ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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分岐入りましたー。


EX:慷慨憤激

 エルデニ軍との交戦後、ロウファはユラントスクの首都に召還されていた。

 

 年老いた国王と、政治を支える文官達が並ぶ前に、ロウファは佇んでいる。

 

「先程の戦、エルデニ国王のレオニスがいたそうだな。なぜ仕留めなかった」

 

 王から苦言を呈される。この光景は、いつものことだった。ロウファが戦で挙げた功績は凄まじいの一言に尽きる。だが彼の出自など様々な理由を見つけてはロウファを忌まわしいモノとして扱っていた。

 

「……レオニス王とは浅からぬ因縁があり、あの場でその因縁に決着をつけるかどうか、少し逡巡しました。なによりあの場には“エルデニの英雄”ザウラと、エルデニの援軍がおり、そう簡単には殺せなかったでしょう」

「言い訳は良い。……全く、貴様のせいでエリクが片腕を失ってしまったではないか。ヴィータリーがローブの男を支配下に置かなければどうなっていたことか」

「……」

 

 ザウラに切り落とされたエリクの右腕は、ローブ男によって治療されて元通りになっている。繋ぎ合わせるだとか再生させるとかではなく、再構築という表現が似合う現象ではあったが。

 ともあれ、そのエリクが腕を斬られるような事態に陥ったのは、エリクに対してローブ男を始末する作戦を行うための時間稼ぎが主な役割だったと伝えなかったヴィータリーのせいでもある。挟撃してエルデニを蹂躙するだけ、斬り合いにはならないかもしれないがエリクの優越感を満たすには充分だったはずだ。結果としてエリクは腕を切断されてしまったのだが。

 というか、エリクがザウラと正面から戦いに行ったのも悪い。そこまでロウファの責任とするのは如何なモノか、と思いたい気持ちはあった。

 

「貴様にはエルデニの侵攻を一任している。今回はヴィータリーから『犠牲に見合うだけの成果があった』と打診があったため不問とするが、次はないぞ」

「御意に」

 

 王の言葉に反論をしても意味がない、無駄な労力を使うだけだとロウファは学んでいた。苛立ちはするが己の目的のために呑み込む。

 

「やはり奴隷の出で戦事は難しいか」

「粗野粗暴な暴力なら兎も角、戦術には心得がないのであろう」

 

 王にも聞こえる声量で、隠す気もない悪口が文官達の口から次々に出てくるが、それらも全て無視した。

 

 王から行って良いと許しを貰って退出したロウファは、自室でランファに迎えられる。

 

 その後ユラントスクの王は、一人になったところでヴィータリーを呼んだ。

 

「はい、ここに」

 

 どこからともなく現れたヴィータリーは、顔や手、身体含めて右半分を包帯で痛々しく覆った姿だった。

 

「手酷くやられたようだな」

「ええ、それはもう」

 

 王はヴィータリーの有様を笑う。ヴィータリーも笑みを返していた。彼は軍師であると同時に、王の腹心であるのだ。

 

「折角ローブの男の洗脳に成功したのだろう? ならその男の力でエリクのように治させればいい」

「私の至らぬところですが、流石にまだ生きたまま人を洗脳するのは難易度が高く。『治す』や『治療する』など同じ類いの命令を一度しか行えない状態のようです。……それに、治せたとしてもこのままにしておくつもりでしたよ。戒めとして、ですが」

「そうか、完全とまではいかないか。だが洗脳はできたのだろう? エルデニを攻め落とすのに、使えるか?」

「ええ、ご心配なく。エルデニに与する者を殺すように命令しておりますので、戦場に出せばいくらでも使えます」

「そうか」

 

 ヴィータリーの報告に、王はくつくつと身体を揺らして笑った。

 

「それで、ランファはどうだ?」

「相変わらずの様子ですね。ロウファにべったりです」

 

 ヴィータリーが正直に告げると王は顔を顰める。このユラントスク王、ランファにご執心なのである。そもそも、ランファがスイの婚約者の下へ行った時なぜユラントスクの将が護衛についていたか。それは王がランファを見初めていたため、機会を窺っていたからだ。あわよくば奪えないかと画策していたのだが、ロファが強引に奪って自分の傍に置いてしまった。

 残念ながら力尽くで奪えるほど、ロウファは容易くない。取り繕わずに言ってしまえばロウファの強さは手に余るのだった。

 

「……陛下。実はロウファをランファから引き剥がす、いい方法がございまして……」

「ほう? ヴィータリーよ、やはり余のことをよくわかっているな」

 

 腹心の提案に頬を緩めた王は、ヴィータリーの策に耳を傾ける。……その企みが、自らの終焉に向かっているとも知らずに。

 

 そんな身内の暗躍を知らず、ロウファはランファと共に眠っていた。目を開ければランファの顔がある。その寝顔を愛おしく見下ろして、過去に思いを馳せていた。

 

 ランファはスイの権力者に婚約させられようとしていた。そのことが、売られていったロウファの妹の境遇と似ていたのだ。だから衝動的に、彼女を攫ってしまった。

 妹の面影があることから攫い、傍に置いただけだったのだが。今ではそれ以上の存在になりつつある。

 

 彼女が傍にいるという事実を確かめれば確かめるほどに、己の目的を果たすためエルデニに勝利しなければという思いを強くしていくのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

  タタル基地まで撤退したエルデニ軍。

 

 生きて戻ってきた者の方が多いが、その表情は沈痛そのモノだった。

 

「撤退は完了しましたが、ユラントスクの追撃を……レオニス陛下はどちらへ?」

 

 心を持ち直させる必要はあったが、先に現状必要なことを指示していくアルタイル。色々と手配を行ってからシュラへ追撃を警戒、もし逃げ遅れている者がいるなら連れて戻るように頼もうかと思っていたのだが。基地内にレオニスの姿がないことに気づいて尋ねた。

 

「レオニス陛下でしたら、ザウラ様や他の方々と共にユラントスクからの追撃がないか巡回していますよ」

「……。行動が早いことはいいことですが、国王自らとは」

 

 アルタイルが指示しようとしていたことまんまだったため、そのこと自体は有り難いと思う。ただそれを行っているのが国王とその側近であるというのがなんとも言い難い感情を残していた。

 

「陛下は王になる以前、前線に立って自らその剣を振るっていたようですから」

 

 答えたシュラも気持ちはわかるのか、嘆息するアルタイルに苦笑するのだった。

 

「陛下が戻ったら、休息後本営に集まるよう伝言をお願いします。今後について、話し合わなければなりません」

「はい」

 

 アルタイルからは敗北必至の悲壮感など伝わってこない。しかしどうやってこの状況を覆すのか、やはりシュラにはわからないのだった。

 ともあれ、レオニスとザウラが戻ってきて、ジータも治療を終えたところで集まって情報の確認と今後の方針について話し合う。

 

「まず、レオニス陛下。あなたとロウファとの因縁について、お話し願えますか?」

 

 アルタイルは作戦の前に、レオニスへとそう尋ねた。あるいは、今後の方針にも関わってくるロウファの人柄を知りたかったのかもしれない。

 

 レオニスは、特にアルタイルとグラン、ジータ達に向けて語り出す。

 

 ロウファは孤児であったが、レオニスの父、前王カノプスが拾って義兄弟として育ててきた。身分の違いによる差別などを厭う前王が率先して行動した結果だ。しかし王国内では受け入れられず、厭われてきていた。

 そんなある日のこと、冷戦状態だったユラントスクがエルデニに先制攻撃を仕かけてくる。

 前王カノプスは戦争を嫌い、ユラントスクとの和平にこぎつけた。だがその矢先、ロウファがカノプスを暗殺してユラントスクに寝返ったのだ。

 

「……なるほど。ロウファという人物は、恩義などよりも己の利を優先するようですね。となると……ユラントスクも扱い切れていない可能性が高い。もし彼の利を害するような真似をユラントスクが行えば――」

「ユラントスクを裏切る可能性がある、と?」

 

 アルタイルの感想に、シュラが尋ねる。

 

「今はあくまで仮説の段階ですが。なにより、戦争を有利に運んでいる将軍を害するなど愚策中の愚策でしょう。己の利のために離反するかもしれないともなれば当然です。なので、私達はやはりあの者を退ける手立てを考えなければなりません」

 

 アルタイルの言葉に、皆が押し黙った。ロウファの強さは誰よりもエルデニの者達が知っている。グランとジータも、実際に対峙してみて一筋縄ではいかないことを知った。

 そんな中レオニスが因縁ある自分に任せて欲しいと発言したが、アルタイルは個人の感情よりも王としての立場を守るべきだと諭すのだった。

 

「ではまず、ロウファに対抗する手段ですが。実際に手合わせをして如何でしたか、ザウラ殿」

 

 皆が押し黙っても、アルタイルは淡々と策を打ち立てていく。

 

「一騎討ちであれば必ずや……と言いたいところですが、おそらく良くて相討ちでしょう」

「ザウラでもか!」

 

 “エルデニの英雄”と称され、エルデニ国内では唯一ロウファに対抗できる可能性があると目されていたザウラが、正直な感想を零した。一般の兵士が聞けば卒倒モノである。

 

「一撃合わせたのみではありますが、あの傷であの威力。私でもその首に届くかどうか……」

「そうですか。ではその傷を与えたジータ殿、如何です?」

 

 ザウラが難しい顔で首を振る中、アルタイルはロウファの足止めをしていたジータへと視線を向ける。

 

「私達なら、一人で相手をしたとしても勝てると思います」

 

 ジータは真っ直ぐにアルタイルを見て応えた。その言葉に、まだあまり彼らの戦いを見ていないレオニスとザウラが驚いている。アルタイルは一つ頷くと、

 

「なるほど。では問題は――新たに敵の手に渡ったローブの彼、ということになりますね」

「えっ……?」

 

 反応を示したのはシュラだった。確かになぜ足止めされているはずのロウファが前線に、と思う部分はあったが、ロウファを動かすためにザハ市でも彼に対して攻撃が仕かけられたのではと考えていた。だがロウファと渡り合うほどの実力を持っている者がそう簡単に敗北するとは思っていなかったのだ。

 

「そういえば、あの場にシュラはいませんでしたね」

 

 シュラはあの時、ランファの部隊と交戦中だった。グランもそうだが、ジータとビィから話は聞いている。

 

「ロウファによれば、彼は敵によって洗脳されてしまったそうです。今回斥候を捕らえてこちらを動かしたのは我々を殲滅するためではなく、最大戦力であるロウファを自由にする目的だったのかもしれません」

 

 あわよくば殲滅する、というのはあったに違いないが、本来の目的はおそらくローブの彼の方だ。とアルタイルは読んでいた。

 

「そんな……」

「シュラさん。多分ですけど、心配はいりませんよ。そう簡単に思い通りになるヤツじゃないので」

「えっ? 皆様は彼が誰なのか知っているのですか?」

「まぁ、はい。僕達の最大のライバルと言いますか……」

 

 顔を青褪めるシュラに、グランが苦笑して告げる。

 

「ただ本当に洗脳されてしまっていた場合、僕達のどちらかが全力で戦っても勝てるかどうか、というところです」

「ただ洗脳であれば解除も可能と考え、二人のどちらかが抑えている間に洗脳を施した敵の軍師……ヴィータリーを捕らえるというのが大まかな流れになるでしょう」

「解除できればロウファに匹敵する戦力がもう一人増える。そうなればユラントスク軍にも勝利できる、か」

「ええ。できればそこまで彼らの力に頼らず勝利したかったのですが、敵が思っていたよりも非道な手を打ってきましたので、そうも言っていられなくなりました。……これは未確認情報ですが、敵軍師は捕虜にしたエルデニの兵士達に爆発する術を仕込んでいるそうです」

「「「っ!!?」」」

 

 グランとジータが事前にアルタイルへと伝えていた情報を口にすると、エルデニに属する四名が驚き怒りを露わにした。

 

「我が民になんということを……!!」

「陛下、落ち着いてください。未確認情報、と前置きしたはずです」

「っ……」

「アルタイル様。ではその術を仕込まれた兵士を使って、ローブの彼を脅迫したということでしょうか?」

「定かではありませんが、それはないでしょう。彼にそういう類いは通用しません。なにより策に嵌まって大人しくするような人物ではありませんからね。むしろ策を逆手に取って嵌めようとしてきた相手を手玉に取るタイプです」

 

 アルタイルは事前に予想をつけていたというのもあってローブの男がダナンであるという事実に驚くことはなかった。そして双子の騎空団に所属している以上、多少関わりがあったので彼の人柄についてもわかっている。

 

「……ですので、彼には彼でなにか狙いがあったモノと推測しますが。答えは出ないので後にしましょう」

 

 アルタイルはそう締め括って、ダナンの思惑に関する推測を止める。

 

「兵站もそう余裕があるわけではありません。近い内に進軍を余儀なくされるでしょう」

 

 アルタイルはそう告げると、これからの進軍について打ち合わせるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 アルタイルが口にした通り、兵站が限界に達したエルデニはザハ市奪還へ動くこととなる。

 万全の態勢とは言い難かったが、それでも勝利するためには進軍しなければならない。

 

 アルタイルは部隊を三つに分けた。それぞれザウラ、ポラリス、シュラが指揮を執る形だ。レオニス陛下には基地で待機してもらっている。

 グランとジータはロウファとダナンに対抗するための手札として、珍しく後方待機である。二人は出で立ちが非常に目立つため、現れたらすぐに飛び出す予定だった。

 

 戦闘が始まったところで、ポラリスの部隊がエリクの部隊と交戦していた。

 

「ユラントスクの王子エリク! その首討ち取らせてもらうのだわ!」

「エルデニのゴミが、吠えるな! 皆殺しにしてやれ!!」

 

 ザウラが切り落としたはずの右腕は綺麗さっぱり直っていた。繋ぎ目も見当たらないほどである。予想できていたこととはいえ、利き腕を失った成果がなかったことにされるのは心に来るモノがあった。

 

 エリクが斬り合いを好む性質であるためか、ポラリスはエリクと真正面から対峙する形となる。

 

 エリクの剣技は、王族としての英才教育の賜物か一般兵士相手であれば圧倒することも可能なレベルに達していた。だが実戦経験で言うのであれば、先日の戦闘が初だ。

 逆に、ポラリスは将軍として実戦を積み重ねてきている。ヒューマンとハーヴィンという体格差こそあれど、決して勝ちを拾えないわけではない。

 

 ただし。

 

(味方の盾と自爆の術に注意……!)

 

 事前に得た、彼とヴィータリーが非道な手も辞さない相手であるというのは念頭に置いておく。隙を見せれば簡単に勝利は手から零れ落ちてしまう。

 

 剣と鎚を打ち合わせ、最大限警戒しながら相手を打ち倒す算段をつけていく。

 

「くっ!」

 

 何度目かの打ち合いの末、ポラリスはエリクの体勢を崩すことに成功した。実戦経験の差が生んだ結果だ。すかさず追撃を選択するポラリスに対して、エリクは近くにいた味方の兵士を掴むと間に割り込ませた。

 実際に目の当たりにするとより嫌悪と憤りが湧いてくるが、躊躇はしない。そのまま兵士を一撃の下沈めた。そうしながらも、兵士ではなく後ろのエリクの動きに注意しておく。兵士を盾にして作った隙を突いてくる、これもザウラがされたことだ。

 よく見ていたため、腕の動きが突きの構えであることがわかり、咄嗟に飛び退く。直後兵士の身体を貫いて刃が生えてきた。ポラリスが攻撃していなくてもそのつもりだったのだろう。エリクの動きに迷いは見て取れなかった。

 卑劣な行いとエリクの人間性に顔を顰めるが、回避することはできている。その上で心の中で謝りながら刺された兵士の身体を足場にして跳び上がった。そのまま驚くエリクの顔目がけて、渾身の力で鎚を振り下ろす。

 

「やあぁッ!!」

「がっ!?」

 

 重い音が響き、確かに頭蓋を砕く手応えがあった。血が出ており脳震盪を起こして倒れてもおかしくはない。だが跳び上がった姿勢だったために少し浅くなってしまったのか、当たりどころが良くなかったのか。エリクはよろめいて頭を押さえながらも血走った目でポラリスを睨みつけていた。

 

「……よくも、よくもこの僕に傷を……っ!!」

 

 仕留め切れなかった、と悔やむポラリスを他所にエリクは周囲で慌てた様子を見せる兵士に目を向ける。

 

「おい! あれを持ってこい!!」

「はっ……? し、しかし一刻も早く応急処置をした方がいいのでは……?」

「いいから早くしろよ! 僕に口答えするな!!」

「は、はっ!!」

 

 吐き捨てるようなエリクの命令に、慌てて兵士達は動き出す。ポラリスはなにをしてくるかわからなかったため、警戒して一旦様子を見ていた。

 そんな中ユラントスク兵が持ってきたモノは、手足を拘束されたエルデニ兵だった。おそらく捕虜として捕らえられた者だろう。呻き声を上げるだけで、正気すら失った様子である。手足の内何本か指が欠けていて、血が滲んでいる痛ましい姿だ。鎧を着せられている下もどうなっているかわからない。

 

「っ……!!」

 

 捕虜の凄惨な姿に、ポラリスは息を呑む。と同時にユラントスクに対する強い怒りが湧いてくる。

 

「……人質にでもするつもり?」

 

 だが部隊を預かる将軍として、感情に左右されて突っ込んではならない。培ってきた理性によってなんとか怒りを抑え込み、一番最初に思いついたことを尋ねた。

 

「こんな状態のヤツに人質の価値なんて、あるはずないだろ?」

「っ……!!」

 

 嫌らしい笑みを浮かべたエリクの言葉に、再び湧き上がってきた怒りを鎚の柄をぎゅっと握って堪える。おそらく、怒りに任せて突っ込んだら相手の思う壺だ。

 

「ただ、使えなくなったから返してやろうってだけだよ」

「……どういうつもり?」

 

 相手の意図が読めない。このタイミングで出したからには、なにか策があるのだとは思うが。

 

「疑うなら疑ってればいいさ。ほら、返してやるよ。さっさと治療しないと本当に死ぬかもね?」

 

 エリクは言って、その兵士を乱暴にポラリスのいる方へ放ってきた。足を縛られた兵士は成す術なくどさりと地面に倒れてしまう。なにかの罠だとわかっているのだが、エリクが少し下がって血を拭うモノを兵士に要求している様を見ると、本当に使えなくなった捕虜を返すだけのようにも思えた。それはないとわかってはいたが、目の前で苦しんでいる味方の兵士を見捨てることはできず、兵士へ近づく――その直前。

 

『……これは未確認情報ですが、敵軍師は捕虜にしたエルデニの兵士達に爆発する術を仕込んでいるそうです』

 

 作戦の打ち合わせをした時に聞いたアルタイルの言葉が蘇った。

 まさか、と思い足を止めると、丁度自分が兵士の下に辿り着くであろうタイミングで兵士の身体に魔方陣のような幾何学模様が浮かび上がってくる。勘に従い咄嗟に後方へ跳んだ直後、その兵士の身体が爆発した。

 

「ぐぅ!?」

 

 まさか本当にこんな非道なことを、と思いながらも爆風に晒されてポラリスの小さな身体が吹き飛んでしまう。顔は守ったが爆風で焼かれ背中から倒れ込んだ。――爆風の中から、エリクが剣を構えて飛び出してくる。

 他の兵士達はフォローに間に合わず、鎚は手放さなかったがすぐに受けられる体勢ではない。エリクの獲物を見るような目を見るまでもなく悟ってしまう。……自分の死を。

 

「死ねぇ!!」

 

 エリクが剣を高々と振り上げてポラリスにトドメを刺そうとする。

 

(……ごめんなさい。シュラ、ザウラ、陛下……)

 

 道半ばで退場してしまうことを仲間に謝罪しながら、しかし最期まで目は逸らさずにいた。

 

 ――しかし。

 

 嬉々として振り下ろされた刃がポラリスへと届く前に、エリクの腕が停止する。

 

「……えっ?」

 

 すぐには殺さず甚振るつもりかとも思ったが、怪訝そうな声を上げたのはエリク自身だった。一体なにが、と思っているとエリクの右腕がまるで別の生き物であるかのように波打つ。

 

「な、なんだよ! なんなんだよこれ!?」

 

 エリク自身もなにが起こっているのかわからないらしく、自分の腕に怯えたように後退り握っていた剣を落とす。すると、エリクの右腕の肘から先が膨張し、人の皮を破って五本の触手が飛び出してきた。

 

「ひ、ひぃっ!」

 

 自分の腕が変わっていく様を見て、エリクはすっかり怯えてしまっている。周りの兵士達も動揺していた。

 触手はうねうねと空中で動いていたかと思うと、五本の先端それぞれに刃のように鋭くて硬いモノを生やす。そして一人でに動き近くにいた兵士の首を刺した。

 

「ひっ! なんだよあれ!? ユラントスクの新兵器なのか!?」

「こ、こっちに来るな――ぎゃあぁぁ!!」

 

 触手は確実に急所を突いて兵士を殺し、殺したら次という風に殺戮を始めたのだ。兵士達は互いに異形に殺される恐怖に怯えて阿鼻叫喚の状態となっている。

 

「クソッ!! 勝手に動くなよ、このっ!!」

 

 エリクは恐怖から復帰したらしく、残った左腕で右腕から生える触手を止めようとしているが、言うことを聞く様子はない。つまりエリクの意思で殺戮しているのではなく、無差別に殺しているということだ。

 

 それにしては、と一番近くにいるはずのポラリスは疑問を覚えた。自分が真っ先に殺されていないのはなぜなのか。

 

「どういうことだよ!? ヴィータリーのヤツ……いや、()()()か!! あいつ、僕の腕をこんな風にしやがって……!!」

 

 エリクの言葉から事前の予想通り洗脳されたローブの彼、ダナンに治させたのだと推測が立つ。

 ポラリスははっとして素早く視線を走らせ触手に殺された者達を確認する――全てユラントスク兵だった。エルデニ軍には被害が出ていない。

 

 それを理解した途端、少しだけポラリスの全身に力が戻った。

 

(……あの子達やアルタイル殿が『ただで洗脳されるわけがない』って言ってたのも頷けるのだわ)

 

 内心で苦笑して、鎚を握り素早く身体を起こす。

 

「あああああぁぁぁぁぁぁ!!!」

 

 洗脳されているはずのダナンが遺した反撃の機会。仕かけのグロテスクさは置いておいて、一緒に戦っていなくても助力してくれる仲間を想いエリクへと肉薄した。

 触手に注意を引かれていたエリクは迫るポラリスの存在に直前で気づき、直前だったために対処に回れない。

 

 ポラリスは全力で鎚をエリクの胸元に叩きつけた。鎧の内側で骨をへし折る感触がして、おそらく折れた骨が心臓に突き刺さったのだろう。血反吐を吐き、信じられないモノを見るような表情のまま息絶えた。倒れ込んだエリクは僅かに痙攣していたが、確実に死んだと断言できる。

 触手が動きを止め、阿鼻叫喚の地獄絵図だった兵士達が沈黙した。

 

 そんな中で、ポラリスは愛用の鎚を大きく掲げる。

 

「ユラントスクの将軍エリク、討ち取ったのだわ!!」

 

 堂々たる勝ち鬨に、一拍置いてエルデニ軍から歓声が上がった。逆にユラントスク軍は半ば安心したように項垂れる。悲しみが見て取れないのは、おそらくエリクが好ましくない人物だからだろう。

 

 ただあんなのでもユラントスクの王子である。エリクが殺されたと見るや、ユラントスク軍は撤退を始めた。ザウラの部隊がヴィータリーの部隊と交戦していたが、ダナンの姿はなかったようだ。ロウファも怪我のせいか前線に出てきていなかった。

 故に、グランとジータの出番はやってこなかった。もし前線に立っていない内に顔見知りが戦死してしまったら、自責の念に駆られていたことだろうが。そうならなかったことは良いことだ。

 

 しかもポラリスがエリクを討ち取ったことで、少しだけ兵士達の気力が戻ってきた。

 

「エリク王子が戦死したことで、ユラントスクはこちらを殲滅する気で攻めてくるでしょう。……当然、そこにはロウファやダナン殿、ユラントスクの全戦力が集います」

 

 残り少ない兵站で持久戦はない。エルデニは向こうも仕かけてくると予想し、迎え撃つ形でザハ市奪還に決着をつけなければならなかった。

 

「いよいよザハ市奪還最後の戦となります。充分に休息を取って挑みましょう」

 

 アルタイルの号令に気を引き締めて応えつつ、エルデニ軍は各自の休息を堪能することにしたのだった。

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