ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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番外編開始早々に皆さんからいただいた感想に共通点が見えてとても楽しかったです(小並感)。

状況が変わっているのでイベントとの違いを楽しんでいただければ幸いです。
あとなんとなく察している方もいらっしゃるかと思いますが、某ナンとかさんのせいで本編よりシリアス差分が減っています。ご注意ください。


EX:窮鳥入懐

 シュラの部隊へ合流する前に、アルタイルはポラリスに頼み込んで山道に慣れた兵士を集めてもらっていた。

 

「ザウラ将軍を介しレオニス王より軍師として力を貸すよう依頼を受けたアルタイルです。作戦実行のため、これよりあなた達は私の指揮下に入ってもらいます」

 

 兵達の前で、アルタイルは堂々と告げた。

 

「最終目標はザハ市の奪還。まずは麓を陣取っているユラントスクの兵を一掃しましょう」

 

 目標を掲げたアルタイルへと、エルデニの兵士が向ける目は冷たかった。口には出さなかったが、部外者への不信感と突如現れた者の命令に従う不安が見え隠れしている。

 

「この状況で部外者である私に不安を抱くのは尤もです」

 

 彼はそんな兵士達の心境を察し理解を示して語り始めた。

 

「かつて……ですが、私は軍師を生業としていました。そして軍師としての職務に己の知恵と技を注ぎ、それを生き甲斐とすらしていた。今、在りし日の武勲を辿り私の力を必要とする者がいる。ならば、私はそれに応えましょう。今再び軍師として、過去の己に恥じないように」

 

 自分がここに在る理由と意思、そして覚悟を示す。堂々とした立ち居振る舞いにアルタイルの自信を見て取れる。

 

「無論、私も前線へ出ます。そうなれば後は一蓮托生です。あなた達が私に従わず、策の遂行を怠ったなら、私もこの戦場で散ることになります。しかし、私を認め従ってくれるのなら、私はあなた達に勝利を授ける。そして、必ず生還させる。約束しましょう。“銀の軍師”の名に懸けて」

 

 アルタイルの静かな言葉に、信頼していなかった兵士達はばつが悪くなって視線を逸らす。

 だが誰一人として、その場から立ち去る者はいなかった。少なくとも従う気はあるようだ。

 

「では、ポラリス殿。兵をお借りします」

「ご武運を。貴方の采配に期待しているわ」

 

 最後にポラリスへと声をかけ、アルタイルは兵を引き連れて戦場へ向かうのだった。

 

「ルリア、さっきから静かだけどどうかしたの?」

 

 戦場へ向かう道中、森の中を突き進む最中に、逸早くジータがルリアの様子に感づいた。と言うより、他も気づいてはいたが声をかけるのが躊躇われたという具合だ。

 

「えっ? その……ずっと考えてたんですけど、星晶獣にも力を貸してもらうのはどうかなって。皆さん暗い顔をしていて、この戦いがどれだけ辛いモノかは、私にもわかります。ユグドラシルの力を借りれば、誰も傷つけずに敵を追い出すこともできるし、街の奪還だって……」

 

 ルリアの申し出に、一理あるとは誰もが思った。だが今回の指揮を執るアルタイルが、幼子を諭すようにゆっくりと首を振る。

 

「星晶獣に頼るつもりはありません。星晶獣の力は、人間にとって神の力にも等しいモノ。人の戦いにおいて、それは強大すぎる。世界の存亡がかかっているような、絶対的な悪との戦いであれば、私は迷いなくあなたを頼ったでしょう。ですが、これは戦争です。国同士、人同士の戦いなんです。どちらが正義ということはありません」

「でも……私、不安なんです。本当に、この戦いに勝てるのかって……。グランやジータ、アルタイルさんにもしものことがあったらって怖くて……!」

 

 不安そうなルリアの背中を、グランとジータが揃って優しく撫でて宥めている。

 その様子を見ていたアルタイルは、小さく息を吐き出した後振り向いてルリアと視線を合わせた。

 

「私の軍師らしい活躍をお見せしたことは、あまりなかったかもしれませんね。“銀の軍師”の名は伊達ではありません。星晶獣に頼るまでもなく、私の策だけで勝利へと導いてみせます」

 

 アルタイルの自信に満ちた言葉に、ルリアの不安が多少取り払われる。それでもなにか手伝いたいというルリアに、怪我人の救護や後方での支援を示すアルタイルだった。

 

「団長さん。あなた方も、『ジョブ』は極力使わずにお願いします。あれもまた、人が本来持ち得ない力。無論、戦争は戦いが続くモノですのでできる限り温存しておいて欲しい、というのもありますが」

 

 彼の言葉に、二人は少し戸惑いつつも頷いた。

 例えば、森の中という今の立地を考えると適する『ジョブ』は【ロビンフッド】になるだろうが、一般兵程度なら一人で一部隊を壊滅させられてしまう。あくまで“人”の力でこの戦争に勝つつもりなのだった。

 

「しかし、窮地に陥ってどうしようもない時は使用して構いません。命あっての物種と言いますから」

 

 そうならないようにするのが私の役目ですが、とつけ加える。

 

「ルリアさん。もし万が一、ユラントスクが星晶獣を用いるようなことがあれば……その時には、力を貸していただけますか? 反則には反則を以って対処するのが一番ですから」

 

 そう最後に告げるアルタイルの頭には、既に幾重もの戦況の流れが思い描かれているのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アヨール山脈に攻め入る直前で押し留めている、シュラの部隊。

 目的は足止め。それと霧の中を進もうとするユラントスクの先遣隊の排除。

 

 霧が晴れれば攻め入られてしまうが、それまでは山脈にすら入れない。そうすることによって敵を高所、登山に慣れさせないという意図があった。一息に登頂しようとすれば高山病に悩まされ、慣れない足場を進まなければならず、上からの奇襲に注意しなければならない。

 エルデニにとって最後の砦であるアヨール山脈。それらが持つ有利な要素を全て使わなければ敗北は必至なのだ。だからこそ要素を活かすための戦略を練りながら、目の前の戦闘に勝利する作戦を考えなければならなかった。

 

「……しかし、これでは状況を好転させることは」

 

 シュラは一人誰にも聞かれない場所で、そっと弱音を零す。しかしすぐに首を横に振った。戦況を預かる軍師が弱気ではいけない、そうわかってはいるのだ。

 首を軽く振ると艶やかな黒髪がはらりと舞った。

 

「ふぅ……」

 

 悩ましげにため息を吐いて、これまでのことを想う。果たして自分の策で一体何万人もの人が死んだのだろうか、と。極めつけはザハ市を奪われたと言っていい状況に陥ったあの時。読み違えたために敵将に対抗できる戦力を回していなかった。

 予定外の助力がなければ、果たしてどうなっていたことか。

 

 そんな弱気な思考も、近づいてくる兵士の足音を聞いて引っ込める。すぐに冷静な軍師の顔が表に出てきた。

 

「シュラ様。客将の方がお見えになりました」

「わかりました。すぐに合流します」

 

 気持ちを切り替えて一行と合流する。

 

「――アルタイル様?」

 

 合流した者達の顔触れを確認して、シュラは思わず驚きを露わにする。だが同時に納得してもいた。

 

 かつてスフィリアにいた時の上司。彼の権謀術数を知っていればこそ、軍師として劣っていることに悔しさを覚えはしても納得ができた。

 彼ならきっと、この状況を打破できる。

 

「伝令にあった増援の客将が、まさか貴方だったとは……」

「話は後です。相手の状況は?」

 

 見知った、その能力もよく知っている者が増援だったことにほっとしたのも束の間、アルタイルに促されて気を引き締める。

 

「はっ。ユラントスクの先遣隊はアヨール山脈の麓に野営を築いており、大きくは侵攻してきておりません。こちらの様子を窺うための偵察隊のみを送り込み、機を待っているモノと思われます」

 

 かつて部下だったからか、報告が様になっていた。

 

「やはりそうですか。では早速、今夜仕かけてしまいましょう。野営地の場所と双方の人数を教えてくれますか?」

「はい」

 

 旧知を温める暇もなく、アルタイルは話を進めていく。とはいえ半ば予想通りの状態だったため、スムーズに進行できた。シュラが上手く立ち回っていたおかげで想定より良かったまである。この人数差なら、単なる夜襲で事足りそうだった。

 

「今回の作戦は単純です。正面から夜襲をかける最中、少人数で後方から潜入、敵陣を崩します。正面からの襲撃はシュラの部隊にお願いします。相手もバカではありません、おそらくここで足止めに徹しているシュラの部隊が大体どの人数かは把握されているでしょう。ですので、敵にとって予想外の援軍である我々が二手に分かれて襲撃します。向こうもこちらの援軍を想定しているでしょうが、多少意表は突けるかと。そして、その多少があれば充分この戦いを勝ち取れます」

 

 アルタイルは疲弊した兵士達もいる中で、堂々と断言した。ただし人数差はまだ大きいため、半信半疑の者もいるようだ。

 

「今回は奇策を用いる必要がありません。私の軍師としてのお力を示したいところではありますが、まずは皆さんがご存知でない、彼らについて知ってもらった方が後々のためになります」

 

 アルタイルが手で示した先にいるのは、年端もいかない少年少女。即ちグランとジータである。

 急に紹介されて戸惑う二人を他所に、ビィが自分のことのように胸を張る光景も普段と同じだ。

 

「彼らはまだ子供ですが、私の所属する大騎空団を率いる団長です。その実力は敵将にも劣らない、と私は考えています。……無論、それをただ聞いただけで納得することは難しいでしょう。ですので、今回の戦いで彼らの持つ力の片鱗をお見せしたいと思います」

 

 周囲の兵士は「本当にこんな子供が?」と俄かには信じ難いという顔を()()()()()()()。ただ心の底から信じているわけではないようだ。代わりに二人はアルタイルに褒められて少し照れている。そんな歳相応の反応には、大丈夫なのかと不安に思う者もいたのだが。

 この場で真に二人を正確に評価しているのはアルタイルのみだろう。だからこそ彼は理解していた。この程度の戦いであれば、二人なら簡単に乗り越えられる、と。彼の軍師としての本領はまだ発揮せずとも良い。今は共闘する仲間として二人を認めてもらうことの方が重要だ。味方に対する不信感、不安は第一に取り除いた方がいい。もちろん、自分の信頼を勝ち取ることも大事なので、多少の策謀は取り入れるつもりだが。

 

「では、今回の作戦の詳細を詰めていきましょう」

 

 アルタイルはとりあえず反対の声が上がらないと見て、そう告げると眼鏡を指で押し上げ説明を始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 作戦決行直前。シュラの部隊が張った陣の中で、グランとジータ含む奇襲部隊が本隊とは別で待機していた。

 

 なによりも、二人は今回奇襲部隊二つそれぞれの指揮を執ることになっている。これもアルタイルの計らいだが、若干ながら脅迫めいたモノを感じていた。

 

「あなた達ならそれくらいできるでしょう?」

 

 と。

 

 初めて戦争に出る十五歳の少年少女に対する評価としては、些か以上に高い。思い返すと今でも苦笑が漏れてしまいそうだった。とはいえ、彼らはエルステ帝国軍との戦いを、少人数で実行している。その実力を考えれば兵士の数人は簡単に倒すことができるのだが。

 

 ただ双子故にというわけではないが、お互い緊張しているのは伝わっていた。できるだけ普段通りに振舞おうと、普段通りに身体を動かせるようにと、作戦直前にストレッチで身体を解しているのがいい証拠だ。

 

「ねぇ、グラン。緊張してる?」

 

 だから緊張を解そうと、ジータから声をかけた。

 

「うん。まぁね」

 

 彼は否定しない。否定して強がるよりは吐露してしまった方が気持ちが楽になると知っているからだ。それにジータやビィには隠しても無駄だった。

 

「アルタイルさん、あえて私達にプレッシャーかけるような言い方してたよね?」

「うん。あれは絶対わざとかな」

 

 緊張を解すための話題とはいえ、グランは苦笑を浮かべる。アルタイルは作戦の詳細説明をする時、頻りに「作戦の要はあなた達二人です」とか「あなた達がどれだけ素早く敵陣に切り込めるかが勝敗の鍵、ひいては死傷者の有無に関わります」とか言ってきた。そのせいか、自分達が失敗すれば一巻の終わりという重い責任を背負わされていた。

 当然のことながら、アルタイルも悪戯に重圧をかけて作戦を失敗させたがっているのではない。反撃の狼煙を上げる重大な最初の戦いで、プレッシャーの最中期待以上の成果を出してみろと告げているのだ。全ては信頼故、とわかってはいるのだがそれでも緊張してしまう。

 

 今回はビィもルリアと一緒に置いてきている。後方支援ならぬ、後方で増援と思わせる作戦の手伝いをする予定だ。

 

「……よし。そろそろ時間だ。再確認だけど、僕達は正面からの夜襲が始まったら即座に後方から奇襲、できるだけ多くの敵を不意打ちで素早く倒していく。()()()()()()()()()()()。タイミングは僕達二人に任せる、だそうだから開始直後に攻め入ろうとは思ってる」

「うん。正面が陽動とわかっても、そこに兵力を割かないと対応できないようにするから必然後方は人手が減る。そこを突いて後方の敵を片づけた後に正面の対応をしてる軍を背後から挟撃……簡単に言ってくれるよね」

「早めに動かないと後方に人員を動かされちゃう。まぁそうしないための増援工作なんだろうけど。僕達は僕達の役割を」

「わかってる。では二手に分かれて配置につきましょうか。皆さん、お願いしますね」

 

 二人言い合って、最後にジータが周囲で待機していた兵士達に告げる。開戦前にすっかり落ち着きを取り戻した様子に、場慣れしている一端を目にした。

 グランとジータはなにも言わず、互いに前を向いたまま拳を横に掲げる。距離感、タイミング、高さ。全てが難なく噛み合って拳を軽くぶつける結果となる。

 

「ジータ、気をつけて」

「グランこそ、無茶しないでね」

 

 顔を見合わせることなく告げると、二人は拳を下げて歩き出す。その大人と比べると少し小さな背中から放たれる歴戦の風格に、兵士達は呑まれていた。ただの十五歳が出せるオーラではない。先程まで仲良く談笑していたとは、直前まで緊張していたとは、全く思えなかった。

 

 兵士は二人の雰囲気に呑まれてしまったが、自分達もついていかなければならないことを思い出し慌てて歩き出すのだった。

 

 グランとジータがそれぞれ配置についた後。アルタイルは残念ながら目立ってしまうために後方で野営地に迫る軍を眺めていた。前線指揮はここまでエルデニを守ってきた軍師シュラに任せている。シュラの部隊全員で正面から来ていると思わせるためには、彼の特徴は目立ちすぎた。戦争に関わる者なら一度は名を聞くであろう“銀の軍師”。流石に戦場でああだこうだという者は少ないだろうが、早々に囮とバレてしまう可能性があった。まずは勘繰らずこちらの夜襲に応戦してもらわなければ。もちろん変装しても良かったのだが、アルタイルはあまり剣での戦いが得意ではなかった。わざわざ兵士に紛れ込ませて足手纏いになる必要はない。

 

 月明かりが照らし出す静かな夜に、アルタイルはただ時を待つ。夜襲を仕かけるタイミングはシュラに任せていた。だが彼女ならおそらく、日付の変わる時に行動を開始する。

 

 アルタイルの予想は的中し、日付が変わった瞬間にシュラの部隊は動き出した。

 

 夜にも見張りはいるが、日中帯働いていた者は疲れて眠っている。基本的に夜番は人数が少なめになるのだが、シュラの部隊がずっと日中帯に交戦していたこともあり余計に少なかった。

 代わりにエルデニ軍は今回のために身体を休めて多少英気を養っている。

 

 夜襲に際して、敵の動揺を誘うためにシュラの部隊は雄叫びを上げて野営地へと突っ込んでいった。当然野営地にも雄叫びは聞こえ、若干の眠気を湛えていた門番の兵士も意識を素早く覚醒させて迎撃態勢を整えられるよう万全を尽くす。目立った将のいない最前線だったが、突然の夜襲にも対応しようと動きを見せていた。見張り台に立つ兵士がガンガンと鐘を鳴らし、熟睡していた兵士達を無理矢理起こす。部隊が突っ込むにも時間があるので、慌ただしく戦の準備を進めていた。

 それでも敵が到着するまでにユラントスク軍をまとめて陣を敷いたのは流石というべきか。単純に大国と小国という兵力差と異常に強い敵将のみが劣勢の理由ではないのだ。

 

「……?」

 

 エルデニの突撃を視認して、ユラントスク軍は怪訝な顔をした。エルデニ軍の先頭が、身体を覆うほどの大盾を担いでいたからだ。些か、と言うよりあまりにも襲撃に向いていない。それの意味することはつまり――

 

「正面は陽動か!!」

 

 ユラントスクの野営地を任された指揮官が逸早く理解した。ただ同時に懸念も浮かぶ。こんなにもわかりやすい陽動があるだろうか? と。陽動と思わせて本命、陽動と見て他方向を警戒させ戦力を分散させにかかった途端一気に攻勢に出る、という作戦も考えられた。

 敵指揮官もバカではない。だがバカではないが故にすぐ判断を下せなかった。

 

 その逡巡さえも、アルタイルの想定通りである。

 

 アルタイルは野営地の戦力の大半が正面に集中したままであることを確認した上でダメ押しを加えるために、後方待機の味方に指示を飛ばすのだった。

 

 ――片や、野営地後方に待機しているグランとジータ。

 

 アルタイルの予測では夜襲に際し、慌ただしく陣形を組んだ場合野営地の戦力は敵が来る正面に集中し、残り三方の兵力は各方面一部隊程度の見込みだった。奇襲部隊の役目はその後方にいる部隊を蹴散らしてから挟撃すること。討ち漏らしては自分達が背後を狙われてしまう。手抜かりなど許されなかった。

 

 彼らにもシュラの部隊が上げる雄叫びが聞こえ、戦の始まりを実感する。各々緊張する心を落ち着けて時を待ち、金属の激しくぶつかり合う音が響き始めてから、行動を開始した。

 

「行きます」

 

 そう告げたのは、奇しくもグランとジータでほぼ同時だった。緊張による声の硬さは完全になくなったわけではないが、それでも戦う雰囲気へと変わっている今では疑う余地もなくついていく。

 野営地の守りを固めている丸太の柵は正面以外を全て覆っている。入口を限定することで敵を迎え撃つ方向を決めておく算段だ。だがいざという時に正面しか開いていないのであれば逃げ道がなくなってしまう。柵の一部にわかりにくく扉をつけて裏口を作っていた。大抵は外側から見ると木で隠れていたり茂みで見えにくくなっていたりするのだが。

 アルタイルから外側のそういう部分から侵入できるようになっていると聞いていた奇襲部隊は、ある程度目星をつけて待機していた。

 

 息を潜めて見張りに見つからないようにこそこそと柵に忍び寄り、木の陰を探る。見事にアルタイルの予想が的中し、扉があった。だが完全な逃走用なのか内側から鍵をかけている状態だ。しかも扉が見える範囲に敵兵がいるのを、グランは気配で察知していた。

 どうするべきか、グランは周囲の状況を素早く把握すると、手で味方の兵士を制止させる。待機を指示して自分はどうするのかというと。

 

「……」

 

 グランは静かに柵から距離を取り、見張りの位置と視線を再確認。そして柵の向こう側にいる敵兵の位置を正確に捉えた。

 兵士達がなにをする気だと注目する中で、グランは柵に向かって駆け出した。地面を蹴り柵を蹴って更に上へ。無論足音がするのでグランの上がっている柵の丁度向こうで「なんだ!?」と困惑の声が上がっていた。だが構わず三度目にまた柵を蹴って上がり、頂点の尖るように削られた部分に手を届かせる。グランが駆け上がってもあまり揺れないくらいの頑丈さはあるようだ。彼は柵の頂点を掴んだまま柵を蹴って身体を上へ持っていく。柵の上でくるりと回り、眼下で驚きを浮かべる兵士を視認した。

 

「ひっ!」

 

 およそ人が越えられない柵を乗り越えてきた侵入者に、兵士は唖然として怯えることしかできない。故に、グランは当初の予定通り落下しながら頭部に蹴りを食らわせ一撃で昏倒させることができた。息はあるがぴくりとも動かない兵士を見て、グランは自分の作戦が成功したことにそっと息を吐く。

 

「今なにか物音が……ッ!?」

 

 兵士の怯えた声か倒れる音か、ともあれ他の兵士に聞かれてしまったらしい。追加で一人やってきたかと思うと、倒れた兵士と傍にいる見慣れない少年を見て敵襲だと察知した。

 だがバレることは折り込み済み、というよりアルタイルからバレることを()()されていたので動揺することはなかった。冷静に内側からかけられた鍵を抜き放った剣で壊し、軽く開く。すると待機していた兵士達が扉を開けて侵入してきた。見慣れたエルデニ軍の兵士の姿を見て侵入者の正体を悟る。

 

「て、敵し――ッ!!?」

 

 叫ぼうとした兵士だったが、グランはその隙に猛然と駆け出し兵士を思い切り殴り飛ばして気絶させた。だがズザザァと滑っていった先は、曲がり角を越えてしまったため別の場所で待機していた兵士達にバレてしまう。

 グランはわざと顔を出して敵影を確認し、敵から見えない角度で後方の兵士達にハンドサインを送った。敵が五人固まっているため、回り込んでくれという意味のハンドサイン。形は事前に打ち合わせていたため、兵士達も意図を理解してスムーズに動き出すことができた。

 

 ユラントスク兵は殴り飛ばされた兵士が叫ぼうとしていたのをわかっているのか、それともその場の判断か。五人の内最後尾の一人が見張り台へと声を張り上げて敵襲を報せる――同じような声が逆方向からも上がった。どうやらジータ達も既に動き出していたらしい。そのことに微かな笑みを浮かべながら、自分を待ち構える兵士達へと駆け出した。その速度は先程よりは遅く、正面にいた三人の兵士と剣を抜いて戦い始める。油断なく一人ずつ隙を突いて捌いていく内に、回り込んだ兵士達が後ろで周囲を警戒していた残る二人を撃破。グランが三人目を倒すことで制圧した。

 その間も見張り台で後方からの奇襲を報せる鐘が乱暴に鳴り響いている。それが大盾を打ち破ろうと奮闘する兵士達の耳にも届き、ほんの一瞬だけ意識が目の前以外に向いた。例えそれが前列にいた者の一部のみであったとしても、隊列を成している今一部でも気を緩めて押されれば乱れてしまう。なによりエルデニ軍の大盾を構える者達は、アルタイルの指示で一瞬の気の緩みを待っていた。

 ぐっ、と強く一歩踏み出して押し上げる。武器の間合いを確保するために距離を取って応戦し始めたら足を止めてひたすら耐えていた。

 

 ――時は少し遡り、ジータが率いる隊。

 

 彼女はグランのようにアクロバティックなことをして侵入してわけではなかった。こっそりと抜け出す用の、扉のない小さな穴を見つけていたのだ。茂みに隠されていたのだが、そこはアルタイルの助言様様である。

 とはいえ大人が四つん這いになって這って進めば入れる程度の穴でしかなく、逃げるには適していなさそうだ。敵の気配を探って周囲の安全を確認し、ジータから穴を潜ることになる。大の大人が鎧を纏って通れる大きさなので、小柄なジータは難なく通ることができた。ただし問題だったのはその姿勢である。

 

 ジータは控えめに言っても可憐な美少女だ。そんな彼女が戦場に相応しいとは言えないピンクのスカートをひらひらさせながら歩いていれば、戦争に明け暮れているむさ苦しい男共が惹かれないわけもなかった。加えて今は四つん這いになっている。そのせいでお尻とスカートを振っている様しか映らなかった。

 色々な意味でご無沙汰な兵士達がぼーっとした様子でふらふらとついていき、がきんと兜をぶつけ合って我に返ったのも当然だろう。そうなると必然、誰から行くか睨み合うことになるのだが、残念ながらジータはさっさと穴を通り抜けてしまった。幸か不幸か魅惑の時間が終わってしまったので、男達は虚しさを覚えながら一人ずつ順番に潜っていくのだった。

 

 敵の気配を探って兵士達に的確な指示を出し奇襲を成功させていく様を見て、ちょっと罪悪感に駆られもしたのだが。

 せめて疲弊した戦場の清涼剤とも言える彼女の役に立とうと奮闘していったのだ。その後は()()()()見張りに見つかり、敵襲を報されてしまう。一部隊分の人数を倒した後は後方の戦力を残らず叩くだけだが、一通り回って敵兵を減らした後、前方からグランの隊が走っているのが見えた。

 声もハンドサインもいらない。視線を合わせればなんとなく考えていることがわかる。

 

 だから一瞬視線を交わした後、二人はそれぞれ左に曲がった。

 

 左右から中の方へ進んでいた二人は、視線を交わす間に役割分担をしたのだ。ジータは後方部隊の残りを対象し、グランは挟撃のためにできるだけ敵本隊へ追い込むように動く。

 長年の信頼関係による連携で瞬く間にアルタイルの作戦をほとんど成功させていた。

 

 見張りから警報が鳴れば、多少は後ろにも兵が回されるはずだ。しかしユラントスクが後方へ送った部隊は本当に少なかった。

 

 と言うのも、アルタイルが後方部隊に指示を出して策が発動していたからである。

 

 簡単な仕かけで一斉に松明を点けられるようにしておくことで、指揮官が後方にも部隊を割こうとしたと思われるタイミングを見計らい、多くの松明に炎を灯す。それを見た指揮官は「まさか奇襲すらも陽動だったというのか!?」と慌てて後ろへ送るはずだった部隊の半数を手元に留まらせた。

 続けて後方の援軍と思しき者達から矢が飛んでくる。丁度敵陣の密集地帯に飛来するよう射程を計算に入れた後方部隊の配置だ。大変ではあるが、大人数が交代交代で絶え間なく矢を放っているように見せかけていた。

 矢を撃ったら一歩ズレてもう一矢。それを繰り返し続けて一人二役を演じている。無論長続きするわけもない。故に短時間でも敵を撹乱し、正面側に足止めさせることが大事なのだ。

 

 この作戦で一番の要となるのは敵戦力を掻き回すグランとジータの二人だが、重要な役割は大盾持ちである。彼らが奇襲部隊との挟撃が始まる前に押されてしまっては作戦が成り立たないのだ。

 だからこそ、大盾持ちは交代させるようにしている。と言っても相手と激突している最前衛だ。簡単には交代できない。相手も易々と見逃しはしないだろう。

 

「交代するぞ!!」

 

 大盾持ちの後ろにいる交代待ちの兵士達が声を張り上げて、だから最後まで踏ん張れよと告げる。やっと交代できる、と気を抜く者は一人もいなかった。合図があってから、「せーのっ」でユラントスク軍の前衛を大盾で思い切り弾く。僅かに距離が空いた瞬間後ろにいた兵士と素早く入れ替わって、大盾を代わりに構えるのだ。

 向こうが攻撃を再開する頃には代わりの大盾持ちになっている、というわけだ。……まぁ、一度見せてしまえば二度目は合図が来た途端になんらかの対策を取られてしまう。なのでアルタイルはそこまで回数を稼ぐつもりがなかった。頻繁に入れ替わるつもりがないため、一度目の兵士達がへとへとになるまで時間を稼いでもらった。

 

 エルデニ軍がまだ実力を知らない味方を信じて耐えている、その後方。ユラントスク軍は後方にいた少数の部隊が壊滅させられたことを受け、仕方なく本隊の三分の一を後方に回すことにした。例え半分になったとしてもエルデニを押さえる分には問題ない。だが奇襲部隊の手際があまりにも良かったため警戒して半分に割いてしまうと相手の思う壺なのではないか、と思ってしまったのだ。

 

 それこそ、アルタイルの思惑なのだが。

 

 グランが後方を少し削っていたところ、ユラントスク軍が大勢彼らを取り囲む形に動き始めた。グランとしては焦りがない。ただエルデニの兵士達は人数差からこのままでは挟撃どころではない、と思ってしまっていた。

 

「皆さん。連携を忘れず、僕を援護する形で構いません」

 

 だが、これまで背中を見てきた年齢以上に頼りになる少年の冷静な言葉に、落ち着きを取り戻す。

 

「相手は少人数だ! 油断ならないが我々が有利だぞ!!」

 

 隊長らしき者の声に、雄々しい声が呼応した。事実、人数は圧倒的有利にあっても奇襲部隊を警戒している。本隊が拮抗されてしまっているので、奇襲部隊が敵の要になっているということは理解していた。

 

 グランは大人数の兵士達を見据えながら、大きく息を吐く。心は随分と落ち着いていた。身体のキレも悪くない。――いける。

 

 息を吸い込んで、ぴたりと呼吸を止める。直後今の全速力で駆け出した。無謀にも一人で飛び出してくるグランを嘲ることはない。相手が見た目以上に強者であることはわかっていた。だからこそこちらは連携して迎え撃とうとする。

 

 グランが向かっていった正面の兵士がまず一歩踏み出し、迎撃しようと剣を振るった。それを最小限の動きで会回避して剣を一閃し、一撃で兵士の意識を刈り取る。崩れ落ちる味方の兵士を気にする余裕はなく、グランの両側から襲いかかった。剣の軌跡を読み取って、一歩身を引き剣と籠手を使って自分に当たらないように逸らす。素早く身を翻して右の敵を蹴りで倒すと、倒れた時のためにと構えていた兵士の攻撃を回避してから左にいた敵を殴りつけた。人数が多い相手と戦う時、できるだけ一撃で相手を倒していかなければならない。もちろんそれができるのは、彼が『ジョブ』の力に頼らずとも一騎当千レベルの戦いを見せるだけの実力を備えているからなのだが。

 

 順当に兵士を一撃ずつで倒していくグランの強さに、ユラントスク軍も焦りを覚え始めていた。グランの四方を囲めるように、できるだけ内側の兵士から攻撃してグランが倒す度に突き進むようにしていく。そうすることで完全に囲い込むことができるようになるのだが。

 

「はぁ!!」

「ぐっ!?」

 

 グランの背後を取ろうと動いていた兵士が、別方向からの攻撃に倒れた。グランが率いていた、奇襲部隊の仲間である。

 

「後ろは任せてください!」

 

 彼らはグランの戦い振りを見て、未だ一切の疲れを見せない彼を補助することが自分達の仕事だと感じ取っていた。

 

「じゃあ、ここをお願いしてもいいですか? 多分、もうそろそろ合流すると思うので」

「グランさんはどちらへ!?」

 

 グランの唐突なお願いに、兵士達は応戦しながらも返事をする。

 

「ちょっと、本隊の方に」

 

 暗に一人で特攻すると答えた彼の、ヒリついた気配を纏う横顔に異論を唱えることなどできなかった。

 

「武運を祈ります!」

「させると思うか!?」

 

 だから、彼らは短い間だが自分達を率いて戦った彼を信じることにする。当然、内緒話ではないので敵兵にも聞こえているのだが。

 

「加勢します!」

 

 そこへ後方に残っている敵がいないか確認していたジータの部隊が合流した。だがジータの姿はない。おそらく機を窺っているのだろう。グランは大体察していた。

 

 少しは余裕ができたことで、グランは一気に駆け出した。ユラントスクもみすみす逃してなるモノかと彼を止めようとしていたが、グランを捉えることはできない。

 

 先頭にいた兵士が絶対に止めてやる! と剣を構えた踏ん張るが、グランは身体ごとぶつかるようにして体勢を崩させ、拳を叩き込んで姿勢を下げさせる。加勢しようと動く兵士達を無視して目の前の兵士を足場にして跳躍した。その上で着地点にいた兵士を蹴りつける。その後もグランは足を止めることなく部隊の中を駆け抜けていった。襲いかかる兵士をかわし、撃退し、利用する。たった一人で敵陣に切り込む姿は正に、一騎当千の英雄である。

 ただ挟撃のために奇襲に参加した兵士を倒されるわけにはいかない。過半数を倒して進む姿は獅子奮迅の強さ。

 

 彼はやがて、奇襲部隊のために割かれたユラントスク軍を抜けた。行かせてなるものかと追い縋る兵士達を引き連れて、正面で戦っている本隊の後方で辿り着く。別で指示が出ていたのか、全員がグランを狙うように向いていた。流石に敵兵一人のために味方の邪魔をする可能性のある弓矢を使うことはしないらしい。

 グランはそのまま本隊へと切り込んだ。乱戦へと持ち込みながら前へ前へと突き進んでいく。本隊の中央まで辿り着いたグランは、ふと突進をやめた。それを好機を受け取って一斉に攻撃を仕かけるのだが。

 

「やあぁっ!!」

 

 どこからか気合いの声と共にジータが剣を振り被って()()()()()。まとめて数人を吹き飛ばす渾身の一撃と、グランの迎撃によって二人の周囲に隙間が出来た。

 

「やっぱり無茶して」

「そうでもないよ」

「そう? じゃあ、この人数を相手に大立ち回りをして生き残れないって?」

「そうは言ってないって。だって、ジータがいるし」

「まぁね」

 

 大人数を前に、二人は普段通りだった。

 

「背中は任せたよ」

「了解」

 

 剣を構えてユラントスク軍の本隊中央で構える二人。不利に飛び込んだ形だが、ユラントスク軍に油断も慢心もなかった。むしろこれで二人を仕留められなければ自分達の敗北は必至だと、精神的に追い詰められていた。

 

「やれ――――ッ!!!」

 

 指揮官の号令を合図に、戦闘が再開される。だが、“蒼穹”の団長二人を前に刃が届くことはなかった。

 

 味方を射る覚悟で、高いところから矢が射かけられる。しかし迫る矢を剣で叩き落としてみせた。その隙にと攻撃を仕かけた兵士をあっさりと迎撃してしまう。

 味方である暴力の化身とも言われる将ほどの派手さ、怪力はないが一般兵士と比べれば圧倒的とも言える実力の持ち主だと理解させられる。

 

「後方の部隊を呼び戻せ!!」

 

 あの二人さえなんとかすれば勝機は見える、と作戦を変更したのだが。

 

「今です! 攻勢に出てください!!」

 

 正面を請け負っているシュラの号令で、先頭が一気に敵陣へと攻撃を開始した。ほとんどの兵士は中央に陣取ったグランとジータへ意識を向けざるを得ない状況で、正面から余力を持って構えているエルデニ軍すら気にしなければならなかった。

 今まで時間稼ぎに徹していた部隊が攻勢に出たことで、なんとか防御を打ち破ろうとしていた兵士達が次々と倒れていく。前線に出ていた兵士達は正面の軍と中央の二人、どちらに対処すればいいか判断に迷ってしまう。その隙に、どんどんと兵士達が倒れていった。

 

 やがてグランとジータとシュラの部隊が合流して、残りを片づける。やがて、国外からの援軍が参戦した初めての戦闘は終結した――。

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