ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

211 / 245
これにて『どうして空は蒼いのか』の番外編は終幕です。

次からは本編に戻りますので、まぁあんまり間は開けずに毎日更新せず、再開するかも? っていう感じですね。

一応『失楽園』の方はダナンがワールドと契約してからなので、まだ本編のちょっと先くらいです。


EX:『どうして空は蒼いのか』君

 勝敗が決してルーマシーの岬に座り込むサンダルフォンと、それを囲む一行。

 

「終わりだ、サンダルフォン。貴様の目論見は完全に潰えた」

 

 サンダルフォンから羽をを取り返して真の姿となったミカエルが告げる。彼は答えなかった。

 

「このサンダルヤロウ。テメェ、相応の覚悟はできてんだよな?」

 

 ウリエルが凄むと、彼は微かに笑みさえ浮かべて頷く。

 

「あぁ、もちろんだ。自分でも不思議だよ。なぜここまで暴虐を振るったのか」

 

 そこに戦いの最中に顔を出していた熱意はなかった。

 

「研究所に軟禁されて育ち、檻に封印されている間に、魂が淀み切ってしまったんだろう……。本当に惨めな男だ、俺は。役に立たぬ捨て駒という宿命に、最悪の手段で抗おうとするなんて」

 

 これまでの行いを自嘲するように笑う。それに、ルリアは表情を歪めた。

 

「うん? どうしたんだ、ルリア?」

 

 その様子に付き合いが最も長いカタリナが気づく。

 

「あ、あの! 四大天司さん! サンダルフォンさん!」

 

 ルリアは意を決して様子で声を発した。サンダルフォンが訝しげに首を傾げる。

 

「役に立たない、とか……その、ちょっぴりわかります。サンダルフォンさんはずっと、ルシフェルさんの役に立ちたかった。でも星の研究者さんのせいで、そういうのが踏み躙られたというか……。簡単には許せない、ですけど。もしかしたらサンダルフォンさんも、星の民の犠牲者なのかもしれません」

「そっか……ルリアはあいつの記憶を見たのね?」

 

 鎮痛な面持ちで告げるルリアにイオが尋ねると、彼女はこくりと頷いた。

 

「犠牲者……奇妙な考え方をするんだな、貴様は」

 

 ミカエルは少し呆れたように呟いた。

 

 そんな中、ジータがサンダルフォンへと歩み寄る。

 

「代わりだからって自分に意味が見出さなくなる気持ち、わかるよ」

「なに……?」

「ジータ……?」

 

 彼の前まで歩み出てからジータは穏やかな微笑を浮かべて語りかけた。その言葉に、サンダルフォンとグランが怪訝な顔をする。

 

「……私もね、ずっと、自分がいる意味がないんだって思ってたんだ」

 

 彼女はサンダルフォンの前で屈んだ。

 彼女が語る言葉は、もっとも長い付き合いであるグランとビィも知らない、今まで誰にも語ったことがないことだった。

 

「そ、そんなことねぇって! ジータがいなくちゃダメだったこともあるぜ!?」

「そ、そうですよ!」

「うん、ありがとう。別に今はそのことで悩んでないから、大丈夫」

 

 ビィとルリアが励ますが、ジータは既に悩み立ち直っている。だからこそ、彼にかけられる言葉があるのだろう。

 

「私は、双子だから。能力もほとんど一緒。違いなんてちょっとした才能ぐらい。だから、感情を抜きにすれば私はいなくてもいい。今ルリアちゃんと命を共有してるのだってグランだし、今私が存在ごと消えたって問題ない」

 

 当然、感情を抜きにした形だ。感情を入れればジータがいないなんて考えられないというのが皆の意見だろう。

 

「……真っ先に行動するのがいっつもグランで、私がグランが怪我した時とかに代わりを務めることが多いっていうところも、そうなのかな」

「……確かに俺は、ルシフェル様が倒れた時などに一時的な代用として、天司長の力を継ぐらしいが」

「やっぱり。だから、似てるなって思って」

 

 ジータはサンダルフォンの言葉ににっこりと微笑んだ。

 代用であることを喜ばれるなんて、妙な感覚だ。

 

「だからってサンダルフォンのしようとしたこと、してきたことを許せるわけじゃないけど。でも、気持ちだけはわかるから。……自分がいなくてもいいんだって思った時の気持ちは、そう思ったことがない人には絶対わからない」

「……」

 

 ジータの独白に、ずっと一緒にいたグランでさえも言葉を失っていた。

 

「……えっと、私が今こうしていられるのはね。皆のおかげなんだ」

 

 急に自分の言っていることが恥ずかしくなってきたのか、少し頬を染めて言い出す。

 

「――誰かの代わりじゃない、“私”を見てくれる人がたくさんいるから。だから自分はここにいていいんだって心から思えたの」

 

 瞑目して自分の胸元に手を添える。そこにある誰かから貰った心を確かめるように。

 

「だから、サンダルフォンにとってもそんな人がきっといるよ。若しくは、今はいなくてもいつか現れるから。だから大丈夫」

 

 ジータはそっと彼に手を差し伸べる。柔らかな笑顔で手を差し伸べる姿は、天司よりも天使らしい。

 

「……」

 

 サンダルフォンはその手に思わずといったように手を伸ばし、彼女に手を掴まれる。そして引っ張り上げられ立たされた。

 

「……君は代わりと言ったが、今君達が赤き竜と蒼の少女を束ね、四大天司にも認められるのは間違いないだろう。君は、紛れもなく本物だ。そんな君に、最大限の敬意を表させて欲しい」

 

 サンダルフォンは今まで見た中で最も優しい笑みを浮かべて、握っているジータの手と握手を交わす。ジータも彼の言葉に少し嬉しそうに笑っていた。

 

 ジータの言葉により和解に近い形となって穏やかな空気が流れ、二人を見守る。

 

「……華奢な指だ」

 

 そんな中、ぽつりとサンダルフォンが呟いた。その目はジータの細い指を見ていた。

 

「君等自身に自覚はないだろうが、世界は君等を中心に動いている。進化を加速する『特異点』として。……話せて良かった。良い旅を」

 

 顔を上げてジータを真正面からじっと見つめたサンダルフォンは、これからの旅の健闘を祈るかのような言葉の後に。

 

 ジータを岬の外へと()()()()()

 

「え……?」

「な……!?」

 

 誰もが呆然と、真っ逆さまに空の底へと落ちていくジータを眺めていた。ジータ本人も呆気に取られていたほどだ。

 

「「っ……!!」」

 

 そんな中でほぼ同時に動いたのは、グランとダナンだった。

 

 グランは落ちるジータに全速力で駆け寄って手を伸ばし、ダナンはジータを放り投げたサンダルフォンに蹴りを放つ。

 

「づ……っ! フハハハハ! 呆気ない! 呆気なさすぎる!」

 

 サンダルフォンはダナンに蹴られてよろめきながらも哄笑した。

 

 グランの伸ばした手はジータを掴むことができず、落下してしまう。

 

「如何に力があろうとも、所詮は人間に過ぎない。その身であること自体が最大の欠点だ――ッ」

 

 尚も笑うサンダルフォンを、ラファエルが取り押さえた。

 

「貴様……! ウリエル、追うぞ!」

「間に合うか……!? クソ、間に合わせるしかねぇ!」

 

 ジータを追い、空の底へと向かうミカエルとウリエル。その間にラファエルがサンダルフォンの身体を拘束する。

 

「愚かな真似を……。この期に及んでなんの意味がある?」

「フ、フフフ……。俺を必要としない空の世界など、無茶苦茶になってしまえばいい」

「幼稚ね。貴方の思考には反吐が出る」

 

 やや虚ろな目で笑うサンダルフォンに、慈愛に満ちていたガブリエルですら不愉快そうに吐き捨てた。

 

「うぅ……ジータ」

「クソ、なんてこった。天司でも自由落下の速度には……」

 

 岬の淵を覗き込んでいた者達は天司が追いついていないのを見て絶望し、重苦しい空気になってしまう。

 

「……チッ。まさかてめえの思惑に気づけないとはな」

「フ、フフ。君が言ったんだろう? なにかを狙っている時は目にそれが出るのだと」

 

 吐き捨てるダナンに、サンダルフォンは笑う。最初シェロカルテ達を襲撃した時に忠告したことを活かしていたらしい。そのことに苛立ちが募るも、それをぶつけたところでジータが助かるわけでもない。

 

「ジータ……こんなの嘘ですよね? きっと助かりますよね? またいつもみたいに笑って呼んで、大変な目に遭っても『大丈夫だよ』って安心させて……」

 

 悲しみに暮れるルリアはしかし、表情に決意を漲らせる。

 

「今度は私が……私がジータを――!」

 

 ルリアの瞳が蒼く輝き、蒼い光が溢れ出していく。

 

「オイラは信じねぇぞ、お前が死んじまうなんてよ。まだ全然、旅の途中だぜ! お前がいなくてどうするんだよ! どっちが欠けたってどうしようもねぇだろ!? オイラは絶対に――」

 

 ビィの瞳が赤く輝き、赤い光が溢れ出す。

 

 二人の力が発現すると、島が、大気が、否世界が鳴動し始めた。

 

「この鳴動は……! かつてザンクティンゼルで起きた……!」

「フハハハハッ!! いいぞ、再び大いなる咆哮が響き渡る! この鳴動が封印を解き、あらゆる原初の星晶獣を世に放つのだ!」

 

 ジータを落とした目的はそこだったようだ。

 

「よせ……力を発現してはならん!」

「このままだとサンダルフォン同様、邪悪の星晶獣が空の世界を食い潰すわ!」

 

 ラファエルとガブリエルが二人を制止する。サンダルフォン一体が出てきただけで空の世界は混乱に陥ったのだ。複数解放されれば世界がどうなるかわかったものではない。

 

「……っ!」

「で、でも、オイラ達……!」

 

 助けたい気持ちはあるが、無関係な人間を災厄に巻き込んでしまうかもしれないという恐れが躊躇させ、二人が放つ光が弱まった。

 

「ルリア、構うな! ジータを救えるのなら、君達はできることを精いっぱいやるんだ!」

 

 そこで背中を押したのは、共に旅する仲間達だった。

 

「頑張って、二人共! なにが起きても皆で解決しましょ!」

「そういうこった。昔の連中が残した負債なんか、若ぇもんが気にするこたねぇ!」

「ふふふ……その通りね。後のことはアタシ達に任せなさい」

 

 心強い言葉が続いた後、二人はグランを見た。

 

「ルリア、ビィ。お願いだ、ジータを助けてくれ! それで原初獣が暴れるっていうなら、僕達が止めるから!」

 

 真っ直ぐに二人を見つめて告げた。

 ルリアとビィは頷き合い、覚悟を決めて内なる衝動に身を任せた。二人の放つ光が強まり、そして――。

 

「――――!!!」

 

 全てを震わせる大いなる咆哮が鳴り響いた。その咆哮に、ダナンの小さな呟きが掻き消される。

 

「っ……!」

「ぐぅ……!」

 

 突如、グランとダナンが頭を押さえてよろめく。強烈な頭痛の後、二人とジータは互いに干渉できない状態で、互いに背を向けたまま此処ではない彼方の空間に立っていた。風景は同じ、黄昏の空。そして目の前には影でよく見えないが、巨大な黒い存在が佇んでいる。

 目の前に立っているだけで身体に重くなるかのような重圧感。全貌が見えないほど強大でありながら神々しさすら称えているそれに、三人は息を呑む他なかった。

 

 その大いなる存在が、同時に語りかける。

 

「空の子よ……。我は始祖にして終焉なる者。裂かれし身に寄りて刹那に顕現せり……。今こそ汝等を試さん。特異点たる力と覚悟を……」

 

 頭は冷静に回っていたが、それでも存在感と重圧感に無駄口を叩く余裕はなかった。できればこいつ重要そうだし色々と情報を聞き出したいんだが、と思っているヤツもいたのだが。

 

「特異点……世界の行く末を左右する因子。赤き竜と蒼の少女を伴えば、相反する宿命の狭間に惑い、汝等は数多なる苦難に苛まれるだろう。尤も、一人伴っていない者もいるようだが」

 

 余計なお世話だ。こいつらと旅するなんて御免だよ、と口を開くことはできない。内心で思っておくだけに留まる。また、双子の方もこれをもしかしたらダナンも聞いているのではないかと察した。

 

「此れより起こる苦難。それは此度の禍の如き大いなる苦難。それでも尚、空の果てを目指さんとするか?」

 

 問いに答えさせるためか、少しだけ重圧が軽くなったように思う。

 

「もちろん」

「宿命なんて信じない」

「巻き込まれるのは面倒だが、俺は俺のやりたいようにやるだけだ」

 

 三者三様に、しかし従わない形で答えを返した。

 

「……。二つの宿命の交錯は、やがて全ての世界を無に帰すモノ。その時、汝等は選択できるか? 禍を迎えし時、友か魂の共有者を」

 

 再度、大いなる存在は質問する。

 

「「二人共救う」」

「必要なら殺す」

 

 二つの答えは一致し、しかし一つの答えは反対を示した。おそらく双子はこう答えているだろうな、という考えはありつつ相容れないのも仕方がない。

 

「大それたことを」

 

 『二人共救う』という答えも、『必要なら殺す』という答えも、大それたことである。なぜなら、二つの存在を必要として、創ったモノの存在があるからだ。救うも殺すも、どちらでも敵対することになるだろう。

 

「……では最後だ、特異点よ。汝等にそこまで断言させるモノはなんだ? なにゆえ破滅の旅を恐れずにいられる?」

「皆と一緒だから、かな」

「独りじゃなくて、仲間がいるから」

 

 即答した双子とは違って、ダナンは少し間を置いた。

 

「……元々あってないようなモノだ。それなら、やりたいようにやるしかねぇだろ。あいつらは仲間がいるからとか言ってそうだが、俺は俺のために」

 

 ニヤリ、とダナンは重圧感を跳ね除けて不敵に笑う。

 

「それが汝等の力……。幼き人の身を特異点せしめるモノ。余りにも拙き覚悟、極めて脆弱なる力。だが、故に可能性は……」

 

 それを最後に、三人の意識が元の場所に戻っていく。

 

「……ダナン?」

 

 ダナンが目を開けると、オーキスが覗き込んできていた。

 

「……ああ、悪い。大丈夫だ」

 

 嫌そうな顔をしながらではあったが、頭に直接響くような声も強い頭痛もなくなっている。

 

「クソ、俺まで巻き込みやがって」

 

 そして吐き捨てつつ周囲を見回し、ジータが岬に倒れているのが見えた。どうやら無事に救出できたようだ。

 岬に倒れていたジータが目を覚まして、ルリアとビィが抱き着き仲間達も安心した様子で喜び合っている。

 

 反対に、

 

「……なぜだ!?」

 

 サンダルフォンは驚愕していた。

 

「大いなる咆哮は成った! 確かに世界は鳴動した! なのに何故パンデモニウムが開かない!? なにか別の条件が要るのか? あるいは俺の時と状況が変わった? なぜだ、なぜだ、なぜだッ!?」

 

 彼は目論見通りにいかず、大いに動揺していた。

 

「喧しい。いよいよ万策が尽きたようだな」

「ぶん殴って黙らせるか? もう今は手加減しねぇと一撃で死んじまうのが癪だけどよ」

「放っておきましょう。でも確かに彼の疑問は気になるわ。運が良かった、で片づけられる話?」

「考えられる可能性は一つしかない」

 

 四大天司達が語り合う中で、空の底より発せられた眩い光の筒が、島の大地を貫いて遥か上空まで迸る。

 

 その光の筒の中を、ほんの僅かな羽ばたきで一人の男が静かに舞い上がってきた。

 

 白髪に、白き六枚の羽。身に纏う鎧はサンダルフォンのモノと似ているが、その身から放たれるオーラは羽を吸収した彼と同等、若しくはそれ以上にさえ感じ取れる。

 

「天司長!」

「ミカエル、ガブリエル、ウリエル、ラファエル。ご苦労だった。君達の尽力に感謝する」

 

 彼が労いの言葉をかけた直後、四大天司は恭しく傅いた。

 四大天司という天司の中でも上位の存在である彼らが傅くほどの存在。なにも知らない一行であっても感じ取れるほどの強大で清廉なオーラ。紛れもなく、天司を統べる長。天司長ルシフェルだろう。

 

「ルシフェル……!」

「サンダルフォン」

 

 二人の天司の視線が交錯する。

 

「既に顕現していたのか。ではパンデモニウムが開かないのも……」

「ああ、私だ。その封印の要を抑えていた」

「フ、フフフ……。そうか、最初から全て。俺のことなど歯牙にもかけず、ずっとパンデモニウムの監視を……。フハハハ! 貴様にとって俺は、その程度の……対峙する価値もなかったってことか!」

 

 サンダルフォンは自らの滑稽さを笑う。

 

「そうではない。天司には幽世と関わることを禁じている。故に私の役目だと――」

「そうだ、アンタは! いつだって冷静に物事を篩で選別する! 無価値な者の苦悩なんかわかってない! 選ばれなかった者は、奪い取るしかないだろう……!?」

 

 ルシフェルの波立たぬ物言いが気に入らないのか、彼は慟哭した。それに、ルシフェルは口を噤む。サンダルフォンはそっと瞳を伏せた。

 

「誰でもいい。たった一人でいい。誰かに『お前が必要だ』と、誰かに『ここにいて欲しい』と……。わかるか? 必要されて生まれたアンタに。全ての天司に望まれるアンタに。だったら憎まれてでも俺は……! 俺は……」

 

 揺さ振られる感情のままに話しているせいか、サンダルフォンの言葉は浮き沈みが激しかった。彼の本音に圧される中、ジータはぎゅっと拳を握り締めていた。

 

「サンダルフォン。君が急に心を閉ざした理由は役割を知ってしまったせいか」

「フ……幼稚と嗤いたければ嗤え」

「研究所に寄る時はいつも、私の精神は安らいでいた。役割がなければ上下関係もない。君の無垢な言葉が安寧だったのだ」

 

 自嘲するサンダルフォンに、今度はルシフェルが自身の心を明かしていく。

 

「ッ……!?」

 

 その言葉に、サンダルフォンが瞠目する。

 

「すまなかった。私は君の劣等感に甘んじていた」

「やめろッ……! そんな三文芝居が通用すると思うな! 今更もう遅い! 俺を憎め、滅ぼせ、罰しろ! アンタに許されたら俺の二千年間は……」

「私も同罪だ、共に罰を受けよう。我がコアに眠れ、サンダルフォン――」

「ルシフェル――!」

 

 サンダルフォンは光の粒子となってルシフェルの羽に吸収されていった。サンダルフォンとルシフェルの心内に、誰もが言葉を失っている。その中で辛うじて言葉を発したのは、ミカエルだった。

 

「……終わりましたか」

「……ああ」

 

 短いやり取りに悲しみを感じないでもなかったが、ルシフェルは気を取り直して一行に目を向ける。

 

「感謝する。おかげで私の麾下の暴走を止められた」

「あ、あの……サンダルフォンさんは結局、どうなっちゃったんですか?」

「私のコアに還った。そうだな、なんと例えれば良いか。揺り籠から再出発すると思えばいい」

「は、はあ?」

「では、また会おう。君達は君達の信じる道を進め」

「貴様等、此度のことは褒めて遣わす。いずれ武勇を競い合いたいモノだな?」

「ウフフ、ミカちゃんったら。じゃあね、また会いましょう」

「なかなか熱かったぜ、人間共! お前達とはイイ喧嘩ができそうだ!」

「汝等の旅路に、良き風を」

 

 サンダルフォンのことが終わったからか、天司達は次々と消えていく。ガブリエルだけはダナンに向けて意味ありげにウインクをしていたのだが、そのせいでオーキスから脇腹を抓られることになる。

 

 残された者達はぽかんとしていたのだが。

 

「終わったみたいだし、もう帰るとするか。悪いな、付き合わせて」

「いいっていいって。大変だったけど楽しかったし。ね、スツルム殿?」

「楽しいわけないだろ。あたしは依頼だから全力を尽くす。それだけだ」

「えぇ? お金出ないのに? お仕事だって割り切っちゃうの~?」

「煩い!」

「痛ってぇ!?」

「……スツルムとドランクは相変わらず、仲良し」

 

 終わったことは終わったとしてさっさと帰ろうとする連中がいた。

 

「じゃあ僕達はこれで。またなにかあったら気軽に呼んでね~」

「まぁ、なにかあれば力は貸してやる」

 

 ひらひらと手を振るドランクと、歩き出せば振り返らないスツルム。対照的な二人の背中を見送ってから、

 

「……私も、まだ旅を続ける」

「ああ。またな、オーキス」

「……ん」

 

 ダナンとオーキスが向かい合う。こくんと頷いたオーキスだったが、ふとダナンの手を取った。

 

「……私はダナンの代わりはいないと思う。だから……」

 

 言いにくそうにするオーキスの頭を、空いている方の手で撫でる。

 

「安心しろ。俺はそこまで気に病んじゃいねぇよ」

「……ん」

 

 おそらく、オーキスはジータがサンダルフォンを説得する時に言っていたことを気にしていたのだろう。ジータがグランの代わりであるなら、それはダナンにも言えることだから。

 

「……じゃあ、また」

「ああ」

 

 少し名残り惜しそうにしながらも、オーキスはロイドを連れてダナンから離れてルーマシーを立ち去った。

 

「さて、と。じゃあ俺もそろそろ行くが、最後にお前らに言っておくぞ」

 

 オーキスを見送ってから、ダナンは振り返らずに一行へと告げる。

 

「……やっぱりお前らは、仲間のために力を使って、例え厄災が巻き起ころうとも退く気はないんだよな」

「……うん。僕達は、厄災が起こるなら皆と力を合わせて乗り越える」

「今回は助けられる側だったけど、私も逆の立場ならそうしてたよ」

「ああ、だろうな」

 

 そこに、「お前らだししょうがねぇよな」というような軽い雰囲気はなかった。

 

「厄災が起こっても仲間達となら。……悪いが、俺はそんな風に楽観視はできねぇな」

 

 ダナンは少しだけ、ピリついた気配を発している。

 

「サンダルフォンよりも大きな脅威が今起こっていたとして、今のお前達にそれを乗り越えられるかと言われて断言するのは不可能だ。意思だけじゃどうにもならないことだってある。――誰かが死んだ後じゃ遅ぇんだよ」

 

 冷たい言葉に、異論を唱えることはできなかった。

 誰がどう言ったって、綺麗ごとで納得できないこともある。

 

「……もし、俺の仲間の誰か一人でもお前らがパンデモニウムとやらの封印を解くことになったせいで殺されたら。殺したそいつは当然殺すとして」

 

 肩越しに、敵意に満ちた黒い瞳が振り返って一行を見据えた。

 

「俺はてめえらを殺すからな」

 

 真っ向から殺意をぶつけられて、一行の誰もが身動きと反論を封じられる。

 これまでの旅の中で、最初は敵同士だった彼らも打ち解けてはいた。いいライバルになれるだろうとも思っている。だが、それでも譲れないモノはあった。

 

「……というわけで、仲間のために、なんて言い出すのはいいが恨まれる心構えだけはしておけよ。あと、俺と殺し合う覚悟もな」

 

 顔を正面に戻したダナンは、ひらと軽く手を振り普段通りの口調で告げるとその場を立ち去っていく。

 一歩間違えれば彼とも敵対してしまうのだと突きつけられた双子とルリア、ビィには重くのしかかったが、それでもそうならないように強くなればいいという言葉に、前を向き始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 それからしばらくして。

 

 サンダルフォンが使役していたヴァーチャーズなどによる襲撃の結果、島では各々復旧作業が行われていた。

 

 そんな中、一人旅を再開していたダナンはふと歩みを止める。

 

「……なんの用だ?」

 

 虚空に問いかけると、光を伴って四大天司が姿を現した。

 

「釣れないわね。また会いましょう、って言ったでしょ?」

「やっぱなんかあったのか」

「フフ、そうね。実は私、貴方のこと気に入っちゃったの」

 

 微笑むガブリエルに、ダナンは片眉を上げてみせる。

 

「ガブリエル。戯れはそこまでにしておけ」

「ウフフ、わかってるわ」

 

 ミカエルに注意されて、ガブリエルは本気とも冗談ともつかない笑顔で応えた。

 

「ホントにこいつに素質があんのか? 俺にはそうは見えねぇがな」

「ルシフェル様の言葉だ。信じるしかあるまい」

 

 腕組みをしたウリエルは値踏みするようにじろじろと眺めてくる。ラファエルは冷静に言葉を返していた。

 

 ……こいつらが動く、ってことはやっぱりルシフェルの関係だよな。だが素質とかなんとかってにはなんの話だ?

 

「小僧。貴様にルシフェル様から言伝がある。心して聞くが良い」

 

 四大天司でもリーダー格に見えるミカエルがダナンを見下ろして告げる。

 

「『君はいずれ“世界”を手に入れる。その時のために、四大天司の羽根を授けよう』」

 

 ダナンにはルシフェルの言葉の半分も理解できなかった。

 

「……ルシフェル様もなにをお考えなのか。人間に我等の羽根を授けるなど」

 

 ミカエルは文句を言いながらも手の中に炎を纏った白い羽根を出現させる。他の三体も同じように羽根を出現させている。

 

「これは我等の力が宿った聖なる羽根だ。有り難く受け取るが良い」

「ま、待ってくれ。“世界”ってのはなんだ? なんで俺にそんな貴重なモノを授ける必要がある?」

 

 話についていけていないダナンは慌てて質問した。

 

「詳しくは妾達も知らぬ。だが“世界”とは、我等の司る四大元素ならず元素そのモノを創り変えてしまうほどの、強力な星晶獣のことだ」

「……そいつも例のパンデモニウムに封印されてる原初の星晶獣だってのか?」

「いや、違ぇよ。そいつは天司でもなけりゃ原初の星晶獣でもねぇ。覇空戦争のために創られた兵器の一体、のはずだった」

「その星晶獣は空の民と同じく思考し成長するモノとして創られた」

「その結果、“世界”を司る星晶獣にまで至ったの。その力を、あなたは近い内に手に入れるとルシフェル様が予見したのよ」

 

 そんな星晶獣の知り合いはいないし聞いたこともない。ともすればアーカーシャすら超えかねない強力すぎる星晶獣だ。その力が本当だとしたら、四大天司すら超えるだろう。

 

「……俺にはこの先のことなんてわからないから現時点ではなんとも言えないが、それとお前らの羽根にどんな関係がある?」

「ヤツは元素すら創り変えることが可能な星晶獣だ。たった一体で我等四大天司を超える力を持っていると言って良い。その星晶獣の力を手にする貴様に目をかけるのは当然のことだろう? 監視のためか、貴様を守るためかあるいは……いや、全てを語る必要はないか」

 

 ある程度思惑を知ってはいるようだったが、ダナンに話す気はないようだ。

 

「ルシフェル様がどうかは知らないけど、私はダナン君ならきっとその星晶獣をいい方向に導いてくれると思うわ」

 

 にっこりと微笑んだガブリエルがそんなことを口にする。要は真意を伝えたくないってことだな、と勝手に納得しておいた。

 

「四大元素すら操れるってんなら俺達より上だ。癪だけどな。ルシフェル様も、もし二千年前の叛乱の時にその星晶獣がいたら世界がどうなってたかわかんねぇって話だからな。放置ってわけにはいかねぇんだろ」

 

 ウリエルは乱暴な口調だったが、納得できる答えを返してくれる。

 

「なるほどな。ところでこの羽根はなにかに使えるのか? あんた達ほどの力が宿ったモノなら是非有効活用したいんだが」

「……貴様。天司の羽根を嘗めていないか? 信心深い者なら家宝として代々受け継いで良い代物だぞ?」

「俺は別に信心深くないしな。それに、使えるモノは使う主義だ」

 

 なぜか四大天司に呆れたような目で見られてしまう。

 

「フフ、じゃあ特別に教えてあげるわ。この世界のどこかに、たった一つだけ私達の力が宿った依り代があるの」

「ガブリエル」

「いいじゃない、折角だし」

「依り代?」

「ああ。簡単に言や俺が司る土の元素の力が強まった特別な武器ってことだな」

「武器か。……へぇ?」

 

 それを聞いて、ダナンは悪どい笑みを浮かべた。

 

 ……武器で、しかも一つだけと来たか。ならあいつらにやるわけにはいかねぇなぁ。特にグランにはよぉ。

 

「……おい。本当に大丈夫なのだろうな?」

「……そのはずだ」

「……笑い方が完全に敵だぜ」

「ウフフ。いいじゃない」

 

 ガブリエル以外は完全に引いていたが。

 

「そうかそうか、いいことを聞いた。“世界”とやらは兎も角、武器の方は是非欲しいな。ありがとな」

 

 考えていることは兎も角、表面上はいい笑顔で礼を述べる。

 

「最後に一つ、貴様に告げることがある」

「まだなにかあるのか?」

「……汝がもし“世界”を手中に収めたなら」

「俺達、若しくは俺達の使徒がテメェに同行する」

「羽根はそのための目印でもあるってことね」

 

 四大天司に言われて、素直に目を丸くした。

 

「……同行って、いや使徒ってのは知らないけど。にしても俺の方でいいのか?」

「良いか悪いかではない。どうせ貴様はもう一方と切っても切れない縁で結ばれている。我等に与えられた使命は、“世界”の行く末を見届けること。となれば貴様に同行するのが筋というモノだろう」

「実際に私達が同行するかはわからないけど、もし使徒に会ったらよろしくね」

「……まぁ、わかった」

 

 先の話ばかりで正直ついていけないが。それでも頷いておく。目をかけてくれるのは有り難いことではあるのだ。

 

「貴様が“世界”を手にした時、また相見えよう」

「ウフフ、楽しみにしてるわね」

「そん時は喧嘩しようぜ!」

「良き風が在らんことを」

 

 四大天司は別れの言葉を告げて、たちまち消えてしまう。

 

「……はぁ。人と同じように話す癖にマイペースとか。やっぱり人とは違うんかね」

 

 ダナンは頭を掻いて、天司達から言われたことを頭の片隅に置いて歩を進める。

 

 彼が“世界”を名乗る星晶獣と邂逅するのは、その数日後のことだった。




※おまけ 竜の試練
双子は二百人いる全団員で始原の竜と戦ったが、自分のためにと言ったダナンは一人で戦う羽目になったとさ。

独自解釈になりますが、ワールドの星晶獣としての強さは異常です。アーカーシャもヤバいヤツでしたがそれと同等レベルだと個人的には思ってます。なので、そんなヤツに目をつけられることになるダナンをルシフェルが放っておくわけないだろう、と。
あとついでに天司武器フラグ立てたのでまたグランを煽れますね!

そして。
もしかしたら敵になる、という話を挟んだので「仲間を助けるために大いなる咆哮を使った結果島一つを滅ぼされちゃってその島に家族がいた人に恨み言を呟かれた挙句パンデモニウムから解き放たれたヤツに仲間を殺される」ことでグランの闇堕ちバッドエンドIFが完成するかもです。
ダナンの闇堕ちバッドエンドIFは元々あるので、エイプリルフールかどこかで二つ同時に書きたいですね。
  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。