黒騎士が持っていた分とダナンが革袋に入れて持ってきていた分のポーションを全て費やし、瀕死の重傷を負っていたダナンはなんとか一命を取り留めていた。
「……こいつが多くアイテムを持ってきていて助かったな。少しでも足りなければ、回復のできない私では治せなかっただろう」
戻ってきていればドランクに頼めばいいが、一先ず街へ戻って治療を施さなければならない状態だ。
「……ダナン」
オルキスは小型騎空艇のベッドに眠るダナンの手を握ってじっと見つめていた。黒騎士としても、これほど感情の出ている彼女を見るのは初めてだ。
「命は繋いだ。これ以上は安静にさせるしかない」
「……ん。わかってる」
それでも傍にいたいとでも言うのだろうか。人形の癖に。
その時、こんこんと扉がノックされる。
「なんだ?」
三人以外にこの船に乗っているのは、操舵士だけのはずだ。
「帝国の軍艦が見えます」
「なんだと? 数は?」
操舵士の声が来て、黒騎士は聞き返す。
「一隻です。別方向からルーマシーへ降り立つようですね。進行方向は交じりませんが」
「そうか。ご苦労」
とりあえず撃ち落されるようなことはないとわかり報告を聞き終える。しかし帝国最高顧問の身でありながら、ルーマシーに手を出すとは聞いていなかった。何者かが彼女とは関わりなく動いている。
黒騎士以外で軍艦を好きに動かせる者は限られていた。
宰相フリーシア。大将アダム。中将ガンダルヴァ。少将フュリアス。
帝都アガスティアの警備を任されているアダムが遠出するなど考えられない。ガンダルヴァは重度の戦闘狂であり策を弄することは好まない。となると戦闘力という点では劣るが頭を回すことに定評のある残った二人、か。
「……どんな策を練ろうと私の邪魔をしなければ問題ない」
黒騎士としては、たったそれだけのことだった。
そんなことよりもグランの使った『ジョブ』が気になっていた。
ダナンから聞いたことはなかったが、【ベルセルク】という単語には聞き覚えがあったのだ。
「おい、人形。【ベルセルク】を知っているか?」
時間を潰す意味も含めてオルキスへ語りかける。
「……ん。グランが使ってた」
「違う。もう一つの方だ」
「……?」
オルキスの答えを否定し、彼女が知らないと見て話し始める。
「……“ベルセルク"とは、かつて英雄と呼ばれた者の一人だ」
「……英雄?」
「ああ。逸話は伽話となって今も残っているが……今から数十年も前の話だ。おそらくグランとジータ、そしてダナンの父親が空を旅していた頃よりも昔。有名なところだと、そうだな。『伊達と酔狂の騎空団』の全盛期の頃よりも前になるだろうな」
「……それは知ってる」
「そうか。なら英雄の話に戻るが、英雄とは具体的になにかを成した者ではなくかつて空を旅した一団だったと聞く。その伝説は今も残っていて、嘘か真かドラゴンを単独で倒しただの、戦争をたった十人程度で終戦させただの、他にも数多く存在している。その中で真っ先に前線へ飛び出し仲間を守るために最も多くの敵を屠ったとされるのが、その時“ベルセルク”と呼ばれていた者だったという。戦になると誰よりも苛烈に、誰よりも傷つきながら戦ったとされている」
「……それが、『ジョブ』になった?」
「あの風体はよく本で目にしたことがある。おそらく、その“ベルセルク”が元になっているのは間違いない」
「……でも、守ってなかった」
「そうだ」
黒騎士はオルキスの言葉に頷く。あの時グランは、ただ戦いの本能だけに流されていた。それでは余りにも、アポロが本で読んだ英雄の姿と違いすぎる。
「おそらくあれは使いこなせていない。ルリアが止めようとしたのもそれが理由だろう。まだグランには扱えないほどの力ということだ。あのままなら相手にならないが、もし使いこなした時は……より強くなるだろう」
明らかな確信を持って告げた。力に流されるままと制御し使いこなすのとでは格段に変わる。その時二人がかりで挑まれれば、全力で相手せざるを得なくなる可能性もあった。しかも、同じ力を持つ者が三人もいるのだ。将来の脅威となり得る存在と言える。
「……なんで『ジョブ』に?」
オルキスが質問する。黒騎士は答えを持っていなかったが、推論を述べることはできた。
「さぁな。だが推測はできる。……今は亡き英雄、伽話にのみ生きている。だが連中の父親の時代なら、どうだったか」
「……生きてて、その力を習った?」
「かもしれん。そもそも『ジョブ』という概念がいつどこで生まれたか不明な以上、確証を得ることはできないだろう。もしグランとジータの父親が最初なら、各地にいたかもしれない英雄から習い、段階的に力を高めていくための力として昇華したかもしれないが。今では確かめようもないな」
「……全員いないから」
「ああ。ただ三人の父親か、若しくは……この全空のどこかにまだ生きているという、英雄の一団を支えた侍女に会えればなにかわかるだろうが。この空は広い、会おうと思って会えるものでもないだろう」
「……そう」
黒騎士は語り終えると壁に寄りかかって座り込んだ。
「……アポロ?」
オルキスは声をかけるも返事はない。眠っているのだろうと思い当たり、彼女もベッドに頭を預けて目を閉じる。次に目を覚ました時、できればダナンが目覚めていることを願って。
◇◆◇◆◇◆
一方、なんとかグラン抜き疲労した状態でユグドラシルを倒すことに成功したジータ一行。
「はぁっ……はぁっ……」
肩で息をして汗だくになったジータは、
「……ユグドラシル。もう大丈夫だよ。安心して眠って」
ルリアがユグドラシルを鎮めるのを確認してから地面にへたり込んだ。
「はぁーっ。もう疲れたぁ……」
ぐったりと足を伸ばす彼女に続いて、イオとラカム、オイゲンも座り込む。
「ああ、そうだな。それよりジータ、傷の方は大丈夫なのか?」
「あ、はい。大丈夫。イオちゃんが治してくれたので」
「そうか。では私はグランの治療をしてこよう」
「お願いします」
カタリナはジータに声をかけてから地面に突っ伏しているグランの方へ歩いていく。
「それでその、私気を失ってたから状況が理解できていないんだけど……。グランは黒騎士に倒されたんだよね? 確かダナン君と戦ってたと思うんだけど」
イマイチ状況が理解できていないらしい彼女に、オイゲンが噴き出した。
「ははっ。そんな頭でよくユグドラシルとの戦いしっかりやってくれたなぁ。流石はジータ、ってところか」
「オイゲンさん、からかわないでくださいよ」
本人は照れたように笑うが、実際疲労した状態の中星晶獣とも戦わなければならなくなって精神的に押されていたのは間違いなかった。そこから背中を押し、皆を引っ張っていった彼女も間違いなく団長なのだった。普段グランが団長らしく振舞っているが、彼女も団長として認められるだけのモノを持っている。
「ジータ、ホントに大丈夫なの?」
「うん。イオちゃんのおかげでね」
「まぁあたしの治療は完璧だけど、撃たれてすっごい血が出てたから……」
珍しく自信なさげな様子を見せるイオ。しかしジータが食いついたのはそこではなかった。
「撃たれて? 私気絶してただけじゃなかったの?」
不思議そうに小首を傾げる。彼女の記憶にあるのはダナンに柄で殴られ意識が失うまでと、それから目を覚まし心配そうなイオの顔が見えたところからだった。そして目を覚ました時には、黒騎士達が立ち去りユグドラシルに行く手を阻まれているところだったのだ。
「あー……。そりゃ俺から説明する。あいつ――ダナンはジータを気絶させた後、銃で撃ったんだ。俺も弾丸ズラせるように構えてたんだが、悪いな」
ラカムが申し訳なさそうに声を発した。
「ラカムさんのせいじゃないですよ。でもそのおかげで私は助かったんですよね?」
「……」
ジータの言葉に、ラカムは返答しない。不思議そうにするジータへ答えを返したのはオイゲンだった。
「多分だがなぁ。あいつはジータを殺す気がなかったんだろうよ。ラカムは確かに弾丸を弾くために銃を構えた。だが人を確実に殺すなら頭か心臓を狙う。ラカムは頭を警戒してたんだから、心臓を狙えば殺せた、ってことだな」
「もしそうだとしても、ジータが撃たれたのはホントのことでしょ!」
オイゲンの言葉をイオが責める。老兵は気まずそうに頭を掻いた。
「咄嗟にあいつ撃っちまった俺が言うのもなんだが、確実に戦闘不能にするには気絶させるだけじゃ薄かったんだろうぜ。あいつはClassⅢまでしか知らねぇみたいだったし、グランと一対一でも長引くって考えたんだろ。こう言っちゃなんだが、戦いに関しちゃ合理的な考え方ではあるんだ」
戦いの中で一人が戦闘不能になったことに動揺し崩れるというのは脆い証拠だ。イオなら兎も角、ラカムがこの歳で気絶した相手に追撃を加える非道さに腹を立てたことを、彼は少し反省していた。殺す気がなくても勝つ気ならやる。それくらいのことではあったのだ。しかもこちらには回復のできる者が二人もいた。
「それによぅ……あいつ、オイラを助けてくれたんだ」
そこに終始暗い表情をしていたビィが声を上げる。
「ビィ……」
なぜそこでビィが出てくるのはわからなかったが、ジータは彼の暗い表情を見て誰かが話し出すのを待った。
「……グランは、【ベルセルク】を使ったんです」
重苦しい空気が漂う中、ユグドラシルの解放を終えたルリアが沈痛な面持ちで告げる。
「っ! ClassⅣを!? アレはダメだって散々言ったのに……!」
ジータは目を見開きカタリナに治療されるグランに目を向けた。
「……ジータが撃たれて、グランは凄く怒ったんです」
「あんなに怒ったあいつ、久し振りに見たよなぁ。でもそれがダメだったんだ。グランのヤツ、【ベルセルク】になってあいつ蹴っ飛ばしたんだ。そこは別にいいんだけどよぅ。黒衣の兄ちゃんがオルキスを突き飛ばして守るのも構わず蹴っ飛ばして、その後オルキスを襲おうとしたんだ」
「っ……」
ルリアのビィから話を聞き、ジータは唇を噛み締める。ずっと一緒にいた心優しい双子の兄が見る影もない様子を聞かされるのは心に突き刺さった。
「それでそれを止めたビィを、次は標的にしたんです」
「……そんでよぅ。あいつボロボロなのにオイラのとこ来ようとしたグランを引きつけて、動けないのにボコボコにされたんだ……」
「……もしかしてあの血が、そうなの?」
ビィの言葉を聞いて、周辺で最も血の跡が大きく地面の陥没した位置を指差す。こくりと頷いたのを見て、ぎゅっと拳を握った。
「それからはトドメの前に黒騎士さんが割って入って、グランを倒しました。オルキスちゃんがユグドラシルを起こして足止めしている内に逃げちゃいましたけど」
ルリアがそう事の顛末を締め括った。
「……そう」
ジータの面持ちが暗くなる。だがそれ以上に傷ついていた者がいた。
「オイラがあいつ止めた時、グランが言ったんだ。オイラは戦えない役立たずだから、邪魔すんなって」
長年連れ添った相棒にそんな心ない言葉をぶつけられれば、当然傷つく。ビィは目に涙を溜めて心境を吐露していく。
「なぁ。オイラ……確かに戦えねぇけど。グラン、本当にそう思ってんのかなって……」
ビィ自身、星晶獣の力を使えるルリアと違ってなんの役にも立てないことを気にしてはいた。それを他でもない相棒に言われたことで、一気に不安が高まってしまったのだ。
「――ビィ」
澄んだ優しい声が、そう大きくもないのに辺りに響いた。ビィが呼ばれた方を見ると、陰りの一切ない慈愛に満ちた笑顔を浮かべるジータが佇んでいる。
「大丈夫。ビィは戦えなくっても、私達の大事な仲間だよ。ビィはいつも元気いっぱいで、私達二人をいつも励ましてくれた。私も、グランも、ビィがいなかったらここまで来れなかったかもしれない。だから大丈夫。戦う力がなくたって、ビィが一緒にいてくれることの意味はちゃんとあるよ。ね?」
紡がれた言葉が耳に入ってきてビィの目に溜まった涙がぶわっと広がる。
「ジータぁ……!」
ビィは感極まってジータの胸元に飛びつく。
「はいはい。いい子いい子」
ジータは泣きじゃくるビィをあやすように優しく抱き止め、頭を撫でていた。
そんなビィを微笑ましく眺めつつ、全員が落ち着くまで待っているのだった。
要は双子のお父さんが英雄の力を会得する過程で出会ったから、ザンクティンゼルにあのお婆ちゃんがいる、っていう自分なりの解釈ですね。
……というか後書き書いてたら日付変わってました。