ワールドの要望により、俺は久方振りに霧に包まれた島を訪れた。ここでは“蒼穹”のヤツらが星晶獣セレストを巡る騒動に巻き込まれたそうだ。
あとドランクの祖母の故郷だとスツルムから聞いた気がする。その祖母の姉の幽霊が“蒼穹”の一員だそうだ。
複雑怪奇かよ。
ともあれ今は幽霊達が普通に(?)暮らす平和な島となっている。流石に観光客はいないし島を訪れる来訪者もいないのだが。
「この辺りだな」
『ああ』
俺はワールドと共にその島を訪れ、件の星晶獣オリヴィエとやらに協力を取りつけようとしていた。
ワールドが以前会ったと言うのでその情報を頼りにオリヴィエのいる場所へと到着する。
「……出てこないな」
『ああ。警戒しているのだろう。空間を創り変えれば出てくるはずだ。縄張りを荒らされた魔物と同じ原理だな』
「まさかお前、前もそうやって呼び出したんじゃないんだろうな」
『? そうだが?』
そうだが? じゃねぇよ。
「……なんで協力してもらうってのに敵対するように呼び出してんだよ」
『あくまで新世界の神となるのはオレだ。協力者とはいえ嘗められるわけにはいかないだろう。はっきりと立場の上下というのを植えつけなければならない』
「そんなんだから断られるんだ」
はぁ、と嘆息する。こいつは交渉のなんたるかをわかっていない。「新世界へ導いてやる。だからオレについてこい」じゃ釣れるヤツも釣れないだろう。
「俺の時もそうだが、無駄にカッコつけすぎなんだよ」
『第一印象というのは大事だろう? 見る者に威厳を見せつけなければ神を名乗れはしない』
「だから協力を取りつけられないんだよ」
『……そこまで言うならお前に一任しよう。精々取りつけてみるがいい』
拗ねるなよ、子供か。まぁいいや。とりあえず余計な口出しさえしてくれなければなんとかなるだろう。真っ直ぐに伝えて相手を折れさせるのが双子だとしたら、俺はちゃんと利益を互いが得られるように対等な関係に持っていくつもりだ。交渉ってのはそういうモノじゃないとな。
「とはいえまずは出てきてもらわないと話にならないか」
呟いて、適当に歩き回る。一応この辺りに星晶獣の気配が漂ってはいるのだが、実体はどこかに隠れてしまっている、若しくは実体化しないでこちらを観察しているといったところか。
「オリヴィエ、出てきてくれないか? ワールドの昔の態度が気に食わなかったのはわかるが、話をしよう。新世界創造自体はお前にとっても悪い話じゃないんだろ?」
俺の問いかけにも応えてくれないか、と思ったその時。
「――己を知らぬ愚者よ。D・フォールン・ソード」
静かな女性の声が聞こえてきたかと思うと、どこからともなく巨大な黒い斬撃が飛来してきた。急襲ではあったが知覚範囲に来てから充分に避けられる速度だ。回避し、抉れていない地面を踏んで飛んできた方向に顔を向ける。
そこに黒い翼と黒い角、鮮やかな長髪を持つ美女が降りてきていた。
二本の黒い剣を携え、緋色の瞳で冷たくこちらを見下ろしてきている。
ワールドの分析を行えば星晶獣だとわかる。その中でも天司と称される者と同じ構造のようだ。
「……人の子の中では、女性を不躾に探るのは失礼ではないのか?」
「なんだ、気づけるのか。気に障ったなら悪かった。ワールドの言うことを一から百まで信じる気はないんでな、確かめさせてもらった」
天司がそう簡単に見つかるわけがない、と思っていたのもあるが。なにせ原初の星晶獣だ。天司長ルシフェルの下についているか、サンダルフォンがそうだったようにパンデモニウムに封印されているかの二択だと思う。それ以外に天司がいるという話は知らない。
「……お前は四大天司の遣いか?」
オリヴィエは俺を訝しむように眺めている。どうやら同じ天司なので俺が持っている四大天司の羽根を感知できるようだ。でなければ俺を四大天司の遣いとは思わないだろう。遣いというか使徒? は“黒闇”にいる星晶獣四体がそうであるようだったが。
「いいや。そう思った理由は羽根だろ? これは貰っただけで、別に遣いってわけでもない。堕天司の話は少し聞いてるが、創造主の星の民に叛乱して捕まったってくらいか」
あとは蒼の少女と赤き竜によって起こる『大いなる咆哮』で封印が解ける。今まで、俺が知っている中でそれが起こったのは二回のみ。一回目は新世界創造を目論む叛乱に加担したらしき天司が解き放たれた。二回目は天司長が解かれるのを抑えていたので結果的になにもなかった。
だからと言ってほいほい使っていいモノではないのだろうが。
「その通りだ」
「じゃあなんで堕天司であるはずのお前がここにいるのかって話だよな。同じようにパンデモニウムに封印されてたなら天司長や四大天司がお前を野放しにしてるわけがない。ってことは二択。叛乱前に失敗した時の保険として別の場所に送られていたか、お前が今も封印されたままかのどっちかだろうな」
「……。そうだ、私の本体は今もパンデモニウムに封印されている。ここにいる私はただの分身、のようなモノだ」
オリヴィエが頷いた。……つまりこいつは、少なくとも本体を解放したいと思っていそうということだ。パンデモニウムのヤツらを解放させて仲間危険に晒したらぶっ殺すぞとまで言っている手前、協力しづらいなぁ。
「なにが目的だ、って聞いて答えるわけはねぇか」
「当たり前だ」
「だよなぁ」
どうするか。ワールドにああも言った手前協力を取りつけるしかない。カッコつかないし。ただ対等な関係として手を組むには、こいつが果たして信用に値するヤツなのかという疑問が残る。
「……目的は聞かなくても、少なくともお前は自分の本体を解放したいとは思ってるはずだ。最終目的がどうなのかは知らないが、間違ってないよな?」
「ああ、間違ってはいない。なにをするにも、本体でなければ思うように活動できないからな」
それはそうだろう。とはいえ最終目的はおそらく別にあるはずだ。だからできればお前の本体を解放してやるからワールドに協力してやってくれ、と言うのが一番いい。目的の半ばまでを手伝ってやるという取引だ。
だが問題は、さっきも言った通りこいつを解放して本当にいいのかという疑念は消えないことだ。
「ん〜……。俺はお前に協力を取りつけたい、が。俺が聞いている話だとパンデモニウムに封印されてる堕天司は災厄と呼ぶに相応しい連中だそうだ。前にパンデモニウムから解き放たれたヤツは世界を終わらせようとしていたし、あんなのが大勢解放されたんじゃ対処のしようがない」
「……」
「ワールドの能力があればお前一人を封印から抜けさせるくらいできるかもしれないが……お前が空の世界を滅茶苦茶にする目的があるなら協力できるはずもない」
「だろうな」
オリヴィエは握っていた二本の剣を握り直した。
「とはいえアーカルムの星晶獣からも目の敵にされたワールドに一人で頑張ってくれと言って死ぬわけにもいかないから、協力は欲しい」
このままでは俺が死んだとしてもワールドはなにも成せず滅びるだろう。それは契約上と言うか、俺が納得できない。せめてワールドが新世界を創れる段階にまでしてから死ぬのが、それまで俺に付き合ってくれているであろうワールドへの礼だ。
俺が死んだ後の世界まで面倒見てやるのはあの双子ならやりかねないが、俺にとっては関係ないのでやらなくていいだろう。……まぁ、もし俺が後継とかに託すようなことがあれば別なんだろうが。流石にそこまではな。
「俺としてはお前の本体をパンデモニウムから出すことを、協力してもらう条件にしたいと思っている」
「……さっき堕天司とは協力できないということを言っていなかったか?」
臨戦態勢を取ろうとしていたオリヴィエだったが、剣を持つ手から力を抜いた。
「ああ。だがお前が空の世界を危険に晒さないと約束してくれるなら、手を組むことはできる」
「私がその後裏切る可能性もあるだろう?」
「そうだな。俺が知っている知識の中で、お前の目的を予想できるとしたらだが。自分の本体をパンデモニウムから解放する。パンデモニウムに封印されている他の堕天司を解放する。どっちもにかかって、かつて失敗した叛乱を再度行う。こんな程度だ」
情報が少なすぎて、簡単に推測できるようなことしか思いつかない。そもそもなぜ堕天司が叛乱を起こしたのか、その理由すらもはっきりとはわかっていない。叛乱と言うくらいだし創造主に不満があったんだろうなとは思っているが、それも憶測でしかなかった。
「……ま、叛乱をするにしてもお前一人で天司達を倒すってのは無理だろうから、堕天司を解放するってのが濃厚だとは思ってるんだけどな」
「それなら余計に私と手を組むとは思えないのだが。さっきからなにを言おうとしているのかわからないな。まるで、私が裏切ると思っていて手を組むと言っているように聞こえるぞ」
「それで間違っちゃいない」
「……なに?」
俺が頷くと、オリヴィエは怪訝そうに眉を顰める。
「お前は空の世界を危険に晒さず、仲間達に危害を加えないと約束する。その約束さえしてくれればお前をパンデモニウムから解放することを手伝おう。その代わりにワールドの協力をしてやってくれ」
「……その間私が例えパンデモニウムから同朋達を解放しようとするのも勝手ということか」
「まぁな。だが堕天司達を解放しようとするなら先に約束を反故にしたのはそっちだから、遠慮なく戦える」
「なるほど。だが私のメリットはなんだ?」
「簡単だろ、お前が今分身であることを考えれば。お前が自力で分身を出しているにしろ、誰かに出してもらったにしろ、現状封印を解く術がないわけだ。まぁ大いなる咆哮とやらで解けるらしいが、一番は封印を行った天司を倒すこと、だろうな。相手の戦力とお前が本体じゃないことを考えれば後者は無理だ。つまりお前は現状だと自分の本体の解放すらままならない。だからそこだけでも協力する、っていうのは悪い話じゃないと思うんだけどな?」
「……もしお前の推測が見当違いで、本体の解放すら不要だったとしたらどうする?」
「それならしょうがない。断ればいい」
相手のやりたいことを読み違えたなら、交渉は失敗する。そんなの当然だ。首飾りがなにか言いたげに明滅していたが無視した。
「……一見いいように聞こえはするが、お前が四大天司に私を売らないという確証はない」
「だな。そこは信用してもらうしかないが、まぁ羽根があるせいで多分天司長から監視とかはされてるだろうし、今更だ。諦めろ」
「……」
なぜかジト目をされてしまう。
「四大天司と関わりあるっちゃあるが、外で空の世界を謳歌してるだけだとか言い張ればなんとかなるだろ」
「……わかった、とりあえずの協力はしよう」
「ん? そうか?」
なんで急に。
「いや、お前が天司と関わりがあるにしろ、完全な協力関係にないと思っただけのことだ。少なくとも与しているわけではなさそうだからな」
オリヴィエは少しだけ微笑んでいた。
「まぁ、世界の危機でもなければ俺があいつらに味方する必要もないからな」
どこぞの双子達がなんとかするだろうし。
「そうか。……私の本体を解放すると言ったが、それでは天司に目をつけられかねないが構わないのか?」
「まぁ一体くらいなら大丈夫だろ。少なくとも前に解放されて暴れたヤツよりは、お前の方が話が通じるというか、冷静そうではあるし」
「前に解放された堕天司がいたのか?」
最終的に「俺を必要としない世界なんて壊れてしまえばいい!」とか言ってたからな、あいつ。そう考えるとオリヴィエはここで大人しくしている(?)分マシな気がする。
「いや、あいつは堕天司じゃないらしい。サンダルフォンってヤツだ」
「ああ、中庭の」
俺の言葉に、オリヴィエは納得したように頷いていた。
「確かに、そいつは堕天司ではないな。どんな役割を持っていたかは知らないが、ずっと研究所の中庭にいたという印象しかない」
「ああ、らしいな。四大天司や天司長みたくなにかを司っているわけじゃなく、天司長が機能しなくなった時一時的に代理を務めるために創られたらしい。叛乱の理由もそれだな」
「……そうか。そういう天司もいたのだな。叛乱に加わっていたことは知っているが、私達堕天司とは根本的な参加理由が異なる。最終目的が新世界の創造という一致はあったが、それだけだろうな」
まぁ、確かにサンダルフォンは叛乱で同志を得たヤツの思考をしてなかったからな。周りが見えていかなかった。独りで足掻こうとしていた結果が、あれだったのだろう。その証拠にルシフェルを超えるために四大天司の羽を狙うばかりで、パンデモニウムに封印されていた堕天司達を解放しようとはしなかった。……封印したのが天司長なら、ルシフェルを超えたと豪語していたあいつがそれを破れないわけないと思うんだが。叛乱という手段と新世界創造という目的が同じだっただけで、仲間じゃなかったんだろうなとは思う。
「そうか。まぁそのサンダルフォンは四大天司の羽を奪ってルシフェル超えようとしたんだが、結局は“蒼穹”の双子達に阻まれたってわけだな」
「お前と同じ特異点だろう。存在は知っている」
まぁこいつも一応天司の括りではあるんだろうしな。それくらいは当然か。
「ともあれこれからよろしくな、オリヴィエ。四大天司への言い訳に使うから、ちゃんと人の生活を体験するように過ごせよ?」
「ああ。堕天司オリヴィエ、一時ではあるがお前の下に下ろう」
複雑な事情を抱えていそうな仲間が加入した。一応言っておくか。
「ようこそ、“黒闇”の騎空団へ」
彼女に手を伸ばす。取引上の関係とはいえ堕天司による叛乱については興味がないわけではない。ある程度仲良くなっておくのも悪いことじゃないと思っていた。
「奇遇だな。『宵闇』を司る堕天司だ。よろしく頼む」
これはまた、俺の団にぴったりな天司である。彼女が伸ばしてきた手を掴んで握手を交わす。
「問題は四大天司の使徒になんて説明するかだよなぁ。封印されててどうにもならないから空の世界を堪能してるとかどうだ?」
「好きにしてくれ」
「わかった。じゃあ冷静な美女に見えるけど実は部屋でこっそりメルヘンなぬいぐるみとかを集めてる感じにしよう」
「……なぜそうなる」
「いや、ギャップ。あと馴染んでる感じ出るだろ?」
「……まぁ、好きにすればいい。どちらにしろ表向きの理由は必要だろう」
嘆息するオリヴィエ。流石に星晶獣だけあって人間離れした美貌ではある。一見冷たく見えるからこそ可愛いモノを集めていると知ったら意外に思って堕天司がどうとかいう問題から意識が離れるだろう。……なんで俺は真面目に叛乱の片棒を担ぐようなこと考えてるんだろうな。
「わかった。嘘とバレないように、ちゃんと勉強しておいてくれ。あと、こういうのはちょっと人に言うのは恥ずかしい、くらいの感じを出すといいからあんまり人には言わないようにな」
「ああ。……随分と協力的だな。もしかしたら敵になるかもしれない相手に」
「まぁな。けど今は協力関係にある。なら最低限必要な協力はしてやるさ。だから、誤魔化せるようにしばらくは大人しくしといてくれよ」
「わかっている。時期を見誤れば全てが無に帰してしまうことくらいは理解しているつもりだ」
「ならいい」
オリヴィエは比較的冷静だ。子供っぽいサンダルフォンと比べると一目瞭然なほどに。
彼女にも俺に言っていない思惑があるだろうが、それでいい。日頃の行いで信頼を勝ち取って最低限俺が死んだ後ワールドに協力さえしてくれるようになったら、な。
『宵闇』を司ることだしこの縁は偶然じゃないかもしれない。ともあれ、また一つ新たな戦力を獲得したのだった。