ザハ市奪還最後の戦いへと向けて、英気を養うため各々休息を取っているエルデニ軍。
戦いへの不安を解消するために鍛錬を続ける者も、存分に眠る者もいた。
明日に影響するほどはダメだと言って聞かせているが酒も飲んでいるため、宴会に近い雰囲気を醸し出している。
酒を飲んでいない者の方が多かったが、シュラはなんとなく一口だけ飲んでいた。お酒に強い、と断言できるほどではないため本当に軽く、である。酔っ払うというほども口にしていなかった。
「珍しいわね、シュラがこういう時に飲むなんて」
一人ベンチに腰かけてぼーっとしていたシュラの下に、ポラリスが現れる。
「ポラリス様こそ、こういう時に飲まないのは珍しいですね」
乾燥させた果物の菓子を手にやってきたポラリスは、ハーヴィンには少し高いベンチに登って腰かけると菓子をシュラに手渡してきた。
「飲む気分にならない時もあるのだわ。……死にかけた後だとね」
ポラリスは地面に着かない足をぷらぷらさせながら、しんみりと呟く。間一髪ダナンが施した仕かけ(?)のおかげで命拾いをしたが、それがなかったら確実に死んでいたと断言できた。シュラも基地に戻ってきた後将やアルタイルと状況の擦り合わせをした時にその時のことを聞いている。
「事前にアルタイル殿からエルデニの兵士を自爆させてると聞いていなかったら、ここにはいなかったでしょうね」
「そう、ですか……」
仲良くしている人が突然戦死する――それが当たり前の戦争とはいえ、エルデニでは最もお世話になったポラリスの死は、きっとシュラに重く圧しかかることだろうと容易に想像できた。
「だからこそ、生きて訪れた今を大事にしないと」
晴れやかな笑顔を見せて、持ってきた菓子を摘まむ。
「美味しいモノを食べると、やっぱり生きてて良かったって思うのよ。だから、とっておきは残しておくの」
「とっておき、ですか?」
「ええ。とっておきの果実酒。ザハ市を奪還したら、開封するつもりなのよ」
ポラリスはそう言ってとびっきりの笑顔を見せた。明るく振舞おうとしている部分はあるだろうが、心から楽しみにしているのが伝わってきて苦笑してしまう。
「……彼のこと、考えてたんでしょ?」
その後、菓子を一摘まみしてから少し真剣な声音で尋ねてきた。
「……」
どう答えようか口を噤んでいると、ポラリスは言葉を続ける。
「あの子が相手の手にかかったのは、あなたのせいじゃないわ」
諭すような口調だった。確かに、シュラが仮にも楽しめていないのは、そのことを考えていたからだ。見抜かれたことに自分の未熟さを実感しつつ、口を開いたポラリスの言葉を待つ。
「もし誰かが悪いと言うのなら、それは私達全員の責任なのだわ。だから、気に病まないで」
「しかし……私が足止めのみを命じたために撤退せずザハ市で戦い続けることになりましたし」
「そもそも、あの時までは彼の実力も半信半疑。重要な役目を任せる方がおかしいのだわ」
素性の知れない騎空士にもしもの時はロウファを足止めして、その後撤退してくれ。なんて最初から殿を務めるような真似はさせづらい。足止めというのも、流石にロウファには勝てないだろうからもし本当に助力してくれるのなら、時間稼ぎが少しでもできればと思ってのことだ。思えばあの時点で、ロウファに対する打つ手がないと思ってしまっていたのかもしれない。
「でもその結果彼は敵の手に渡ってしまいました。……エルデニにとっての不利を呼んでしまったのです」
「そうね。でも相手が人体実験を行っているだなんて、誰にも――それこそアルタイル殿にだって予測できなかったことだわ」
「そうですね……」
事実として、もし助っ人の正体を知っていたとしてもおそらく洗脳されてしまったという情報自体が偽物だと判断するだろう。
「それに、只者じゃないのは確かだわ。洗脳の影響下にあっても仕込みを行えるなら、必ずつけ入る隙はあるはずよ。ヴィータリーを倒して彼を奪還し、ザハ市を取り戻す。ロウファにも対抗できるようだし、エルデニの勝利もあり得るわ」
ポラリスは希望的観測を、光明に見えるよう口にする。それはもしかしたらというモノではあったが、今は近づいているとすら思えることでもあった。
できればそれを現実のモノとしたいがために、今は英気を養う時なのだ。
「……ええ、そう願っています」
「実現するために戦うのよ」
ぱしん、と軽く背中を叩かれて「そうですね」と少しマシになった表情で笑う。
「やっぱり、私も飲もうかしら。人が飲んでいるのを見ると飲みたくなってくるのだわ」
「ふふっ……兵士の方々やザウラ様に飲ませないでくださいね」
真剣な表情で言うポラリスに笑みを零して、ひらひらと手を振り去っていく背を見送った。
「……」
天を仰げば静かな星空が映る。吸い込まれそうなほど、とはよく出来た表現だと思った。
今回はエルデニ外からの助力が大きい。だがいつか、エルデニの力のみで対抗できるようにしなければならないのだ。“次の機会”を作るために、エルデニという国を亡くさないために、今回は呑み込む他ないが。
その時までに軍師としての能力を上げられるよう、シュラは決意を新たにするのだった。
◇◆◇◆◇◆
一方、ユラントスクでは。
「ロウファ。エリクが戦死したそうだな? 前線の指揮は貴様に一任していたはず。王子を失わせるとは一体どういうことだ?」
ロウファは首都に呼び戻され、国王から叱責を受けていた。王の傍にはヴィータリーと、彼が洗脳したフードの男が立っている。
加えて俯くランファの姿もあった。ランファが先に呼び戻されてしまったため、ロウファもエルデニとの決戦を控えた最中でありながら首都へ早急に戻らざるを得なかったのだ。
「……聞けばヴィータリーが洗脳した男の治した腕が異形になったと。優勢が覆されたのはそのせいだと聞いていますが――」
「言い訳は聞かぬ。エルデニ侵攻の指揮を貴様に任せている以上、戦場で起きたことの責任は貴様にある。全く、力しか能のない奴隷の分際で」
国王の物言いに苛立ちを覚えるが、ランファがいる手前ぐっと拳を握って堪えようとする。
「奴隷は奴隷らしく言うことを聞いていれば良いのだ。一生を懸けて王に奉仕できることを喜ぶがいい。血筋こそが全てなのだからな」
「……なに?」
普段であれば反論しつつも堪えるのだが、聞き捨てならない言葉があった。
「どういうことだ? 力を示し続ければ、武力こそが全てであるこの国ならば貴族にでもなれると、そう言ったではないか!」
ロウファは憤りも露わに、ヴィータリーへと目を向ける。今にも詰め寄らんばかりの迫力だったが、ヴィータリーはどこ吹く風だ。
「ああ、私の言葉ですか? 嘘と言えば嘘、真と言えば真……。しかしここユラントスクは王の決定こそが全てですからね」
「ではエルデニの前王が我を……俺をレオニスの盾として利用するために拾ったという話は……」
「私は可能性の話をしたに過ぎません。あくまで最終的な判断は貴方が行ったのですよ。……まぁ、エルデニの前王カノプスが理解できないほどのお人好しではあったのですが」
ヴィータリーの悪びれた様子の一切ない言葉に、ロウファはようやく理解した。自分がそれこそヴィータリーが話した可能性のように、ただエルデニに勝利するために利用されていただけなのだと。
「駒にしか過ぎん奴隷が将軍にまで昇り詰めたのだから充分な出世だろう? ただ立場には責任がつき纏う。戦を任された貴様がエリクの死の責任を取るのは当然のことだ」
一見通っているように見えて納得し難い言葉への反論を考えていたのだが、王の次の言葉を聞いて吹き飛んだ。
「よって、ランファを取り上げることとする」
「っ!! なぜだ、ランファは関係ないだろう!!」
ロウファにとって触れてはいけない部分に触れられ、激昂する。だが幕の中の人影は肩を揺らして笑っていた。
「簡単なことだ。貴様の力に利用価値があるように、ランファの美しさにも大きな価値があるのだ」
国王の声音が下品なモノへと明確に変化したのを感じ取り、激しい怒りがロウファを内側から焼き尽くす。それはかつて、妹を失った時に感じたモノにも似ていた。
「……そうか。貴様も俺の目的を阻むかッ!!」
ロウファは憤怒に身を任せて国王のいる幕に迫り人影の首を掴み引っ張り出す。それだけで国王の細い首はへし折れていた。
「な、なんということを……! 自分がなにをしたのかわかっているのですか!?」
動揺するヴィータリーの首にも手を伸ばしたが、
「私を守りなさい!」
直前で命令を行いフードの男が割って入ってくる。
「ロウファを捕まえろ!!」
マズい、と思ったのも束の間。ロウファは腕を掴まれてしまう。
「そのまま自爆しろ! そしてその獣を、殺してしまえ!!」
ヴィータリーがその後ろから魔術を行使し、ダナンの身体に自爆する術を仕込み、発動する。位置さえ調整すれば身体の一部が残り、そこから再生することは既に実験済みだ。
如何にロウファと言えど至近距離で爆発を受ければ一溜まりもない。逃れようにも腕を離させることができない。後ろで笑うヴィータリーを始末したいがどうにもならなかった。
「ロウファ様!」
そこに、ランファがヴィータリーへ向けて突進する。包帯に巻かれた側に直撃したせいでヴィータリーが倒れ痛みに呻く。しかし術は既に発動していた。
「無駄ですよ、起動も目前……こっちは再生しますので、貴方だけ死んでください」
ヴィータリーは苦悶の表情を哄笑に変えてロウファを見上げる。ランファが引っ張っても、ロウファが引き剥がそうとしても離れる気配はない。確実に殺れる、とヴィータリーが確信した瞬間だった。
ダナンが首から提げている石が赤く光を放ち、辺りを照らす。
「『契約者の身体に魔術が組み込まれたことを確認』」
無機質に呟く声は、聞き覚えのある少年と聞いたこともない男の声が一緒になっている。
「『対象を解析――完了済み。効果、術の仕込まれた身体が爆発する。契約者の身体を著しく損なう術のため、対処を行う』」
無機質な二人揃った声の内容は、三人をぽかんとさせるに足るモノだった。
「『敵性存在の攻撃と判断――
「……は?」
怪訝な声を上げたのはヴィータリーだった。発動直前の状態だった自爆の術はダナンの身体から消え、代わりにヴィータリーの身体へと、
「……ま、待て! どういうことだ!? なぜ僕に術を――は、早くやめろ!!」
慌てて止めようとするが、単純な命令しか受けつけないためダナンは今受けている命令をやめる――つまりロウファを捕まえている手を放した。
「違う、そっちじゃない! クソッ、こんなはずじゃ――ッ!!!」
自分の使った術を返され、自らの術の放つ光に呑まれるヴィータリー。直後、他の者同様爆発して四散した。飛び散る血肉と爆風は、ダナンが構築したと思われる不可視の壁に阻まれて一切三人へと届かない。
策士策に溺れる、とはよく言ったモノだ。なんとも呆気ない最期を迎えた。
「……ロウファ様! お怪我はありませんか?」
逸早く我に返ったランファがロウファに近寄り様子を確かめる。
「ランファ。……お前は俺が怖くないのか?」
仕えるべき王を自らの手で殺害した自分に未だ寄り添おうとするランファへと尋ねた。
「はい。私はロウファ様を愛していますわ」
しかし、彼女ははっきりとロウファの目を見てそう答えた。
「……」
瞑目し、今あるモノを守るためにやるべきことを思案する。
「まずはエルデニに勝利し、次はユラントスクだ。この国に勝利して、俺が自由を勝ち取る」
「どこまでもお供します」
再び開かれた瞳にはこれまで以上の決意が漲っていた。当然の如く告げるランファに目を向け、そしてヴィータリーが死んだ後だらりと棒立ちしているダナンへ振り向く。
場合によってはヴィータリーが死ねば洗脳が解除される可能性もあった。あるいは、もう解けることはないのか。ロウファの専門分野でないため断言はできなかったが、どうやら今は待機状態のようだ。
勝つために手段は選ばない。己が自由を勝ち取るためなら義父も、仕えるべき王ですら手にかける。そうやって生きてきた。
「ついてこい。……エルデニを堕とす」
命令して踵を返すと、確かについてくる足音が二つ。
(あの子供はこいつより強かった。アレを使わなくてはな)
ロウファはエルデニを打倒する算段をつけるのに、自らが持つ最大の切り札を使うことを決めるのだった。