そうして楽しく談笑しながら森の奥を目指していると、途中魔物の群れに遭遇した。俺が手を出す暇もなくさくっと倒したことで、グラン達が強くなったことを目の当たりにする。これは二人だけじゃ苦戦するかもしれねぇなと思っていたところで。
「こちらに魔物が来たでしょう? 怪我した方はいませんか?」
丁寧な口調で声をかけてきた男がいた。二メートルを超える巨漢だが、全身を緋色の鎧で覆っていた。……細かい意匠は違うが、この一色で統一された全身甲冑は。
俺はいつでも戦えるよう腰の短剣に手をかける。
「その甲冑は……!」
「当たり前だぜぇ! オイラ達はこれでも結構な修羅場を潜ってきてるんだぜ!」
驚くカタリナを他所に、ビィが誇らしげにしていた。
「ははは。それは失礼しました。おっと、自己紹介がまだでしたね」
彼は言って兜を取り素顔を見せる。
「全天を駆る七曜の騎士が一人、緋色の騎士のバラゴナ・アラゴンと申します」
男は柔和な笑みを浮かべてそう名乗った。……やっぱりかよ。
「七曜の騎士ってーことは、あんた黒騎士の仲間か!?」
「黒騎士? いえ、私は彼女の仲間ではありませんよ。七曜の騎士は元々徒党を組みませんので」
ラカムの質問にバラゴナは朗らかに答える。黒騎士は険のある雰囲気だが、目の前の男からは覇気こそ感じるが温和な雰囲気を感じた。
「なんだ、案外話のわかるヤツじゃねぇか」
「けど黒騎士みたいに刺々しくもないし、本当に強いの?」
「イオ、失礼だぞ。彼は私が帝国にいた時は帝国最強の騎士とまで言われていた」
カタリナは彼のことを知っているらしい。
「ねぇ、カタリナ。黒騎士さんもバラゴナさんも七曜の騎士だって言うけど……七曜の騎士ってなんのことなの?」
「……七曜の騎士は七人の騎士。全天に唯一、至高の騎士」
ルリアの質問に答えたのはオルキスだった。おそらく黒騎士のことでもあるから調べたのだろう。
「よく知っているな。七曜の騎士とは、色の名を冠した七人の騎士のことだ。空域を隔てる瘴流域を超えるには空図が必要だと説明したな。しかし七曜の騎士は、空図なしで瘴流域を超える力を持つと言われている」
「そ、それって、凄く強い人達ってことなの?」
「確かに強くはあるだろうが、それだけではなく想像もつかないほど圧倒的な力を持っている。特に緋色の騎士は武芸に秀でている」
「ははは。こうも褒められると照れますね。実際は瘴流域を超えるのも条件があってのことですが……まぁどちらにしてもあなた方は空図を集める他ありませんがね」
自分の話をされるのはこそばゆいようだ。
「それで、騎士様? 黒騎士が今どこにいるのか知らないかしら?」
「さぁ、気難しい方ですから」
「あら本当に? だってさっき会ってたでしょう?」
「……ご婦人。なにを知っておられるのかな。返答次第では……!」
ロゼッタの質問にバラゴナの覇気が膨れ上がる。ぴりぴりとした威圧感が広がった。
「残念だけどこの森の中でアタシが知らないことはないの。アタシはただの案内人。ちゃんと連れてきたんだから貴方も貴方の役目を果たしなさい」
ロゼッタの意味深な言葉は半分も理解できなかったが、彼女がバラゴナと会わせたのは間違いないようだ。しかも森の中で知らないことはないってことは、黒騎士の居場所も知ってるんじゃねぇのか?
「案内人……そうか。では君がルリアかな?」
バラゴナはそう言って蒼の少女を見つめる。
「は、はいっ。そうですけど……」
「ふむ。では隣の君と君が……そうか。雰囲気が父君と似ているな。やはり血筋か」
続けてグランとジータに目を移す。……一人で納得してないで説明してくんねぇかな。
「まさか……親父さんを知ってるってのか!?」
「そういうことなら……案内しましょう」
ビィの驚きは無視してバラゴナは踵を返す。
「ふふ……行きましょう。折角案内してくれるって言うんだから」
後押しするロゼッタもロゼッタで信用ならない。が、どっちにしてもついてくしかねぇなぁ。
「わかった。行こう、皆」
グランが決断したことで揃ってバラゴナの後に続く。
「着きました、ここです」
しばらく経ってバラゴナが立ち止まったのは、一定範囲に木のない平らな場所だった。
「ここです……つったってなんにもねぇじゃねぇか」
「ええ。被害を出すわけにはいきませんから。さぁ、武器を構えなさい」
バラゴナは兜を被り武器を構えた。
「どういうことだ? やはり帝国の騎士として我々を……?」
「帝国は関係ありません。これは私の……この世界の最強を背負う者の使命です。あなた方双子がルリアちゃんを連れている以上、私は君達を試さなければならない。どうぞ……遠慮は無用です。全力でかかってきてください」
「全力って……んなことしたらどうなるか……」
「ご安心を。私は強いですから。それこそあなた達が足元にも及ばないほどに」
ラカムの心配を圧倒的な自負で塗り潰す。
「そ、そこまで言われるとちょっとかちんと来るわね」
「ああ。オイラ達の力、見せてやろうぜ!」
「ええ、存分に。それであなたは参戦しますか?」
イオとビィがやる気を見せる中、バラゴナが俺に視線を向けてきた。
「俺? なんでだよ、俺は一緒にいるだけで仲間じゃねぇぞ」
「そうでしたか。てっきりあなたの父君と同じように彼らと一緒にいるのかと思っていましたよ」
「っ!?」
こいつ、親父を知ってやがんのか。
「いやはや、その鋭い目つきなどはそっくりですよ」
その言葉を聞いた瞬間、俺の中から感情が抜け落ちる。代わりに全身を満たすのは殺意だった。
「おい」
感情はないが殺意のみある声に、バラゴナは一瞬身を硬直させ剣を握る手に力を込めた。
「あんなのと一緒にすんなよ。次言ったら殺すぞ?」
「……あなたの力で、私を倒せると?」
「七曜の騎士ってのは強いから力以外の方法が思いつかねぇ人種なのか? ヒトである限り、殺す手段なんざいくらでもあるだろうが」
「……なるほど。確かに戦い以外でなら可能性はありますか」
警戒するようなバラゴナと話していると、不意に俺の左手に小さく温かい手が添えられた。
「……怖い顔しちゃダメ」
目を丸くして振り返ると、オルキスがじっと俺を見上げてくる。
「ふっ……そっか。悪いな」
彼女と目が合ってようやく“俺”が戻ってくる。お礼に頭を撫でてやった。
「悪いな、バラゴナ」
「いえいえ。私も彼はあまり好きではないので、少し意地が悪くなってしまいました。あなたは人に優しくできる。その時点で彼と一緒にしてはいけませんね」
「はははっ。温厚そうだが嫌いなもんもあるんだなぁ。知ってるか、嫌いな人の話題で盛り上がると仲良くなれるんだぜ」
「……っ。ははっ。私が彼の子供と仲良く? 随分と愉快な話ですね」
どうやらこのバラゴナという人物は、俺の父親を知っているらしい。とりあえず親父はクズそうだと理解したので、今はそれで充分だ。
「おっと悪いな、中断させちまって。あんたの用件、済ませていいぜ」
「はい。では改めて、勝負といきましょうか。あなた達の力を見せてください」
俺はオルキスを連れて傍に避ける。バラゴナは気を取り直し強い覇気を発することでグラン達の気を引き締めさせる。
「皆、全力でやろう!」
「手加減なしでいきます!」
「おう! 星晶獣相手に戦ってきたオイラ達の底力見せてやろうぜ!」
「ああ! またとない機会だ。全力をぶつけるぞ!」
やる気充分に言って、各々武器を構えた。……さてさて。よく相手してもらってるが七曜の騎士ってのは化け物だ。ClassⅢでも全く相手にならない。俺、スツルム、ドランクですらボコボコにされるくらいだ。
つっても人数差もあってグラン達はほぼ二倍の戦力を有していると言える。底の一端ぐらいは見えるといいんだけどなぁ。
と思っていた俺はまだ見積もりが甘かったのだろう。
「はあぁ!」
【ホーリーセイバー】となって鎧を身に纏ったグランが突っ込む。しかし攻撃は軽くいなされ、
「脇が甘い。防御よりの『ジョブ』で特攻をかけるなど無謀ですよ。それも、相手が格上であればね」
助言を与えつつ剣を腹でグランを打ち据え十メートルほど吹っ飛ばす。……鎧の重さやなんかもあるが、あんなに飛ぶもんかね。うちの黒騎士さんと言いどんな筋力してやがんだ?
「ヒールオール」
【ビショップ】へと姿を変えどこぞの教皇のような衣装となったジータが回復をかける。
「守ってばかりでは勝てませんよ」
しかし守らなければ一撃で沈む。厳しいな。一矢報いたいだろうがこれじゃ無理だ。そう思っていたのだが。
「グラン、ジータ! 【ホークアイ】になるんだ! 隙は私達で作る!」
一向に戦況が変わらないと見てか、カタリナが二人に指示を出す。どうやらブレイクアサシンで一発強いのを決めるらしい。
二人は迷ったようだが視線を合わせて頷き合い、【ホークアイ】へと変化する。
「緋色の騎士! しばしの間私の相手をしてもらおうか!」
前衛としていたグランの代わりにカタリナが躍り出て剣を交える。
「《霧氷剣ペルソス》! 《ヴリスラグナ》!」
グランがその間に二つの武器を『召喚』する。水色の短剣と狙撃銃だった。銃の方をジータへ放る。そして各々が最大限の力を叩き込むべく、力を溜め隙を待つ。
しかし加減しているとはいえカタリナ一人で前衛が持つはずがなかった。
「くっ!」
「カタリナ! チッ、しょうがねぇ。おっ始めんぞ! 外すなよ!」
カタリナが吹き飛ばされたところでラカム、オイゲン、イオの後衛組が一斉に奥義を放つ。
「バニッシュピアーズ!」
「ディー・アルテ・カノーネ!」
「エレメンタルガスト!」
「ほう。しかし無駄ですよ」
渾身の奥義はしかし、バラゴナの一振りで掻き消されてしまう。それでも衝撃は土煙を生み、その中から立ち上がったカタリナが突っ込んでいた。
「その程度では隙になりませんね」
「わかっているさ!」
バラゴナが迎撃すべく剣を振るってから、
「ライトウォール! アイシクル・ネイル!」
彼我の間に障壁を作り、そして青の剣を相手の剣の下から滑り込ませるように突き出す。障壁は一瞬で砕け散るが、カタリナは障壁にぶつかって停止する僅かな間を見極めて、青の剣でバラゴナの剣を掬い上げた。思わぬ攻撃にバラゴナは体勢を崩す。
これには彼も驚いたようで、
「お見事」
と呟いた。カタリナがすぐに避けると勇ましい声が二つ上がった。
「「ブレイクアサシンッ!!」」
赤い雷が二つの身体を包み、
「白宝刃ッ!」
「デッドエンド!」
二人が奥義を叩き込んだ。
グランの持つ短剣は振るう度に氷塊を生み斬撃を飛ばす。
ジータの放った弾丸は当たると更に勢いを増しながら突き進む。
大幅に強化された二人の奥義を受けてバラゴナの身体は吹き飛ぶが、難なく着地してみせた。というか直撃したはずなのに一切の傷を負ってないあの鎧はなんなんだよ。
「……これは」
「予想外だわ」
バラゴナとロゼッタが驚いたように呟く。俺も同意見だ。……ちょっとこいつらに対して評価を上方修正しとかないとな。
「なかなかどうして大したモノだ」
バラゴナは兜を取って笑顔を見せる。
「あ、あれだけやったのにぴんぴんしてるじゃねぇか」
「私達は軽くあしらわれていた。帝国最強は伊達ではないということか」
ラカムとカタリナは驚きを口にする。
「今日のところは、これで充分です。欲しかった手応えは確かに感じました。いつかまた、お会いしましょう。再会を楽しみにしていますよ」
バラゴナは穏やかな笑みを浮かべ満足そうに立ち去った。……なんのために来たんだかよくわからんヤツだな。まぁ黒騎士と知り合いだってんならまた会う機会もあるかね。
「……で、結局あんたは何者なんだよ?」
ラカムが意味深な発言ばかりするロゼッタへと視線を向けた。彼女は悠然と微笑んでいる。なにか面白そうなことを思いついたような顔だ。
「アタシの正体なんて知っても面白くないわ。それより……まさか緋色の騎士を退けちゃうなんて、あなた達のこととっても気に入っちゃったわ」
大人の女性という雰囲気を漂わせる彼女は悪戯っぽく笑う。
「だから、これからはあなた達の旅についていくことにしたから。よろしくね? 団長さん」
「なっ……!? だ、断固お断りだぞ! こんな得体の知れない者を……」
「あら、いいじゃない。長旅には華も必要でしょ?」
「華なら間に合ってますー。ねー、ルリア?」
「そ、そうです! ……そうですよね? グラン」
「え、いや、あはは……」
「大人の魅力が足りないって言ってるの。わかるかしら?」
「確かに私もまだまだだけど……」
「ははは! そういうことならおっさんとしちゃ大歓迎だなぁ」
「くっ……私では大人の魅力不足ということか……」
「あーあーカタリナがショック受けてんぞー。泣いちまうぞ、これは」
「ふ、ふざけるなっ! 誰がこのくらいのことで泣くものか!」
「……こりゃあ、しばらくの間は騎空艇の中が騒がしくなりそーだな」
「ああ、うん。そうだね」
なんだかんだ言いながらも、ロゼッタが彼らの旅に同行することは決まったようだ。謎多き美女の加入、か。単純な戦力としては底が知れないし探ろうとしても流石にはぐらかされる。事前に知っておくのは難しいか。
「……賑やか」
傍に胡座を掻いて座る俺の上に座るオルキスが呟いた。
「そうだな。オルキスは……あっちに混ざりたいか?」
「……楽しそう」
俺の質問にそう返してきたが、じっと俺を見上げてくる。
「……でもアポロと、スツルムと、ドランクと、ダナンのいるとこがいい」
そして断言した。……オルキスがそう思ってくれたなら、それでいいかな。
「そっか。んじゃそろそろ黒騎士のとこ行かないとな。森の奥でこいつら待ち受けてるとして、そろそろ行かないと怒られそうだ」
「……ん」
二人で立ち上がり、わいわいと騒がしいグラン達へと合流する。
そして黒騎士がいるであろう森の奥へと進んでいった。