去年に書いたキャラクター以外のキャラクターで思いついた話をいくつか集めています。どんなキャラが出てくるかは、読んでみてのお楽しみということで。
次は本当に『失楽園 どうして空は蒼いのか Part.Ⅱ』になると思います。
こちらはなんとか今年の周年イベントが終わる前には投稿したいところ。
今年の周年は組織イベになるので、ナンダクではおそらく書かないと思います。
……だって組織関連イベって多いですからね。しかももう“蒼穹”に入団しちゃってますし。ストーリー的にも難しそう。ただグレイスさんが仲間に欲しぃ……。
閑話休題。
では、遅れてやってきたナンダクのバレンタインをお楽しみください。
時系列はバラバラですが気にしないでくださいね。
今年もバレンタインがやってきた。
意中の相手がいれば浮き足立ち、いなければいる人を羨み舌打ちをかます。街も商機を見てチョコレートを大量に店頭へ並べるのだ。
ダナンは去年と同じように、世話になっている人にチョコを配る予定だった。そういうイベントではないのだが、ただ貰うのも気が引けるからという理由で。加えてホワイトデーにもお返しを渡すのだから三倍返しとはいかないが二倍返しくらいにはなっていた。
とはいえ本人は楽しくチョコ作りをしているので止める理由もなく、貰えるモノは貰えばいいというのが主な意見だ。一部真面目な人はそれならホワイトデーの時にお返しを用意しておかないと、と思うのだが。
ともあれ、義理や本命に関わらず人数が増えればそれだけ渡す機会も重要になってくる。特に本命チョコの場合、誰かと被るのは良くないので事前に打ち合わせすることにしていた。
義理チョコであっても本命の邪魔をしてはいけないので、渡すなら機を見なければならないのだ。
順番などを綿密に打ち合わせして、各々チョコ作りを開始した。ダナン宛てのみならず、他の団員にもチョコを渡す場合は更に個数が必要になってくる。
厨房を預かる身でもあるダナンだが、この季節は追い出されがちだった。他にも店や宿屋で場所を借りる者もいたが、各自下準備は着々と進めていた。
バレンタイン当日。
ダナンは朝からチョコを渡されたりお返しをしたりと忙しい日になっていた。何人かが合同で作った義理チョコは朝一団員へ配られたが、それとは別に個人的なチョコを渡される機会が多かった。
本命だとわかり切っているチョコは兎も角、団長ともなれば世話になる機会が多いので当然なのかもしれない。
「ダナン、丁度いいところに来たわね」
街を歩いて遭遇したのは、ハーゼリーラだった。恰好は変わらず賢者お揃いのローブだが、両手を後ろ手に隠すように佇んでいる。服装は兎も角バレンタイン当日と考えると甘い空気が漂ってきそうな待ち伏せである。
「ああ、ハーゼか。カッツェが探してたぞ?」
「それは好都ーー大変ね。こういう日だからこそ、乙女には色々あるということをお兄様はわかっていらっしゃるのかしら」
このハーゼという妹を溺愛する兄のカッツェはバレンタインにハーゼの姿が見えないとわかると「ハーゼはどこだ!? 私の愛しいハーゼがまさか、どこの馬の骨ともわからない男に……!! ハアアアァァァァゼエエエエェェェェェ!!!」と絶叫して走り去っていった。最近妹への愛が暴走しがちな兄上である。
因みのハーゼは隠れていただけで、カッツェが出て行ったのを見計らって現れたのだが。
しかし今好都合と言いかけなかったか? とダナンは表情に出さず勘繰る。
「ここじゃなんだから、人気の少ない場所に行きましょ」
「ああ」
手に持っているモノをダナンには見せないようにしながら、ハーゼは先導して裏路地に入っていく。ハーゼはダナンからしても本命にはなり得ない共犯者のような関係だと思っている。今回もなにか企んでいるのだろうなと考えてしまっていた。
「それでその……今日、バレンタインじゃない?」
人気の少ない裏路地に入って立ち止まったハーゼは、足を止めてくるりと向きを変える。頰は薄っすらと赤らんでおり、不安そうな瞳は若干潤んでいるようにすら思えた。どこか落ち着きのない様子でもじもじと立っている。
「だから特別に、私が作ったチョコをあげるわ」
恐る恐るといった風で、隠していたチョコの入った箱を手渡す。両手で差し出して頭を下げる辺り、本気度を感じた。
箱の包装も可愛らしく、まるで自分を女の子として見てくださいと言わんばかりである。
だが、ダナンはハーゼの思惑に勘づいていた。
「これっ、丹精込めて作ったから美味しいと思うけど、日頃の感謝も込めて是非受け取ってください!!」
勇気を出した最後の一押しに応えたのは、
「おぉハーゼ! そんな風に想ってくれていたとは嬉しく思うぞ!!」
「…………えっ?」
聞き覚えのある、聞き覚えのありすぎる声にハーゼは呆然として頭を上げる。目の前にいたのはやはりと言うべきか、カッツェだった。加えてその後方にダナンが不敵な笑みを浮かべて立っているのが見える。
「毎年美味しいが、食べる度に腕を上げるから今年も楽しみだったのだ。無論、ハーゼの作るモノなら全て嬉しいがな」
「え、ええ……。今年も頑張りましたので」
「そうか、ありがとう。私の愛しのハーゼ」
「はい、お兄様」
ハーゼは喜ぶカッツェの様子に顔を引き攣らせないよう取り繕いながらも、兄の抱擁を受け入れていた。奥でダナンが踵を返して去っていくのが見える。
(……チッ!!)
ハーゼは、内心で盛大に舌打ちするのだった。
ハーゼの目論見では本命っぽいチョコの渡し方をしてそれをカッツェに目撃されキレさせるところまでが計画だった。だがダナンはカッツェが迫っていることを知覚していたため、チョコを渡される直前で位置を入れ替えたのだ。カッツェはカッツェで不思議に思わないでもなかったはずだが、ハーゼへの愛おしさに勝るモノはなかった。
残念ながら逃してしまったため、急遽兄の相手をしながら祖国の孤児院に行くつもりだったことを理由に彼と別れた。孤児院の子供達にチョコを配ってやってから、国の様子が随分と変化したことを確認し、ある仕かけを施しておく。
帰ってくる頃にはバレンタインはとっくに終わっているのだが、結局ダナンにチョコを渡せていないので改めて彼の部屋を訪れた。
「ダナン? ちょっといいかしら」
ドアをノックして反応を窺う。夜が近いので、というか油断ならないのでいつでもノックするようにしているのだ。
しばらくしてがちゃりとドアが開き部屋着姿のダナンが顔を出す。慌てて着たわけでもなさそうなので本当に一人だったのだろうか。
「どうした、っと」
出てきたところへチョコの入った箱を投げつける。ドアのある方の壁に背を向けて寄りかかる恰好から投げたのだ。
「そういやまだ貰ってなかったな」
箱を受け取り、一旦顔を引っ込めてからハーゼへ箱を投げる。お返しのためと作っていた菓子だ。
「律儀ね」
「そりゃそっちだろ」
ハーゼは顔を合わせることなく受け取った箱をしげしげと眺めている。嵌めようとしたのはこちらとはいえ、わざわざ自分用に作ったチョコを取っておいたらしい。
「まぁ日頃の感謝ってヤツよ。国を取り戻せたのだってあんたの助力が大きいのは事実だし、あの叔父とかのクソ共にやり返せたのはすっとしたし」
それがハーゼ、カッツェと出会い団に入ってもらうために必要だったことだ。当時も今も別に人助けを性分としているわけじゃない。ただそれで助けられた人がいるのも事実なのだ。
「そういうことだから。来年も精々楽しみにしておきなさい」
彼女はそう言い残して颯爽と去っていった。その小さな背中を見送ってから部屋の中に戻り、箱を開けてチョコを確認する。流石にないだろうとは思っていたが、真っ当なチョコだった。
「あ、美味い」
一口摘んだチョコは、菓子作りに定評のあるハーゼだけはあって素直にそう口にできるモノだったという。
◇◆◇◆◇◆
フラウは、バレンタインなど単なる口実に過ぎないことをよく理解していた。
感謝を伝えるにしても想いを伝えるにしても、そんなモノはいつだっていい。こういう時に伝えなければならないというモノではないのだ。
とはいえ感謝と愛情を毎日伝えていたら飽きられるかもしれないし、普段は適度にしておいて特別な日に盛大に伝えるのがいいのだろうか。
彼女としては日頃からやや過剰に表現しているので今更必要かと言われれば首を傾げるところではあるが。
とはいえ他がアピールしているのに自分はしない、という選択肢はない。
だが皆でスケジュールの打ち合わせをする時に、わざわざ当日にしなくてもいいかと思って翌日の夜一番最後を貰った。夜にしたのは自分にできる最大限のプレゼントを行うからだ。当日は熱意ある人に譲った方が、渡す相手も喜ぶだろうと思ってのことでもあった。
……ただ、当日にしないだとか相手に譲るだとか、善意の含む行動であったとしても他の者からは自信から来る余裕だと受け取られてしまうのだが。
フラウのそういった態度が、当日の夜を勝ち取ったオーキスの「全裸にチョコソース作戦」が実行される要因の一つになったとかならないとか……。
閑話休題。
やると決めたからには、フラウも準備をしなければならない。どうしよっかなーと散々悩んだ挙句、やはり自分が彼にあげられるモノ、料理よりも自信のあるカラダを使ったプレゼントしかない。
とはいえ他の人の話を聞いて被るのはちょっとなぁと思い悩んでいた。
それでも色々な情報を参考にしてなんとか導き出した答えがあった。
それが、チョコフォンデュの食べさせ合いである。これならモノを用意するだけでほぼ準備完了。本番は食べさせ合う時になる。
これにしよう、と思ったら行動は早かった。材料やフォンデュ用の機械を購入して備えておく。複数の異性からチョコを貰った後だと考えるとあまり量は多くなくていいだろう。バレンタインは所詮きっかけに過ぎない。今回はその後が本命であった。
だからその後に向けて気分が盛り上がりそうな催しがいいと考え、その時が来るまで試行錯誤するのだった。
そして彼女が渡す当日。
ダナンには事前に部屋に来るように伝えていた。部屋は飾りつけなども含めてかなり雰囲気が出ている。
ドキドキしながら待っていると、部屋がノックされた。ノックされた直後は少しびくっとしてしまったが、それもまた良し。日頃ない刺激があることも大事なのだ。
新鮮な気持ちで待っていたフラウが扉を開けると、もう夜なのでシャツにズボンだけのラフな恰好をしたダナンが立っている。
対するフラウは今日のために買った赤のネグリジェを着込んでいるので、かなり扇情的な姿になっていた。普段よりもドキドキしているせいかほんのりと頬が赤く染められていて、どこか期待するような眼差しになっている。
普段も見た目や仕草で妖艶さを醸している彼女だが、今日はより悪魔的な魅力を引き出していた。
「さぁ、入って。色々と準備してるから」
相手によっては魅入ってしまうほどの蠱惑的な笑顔で招き入れられる。
部屋に入ると机の上にフォンデュ用の小さめなチョコマウンテンが置いてある。並んで腰かけられるように椅子が置いてあり、椅子の近くにチョコをつけるための具材が載った皿があった。
「座って一緒に食べよ?」
誘われて席に着くと、彼女に勧められてフォンデュを食べ始めることになる。料理の腕では敵わないため、せめてもとチョコや具材の品質には拘ったつもりだ。
きちんと自分で味見して美味しいことを確認している辺り、彼女なりに全力を尽くしたことが窺える。
談笑しつつ二人でチョコを食べていたのだが。
指についたチョコを舐める、咥える所作が妙に艶かしい。
ただ彼女がわざとそうしているのか、それとも自然とそうなっているのかわからない。フラウの過去を考えれば、わざとでないなら乗りたくはない。
前日の夜のことがあるので、フラウならもっと過激な方法を取ってくる可能性もあると見て身構えていた。そのせいか、些細な艶っぽい仕草を意識してしまう。
「はい、あーん」
フラウにチョコのついたいちごを差し出されて、ダナンはぱくりと口に入れた。
「ふふふっ」
その時のフラウの楽しげな表情は、そんな邪推を吹き飛ばすほどだった。
純粋に楽しそうならいいか、と思って気にしないことにしようと考えていたのだが。
「ねぇ、今度は食べさせて?」
フラウが口を開けておねだりする。それくらいならいいかと思いながらマシュマロにチョコをつけて垂れてもいいように左手を下に添えつつフラウの口元へ持っていく。
「はむっ」
すると、マシュマロごとダナンの指まで咥えられた。
「おい……」
口の中でマシュマロを転がしながら、丹念に指を舐める。口を放すと銀の糸が伝った。
「……お前な」
「ふふっ。ご馳走様」
指にチョコがついていたわけでもないのに、わざわざ指まで舐めるのはただ楽しむだけとはまた違う。
「じゃあ次は私の番ね?」
彼女はそう言うとオレンジをチョコにつけた。また食べさせるのかと思ったが、今度は自分で軽く咥える。そのまま顔を近づけてきた。
「どうぞ?」
口を動かさずに突き出すように差し出してくる。今日くらいは純粋に楽しもうと思ったらこれだよ、と呆れつつもなんとなく察してはいたので頭を掻いて付き合うことにする。
反対側からオレンジを咥えて、互いに食べながら熱烈なキスへ移行する。口の中のチョコがなくなっても続行され、充分に堪能してから口を放すと銀の橋が渡った。
「ふふっ……やっぱりこうでなくっちゃ。まだまだあるから、たくさんしましょう?」
恍惚とした表情になったフラウが妖しく微笑む。彼女に誘われて、二人は甘く熱い夜を過ごすことになるのだった。
◇◆◇◆◇◆
――これに深い意味は全くない。ただ感謝を伝えるためだけの行為。
そう言い聞かせていても、多少緊張があるのは認めざるを得ない。
とはいえ誰かに贈り物をするというのは緊張するモノだ。それも、そういった行為が初めてであれば当然のことである。特別な感情がないにしても緊張してしまうのも無理はないはず。
そんなことを考えながら冷静さを保とうと心を落ち着けていると、
「悪い、待たせたか」
声をかけられてびくっと背筋を伸ばしてしまいそうになるのをなんとか堪えた。……エルーン特有の耳だけはピンとなってしまったが。
「……いえ。待ち合わせ通りですから」
平静を装い、普段と同じを心がけて言葉を返すアリア。彼女は気負わずラフすぎず無理にオシャレしようとしていない無難なラインを悩みに悩んで服を選んだため、気合いが入っているようには見えていないはずだった。
ただ彼女ほどの実力者が声をかけられるまで相手の存在に気づかなかったというのは、それだけ普段よりも固くなっていることが窺える。
バレンタイン当日では本気が過ぎると考えて他の者に譲り、翌日の夕方を自分が渡す時間としていた。
それでも夕暮れの黄昏時、橙に染まる街並みの人気のない場所で待ち合わせをするのは、かなりムードのある状況だということを本人が自覚しているのかは不明だ。
「立ち話もなんですから、座りましょうか」
「ああ」
緊張しながらも緊張を表に出さないよう気をつけて、近くにあったベンチへ座ることを提案する。近すぎず遠すぎずの距離で隣に座る二人が傍目からどう見えるかは難しいところだ。
「それで……今日は折角の機会ですので、諸々の感謝を込めてになりますが」
そうぎこちなく切り出すと、アリアは持っていた肩かけバッグの中から包装した箱を取り出す。
「バレンタインということもあってチョコです。……あまり慣れていないので味は保証できませんが」
アリアがバレンタインにチョコを渡すかと考えついた時、どんなチョコを渡すか悩んで仲のいいレオナに助言を求めたのだ。その時に、気持ちを込めるなら手作りが一番と言われたのでレオナに教わりながら四苦八苦して作り上げたのだ。
あまり美味しくないなら市販品の方がいいかと思ったのだが、レオナのお墨つきを貰ったので手作りのまま渡すことになった。
「へぇ、手作りしたのか。意外だな」
「ええ、なにせ贈り物自体が初めてのことでしたので」
自信があるとは言えないので、予防線を張っていくようになってしまう。だが味見はしてあるので不味いわけではないはずだった。
「じゃあ俺の方も渡しておくか」
ダナンがアリアへと返したのは、大人びた包装の箱だ。あまり可愛らしいモノを好まなさそうなイメージがあったので、チョコもビターな味わいとなっている。
「少し意外でしたが、存外マメですね」
「余計なお世話だ。まぁ、なんとなく自覚はしてる」
チョコを交換し合った後、アリアからおずおずと切り出した。
「あの……食べてみてくれませんか? 直接感想を聞きたいので」
気持ちの込めたモノを受け取った相手の反応を見たいと思うのは自然なことだ。
「ああ、わかった」
ダナンは頷くと包装を破かないよう丁寧に解くと、中に入っていた箱の蓋を持ち上げる。入っていたのは一口サイズのチョコだ。同じ形のチョコがいくつか並んでいた。
その一つを手に取って口に入れる。若干不安そうに見守るアリアの前で味わって食べた。
「ん、美味いな」
呑み込んでから、率直な感想を伝えた。流石に途轍もなく美味いということはなかったが、不味いことはなかった。ローアインに聞いたところ世の中には奇妙且つ恐ろしい料理を作る者もいるそうなので、普通に美味しいというのは立派なことである。と言うより初めてということを考慮すれば元が器用なのもあるのかもしれないが、形が不揃いだとかそういう点もなかったので上出来だ。
「そうですか……」
ダナンが取り繕っている様子もなかったので、ほっと胸を撫で下ろしていた。
「俺のヤツもここで食べていくか?」
「いえ。次もあるでしょうし、私はここで」
「そうか」
しばらく時間を取っても大丈夫なはずだが、アリアは二人きりで談笑するとなるとどうすればいいのかわからず、とりあえずこの場を去ることにした。ダナンとしても無理に引き止める必要はないと思っていたのでアリアを見送る。
立ち上がって去るアリアは、兎にも角にもチョコを無事渡せたことに安心していた。
「あ、アリアさん」
だから正面からやってきているレオナにも気づいていなかったのだ。
「その様子だと無事に渡せたみたいですね。あれだけ頑張っていたんですから、美味しいって言ってもらえたようで良かったです」
レオナは心から嬉しそうにしている。
「み、見ていたのですか?」
「? いえ、アリアさんが嬉しそうだったので」
頬を染めるアリアの問いに、不思議そうな顔で答えた。実際には見られていないようだが、レオナの発言はダナンにばっちり聞こえている。あまり距離が離れていないのだから当然だが、気恥ずかしさは加速度的に上がっていた。
ダナンもダナンで聞こえないフリ以外にいい方法も思いつかなかった。
「そ、そんなことはありません」
「いいんですよ、隠さなくても。気持ちの込めた贈り物を喜んでもらえるのは嬉しいことですから」
否定するアリアだったが、レオナはにこにこと微笑んでいる。アリア本人にそのつもりがないとしても、傍目から見た時にどう見えるかはレオナのみぞ知るところ。普段料理などしていなかったアリアがきちんとチョコを作るためにどれほど努力したのかは本人と彼女しか知らないのだ。
「あれだけ頑張って、服装にも悩んでましたから。もし直前で気が変わって渡さなかったからどうしようって思ってたんですよ?」
「よ、余計なことは言わなくていいですから」
茶化すような言葉に、アリアの顔は真っ赤になっていた。よくよく思い返してみると、感謝を表すためのチョコとしては方々に気合いを入れすぎたかもしれない。ただ真面目な気質がそうさせたのだとも言えるため、自分を納得させることはできた。
「……私はこれで」
平静を装い直すと、話を切り上げてそのまま立ち去っていく。その様子を見ていたレオナは苦笑した。
その後、彼女は迷いない足取りでダナンの座っているベンチまで近づいてくる。
「はい、これ。日頃のお礼」
「ああ……」
何事もなかったかのようにチョコを渡してきた。流石に予想していなかった展開だが、まるでダナンがそこにいることを知っていたかのような足取りだった。おそらく彼に聞こえるように話すことが目的だったのだろう。とはいえその真意はよくわからないのだが。
「じゃあまた。これからもよろしくね」
「ああ、後でお返しを渡しに行くから」
「気にしなくてもいいのに。でもくれるなら貰っておこうかな。また後で」
「おう」
レオナと会う予定はなかったので彼女の分のお返しを持ってきていなかったのだ。
経験の差なのか、レオナに緊張した様子は一切見られなかった。
だからだろう。立ち去るレオナがほっと胸を撫で下ろしているのに気づかなかったのは。
ともあれ、レオナは先に戻っていたアリアに散々文句を言われることになるのだった。
◇◆◇◆◇◆
バレンタインからは少し離れた数日後のことだった。
バレンタインの雰囲気も落ち着き始めたという頃、街を歩いていたダナンは思い切り裏路地に引っ張り込まれた。
特に敵意などもなかったので事前に察知することもできず、やけに強い力だったので身体を傾けて引っ張られてしまった。
それでも対処は可能と思って成り行きに身を任せていたのだが、
「久し振りね、ダナン」
彼を引っ張ったのはカッツェとハーゼの腹違いの姉、レーヴェリーラだった。お忍びなのか被っていたフードを取って素顔を見せて笑っている。
「レーヴェか。久し振りだな、国を離れるとは思ってなかった」
知覚範囲を広げていても、誰がどこにいるかわかるだけで探そうとしたり意識を集中させたりしなければ予想外の来訪はわからない。先程も路地裏にいる人物の存在には気づいていたが、敵意もなければ他を襲う雰囲気でもなかったのであまり意識していなかったのだ。
兎も角、彼女とはガルゲニア皇国を巡る争いで関わり親しくなった仲だ。十賢者であるカッツェリーラとハーゼリーラを除くと王位継承権を持つ者が三人しかいなかった。だがその内一人は国家転覆を企んでいて、もう一人はそいつに利用されていた。十賢者の二人を手放したくはなかったため、最後に残った信頼できる彼女を監視として置いてきたのだ。
信頼を失った現皇帝の兄を支えつつ見張る役割だったのだが、そんなレーヴェが国を離れていいものだろうかと思ってしまう。
「ええ。このことはあまり知らせてないわ。でも一日くらいはいいわよ。最近真面目に働いてるし、他にも監視はつけてるから」
「そっか。で、なんでここに? アウギュステと言えば海だが、この時期は正直シーズンじゃないぞ?」
今は二月。とてもじゃないが海で泳ぎたい時期ではない。寒い。
「それくらい私だってわかってるわよ……」
むっとしたように返すが、次の瞬間には頬を染めてもじもじし始めた。気の強い彼女にして珍しい光景だ。普段から我の弱い兄を蹴り飛ばしているとは思えない。
「?」
とはいえ、ダナンに読心術の心得はない。彼が読み取りやすいのは悪巧みが主だった。
「ち、ちょっと遅いけど、その、バレンタインだったから……」
頬を赤らめてごそごそとポケットを漁り、包装された袋を取り出した。中には形が不揃いなチョコレートクッキーが入っている。
「……。わざわざ作ったのか?」
「こういうのって気持ちを込めるには手作りが一番なんでしょ? 市販品でも良かったけど、やっぱり手作りがいいかなって思ったから……か、形が悪くても不味くはないから! ちゃんと味見はしてあるから! 大丈夫、な、はず……」
若干驚いて問いかけると、顔を赤らめた乙女な表情で語り出した。言い訳もしていたが、続けるに連れて声が萎んでいった。
「いや、くれるだけで嬉しいよ。わざわざありがとな」
食べ物を作ることが難しいのはダナンも理解している。だから数年幽閉されていて、且つ皇族ともなれば作れないことを責める謂われはない。しっかりと受け取ることにした。
「そ、そう? じゃあ帰ってから味わって食べなさい。私の前で食べないで」
少し嬉しそうにしながらも、自信のない手作り品を食べた時に美味しくなさそうな顔をされたら心が折れそうなので今食べてもらうのはやめておく。
「はいよ」
苦笑しつつ、なんとなく気持ちが理解できたので受け取るだけに留めておいた。
「……ねぇ、ダナン」
「ん?」
随分としおらしいなと思っていると、レーヴェが頬を染めてそっぽを向き手を差し出してくる。
「この街初めて来たし、ちょっとエスコートしてくれない?」
少し驚いたように目を見開いて、それから苦笑する。
「はいよ」
その手を取って、彼女を連れて街を歩くのだった。
……道中で他の団員に見つかって「その女誰よ」状態になったのはご愛敬である。
◆◇◆◇◆
バレンタインデー。
それは人の子が浮き足立つイベントであり、星晶獣たるエウロペにはあまり関係のないモノと思っていた。
ただ当日限定来場者プレゼントとして、バイト先の喫茶店がチョコを配布することになったのだ。
バレンタインの存在を知ったその日から準備を始めて、おそらく大量に来るであろう当日の来場者に備え出す。……例年なら来場者はそこまで多くないのだが、今年はエウロペという人外の美貌を備えた(実際に人ではない)絶世の美女がいるので来場者は例年の比でない予想だ。彼女の集客効果は喫茶店で働いている者なら誰もが知っている。自覚がないのは当人だけだった。
エウロペは基本的に接客を手伝っているので、実際にチョコを作るのは厨房の人達。なので実際には女性どころか男性が作ったかもしれないチョコを貰うことになるのだが。それでもエウロペに渡されるというだけでも救われる者がいる、と思われる。
本人はよくわかっていないので、与えられた仕事をこなすだけなのだが。
そして事前の予想通り、バレンタイン当日はてんてこ舞いの大忙しとなった。当然売り上げも、チョコを配布したとはいえ上々となった。
「あっ、エウロペさん。ちょっといい?」
帰りが遅くなってしまったが今日はもう上がれるとなった時点で、よく話す同僚の女性から声をかけられた。
「? はい、構いませんよ」
特段用事もなく、夜の帰り道を気にする必要もあまりため、快く残ることにする。
「良かったぁ。ごめんね、ちょっと試食してもらいたいんだけど」
申し訳なさそうにしつつ、皿に乗ったハート型のチョコを差し出してきた。ハート型の大きめなチョコの上にソースなどでトッピングされたお洒落なチョコである。
「これはチョコレート、ですか?」
配布したチョコはここまで凝っていなかったため、首を傾げて尋ねた。
「うん、まぁね。毎年仕事終わりにチョコ作って持ち帰ってるんだ。彼氏と一緒に食べるの。店長からもチョコの素材が余ってるなら使っていいって言われてるし」
「なるほど。確かバレンタインでは、大切な人にチョコレートをあげるのでしたか」
「まぁ、そんな感じ。大切な人じゃなくても、日頃お世話になってる人に感謝の印としてあげるのもアリかな」
それを聞いたエウロペは、脳裏に二人の人物を思い浮かべた。大切な存在と世話になっている人それぞれである。
「……私も少しだけ、作ってもいいですか?」
「えっ!? エウロペさん好きな人いるの!? 誰!? どんな人!?」
思いつきに近い申し出だったが、彼女ほどの美女が一体どんな人をと機になって矢継ぎ早に聞いてしまう。
エウロペとしてはそれぞれ二人いるのだが、しかし大切な存在として思い浮かべたのは「四大天司として世界の均衡を保っている御方です」と答えようにも難しい。一般人には到底理解できないだろうし、あまり大っぴらに話していい存在ではない。
かと言って日頃世話になっている騎空団の団長を挙げるのも違う。感謝を形にするだけの話だ。
「いえ、そういったことではないのですが」
「ホントに?」
「はい。味見をする代わりと言ってはなんですが、少し手伝っていただいてもよろしいですか?」
「もちろん。……それで、男の人にあげるの?」
「……まぁ、はい」
しつこい様子に若干戸惑いながらも、事実は事実なので頷く。すると同僚の目がキランと妖しく輝いた、気がした。
「へぇ~、そうなんだ。へぇ~?」
「なんでしょう?」
「ううん、なんでも~。でもそっかぁ、エウロペさんがねぇ」
なにかを勘違いしている様子で、ニヤニヤと口元を緩めている。のんびりしていると日付が変わってしまってバレンタインデーではなくなってしまうのだが。そう思って話を進めるためにチョコをフォークで分けて試食してみる。
「あっ。どうかな、美味しい?」
「はい、とても。売るために作ったと言われても納得できます」
「ホント? 嬉しいっ。じゃあ後は本番用に気合い入れて作るだけだし、先にエウロペさんに教えちゃおうか」
「いいのですか?」
「うん。作り方は毎年進化させてるとはいえ、大体同じだからね」
そう言うと、気合いを入れて改めて腕捲りをする。
「それじゃあ、
「? はい、よろしくお願いします」
言っていることはよくわからなかったが、贈り物をするなら良いモノを作りたい。自信に満ちているようなので彼女に任せれば大丈夫だろう。先程食べたチョコもとても美味しかったし、と思っていた。
それから同僚による指導の下、エウロペはチョコ作りに着手する。
元々不器用でないこともあって呑み込みは早く、着実に成長していった。味が問題なくなってから、形の話になったのだが。
「エウロペさん、どんな形のがいい? 異性に渡すならハートだと思うけど!」
「そうですね……」
別に形を元から考えていたわけではない。あまり時間もないことだし、形で悩んでいる時間もなかった。これといって案が思い浮かばなかったので、
「ではそれで作りましょう」
「オッケー! じゃあチョコの型を取って固めちゃおう。冷やして大体一時間くらいかかるから、いくつか作ってそのまま本番の飾りつけしちゃった方がいいかな」
「わかりました」
そうして作業を進めていく。冷やしている間に同僚は自分のチョコを作り、空いている時間で渡し方の話になった。
「チョコの美味しさとか形とかも大事だけど、やっぱり渡し方も大事だよねっ!」
「渡し方、ですか」
「うん。気持ちを込めた贈り物なんだから、そういうところにも凝らないと。特に最初に渡す時なんかはね」
そう言われて、どんな風に渡すのが良いだろうかと首を捻る。
「心を込めた贈り物ですので、私と瓜二つの氷像を作ってその胸元にチョコを埋めるのはどうでしょう? 貴方の熱い心で氷像の胸を溶かし、チョコとなった私の想いを取り出していただく……という」
「いいね、それ! でも今からで間に合うの?」
「はい、数分で作れます」
「凄いね。あっ、でも氷像だと今の時期寒くない? その後『お互いの温もりで暖め合いましょう』的な展開にするなら兎も角」
「なるほど、それは盲点でした」
エウロペの突飛な発想は賛同が得られたものの、実際にやったらどうなるかを想定していった結果断念することになった。
「でもそっかぁ。エウロペさんって結構ロマンチック思考なんだね。だったら少なくともシチュエーションというか、場所には拘った方がいいのかな? 綺麗な夜景の見えるディナーに誘うとか」
ディナー、食事に誘うと言われたがあまりピンと来ない。下手に食べに行くよりも本人に作ってもらった方が美味しいからだろう。人の営みに触れるようにしていたためわかってきたが、どうやらあの団長は料理スキルが著しく高く並みの料亭では敵う保証がないようだ。
「食事はあまり……。やはり普通に手渡した方が良いでしょうか」
「まぁそれが一番無難にして最強ってとこもあるね。後は頬を染めながら上目遣いでおずおずと渡せば完璧っ」
「はあ」
熱く語る彼女の言い分はよくわからなかったが、演技をする必要があるのだろうかと疑問に思ってしまう。
「まぁ、素直な言葉で真っ直ぐに伝えるのが一番かな。日頃の感謝の気持ちとか、想いとかそういうのを込めて作りましたよーって」
「なるほど、それならわかりやすいですね」
イメージしやすい提案だった。その方法なら実行できそうだ。
「じゃあその辺は任せちゃおうかな。色々考えるのも楽しいけど、相手に喜んでもらうのが一番だからね。なんだかんだ真っ直ぐに気持ちを伝えるのが最適解だよ」
実感の込められた言葉だった。もしかしたら実体験を基にしているのかもしれない。
「相手に喜んでもらうのが一番……」
そう考えると、敬愛するガブリエル様に渡すには付け焼き刃のモノではいけないだろう。今日は申し訳ないが、ダナンにのみチョコを渡すことになるかもしれない。後日バレンタインは過ぎてしまうが最高の一作を渡せばいい。
ならば、今日はダナンへのチョコについて考え抜くのが正解か。
「そうそう。味はもう決めちゃってるから、トッピングの時に相手が喜ぶ顔を思い浮かべながらするといいよ」
そんな話をしながら待つこと一時間。冷やしていたチョコが固まったため、型から出してみる。
一つ欠けてしまったのがあったが、大体は綺麗なハート型になっていた。
「じゃあとりあえず可愛くデコレーションしてみようか。ピンと来なかったら別の試すってことで」
「はい」
そうしていくつかデコレーションを試して、これと感じたモノを包装する。
「うん、これならきっと喜んでくれるよ! 思いの丈をぶつけておいで!」
「わかりました。色々とありがとうございます」
「いいのいいの。今年はエウロペさんのおかげで稼がせてもらっちゃったからね」
丁寧にお辞儀をしてから、ラッピングしたチョコの箱を持って帰路に着くのだった。
星晶獣なので寒さには強いのだが、人の営みに溶け込むためには必要だと思って防寒具を身に纏っている。露出が減っていても美貌が変わることはないため酔っ払いから声をかけられたのだが、文字通り冷や水を浴びせて酔い冷ましを手伝ってあげた。
それからダナンのいる部屋を訪ねる。エウロペはチョコを渡す気がなかったため時間調整の打ち合わせには参加していないが、丁度空いている時間帯だった。
「ダナン様。今空いておりますか?」
コンコンとノックをしてみる。防音設備があるため返事はなかったが、かちゃりと鍵の開く音がした。直後扉が開く。
しかし目の前にダナンの姿はなく、一筋の水が宙に溶けるのが見えた。部屋の奥を見ればなにが起こったかは察しがつくだろう。
奥にあるテーブルには、ラフな恰好のダナンともう一人。
「ガブリエル様!?」
そう、エウロペが敬愛してやまないガブリエルである。特に驚いた様子もなく微笑んで手を振っている。ダナンが若干呆れた様子なのは、おそらく彼が許可を出す前にガブリエルが水を操ってドアを開けてしまったからだろう。
「いらっしゃい、エウロペ。貴女も彼にチョコを渡しに?」
「いえ、その……“も”ということはガブリエルはダナン様にチョコを?」
なぜここにいるのかという疑問が一瞬にして解消される。
「ええ。折角の機会だから、手作りチョコをプレゼントしてみたの」
にっこりと微笑むガブリエルに、未だ混乱が抜けないエウロペは立ち尽くすばかりだった。
「貴女も座る?」
「いえ、お邪魔でしたら後に……」
同僚が教えてくれた気まずい場面というのが、他の誰かがチョコを渡している場面に遭遇することだった。今がそれに当たるのではないかと思い、ガブリエルの邪魔をすべきではないと改めようとする。
「気にしなくていいわ。折角だから一緒に食べましょう?」
「はい、ガブリエル様」
ガブリエルが特に気にした様子がなかったため、エウロペに断る理由はなかった。お言葉に甘えて空いていたガブリエルの対面の席に座る。いつまでもコートでは暑そうなので、マフラーを外しコートを脱いだ。丁寧に折り畳んで膝の上に乗せる。
「その様子だと、人の営みには随分と慣れてきたみたいね」
「はい。ガブリエル様のお申しつけの通り、日々精進しています」
「そんなに硬く考えなくてもいいのに。最近はのんびりしているようだし、平和を満喫してね」
「はい」
最近本気で戦ったのはいつだろうか、と思い返してもすぐには出てこないくらいには満喫している。それだけではもちろんないが、人の営みに触れることは悪いことばかりでないと思っていた。……偶に変な宗教があったり殺人鬼がいたりするのが厄介なところではあるが。
席に着くとテーブルの上に置いてある菓子に視線がいく。
「こちらは……ガブリエル様が?」
置いてあったのは区分けされた箱の中に小さな丸いチョコレートがいくつも入っている菓子だった。ガブリエルが人の暮らしに紛れているのは知っているが、市販品のようなクオリティだ。
「ええ。良かったらエウロペも食べてみて?」
ガブリエルに勧められて、エウロペはおずおずとチョコを一つ摘まんで口に入れた。
「んっ……とても美味しいです」
ガブリエル様の作ったモノだから不用意なことは言えない、と思うまでもなく口に入れて溶けるように広がる甘さとほろ苦さ。思わず美味しいと零してしまうほどだった。
「ふふ、それは良かったわ。きちんと練習した甲斐があったわね」
ガブリエルは嬉しそうに微笑んでいる。エウロペも彼女が人の営みに溶け込んでいることがあるのは知っていた。だから料理などをする機会があっても不思議ではなかったのだが、流石にこれは予想していなかった。
口にしたチョコは毎年彼氏のために作っていると言っていた同僚の女性が作ったモノと同等、いやそれ以上のモノに感じたのだ。
「……ガブリエル様。このお返しは後日でもよろしいでしょうか?」
だからこそ、やはり彼女に渡すチョコはもっと練習してからでなければと思ってしまう。
「ええ。と言うより、チョコをあげるのってお返しを期待してのことじゃないもの。相手に食べて欲しいから作る、簡単なことでしょう?」
ガブリエルはエウロペの生真面目さを感じ取って苦笑しつつ、ふわりと微笑んだ。
「そうですね」
その言葉を受け取ったエウロペも、今日持ってきたチョコのことを思い返して、チョコを作っている時の気持ちを思い出して薄っすらと微笑む。
ガブリエルは当然のことながらこのタイミングでダナンのいる部屋を訪ねてきたエウロペの目的を察していたが、その表情から彼女がどんな感情でチョコを持ってきたかは判断がつかなかった。だがどちらにしても後継であるというのは置いておいて目をかけている彼女の後押しはしたい。
「エウロペも持ってきたのよね?」
「は、はい……」
温かい眼差しで見守るガブリエルに促されて、戸惑いつつも鞄からチョコを取り出した。
「あ、あの、ダナン様。こちらをどうぞ」
ガブリエルに見守られて、初めての贈り物ということもあり、エウロペはおずおずとチョコを差し出す時に頬が紅潮していた。自分の実力がガブリエルよりも劣っていることが判明した今、不安が顔を出してやや俯き気味の上目遣いになっている。しかも同僚の差し金で可愛らしくラッピングされたハート型の箱だ。
……これを見たガブリエルが一つ勘違いをしてしまったのも仕方がないだろう。
「もしかしてとは思ってたが、わざわざありがとな」
「いえ、ガブリエル様のチョコレートと比べると粗末なモノですが……」
「料理含めて作ったヤツの気持ちが込められてれば、それこそ味の上下なんて些細なもんだよ」
あまり彼自身口にしないことではあるが。作った人の技術と心、両方が最高に嚙み合ったモノが一番おいしいと思っている。そして、ダナンは料理を食べたヤツを絶対に喜ばせるという信条を欠かさないために自分の作る料理に対して絶対的な自信を持っているのだ。
ダナンも作る側であるからこそ、表情と箱を見ただけでエウロペが本気で取り組んでいたことくらいは理解していた。だからできるだけ箱を丁寧に受け取るし、その頑張りも認める。
「開けてもいいか?」
「はい」
ダナンの問いに迷うことなく頷いた。これは同僚から言われていたことではあるが、チョコを渡すのが初めてなら相手に時間がある場合その場で食べて反応を見た方がいい。
ダナンはラッピングを丁寧に解くと箱の蓋を持ち上げて中身を確認する。エウロペはその様子に自分の努力を認められたような気がして少しドキドキしていた。
「へぇ、上手いな。細部まで凝ってる」
「あら……」
ダナンは単純にハート型のチョコをデコレーションしたセンスの良さに感心していたが、ガブリエルは見事に中身までハート型だったのでやはりこれは本命に間違いないと確信する。
「お口に合えばいいのですが……」
「見れば大体わかる。これは間違いなく美味いな」
少し笑って言うと、フォークでチョコを少し切り分けて口に運ぶ。
「んっ。……驚いた、美味いな」
ダナンの反応をじっと窺っていたエウロペは、彼がチョコを口にした途端目を丸くして素直に驚いていたことを確認する。感想を聞いて緊張に強張っていた頬が安心で緩み、喜んでもらえたという嬉しさが笑みを深くさせる。
「あ、ありがとうございます」
生真面目な性格故にぺこりと頭を下げて彼の言葉を受け取った。エウロペはあまり感情の起伏の激しい方ではないが、今は声で嬉しさが伝ってくるほどだ。
「本当に美味しそうね」
本音を言えば、少し食べ比べてみたいところだった。だがガブリエルもダナンも、このチョコを誰に食べてもらうために作ったかは明白だからこそ、言うつもりは毛頭ない。
「いや、ホントに美味いんだよ。正直びっくりした」
「教えてくださった方が凄いのだと思います」
「それもあるだろうけど、やっぱりエウロペの頑張りが一番じゃねぇかな。こういう凝ったヤツって、余程本気で作ろうとしなきゃ作れないしな」
「難しいモノほど作っていて諦めそうになるものね」
「ああ。だからありがとな、エウロペ。凄ぇ美味しいよ」
ダナンは自分にできる最大限の誠意でエウロペに感謝を伝える。彼にしては珍しく爽やかないい笑顔である。
「ッ……! い、いえ、その……喜んでいただけたなら良かったです」
同僚から言われて実践していた「食べてもらう相手の喜ぶ顔を思い浮かべながら料理する」だが、自分が思い浮かべていたモノよりも遥かに良いモノだったためにどうしようもない嬉しさが込み上げてきてしまう。ようやく自分でもわかるほどに頬が緩んでしまい、恥ずかしさで顔を赤くし俯くと表情を誤魔化すように両手で頬を捏ね始めた。
そんなバレンタインに相応しい甘ったるい雰囲気を横で見ていたガブリエル。
ダナンはもう一口、とチョコを食べ進めている。
ガブリエルが今この時ダナンの部屋にいたのは、全くの偶然というわけではない。エウロペがダナンにチョコを渡そうとしていることだけはなんとなくわかって、そのタイミングに合わせていたのだ。自分の使徒が一体どんな風にと気になり実際に見てみたいという好奇心もあったのだが。
それでもバレンタインにダナンへチョコを渡すため練習を重ねたことは紛れもない事実だ。だからと言うわけではないが、目の前で甘い雰囲気を醸し出されるとなんだか悔しいような気がしなくもない。
ガブリエルはダナン斜め前にある椅子ごと、彼のすぐ隣へ移動する。ダナンが顔を上げる時には身を乗り出して手に持った自分のチョコを口へ差し出すところだった。
「はい、あ~ん」
にっこりと告げる彼女には、普段見せない迫力があるような気がしなくもない。
「いや、自分で食べられるし」
「はい、あ~ん」
「…………はぁ」
一応反抗はしてみたが、全く聞く耳を持たない様子にため息を吐いて大人しく口を開きチョコを咥えるのだった。
「美味しい?」
「ああ。ってか、さっきも言っただろ」
「ええ。でももう一回聞きたくなったの」
「ああ、そう」
ふふ、と嬉しそうに微笑むガブリエル。ダナンは若干呆れ気味だが彼女のチョコも紛れもなく美味しい。美味しさだけで言うならエウロペのそれよりも。
それを間近で見せられていたエウロペは、なんだか二人の距離が心身共に近いことが気になってしまう。
すす、と少し椅子を動かして近づくとダナンの手からフォークを優しめに取り上げた。そのまま自分のチョコを切り分けると左手を下に添えて口元へ持っていく。
「ダナン様。私のチョコレートもまだありますので、どうぞお食べください」
ダナンは「いや、自分で食べれるんだけど」と思わなくもなかったが、とりあえず「エウロペがお前の真似し始めたじゃねぇか」という意味を込めてガブリエルにジト目を向けておく。
エウロペからだと自分が食べさせようとしているのにガブリエルの方を見た、ように見えていた。ずい、と更にチョコを近づける。
「ダナン様」
もう一度、名前を呼んで催促した。
流石にこれで断ると角が立ちそうである。ダナンは諦めてエウロペの差し出したチョコを食べることにした。
「美味しいですか?」
「ああ、美味い」
「エウロペ。聞いたところによると、人は異性に食べさせてもらえると更に美味しく感じるそうよ」
「なるほど。では私が食べさせるのは効果的だということですね」
「ええ」
「おい。お前な……」
「ダナン様。ではもう一度どうぞ」
「食べさせる時はあ~ん、よ」
「はい、ガブリエル様。ダナン様、あ~ん」
「そうそう。ほら、私のチョコもまだあるわ。あ~ん」
若干面白がっているようなガブリエルと、彼女の言うことをまんま信じて実行してくるエウロペ。
結果的に二人からチョコを差し出されて「どっちから食べる?」という選択肢を突きつけられているような状況になってしまう。
対するダナンは、
(どうしてこうなった……)
と引き攣った笑みを浮かべるばかりであった。
元々予定していなかった来訪ではあったが、基本的に修羅場になるようなことは避けるようにスケジュールが組まれている。だからこそこういう状況にはならないはずだったのだ。
とはいえ嬉しくないわけではない。本気なのか茶化しているのかイマイチ判断つかない部分はあるが、どちらにしても自分のためにチョコを作ってきてくれたことには変わりないのだから。
ともあれ、ダナンは二人のチョコを綺麗に完食して甘い一時を過ごすのだった。
◇◆◇◆◇◆
急遽訪れた二人が帰る時、エウロペだけが少しだけ残った。
「あの、ダナン様。お願いがあるのですが」
「ん?」
「私へのお返しをするとおっしゃっていましたが、それでしたらチョコ作りのお手伝いをしていただけないでしょうか」
「まだ作るのか……ってあれか。ガブリエルへの」
「はい。ガブリエル様にチョコレートをお渡しするのであれば、私の理想とする最高のチョコレートを作らなければなりません」
そう告げるエウロペの表情には熱意が込められている。
「はは……そっか」
苦笑しつつ、まぁそれくらいならいいかと思い、
「わかった。いいぞ。まずはどんなチョコを作りたいかだが……」
引き受けることにした。
その後エウロペの力説するガブリエルへのチョコ理想像を聞き出す。
「やはりガブリエル様へチョコをお渡しするのでしたら、最高の美を突き詰めるのが良いでしょう――つまり、ガブリエル様ご自身の姿形をチョコで再現するのです。当然、ガブリエル様の美が損なわれてしまうような程度の低いモノではいけません。これこそがガブリエル様の美しさであるという芸術品のような造形美とガブリエル様の最高の笑顔を引き出すような絶品の美味しさを両立しなければ。数日で出来るとはあまり思っていませんが、それでもできる限り早めにガブリエル様へチョコをお渡ししたいと考えています」
彼女の熱意は充分に伝わってきた。……もしこれが同僚の女性や他の団員への相談だったならいやいやいや! と引き留められていたことだろう。
しかし。
ここにいるのは
「わかった。そういうことなら俺も全力で手伝ってやるよ。空いた時間で良ければみっちり教えるからな」
「はい、よろしくお願いいたします」
若干の悪ノリもあったがダナンが本気で手伝い、エウロペの溢れる熱意もあったためか。
彼女の思い描いた理想のチョコレートは一週間で完成した。
エウロペは完成したチョコレートをガブリエルへと自信満々なドヤ顔で渡すのだが。それを見たガブリエルの笑顔が珍しくも固まったのは言うまでもなかった。
理想を追い求めるエウロペが“完成した”と思うだけあってそのクオリティは異常なまでに高い。全身がチョコで出来ているはずなのに圧巻とも言えるほどの“美”を再現していた。天司の姿で作っているため翼の細やかさなど職人技である。……流石のダナンも「こりゃ同じモノ作れって言われても無理だな」と言うほどの恐るべき出来映え。二人が全力を出し尽くし極限まで集中した果てに出来上がった奇跡の一品である。
……とはいえ。努力のほどは認めても貰えたのはガブリエル様の引き攣った笑顔だけだった。
食べると頬が落ちそうになるほど美味しいことには違いないのだが。
後日。
明らかにエウロペ一人の所業ではないと察したガブリエルが問い詰めてダナンの協力――もとい悪ノリがあったことを知ると、一日街へ一緒に出かけることを強要するのだった。
因みに、その時にちゃんとしたお返しをダナンが渡したのは余談である。
なぜバレンタインにコメディを入れないと気が済まないんだ……。
というわけで、今回の面子はこんな感じでした。
・ハーゼリーラ
若干コメディチックにしつつも信頼が見えるような感じが出せていればいいかな、っと。
カッツェは……まぁバレンタインエピソードで開口一番「ハーゼか!?」と言っていたくらいにはシスコンなのでこういう扱いでいいんじゃないかと思います。
・フラウ
今年の大胆枠。もうちょっと具体的に描いた方が喜ぶ人がいたかもしれませんが。
・アリアとレオナ
アリアちゃんが可愛く見えていればもうそれだけでこの話を描いた意義があるってものですわ。
・レーヴェリーラ
ハーゼがガルゲニア皇国に戻った時にダナンの居場所を伝えて煽った結果急遽参戦した。なんだかんだオリキャラでこういう番外編に出るのってこれが初めて?
・エウロペとガブリエル
今回の締め・オチ担当。エウロペはフラグ建てにくいよなぁと思いながら描いてました。正統派かと思えばオチだった……。とりあえず可愛ければそれでヨシッ。
またどのキャラが良かったなどの感想がいただけると嬉しいです。
特に原作キャラをもっと好きになっていただけたなら作者冥利に尽きます(そういうのが描けているかは兎も角)。
では、本日のグラブル生放送を楽しみにしつつ七周年も楽しんでいけるといいですね!
更に周回が増えまくるんでしょうけど、お互い程々に頑張っていけたらいいと思っています。