ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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過ぎた力

 そして、一行はバラゴナとやり合った後少し休憩してからロゼッタの案内で森の奥へと進んでいく。ずっと同じような景色ばかり続いているので既に方向感覚は失われていた。小型騎空艇に戻る自信ももうない。

 

「ようやく来たか」

 

 最奥にて泉の前に佇むのは、俺にとっては見慣れた漆黒の甲冑だった。

 

「黒騎士!」

 

 警戒を強くする一行を他所に声をかける。

 

「よっ」

「お前達がなぜここにいる……。まぁいい。来い、人形、ダナン」

 

 黒騎士もまだ待っているとばかり思っていたようだ。俺が歩き出すとオルキスもついてきたが、

 

「お、オルキスちゃん……」

 

 ルリアの呼び止める声を聞いてオルキスは足を止める。

 

「どうした? 早くしろ」

 

 止まった理由には興味がないのか、オルキスを催促する。少し迷っていたようだが、オルキスはとてとてと俺に続いて黒騎士の下へ歩いた。

 

「オルキスちゃん……」

「人の心配をしている場合か?」

 

 ルリアの声に冷たく告げると、黒騎士は傍に来たオルキスを見下ろした。

 

「人形。起こせ、ここに()()だろう?」

 

 黒騎士がなにを言いたいのか、俺にはわからなかった。わかったのは三人。

 

「……それは」

「だ、ダメです! ここの星晶獣はゆっくり静かに眠っていて……」

「やめなさい! あの子を目覚めさせないで!」

 

 逡巡するオルキスと、星晶獣の気配を感じ取るルリア。そして初めて余裕のない表情を見せるロゼッタだった。

 

「ふん。ヤツらは星の民が作った生物兵器でしかない。兵器とは、戦いに使われなければただのガラクタだ。ヤツらの本分は戦闘にある」

「……」

 

 黒騎士の冷たい言い分にオルキスが俯いた。

 

「やめて、あの子を森で静かに眠らせてあげて!」

「オルキスちゃん!」

 

 迷う仕草を見せるオルキスを説得するべく、ルリアとロゼッタが呼びかける。

 

「……人形。なにを躊躇している。あれは兵器だ。戦うことが本領だ。迷う必要はない。起こせ」

 

 黒騎士も黒騎士でオルキスを説得しようとしていた。

 

「……でも、起こしたく、ない」

 

 そんな三人の呼びかけに対して、オルキスははっきりと自分の意見を述べた。焦ったような二人は安心したように気配を顔を弛緩させるが、逆に黒騎士からは威圧感が放たれる。

 

「……おい、人形。私はやれ、と言ったぞ」

「……っ」

 

 脅しのようなモノだ。オルキスは竦むように身を縮ませて、僅かに暗い表情のまま口を開いた。……しょうがねぇ、ここは俺の出番かな。

 俺は成り行きを見守っていたが、俺が出る幕になったかと思いオルキスの頭にぽんと手を乗せる。

 

「……?」

 

 オルキスは当然、口にしようとしていたなにかを発さず俺を不思議そうに見上げた。

 

「そっかぁ。オルキスはこの島にいる星晶獣を起こしたくないかぁ。じゃあしょうがねぇなぁ」

「貴様……」

「よく考えてみろ。意に反して星晶獣起こしたって意のままに動くかどうかわかんねぇだろ? 星晶獣を操る力を理解し切ってるなら別だが? 万一星晶獣が暴走して前をあいつら、後ろを星晶獣から襲われるなんて真っ平だな、俺は」

「……」

 

 黒騎士は俺を睨むようにしてきたが、適当な出任せでも考える余地はあったらしく少し考え込む素振りを見せた。

 

「なるほどな、一理ある。私もその力を完全に把握しているとは言い難い」

「だろ? ってことで悪いが、相手は俺達二人だ。……もしかしたら、星晶獣相手の方がまだ楽だったかもしれねぇがな」

 

 納得はしてくれたようで、剣を抜き放ちグラン達の方へと向いた。俺も右腰のブルドガングの柄に手をかける。

 

「ふん。確かに私を相手にするくらいならその方がまだ勝ち目があったな」

「ただそいつらさっき緋色の騎士とやり合ってたから、俺達相手にする時より全然強めでいいぞ」

「なるほど。お前の観察眼はある程度信用している。では、少し本気を出してかかるとしよう」

 

 戦闘態勢に入った俺達に対して、相手も困惑を残しつつ武器を構え始める。

 

「……なんで、私達が戦わなくちゃならないの?」

 

 ジータが俺を見て尋ねてくる。

 

「そりゃ、立場と目的が違うからなぁ。どっちにしろいずれはお前らと雌雄を決することになるんだ。今の内に互いの実力を測っておきたいってのもあるし」

 

 俺は普段通りの口調で言ってから、笑みを消し三割を殺意へと変えた。

 

「――その時のために一人でも減らせりゃ多少楽になんだろ?」

「「「っ!」」」

 

 俺の言葉か殺意を受けて、一行は警戒を最大限に高める。

 

「大半は任せたからな」

「誰に言っている。貴様こそしくじるなよ」

「ああ」

 

 黒騎士と言い合い、俺は剣を扱うために『ジョブ』を発動させる。同時に、グランとジータも腰の剣を抜いて『ジョブ』を発動させた。

 

「「「【ウェポンマスター】!」」」

 

 三人が同じ『ジョブ』へと姿を変えた。

 グランはファーコートに顔のみ出ている全身鎧に身を包む。右手に剣を、左手に盾を装備していた。

 ジータはグランと少し異なりファーコートと武器は同じだが被っているのがサークレットで下半身の鎧は太腿のみ露出したレギンスだった。

 俺はグランの衣装を黒に塗り替えたモノ。ただファーだけは灰色になっている。

 

「初っ端から全力だ」

「「「ウェポンバースト!!」」」

 

 俺の言葉で意味を理解したのか、三人同時に奥義の威力を高めた。

 

「無明剣ッ」

「「テンペストブレード!!」」

 

 俺の奥義と、二人の奥義が激突する。武器の性能差故か相殺でき衝撃波が辺りに広がった。巻き上がる砂埃を利用して俺は駆け出す。途中でグランが飛び出してきていることに気づき、剣を打ち合うことになる。

 

「派手な合図だ。ではこちらも始めるとするか。あの二人がダナンの相手をしている今、貴様らに私の相手が務まるかどうかは知らんがな」

 

 黒騎士は確かな覇気を纏いながら悠然と歩み出た。ラカムとオイゲン、イオは前に出ることができない。となると残るはカタリナだけなのだが、先程戦った緋色の騎士よりも強い威圧感に気圧されて構えることしかできていなかった。

 そんな中、黒騎士の身体を絡め取るように地中から茨が生えてくる。

 

「……まさか貴様が手を出すとはな」

 

 黒騎士は大した拘束にもならないとばかりに茨を引き千切り手を出してきた相手――ロゼッタへと顔を向けた。

 

「できれば静観していたかったけど、アタシもこの子達についていくって決めたのよ。ならこの子達に協力するのは当然でしょう?」

「ふん」

「ほら、あなた達。気圧されてないでしゃんとしなさい。あの緋色の騎士を、手加減されたとはいえ退けたのよ。自信を持って戦いなさい。最初から及び腰じゃ勝てるものも勝てないわよ」

 

 そしてロゼッタは黒騎士の威圧感に呑まれていた一行を激励する。余裕のある態度に落ち着きが戻っていき、

 

「……そうだな。すまない、ロゼッタ殿」

 

 カタリナはすぐに気持ちを切り替えると黒騎士を真っ直ぐに見据えた。

 

「行くぞ、黒騎士!」

「かかってくるがいい」

 

 黒騎士へと肉薄したカタリナが剣を交え始め、後衛三人はいつでも支援できるようにと気を引き締める。ロゼッタは妖しく微笑みながらも手助けするべく機会を窺った。

 こうして、俺達二人とグラン一行との戦闘が幕を開けたのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

 ……黒騎士の方も始まったみてぇだな。

 

 ダナンはグランとジータを相手にしながら黒騎士も戦闘を始めたことを確認する。彼としても同等の力を持つ二人を相手取るのは手いっぱいだったが、彼らとは普段相手にしている者の強さが桁違いだった。

 グランとジータもアウギュステで助けてもらった人達、特にアレーティアとヨダルラーハという二人の剣士に鍛錬をつけてもらい格段に強くなってはいるはずだ。

 

 だがダナンは、ここ最近ずっと常識外れの強さを持つ七曜の騎士と鍛錬をしていた。

 

 その差が二対一の状況でもなんとか手が回せる状況を作り出している。

 

 グランが『召喚』をしていないのも大きい。普段の戦闘通りトドメの瞬間に使おうという魂胆なのかもしれないが、そのおかげで武器の性能に格差が生じていた。

 

 グランの攻撃を右手の盾で受け止め、左手でジータへと攻撃する。盾で受け止められるが無理矢理左足を出して彼女を蹴り飛ばした。ジータの呻き声を聞いてグランの意識が僅かに逸れたことで隙が生まれ、その隙を突いて盾を構えて突進。体勢を崩したところで盾の上から渾身の一撃を叩き込む。

 どうしても武器で攻撃してしまうグランとジータに対し、ダナンは足も使うという柔軟な戦い方で渡り合っていた。ダメージを与える時は一人ずつ確実に、という妙な手堅さがあるのも理由の一つだろう。

 

 ただし体力がキツい。

 

 二人同時に相手にすることでより多く消耗していく体力が厳しい点はあった。できるだけ早くどちらかを倒して一対一に持ち込まなければあっさりと敗れてしまう。

 

 ……チッ。だが相手もClassⅢ。明確な差はねぇか。

 

 今はまだ戦えているが、一度崩れてしまえば押し切られてしまう。なんとかしなければという思いはあるがその材料は自分にはない。……なら、どこかから持ってくるしかねぇ。

 

 ダナンは一つの作戦を立てて、黒騎士へと目で合図する。確かに反応が返ってきたことを確認してからグランを無視してジータへと突っ込んだ。ブルドガングを強く握り力任せに彼女の身体を後退させる。無論それをグランが黙って見ているわけもなく、思い切り背中を斬りつけた。ただ頑丈な鎧を着込んでいるため、大きな衝撃が襲うだけに留まる。その衝撃を歯を食い縛って耐えながら無理矢理ジータを、渾身の力で吹っ飛ばす。

 

「きゃっ!」

「ジータ、危ねぇ!」

 

 吹き飛ぶジータにビィの声が飛び、そして別方向から飛んできたカタリナとジータが激突した。ごっという重い音が鳴る中でダナンは誰よりも早く動き、剣の柄で思い切りジータの鳩尾を殴る。

 

「かっ……!」

 

 苦しげに息を吐き身体のくの字に折って、そのまま意識を失った。

 ダナンは確実に戦闘不能にするために、突っ込んできたグランを掻い潜りながら剣を後方へ放り投げて【ウェポンマスター】を解除。左腰に提げた銃を抜き、照準を倒れて普段通りの姿になったジータへと向ける。

 

「させるかよっ!」

 

 ラカムがいつかと同じように彼女の頭を打たせまいと銃を構えていた。ダナンは銃口を少しズラして躊躇なく引き鉄を引く。乾いた銃声が響き、弾丸は彼女の腹部を貫いた。

 

「てめえ!」

 

 動揺が走る中怒りに任せたラカムはダナンへと弾丸を放った。彼の銃弾は同じく、腹部を貫く。

 

「……チッ。だがこれで一人」

 

 ダナンは舌打ちしつつもジータは今回の戦闘に参加できないだろうと踏む。気絶したまま撃たれて血溜まりを作る彼女へとイオが駆け寄ってすぐに治療を始めた。

 ダナンは投げたブルドガングを拾って再度【ウェポンマスター】になる。撃たれた腹部の痛みと止血は二の次だった。

 

「撃った箇所が撃った箇所だからな。とりあえず今回は戦闘不能だ。後は、お前だけだな」

 

 ようやく一対一に持ち込めたとグランを見るが、双子の片割れを傷つけられたせいか敵意剥き出しでダナンを睨んできている。

 

「……なんだよその顔。そんなに大事なら守れるように頑張れよ。俺達は敵だ。そして俺はそこまで強くねぇ。加減できると思うなよ」

 

 彼としては手がいっぱいだったから黒騎士の助力で状況を打破しただけに過ぎない。例えその過程で楽しく語らった相手を傷つけようと、彼はなにも思わない。思うだけの正常性は、育つにつれて失われていた。

 

「……そうだね。僕がもっと強ければ、もっと非情になり切れていたら、こうならなかったかもしれない。だから僕も、君を殺す気で挑む!」

「そうかよ」

「ルリア、アレを!」

 

 グランが怒りに任せて叫ぶが、

 

「えっ!? あ、アレはダメですよ! アレーティアさんからもヨダルラーハさんからも使っちゃいけないって……!」

「……わかった。じゃあ自分でやる。《ベルセルク・オクス》ッ!」

 

 ルリアはあまりアレとやらを渡したくないらしい。しかし彼は『召喚』を持っている。一度手にした武器であれば、自在に呼び出すことができるのだ。

 

 そして、彼の手に一本の斧が出現した。黒い鉄の部分にトゲのついた斧だが、これといって特殊な形状の武器ではない。しかしその武器は、所持しているというだけで意味がある。

 

 そうしてグランは、『ジョブ』の新たな扉を開いた。

 

「――【ベルセルク】ッ!!」

 

 彼の姿が変化する。

 首から下を紺の鎧で包み込み、頭に白い獣の毛皮を被っていた。毛皮はマントのように伸びている。

 

 それだけではない。

 

 グランの怒りに染まっていた表情が変わっていた。目つきは鋭くなったままだが口元には笑みを浮かべている。心底楽しそうな笑みでダナンを見ていた。

 

 その身から放たれる威圧感は【ウェポンマスター】の時の比ではない。ともすれば今戦っているくらいの黒騎士には届きそうなほどに膨れ上がっていた。

 

「……いい気分だ。てめえが殺し合いを望むってんなら上等。お望み通りぶっ殺してやんよぉ!」

 

 それまでのグランからは想像もつかないほど荒々しい口調と気配で言った。

 

 ……聞いたことねぇ『ジョブ』だな。チッ、まだ隠し玉を持っていやがったか。しかもあの様子、精神に影響出てんじゃねぇかよ。ルリアが止めようとしてたのはこのせいで、多分危険なんだろうな。

 

 ダナンは素早く状況を整理し油断なくグランを見据える。そこで、彼がダナンの後ろを見て笑みを深めたことに気がついた。はっとして振り返るとグランからダナンまでの直線延長上に、オルキスが立っている。

 

「クソがっ!」

 

 嫌な寒気がしてダナンはグランから目を逸らしオルキスの下へ駆けると乱暴に突き飛ばして身を翻し盾を構える――まで間に合わなかった。

 

「ごばっ!」

 

 振り返るダナンの脇腹にグランの爪先がめり込んだ。どれほどの威力が込められていたのか、鎧が砕け身体がくの字よりも折れる。ダナンは口から大量の血液を吐き出し物凄い勢いで吹っ飛んでいった。ぶつかった木々を三本ほどへし折る勢いで飛んでいき、四本目にぶつかったところで地面へと落ちる。

 

「あっ、ぐ……ぁ……」

 

 血を吐きながら呻き声を上げることしかできなかった。【ウェポンマスター】の衣装が消えて元に戻る。ただの蹴り一発でこの様だった。

 

 ……ヤベぇな。内臓イカレちまってる。肋と腰もちょっとイったな。なんだあのパワー。クソッ。

 

 襲いくる激痛と口いっぱいに広がる鉄の味に耐えながら、内心で毒づいた。

 

「……っ」

 

 目の前でダナンを吹き飛ばされたオルキスは、グランから恐怖を感じて少し後ろに下がった。

 

「あ?」

 

 その微かな音に反応してグランがオルキスを見下ろす。無造作に放たれる威圧感にオルキスが震えた。

 

「そう怯えんなよ。てめえも後追わせてやっからよ」

 

 グランはそんなオルキスに対してもなにも思わないのか、右手に持った巨大な斧を振り上げる。ジータを撃ったダナンは兎も角、オルキスにまで手を上げようとするのは、異常だ。これには黒騎士も焦りが生まれ戦闘の手を止める。

 

「お、おい! やめろよぉグラン!」

 

 そんな彼を止めたのは、他ならぬビィだった。ジータが意識を失っている今、彼と最も付き合いが長いのはビィだ。しかしそんな彼の声も、届かない。

 

「あ? ビィ。てめえはいつもいつも戦えねぇ癖に偉そうにしやがってよぉ。いいぜ、オレの邪魔するってんならまずはてめえから殺ってやる!」

 

 それどころか、長年付き添ってきた相棒ですら敵と見なす。ビィが心ない言葉に傷つき俯く中、彼を止めようと仲間達が構え始めた。これでは黒騎士との戦いどころではない。

 

「上等だ、殺ってやん――」

 

 こつっ。グランが意欲を見せる中、全く別の方向から小石が飛んできて彼の頭に当たった。

 

「あ?」

「……おいおい。てめえの相手はここだろうがよ。余所見とはいい度胸じゃねぇか」

 

 グランが石の飛んできた方向を見ると、口元に血を滲ませながらふらふらと歩くダナンがいた。

 

「……ダナン、ダメ」

 

 オルキスは相当なダメージを負っていることを心配し止めようとする。ダナンは近くまで来て頭を撫でようと手を伸ばし、掌が血塗れなことに気づいて引っ込める。そしてそのままグランへと歩み寄っていった。

 

「……問題ねぇ。掠り傷だ」

「はっ! どう見ても死にぞこないじゃねぇか!」

「そうか? ならてめえの見間違いだ。随分気が大きくなってるみてぇだしなぁ」

「そうかよ。そんなに死にてぇなら殺してやるよ!」

 

 普段の恰好に戻りブルドガングを腰に戻して短剣を持っているダナン。それは既に『ジョブ』を発動する余力すら残っていないことを意味していた。

 しかしグランは容赦なく、斧を振り被る。

 

「……チッ」

 

 回避すらできないことにか、それとも全く正気を取り戻す気配のないグランにか、舌打ちした。ただそれだけだった。

 

「おらぁ!」

 

 グランは下から振り上げた斧でダナンの身体を空中へと吹き飛ばす。更に飛び上がって両手で持った斧を振り下ろし身体を地面へ叩きつけた。衝撃で地面が陥没するほどの勢いだ。抵抗する力もなく吐血して倒れるダナンを、空中から思い切り踏みつける。

 めきゃっ、という嫌な音が鳴った。

 

「あ、がぁ!?」

 

 一発目に蹴りを食らった右とは逆、左側の脇腹が潰れた。大量の血を噴き、ダナンの目が虚ろへと変わる。このままでも放っておけば死に至るだろうが、今のグランに容赦はない。

 

「ミゼラブルミスト! アーマーブレイク! レイジ! ウェポンバースト!」

 

 黒い霧によってダナンを弱体化させ、衝撃派を放って彼の上半身を覆っている胸当てと衣服を吹き飛ばし身体に裂傷を与え、筋力と奥義の威力を高めていった。必要以上に、執拗に殺そうとしている。左足でダナンの腹を踏んだまま、グランは笑みを湛えて斧の先をぐるぐるとぶん回す。

 確実に仕留める気だ。誰もが理解した。

 

「貴様ら! あいつに人殺しをさせる気か! 止めろ!」

 

 そんな中黒騎士がやけに切羽詰った声でカタリナ達へ声をかける。

 

「……無理だ。あれは……【ベルセルク】は私達では止められない。アウギュステの時はアレーティアとヨダルラーハという途轍もなく強い剣士がいたから止められたが」

「チッ!」

 

 彼女の返答に舌打ちして、黒騎士が本気で駆けた。

 

「狂瀾怒涛ッ!!」

 

 そして斧が振り下ろされるまでの間に近づくと剣を振り被り思い切り振るった。

 

「ふんッ!」

 

 ただの一振りではどうにもならない一撃だったはずだが、二つがぶつかり合い、相殺される。余波もなく、静かに。余波でダナンが死なないよう、完璧に同じ威力で打ち消したのだ。

 

「がっ!」

 

 続けて振るった剣でグランの身体が吹っ飛ばされる。

 

「人形!」

 

 その隙に黒騎士はオルキスを呼んだ。王女オルキスには敵わなくとも、黒騎士とは長い付き合いになる。それだけで意図は伝わった。

 

「……我、アルクスの名において命ずる。目覚めよ、摂理の陣を纏いし、偉大なる創世樹よ」

 

 オルキスの口がなにかを唱え始める。

 

「っ! あの子を止めて!」

「ダメ、オルキスちゃん!」

 

 いつかと同じようにロゼッタとルリアが止めようとするが、今度は止まらなかった。止めようとする人達は間に合わず、また本人もやめる気がなかった。

 

「――今ここに顕現し、星の理を以って、我が敵を滅ぼせ!」

 

 最後の一節を紡ぎ、泉から光が溢れてそれは顕現する。

 

「――」

 

 本体は可憐な少女のようでありながら、その姿は巨大。星晶獣・ユグドラシルの姿だった。

 

「よくやった」

 

 ユグドラシルは牽制するように木々を生い茂らせ枝を伸ばす。黒騎士はオルキスに言ってグランへと向き合った。

 

「貴様だけは私の手で倒してやろう。守るべきモノすら見失った貴様には、少し灸が必要そうだ」

 

 告げると全身から闇のオーラを迸らせ、グランの目の前へと移動し剣を振り下ろす。最大限警戒していたはずが、一切反応できなかった。

 

「――散れッ!」

 

 直撃する寸前で刃が止まり空間に亀裂が走る。破砕されると同時にオーラと衝撃の二つがグランを襲い地面を陥没させて倒した。一瞬で意識が刈り取られたのか、【ベルセルク】の衣装が解除され武器も消えていく。

 

「……ふん。人形、帰るぞ。こいつを治療する必要がある」

「……助かる?」

「さぁな。だが全力は尽くす。行くぞ」

「……ん」

 

 黒騎士はオルキスを連れ立ってダナンを抱えその場から立ち去る。

 

「お、おい待て!」

「今は後にしましょう。まずはこの子を止めないと」

 

 カタリナが呼び止めるのを制止したロゼッタは険しい表情でユグドラシルを見上げる。その瞳に悲しみが映ったのは一瞬だった。

 

「うん、やろう皆。私達だけでも」

 

 そこで、今さっき目覚めたジータが背中を押す。

 

「私が出るから援護して、皆。ユグドラシルを解放してあげないと」

「おうよ!」

 

 そうしてもう一人の団長ジータの下、ユグドラシルは倒されルーマシーの騒動は一旦の終わりを告げるのだった。




早すぎるClassⅣでした。全然制御できてないってことで許してください。

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