ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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めっちゃ石が貰える夏のキャンペーンとか新イベめっさ面白いとか色々ありましたが、珍しく週に一回とかのペースで更新できてますね。
皆様の幸運をお祈りしています。


ただ、不意打ちの浴衣ロザミアは狡い。


目指すべき場所

 ナルメアに目をつけて鍛錬してもらうことにしたトキリ。

 

 彼女はダナンの剣と刀の師匠でもあり、加えてオクトーとも関係がある。しかも過去に互角の勝負を繰り広げていたという噂を耳にしたことがあった。

 ナルメアの強さの秘密を紐解けば一気に近づける。そんな思惑もあったのだ。

 

「じゃあまずは素振りからね」

「うん」

 

 全団員に勝負を挑んだことがあるトキリもわかっているが、ナルメアは強い。おおよそ欲しい剣の要素を全て網羅しているようなモノだ。見て盗めるモノは盗んでおきたい。

 以前はその速さについていくことすらできなかったが、今ならその強さを知り盗むことができるはず、とにこにこ笑顔の下でほくそ笑んでいた。

 

「……」

 

 ナルメアは刀に手をかけて神経を研ぎ澄ました瞬間、空気がヒリついた。やや不純な動機を含めてナルメアを選んだところはあったが、一瞬なそんな心は吹き飛んでしまう。

 

 ……凄い集中力だ。これも真似するか。

 

 強くなりたいという気持ちは本当に持っているので、盗めるところは真面目に盗むつもりだ。

 腰に提げた刀の柄に手をかけて、呼吸を整え神経を研ぎ澄まして深く集中する。確かに昔、素振りも実戦を想定しながらやった方がいいと聞いたことがあったような気がする。

 

「――ッ」

 

 ナルメアがどうするのかをじっと観察していると、白刃の軌跡が美しい弧を描く。居合いか――そう思うよりも速く、同じ速度で刀を翻した。そのまま刀を振るい続ける。

 

「……」

 

 トキリは無意識ではあったが、口をぽかんと開けて(ほう)けていた。

 彼が見ている間にもナルメアの剣速は加速していき、一つ前に振るった刀の軌跡が残像として残ったまま次の一太刀へと移っている。更に加速を続けている内に同時に何度も刀を振るっているのではないかと思ってしまうかのような速度へと昇華されていく。

 少しずつではあるが足の位置がズレていっている。それほどの勢いで刀を振るっているのだ。

 

 やがて軌跡が十に届くかと思われたところで一気に加速し十に届いたところで静止した。刀を振り切った姿勢のまま残心、その後納刀する。ふぅ、と息を吐いたナルメアは汗一つ掻いていなかった。

 

()()素振りをして身体を温めたら、次は型の練習かな。今の自分にできることを繰り返すの。三時間くらい? その後は今の自分がやらない、使わないようにしてることを考えてやってみる。それが大体二時間くらいだから、日付が変わるまでね」

 

 今のが軽くやった素振りなのかよ……と嫌気が差してくるが、それよりも今から五時間くらいで日付が変わるので、休憩なしに鍛錬し続けるつもりだということがわかってしまう。

 

「それって休憩の時間ないよね? まぁ寝る前だからいいのかもしれないけど。朝は鍛錬してるの?」

「うん、してるよ。早朝に起きて二時間か三時間くらい。その後は朝ご飯作りに行くから」

「へ、へぇ……」

 

 朝食は確か七時半くらいだったはずだ。つまり四時頃には起きて鍛錬しているらしい。

 

「他の子がダナンちゃんと一緒にいる時はお昼も鍛錬するし、夜ダナンちゃんのところにいる時は他の時間を鍛錬に使ってるけど」

 

 よくそれで身体を壊さないな、と呆れてしまった。要するにダナンがいなければ一日の大半を鍛錬に費やしているということだからだ。ダナンと一緒に行動する前、出会う前はずっとそれを続けてきたと考えれば今の強さにも納得してしまう。

 

 トキリは鍛錬に費やしてきた時間が、同年代の団員達と比べても極端に少ない。それこそ最近始めたばかりだ。なにせ、ある程度見ただけで剣術を模倣することができるようになる。すぐに使えるようになるのだからわざわざ練習するまでもない。そう思って鍛錬などほとんどしてこなかった。

 その結果、団で一番弱いという不名誉な認識を植えつけられてしまっている。負けてからはきちんと鍛錬しているのだが、本音を言えば「鍛錬ってなにすればいいの?」という疑問すら浮かんでくる始末。

 

「そ、そうなんだ。素振りをする時のコツとか、なに考えてるとかある?」

 

 ナルメアの鍛錬に対する異常性は一先ず置いておいて。トキリはなにか少しでも近づけるように質問をしてみた。

 

「う~ん……。素振りだったら、身体を疲れさせない動きを意識したり後は相手と打ち合いをするイメージかなぁ」

 

 悩む素振(そぶ)りを見せて口にする。なるほど、と彼は一つ頷いた。言われてすぐにできることではなさそうだったが、それを聞けただけでも声をかけた甲斐があったモノだ。

 

「わかったよ。今日はその、見てるだけでもいい? わからないところがあったら聞くから」

「うん、いいよ」

 

 真似して同じ動きをしようと思っていたが、今の実力では到底真似できないということがわかっただけだった。目的を変え、得意な観察に重きを置くことにする。

 

 それからナルメアは、本格的な鍛錬を開始した。

 

 結論から言えば、なにも学べるモノはなかった。

 

 一つは、全力を出したナルメアの動きが速すぎてほとんど目に追えなかったから。それでもなんとか食らいつこうと、なにかヒントを得ようと声をかけてみたのだが。

 

「速く動くコツ? えっと、鍛錬して身体を鍛えること、かな?」

 

 とすぐにはどうにもならない答えが返ってきた。それはそうなのだろうが。「ドラフは筋力がヒューマンと違うから」という身も蓋もない答えが返ってこなかっただけマシだろうか。

 

 次は動きの中で蝶が舞い、舞った先に瞬間移動する方法を聞いてみる。

 

「い、今の動きはどうやってやるの?」

「? どうってなんのこと?」

「あれだよ、蝶が飛んで飛んだ場所に移動する……」

「……? ただ移動しただけだけど?」

「えっ?」

 

 まさか隠そうとしているのか、と思ったがナルメアが本当にわからない様子で小首を傾げていたので、心からそう言っているのだと理解してしまう。トキリはこれ以上聞いても無駄だと察して引き下がった。

 

 ――ぎし、と心が軋む。

 

 その移動方法を使い、鍛錬中特殊なことをする。一度刀を振るってから移動して反対側から刀を振るい、自分の攻撃と攻撃をぶつけ合わせるのだ。そんなことが並み大抵の者にできるはずもない。

 

 ――ぎぎぎ、とプライドが強く軋んでいく。

 

 しかもそれを絶え間なく、まるでナルメアが二人いて手合わせしているかのように続いていくのだ。しかも動きの一つ一つがトキリの剣より遥かに洗練されており、まともに目で追えない。

 

 ――胸が絞めつけられるように痛みを持ち、呼吸が浅くなる。

 

 ナルメアは鍛錬に集中しているのかトキリの様子に気づくことはなく、刀の形状を変化させると奥義を放った。

 

 ――今のトキリに、なにも聞く気は起きなかった。

 

 認めたくはない。いや、今までもわかってはいたのだろう。わかっていて見て見ぬフリを続けてきた。

 

 ――ぐらりと視界が歪み足元の地面がなくなって浮遊しているような感覚に陥る。

 

 目の前のナルメアは、トキリの理解の範疇を超えた動きで鍛錬を続けている。何度繰り返しても、休みなく刀を振るい続けても動きに乱れがない。

 

「……はは」

 

 思わず乾いた笑みが零れた。

 

 じっくり見れば剣術を会得できるという自負。

 強さのヒントが得られれば自分も強くなれるという目論見。

 

 その二つが見事に打ち砕かれた瞬間だった。

 

 ……僕は、天才じゃない。

 

 心の中で、ようやくそれを自覚する。

 

 見て真似するという自分の天才性を、見ても全く理解の及ばないことを本人は普通だと思って実行されることで粉砕されたのだ。

 そこまで来たらもう認めざるを得なかった。トキリはやや俯き気味になり、強くなろうという気概が薄れていくのを感じていた。

 

 ……もう、いいかな。

 

 剣を振り続ける意味を見出せなくなった。そもそもが弱者を甚振るための剣だ。そうだ、強くなる必要なんてない。自分より弱いヤツを見つければいい。上を目指したって楽しくなんかない。努力なんて下らない。

 

「……ちょっと急用を思い出したから帰る」

「う、うん」

 

 一言だけ告げて、トキリはその場を立ち去った。背後からは鋭く風を切る音が聞こえてくる。だがトキリはもう振り返らなかった。

 

「……バカバカしい」

 

 今まで自分はなにを躍起になっていたのだろう。努力せずともある程度は強くなれるのだから、余計な努力をする必要はない。初心に帰れば簡単なことだった。

 自分より弱いヤツを見つけて、無邪気を装って近づき努力を踏み(にじ)る。それが楽しくて剣の道に入ったのだから。努力して壁にぶつかる、なんて非効率的でつまらないことなんかしなくていい。自分より弱いヤツを虐めているだけでいいのだ。それが最も楽で、苦労もなにもしない、自分は傷つかなくていい方法なのだから。

 

 少しふらふらとしながらも、特に誰からも声をかけられることなく騎空艇まで戻ってきた。やる気もなにも起きず、そのままベッドに倒れ込むようにして眠りに着いた。

 

 翌朝。

 本来なら朝食の後食後の運動として鍛錬をしていたのだが、今は全くそんな気が起きない。もう一眠りしよう、と思い直して二度寝をし始めた。途中で起きてしまったが、すぐに寝直して昼まで睡眠を摂り続けた。

 いい加減身体が空腹を訴えてきたので、仕方なくベッドからのそりと起き上がって個室のシャワーを浴び目を覚まさせる。最低限身嗜みを整えると部屋を出た。なにをしようか、と思ってやる気の起きない身体でぶらぶらと街を歩くことにする。ダナンに会うことがあったら団を抜けると言うか? まぁ会えなくても抜ける準備はしておこう。なにせあいつらといると気が滅入る。

 

「なァ、もう一回頼むぜ」

「いいだろう」

 

 道中、聞き覚えのある声がしてそちらを向くと、ゼオとレラクルが手合わせをしているのを見つけてしまった。見なかったことにしようかとも思ったが、そういえばレラクルが外に出ているのを久し振りに見かけたような気がして少しだけ気になってしまう。レラクルは忍装束を着込んでいた。きちんと服装をしているのを見るのも久し振りな気がする。朝食を食べる時、偶に緩い寝間着姿でいるのを見かけるくらいなのだが。

 

 少し見ていると、ゼオが鬼化してレラクルは影分身を使い、一対複数で手合わせを開始した。

 

 昨夜のナルメアよりは目で追いやすい。が、そもそもゼオは人を超えた力を手にしている。レラクルは忍術を併用しているため一人で何人分もの戦力になる。真似しても元ほどの効力は得られないだろう。

 

 ……なに考えるんだか。

 

 やや自嘲気味に苦笑した。まだ強くなる道を探しているように感じたのだ。

 

 心が折れたことで他者への興味が湧いてきて、今までなんの関心も示さなかったのだが休憩を挟んだ二人へと近寄っていく。

 

「ねぇ」

 

 声をかけると、ゼオはにかっと笑いレラクルはわかりにくいが嫌そうな顔をしてみせた。

 

「おう、トキリじゃねェか。一緒にやるか?」

「休憩中に勝負を挑みに来たか」

 

 ゼオは無邪気で、レラクルは勘繰っていたようだ。だがトキリは全くそんな気がなかったので緩々と首を振った。そんな普段と違う様子に、二人は思わず顔を見合わせている。

 

「ちょっと興味本位で聞きたいんだけど。なんでそんなに頑張ってるの?」

 

 努力の意味を見出せなくなったトキリは、自然とそう尋ねていた。レラクルは「それはお前もだろ」と思っていそうな顔だったが、なにかあったのだろうと推測しその言葉を呑み込んだ。

 

「オレは大将に背中を任せられるでけェ漢になるためだな。遠くなるばかりだけどよ、それは諦める理由にはならねェからな」

「ふぅん? でも、君じゃ届かないと思うよ?」

 

 伸びしろを考えても、ダナンは異常だ。いくらゼオが鬼になれるからと言って到底追いつけるモノではない。トキリはそう理解していた。

 レラクルはいくら思っていても言っていいことと悪いことがあるだろう、と窘めようとするのだが。

 

「それを決めンのは他人じゃねェんだよ。オレが“なる”って決めたからなるンだ。なれるかなれねェかなんて、どうでもいいンだよ」

 

 ゼオは晴れやかな笑顔でそう言った。トキリは目を丸くし、レラクルは仄かに口端を吊り上げた。確かこの二人は同年代だが、どうやらゼオの方が精神年齢が上らしい。

 

「……で、そっちは」

 

 しかしトキリはすぐレラクルに目を向けてくる。微かに嘆息して応えてやる。

 

「月影衆の業と血を絶やさないため。それが俺の誇りだから」

「なにそれ」

 

 トキリは思い切り鼻で笑った。そうすると思ったから言いたくなかった。そもそもレラクルはトキリが嫌いである。理由は簡単、人が積み重ねてきたモノを踏み躙るのが好きだから。代々受け継いできた剣術を真似してより上手く使って斬り捨てる、なんて所業が容認できるわけもない。

 初めて会った時から、「こいつだけには負けない」と珍しく熱くなったのは誰にも言っていないことである。

 

「……お前にわかるはずもない。信念のないお前にはな」

「……チッ。あいつと同じこと言いやがって」

「お前に足りないモノだから当然だ。人にはその人の根幹を成す、柱が必要だ。それが刃の重みになる。……お前には理解できないか。可哀想だな、お前に使われる剣術が」

 

 互いに苛立った様子で言い合いをする終わりに、レラクルはトキリへと憐憫を向けた。それに噛みつこうと口を開けかけたトキリは、はっとなってそういうのはもうしないのだと自分に言い聞かせて引っ込めた。

 

「ふん。まぁいいや。精々頑張れば?」

 

 トキリは言い合いを途中で切り上げて、立ち去ってしまった。やはりなにかがおかしい、とゼオとレラクルは顔を見合わせる。

 

「面白いことになってきてんな」

「「っ!?」」

 

 彼の背中が見えなくなってから突然背後からかけられた声に、揃ってびくりと肩を震わせた。同時に振り返って、黒い外套を羽織った少年の姿を認める。

 

「なンだよ、大将かよ……。驚かせンじゃねェよ」

「悪い悪い。いや、ちょっとトキリの様子が気になって、遠目に見てたんだけどな。いやぁ、これは面白いことになってんなぁと思って」

 

 いたのはダナンであった。彼は言いながら意地の悪い笑みを浮かべている。

 

「……確かになにかが変わった様子はあったが、あれで人格まで変わると思うか?」

「さてな。まぁでも昨日の夜、あいつのプライドが遂にへし折れたっぽくてな」

「それで妙にやる気がないのか。だがそれだけで人が変わるかどうか……」

「ああ。けどもう一人、あいつを探してるヤツがいてな。そいつと邂逅する時までにヒントを得られるか、それとも早めに邂逅しちまってなにも起こらないか、それが楽しみなんだよ」

「ハハッ。大将って偶に性格悪いよなァ!」

「そう言うなよ、ゼオ」

 

 なにかを知っているらしいダナンの言葉に眉を顰めつつ、レラクルはトキリが去った方向に目を向けた。

 

 なにかが変わることになるのは間違いないようだが、変わるならせめて今までのことを土下座して謝るくらいはできるようになっているといいけどな、と思うレラクルであった――。




まだトキリ回は続きます。しばらくお付き合いください。

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