ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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これまではイベントの流れに沿ってきましたが、ここから色々と流れが変わってきます。



あとソーンを限界超越しました。
ただ110レベにするための経験値が多くって……。今週末はスラ爆まみれですよ。


EX:三軍暴骨

 エルデニの陣地にてシュラが不安を抱き、アルタイルは念のための保険をかけていた頃。

 

 エルデニ軍がザハ市攻略の準備を進める中、ユラントスクでも軍が動き始めていた。

 

 エルデニが次々と拠点を取り返し、ザハ市奪還に向けて攻勢に出ているというのは、当然ながら聞いている。

 ユラントスクで軍師を務めるヴィータリーは、ザハ市にあるユラントスク軍本営が置かれている建物の一室へ向かっていた。

 

 ザハ市は奪った……と言っていいのだが。残念なことに今も轟音が街中へ響き渡っている。それはたった一人で暴虐の化身である自軍の将と渡り合っている謎の男が理由だ。ロウファの前に立ち塞がり、彼をこれ以上侵攻させまいと足止めに徹している。まぁ、元々重要拠点であるザハ市を防衛するために置いておこうとは思っていたので、構わないと言っても問題ない。

 

 ただおかげでザハ市中心部の使いやすい建物は奪えず、端の方に本営を敷かなければならない事態となった。

 それがとある人物の癇癪を買っているので、それ自体がエルデニにとっていいことなのかは微妙なところだ。

 

 ヴィータリーが向かっているのは、そんな人物のところである。向かう先から絶え間なく悲鳴が上がっている一室だ。

 

「最近、殿下は随分と荒れていますねぇ」

「なんだ、ヴィータリーか」

 

 そこにいたのは、捕えたエルデニの捕虜を八つ当たりで殺している、一人の青年であった。

 彼こそユラントスクの王子、エリクである。性格は残忍にしてプライドが高く捕虜を同じ人間として見ていない。言ってしまえば幼稚なのであった。故に扱いやすい、というのがヴィータリーの正直な感想だ。

 

「当たり前だろ? ロウファがずっと足止めされてるんだぞ!? それがエルデニに希望を持たせる理由になってるんだから」

 

 同感である。ただエリクはどちらかというとロウファが足止めを食らっていることに苛立っているようだ。

 エリクは強さというモノを重視する。故に圧倒的に強さを誇るロウファのことを気に入っていた。ヴィータリーには意見するなと横柄に接するが、ロウファの言うことは聞くことがあるのだ。つまり、扱いやすいエリクが自分の思うように動いてくれないことがある。

 

「最近エルデニが盛り返しているのは、なんでも“銀の軍師”が采配を振るっているからだそうですよ」

「? ……なに、そいつ」

「ファータ・グランデでは知らぬ者がいないほどの策士ですよ。どういう交渉をしたのか、エルデニについているようですね」

 

 軍師ならば誰もが知っている名前を知らないことが、エリクが勤勉でないことを示している。強さにしか興味がないのだ。

 それでもプライドが高く負けることを嫌う故に、当然の帰結へ至る。

 

「邪魔だね、そいつ。殺そうか」

「ええ、ええ! 殿下には仮初めの勝利に酔うエルデニ軍を蹂躙していただきたいのです!」

 

 ぽつりと呟いた提案に、ヴィータリーは心からの喜びを示して告げる。ヴィータリーの告げた言葉を頭の中で反芻し映像として思い浮かべた。

 このままユラントスクに勝てる! と調子に乗って攻めてきたエルデニ軍を蹂躙して勝利への希望をへし折る。その時のエルデニ兵士達の顔ったらないだろう。

 

 夢想して、不機嫌から一気に上機嫌に表情を切り替えるエリクに、ヴィータリーは内心でほくそ笑んだ。

 

「では次の戦では、殿下には前線で活躍していただきましょう。そろそろ、殿下も身体が疼いてきたのではありませんか?」

「当たり前じゃないか! まだ碌に斬り合いもしてないんだぞ!」

「次は、ご存分に」

 

 恭しく頭を下げるヴィータリーに、エリクは笑みを深める。ヴィータリーもエリクに見えない位置で笑っていた。

 

「……」

 

 そんな二人の会話を盗み聞きしていた、華奢な女性は静かにその場を離れるのだった。もう一人の将軍にこの事実を伝えるために。

 

 彼女が本営から出て将軍の下に向かうと、道中通りがかりの男が無意識の内に視線を吸い寄せられていった。女性は華奢であるものの、魔性の色香とでも言うべき魅力が備わっている。だが誰も彼女に声をかけることはない。声をかけたらどんな目に遭うか知っているからだ。

 以前酔っ払った兵士が彼女に声をかけて、文字通り捻り潰されたのは有名な話だ。それ以来間違っても彼女と仲良くなろうとする者はいなかった。ただ彼女はそれをむしろ心地良いとすら感じている。自分が誰よりもあの人に想われていることがわかるからだ。

 

 彼女の行く先は、ザハ市の中心部。激しい轟音が響く()()()だ。

 

 近づくほどに大気の震えが大きく伝わってくる。激しすぎる戦いのせいで、攻撃の余波のみでヒビの入った建物が見受けられた。舗装されていたはずの道も、今や天変地異にでも遭ったかのような有り様である。

 地面は抉れ、陥没し、建物は崩壊して瓦礫の山と化す。

 

 そんな爆心地では、二人の男が激突していた。

 

 片や、ドラフと見間違うほどの大男。黒髪に黒と赤の衣装を纏った武人であるロウファ。ヒューマンであるはずだが盛り上がった筋肉がただヒューマンでないことを証明していた。豪快に振るった斧の威力は当たっていない地面の表面が剥がれるほどの破壊力を持っている。

 片や、ローブで素顔を隠しなぜか素顔が認識できないようになっている黒髪の少年。ロウファと比べれば体格差は一目瞭然、斧の一撃を受けることなどできないと思われたが、豪快な一撃に対して拳をぶつけ、相殺させる。実際に拳をぶつけているわけではないのか僅かに隙間があったが、ドン! という重い音が響いて衝撃を周囲に撒き散らした。

 

 女性は余波に眉を寄せて手を翳し、足を止める。これ以上近づいたら余波を受けて死ぬと本能で悟っていた。というか一度死にかけたのだが。

 

 あれは一番最初、ザハ市の防衛をしていた兵士達にロウファが襲いかかった時のこと。突如割り込んできた少年が一撃を受け止め、兵士に撤退を促した。それがなければもう数千エルデニ軍は減っていただろう。

 ロウファは今までにいなかった強者の到来に驚きつつも我が道を阻む者は蹴散らす、とばかりに猛攻を開始した。しかしそれら全てを凌ぎ切り、エルデニ軍の撤退を許してしまう。結果、ロウファが責められる……ことはなかった。両者の戦闘を少しでも目の当たりにすれば、他者が入り込む余地などないということが理解できたからだ。ロウファをあまり良く思っていないヴィータリーも、流石に茶々を入れることはなかった。

 

 ともあれ、そんな激しい戦闘を三日三晩繰り広げたロウファを心配して、彼女は死地に飛び込んだ。余波で危うく死にかけたが、我に返ったロウファは一旦戦闘をやめ、休息することになる。休まずに戦い続けていたらどうなっていたかわからない、という恐れからの行動であったが、今はそれで良かったと思っている。

 

 エルデニ軍兵士ではない敵のローブ男についてわかっていることは、以下の通り。

 

 曰く、『俺の役目はあんた(ロウファ)を足止めすることだ』。

 だからロウファ以外には極力手を出さない。こちらから手を出した場合は容赦なく殺されることもわかっていた。

 足止めができれば戦闘でなくともいいらしいが、戦闘しか行っていない。

 

 ロウファが夜休んでいる間も眠っていない。これは兵士に見張らせているため間違いなかった。

 また食事も摂っていない。これも四六時中誰かが見張っているため間違いない。

 

 ……ロウファが休憩を取りながら戦っているのに対して相手は休憩を取っていない。はずなのだが今も互角以上に戦っている。

 

 それが意味するところは、相手がロウファより強いということである。信じ難いことだが、ロウファは朝から晩まで戦い続ける毎日を送っているため、恐るべきことに日々更に強くなっている。互角に戦える相手と連日戦い続ける日々。それは確実にロウファの力量を上げていた。

 だがそれでも、ロウファが彼に勝ったことはない。

 

 もし相手が「足止め」ではなく「侵攻」を目的としていたら……。相手がロウファを下すつもりがあったなら。ザハ市はユラントスクのモノではなかったかもしれない。

 誰かの評価ではなく、実際に戦っているロウファが口にした言葉である。

 

「……ランファか」

 

 しばらく続いていた戦闘が止まる。相手は常に迎撃の姿勢を取っているため、ロウファが動きを止めれば戦いは止まるのだ。

 彼は肩越しに華奢な女性・ランファを振り返る。その後ちらりとフードへ目を向けると、その前から追い払うような仕草で手を動かしていた。さっさと行け、という意味だろう。

 

 ロウファが背を向けないように後退るのに対し、少年は背を向けて定位置となっている瓦礫の上に腰かけた。それを見てロウファも踵を返しランファに歩み寄る。

 

「なにかあったか?」

「実は……」

 

 二人が戦っていた場所は余波で抉れて陥没していた。そのため、近づいてくるロウファの頭が徐々に上がっていく。上がり切る前に、ランファが手で口元を隠して背伸びをすると、合わせてロウファも屈み込み耳を向ける。

 そこでヴィータリーがエリクを煽り、前線に配置しようとしていたことを伝えた。

 

「……はぁ。ヴィータリーはなにを考えている。殿下にもしものことがあれば、責任を取るのは我々だぞ」

 

 若干眉を顰めた様子から、呆れと苛立ちを見て取ったランファはしかし、副官として冷静に尋ねる。

 

「如何なさいますか?」

「俺が二人と話をしよう。殿下が前線に配置されては俺も動きにくい」

 

 言って歩き出したロウファに、寄り添うようにランファもついていく。フードの男は背を向けた二人を狙うようなことはせず、ただじっと座って戦争の行く末を見据えるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アルタイルがエルデニの陣地で準備をしている最中のことだった。

 

「た、大変です! アルタイル様!」

 

 彼の下に一人の兵士が慌ただしく参上する。

 

「なんです? 朝から騒々しい」

 

 少し苦言を呈するような彼の様子を、しかし兵士は一刻も早く伝えなければという責任感で無視した。

 

「ザハ市へ斥候に出ていた兵士達が重傷で戻ってきました! ユラントスク軍に見つかって戦闘になり、数人が捕らえられたようです!」

 

 兵士が持ってきた報告に、さしものアルタイルも表情を変える。早速兵士達が連れられた医務室へ向かうと、ベッドの傍にはポラリスの姿があった。

 

「今眠ったところよ。話なら私が聞いておいたから、そっとしてあげて欲しいのだわ」

「わかりました。報告をお願いします」

 

 アルタイルは医務室から離れて、ポラリスから状況の報告を受ける。

 

 ユラントスク軍はザハ市の手前に陣を敷いており、決戦はザハ市周辺に広がるヌフ平原が舞台になると予想された。民間人を巻き込むわけにはいかないため、ザハ市を戦場にすることはできない。

 

「やむを得ませんね。我々もすぐに出陣しましょう。こちらの情報が漏れてしまっていた場合、動かずにいることはなによりの下策です。囚われた斥候を救い出すにしても、兎に角今は進むしかありません」

 

 いつになく切迫した様子で、アルタイルは兵士達へ急ぎ伝達する。程なくして整列した兵達の前で、アルタイルは今回の戦闘について話す。

 

「――この出陣はあくまで威力偵察に留めます。情報の収集が優先です。各自、戦闘が発生したら、最低限の応戦の後、すぐに撤退するようにしてください」

「「「はっ!」」」

 

 改めて指示を出し、エルデニ軍はヌフ平原を進み始めた。

 

 索敵しながら突き進む中、空を飛べるビィが上空から前方を確認するようにしていた。そこで進路上に妙なモノが見え、降りてくる。

 

「なぁなぁ、ザハ市の方から誰か来るぜ。一人でこっちに歩いてきてるんだけどよぅ……」

「一人で……? その人物の詳細はわかりますか?」

「でっかいおっさんだぜ! 多分ドラフの……あ、いや、角がないからドラフじゃねーか……」

 

 ビィの言葉を聞いて考え込んだアルタイルは、ドラフ男性を見間違うほどの大男と聞いて、一人の人物に思い至った。

 

「全隊停止!! すぐに迎撃態勢を――」

 

 最悪の事態を予感して声を張り上げたが、僅かに手遅れだった。

 

「おおおおっ!!」

 

 獣のような咆哮の後、エルデニ軍前線を衝撃と破壊音が襲う。ビィが見た、ドラフ男性と見間違う大男とはユラントスクの将軍、ロウファであった。

 ロウファの放った一撃は大きく地面を抉り数十名の兵士達を再起不能にする。

 

 その一撃が、彼がザハ市を奪った張本人であると示した。エルデニ軍に動揺が広がり、しかし“銀の軍師”がついているからと勇んだ兵士が突っ込んでいく。アルタイルの静止も虚しく、ロウファの一撃が掠っただけで胴が真っ二つに分かたれ物言わぬ骸と化した。

 

「脆い。所詮はこんなモノか」

「ひっ……」

 

 つまらなさそうなロウファと、完全に怯え切り彼の強さに呑まれた兵士達。

 

「……全軍撤退!!」

 

 アルタイルは兵士達の様子を見て戦える状態ではないと判断し、即座に撤退の指示を出した。

 

「陣形は放棄して構いません! タタル基地まで生きて戻るのです!」

 

 逃げてもいいと指示され、エルデニ軍は蜘蛛の子を散らすように逃げ出す。しかし撤退も敵の読み通りであり、その先にはランファの部隊が挟撃のため待ち構えていた。

 

「まだ迂回できます! そちらへ撤退を――ッ!?」

 

 ランファは完全に退路を塞ぐ形ではなかったため、迂回しようと指示を出す。だがその先にもユラントスク軍が待ち伏せしていた。

 

「やっと斬り合いができる。さぁ、蹂躙の時間だ」

 

 ヴィータリーに唆されたエリク率いる部隊が、完全に退路を塞いでいたのだ。かなり人数を多めにしており、逃がす気など毛頭ないことを示していた。

 

 前も後ろも封じられ、エルデニ軍にとっては絶望的な状況だ。

 

「……団長殿。ロウファの足止めをお願いできますか?」

 

 アルタイルは撤退を進めるために、まずグランとジータへ頼み込む。小声で機を見て撤退するようにとつけ加えて。

 

「ほう? その子供達が俺の相手をすると言うのか?」

 

 ロウファは少し怪訝そうだったが、侮りはしなかった。

 

「……いいだろう。かかってこい」

 

 ロウファは一切の油断なく斧を構える。その巨体から放たれる闘気が空気をヒリつかせた。

 

「おおっ!」

 

 そして巨体を持ち前の脚力で発進させ、斧を地面に叩きつける。ジータは咄嗟に後ろへ跳び、グランは一撃目で見ていた範囲ギリギリまで下がった。

 斧を叩きつけられた地面が爆散する。爆薬などはなく、ただの膂力でこれかと戦慄する中グランは勇猛にも浮いた破片を足場にしたロウファへと接近した。

 

「うおぉ!」

 

 接近して大きく振り被った剣を叩きつける。だが、

 

「軽いな」

 

 容易く斧で受け止められてしまった。軽く弾かれ体勢を崩された後、ロウファは落下するグラン目がけて斧を振り被る。直撃したら死ぬ。グランの全身を駆け巡った悪寒がそう告げていた。

 

「【スパル――ッ!!」

「遅い!」

 

 『ジョブ』を解禁して防御する前に、ロウファの一撃が入った。間一髪刃を挟んだが、膂力の差は大きく弾丸のように吹っ飛ばされていく。

 

「グラン!!」

 

 ビィが心配そうな声を上げるが、グランはなんとか原型を留めていた。並みの兵士であれば死んでいただろう。

 

「次はお前か」

「【スパルタ】! ファランクス!!」

 

 ロウファがジータへ目を向けた直後、ジータは『ジョブ』なしでは足止めすらできないと理解して早々に【スパルタ】を使用。衣装を変えてロウファを迎え撃つ。

 

 だが、それでは足りない。

 

「あの男と同じ力か。だが足りんな」

「……えっ?」

 

 直前に呟いた言葉の意味を考える前に、ロウファが渾身の力でファランクスの障壁へと斧を振り下ろした。

 

 パキィ……ン!

 

「そ、んな……!」

 

 『ジョブ』の中でも【スパルタ】のファランクスは一番の防御力を誇る。だが、それすらロウファを止める要因になり得ない。

 

「嘘だろ……!?」

 

 近くで見ていたビィも驚愕していた。その声に反応してか、ロウファはビィに狙いをつける。

 

「ッ……!!」

 

 ジータはClassⅣすら破られてしまった事実と、先程のロウファの言葉を思い返す。そして、結論を出した。

 

「【十天を統べし者】!!!」

 

 目の前の強敵には、全力全開で応じなければならないと。

 

 ジータの判断は正しかったと言えるだろう。事実、ビィとロウファの間に間一髪割り込んで斧の一撃を受け止めていた。その手には、【十天を統べし者】を使っている時にしか使えない特殊な剣が握られている。身の丈ほどもある長剣だ。暗い紫に青が埋め込まれたようなデザインをしている。

 【十天を統べし者】が十天衆を統べるに相応しい能力を備えているとするならば、その『ジョブ』で使える剣は十本の天星器を統べるに相応しい性能を誇っていて当然だ。

 

 二本の武器が衝突した瞬間、辺り一帯が衝撃波だけで爆ぜた。平原の草むらは消し飛び、剥き出しの地面が一段下がる。攻撃を直接受けなかったビィも、衝撃波によって大きく後方に吹き飛ばされてしまっていた。

 

 ……この人、強い!

 

 ジータは斧の一撃を全力で受けたところで、ロウファの強さを再認識する。【十天を統べし者】を使っても、圧倒し切れるとは断言できなかった。負けるとは思わないが、ClassⅣでも対抗できないほどの強さを持っているのは確かなのだ。

 

「俺の一撃を受け止めるか」

 

 ロウファは自分が異質なほどに強いという自覚があるからこそ、この短い期間で自分と真っ向から戦える者に続けて出会ったというのは珍しい。エルデニではそれこそ王国最強と言われるザウラくらいのモノだろうと思っていたのだが。

 

「ここは通さない」

 

 強い意志の込められた少女の瞳に、間違いなくここ数日戦っていた少年と同等、いやそれ以上の力を感じ取っていた。

 ジータがロウファを素通りさせるはずもなく、ロウファも今は退く気がない。それでは作戦が成立しないからだ。そういう戦局面での理屈を抜きにしても、彼は立ちはだかる者に容赦する気はなかった。

 

 つまり、全力でぶつかり合うしかない。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉぉぉッ!!!」

「はああああぁぁぁぁぁぁぁッ!!!」

 

 これが一行が来てから最初のロウファとの激突。後にヌフ平原の一部地形を破壊した戦いの始まりであった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 一方、ロウファから逃げ出したエルデニ軍。退路をランファの部隊とエリクの部隊に塞がられ、陣形を崩して逃げるところだったため成す術もなく立ち往生してしまっていた。

 

「こちらの部隊の方が規模が小さいようです! こちらの部隊を突破しましょう!」

 

 シュラは撤退する軍の指揮を執っている。アルタイルに諭されたように絶望感を出さないよう必死に抑えていたが、このままでは全滅もあり得ると感じていた。なんとか活路を見出したいが、ロウファの出現と挟撃に兵士達の心が折れてしまっている。

 このままではどうすることもできないか、と半ば諦めかけたその時だった。

 

「ぬおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 聞き覚えのある、しかし本来聞こえるはずのない雄叫びが耳に入ってくる。はっとして声の聞こえた方角を見てみると、エリクの部隊へと突っ込んでいくドラフの男が見えた。

 

「ザウラ様!?」

 

 エルデニ最強と言っても過言ではない、唯一ロウファに対抗し得る将・ザウラ。彼率いる精鋭部隊がエリクの部隊後方から突っ込んできていたのだ。撤退するエルデニ軍を挟み込んで蹂躙するだけの簡単な役割、と高を括っていたエリクの部隊はてんやわんやである。

 

「クソッ! エルデニを蹂躙するだけだって言ってたじゃないか!」

 

 エリクは何人か斬り殺して浸っていたところに水を差され、苛立ちを露わに吐き捨てた。

 

「ユラントスクの王子、エリク!! この場で討ち取ってくれる!!」

 

 ザウラの勢いは留まるところを知らなかった。先陣を切ってユラントスク軍に突っ込む彼は、兵士達を容易く薙ぎ払って一直線にエリクへと迫っている。

 並みの兵士なら逃げ出すところだが、王国最強と戦えるという事実にむしろ指揮を放棄して迎え撃つ構えを取るのだった。

 

「突き進め!! 我が軍の退路を開く!!」

 

 更には、エルーンの男性が部隊の指揮を執っている。

 

「レオニス陛下!? なぜここに!?」

 

 彼こそ、エルデニを治める国王である。王が前線に立つなど……と思う部分もあるが、王になる前は自ら前線に立ち奮っていた。実際、今もエルデニ国王を討たんと襲いかかってきたユラントスクの兵を一刀の下切り伏せている。

 

「シュラ!! こちらは我々が対処する! お前はもう一方を撤退に追い込め!!」

「はっ!」

 

 今は疑問を置いておき、エルデニ軍が少しでも多く生き残るために動くべきと思考を切り替えた。

 

「シュラさん! 僕もこっちを手伝います」

「グラン様、しかしロウファの方は……」

「ジータが一人で抑えています。全力戦闘をしているので、正直合流しない方がいいですね。……あと残念ですが、怪我を負った自分ではアレに入るのは難しいかと」

 

 シュラの下へ、グランが駆け寄ってくる。ユラントスクの最大戦力であるロウファと戦うべきではないかと思ったが、グランは苦笑して後方を見やった。その視線を追って、彼女は納得する。

 

 おそらくジータがロウファと戦っている地点で、特大の粉塵が上がっていた。かと思うと粉塵が消し飛ばされ、地面の破片が巻き上げられる。およそ人の戦闘ではなかった。

 

「……では、あちらに加勢していただけますか?」

「わかりました」

 

 グランの加勢により、崩れそうだった前線が持ち直す。彼は前線で兵士を薙ぎ倒しつつ、言葉でも味方を鼓舞していた。グランの活躍もあって、ランファの部隊はなんとか退けられそうだ。

 

 ――少し時は遡って、ザウラとエリク。

 

 ザウラはなんとか王子の下へ辿り着かせまいとするユラントスク兵を薙ぎ払い、エリクと対峙する。

 

「ぬぅうん!!」

「ッ……!」

 

 ザウラの振るった薙刀とエリクの剣が衝突し、エリクが身体ごと大きく弾かれてしまう。ビリビリと痺れる手と残った重い感触が、正面から撃ち合うのは避けた方がいいと訴えてきた。

 

「クソッ!」

「戦闘中に余所見とは余裕だな!」

 

 一旦距離を取りたくて、視線を横に走らせた。それを隙と捉えて迫るザウラの刃は、直前で引っ張られたユラントスク兵へと突き刺さる。

 

「ぎゃあああぁぁぁぁぁ!!!」

「っ、外道が! 自国民を盾にするか!!」

 

 ザウラが激昂した息絶えた兵士を退かすと、そのタイミングでエリクが飛び出してきた。だがエリクとザウラでは戦闘経験が圧倒的に違う。この程度のことで致命的な隙は作らなかった。

 

「甘いわ!!」

 

 薙刀を回転させて剣を下から跳ね上げると、その間に力を溜めて渾身の力で横薙ぎにする。

 

「ぐっ、ぎゃああああぁぁぁぁぁ!!?」

 

 剣を持っていた方の腕が切り飛ばされ、エリクが絶叫する。

 

「僕の、僕の腕が!? クソッ!! 誰か止めろよ!?」」

 

 初めての実戦でこれまでにない大怪我を負ったエリクは敵前であることにも構わず尻餅を突いて血を噴き出す右腕を押さえた。ザウラはそれを冷たく見下ろし薙刀を振り上げる。窮地だというのに兵士を盾にしたせいか一歩離れていた兵士達は助けに入ろうとしなかった。エリクの全身を死の悪寒が駆け巡って顔を上げれば刃が振り下ろされる直前だ。ひっ、と喉をヒクつかせるエリク。助ける者は誰もいないかに思われたが。

 

「おおおおおぉぉぉぉぉぉ!!!」

 

 雄叫びと共に割って入った影があった。その人物はザウラと並び立つほど大きく、全身に傷を負って血を流している。

 

「ロウファッ!!」

「ッ……!! 噂に違わぬ怪力……!!」

 

 エリクとザウラが登場した彼にそれぞれの反応を見せる。

 

「殿下、撤退を。ヴィータリーから連絡がありました」

「なんでだよ!? あいつはこの僕を傷つけたんだぞ!?」

「腕を治せる見込みはあるようです。それに――俺の足止めをしていた者の洗脳に成功したようですので。どちらにしても次で終わりましょう」

「ッ……! わかったよ、クソッ」

 

 ロウファの登場で我に返った兵士達が、エリクの腕を縛って応急処置を施していった。

 

「それを聞いて、このまま行かせると思うのか?」

「勢いで誤魔化しているようだが、このまま戦って苦しくなるのはそちらだろう」

 

 ザウラが威圧するも、同格以上であるロウファには通用しない。なによりザウラ達の加勢で勢いを取り戻してはいたが、エルデニ軍の心は折れる寸前、規模もユラントスクの方が多い。もしこのまま戦ってザウラがロウファに敗れでもしたら、完全に戦意を失くしてしまう。

 今は兵士達を休ませることが先決だった。

 

「ロウファッ!!」

 

 ユラントスク軍が撤退に動き始める中、レオニスが彼を呼び止めた。その瞳には激しい怒りが渦巻いている。

 

「エルデニの王、レオニスか……」

「答えろ、貴様なぜ父上を……前王を殺した!!」

「……」

 

 レオニスの問いに、ロウファは少し逡巡しているようだったが答えず立ち去るのだった。もう一度強く呼びかけるが、振り向くことはない。それなら挑んで……と勇むレオニスを、合流していたアルタイルが制止した。

 

「レオニス陛下。ここは退きましょう」

「だが……!」

「兵は皆疲弊しております。あなたが動けば我々も動かざるを得ない……。エルデニの王は民を想わぬ自分勝手な王であると示すのですか?」

「っ……」

 

 アルタイルの必要以上に冷たい言葉に、レオニスは唇を噛んで悔しさを押し殺した。

 

「――撤退だ。タタル基地まで戻るぞ。負傷者には手を貸してやれ」

 

 なによりも優先させる国王の言葉に、エルデニ軍は撤退していく。

 

「ジータ!?」

 

 そんな中、ロウファの足止めをしていたはずのジータが、左肩から血を流してフラフラと合流した。グランはその有様に驚き、ビィは心配そうに彼女の周りをうろちょろと飛んでいる。

 

「……ごめん、しくじっちゃった」

「今回復する。……【十天を統べし者】でも敵わなかったの?」

 

 グランは慌てて駆け寄って魔法で回復を試みる。そしてロウファの強さを確認するために尋ねて、ジータが首を横に振るのが見えた。

 

「ううん。ちょっと、動揺しちゃって。それまでは無傷だったんだけど」

「動揺? なにか言われたの?」

「……」

 

 ロウファと戦って途中まで無傷だったジータを褒めるべきか、それとも【十天を統べし者】のジータと戦っていて重傷を負っていないロウファを称えるべきか非常に悩むところではあったが。

 グランが尋ねると、ジータは言いにくそうに視線を逸らした。代わりに話が聞こえていたビィが答える。

 

「……あいつの足止めをしてたっていうローブのヤツがいるって話だっただろ?」

「? うん。……さっき、ロウファの口から洗脳できたって聞いたけど」

「それがよぅ、ジータが【スパルタ】使った時に、あいつ『あの男と同じ力か』って」

「っ!!?」

 

 ビィの説明で、ようやくジータがなぜ動揺したのかを悟った。

 【スパルタ】――つまり『ジョブ』の力を持っているのは、グランとジータ、彼らの父親。そして二人の最大のライバルと、その父親しか確認されていない。

 父親側の二人は所在不明につき考慮しない、となればローブ男の正体は確定する。

 

「で、でもダナンがそう簡単に洗脳されると思う?」

 

 グランにも動揺はあったが、すぐに考え直す。

 二人にとってダナンとは、「どれだけ頑張っても突き放せない得体の知れない存在」であると言っていい。なぜか自分達と同じ『ジョブ』の力を持っていて、二人の旅路で事ある毎に遭遇した。時には敵として、時には共闘相手として、時にはそれぞれの敵と戦って。今や最大のライバルである。

 故にか、二人共が「ダナンを倒すなら自分達しかいない」という認識があった。それに洗脳という搦め手において、ダナンが誰かに上回られることなど想像できない。

 

「それはそうだけど……あの人が言うには、ユラントスクの軍師のヴィータリーっていう人が倒す算段をつけたから自由に動けるようになったんだって。エルデニの兵士に爆発する術を仕込んで襲わせる、とかなんとか」

「卑怯なヤツだぜ! でも、あいつがそういうので負けるって思えねーんだよな」

 

 ビィは憤慨してから首を傾げる。グランも同じ気持ちだったので、二人のダナンに対する印象が窺えるというモノだった。

 

「……ジータ。どっちにしても、次からは覚悟しておかないと。敵に回るなら――僕達にしか相手できないよ」

「……うん、わかってる」

 

 グランの言葉に頷いて顔を上げたジータの目には、確かな意志が宿っているのだった。


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