ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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皆さん覚えているとは思いますが、賢者を統べたわけではありません。

ということで、あの人が登場します。


最後の賢者

 レオナとアリアが用事でついていけないため、騎空士として依頼を受けにシェロカルテの下へ行くオリヴィエの付き添いは俺がやることになった。

 

 二人で街を歩いていると、妙な面子と遭遇する。

 

「……む。またダナンが新しい女連れてる」

 

 少し頬を膨らませるオーキスに、アポロ、ナルメア、アネンサ、フラウ、ニーア、ハーゼ、リーシャ、モニカという面子だった。アネンサとハーゼを除けば共通点はあるのだが、二人が入るとなると珍しい気がする。まぁアネンサはナルメアと一緒にいることも多いのでそう考えると珍しくない気もするのだが。

 

「そういうんじゃねぇって」

 

 不満そうなオーキスを腕に座らせるような恰好で抱き上げた。

 

「狡い~。私もお兄ちゃんに抱っこしてもらうの~」

 

 その様子を見てアネンサが正面から服を引っ張ってくる。最近構ってやれていないからな不満そうだ。どこかに遊びに連れていった方がいいかもしれない。

 そんなアネンサごと後ろから抱き締めるようにナルメアが抱き着いてきた。フラウとニーアが後ろから抱き着いてきて、アポロ、ハーゼ、モニカがそれらを呆れたように見つめている。リーシャは残った片腕に抱き着こうかどうかで迷っているらしかったが。

 

「……ふむ」

 

 リーシャがちらちらと見ていた俺の右腕に、顎に手を当てて考え込むようにしていたオリヴィエが抱き着いてきた。

 

「おい……っ」

 

 誤解を招くだろうが、と睨みつけると彼女は「ん?」と首を傾げている。

 

「どうかしたか? たくさんの女が集まったら男に抱き着くモノなのだろう?」

「いや違ぇよ」

 

 妙なところで世間知らずを出すんじゃない。他のヤツもきょとんとしていた。こういう時真っ先に口を出すオーキスでさえもだ。

 

「なんだ、違うのか。しかしこれになんの意味があるかはよくわからないな」

「……わからなくていいんだよ、別に」

 

 オリヴィエはさっと惜し気もなく俺から離れていった。余計なことを、と思い切り嘆息する。抱き上げているオーキスが少し強めに抱き締めてきた。

 

「……仲良しじゃないと、わからない。ただ真似してもダメ」

 

 彼女はそのままオリヴィエに告げる。見せつけるように抱き締めてはきているが、傍から見たらただ甘えている妹にしか見えない、というのは本人には言ってはいけない。

 

「ふむ。人というのは難しいモノだな」

 

 オリヴィエは考え込むように言った。からかうようなつもりがなかったので責めるに責められないというのもあって特に火種になるようなことはなかったはずなのだが……。

 

「なら、学べばいいんじゃない? ダナンのところで」

「?」

 

 そう言って火種を放ったのはフラウだった。

 

「特別仲良しじゃなくても抱き着くことへの不快感はなかったのよね? じゃあ大丈夫、お試しもできると思うの」

「ふむ……」

「お前は俺をなんだと思ってるんだよ……」

(けだもの)?」

「……」

 

 俺にとってはお前の方がそれに近いんだが。

 まぁフラウもフラウで基本面倒見のいいところがあるので、それの一環なんだろうなとは思っているのだが。とはいえなんだか最近はその方向性がちょっと捻じれているような気がしなくもない。

 

「……ダメ」

「まぁ、あんま真面目に受け止めすぎるなよ、オリヴィエ。とりあえずここから真っ直ぐ行って噴水を右に曲がるとシェロカルテの店があるはずだから、そこに向かってくれ。付き添えなくて悪いが、まぁ一人で歩くのもいい経験になるだろ」

「わかった。お前はどうするつもりだ?」

「まぁ、最近色々あってのんびりできなかったからな、ちょっと」

 

 俺を好意的に思ってくれているヤツらに寂しい思いをさせるのは忍びない。

 

「そうか。私も好きにさせてもらおう」

「ああ。またな」

 

 オリヴィエはすたすたと去っていった。

 

「……今の人、星晶獣」

「ああ。その中でも天司の括りだ。まぁ大人しくはしてるだろうさ」

「……また相談なし?」

「別に抱え込んでるわけじゃないから安心してくれ」

 

 相談なしとは、ワールドとのことだ。大分無茶やったので叱られてしまった。というかモニカが告げ口したのが悪い。死にかけながら単独でワールドと戦ったことも、道中の戦闘を一人でやったことも。あとワールド関連のことを賢者以外には知らせていなかったことも。

 ガチで説教されたのは案外初めてなのかもしれない、と思っていたが。

 

「……言ってくれたら、いつでも力になる」

「ああ、わかってるよ」

 

 オーキスの頭を撫でてやってから、彼女を下ろす。アネンサが「まだかな~」という顔をしていたからだ。

 

「アネンサも、最近一緒にいてやれなくて悪いな」

「ううん~。その分一緒にいられる時はいっぱい一緒にいてくれるからいいの~」

 

 彼女を抱き上げると顔を綻ばせてぎゅーっと抱き着いてきた。オーキスより年上なはずなのにもっと幼い理由での甘えん坊だ。最近のお気に入りは俺とナルメアに挟まれて手を繋いだまま眠ることらしい。

 

「お兄ちゃん私も抱っこ~」

 

 ……。ハーゼが悪ノリしてきた。

 

「……お前それ、カッツェ(シスコン兄貴)にキレられるからな。あいつの前では絶対にやるなよ。面倒なんだよ、ジャッジメント呼び出すし」

 

 あいつ普段は冷静で頭も回る人格者なんだが、ハーゼのこととなると周りが見えなくなることが多い。ジャッジメントを呼び出して「審判の時だ! 可愛い妹に手を出した罪で、死刑!!」とか言って攻撃してくるから対処が面倒なんだよ。

 

「私のおも――お兄様は私に甘いものね」

 

 ハーゼは苦笑した。……いやお前今実の兄のことを玩具って言いかけなかったか?

 

「まぁ、付近にカッツェはいないから別にいいんだが、ハーヴィン相手だと結構子供の抱いてるみたいに見られがちと言うか、お前がいいんならいいんだけど」

 

 ひょい、とハーゼを残った片腕で抱き上げる。

 

「ち、ちょっと! 別に言っただけで本当に抱っこする必要はないのよ!?」

「なんだ、そうだったのか?」

 

 なら言わなければいいのに、と思いながら頬を染めたハーゼを地面に下ろした。

 

「……全く、淑女の扱いがなってないわね」

「悪かったな、スラム育ちなモンでよ」

 

 服の皺を伸ばしながらつんとそっぽを向くハーゼは少しだけ年齢より幼く見える。

 

 貴族の社交界とかに駆り出されていたハーゼと違って、俺はスラムで薄汚く育った身だ。礼儀作法も基本と帝国式ぐらいしか知らない。お貴族様の素晴らしい作法なんて知りたくもないしな。

 

「お兄ちゃん、一緒に水族館行こ~」

「いいけど、この前も行かなかったか?」

「いつ行っても楽しいの~。イルカさん可愛かったよ~?」

「そっか。まぁアネンサが楽しいなら行くか」

「えへへ~」

 

 心底嬉しそうににこにこしているのを見ると、行くことを決めて良かったと思ってしまう。なんだかんだ、俺は身内には甘いのかもしれない。とはいえ唯一の家族があんなんなので身内と家族がイコールで繋がってないというのは不思議な感じだが。

 

「ほらリーシャも、行くぞ」

「えっ? あ、はいっ」

 

 躊躇して以来動けていなかったリーシャを呼び寄せて、結局全員で水族館へ行くことになった。

 水族館はデートスポットの一つなのでカップルも多いのだが、その中でもまぁ目立つ目立つ。他にイチャイチャしたカップルはいるというのに俺達(主に俺)に向けて「ハーレムたぁいいご身分だなぁあぁん?」という殺意の込められた視線を受け続けることになったのだが。

 まぁ皆が楽しそうだったのでいいだろう。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「儂に嘘吐くたぁどういう了見だ?」

 

 皆で水族館に行ってから四日が過ぎ、一人で街を歩いていると険しい表情をしたエルーンの爺さんに道を塞がれてしまった。すっかり忘れていたが、そういえばまだ十人目の賢者は団員じゃないんだったな。

 長い白髪に賢者特有の紺色のローブと赤いケープ。

 

 ザ・サンと契約した賢者の一人、アラナンだ。

 

 そういや、会ってサン倒した後に贖罪の旅に出ていたんだったな。で、俺はまた会うためにどこを尋ねればいいかと聞かれて“蒼穹”の騎空団と答えたんだった。そうだったそうだった。嘘は吐いてないけど限りなく嘘に近い誘導をかけたんだったな。思い出してきた。

 

 そしてどうやら謀ったと勘違いされてしまっているらしい。まぁ俺の思惑通りなので言い訳の言葉はすらすらと出てくる。例え突然の再会であってもな。

 

「嘘は言ってない。俺は騎空団に所属しているし、“蒼穹”の騎空団を尋ねれば俺の居場所を教えてくれる。俺が“蒼穹”の騎空団に所属しているとは一言も言ってないだろ?」

「……」

 

 俺の言葉に、アラナンは険しい表情に呆れを混ぜていた。彼の心情を言葉にするとしたなら、「なにをぬけぬけと」かな。

 

「まぁあんたは動揺してる時相手の言葉を愚直に受け取りやすいみたいだから、わざとなんだけどな」

 

 終いにはにっこりと笑って告げた。

 サンがアラナンを誘惑(?)したのに近い状況だったから、俺がそう言えばきっと勘違いしてくれるだろうと睨んでいたのもある。理由はあの時仲間達には言ったが、こいつに真なる善人を見せるため。

 

「……はぁ。全く、本当に貴殿は人が悪いと言うか。だがおかげで、楽園の想像自体は出来上がった。真意はさておき、礼は言う」

「そうかい。じゃああんたは“蒼穹”に加入するのか?」

 

 テレサはうちに入ってくれたが、それはおそらく“蒼穹”とあまり関わりがないからだ。二択を突きつけられたらきっと向こうを選んでいただろう。テレサは人格的に向こうの方が性に合っていると思う。まぁそういう意味ではレオナとかもあっち側になるんだろうが。

 

「いいや」

 

 俺が今挙げた人達のように、根が善人で悪を許容するのが難しい場合。特別な事情がなければ“蒼穹”に入りたがるモノと思っていた。

 テレサは実際に“蒼穹”と関わりがなく、レオナは思うところがあって“黒闇”を選んだ。同じ性質で言うとエウロペとブローディアもそうなんだが、あれは俺が天司の羽を持たされているからというのが大きいのだろう。

 だからどちらの騎空団も知ったアラナンが、特別な事情がないと思われるため“蒼穹”を選ぶのだろうと考えていた。

 

 しかしアラナンは首を横に振る。俺の予想に反して。

 

「……儂には、あの騎空団は眩しすぎる」

 

 彼は少し俯いて呟いた。

 

「これは逃げかもしれねぇ。だが、あの騎空団にいると儂は、善人になったかのような気分になってしまう。己が起こしてきた罪を、責任を、忘れちまいそうになる。あそこはある種、儂が思い描いた楽園に近しい場所だ。そこに入って儂が“楽園”に選ばれた善人だという錯覚に陥っちまいそうで、儂には堪えられなかった」

 

 アラナンの独白に口を挟む余地はなかった。気持ちはわかる、というのは烏滸(おこ)がましいことだが。それでも少しはわかる。なにせ俺も最初、あいつらが眩しいという気持ちを持っていたからだ。

 

「じゃあこれからも贖罪の旅を続けるってことか」

「いいや、それも違う」

 

 そう思ったなら贖罪だろうかと思ったのだが、彼は否定した。少しだけ口元に笑みを浮かべて。

 

「儂は、貴殿の騎空団に入りたい」

「……あん?」

 

 思い切り怪訝な表情をしてしまった。別に俺達が悪の集団だとは思っていないが、殺る時は殺る。そういうヤツが多い騎空団ではあった。

 

「善がなにかはわかった。“蒼穹”の騎空団を見ていれば明白だ。だがな、儂には“悪”がなにかの結論が出ねぇんだ。簡単に割り切れるモノじゃねぇってのはわかってる。だが善人による善人のための楽園創造には、悪がなにかを知る必要がある。まぁ要は、儂は貴殿が善か悪かを見極めたい」

 

 爺さんは不敵に笑う。

 

「もちろん贖罪は終わらねぇ。だが夢を追いかけるのはやめねぇ。それを両立するために、貴殿の騎空団に入れて欲しい」

 

 言って、アラナンは深々と俺に頭を下げた。公衆の面前なので注目を浴びてしまうが、まぁいつものことと言ってしまえばそれまでだ。

 

「……まぁ戦力増強は有り難いし、賢者九人だけってのもキリが悪いから歓迎はするが。あんまり期待するなよ? 俺は間違いなく悪だ」

「儂は善よりの悪である可能性も考えてるんでな。きっちり見極めせてもらうぜ」

「勝手にしろ。あんたはもういい年齢だ。誰になにを言われるまでもなく、自分で考えられるだろ。せめて、もう介護されるようなことがないようにな」

「言わなくてもそのつもりだ。改めて、よろしく頼むぞ団長殿?」

 

 アラナンが手を差し出してくる。礼儀として握手に応じた。

 

 これで、一応賢者全員が揃ったわけだ。まぁ一人くらい“蒼穹”でもいいかなとは思っていたんだが、揃ってくれた方がいいと言えばいい。十天衆に対抗する戦力として期待したいところだからな。丁度十人いるし頑張って欲しい。

 となると俺が名づけた“六刃羅”はなにに対抗する連中にしようか迷うところだが。まぁそこまで気にしなくてもいいだろう。アネンサとクラウス以外はあまり見かけないのが少しだけ不安なところだが。

 レラクルはぐーたらしていて、ゼオは武者修行、トキリもゼオに同じ。あと一人のクモルクメルだけは近辺にいて、他のヤツから話を聞くことはあっても俺と顔を合わせることが少なかった。というか最近はほとんどない。近くにいるのはわかってるんだけどな。

 まぁ、今度タイミングが合ったら話してみようか。




次の更新はまた未定になります。Twitterとかでお知らせしますね。

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