これにて一旦トキリ回は終了します。
今更ですが総合評価5000突破ありがとうございます。
いやぁ、いつ下がるか不安でなかなか言い出せなかったのですが。無事安定したようで良かったです。
これからも頑張っていく所存です。
トキリの前に立ち塞がったのは、故郷の村の道場に誘ってきた子供だった。
……っていうか女だったんだ。
あの頃は髪を短くしていたので男女の区別がつかなかった。身に纏う空気こそ剣士のそれ、見た目も少女になっている。まぁ一部本当に成長したのか? と首を傾げる箇所もあるのだが。
そんなことを考えているとやや落ち着きが戻ってくる。
構えを見て思い出したが、間違いなく彼女はあの時トキリが父親を滅多打ちにした時にいた子供だ。ということは、復讐が目的といったところだろうか。今までもそういう連中はいたことだし、死に際に「弱いから悪いんだよ」と嘲笑って終わればいい。
はずなのだが、彼女は明らかに昔戦った彼女の父親より強い。そう思わせるだけのモノがあった。
少女の身に纏う雰囲気は他の“六刃羅”に近いだろうか。
つまり自分よりも強い可能性が高い。少なくとも容易に勝てる相手ではなさそうだ。
「「……」」
斬るのは好きだが斬られるのは嫌いだ。不用意に挑みたくはない。ただ今回は相手から吹っかけられた戦いだ。逃げることは許されず、最低でも相手の動きを止めてからでないと難しい。止めることができたなら勝てると思うのでそこまでいくことができたなら斬り捨てる。
昔馴染みとはいえ、当時でも一週間程度の付き合いだ。情もなにもなかった。
空気が張り詰めていく。手の内という点ではトキリが有利なはずだ。トキリが色々な剣術を吸収していっていることもあるが、彼女の構えが昔道場で習った剣術そのままだったから、というのもある。後は傾向として、復讐を掲げて戦いに来る者はその剣術に拘ることが多い。
例えば父が人斬りに遭って死んでしまい、その復讐を遂げる場合。父が遺した剣術で、と躍起になるはずだ。当然復讐には手段を選んではいられないと思ってあらゆる手を考え尽くして挑んでくる可能性もあるが。
とりあえず油断せず戦えばいいというだけでの話ではある。
静寂を破ったのは相手の方だった。一息に間合いを詰めて刀を振り被っていた。見覚えのある動きだった。しかしトキリが知っているモノとまるでキレが違う。慌てて後ろに跳んだが、刃は微かに頬を掠めていた。赤い筋から薄く血が流れている。
……疾い!
トキリの目を以ってしても尚、初見でなかったにも関わらずかわし切れなかった。
相手は振り切った刀を持ち替えて片手で振り被っている。その構えから放たれる型は知っていた。
「万極流、二ノ型。連武」
静かに呟いた一言の直後、少女の動きが加速する。ぎゅる、と回転し始めると身体を捩った遠心力で刀を振るっていく。一太刀目は咄嗟に上体を後ろに逸らして避ける。しかし“連”武と名づけられていることからもわかる通り一撃では終わらない。
この型の真骨頂は絶え間なく動き続けて剣を振るう動作により風を起こし竜巻となることにある。無論そこまで到達するには剣術を極め抜くほどの修練を必要とするのだが。
流れるように繰り出される連撃が竜巻へと変貌していく。トキリは子供の頃からある程度できるようになっていたが、今やったとしても少女より竜巻と化すのが遅いだろう。しかも竜巻へと変貌してしまった今、ほとんど手がつけられない状態だ。
「柔印剣術、第五番。渇き」
しかしトキリは広く浅く剣技を会得している。自分が使える剣の中から状況に適したモノを選んだ。柔らかく空気を撫でるような一閃が少女の刃に当たると、激しい竜巻が嘘のように静まっていく。
如何に激しい攻撃であっても全てを柔らかく受け止め衝撃をいなし中断させる。あっさりと技を防がれてしまった少女が驚いているのが見えた。
それでも少女は手を緩めることなく次の行動に移る。しかし型を使う時の構えを含む予備動作から使おうとしている型がわかるので、それを先読みすればいいと感づいたトキリによって手が封じ込められていく。
どの型を使おうとしているか先読みできればその型に対抗するために彼が使える剣技の中でどれを使えばいいかを選択できる。普段からそうすればいい、と言われるかもしれないが最近は自分より強い剣士とばかり戦っていたのでそんな余裕すらなかった。選択肢を与えられないというのが正直な話だ。
だが目の前の少女は違う。自分より多少強いくらいの実力なので対応できないわけではない。目は追いついている。
しかも型を全て知っているので相手の動きや狙いを読みやすいというのもある。
ただ全体的な剣技では相手に上回られてしまっている。それがトキリが容易に勝てない理由だった。
互いに掠り傷を増やし、しかし決定打が与えられない状況が続く中で少女は引く。誘っているのかと思って攻めないでいると、
「……ねぇ。本気でやってる? 手加減してるの?」
「は?」
急になにを言い出すかと思えば。トキリは少女がなにを言いたいのかわからず聞き返した。その反応を見てトキリが手抜きなどしていないということがわかったのだろう、深く嘆息していた。
「……全然なってない。万極流も、他の剣術も。どんな流派でも中途半端。剣が軽い」
「なにわかったような口利いてんだよ」
少ししか剣を合わせていないというのに断言されると苛立ちを覚える。そんな様子にも嘆息され、余計に腹が立った。
「そっちこそ、なに剣術を会得した気になってるの? 剣術って、型通りにできて扱えるようになったら会得、じゃないんだよ。心を受け継がなきゃ。その剣術がどういう成り立ちでどんな理由でそういう形になったか理解しないと。剣術はただの道具じゃないんだから」
「別にそんなの知らなくても使えればいいんだよ。大体、僕はそれでずっと戦ってきたんだから」
「ふぅん? でも、最近は上手くいってないでしょ? てっきり一人で旅していると思ってたから、騎空団の人達といるところをこっそり見てたの。一番弱いんだって?」
「煩いっ!」
図星を突かれて飛び出したトキリの攻撃を、少女は軽く受け流すと浅くない一太刀を腹部に与えた。
「剣術は、突き詰めれば明鏡止水。感情に駆られて動くなんて愚の骨頂だよ。……誰も教えてくれる人がいなかったんだね」
「煩いって言ってるだろ!」
「……でもそこは私の責任もあるから、ここで正さないと」
少女は呟くと、トキリへの追撃を開始する。
「ッ……!」
先程と速さはそう変わらないが、攻撃が一段と重くなったように感じた。刀で受けると柄を握る手に一撃の重さが伝わってくる。筋力はトキリの方が上のはずだ。同じヒューマンで性別の差を考えれば、余程のことがなければトキリの方が腕力があるはず。しかし受け止め切ることはできずに弾かれてしまっている。
トキリにはその理由がわからなかった。剣の技術は劣っていないはずだ。動きもきちんと真似できている。だがなぜか少女の刃に押されてしまう。
……クソッ。なんだってんだよ……!
歯噛みする思いで刀を振るう。眼前に迫る少女の真剣な顔がやけに目についた。先程言っていた明鏡止水という言葉が頭を
しかし疑念は晴れないまま、遂に少女の一刀がトキリの刀を半ばからへし折った。愕然とするトキリの喉元に切っ先が突きつけられる。
――負けた。もう終わりだ。
少しでも動けば喉元を掻き切られそうな状況にまで持っていかれて、トキリは敗北を確信した。途端に身体から力が抜けて折れた刀が手から滑り落ちる。がっくりと膝を突いて項垂れた。
「……殺せよ」
「うん」
最初に宣言された通り、敗者は首を獲られるのみだ。いつかはこうなる、自分のやってきたことの仕返しが来る。彼は今までなら考えなかったであろうことを頭に思い浮かべていた。
それを確か、因果応報と言ったはずだ。
トキリは目を閉じて終わりの瞬間を待つ。みっともなく泣き喚いて命乞いする気もない。大人しくその時を待っていた。
そして、少女は大きく振り被って――
「ぶっ!!?」
「甘い、甘いよ。今までトキリが何人殺してきたと思ってるの? “人斬り”がただ死ぬことを許されると思ってるの?」
睨みつけるように眉を吊り上げた彼女が告げる。
「……今ので、“人斬り”のトキリは死んだってことにしてあげる。元々本当に殺すつもりなんてなかったから」
少女は言いながら抜き身の刀を鞘に納めた。トキリは生殺与奪を握られている状態なので、珍しく大人しかった。
「……どういうことだよ、殺すつもりがなかったって。お前は昔親父さんをボコられて、その復讐に来たんじゃないの?」
「そんな風に思ってたの? まぁ、私とトキリの間にある出来事なんてそれくらいだもんね」
少女は意外という風に目を丸くしてから、あっけらかんと言う。どうやら彼女にとって過去の出来事はあまり重大ではなかったらしい。もちろんその時のことをきっかけにこうして追いかけてきたのだろうが。
「そっちはまぁ、ショックと言えばショックだったけどそんなに重要じゃないよ。確かにトキリが出て行ってからお父さんとおばさんは村の人達からしっかり教育しなかったせいで怪我人を出したんだ、とかで散々言われてたけどね。おばさんはそれで思い詰めて自殺しちゃったし」
軽く言ってはいるが、かなり重苦しい話題である。とはいえトキリもあの場所に思い入れはないので死んだかそうか、ぐらいの感想しか抱けないのだが。
「それはあんまり言いたくない話題だから置いといていいんだけど、お父さんがね。トキリのことで思い詰めてるようだったから、なんでかって尋ねたの」
父親が責められたということは、彼女も同じような立場に置かれたのだろうということは想像に難くない。人に言いづらいこともあったのかもしれない。
「そしたらお父さんは、『正しい剣の道を教えることができなかった。それだけが心残りだ』って」
「正しい剣の道?」
「そ。言ったでしょ? 剣術にはそれぞれ、どういった場面で求められたかによって成り立ちが違ってくる。それを知らずにただ道具として使う剣術に、芯はないの」
「……」
奇しくも今まで言われてきたことと似たようなことだった。やはり自分に足りないのは理解できないその“心”に
「だから私はトキリを追ってきたんだ。お父さんの心残りを解消するためにね。でもトキリは小さい頃でもお父さんに勝っちゃうくらいに強かったから、並み大抵の努力じゃ勝てないと思って必死になって剣を振ってた。勝てて良かったぁ……」
「……」
心から嬉しそうなはにかんだ顔に、負けた側のトキリはなにも言えない。なにを言っても負けてからでは負け惜しみになってしまう。今まで無様だと嘲笑っていた者達のような情けない姿を晒すことだけはしたくなかった。
「トキリ。わからないなら、私が正しい道に連れ戻してあげる。正しい剣の道を教えてあげる。その性根叩き直して、更生させてあげるから」
彼女はにっこりと笑って手を差し伸べてくる。掴む気はなかったのだが、無理矢理手を掴まれて引っ張り上げられてしまった。その手は、何度も肉刺を潰して肉刺を作りを繰り返して出来たごつごつした手だった。対する自分の手は最近努力するようになって多少肉刺は出来ていたが、痛いからと剣を振るのをやめたこともあった。
一つのことを極め抜くために努力を欠かさなかった者と、才能に慢心して努力をしなかった者。
それがこの結果を生んだのだ。
「じゃあ最初は万極流の極意から話そっかなぁ。万極流はね、名前は大層なモノだけど覚えること自体はそんなに難しくないんだよ。筋力や体格の差は関係なく使えるように、って作られた剣術だから。男の人が使っても、私みたいな女の子が使っても。ドラフの男性が使っても、ハーヴィンが使っても。誰にでも使えるように工夫された剣術なの。それが万極流の“万”。万人が扱える剣術にするという願いが込められてる。じゃあ“極”はなにかって言うと、文字通り極めること。さっきも言った通り万人に使えるように工夫された剣術だけど、極めれば遥か高みに到達できる。入口は広く、高みは奥深く。それが万極流の極意」
自分の家の剣術だからか、やや早口で饒舌だった。興味はなかったが、きちんと聞いておかないと後で聞かれた時に答えられず殴られ叩かれるかもしれない。別にこの少女はトキリを心配しているわけではないのだから。
「……だっていうのにさぁ、トキリは入口に立って少し使えるようになったからってすぐ他の剣術にいっちゃってるみたいだし。ホント、中途半端だよね」
「……煩いな」
「でもこれからはそういうのは許さないから。心も態度も全部ひっくるめて私が矯正しますので」
「めんどくさいね。そこまでしなくていいんじゃないの?」
「ダメだよ。トキリは自分に甘いから。痛いことは苦手だけど他人ならいいとか、そういうことなんでしょ? だから誰かがトキリに厳しくしないと」
「あっそ」
気に入らない。だが一度負けてしまった以上、強く出ることはできない。そうでなくとも今まで心が折れていたのだから。
「そういえばさ、名前、なんだっけ?」
トキリは不意に自分から尋ねる。
「えっ!?」
少女は目を丸くして驚いていた。
「い、今まで私の名前を知らないで話してたの!?」
「まぁ。顔はわかったんだけど、名前が出てこなくって」
「はぁーっ……」
少女は盛大なため息を吐いた。八年も前のことなら忘れていても不思議じゃないだろう、と言い返したい。
「ツジリ。私の名前はツジリだよ。どう、思い出した?」
「あー……うん、そんな感じだった気がしてきた」
「……はぁ、もう。まぁいいや。あ、そうだっ。これからトキリが悪さしないか監視しなきゃいけないし、私も騎空団入るね。団長さんにお願いしないと」
「いや、嫌なんだけど」
絶対ニヤニヤとなにか言われる。容易に想像できてしまったので想像の中だけでも八つ裂きにしておいた。
「団長さんって普段どこにいるの?」
「さぁ?」
「団員なのに知らないの? もしかして友達いない? まぁトキリだもんね、友達なんていないか」
「別に、友達とか必要ないし」
「友達いない人はそうやって強がるの。で、ホントにどこ?」
「ホントに知らないってば」
出会わなければ諦めてくれる可能性も、と思っていたのだが。
「おう、トキリじゃねぇか。やさぐれて帰ってこないかと思ってたぞ」
「…………」
なぜこうもタイミング悪く遭遇してしまうのか。クソ、忌々しい。他人のフリをしようとしたがツジリに腕を捻り上げられて逃げられない。
偶然なのか必然なのかばったり出会ってしまったダナン。
「あ、もしかしてトキリが所属してる騎空団の団長さんですか?」
「ああ、そうだけど?」
「良かった。あの私ツジリって言うんですけど、私も騎空団に入れてくれませんか? トキリの面倒を見ますので!」
「ああ、頼むわ。そいつなにかとお子様だから。保護者が欲しかったんだ」
「ですよね、私に任せてください!」
「……好き勝手言いやがって」
「「反論できるとでも(できるの)?」」
二人で勝手に話を進めていく中、ぼそりと呟いた言葉に口を揃えて言われてしまいなにも言い返せなかった。精々むすっとしたまま口を閉ざすだけだ。
「じゃあ、まぁ頼むわ」
「はいっ」
ツジリはいい返事をして、トキリの手を引き歩いていく。彼女に振り回されいそうなトキリは、以前よりはほんの少しだけマシになったのかもしれない。
「まぁ、及第点ってとこじゃねぇの? なぁ、
ダナンが二人の背中を見送った後になにもないはずの後ろを振り返ると、そこから“黒闇”の騎空団の団員ほとんどが現れた。ワールドの能力でいないように見せかけていたのだ。
「……本当、性格が悪いと言いますか」
「……ん。でも、それもダナンのいいところ」
アリアが呆れオーキスが頷きつつフォロー? する。
「いいのではありませんか? 先日から色々あったようですし、彼がこれから変わっていくなら」
バラゴナはいつもの穏やかな声音で告げた。他も概ね同意見のようだ。
「だな。さて、どうなることやら。変わったんならその時は、精々昔のあいつの話題でからかってやるとするかなぁ」
一応団長として色々と考えていた彼は、二人が去った方角を見つめながら呟くのだった。
次回の更新はまだ決まってませんが、イベント番外編にしようと思ってます。
どうしても書きたいイベントがあるんですよねぇ。救いたい人がいるんですよねぇ(ヒント)
番外編は一気に更新したいので結構空くかもしれませんが、少々お待ちをば。