」
ガブリエルの言葉にミカエルは眉を寄せる。
「存在証明……私達の羽を奪い天司長様も超える力を、世界を変えて天司長様を超えた実績を。そう考えると、わざわざ審判をなぞる意味がある。……気がするのだけど」
彼女にも確信はないようだった。
「だが、あの天司長に因縁? あり得る話なのか?」
「私はあまりサンダルフォンと面識はなかったけど……天司長様は関わりがあったと思うの。そこでなにか、サンダルフォンが叛乱に加担する理由が出来たのかも」
「そうか……。どのみち判断は人間に委ねるしかない」
「そうなるわね」
仲間を連れ去られて悔しさを滲ませていた彼らの顔が浮かぶ。そして、もう一人の少年はどうするのだろうかとふと考えていた。
夜になり、静かな波の音が漂う浜辺に彼らはいた。
「なぁ。よろず屋に頼んでた艇が手配できたぜ。一番速いヤツを用意したってよ!」
ビィが集まっていたグラン、ジータ、そしてダナンに向けて告げる。
「絶対にルリアを取り戻そうぜ! そのためならオイラ、なんでもする! 万が一アイツに捕まっても……羽が千切られるとかそんなモンだろ? オイラが何者なのか、この羽がなんなのか、正直なんもわかんねぇけど……でも、ちっとも怖かないぜ! トカゲに近づいちまうのは癪だけどよ?」
ビィは明るく振舞って「あははっ!」と笑う。しかし、普段通りの自然な元気の良さでないのは付き合いの短いダナンにもわかった。
「無理しないで」
「うん。僕達が絶対に守るから」
二人は力強くて優しい言葉を返す。ビィは、しょんぼりと耳を垂らした。
「はは、やっぱりダメかぁ……。お前らに嘘は吐けねぇな」
力なく笑って、今は離れ離れになっているルリアを思う。
「『役に立ちたい』、『誰かを守りたい』かぁ。焦ることなんてねぇのに。だってルリアはず~っと、皆の役に立ってるじゃねぇか。星晶獣の力のことじゃねぇ。皆ルリアの笑顔に励まされて、アイツの頑張りに引っ張られてよ……」
ビィは時折、思いもよらないことを言う。
「……うん。ずっと、ルリアには助けられてきた。今この瞬間だって、ルリアがいなかったら僕は生きてないわけだし」
「そうだね。力も、心も。どっちもルリアちゃんがいなかったらここまで来れてないかもしれない」
命を共有しているグランが、出会ってからこれまでの旅を思い返したジータが、それぞれ言って空を見上げる。夜の空には星々が瞬いていた。
「……オイラ、ルリアに会いてぇ」
ぽつりとしたビィの呟きは、三人共が同じだ。
「もう赤とか蒼とか、原初獣とか天司とか、どうでもいいぜ! 皆とルリアがここにいて欲しいんだ!」
「うん。私達も同じ気持ちだよ」
「決着をつけに行こう」
「おう! じゃあアイツをとっちめに行こうぜ!」
ルーマシーには今ロゼッタがいるはず。他の仲間達は各地で頑張っているはずだが、彼女と息を合わせればルリアを取り返せるはず、とビィが息巻いた。
「……やっぱり、お前らはそうするよな」
それを傍で聞いていたダナンが、意気込む三人に声をかける。その顔は笑っておらず、真剣なモノだった。
「うん。私達は、ルリアちゃんを取り返す。ビィも渡さない」
ジータはそれに、強い意志を宿らせて応えた。
「……だと、思ってたよ。まぁ、今回はいいか。あいつを倒せば終わる話だからな」
ダナンが見据えているのは先のこと、今後のことである。とはいえ今の決意を揺さ振ってサンダルフォンとの戦いに集中できないのもそれはそれで困る。
……話すなら全てが終わった後、か。
彼はそう考え直して踵を返す。
「今世界を滅ぼされるわけにはいかないんでな、今回は手を貸してやる。……足引っ張るなよ」
「もちろん、そっちこそね」
ひら、と肩越しに手を振るダナンにジータが応えた。立ち去るダナンを見てビィは首を傾げる。
「……アイツ、なんか言いたそうだったよな」
「そう? まぁダナンは僕達より大人っぽいところもあるから、色々と考えてるんだろうね。言いたいことに言いたいこと言う印象はあるけど、また今度話してくれるんじゃない?」
「そうだな! それより今はルリアのことだぜ」
三人は気を取り直して、ルリアを助けに行く準備を整えるのだった。
一方その頃、ルーマシー群島に連れ去られたルリアは眠っており、不思議な夢を見ていた。
(ここ、は……? 夢? 誰かの記憶? 私の心に流れ込んで……)
夢のようだが、意識はある。記憶の中にただ立って眺めているような感覚だ。
そこは見覚えのない中庭だった。これまで旅してきた島のどの様式とも違う建物の中庭だ。
「ルシフェル様! いらしてたんですね」
誰の記憶なのかはすぐにわかった。厄災を引き起こしているサンダルフォンが、嬉しそうに声をかけている場面を見たからだ。
「サンダルフォン。なにか変わりはないか?」
それに応えたのは白髪にサンダルフォンと似た鎧を持つ複数の白き翼を持つ男だった。
天司長ルシフェル。進化を司り空の世界を管理する役目を持つ者である。
「はい。俺も研究所も変わりありません。ああ、ただ……」
丁寧な口調で答えたサンダルフォンは少し表情を曇らせる。
「どうした? また役割のことを考えていたのか?」
「はい……。どうしても悩んでしまいます。なぜ俺には未だ役割がないんでしょう。四大元素の均衡しかり、敵性異分子の排除しかり。全ての天司には役割があります。貴方の司る進化を支えるための。でも俺は安穏と日々を過ごすばかり……」
どうやらサンダルフォンは自分に役割がないことを悩んでいるようだ。この記憶の時期はサンダルフォンが叛乱を起こして封印される前のこと。まだルシフェルを慕っているような様子から、これは彼の芯に迫る記憶の可能性が高いだろう。
「何度も言っているだろう? その件で君が案ずることはないよ」
ルシフェルはそう言って立ち去ってしまう。
「……ですが」
また一人になった中庭で、ぽつりと彼は零す。続く言葉は出てこず、しばらくの時間を要した。
「俺も、貴方の役に立ちたいんだ」
その言葉は、最近ルリアが意識してきたことでもあった。だからこそ他が皆役に立っているのに自分だけ、と思った時の気持ちもよくわかる。
また、場面は変わる。
「友よ、聞いても良いか。サンダルフォンについてだ」
今度はルシフェルともう一人の誰かが話している場面だ。もう一人は角度が悪く顔が見えない。それを、物陰からサンダルフォンが聞いているという状況だった。
「あぁ……随分とヤツに目をかけているようだな。他の天司達が嫉妬しているそうだぞ?」
ルシフェルと同じ声。しかしどこかからかうような様子がある。一定とも言えるルシフェルとは違うようだ。
「君の指示で造ったが、彼の役割は私も知らない。そろそろ教えてもらえるか? 彼はなんのために生まれてきたのだ?」
ルシフェルは取り合わずに質問をした。
「今となっては瑣末な話だ。故に、お前にも伝えなかった。ヤツは、お前の『スペア』だ。お前の身になにか問題が起き、稼働不能な状態に陥るなどすると……ヤツが覚醒して一時的な代役を務める。お前が回復するまでの繋ぎ要員だな」
それを陰で聞いていたサンダルフォンは、息を呑む。
「スペア……一時的な代役……?」
「フフフ。だが結果的に言えば杞憂だったよ」
オウム返しにするルシフェルを置いて、彼は喜びを露わにする。
「お前は私の想像を遥かに超えていた。問題など起きようもない至高の存在だ。サンダルフォンはなんの役にも立たん。あの不用品は適当な時期に廃棄する。お前の愛玩用として飼ってもいいがな?」
彼の言葉に、ルシフェルは答えなかった。表情を変えることもない。だから、彼の心情は誰にもわからない。
「あぁ、そんなことより新たな検体がある。新区画に来い、お前の意見を聞きたい」
「……わかった」
二人は次の話題へと移っていき、そのまま別の場所へ歩いていった。
「不用品……? ルシフェル様の繋ぎ……? なんの役にも立たない……?」
話を最後まで聞いたサンダルフォンは、絶望の表情で震えていた。
「嘘だ……。じゃあ俺の存在意義は一体……!」
その事実は、ルシフェルの役に立ちたいと思っていた彼にとって根底から覆されるモノだった。
「……――――ッ!」
表情が絶望から怒りに変わったのは、それからすぐ後のことだった。
夢はそこで途切れ、ルリアの意識が現実に引き戻される。
「うぅん……? ここは……私はどうして……?」
目覚めたばかりの頭ではぼーっとして考えがまとまらない。夢を見ていた気がするが、すぐには出てこなかった。
「御機嫌よう。君は気を失っていたんだよ」
「あ、あなたは……!」
目を向ければサンダルフォンがいる。気を失う前に言っていたように、ルーマシー群島のどこかだろう。
「珈琲は飲めるか? 悪いが、砂糖はないぞ」
「い、いいです。それより、ここでなにを……」
「俺が、俺達が造られた場所だ。かつて星の民の研究所があった」
そう言われてみれば、確かに研究施設の跡地に見えなくもない。
「だが、蒼の少女か。まさかこんな姿形をしていたとは」
思い出したくないことでもあるのか、話題をルリア本人へと移す。
「姿形? 私のことを知ってるんですか?」
「君よりは。だが創世神の思惑など、俺には関係のないことだ」
素気なく答え、言葉を続けていく。
「もうじき空と星の物語が終わり、天の世界の新たな神話が紡がれる」
「そ、そんなこと……! 私達の物語は終わりません!」
ルリアが否定するのを、「ふぅん?」と片眉を上げて見据えた。
「グランとジータは、とってもとっても強いんです! どんなに苦しい時でも、どんなに悲しい時でも、たった一言で皆の心を変えて。私も何度も励まされました。ずっと励まされてきました。いつも、いつだって、だから……」
ルリアはきっとサンダルフォンを正面から睨む。
「グランとジータは凄いんです! あなたの思い通りにはさせません!」
「だがヤツは来る。俺の思惑通り、ここにね」
意気込んだルリアの言葉を、平然と受け流した。
「まぁいいさ。では、また後で。君はここで泣いているといい」
「な、泣きませんよ!」
「フ……」
ルリアを笑い、彼は去っていく。それが強がりだとわかっての笑みなのかはわからないが。
「うぅ、グラン、ジータ……ビィさん、皆さん……」
それでも連れ去られてきたという事実と誰も周りにいない心細さが迫ってくる。
そんなルリアに、こっそり近寄ってきたロゼッタが声をかけてきた。
もう少しだから、辛抱してと。
ルーマシーにも仲間がいることがわかったルリアは少しだけ勇気を貰って、運命の時を待つ――。