ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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まずは心をへし折るべし、と思っているのですがそこまで辿り着けなかった……。
予告していた通りのトキリ回。過去回想ありです。


トキリの思惑

 トキリはただひたすらに、それを見ていた。

 

 ダナンが七曜の騎士を含めた団員達と戦っている様を。

 

 ……クソッ。

 

 見ているだけで悔しさと屈辱、苛立ちが募っていく。

 ただ、決して入っていこうとはしなかった。

 

 なにもできないことを本能で悟ってしまっているからだ。心では否定しても、挑んでも全く勝ち目のないビジョンしか見えてこない。それを否定して、しかし身体は動かず。そんなことを内々で繰り返して鬱憤が溜まっていく。

 

「……クソッ」

 

 だからこうして、吐き捨てることしかできなかった。

 

 いつしか戦いは終わり、ダナンは汗だくな笑顔で「いい経験になった」と口にする。

 だがトキリにとってはほとんど得るモノがなかったと言っていい。じっと戦いを見ていた。トキリは見て真似る才能がある。今まではそうやって剣術を盗んでいた。しかし今の戦いは、はっきり言って次元の違うモノだった。

 もちろん形を真似るだけなら簡単だ。だが威力や精度を盗みそれを自分の技量で超えることはできない。威力や精度、技量に至るまで全てが自分の届く範囲にない者達ばかりだ。なんなんだよこの騎空団、と思わないでもなかったがこの騎空団はライバルとしている大規模騎空団がある。そこにはかつて手も足も出ず赤子扱いされて負けた全空一の刀使いと称されるオクトーがいる。聞いた話によればトキリが一人で彷徨っている中出会った一見釣り師の爺さんや仕込み杖との二刀流を使う爺さんというとんでもなく強かった剣士も加入しているらしい。というかそれよりもせんべえに負けたのが悔しい。

 ダナンはよく“蒼穹”はおかしいと言っているが、トキリからしてみればどっちもどっちだ。七曜の騎士を四人も擁しておいて普通を名乗れるとは思っていないだろうが。

 

「……」

 

 しかし、だから自分が一番弱いのは仕方がない。とはならなかった。

 

 “黒闇”の騎空団の誰にも勝てず、流浪の剣士にも負け、それでもまだ彼はプライドを残していた。心が折れてはいなかった。それは幼い頃から信じてきた自分の天才性を未だ信じていたからだ。

 

 戦いが終わり、ダナンの能力で元いた空間に戻ってくる。他の団員達は、戦いの感想などを言い合いながら解散していく。

 トキリは一人、騎空艇の自室に戻っていった。

 

 ――彼が()()()()()きっかけは、昔にある。当時六歳の頃だ。

 

「ねぇ、暇なら道場に来ない?」

 

 一人蟻の巣を眺めていた彼を、近所の同い年くらいの子供が誘った。実家の近所にあった剣術道場主の子供だ。この頃のトキリは比較的大人しい性格で、両親が早くに亡くなってしまったことから親戚の叔母の家で暮らしていた。ただ叔母はあまりトキリの両親とは仲が良くなったようで、トキリに対しては干渉してこなかった。トキリにしても両親に溺愛されていたわけではなかったためにそれならそれでいいか、と思って一人遊びを続けていたくらいだ。

 

「……いいけど」

 

 特にやることもなかったので、トキリはその子についていくことにした。……水でいっぱいになった巣の周りで慌てふためく蟻達を尻目に。

 

「お父さん、今日からこの子も見学させて欲しいんだけど」

 

 その子はトキリを連れて自分の家の道場まで行く。中で道着を来て木刀を振るっていた男性は手を止めると朗らかな笑みを浮かべた。

 

「おぉ、ツジリか。そっちの子はお友達かい?」

「ううん。でも暇そうだったから」

「そ、そうか」

 

 友達ではないと言われて少し困惑しながらも、彼女の父は笑顔で屈みトキリと視線を合わせてくる。

 

「えっと、名前は?」

「トキリ」

「そうか、トキリ君か。剣を握ったことはあるかな?」

「ないけど」

「そうかそうか。あ、気にしなくていいよ。剣を握ったことがなくても、鍛錬を積めば強くなっていくからね」

 

 彼の言っていることが、よくわからなかった。トキリには努力をするということがよくわかっていなかったから。それに、剣を学ぶことがそんなに時間を費やすようなことなのかも疑問だった。

 

「じゃあ基礎を教えてあげる。えっと、剣はこう握って……」

 

 連れてきたその子は仲間が出来たことを喜ぶように、嬉しそうに説明を始める。トキリにとってはそうでもなかったが、まぁ暇潰しになるならなんでもいいかと思ってその子に付き合っていた。

 

 その一週間後。

 

「じゃあ試しに打ち合ってみようか」

 

 ツジリの父はそうトキリに提案してきた。剣の振り方は教えたので、実際に打たせてみるようだ。剣術は素振りなどを延々と繰り返してつまらないイメージが強いため、そこを変えてある程度実際に打ってみることを経験させる方針にしていたらしい。

 

 物は試しに、と二人に勧められてトキリはツジリの父と向かい合う。大の大人と小さな子供。勝負は見えていたはず、なのだが。

 

 受けようと構えていた彼の懐に踏み込んで、トキリは木刀で右足の脛を強かに打った。

 

「ぐっ!?」

「え――?」

 

 呻き声を上げる父を呆然と見つめるツジリ。この中で一番冷静だったのはトキリだったかもしれない。

 

 トキリはそのまま下がっていた手首を的確に打ち砕いて木刀を落とさせ、容赦なく左足を狙う。体勢を崩して倒れ込んだ彼の前で、木刀を大きく振り上げた。打ち所が悪かった、と言えばそれまでの話だが実際には違う。全てトキリは狙ってやっていた。力で足りない威力は角度などで補っていたのだ。

 

「ま、待て――っ!?」

 

 彼がこれ以上を制止しようと手を伸ばしてくる。それを見た瞬間、トキリの全身をある種の衝撃が貫いた――快感だった。大の大人が、自分よりも強いはずの大人が跪いて情けない声を上げている。堪らなく心地良かった。もっと見たい、とトキリは高揚感に身体を震わせる。

 彼が制止しようとして顔を上げ、唖然としたのはトキリがあまりにも恍惚とした表情で歪んだ笑みを浮かべていたからだった。

 

 トキリはそのまま、愕然とする彼の頭部を木刀で強打した。

 

 出血して道場の床が少しだけ赤く染まる。彼は意識を失ったのかぴくりとも動かなくなった。

 

「お、お父さん!?」

 

 ツジリの悲鳴にも似た声が聞こえる。トキリは表情を変えずにそちらを振り返って、

 

「ねぇ。剣ってすっごく楽しいね」

「っ……!?」

 

 今まであまり表情を変えていなかったトキリが見せた、初めての笑顔。しかしその意味合いの違いにツジリは恐怖し、怯えた顔で口元を覆った。

 しかしトキリは興味を失くしたように顔を背け、木刀を持ったまま道場を後にする。彼を呼び止める声はなかった。

 

 血のついた木刀を持って歩いていれば呼び止められることもあったが、邪魔するなら同じようにしてしまえばいい、という答えを得てしまっているトキリは油断している大人を木刀で滅多打ちにした。そんなことをすれば大人達が止めようとしてくるが、それを嘲笑うかのように叔母の家に戻る。戻っても叔母にガミガミと煩く言われたので、木刀で黙らせた。そして食糧などの必要そうなモノを持ち出し、トキリは故郷を出立するのだった。

 

 それからは迷子のフリをして商人に近づいたり、無垢な子供と思わせて油断した盗賊を一網打尽にしたり、自由気ままに遭遇する人達に応じて対応を変えながら気に入らないモノを倒して悠々と旅をしていた。

 

 特に大の大人が情けなく「やめてくれ!」と懇願する様子は堪らなかった。

 

 もっと見せて欲しい。もっと優越感に浸りたい。

 

 そんな感情に突き動かされて過ごしている内に、トキリは“人斬り”と呼ばれるようになった。ある時から真剣を使うようになり、その方が命乞いに必死さが加わって楽しいからという理由だった。相手のことなど一切考えたことがないので、結果的に死んでしまっても特に気にしてこなかった。

 それが間違ったことだと教える人も、教えられるほど強い人もいなかった。

 

 トキリが敵わない相手に出会ったのは、もう他者の意見を聞き入れなくなって久しい頃だったのだ。

 

 ――時は現在に戻る。

 

「……どうやったらあいつに一泡吹かすことができるんだ?」

 

 トキリは自室で自問していた。ただ答えは簡単だった……今よりもっと強くなればいい。だが前より格段に強くなった、今度こそ手も足も出ないなんてことは起きない、とそう思っていたのに遥か上を行かれた。

 正直あいつはおかしい。自分の方が年齢的にも伸びしろはあるはずなのに、なぜかその遥か上を行かれる。この短期間で手の届かないところを飛ぶ鳥が手の届くはずがない星になったようなモノだ。アホみたいに強くなりやがっている。

 

「……クソ」

 

 わかってはいた。あいつが団にいる誰よりも強くなるだろうということは。だからこそトキリはダナンに勝つことに拘るようになっていったのだ。ある意味、天性の勘で彼が最も強くなるとわかっていたのかもしれない。若しくは団の長を務めるヤツに勝てば事実上自分が一番強くなる、と思っていたのかもしれないが。

 

「……強さで頭がおかしいのはあいつと、“蒼穹”のグランとジータとかいうヤツ」

 

 トキリはぶつぶつと呟いた。他にも強者はたくさんいる。七曜の騎士だって、十天衆だってそうだ。だがトキリにとって意味不明な存在があの三人だ。成長の底が知れない、という意味での畏怖を感じているのかもしれない。

 だがそうは思っても心が納得できない。どうにかして勝つ方法は……と思考を巡らせる。

 

「……そうだ!」

 

 ダナンについて考えを巡らせている内に、一つの方法を思いついた。トキリの顔にはいつも通りの歪んだ笑みが浮かんでいる。

 

 この方法を実行し、もし想定するように上手くいけば自分が強くなれて、且つダナンに精神的なダメージを与えられるかもしれない。そう思うと堪らなかった。

 ただこの方法を試すにはタイミングを見計らう必要がある。

 

 トキリは自室を出て急いで目的の人物を探した。

 

 すぐに見つかった――はいいがダナンと一緒にいる。流石にダナンと一緒のところに声をかけたら警戒されてしまうだろう。仕方なくこっそりと機会を窺い、一人のタイミングを見計らって声をかけることにした。

 

 偶然居合わせた、というのを装うために心を落ち着けて。

 一応もう本性はバレているが少しでも学びの姿勢を作るためにこやかに振舞うように。

 

 ちゃんと意識をしてから、心を決めて声をかけた。

 

「あのっ、ナルメアさんっ」

 

 トキリは笑顔でぱたぱたと駆け寄りながら、一人街を歩いていた目的の人物――ナルメアに声をかける。

 

「? トキリちゃん? どうかしたの?」

 

 ナルメアは警戒した様子もなく、きょとんと小首を傾げている。第一段階は突破、と内心で少しだけほっとした

 

「えっと、相談があって。僕に剣を教えて欲しいんだ。お願いできないかな?」

 

 トキリの目論見はダナンが大切に想っているナルメアに頼んで師事してもらい一緒にいる時間を減らして精神的に影響を与えること。そしてダナンが最初に師事を受けた剣の師匠ということで強さの一端を担っていると考えていた。

 

「えっと、お姉さんでいいの? 他にもいっぱいいると思うけど」

「うん、ナルメアさんにお願いしたいんだ。ダメかな?」

 

 軽く頭を下げて頼んでみる。それが効果あったかは兎も角、

 

「……うん、いいよ。丁度これから鍛錬するところだったから」

「良かった、ありがとう」

 

 笑顔をより深いモノにして礼を言い、ナルメアの後についていく。

 

 その後ろ姿を見ながら、表面上では笑顔を保ちつつ内心で歪な笑みを浮かべるのだった。




ちょっとした天才が狂気の天才に師事を乞う……ということで次の展開は予想できちゃうんじゃないかなぁと思いますが、一応言っておくとトキリ君の心が折れます。一回折れないとね、彼はどうしようもないからね。

ちょっと更新ペース上げようかなぁと思っていますので、またしばらくお待ちください。
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