ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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EX:捲土重来

「いやぁ、一騎当千、獅子奮迅の活躍でしたな!」

「いえ、アルタイルさんの作戦があったおかげで相手の対応が遅れてましたから」

 

 アルタイルの目論見通り、いや目論見以上にグランとジータはエルデニ軍の信頼を得ていた。反撃の狼煙となる一戦だった先の戦闘を勝利したため、兵士達の指揮を上げるために宴を催していたのだ。……まぁ、あまり食糧に余裕がないので程々に、ではあったが。

 

 大活躍だった二人を称える声が聞こえ、アルタイルの策によって二人が存分に戦えていたという認識が広まった結果エルデニ軍にも多少光明が見えてきた。

 怪我人は出てしまったが、人数差を考えれば死者なしは快勝と言っていい。

 

「皆さん、お怪我はありませんか!?」

 

 後方支援だったルリアとビィが心配そうに一行へと駆け寄って、無事を確認するとほっと胸を撫で下ろした。

 

「うん、怪我はしてないよ」

 

 グランの答えに華やぐような笑顔を浮かべているところに、

 

「アルタイル様!」

 

 喜びを声に乗せて、これまで軍師を務めていたシュラが駆け寄ってきた。

 

「相変わらずの見事な采配でございました。兵達も快勝を喜んでおります」

 

 自分には見出せなかった光明を作り出してくれたからだろう。もしかしたら悔しさも胸の内にあるのかもしれないが、今はただ心から喜びを露わにしていた。

 続けてグランとジータへ目を向ける。

 

「そちらのお二人も、正に一騎当千の見事な戦い振りでございました。貴方方が、アルタイル様がお仕えしているというグラン様、ジータ様でございますね。ご挨拶が遅れて申し訳ございません。私の名はシュラ。エルデニで軍師を務めております。此度の援軍、誠に感謝致します。先程の戦闘を見せていただきましたが、御年に見合わぬ強さをお持ちの様子。“銀の軍師”アルタイル様に続き、これほど心強い味方はありません。引き続き、よろしくお願いいたします」

 

 シュラはグランとジータそれぞれと握手を交わす。裏のない謝辞に照れていると、彼女は言葉を続けた。

 

「ポラリス様よりお話は伺っています。お二人も、騎空団に属する騎空士なのだとか」

 

 一見するとそうは見えないと思われるルリアとビィに告げ、互いに自己紹介を交わす。

 

「そういえば、ポラリス殿がザハ市に残った者の名前を、あなたなら知っているかもしれないと言っていたのですが」

 

 一通り挨拶が終わったと見てアルタイルが尋ねた。しかし、シュラは長い睫毛を伏せて首を横に振る。

 

「いえ、私に対しても『しがない騎空士だ』としか彼は名乗りませんでした」

「なるほど……なにか身体的な特徴はありませんか? 同じ騎空士であれば、知っている者かと思ったのですが」

「そうですね……黒髪のヒューマンの方でした。ですがずっとフードを被ってらっしゃったのと、顔がはっきりと認識できないようにされていたのかお顔立ちを覚えている者がおりません」

「……そうですか。名乗らず、顔を隠す。それでよく、敵軍の最高戦力を任せるような大役を命じましたね」

 

 素性の知れない怪しい男を作戦に組み込んだと言うシュラに、アルタイルはやや呆れた様子を見せた。ただ彼には怪しいフードの男の正体にある程度目星をつけているので、彼なら可能なのかもしれないと半ば投げ槍に思っていたのだが。

 加えて、ポラリスの話では自信がないことが短所であるという話だったが、怪しげな男を組み込む大胆さが別の印象を受ける。

 

「それは……」

 

 流石にシュラも言いにくそうにしていたが、

 

「それは私から答えるのだわ」

 

 いつの間にやら傍にいたポラリスが言った。

 

「ポラリス様!?」

 

 慌てた様子を見せるシュラの前で、しかし彼女は口を開くのをやめなかった。

 

「……劣勢の国の軍師が味方からどう思われるかなんて、大体どこも同じなのだわ。そんなシュラに、彼は陰口を叩く者達の前で言ったの。『凄いじゃねぇか。大国相手、しかもとんでもなく強いヤツがいて、まだ負けてないなんてな』と」

「そ、それが理由ではありません! 彼は元々いなかった戦力ですから、動きの読めない敵将のみ注視してもらうようにとしただけで……!」

「確かに、突然現れた実力もわからない戦力に、命を預けるのは難しい話なのだわ。そういう意味では、彼自身の評価も正しいのだけれど……珍しくシュラが打って出ると言い出したから、なにか心境の変化があったのだと思ったのだけれど?」

「ポラリス様、冗談も程々にしてください」

 

 ニヤニヤした様子のポラリスと、茶化されて憮然とするシュラ。

 

 一体誰が来ていたんだ、とアルタイルを除く四人で首を傾げる中、一人冷静な眼鏡の軍師はこほんと咳払いをして話題を転換する。

 

「そういえば。シュラ、あなたはスフィリアを離れる前に母国であるスイに帰ったと記憶していたのですが……。エルデニとスイは友好国であっても、軍事同盟は結んでいなかったはず。あなたはなぜエルデニに?」

 

 真面目な話題になって明るく振舞っていたシュラと、ポラリスの表情に気まずいモノが漂う。

 

「それは色々と、事情がありまして……。ええ」

 

 一瞬視線を泳がせて口にした答えは、全く答えになっていなかった。

 

「アルタイル様! お話し中申し訳ありません、少々ご相談が……」

 

 そこに、慌ただしく鎧を揺らして駆け寄ってくる兵士があった。

 

「わかりました。この後の動きについて、私の方からも話があります」

 

 アルタイルはシュラになにか言いたげな目を向けて、しかしなにも言わず兵士と共に去っていく。

 シュラはその視線に気づいていたが、ついぞ応えることはなかった。

 

「……シュラ」

 

 事情を知るポラリスが心配そうに見つめるが、シュラはすぐに表情を切り替える。

 

「ポラリス様。私達も準備がありますので、そろそろ行きましょうか」

「え、ええ。次の戦いも、よろしく頼むのだわ」

 

 会釈するシュラに続いて、ポラリスも手を振って立ち去っていった。

 

 気まずい空気に顔を見合わせる四人だったが、快勝に浮かれる兵士達に絡まれて過ごすのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 麓の野営地が壊滅させられた、という伝令はユラントスク軍に届いていた。だが次にエルデニが攻略しなければならない陣地を考慮し、撤退は必要ないと判断する。

 

 エルデニが次に攻略しなければならない陣地。それがアヨール山脈とヌフ平原を繋ぐ唯一の玄関口、ウーデン大橋であった。

 ウーデン大橋の入り口には軍事基地を兼ねた監視塔が建っている。その監視塔からはどう攻め入っても相手から姿を見られてしまうため、敵魔導部隊の格好の的にされてしまう。

 

 それが、作戦を練るシュラが頭を悩ませている理由であった。

 

 砦で束の間の休息を取り英気を養った後、下山して本営を敷いている。そこでウーデン大橋攻略の策を練っていた。

 

「構いません。ただし、すぐに撤退できるよう予め道の準備を」

 

 監視塔を射程に入れた、魔導部隊の攻撃。それには部隊を展開する充分な広さを持っている山腹の高台を示すシュラだったが、やはり敵から丸見えになってしまうのが難点である。そう結論づけたのだが。

 

「ああ、それと。破損して使えなくなった装備をすぐに集めてください。作戦の決行は夜。それまで少しばかり、工作の時間と参りましょうか」

 

 新たに指揮を執ることとなったアルタイルは至極冷静に策を積み重ねていく。

 

 そして夜。闇の帳が降りた静かな夜を、光華の如く鮮やかな魔導部隊の攻撃が切り裂いた。

 

 魔法による攻撃を行う傍ら、本隊が接近する。その様子が丸わかりであるため、ユラントスクにはエルデニが魔導部隊の援護を受けながら突き進む算段だと読んでいた。

 そしてまずは援護をやめさせるため、魔導部隊の位置を割り出し同じく魔導部隊で応戦した。早めに片づければその分こちらが有利になる。そう考え激しく魔法を放ち始めたのだ。

 

「報告します! アヨール山脈中腹が、敵魔導部隊による攻撃を受けています! ユラントスク軍は魔導部隊の全戦力を投じたらしく、凄まじい勢いです。完全に、“銀の軍師”様の読み通りですね!」

 

 アルタイルへと報告する兵士が嬉々とした表情で告げる。

 

 ユラントスクが敵影と思って攻撃していたのは、破損した装備で作った案山子達であった。エルデニの魔導部隊は最初の一撃の直後、即座に離脱していた。

 

「あくまで敵の一部隊を引きつけているだけです。油断してはなりませんよ」

「はっ!」

 

 恭しく応える兵士だったが、浮き足立っているには目に見えてわかった。シュラの反攻作戦は成功していたが、敗色濃厚の空気での、時間稼ぎが成功したに過ぎなかった。だが今は違う。ユラントスクから陣地を取り返して反撃しているのだ。一変した空気に当てられるのも仕方のないことなのかもしれない。

 戦場での気の緩みが大敵であることを知っていても、人というのは心に素直なモノであった。

 

 やがてエルデニの魔導部隊(に扮した案山子達)を殲滅したユラントスクは、勢いづいて迫る本隊との戦いへと加勢し押し返そうとし始める。

 

 そのユラントスク内部の動きが見えているかのように、アルタイルは頃合いを見計らって本隊をアヨール山脈に撤退させていった。

 策略により、ユラントスクはエルデニが魔導部隊を失い慌てて退いていくように見えている。故に、後詰めではなく追撃を優先させた。

 

 戦争では、如何に武勲を上げるかが昇進の肝となる。劣勢であればそんなことに拘っている余裕はないが、絶賛ユラントスク優勢の戦争だ。司令官によっては欲を見せる者もいた。

 その一人が、今監視塔にいる司令官である。

 その彼が全軍での追撃を命じ昇進を夢に見た直後。

 

「た、大変です! エルデニ軍の小隊が塔内部に侵入、こちらに真っ直ぐ向かって……!?」

 

 必死の形相で報告していた兵士が、最後まで言葉を続けられずに崩れ落ちる。

 

「貴方がこの監視塔の司令官ね。その首、討ち取らせてもらうわ」

 

 ハーヴィンの小さな身体には大きい鎚を担いだエルデニの将、ポラリスが佇んでいた。

 

「ば、バカな……」

 

 困惑する司令官を、ポラリスはあっさりと討ち取った。本隊がユラントスクの軍勢を引きつけている間に、ポラリス率いる小隊が別ルートから接近していたのだ。

 司令官を失った後の軍は脆い。加えて殲滅したと思っていた魔導部隊が五体満足で戦闘に加わるのだから、ユラントスク軍にとっては堪らない。戦局は一気に逆転し、ユラントスク兵の多くは捕虜として捕らえられるのだった。

 

 ザハ市奪還にまた一歩近づいたエルデニ軍。

 

 瞬く間と言っていい、たった数日の作戦でウーデン大橋まで戦線を押し返していた。

 

 それが誰の功績であるか、と言われれば口を揃えて“銀の軍師”と答えるだろう。無論グランとジータも一騎当千の活躍を見せてはいるが、『ジョブ』を使っていない二人など敵の絶対的暴力の化身と比べられればたった一人で戦況を覆せるとは言いづらい。……【十天を統べし者】まで使えば、戦況を覆すどころか一人で国相手に戦争ができるのだが、それは置いておいて。

 

 ともあれエルデニ内でのアルタイルの評価は鰻登り。となれば必然軽視されるのはそれまで軍師として知恵を振り絞ってきたシュラである。

 

(あっという間にウーデン大橋まで戦線を押し返してしまった……。やはり私には、知識と経験が圧倒的に足りていない。兵の動かし方も、作戦の種類も……)

 

 これまで、その時その時自らが思う最善の手を突けるように努めてきた。だがアルタイルは容易くシュラの最善を超えてくる。

 同じ土俵で優れた者がいると、自分の力不足が如実に理解できてしまう。理解させられてしまう。シュラは盛大にため息を吐いて空を仰いだ。

 

(“銀の軍師”の采配を学び、吸収し、少しでも我が糧としなければ……)

 

「私自身の……いえ、エルデニのために」

 

 未熟さを認め、しかし精進しようと決意を固めるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アヨール山脈麓の野営地に続き監視塔まで快勝を果たしたエルデニ軍の士気はかなり上がっていた。

 

 そんな兵達の様子にポラリスもほっとした表情を見せる。

 

 だがここで気を緩めるわけにはいかない。アルタイルの先導により士気が高い内に次の攻略戦へと移っていく。

 

 ウーデン大橋からではザハ市までかなり距離がある。そのため、ザハ市に辿り着く足がかりとして中間に位置するタタル軍事基地の制圧が必須となっていた。

 

 タタル軍事基地の兵力について確認し、アルタイルは素早く策を組み立てていく。

 兵士の数は二万ほど。名高い将もおらず、しかしザハ市手前の拠点となるため専守防衛に努める可能性があった。故に陽動は通用しないのだが。

 

「好都合です。むしろ、そうでなくては困ります」

 

 アルタイルはこれまで通り、淡々と告げた。

 

 彼の提案した策は、一定時間毎に包囲した部隊で基地へ攻撃を仕かけるというモノだった。それと悟らせないため、最も明るい時間帯に隙間を作るようにとも。

 本作戦の目的は、あくまで敵に休む暇を与えず、常に警戒させること。必要以上に戦闘しなくて良いという。

 

 最も明るい時間に隙間を作ることで相手にその時間は安全だと思わせる。そうすればユラントスクはその時間に兵を休ませるようになるだろう。それが隙になるのだ。

 

 加えてもう一押し、捕虜から郷土料理を聞き出すようにルリアへと指示を出すのだった。

 

 そうして昼夜問わず攻撃を開始してから三日が経過する。

 

 意図的に作り出した隙間の時間。三日でそれが刷り込まれた兵士達は上官の指示がなくとも気を緩めるようになっていた。

 基地全体でそういった雰囲気を作り出すようになったところで、アルタイルは別働隊へ伝令を飛ばすように指示を出す。

 

 アルタイルの指示した別働隊は、商人を装っていた。確実に司令官を討ち取るため、唯一潜入可能なポラリスを木箱の一つに入れてのことである。

 木箱の一部にはきちんと食料が入れてあったが、それ以外は別働隊の装備が収納されていた。もしバレれば武装のない状態で襲われてしまう。万が一に備えて唯一武装したポラリスが鎚の柄を握り外の様子に聞き耳を立てていた。

 

 しかしそんば彼女の懸念を他所に、ユラントスクは全ての荷を確認することなく彼らを通してしまう。正に、アルタイルから聞いていた通りであった。

 

 そのことに浮かれる兵士達とは逆にポラリスは薄ら寒いモノを感じることになる。

 

 荷の中身がユラントスクの郷土料理を作れるだけの材料があった、というのもあるかもしれない。なんにせよ、ユラントスクは警戒を全てエルデニに向けているのか全く商人を疑っていなかった。

 中へ案内し、もうすぐエルデニの攻撃が始まるからと言ってさっさと行ってしまう。商人に扮した彼らを置いて。

 

 鼾などが聞こえ全く機能していない軍事基地で、悠々潜入したポラリスの部隊が装備を整える。そして可及的速やかに役目を果たすため行動し始めるのだった。

 そうして充分な警戒をしていなかった司令官を討ち取り、双方共犠牲者を最小限に抑えてエルデニが勝利したのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 タタル基地を取り戻し、祝勝ムードに包まれるエルデニ軍。

 

 ささやかではあったが、基地では兵士達を労うため祝勝会が催されていた。

 

「いやー、銀の軍師様様だな! まさか、こんな短期間でタタル基地まで取り戻しちまうとは!」

「連戦連勝の軍師なんて随分大袈裟な話だと思っていたけど、これは本当かもしれないね」

「実際そうだろう。ここまで一切の敗北はなし……正に連戦連勝だ」

「“銀の軍師”が味方についている以上、ユラントスクなんざ恐れるに足らずだな!」

「よく言うよ、最初は散々胡散臭そうに見てた癖にさ」

 

 愉快に談笑する兵士達の口から聞こえてくるのは、敗色濃厚だったエルデニの状況を覆したアルタイルのことばかりであった。最初こそグランとジータの活躍が目立っていたが、作戦指揮を執るアルタイルの評価の方が上がり幅が大きいようだ。

 

「ここまでは前哨戦です。こんなところで躓いていては、ザハ市奪還には手が届きません」

 

 浮かれる兵士達とは対照的に、アルタイルはどこまでも冷静だった。

 

 ユラントスクが備蓄を補充していたからいいモノの、流通都市であるザハ市を奪還しなければ根本的解決にならない。だがザハ市はユラントスクにとってもエルデニに勝利するため必要な拠点。そう易々と明け渡す気はないだろう。

 これまでは目立った敵将がいなかったが、最悪主要な将は出張ってくる可能性が高い。

 

 これまでより厳しい戦いになることは、容易に想像できた。

 

 気を引き締める一行の下に、一本の瓶を持ったシュラが訪れる。

 

「皆様、ここにいらっしゃったのですね。こちら、ポラリス様が皆様にと。とっておきの果実水だそうです。それと、こちらは私から。乾燥させた果実で作ったお菓子です。慣れぬ戦場でお疲れでしょうから、少しでも心が安らげばと思いまして」

 

 彼女の持ってきたモノに、喜びを見せるルリア。有り難い厚意にあやかりそれらを受け取る。

 そんな彼らを見て少し表情を緩めたシュラだったが、すぐに険しく変えた。思い詰めた様子に一行が首を傾げ、ビィが声をかける。

 

「……この先に待つのはザハ市の奪還戦です。戦いは一層激しさを増すでしょう。それ故に私は……皆様にお話ししなければならないことがございます」

 

 その返答は、シュラに向き直って話を聞く体勢になるのに充分な真剣さが込められていた。

 

「それは……あなたがここにいる理由ですね?」

 

 アルタイルも話を聞かなければならないと理解して促す。

 

「それともうひとつ。おそらくはザハ市で戦っているであろう敵の将についてでございます」

 

 一つ頷くと、補足してゆっくりと語り出した。

 

「エルデニの隣国である商業国家スイ。ここが私の生まれ故郷です。私の家族には両親と、歳の離れた妹ランファがおりました。私の生まれた家は貧しく、両親に私達姉妹を育てるだけの余裕はありませんでした。そこで私は早々に奉公に出て、奉公先で勧誘を受け、スフィリアの軍人となりました。ランファもまた、スイの裕福な貴族に養女として迎えられ……やがては、スイの権力者と婚約の話まで持ち上がっていたそうです」

 

 しかし、婚約者の客人として訪れたユラントスクの将によって、事態は一変する。

 

「その男は一目でランファを見初め、手段を選びませんでした。男はランファの婚約者を殺し、ランファをユラントスクへと連れ去ったのです。国の権力者を殺されたスイは、その報復としてユラントスクに攻撃を仕かけ、二国の戦争が起こりました。私がスイに戻ったのはその直後です。私は、妹を取り戻すため、スイの軍師として戦いました」

 

 まだ比較的冷静に話していたが、そこでやや間を置いた。睫毛を伏せた様子から、また彼女が今スイではなくエルデニにいることから、なにか遭ったのだと察してしまう。

 

「ですが、拮抗し始めていた戦況の中、ランファがユラントスクの兵を率いて戦場に現れ攻撃を仕かけてきました。……ランファは、無理矢理攫われたわけではありませんでした。あの子は自らの意思でスイを裏切り、ユラントスクにつくことを選んだのです。更にランファは、元婚約者から得たスイ内部の情報をユラントスクに渡していました」

 

 そして、アルタイルへと暗い目を向ける。

 

「アルタイル様ならおわかりでしょう。内部の情報を売られた国に、最早成す術などないと」

 

 深刻な話題に、一向は押し黙って彼女の言葉を待った。

 

「……その結果、スイは国を奪われました。スイの国民達は怒りの矛先を裏切り者の姉である私へと向けるようになりました。私は拷問を受け、命からがらエルデニへと逃げ込みました。そこを偶然、ポラリス様に救助され、ポラリス様の口利きで、エルデニに仕えることとなったのです」

 

 最も凄惨だとシュラが感じている場面を語る時には、一切の感情が込められていなかった。そうでもしなければ、その時に抱いていた様々な感情が漏れ出してしまうからだろうか。

 

「私が戦う理由は、妹をこの手で断罪し、元凶たるユラントスクを討つため……。そして、それが私を救ってくださったポラリス様と陛下への恩返しにもなる。そう信じ戦っているのです」

 

 自らの戦う理由と、ここに至るまでの経緯を簡単に話し終えたところで、グラン、ジータ、ルリア、ビィはなんと声をかければ良いか思いつかなかった。

 

「事情はわかりました。シュラ……あなたがなに故にこのエルデニに戦っているのかも」

「身勝手でしょう? 私は民のためにではなく、自分のために戦っているのですから」

 

 静かに口を開いたアルタイルへ、シュラはやや自嘲気味な笑みを浮かべる。

 

「戦う理由など人それぞれです。どうあれ、今あなたは戦っている。戦場ではそれが全てだ」

「え……?」

 

 アルタイルの言葉に、シュラは目を瞬かせる。

 

「どんな理由で戦っていても、あなたは軍師です。兵の命を、軍の指揮を預かる以上、決して感情に流されてはなりません。自分の戦う理由が身勝手であると自覚があるなら、肝に命じておくことです。我々軍師は、兵の命を背負っている。軍師の判断が、策が、指示が。多くの命を生かし、殺すのですから」

 

 アルタイルも、言ってしまえば個人的な理由で参加している。創世神話に関する遺物があるザハ市を奪還し、それらを閲覧したい。最終判断を団長に任せたとはいえ、参戦を決めたきっかけはそこである。

 沈黙したシュラに対し、アルタイルは僅かに瞳を伏せて言葉を続けた。

 

「感情に呑まれた軍師によって多くの命が失われる瞬間を、私は何度も目にしてきました。私の部下であった者に、そんな愚かな者達と同じ轍を踏んで欲しくありません」

 

 どこか遠くを見つめるアルタイルの言葉を受け、シュラは自らの胸に手を当てる。

 

「そのお言葉、確とこの胸に刻みます。そして、真実を伏せていたことに心よりの謝罪を……」

 

 そう言って、彼女は深々と頭を下げた。

 顔を上げ再び前を見据えたその双眸は、強い決意の光に満ちていた。

 

「それで、シュラ……。その話からすると、ザハ市にいるであろうユラントスクの将というのは」

「はい。スイ滅亡の引き金を引き、圧倒的な力でザハ市を蹂躙せんとした男。『ロウファ』……おそらくはこの男こそが、今後の最大の障壁となるでしょう」

 

 来たる最悪の戦禍の名を聞き、グランとジータが一層気を引き締める。ロウファが最大戦力である以上、自分達が挑まなければならない相手だと悟ったのだ。

 

 何者かが足止めしているという話だが、そう簡単に行くようならエルデニはここまで追い詰められていない。

 

 そして、衝突の時はすぐ傍まで近づいてきているのだった。


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