ようやく今年のIFが書き上がりました……。
「IF書いてないで早く本編進めろよ、真王待ちくたびれてんぞ」と思っていらっしゃる方もいると思いますが、もう少しだけ幕間が続くんじゃよ。時が経つと書きたい話が増える不思議……。特にフェディエル達六竜と組んで“蒼穹”の連中をボコすイベントが始まるそうなので(違う)。
更新していない間に色々ありすぎて書き切れないので、やめておきましょう。
今回のIFは前回の「ダナンがグランやジータ、ビィと共に旅をする」IFでしたがまた毛色が違います。事の真相は本編を読んでいただくとして。
一応前置きしておくと、バッドエンドから始まるIFルートとなっております。結構情報の出ていない(忘れてるだけかも)部分の話になってくるので想像力で補完しまくっており、いつも以上に独自解釈多めです。
キャラ変もあるので苦手な人はご注意ください。
俺は――俺達は敗北した。
準備を怠ったのだろうか。
世界の危機にどこか焦っていたのだろうか。
相手が予想以上に周到だったのだろうか。
こちらが迂闊だったのだろうか。
……理由はわからない。その全てだったかもしれないし、そのどれも違っていたのかもしれない。
なんにしても、俺達は敗北した。それだけは事実だ。
――エルステ帝国軍率いる、宰相フリーシア。彼女の思惑通り、星晶獣アーカーシャは起動してしまった。
今の空の世界から、星の世界に関するモノを全てなかったことにする。
それがフリーシアがアーカーシャを起動して成し得たい目的だった。
世界を書き換えるなどという神にも等しい所業を成した影響は計り知れない。
少なくとも昔にあったという覇空戦争の時代から歴史は分岐するのだろう。星の民が空の世界に攻め入った戦争の影響で空の世界は大きく変わったのだという。その辺りの変化も消えてなくなるだろう。
そもそも上手く機能するかもわからないが。
それでもアーカーシャは起動し、世界は書き換わる。
真っ白な光が世界を覆い尽くし、俺達は成す術なく呑み込まれていく。最後に俺が口にしようとしたのは果たしてどんな言葉だったのか。いや、考えるまでもないことか。
きっと、消えることが確定している人形の少女の名前だったはずだ。
どんな因果があっても存在が残らないとはっきりしている彼女のことを、俺と――あと多分アポロも呼んだはずだ。
その声が届くことはなく、全てが失われた。
そしておそらく俺も、歴史が変わった世界が在ったとしても存在が残ることはないだろう。確証はないが、グランとジータと俺の三人は星の世界との関係性がなければ存在し得ないのではないかと思う。
だから世界が変わっても俺が生まれ直すことはないだろう。俺達で言うとアポロ、ドランク、スツルムはいるだろうか。いや、もしかしたらアポロはいないかもしれない。幼い頃リヴァイアサンに命を救われたというから、星晶獣のいないアウギュステで溺死するのかもしれない。
残念ながら、俺には関係がないのでせめてどう変わるにしても残った人が幸せに暮らしていればいいが。まぁこの世界の記憶はないと思うので、なにを願ったところで消えていくだけか。
虚しい気持ちはあるがどうしようもない。
そう、思っていた。
視界も思考も白に染まり、手足の感覚どころか五感全てが消失していく。なにも、なにもない。無。虚ろ。後悔などの感情すらも消滅という奔流に押し流されてなにも感じなかった。
存在全てが消えていく――。
……次の瞬間、俺は森に座り込んでいた。
「――……は?」
当然だが、まず自分の目を疑う。それでも視界に入る光景、耳で聞く木々のざわめき、土の匂い、硬い地面の感触が今目の当たりにしているモノが現実だと訴えかけてきた。
「……」
何度瞬きしても変わらない。身体も思うように動く。なにかが欠けているわけでもなく、俺はどこかの森に存在していた。
「……どこだよ、ここ」
理解の追いつかない頭を誤魔化すために声を出しながら、とりあえず立ち上がってみる。目線の高さが変わって景色の見え方は変わったが、残念ながら俺が今いる場所のヒントは見つけられなかった。
「クソッ、どうなってんだよ」
一通りのサバイバル技術は会得していると思うが、現状がなにもわからない。生き残る分には問題ないがこれから俺はどうすればいいんだ?
「……とりあえずは、地理の把握からかね」
色々な可能性がいくつも浮かぶが、なにをするにしてもここがどういった場所なのかを知らなければ行動のしようがない。全て消えると思っていたのに訳のわからない場所に飛ばされたとあっては後悔も湧き上がるし様々なことを考えてしまう。行動して気を紛らわせるしかないか。
森の中を探索しながら、自分の身体に違和感はないか記憶は定かかなどを機械的に確認していく。
記憶はある。俺の今までの生を思い返すことができる。ただし武器はない。どんな武器もある程度使えるのが俺の、俺達の長所だったが武器などの手荷物は一切なくなっていた。服装はそのままのようだがポケットに入れていた細かなモノもなくなっている。だが『ジョブ』の力は使えるようだ。武器がないので専ら【オーガ】とかになってしまうが。
「魔物も存在してるな。武器がないから多少不安だったが、なんとかなるモノだな」
アーカーシャに敗北したとはいえ、世界の命運が懸かるような戦いでもなければ負ける要素は少ないか。
しかし、現状元いた俺の世界となんら変わりがない。
本当にアーカーシャの能力は発動してしまったのか。
仮に発動したとしてなぜ俺だけがこの場にいるのか。
それとも世界改変なんて所業はいくら星晶獣でも不可能なのか。
考えてもキリがない。アーカーシャの力が本物なら別の世界線。もし偽物及び限りなく近い形で叶えるだけなら色々な可能性が考えられる。例えば、覇空戦争の影響で空の世界がおかしくなってしまったという認識なら覇空戦争の直前の時空に巻き戻る、とか。フリーシアは大それたことを言っていたが結局のところオルキスの父親がいなければ彼女もあそこまで願わなかったのだから、そこだけ改変するとかな。
「……考えても仕方がないとはいえ、考えねぇと状況を把握できねぇんだよな」
独り呟くも、応えるのは木々のざわめきと鳥の囀りのみである。
それでも数日かけて森を探索していると、ようやく森を抜けた先が見えてきた。
人恋しいというのはないので走って森を抜けるようなことはしない。しかも今がどうなっているのかもわからない状態だ。飛び出したら射殺される可能性もある。
……もう終わった後だとしても、なにかできることがあるならやりたい。
取り返しのつかない敗北を経たせいか、珍しくも意欲に塗れた自分がいる。
「……」
木陰からこっそりと森の外を確認した。森の中にある開けた空間ではなく、本当に森の終わりだったようだ。……民家もある。人は住んでいそうだが、どんな種族がいるかも、本当に俺の知る種族なのかもわからねぇし、慎重に出る必要がありそうだな。
遠目に見えた民家を、【マークスマン】を使って遠視紛いの能力を駆使し観察する。遠近感の問題もあるため断言はできないが、俺の知る家屋とそう変わらない大きさだ。文明の違いもなさそうか? 空域を越えると文明の違いが如実に出てくるという話を聞いたことがあったので、今のところファータ・グランデ空域の文明らしき場所ではある。
しばらく待っていると、民家から人が出てきた。ヒューマンの特徴と合致する。だが気軽に話しかけるのは愚策か。正直一般人と思われそうな服装じゃないからな。敵でないと口にするのは簡単だが、証明するのは難しい。他の島との交流をどれくらい持っているかもわからないし、下手な真似をすれば詰む可能性もある。旅人が通じるのかもわからないしな。そもそも島を渡る方法なんてあるのか? 確か騎空艇ってノアって星晶獣が空の民に広めてから造られるようになったんだよな?
「……面倒だな。もういっそのこと堂々と出ていって反応を窺いつつ情報を集めた方がいいか?」
今見た人も戦闘力が高いようには見えない。それなりに身体を鍛えているようだが、それだけだ。危険もあるが油断はない。あいつらと出会ってからは格上との戦闘の方が多かったくらいだし、一般人相手なら戦えると思う。魔物の強さも変わってなさそうだったしな。
「よし」
決めた。俺は隠れることをやめて、誰も見ていないタイミングで森から出るとそのまま民家が集中している方に歩いていく。ローブは脱いで脇に抱え、黒いシャツと黒いズボンで練り歩いた。擦れ違う人に注目されはするが、特に「両手を挙げて膝を突け!」と言われるようなこともない。この村だか街だかの長がいれば、丁度いいんだが。
「そこの坊や、ちょっといいかい?」
建物の間の道を歩いていると、老婆から話しかけられた。俺以外に老婆の近くに人はいなかったので、俺にだと思い身体の向きを変える。
「なんだ?」
「いや、ここじゃ見ない顔だと思ってね。最近外から人が来たことなんてないはずだけどねぇ」
普通の老婆……だよな? 妙な気配を感じる気がする。俺の気のせいだといいが、なんだろうな。
「ああ。俺もびっくりだ。気がついたら森にいて、ここがどこかも全然わからねぇ」
嘘は真実と織り交ぜることで真実味を持たせることができる。とはいえ最初から嘘ばかりではバレてしまうだろう。よって俺は、正直に告げた。
「そんな話、今まで聞いたこともないねぇ。一体どうやって来たんだか……」
「俺もよくわからないんだ。怪しまれるのは困るが、仕方がない身の上だとは自覚してる」
困った様子を見せる老婆に対して、自分から「怪しい」と口にしてしまう。真に怪しいヤツは怪しまれないように努力するだろうという先入観を逆手に取った手法だが、どうだろうか。
「なるほどねぇ――」
顎に手を当てて考え込む様子の老婆。その右腕が鋭くしなり、眼前に指先が突きつけられた。俺はぴたりと身体の動きを止める。……嘘だろこいつ。寸止めするのはわかったが、してなかったら避け切れてねぇぞ。
俺が冷や汗を掻きながらじっとしていると、老婆は手を引っ込めてくれた。
「悪くないね。怪しまれるとわかっていて紛れる度胸もある。見所のある坊やだ」
「……そらどうも」
「試すような真似をして悪かったね。行く宛てがないならうちに来るといい。余所者に厳しい島じゃないとはいえ、身元のわからない子供を泊める家は少ないだろうからね」
老婆は言うと踵を返して歩き出す。ついていくべきなのか迷っていると、
「来ないのかい?」
振り返って尋ねてきた。……怪しい婆さんだな。だがあの速度。確実にClassⅢよりも強い。俺の立場に理解を示してくれるなら、この世界の情報を集めるのにいいというのもある。罠の可能性もあるが、それなら今この場で捕らえればいいだけの話だ。それだけの力の差はあるだろう。
俺は意を決して、老婆の方へ歩き出しついていくことにした。
老婆の家には他に誰もいなかった。一人暮らしなのだろうか。なぜか用意されていた紅茶とクッキーが差し出されて、テーブルに着くよう促される。
「それで、なんでこんな辺境の島に来たんだい?」
「だから、俺もよくわからないって言ってるだろ。ホントにどうやってここに来たのかわかんねぇんだよ」
「……。嘘は吐いてないみたいだね」
当たり前だ。本当のことを隅から隅まで言えるわけもないが、下手な芝居を打つよりかはマシだろう。
「俺からも聞きたい。……この島に名前はあるのか?」
「あるよ。この島の名前は
「ザンクティンゼルだと……?」
老婆の口にした島の名前は、予想外も予想外だった。……確かあいつらの故郷じゃなかったか? こんな強い婆さんがいるとは聞かなかったが。あいつらの故郷の話なんて話半分くらいにしか聞いてなかったぞ。クソ、こんなことならもっとちゃんと聞いておけば良かったか。
話もちゃんと聞いていなかったし、結局一度も来たことがなかった。俺には未知の島に等しい。
だがザンクティンゼルだとわかれば質問のしようも出てくる。名前も聞いたことがない島だったら取っかかりすらなかったわけだからな。
「悪い、俺の言った単語に聞き覚えがあるかないかだけ答えてくれないか? もう少し状況を掴みたいんだ」
「わかったよ、好きにするといい」
前置きをしてから、ザンクティンゼルに関係のある単語を口にしていく。
「グラン」
「ないね」
「ジータ」
「ないね」
「ビィ」
「ないね」
あいつらは全滅か。
「エルステ」
「エルステ王国のことかい? なら知ってるよ」
「星晶獣」
「? なんだって?」
「……覇空戦争」
「ないね」
エルステは帝国になっていない。星晶獣にも覇空戦争にも聞き覚えはない。つまり、フリーシアの願いは叶ったということか。とはいえまだ断言はできない。星の世界そのモノが消えたのか、それともただ時間が遡行しているのか。……一度エルステに行ってみるか。星の世界が消えたのなら、元の世界で言うところのオルキスの母親が存命のはずだ。あとはフリーシアのヤツか。とはいえフリーシアの顔を見て冷静でいられる自信はねぇな。しばらくは時間が経つのを待つべきか。
「……大体わかった」
「なら良かったよ。で、坊やのことは話してくれないのかい?」
「異なる歴史を辿った別世界からやってきた、ってのはどうだ? それっぽいだろ?」
「……」
事実を言ってみたのだが、呆れられてしまった。まぁ簡単に信じられるようなことではない。冗談だと思ったのだろう。
「まぁいいよ。結局、しばらくはここにいるのかい?」
「まぁな。行きたい場所はあるが、まだ早い」
「そうかい。ならしばらくここで暮らすといい。家事は手伝ってもらうけどね。ふぇふぇふぇ」
老婆は朗らかに笑う。とりあえず危険はないと思ってくれた、ってことでいいのかね。
「それじゃあ、まずは稽古をつけてあげようかね」
「ん? 家事じゃないのか?」
てっきりそういう流れかと思ったが。
「ある程度できそうだからねぇ。それよりも、強くなりたいんだろう?」
老婆の言葉に、ぴくりと反応して身体を硬直させてしまう。……まさか、見抜かれてたとはな。
「坊やには光……いや光と表現するよりは闇と表現した方がしっくり来るかもしれないけどね。そういうのがある。それに坊やの瞳には強さに対する焦燥感や悔恨が見て取れたからねぇ。悪い話じゃないだろう?」
「……なんでも見通すような言い方しやがって」
せめてもの反論を口にするが、全て事実だ。
平然と振る舞ってはいるが、俺の内には今もオルキスを救えなかった後悔が燻っている。今更なにもできないとしても、それでも俺は強さが欲しかった。そんな俺の心情を老婆は読み取ったのだろう。
「で、どうするんだい? 嫌ならいいんだよ」
「はっ。やるに決まってんだろ」
ある種、自分を納得させるための行為だ。ちりちりと内側から焼くようなこの感覚を失くすには、強さを手に入れるしかない。
「じゃあ決まりだね」
それから、俺と老婆の奇妙な生活が始まった。
泊まらせてもらい鍛えてもらう代わりに、俺は家事などの手伝いをこなした。本当は世界を回って状況把握に努めたかったが、そう簡単に島を出られるわけではないらしい。仕方がないので老婆の下で鍛えられるだけ鍛えた。
なにかに突き動かされるように、ひたすら強さを目指す。
老婆の下で修行していて、俺は一つ上の段階へと進んだ確信を持った。
老婆で言うところの英雄方。そいつらの力は妙なことに俺が持つ『ジョブ』のClassⅢの上位互換と言っていい。それらの力を老婆から教わりながら『ジョブ』に昇華していくことで、俺は更なる強さを手にすることができたのだ。ClassⅢよりも強いということで便宜上ClassⅣと名づけている。おかげで最初歯が立たなかった老婆とも互角にやり合えるようになっていた。……この力があればアーカーシャもなんとかなったのだろうか。いや、望むべくもない。
「エルステ王国の視察団?」
ある日、俺がここに来て二年が経過した頃のことだ。なんだかんだすっかり馴染んでいたのだが、ここザンクティンゼルにエルステ王国の視察団とやらがやってくると耳にした。
「そう、視察団。なんでもこの島の逸話や遺物を調査するんだと。歴史研究家も同乗しているらしくてね。こういう辺境の島にこそ貴重な情報が眠っている可能性もある、っていう話だね」
「ふぅん……」
エルステ王国か。そういや一度行ってみたいとは思ってたんだよな。だがやはりと言うか空を自由に行き来する技術が足らず二年もここで過ごしてしまった。あれから時が経っているのでもしフリーシアと遭遇してもいきなり殴りかかるようなことはしない……と思う。
「なぁ、婆さん」
「いいよ」
俺が話を切り出そうとすると、即答で返ってきた。
「いや、俺まだなにも言ってねぇんだが」
「視察団についてエルステに行きたいって言うんだろう? それなりに長い付き合いだからね。わかるよ」
お見通しというわけか。
「そっか」
元の世界にはこういう、ちゃんとした保護者みたいな人いなかったっけな。
「世話になったな。ありがとう」
「なんだい、柄にもない。それにまだ礼を言うのは早いよ。ついていけると決まったわけじゃないんだから」
「そこは忍び込んででもエルステに行くさ」
「……」
肩を竦めると老婆は微妙な顔になった。
「ま、兎に角長い間世話になっちまったな。まだなにもわかってねぇが、あんたに会えて良かったよ」
「……柄にもなく素直じゃないかい」
「こういう時くらいは悪くないだろ。じゃあな、婆さん。老い先短いんだ、精々達者でな」
「ふぇっふぇ。安心しな、あんたよりも長生きしてやるさ」
朗らかに笑う老婆に手を振り、俺は視察団のいる方へと歩いていく。ただしいきなり接近しても怪しまれる可能性が高いため、野次馬に紛れる形で立っていた。
やがて視察団がやってくる時間が近づき、遠方の空に一つの影が見えてくる――騎空艇だ。
婆さんのところで暮らした二年間に、俺は戦闘以外のことも学んでいた。その一つが歴史や常識に関する勉強だ。なのでこの世界の技術水準などについても大体把握している。
騎空艇に関しては、実のところここ最近で発明されたモノらしい。十年くらい前にエルステ王国の天才少女が提唱した設計を、ガロンゾの職人達が形にして出来上がったのだとか。それまでは気球船と呼ばれるモノしかなかったらしい。気球船とは、空気を詰め込んだ大きな風船を括りつけ、風船の中の空気を熱することで空を飛ぶ乗り物だ。推進力も低く風や気象に左右されやすいため、かなり操縦の難しい乗り物だと聞く。だが騎空艇は操縦の勝手が違うとはいえ安定した飛行を可能とする乗り物だ。今はまだエルステ王国以外では各国一隻程度しか生産されていなかったが、その画期的な乗り物をどんどん生産していくという方針になっている。
加えてその発明をした天才少女が細かな設計図を世界に公開しているため、世界中で生産が進められているという状況のようだ。
本来であれば覇空戦争前に星晶獣によって齎されるはずなのだが、どうやら歴史の強制力とやらが働いたのかこの世界にも騎空艇は存在しているらしい。名前まで一緒とは奇遇なモノだな。
「あれがエルステ王国の騎空艇か……」
「気球船より断然速いじゃないか」
辺境のザンクティンゼルには、気球船など滅多に来ない。偶に来るようだが俺が来てからの二年間は一度も来航していなかった。そんな田舎者達にとっては、騎空艇が物珍しくて仕方ないのだろう。騎空艇が着陸する前からざわざわしていた。
ザンクティンゼルの端、一応港と思われる一端に集まった野次馬に紛れて着陸した騎空艇を見上げる。
完全に俺が知っている騎空艇と同じだった。街の人達は「こんな形で空を飛ぶなんて信じられない」などと好き勝手言い合っている。まぁ、俺も騎空艇の空を飛ぶ仕組みまでは理解していないから、説明しろと言われてもできないのだが。
野次馬の注目を集める中、騎空艇から次々と人が降りてくる。俺の記憶のエルステ帝国軍と同じような装備品で整えた兵士達が何人も降りてきた。空にも魔物がいるので、魔物の対抗するための戦力なのだろう。しかしなんだろうか。今の俺からしてみれば敵ではないのだが、エルステ帝国軍よりも練度が高いような気がする。
先に降りた兵士達が一列に並んで待機した。重役が降りてきそうな雰囲気がある。
「仰々しい真似は控えて欲しいといつも言っているでしょう」
甲板の方から聞こえてきた女性の声に、俺は目を見開いた。ハッとして顔を上げれば、一人の女性が甲板から降りてきている。
長い茶髪を編み込んで左肩から前に垂らしている、眼鏡の女性だ。縦縞の白い服の袖はなく、剥き出しの肩から少し下げて黒い服を羽織っている。白に近い灰色のパンツの腰にはベルトを撒いており、左右に剣と銃を提げていた。豊かな胸や腰つきが女性らしくもあるが、並みの兵士より格段に強いとわかる。右手には大きな本を抱えていた。一見すると知的でおしとやかな美女という雰囲気を持っている。
「えっ……?」
だが、間違いはない。ここに来て二年経つが、俺は一切それまでの記憶を忘れていない。あれだけ敗北の味を思い知らされたのだから当然だ。その俺の記憶の中にある顔と、一致はしないが見間違えるはずもなかった。
――あの女性は、アポロだ。
元々見た目がいいのはわかっていたが、まさかあんなはっきり美人とわかる見た目になっているとは。いや違うそうじゃない。
明らかに別人のようだった。というより前回俺と面識があったヤツと会うのは初めてのことだ。果たして彼女が俺と同じく記憶を保持しているのかどうか。いや、見た目は二十くらいに若返っている。変に期待しない方が身のためか。
……そういや、元々エルステに行ったのは歴史に興味があったからって話だったか。それなら視察団に志願してるのも頷ける。
昔アポロに聞いた話を思い出して、なんとなく彼女の経歴を察した。エルステでオルキスと仲良くなって、その後フリーシアによって星晶獣デウス・エクス・マキナが起動。オルキスが抜け殻になってしまったためにアポロは七曜の騎士にまで昇り詰め、エルステを帝国に変えた。それが俺の記憶にあるアポロニア・ヴァールの過去だ。となると星晶獣がいない、星の民もいないことでフリーシアはなにもせずオルキスの母親を見守っているのだろうか。だからアポロも歴史研究家としての道を歩んでいる、と。
「……」
本当は視察団に無理を言ってでもついていく予定だった。だがアポロが別人になっているとわかってしまうと、どこか躊躇してしまう。俺の存在が彼女の邪魔になってしまうのではないかと。
視察団を歓迎する村長の挨拶など頭に入ってこず、俺は考え込んだ。いつまでもここにいるわけにはいかないが、かと言ってアポロと一緒に行くのもな。
「この村に、なにか不思議なモノや歴史的価値のありそうな石碑などはありますか?」
「ふむ……。そういえば、森の奥に起源のわからない祠がありましたな」
「ではそちらに案内していただいても?」
「もちろんですとも。しかし森には魔物が出ます。それに迷いやすい」
「魔物は我々でも対処可能ですが、道案内はお願いしたいですね」
「それならうちの弟子を使うといいよ」
村長とアポロが話していたかと思うと、別れの挨拶をしたばかりの老婆が出しゃばってきた。……弟子って、俺のことじゃねぇか。
「弟子、とは?」
「鍛えてやっていた弟子でね、腕は保証する。足手纏いにはならないし、森にはよく行っていたから道案内も完璧。村長、構わないね?」
首を傾げるアポロに、老婆は応える。まぁ確かに修行のためとか言って森に放り込まれて散々歩き回ったけどさ。祠の場所も一応覚えてはいるけどさ。
「もちろんだとも。彼なら問題ない。このザンクティンゼルでも一番の腕利きですからな」
村長も笑って承諾している。いやだからまだ迷ってるんだってば。
「ほら、コソコソしてないでいい加減出てきたらどうだい?」
遂に老婆の視線が野次馬に紛れた俺を射貫く。……クソ、視察団についていきたいって言ってた俺を手助けするにしろ、強引すぎるだろあのババア。
しかし逃げるわけにもいかない。それに間違いなくチャンスではある。エルステに留まるかどうかは置いておいて、ザンクティンゼルから出るいい機会にもなる。
俺は観念して、頭を掻きながら野次馬を掻き分けて前に進み出た。老婆の弟子が俺であることはザンクティンゼルにいる全員が知っているので、逃れる術はない。
「彼が案内を?」
「そうだよ。まだ若いけど、腕は保証する」
アポロは俺を見ても顔色一つ変えなかった。……やはり覚えてはいないか。まぁ俺がイレギュラーなだけで、基本はリセットされているはずだからな。
「そうですか。ではよろしくお願いします。私はこの視察団を率いるアポロニア・ヴァールと言います」
「こちらこそ、よろしくお願いしますね。アポロニア様」
アポロは丁寧な口調で言って軽く会釈してくる。俺は彼女より深く頭を下げて礼を尽くした。顔を上げるとあまり表情のない彼女の顔が若干怪訝になっているような気がする。
「? どうかしましたか?」
「……いえ、なんでもありません。日が暮れるまでに戻ってきたいので、早速案内をお願いしてもよろしいですか?」
「はい、かしこまりました」
おそらくだが、あまり恭しくされるのが好きではないのだろう。一応視察団の最も偉い立場ということなので様づけしたが、それが嫌なのかもしれない。とはいえ俺はこの村の新参者なので、村長ですら敬語を使う相手を様づけで呼ばないのも変だろう。……婆さんは気にせずタメ口だったが。
ということで、婆さんの補助もあり俺がエルステの視察団を案内することになった。
案内役ということで俺が先導し、アポロ以下エルステ王国の兵士達が続く。
道中は特に俺との間に会話なく、大体無言で森を突き進んでいった。兵士達も会話をしないので、偶に俺が声をかけた時以外はなにも話さなかった。まぁただの案内役なのでこんなモノだろう。
「祠方面に魔物がいますね。迂回しますか?」
「いえ、直進しましょう。……それにしても、随分と察しがいいのですね」
「ええ、まぁ。普段から森に放り込まれているので、索敵能力だけは高いんですよ」
尋ねた俺に返す形での会話はあった。ただやはり、なんと言うか、別人とはいえアポロと他人行儀なやり取りをすると違和感が半端ない。別人だとわかっていても、だ。
「……飛んでいるのがいますね。撃ち落としますので、地上の敵とトドメはお願いします」
「いえ、手伝いましょう。残りは頼みますよ」
木陰から魔物の数と位置を正確に把握して、飛んでいる鳥の魔物が五体いることを確認する。これまでもそうだったが、俺は基本的に弓で援護するだけにしていた。
俺が弓を手に取ると、アポロも横に並んで腰の銃を持つ。
「左の三体はやりますね」
「では残る二体を私が」
五体をそれぞれ分担した。俺は矢を三本番えると三体へ狙いをつける。それからアポロを向くと銃口を一体に向けてこちらを見ていたので、視線を逸らすと同時に三本の矢を放った。ほぼ同時に近くから発砲音が聞こえ、計四体が撃ち落とされる。攻撃を受けてから驚き敵意を向けてくるが、空の一体はアポロが撃ち落とした。地上の魔物は兵士達の見事な連携で倒されていく。
遭遇した魔物の群れも呆気なく討伐して、ハイペースに森を進んでいた。アポロも相当強いが、兵士達の練度が高いことが一番の要因だろう。というのもアポロは基本的に手を出さないからだ。こういった実戦も部下? の訓練ということなのだろうか。そういえば前からアポロは教えるのが上手だったっけな。
「いやぁ、ダナンさんはかなりの実力をお持ちですね。村一番の腕利きというのも頷けます」
戦闘終了後、一人の兵士が声をかけてきた。
「ありがとうございます。皆さんも素晴らしい連携ですね」
「我々のはエルステ王国最高顧問様のおかげですがね」
「最高顧問様という方は余程優秀な方なんですね」
他愛もない雑談をしていたら、なんだか妙な空気になる。首を傾げて兵士を見たら、ちらりとアポロの方を見やった。……なるほど、アポロが最高顧問ってことか。
「なるほど、アポロニア様が最高顧問だと。納得です」
「いいから先に進みますよ。祠はもう近いのでしょう?」
俺が頷くと、アポロはやや照れ臭そうにしながらずんずんと進んでいく。兵士達が苦笑しているのがわかった。
そういえば元々アポロはエルステ帝国の最高顧問の立ち位置にあったな。歴史は繰り返すというヤツか。まぁ元来優秀な人物なので、世界がどうなったとしても上の地位を手に入れることはできるということだろう。
「これが目的の祠です」
やがて俺達は森にある祠に辿り着いた。前もこんな祠があったかどうかまでは、俺にはわからない。
「……これが」
アポロは慎重に祠へ近づくと、前屈みになって祠に触れた。なにかを探しているのか、祠の隅々まで探っている。兵士達は周囲を警戒するように外側を見張っていた。俺はやることもなく、ぼーっとアポロの調査を眺める。
アポロは時々大きな本を開いてメモを取りながら祠を確認していた。本だと思っていたが、中身が手書き若しくは空白だったので巨大なメモ帳なのだろう。後ろからこっそり見ていたが、祠のスケッチを描いているようだった。意外と上手い。こういうことを繰り返しているからだろうか。
「祠の中を確認します」
言って、アポロは祠に取りつけられた小さな扉を慎重に開く。しかしなにも入っていなかった。
「……なにもなし、と。祠は調べ終わりましたので、戻りましょうか」
アポロは扉を丁寧に閉じると、本を閉じて兵士達と俺に告げる。再び俺の案内で、森を進み村へ出た。
森を出る頃にはすっかり日が暮れてしまっていた。視察団も急いでくれというようなことはなかったので、比較的のんびり進んでいたのもある。あと案内役の俺がいながら怪我をさせてしまったら後が大変そうなので、慎重に進んでいた。
森を抜けて村に戻ってきた俺達を出迎えた村長がアポロに話しかける。
「調査は無事に終わりましたかな?」
「はい。ありがとうございました。他になにかあれば、また」
「もちろんですとも」
「では私達はこれで」
「今日一晩ぐらい泊まっていったらどうだい? なにもない島だけど、ご飯ぐらいは用意できるからね」
「いえ、私達は……」
「もう日が暮れています。明日出航した方が安全ですな」
「……そうですね。では、今夜はご厚意に甘えさせていただきます」
村長と、ついでにいた老婆によって視察団は今晩ここに泊まることになった。
「ほら、ダナン! あんたが夕食を用意するんだよ」
「は? なんで俺が」
「あんたの料理が一番美味いからに決まってるじゃないかい」
俺がここに来るまでに培ってきた技術は消えていない。料理もその一つだった。だからこそ老婆どころか村全員に気に入られてしまっているのだが。
「ダナンが作る料理なら問題ないな」
「ついでに私達の分も作っとくれ!」
なんていう声が口々に飛んでくる。……全く、仕方ねぇ。
「わかったよ、しょうがねぇなぁ。食材は用意してあるんだろうな?」
周囲の圧に押されて、結局俺が村と視察団全員分の夕食を作ることになったのだった。いやまぁ、別に料理は嫌いじゃないんだけど。流石に大変だった。
「随分と楽しそうに料理をするのですね、彼は」
「ずっとあんな感じだよ。最初っからね」
俺が料理していると、それを見ていたアポロと婆さんがなにやら話している。
「最初から? 彼はここの生まれではないのですか?」
「そうだよ。二年くらい前に突然現れてね。どうしてここにいるのかわからないなんて言うもんだから」
「二年前……そうですか」
「ま、気になるなら本人に聞くといいよ」
いくらアポロ相手とはいえ、そう簡単に俺が訳のわからない単語を繰り返していたことを口にはしなかった。まぁあの老婆ならこうして俺が聞き耳を立てていることくらい気づいているだろうし、言うわけもないか。
アポロに料理を渡そうとしたら最後でいいと言われてしまい頑固にも譲らなかったので、視察団の兵士達と村の人々を優先した。最後、アポロに料理を渡す。
「資料をまとめる時間もありますので、騎空艇の自室で食べてもいいですか? 皿などは後で返却しますので」
「構いませんよ」
「ありがとうございます。では私はこれで」
「はい。冷めない内に召し上がってくださいね」
兵士達も気さくな人ばかりで、村の人達と一種の宴のように騒いでいた。だがアポロは盆で料理を受け取ると、ここでは食べようとせず寝泊まりしている騎空艇へと戻っていく。
資料をまとめる時間があるからという理由は嘘ではないようだが、なんとなく真意ではない気がした。まぁそれを指摘して無理に引き留める必要もないだろう。ちゃんと食べてくれるなら言うことはない。
アポロを最後、と言ったがそれは俺本人を含めない場合、だ。おかわり分も作ってはいたはずだが皆が美味しい美味しいとよく食べてくれたので、俺は丁度一人分くらいにしておこう。元々そう大食いでもないことだし、皆が食べてくれる方が俺としては嬉しい。
というかあの婆さん、別れを告げた癖になんだかんだ話すよな。ただもう帰ってくるなと言われそうなので、泊まる場所がなくなってしまった。別に野宿でもいいか。
ザンクティンゼルの人々はなにもない田舎だからこそ、外から来た視察団の歓待を理由に宴をしたい。
視察団としても堅苦しい調査が終わったことだし宴はしたい。
そんな感じで利害が一致したからか、村は夜遅くまで大騒ぎの状態だった。アポロは騎空艇に戻り、老婆はいない。俺も野宿する場所を探してうろついていたのでこの三人以外は参加していたようだが。
宴の喧騒から離れた静かな場所で地面に寝袋を敷き、仰向けに寝転がって星空を見上げる。
「……明日はちゃんと、言わねぇとな」
エルステ王国まで乗せていって欲しい。結局それは言えていないので、明日の出発前に申し出るとしよう。
その先どうするかは兎も角、今は目の前のことだ。
目を閉じて眠りに着く。老婆の下で修業する過程で、必要な時に必要なだけ睡眠が取れるようになっていた。きっちり起きようとしていた時間に目を覚ます。
まだ早朝、朝露が晴れない時間帯だ。
身体を起こしてストレッチをする。寝袋を畳んで日課である鍛錬を始める。俺はそういう風に生まれた都合上、どんな武器でも扱える。どんな魔法でも扱える。だから日課としてその全てを一通り使うということを毎日欠かさず繰り返していた。
俺や、元の世界線にはいたグランとジータはそういう風に生まれ持ったのだから納得がいく。ただしあのババアは別だ。なんの特別性も持って生まれていないのに、全てを一通り極めていやがる。もちろん習得には長い歳月を必要とすることだろう。そもそも才能がなければ使うことすら許されないこともある。……まぁ、そんな老婆のおかげで、元々の俺より何倍も強くなったのは有り難いんだけどな。
「早朝から精が出ますね」
そうして鍛錬をしていたら、少し離れた位置から声をかけられた。アポロだ。接近には気づいていたが、どういう理由でここに来たのかわからなかったため、近づいてくるようならそれを待っていた形だ。
鍛錬の手を止め、アポロに向き直る。
「アポロニア様こそ、こんな朝早くから調査ですか?」
早朝からと言うならお互い様だ。女性は身支度に時間がかかるそうだし、俺とそう変わらない時間に起きたと見ていい。
「いえ、貴方と同じですよ」
しかしアポロは仄かに笑みを浮かべて応えた。調査ではなく俺と同じ、鍛錬が目的なのか。
「折角の機会です、手合わせ願えますか?」
アポロはそう言って、俺と数メートル離れた位置で立ち止まり腰の剣の柄に手をかけている。そういえば大きな本を持っていない。元々調査をする気はなかったのか。
「構いませんが、真剣でですか?」
「はい。貴方は相当腕が立つようですので、多少の怪我で済むでしょう」
アポロは自分が勝つと疑っていない様子だ。……俺もこの二年で強くなった。しかもアポロはオルキスのことがないため、そこまで必死に鍛錬していないはず。そう考えるとアポロは俺が知るほど強くないと思われるので、俺が勝つとも考えられる、のだが。
なんだろう、アポロももっと強くなっている気がした。
「……わかりました。貴重な機会ですからね、お願いします」
「では、早速始めましょうか」
警戒心を強めて、アポロと対峙する。彼女はすらりと腰の剣を抜き放ち、腕を下げた。しっかりとは構えていないが、隙が見出せない。やはり俺の勘は正しかったようだ。老婆に散々鍛えられた俺が、それでも強いと思うほどの相手。
俺は腰の短剣を抜いて低く構える。この感じ、アポロは俺の攻撃を待つな。ってことは俺から仕かけるしかないか。
視線を交錯させ、無言になれば静寂が降りる。風に揺れて擦れる木の葉の音しか聞こえてこない。
今のアポロなら、俺の全力も受け止められるだろう。挑む気持ちで真っ直ぐに駆け出した。
身体能力が数値として表されているわけでもあるまいし、正確には言えないが。今の俺の素の身体能力はClassⅢよりも高い。だがアポロは問題なく目で追えていた。
短剣の間合いに入って短剣を振るう。アポロは難なく剣で受け止めた。
「やはり、強いですね」
「そちらこそ」
俺が全力で押しても一切刃が動かせない。力は相手の方が上か。
一旦引き、角度を変えて何度も刃を振るう。だがその全てはあっさりと防がれてしまった。早朝の静けさの中、剣のぶつかり合う金属音だけが響く。
ただの手合わせなので勝ちにいかなくてもいいのだが、アポロがまだまだ余裕そうなのでもう少し頑張るとするか。
後退して短剣を納め、置いておいた槍を手に取る。持った途端手に馴染むまでになっていた。武器種に関わらず、加えて新しい武器であっても即座に馴染むようになっている。
槍をくるくると弄び、しっかりと掴んだ後走り出した。突きと払いを組み合わせてアポロの防御を崩そうとしてみるが、完璧に対処されてしまう。……多少無茶をする必要はあるか。
再び後退して、ノーモーションで槍を投擲した。不意を突く作戦だったが剣で弾かれてしまう。俺は前方に駆け出して、勢いをつけ空中で身体を捻り、弾かれた槍の石突を回し蹴りで思い切り蹴りつけた。槍の先は見事にアポロへと迫り、剣で防御されてしまったが普通の突きよりも格段に威力の高い攻撃だ。アポロの体勢を崩すことに成功した。
着地してすぐに腰の短剣を抜き放ち低い姿勢から肉薄する。アポロはまだ体勢を立て直せていない。今が狙い目、と刃を向けたが。
「クアッド・スペル」
アポロが使っていない左手の周囲に小さな火、水、風、土の四つの球を出現させた。その四つを掌に握り込み、突っ込む俺へと突き出してくる。嫌な予感がして咄嗟に横へ跳ぶと、魔力の奔流がさっきまで俺のいたところを通過した。地面が大きく抉られ、軌道上にあった木が削られている。
「どうやら、私が思っていたよりも貴方は強いようですね」
「そちらこそ」
アポロの年齢が元の世界よりも若いことを鑑みても、断然強くなっている。今の俺は老婆の特訓によってかなり強くなっているはずなのに、押され気味だ。どれだけ強くなったかというと、『ジョブ』を使っていない状態で元々のClassⅢを超えるくらいには。
『ジョブ』は発動することで身体能力を数倍にまで引き上げてくれる。つまり当時から考えると数倍の強さを手にしているはずだ。それでも七曜の騎士には及ばないだろうが、あの時よりも若いアポロがその俺よりも強いと考えると、異常な世界線である。
……俺が『ジョブ』のClassⅣを使っても、全力のアポロに勝てるかわかんねぇなこりゃ。
内心で彼女の強さに感服した。
その後も色々な武器、型に嵌らない戦略で挑んだが、結局一度もアポロに攻撃が当たることはなかった。当たりそうでも寸止めはするが、そこまですらなかったのだ。まぁ、それは相手も同じだが。
「ここまでにしましょう」
アポロが剣を納めて、長いようで短かった手合わせが終了する。
「これだけ手応えのある相手は久し振りです。村一番の強さ、というのも間違いではないようですね」
「アポロニア様こそ、最高顧問の名は伊達ではありませんね」
その上歴史研究家でもあるという。文武両道の才女とはこのことだ。
「貴女ほどの方がエルステに来てくれれば助かるのですが……あっ、いえ。今のは聞かなかったことにしてください」
アポロはついといった風にそんなことを口にした。これはチャンスだ。
「いえ、願ってもないことです」
「えっ?」
「エルステ王国に留まるかはわかりませんが、この島を出たいと思っていました。移動手段も限られているので、視察団の騎空艇に同乗したいとも」
「……」
「エルステ王国に滞在し続けるかはわかりませんが、お願いできませんか?」
少し驚いたようなアポロに、これを機に同行を申し出てみる。エルステ王国にずっといるとは限らないが、この島を出て行動を始めるには視察団の艇に乗せてもらうのが一番の近道だ。
「……貴方の処遇は、私の一存では決められません。ですが、エルステ王国まで乗せていくことはできるでしょう」
「本当ですか?」
「はい。貴方は非常に優秀ですので、勧誘してきたと言えば同行は許されるでしょう」
「ありがとうございます、アポロニア様」
「いえ。では私はそのことを伝えてきます」
「はい、お願いします」
思いの外すんなりと同行が認められてしまった。まぁ、目的が達成できたんだからいいとするか。
というわけで、俺は視察団の騎空艇に乗ってエルステ王国へと向かうことになった。
「達者でなー!」
「いつか帰ってきてねー!」
俺がザンクティンゼルを離れると知った村の人達が、俺を見送るために集まってきてくれている。だがそこに老婆の姿はない。来ないとは思っていたし、言えなかったことは手紙にして置いてきていた。今生の別れでもあるまいし、直接顔を見なくてもあの婆さんなら元気だろう。
「では出発します」
アポロが言って、騎空艇は島を離れていく。
俺は見えなくなるまで、縁に寄りかかって皆に手を振っていた。
「……騎空艇に初めて乗る人は皆、驚くのですが。貴方は随分と落ち着いているようですね」
空を突き進む騎空艇で久し振りに見る空の景色を堪能していると、アポロから声をかけられる。
「いえ、これでも驚いていますよ。騎空艇が問題なく飛ぶことは来た時にわかりますし、今は景色を見たい気分というだけで」
元の世界では普通だった騎空艇も、今は数少ない希少な乗り物だ。新鮮な反応がないのは確かに不自然かもしれなかった。俺の驚きの種類は、実際に乗ってみても元の世界の騎空艇と同じなんだな、というモノだったが。
「確かこの騎空艇も、エルステの方が発明したんですよね? 十年ほど前に、天才少女が考案したモノだと聞いています」
「え、ええ。そうですね」
あまり突っ込まれてボロが出ても嫌なので、俺は話題を変えることにした。アポロに顔を向けると、やや頬を赤くしている。
「……おぉ、アポロニア様が珍しく照れていらっしゃるぞ」
「……貴重なワンシーンだな」
こそこそと言い合っていた兵士二人は、アポロに一睨みされて退散していた。
「んんっ! ……一般的にはそうなっていますが、実際のところその少女の曖昧な提案を、ガロンゾの職人達が技術を結集して形にした、というのが正しいです。あまりにも突飛な案だったため誰にも受け入れられそうになかったところを真剣に聞き入れ拾い上げた方もいました。決してその少女だけの功績ではありません」
アポロは咳払いをしてから、真面目な口調で説明する。
「それでも、その娘がいなければ騎空艇はなかったのでしょう? 充分凄いと思いますけどね」
発案がなければ形になることも、真剣に考案することもなかった。人類は今でも気球で空を飛んでいたかもしれない。充分に誇っていい功績だと思う。
「この話はやめましょう。他になにか聞きたいことはありますか? エルステ王国の王都メフォラシュまで数日かかります。その間、質問を受けつけましょう」
あからさまに話題を逸らされた。まぁ俺としても深堀りしたい話ではなかったので、有り難く色々なことを聞くとしよう。
「では折角なので。アポロニア様は歴史研究家ということですので、少し歴史についてお聞きしてもいいですか?」
「もちろんです。歴史に関して、私以上の適任はいませんからね」
快く引き受けてくれたので、俺は不明瞭な歴史についてアポロに質問していくのだった。……歴史のことになると饒舌になるのは、彼女が歴史好きだからだろうか。
◇◆◇◆◇◆
王都メフォラシュのある島へと到着した。俺の記憶にあるのとあまり変わらない、砂漠の島だ。ただし港に大きなゴーレムが番人のように鎮座していた。エルステ王国は確か、星の民が関与するまではゴーレム産業で栄えた国だったか。星晶獣がいないこの世界では、立派な戦力となっているのだろう。
「お帰りなさい、アポロ!」
騎空艇が港に着くと、溌剌とした声が出迎えてくれる。甲板から覗き込むと、豪華なドレスを着込んだ二十ほどの女性が笑顔で手を振っていた。
「
アポロは苦笑して言う。……オルキスだって? そんなわけがない。オルキスは星の民のいないこの世界では生まれないはずだ。
予想外の人物に、俺は思わず硬直してしまう。
「だってもうすぐ帰ってくるって聞いたんだもの! その様子だと、調査は上手くいったみたいね」
「はい。予想以上の成果です」
「後で詳しく聞かせてね! でも、皆の前だからって畏まらなくていいのよ?」
「一応、お転婆殿下に対しても礼節は尽くさないといけませんので」
「酷い! 不敬よ、不敬」
微笑を浮かべたアポロと、表情がころころと変わるためか心なし幼く見えるオルキス。確かにアポロから聞いた天真爛漫な王女と合致する印象だ。だが、本人のはずはない。実際、よく見てみると瞳の色が違う。青い瞳をしていた。……要するに、別の人と結婚したオルキスの母親が生んだ子供ということか。まぁ王族だもんな。誰かとは結婚して血筋を保つ必要がある。
俺の知るオルキスは父親が星の民だったために見た目が幼かったが、このオルキスは空の民と空の民の子供だと思うので、普通に成長して大人になっているのだろう。
名前が同じなのはまぁ、片親は同一人物だからかな。
「あら? そちらの方は? 視察団ではないでしょう?」
「はい。ザンクティンゼルで勧誘してきた、優秀な者です。私と同じくらい強いですよ」
「アポロと? 凄い、とっても強いのね! もしかして予想以上の成果って彼のこと?」
「はい、そうですよ」
「ふぅん? それは楽しみだわ。後で詳しくお話ししましょうねー!」
オルキス王女はぶんぶんと手を振ってくる。王女とは思えないほどの人物だ。思わず苦笑してしまう。港までわざわざ迎えに来るフットワークの軽さと言い、天真爛漫さと言い。
アポロに続いて他の者も艇を降り、オルキスとアポロを先頭に港から歩いて進む。王女の護衛もいるが、二人の会話を邪魔するようなことはなかった。
俺は視察団に紛れてエルステの街並みを見回しながらついていく。が、ふと振り返ったオルキスと目が合った。気のせいかとも思ったが、手招きされてしまう。アポロの方を見やると頷かれてしまった。行かないといけないようだ。
仕方なく、整列している兵士達の横を抜けて二人の下へ行く。
「こんにちは。私はオルキス、このエルステ王国の王女なの。貴方のお名前は?」
「ダナンと言います」
「ダナンさんね。ねぇ、アポロが外から人を連れてくるなんて珍しいの。なにがあったか教えて欲しいな、って」
「アポロニア様とは、多少手合わせをしただけですよ。その後元から島を出たいと思っていたので、是非連れていってくださいと」
「ふぅん……」
にこにこと親し気に話しかけてくるオルキス王女。俺が知らないだけで、元のオルキスもこんな感じだったのだろうか。
しかし俺の返答に対して、彼女はややつまらなさそうにしていた。
「そう、それは残念。アポロにもようやく春が来たかと思ったのに」
「はぁ」
「アポロったら、見た目だけはいいのに全然そういうことに興味ないの。歴史の研究ばっかりで色恋の一つもない」
やれやれ、という風にオルキス王女は言った。だが俺の知るアポロも誰かと恋愛する様子なんて思い浮かばない。なんと言うか、オルキスを救うために全てを捨てた、という感じがしていた。もし恋愛するとしたらきっと、その辺りが綺麗に片づいてからなのだろう。
「オルキス」
アポロがやや低い声でオルキス王女を呼んだ。びくりと肩を震わせるオルキス王女。
「えっと……ほら、人生って色づいた方が楽しいでしょ?」
「私は今のままでも充分ですよ。それに、そんなモノに現を抜かしていられるほど、時間はありませんので」
「そうやって興味がないとか時間がないとか言ってるから行き遅れるのよ」
「余計なお世話です」
王女とこんな気さくなやり取りをしていても、誰も咎めることがない。どころか二人のやり取りを微笑ましく思っているような空気すらある。……アポロとしては、こっちの方が幸せなのかもしれないな。
「お二人は仲がいいんですね」
「それはもう! 十年以上の付き合いだもの。でもアポロってあの時からあんまり変わってないよね。大人しくて思慮深くて強い」
「オルキスこそ、いつまでも子供っぽいままで変わってないでしょう?」
「子供っぽいって言わないで!」
「大人の頬はフグのようには膨らみませんよ」
頬を膨らませて怒るオルキスに、アポロは平然と返していた。仲が良い証拠だろう。
時々俺にも話が振られつつ、俺達はメフォラシュの中心地へと向かっていった。
通りかかった街ではオルキスとアポロに声をかける人も多い。二人がエルステの都に長いこと馴染んでいるからか。
「ダナンさんは、しばらくエルステに滞在するんでしょ?」
王宮に着いたところで、オルキス王女と護衛達は分かれることになった。行き先が違うのだろう。別れる直前オルキス王女から尋ねられる。
「ええ、まぁ。そのつもりですよ」
「それならアポロの視察団に同行するといいわ。色々な島に行くし、丁度いいでしょ」
確かにそれなら俺にとっても都合がいい。
「お母様には話を通しておくわ。アポロ、タイミングを見てダナンさんを連れてきて頂戴」
「わかった」
天真爛漫な様子が少しだけ鳴りを潜め、王女としての顔が覗く。奔放に見えるが、きちんと仕事はしているのだろう。サボってばかりならこうして自由に外へ出ることも禁止されているか。
「じゃあ、またね」
手を振ってから、オルキス王女は護衛を連れて王宮内へと歩いていった。
「では私達も解散としましょうか。視察団としての同行、ご苦労様でした」
アポロがついてきていた兵士達に告げると、兵士達は敬礼して応え去っていく。
「彼らは視察団として同行してもらっていますが、本来はただの兵士です。騎空艇での移動中は訓練がいつもよりできないため、隊毎に分けて同行してもらう者を変えています。騎空艇の操縦訓練の意味もありますね」
なるほど、実際には視察団ではないのか。実質アポロ一人で視察していたし、彼女一人を自由に行動させるわけにはいかないから、同行者をつけていると。
「なので実際には私一人で活動していることになりますね。他にも歴史研究家をやっている方はいますが、私とは若干分野が異なりますので滅多に同行しません」
「アポロニア様の研究している分野はなんなんです?」
「――創世神話」
彼女の口にした言葉は、確かに歴史研究としては異質な気がした。
「創世神話、世界の成り立ちに関わる研究ですか」
「はい。無論この世界が紡いできた歴史を紐解くのも大変興味深いのですが、私の研究はその更に前の話になります」
「どうして創世神話を?」
「……」
尋ねると、アポロは口を噤んでしまう。他人には言いにくいことなのだろうか。
「――神はその身を二つに裂き、一方の神は空に留まり、もう一方の神は空の果てに世界を創った」
彼女は静かにそう言った。
「……それは」
「私がこれまでに調べていた創世神話にて、そう書かれていました。神話を記録したモノは少ないのですが、大まかにはそういった内容でした」
それは
俺はそこまで創世神話に詳しいわけではないので確かなことは言えないが、おそらく元と変わっていない。星の世界が消えて次はなんか別の世界です、という話でもないのだろう。
もし、創世神話が元いたのと変わっていないのなら。今の世界線にも、星の世界が在るということになってしまう。……アーカーシャが正常に機能しなかったのか、それとも星の民が予め自分達には危害を加えられないようにセーフティをかけていたか。どちらにしろ、星関連のモノはなに一つとして消え去っていない。
だとしたら今のこの世界は星の民が侵略してこなかった、という世界に過ぎないことになる。
そしてこの均衡がいつまで続くかはわからない。……星の民はいずれ、空の世界を侵略してくるだろう。
想像以上に厄介なことになっていやがる。
フリーシアの望みは、星の民であるオルキスの父親にオルキスの母親が現を抜かさないようになること。端的に言ってしまえばそんなところだ。今現在、その願いはおそらく叶っている。となればその願いが達成された状態になっている世界に、アーカーシャの書き換えがどれだけ機能すると言うのか。
「……」
あまり時間は残されていなさそうだな。侵略してきたら空の世界は一溜まりもない。もし戦ったとしても、覇空戦争が勃発するだけだ。
「ダナンさん? どうかしましたか?」
アポロに声をかけられて、はっとする。予想外の情報に、かなり考え込んでしまっていたようだ。
……これからどうするかは、決まった。他の島に移り住む必要がない。
「……アポロニア様。俺に、あなたの手伝いをさせてくれませんか?」
「えっ?」
俺は真っ直ぐにアポロを見つめて、告げた。アポロは珍しくきょとんとしていたが、
「それは、なぜ?」
「いえ、もしもの時のためですよ。少し思うところがありまして」
「……。貴方のような方が手伝ってくださるのでしたら、有り難いのですが」
曖昧な理由だったが、受け入れてはくれそうだ。
「ダナンさん、貴方は――いえ、なんでもありません」
アポロはなにかを言いかけて、首を振った。なにを言おうとしていたのか、なぜ言わないのかはわからない。
「ここが私の家です」
数秒の間があって、しかしすぐにアポロの家に到着したようだ。目の前にあったのは一人で住むには大きな家だ。他の一軒家よりも大きい。
「一人暮らしをするには大きい家でしょう? 私の研究資料なども保管してあるので、職場も兼任しているのですよ」
「なるほど、それで」
それなら納得のいく大きさだった。
「しばらくはここを使ってください。元が宿屋だったので個室が充実していますから」
「いいんですか?」
「はい、特段困ることはありません」
見ず知らずの他人を家に住まわせるとは、大胆だな。見ず知らずの人物だからこそ、か? 勝手に行動されると困るのかもしれない。アポロなりの考えがあってのことで、ただ無頓着なだけではないと思うが。
鍵を開けて中に入ると、広い室内が広がっていた。元が宿屋だったというのも本当なのだろう。今は研究資料の棚や道具などでスペースが埋まっているが、入り口正面の奥にあるカウンターなんかはそれっぽい。カウンターの奥に扉があり、そこから別の部屋に繋がっているようだ。入って左手に階段があり、二階へ続いている。建物の大きさからしておそらく二階建て、あっても屋根裏までだろう。
「二階はほとんど使っていないので、どの部屋も空いています。家具もそのままにしているので一通りは揃っているはずですが、小まめに手入れしているわけではないので掃除する必要があるかもしれませんね」
荷物は一旦適当なところに置くように、とのことだったのでその辺に置いておいた。
「とりあえず二階を掃除するところから、ですかね」
「では自分でやっておきますよ。掃除用具はどこですか?」
流石にそこまで世話になるわけにはいかない。アポロから掃除用具のある場所を聞き、俺は二階へ上がった。……確かに若干埃っぽいな。階段を上がっていくにつれてその傾向が強くなり、二階の廊下を見て確信する。
元が宿屋だったからか掃除用具は一通り揃っていたので、早速取りかかるとしよう。
まずは廊下からやるか。ハタキ以外の掃除用具を一旦手前の部屋に置いておく。電球や高い縁の埃を払うところから取りかかるべきだな。脚立と布が必要だ。一階に下りてアポロから脚立の場所を聞き、荷物から布を二つ引っ張り出して頭と口元を覆う。重ね着していた上着を脱いで腕捲りをし、脚立を持って二階に戻った。その後はハタキでひたすら埃を払い落とす作業。ほとんど使わないだろうが、折角なので全体的に掃除してしまおう。埃を払った後はモップを使い床を水拭きしていく。木製じゃないから水で腐ることもなさそうだ。一応モップを絞ってもう一度拭いていった。
廊下の次は部屋だ。真っ直ぐの廊下左右に四部屋ずつあるのでそれなりに時間はかかりそうだ。各部屋には小さめの棚、ベッド、クローゼットが置いてある。最低限これだけあれば困らないだろう。あと全ての部屋にシャワールームがあった。立って水を浴びる程度の広さしかなかったが、全ての部屋にあるのだから凄い。洗面所兼脱衣所も収納があり、籠も置いてあった。メフォラシュは砂漠が多く砂が飛んでくるので、外出後にはシャワーを浴びたくなる。シャワールームを完備しているのも当然なのかもしれない。
とりあえず浴室掃除のために足りない掃除用具を取りに戻ったり窓を拭きたくなったりしながら部屋の全てを掃除していった。
二階の掃除を終える頃には、すっかり暗くなっていた。最後に汚れた自分を魔法で綺麗にしてから、一階へ下りる。途中でいい匂いが漂ってきていることに気づいた。休憩も忘れて掃除に没頭していたので、今更ながら腹が空腹を訴えてくる。
「ご苦労様です。他の部屋までありがとうございました」
階段を下りて顔を出した俺に、エプロン姿のアポロが声をかけてきた。案外エプロンが似合う。というか料理するのか。元のアポロじゃ考えられないな。
「アポロニア様も料理するんですね」
「これでも一人暮らしが長いので」
普通に美味しそうな料理だった。というか美味しかった。豪勢ではないが栄養バランスが考えられた食事。ちゃんと勉強して作っているということがよくわかる品々だった。
食後俺は二階の部屋を選ぶ。選ぶと言っても立地はなんでもいいので、階段を上がってすぐ左の部屋に決めた。一号室というプレートがはめ込まれている部屋だ。わかりやすいしいいだろう。アポロにも一号室を使うことを伝えておき、自分の荷物を部屋に運び入れる。大したモノは入っていないが、色々な武器とザンクティンゼルの人々から貰ったモラが入っている。額は大きくないが大切なモノだ。家賃食費などはアポロの仕事を手伝った際の給料から差し引くと言われているので、俺の所持金から支払うことは滅多にないそうだが。
部屋のシャワーを浴びてさっぱりしてから、今日はさっさと寝てしまうことにする。アポロは仕事があるのかもしれないが、初日から俺に手伝えることはない。夜も遅いし、明日から本格的に手伝うかもしれないので早めに寝ておこう。肉体労働なら兎も角、事務作業なら余計に体力を使いそうだからな。
◇◆◇◆◇◆
翌日から、俺はアポロの仕事の手伝いに明け暮れていた。
アポロの仕事と一口に言っても、彼女の仕事は多岐に渡る。
大まかに分けて二つ、エルステ王国最高顧問としての仕事と歴史研究家としての仕事だ。それ以外にも色々な仕事をしているようで、一日仕事しているのを横で見て手伝っていたが、様々な人が彼女の家を訪ねてきた。
初日の俺はとりあえず書類整理ぐらいしかしていなかったが、書類の内容を見る限り一日で訪れた人の職種よりも多くの仕事に手をつけているらしい。
……というか、騎空艇を開発した天才少女とやらもアポロだったらしい。ガロンゾから来た職人との打ち合わせがあった後に何気なく聞いたらそうだと言っていた。アポロって騎空艇を発案するだけの頭脳があったんだな。戦闘や指揮に関してはわかるが、まさか開発までとは思ってもみなかった。
歴史研究家としての仕事は、ザンクティンゼルでの調査の報告書作成や今後どこへ調査に向かうか、などになる。
他の研究家と議論を交わすこともあるようだ。
騎空艇関係でガロンゾの職人も遠路遥々やって来たが、エルステ王国内でもゴーレムの職人が訪れていた。エルステ王国の主力であるゴーレム達は俺が知るモノとは一線を画す性能だ。星晶獣が現れたことで技術の進歩が遅延していたことを考えれば当然だが、今や世界に普及しているんだと。
俺が知っているゴーレムと言えばゴツい身体とあまり柔軟な動きができず銃火器と殴打で戦うイメージがあるが、ここのゴーレムは高速移動から飛行、ワイヤーの使用など多岐に渡っている。街の至るところに警備用ゴーレムが設置されているが物々しい雰囲気がないのは形もスマートになっているからだろう。もちろんゴツいタイプもあるみたいだが。
流石のアポロもゴーレム開発に携わっているわけではなく、なにかいい案はないかという意見を貰いに来ているようだ。
幅広い知識を持っていると便利だが大変だな。
初日はアポロの仕事を横で見ていたのと、女王陛下への謁見があった。
とりあえずアポロの下で働くことを条件にこの国に滞在させてもらえることになったので良かった。女王陛下は話のわかる人のようだ。夫の方はあまり発言しなかったので、エルステ王国は女王制を敷いていることがよくわかる。
当然のことながら、エルステ帝国の要人も王都に揃っていた。
元帥、ポンメルン。大将、アダム。そして宰相フリーシア。
他にも帝国の要人と言えば中将のガンダルヴァやフュリアスもいるが、あいつらは色々と問題があるからかエルステ王国では採用されていないようだ。
ポンメルンは偉そうな髭は相変わらずだったが、嫌味なヤツというわけではなさそうだ。既に鼻っ柱が折られているのか、性格が歪むことはなかったのか。
アダムは俺の記憶そのままだ。こいつ確かゴーレムなんだよな。性能の差はあるんだろうか。
そして問題のフリーシア。世界がこうなった全ての元凶。俺が、俺達が倒すべきだった相手。……だが今のヤツは憑き物が取れたかのような穏やかな雰囲気を身に纏っていた。女王の結婚にも反対しなかったのだろうか。ともあれ、今のフリーシアは俺の知るフリーシアとは別人、ただの宰相サマのようだ。
だが元凶となった人物なら俺のことを覚えているかとも思ったが、どうやら覚えていないらしい。隠している様子すらなかった。
となると、本気で俺がなんで今の世界に存在しているのかさっぱりわからんな。
とりあえず、謁見はなんの問題もなく終わった。今のところはアポロの家に住まわせてもらっているとアポロが報告した時は、一部の人が若干動揺しているのがわかった。まぁアポロは若くして国を任せられている秀才な上に美人だからな。本人は興味ないらしいが、モテるのだろう。
フリーシアはアポロより十歳くらい上、ポンメルンは更に十歳くらい上だ。そう考えるとアポロの若さで最高顧問ってヤバくないか。元々それくらいはできるヤツだったってことか。
元の世界は今から五年後くらいだと思うが、その頃にはもう最高顧問だったのかもしれない。
「なにか、私に用でもあるのですか?」
謁見が終わってから、フリーシアが話しかけてきた。
「いえ、特には……」
「そうですか。謁見中私の方をじっと見ていたような気がしたので、なにか思うところでもあるのかと思いましたが。なにもないなら構いません」
彼女はそう言って立ち去っていく。……流石に俺もフリーシア相手じゃ感情を隠し切ることはできなかったみたいだ。ポンメルンとは直接やり合った機会が少ないし、アダムは俺達がエルステ帝国に乗り込む時点で既に裏切っていた。俺に思うところがあるのは、フリーシアとアーカーシャのみだ。あれから二年も経過しているし会っても問題ないと判断してエルステ王国に来たが、全てを隠し通すのは無理か。まぁ、仕方がないモノとして割り切るとしよう。
「……彼女と会ったことがあるのですか?」
俺が謁見の間から去る時、アポロも一緒に退室していた。だからアポロもフリーシアが話しかけてきたところは見ていたのだ。
「いえ」
「……そうですか」
アポロはそれ以上なにも言わなかったが、完全に納得してはいないようだった。横にいたアポロからも、俺がフリーシアを注視していたことはわかってしまったのだろう。とはいえ説明のしようがないので隠すしかない。なにか理由をつけてもいいが、心にもない理由をつけてもバレる可能性はある。エルステに仇なす敵として見られなければいいかな。
しばらく黙って歩いていると、遠くからがしゃんがしゃんと物々しい音が聞こえてきた。金属の擦れるような音もあるが、兵士ではない。明らかにもっと重く大きなモノだ。足音も大きかった。
なにかと思って音の聞こえる方向を眺めていると、傍らでアポロがため息を吐く。どうやらアポロには心当たりがあるようだ。
そうして現れたのは、金属で出来た獣――に乗ったハーヴィンの女性だった。豹のようなデザインをした金色の獣型ゴーレム? に跨った女性は、俺とアポロの方へ来て停止する。レンズの大きい眼鏡を頭にかけ、白衣を着込んだハーヴィン。ぼさぼさになった焦げ茶の長髪を振り撒いている。
「アルスピラ。城内でゴーレムを走らせないでくださいと、何度言ったらわかるんですか」
アポロは現れた女性に対して、こめかみを押さえながら告げた。
「わりーわりー。次からはもっと音の小さいヤツ開発してくるわ」
「そういう意味じゃないんですが」
アルスピラと呼ばれた女性は軽い調子で答えたが、アポロはため息を一つ増やす。
アルスピラは俺の方をじろじろと眺めてきた。獣型ゴーレムの上に乗ってはいるが、目線は俺より低い。
「ふーん? こいつが噂のアポロニア様の助手?」
「助手ではありませんが、似たようなことをやってもらっています」
謁見の最中にはいなかったのでアポロより地位は低いのだろうが、畏まった口調ではない。戦えそうな雰囲気はないので技術者だろうか。俺が来てからは見てない顔だな。
「あたしに紹介してくれよー、こいつ素質ありそうだ」
「……まぁ、近い内に貴女にも紹介しようとは思っていましたので、構いませんよ」
アポロがアルスピラのペースに押されているようにも見える。アルスピラの様子から、二人は結構親しい間柄にも思えた。
「こちらの方はダナンさんと言います。戦闘力、料理と色々こなせる方ですね。手先が器用なので、貴女の研究にも役立てるかもしれません」
「そりゃいいや。ちょっと手見せてー」
アポロから紹介を受けて会釈すると、アルスピラはハーヴィン特有の小さな手を伸ばしてくる。特に変なことはされないだろうと思い、左手を出した。
「……ふむふむ」
アルスピラは差し出した俺の手を掴み、じろじろと観察し始める。……なんか凄い居心地悪いな。
「もういいぞー。あたしの思った通り、技術者になれる素質があるな」
「はあ」
手を放されて告げてくるが、イマイチぴんと来ない。彼女がどんな技術者かわかっていないからだろうか。
「機械いじりとかしたことあるか?」
「いえ、全く」
老婆の訓練にそういうのはなかったし、元の世界でもそういう類いに触れたことはなかったはずだ。
「そうか。なら暇な時あたしのとこ来いよ、ゴーレムのことなら教えてやるからさー」
「ゴーレムですか?」
「そ。あたしはゴーレム研究者。ゴーレムの製作、研究をやってる」
「彼女はエルステ王国随一のゴーレム研究者です。アルスピラがいなければエルステのゴーレムは一、二世代ほど今より劣っていたでしょう」
ようやくアルスピラの職業が判明した。エルステはゴーレムによって力を持っている国とされている。そんなエルステ王国において随一の研究者と呼ばれていることが、どれほど凄いことなのか。どうやらかなり優秀な人物だ。
アポロが割って入ったことによって得られた追加情報で、俺はアルスピラの凄さを思い知らされた。
「いやぁ、エルステ王国一の才女と名高いアポロニア様にそう言われると照れるなー」
「からかわないでください」
言い合う二人は仲が良さそうだ。ここに来てからよく思うことだが、アポロも楽しそうに過ごしている。元の世界が悪かったとは言わないが、これはこれでいいのかもしれない。
「じゃあまたな、二人共」
「ええ」
本当に俺達に会いに来ただけなのか、アルスピラは獣型ゴーレムに乗ったまま来た時と同じようにがしゃんがしゃんと大きな音を立てて去っていった。
「後日彼女の研究所へ案内しましょう。ゴーレム技術の発展はそのままエルステの発展に繋がりますから」
「わかりました」
それから俺は、アポロの仕事の手伝いをしない時はゴーレム研究所にちょくちょく顔を出すようになった。
元々手先が器用なこともあって、ゴーレム製造の技術を会得するのにそう苦労はしなかった。なんだかんだこういう機械いじりは嫌いじゃないみたいだ。小さなマシンを作って遊ばせてもらったが、かなり楽しかった。しばらくのめり込んでやっていたら【メカニック】という『ジョブ』を獲得した。造ったマシンと一緒に戦う『ジョブ』のようだが、如何せん火力が低い。マシンも俺をサポートするくらいの性能しかないので、難しいだろう。あとこのClassEXってのはなんだろうな。ⅢともⅣとも違うようだが。
まぁ、世界が変わったせいで持ち越した『ジョブ』もなにか違いがあるかもしれない。他のEXジョブも取得できると思わない方がいいかもしれないな。大きな期待はしないでおこう。
他の島への現地調査は月に一度くらいのペースで行うらしく、それ以外は基本的に王都で過ごしていた。
アポロ自身がエルステ王国最高顧問という高い地位を貰っていることもあり、頻繁に王都を離れられないというのも理由の一つだ。ただし現地調査に関しては他者に任せず自分で行きたいという意思が強く、代理調査は断っているようだ。
現地調査には俺も連れていってもらい、アポロの傍らで身につけた知識を踏まえつつ創世神話について調査をしていた。
……やはり、星の世界は存在する。それが俺の出した結論だった。アポロが実際に行ってきたこれまでの調査資料と俺が来てから調査した資料。これらを合わせたがアポロから聞いた時に出した推論と変わることはなかった。できれば星の世界は消えてなくなった、という世界であって欲しかったんだけどな。これじゃいつ星の民による侵略が始まるかわからない。
そんな現地調査で、見知った顔に遭遇した。
「久し振りですね、アルタイル殿」
「アポロニア様もご壮健でなによりです」
眼鏡をかけた白銀の髪の男、アルタイルである。元の世界でもグランとジータ達と関わりがあったという話はちょっと聞いていたし、軍師として非常に優秀な人物だと聞いたことがあった。
アポロは知り合いのようだ。
「そちらの方は?」
アルタイルが少し下がった位置に待機していた俺に顔を向けてくる。
「こちらはダナンです。私の直属の部下をしてもらっています」
アポロはアルタイルに俺を紹介した後、俺に対してアルタイルを紹介してくれた。
「ダナンさん。こちらはアルタイル殿。スフィリア王国の軍師をされていましたが、今は辞めて歴史研究をしながら島々を飛び回っているそうです」
アルタイルと会釈を交わし、アポロの知り合いなら俺は黙ってついていくだけにするかと思い突っ立っていると、二人は並んで歩き始める。
アルタイルの情報は軍師であることと歴史研究をしていること以外わかっていないが、アポロとの話を聞いている限り創世神話にも詳しいようだ。学び始めたばかりのにわかな俺では話についていけそうにない。創世神話について調べている歴史研究家は通常の歴史研究家よりも数が少ないそうなので、アポロとしても論が捗る相手なのだろう。
……なんだろうこの、置いてけぼり感。
なんだか少し寂しい気もするが、アポロが楽しそうなので邪魔するわけにもいかない。ただ聞いているだけでも勉強にはなるので、聞くだけ聞いておこうとは思う。
俺がこれまで確認してきた中で、アポロが調査している創世神話については「世界が二分された」という俄かには信じ難いことのようだ。俺は元々の知識があるから理解できるが、今のこの世の中に星の気配は一切存在していない。創世神話についても古の誰かが悪戯に残した創作物である、という意見も出ているくらいだった。
だが俺はその創世神話が事実であることを知っている。アポロとアルタイルは創世神話に関する遺物を本物として考えているようだ。もし俺が生きている内に星の民の侵略があるのなら、二人は重要な戦力となるだろう。
まぁ、最悪の場合はって話だからな。必ずしも侵略があるとは限らない。だが警戒しておくに越したことはないだろう。覇空戦争の起こりは星の民が空の世界を侵略して支配下に置いた後、星の民の技術を吸収した空の民が叛乱を起こしたところからだったと記憶している。騎空艇すらなかった空の民の技術力では、自在に空を飛ぶ星の民や星晶獣達に対抗できないのも当然だったのだろう。それでも空を取り返すために立ち上がったのが覇空戦争。……正直今のままじゃ厳しいだろうな。航空手段が少なくて島同士の連携が取れてない。星の民一人と空の民一人では力の差がありすぎるので、せめて数の力を揃えなければならないとは思う。それがままならない状況だ。その辺は騎空艇の有用さが広まっていっているので、時間が解決してくれるだろうが。
今の世界では騎空団というモノが存在しない。空を旅する団体はあるが、冒険をするために空を飛び回っている者達は旅団などという呼ばれ方をしていた。
あとは七曜の騎士やら十天衆などといった、呼び名を聞くだけで強いとわかる者達が存在していない。十天衆は一応騎空団だったので誰がどこにいるのかもわかっていない。七曜の騎士はアポロがそうじゃない時点である程度予想していたが、他の空域でも存在していないようだ。七曜の騎士の成り立ちをアポロから聞いたことがなかったので、星の民に関係しているからこそ存在しないのかもしれないな。
あとそうだ。この世界では空域は分断されていない。空域を分断するように存在する瘴流域というモノ自体が消え失せているのだ。なので長距離航行手段さえ整えられれば、自由に空域を行き来できるようになっていた。
……と、関係のないことを考えながら調査を見守っていたら特になにもなく終わってしまった。とりあえずアルタイルとの面識は出来たから良しとするか。あんまり話さなかったけど。
――エルステ王国に来てから半年が経って、俺は正式な地位を得た。
その半年間の中でも俺はかなりの伝手を作り、各国にも知り合いが出来た。最初こそアポロの腰巾着といった評価だったと思うが、それが変わったからこその地位でもある。
今の俺の肩書きはエルステ王国最高顧問補佐兼宮廷料理人兼研究・開発班長だ。本当は他にもエルステ王国軍部隊長とか王族直属近衛兵とかの戦闘面に繋がる役職を与えられそうになったのだが、遠慮しておいた。流石に人の命を預かる気にはあまりなれなかったというのが理由の一つだ。
戦いになるとどうしてもアーカーシャ戦の敗北が頭に
それに今のエルステには有望な人材が揃っている。今後の成長が期待されているカタリナやヴィーラもエルステ王国軍に所属していた。
最高顧問補佐はアポロの仕事を手伝うために新しく作られた役職だ。アポロから話を通してくれた。
宮廷料理人はふとした雑談でアポロが俺の料理をオルキス王女に自慢したところ、是非来賓を招いた大規模な会合で腕を振るってくれと命令が下ったのがきっかけだ。当然全力で富豪の肥えた舌を唸らせにいった。それからオルキス王女によって、宮廷料理人の肩書きを授けられてしまった。
研究・開発班長はゴーレム研究の分野における地位だ。こっちはアルスピラが用意した地位になる。偶にしか顔を出さない俺に一定期間毎顔を出すことを強制させるための地位といったところか。元々手先が器用なこともあり、元の世界の知識があるため発想が今の世界の人とは少し違っている。そのためそれなりに重宝されていたのだった。
まぁ急に現れて最高顧問、王女殿下、天才研究者に目をかけられるような野郎が恨み嫉妬を買わないわけがない。もちろん捻じ伏せてきたが。
各地で様々な人と出会った過程で、暮らしにも大きな変化が訪れていた。
その一つが、同居人の増加である。
「ダナンさん、おはようございます。今日も朝の鍛錬をお願いしてもいいですか?」
欠伸をしながら階段を下りてきた俺に対してきっちりとした言葉遣いで声をかけてきたのは、栗色の長髪をした美少女。元の世界線での彼女の名前を、俺は知っていた。変化はあまりなかったので、同じようにお節介を焼いてしまったということだ。
「おはよう、
元の世界で最強と思われるグランとジータの父親。そのライバルであった七曜の騎士の一人でもあるヴァルフリート。その、娘。
元の時代から五年前にいるのだから当然なのだが俺からすれば不思議なことに、リーシャは今や俺よりも年下である。俺がこっちに来た時と同じ十六歳だ。
この世界でも全空を守護する集団を率いているのは変わらないようだ。以前は名前が違ったのだが、騎空艇を優先的に製作してもらって秩序の騎空団を名乗っている。
騎空艇に関してはアポロが開発を進めているのを先見の明を持ったヴァルフリートが是非支援したいと申し出たそうだ。代わりに優先的に騎空艇を売って欲しい、というのが彼の申し出の内容だったらしい。
でまぁ相変わらずヴァルフリートの最強っぷりは健全で、グランとジータの父親がいない今全空最強に最も近い男とすら呼ばれているらしい。
ということは、だ。リーシャのいじけっぷりも相変わらずということである。
ヴァルフリートに騎空艇を届け他にも用件があった時に同行して、コンプレックス丸出しリーシャを見た俺はついついちょっかいをかけてしまった、という経緯である。その結果、父の下から離れて見識を広めるためにエルステ王国に派遣された。と言うよりリーシャから申し出たようだ。アポロは仕事がいっぱいなので俺の初めての部下という形で滞在している。
同居している理由は、俺とアポロが不健全な付き合いをしていないか監視するという名目である。思春期かこいつ。
ともあれ、優秀なことに変わりはない。俺の知るリーシャよりも未熟とはいえ、戦力を整えておきたい時期だ。鍛えるのも吝かではなかった。
人に教えるということをあまりしてこなかったこともあり、結構新鮮だったな。
新たな同居人が加わり騒がしくなってきたが、こういうのは嫌いじゃない。
アポロもなんだかんだ楽しんでいる様子なのでいいのだろう。元の世界でもそうだったが、リーシャとは衝突することもあるんだけどな。
そんなある日のこと。
「アポロニアさん、大丈夫ですか? 具合悪そうですけど」
「……ええ、問題ありません」
外出の用件がなかったので家で仕事をしていた俺達だったが、リーシャがアポロの様子に気づいた。俺も確認してみると、明らかに体調が良くなさそうだ。ぼーっとしているような気がする。
「あまり無理しないでください。体調が優れないなら休むのも手ですよ」
俺も口添えして、彼女に近づき仕事の様子を確かめた。……手があんまり進んでないし、この様子だと合ってるかどうかも怪しいな。
「いえ、問題ありません」
「倒れられたらもっと困ります。休んでください」
「……」
俺が言い切ると、彼女は黙って手を止めた。
「わかりました。今日のところは、休ませてもらいます」
自分でも体調が悪いとわかっていたのだろう。アポロは席を立つとゆっくり自分の部屋に向かっていった。その途中、ふらつき倒れそうになったので慌てて支える。
「っと」
「……すみません。肩を貸してもらえますか?」
「はい。リーシャ、悪いが色んなモノの準備を頼めるか?」
「わかりました」
支えたアポロの身体は明らかに熱い。発熱しているようだ。なにかの病気じゃなければいいんだが。
とりあえずリーシャに諸々の看病する準備を頼んで、俺はアポロを部屋に運びベッドに寝かせる。寝返りを打ったら壊れそうなので眼鏡は外して近くに置いておいた。
「体調が良くなるまでは大人しくしていてくださいね」
「……一つ、お願いが」
「なんですか?」
「私の本、メモの本を持ってきてくれませんか?」
「いいですよ、待っててくださいね」
弱っている状態のアポロというのは珍しい。この世界では見たことがなかったし、元の世界でも一度だけだ。フリーシアにオルキスが復活しないと告げられた、ルーマシー群島での時だけ。
兎も角アポロの要望には応えよう。アポロがいつも持ち歩いている本は執務机に置いてあったはずだ。
あれには色々なメモが書いてあるらしい。歴史調査だけのメモでもないようだ。アポロが肌身離さずいつも持ち歩いているので、相当に大事なモノなのだと思う。体調が悪くなっても傍に置いておきたいくらいだしな。
リーシャがぱたぱたと歩き回って薬などを探す中、俺はアポロの執務机から大きな書物を手に取る。ずっしりと重く、カバーにもたくさん傷がついている。かなり長い間使ってきているのだろう。アポロの寝室まで戻ると、彼女は目を閉じてゆっくりと呼吸していた。寝ているのか、それとも起きているのかは微妙なところだ。
「……ここに置いておきますよ」
寝ているなら起こさない方がいいかと思い、眼鏡を置いたのと同じベッドライトのあるところに載せる。返事はなかった。しかし置いた衝撃かなにかで、ひらりと本の間から紙が落ちてくる。裏面になってしまったが、拾い上げてなんの紙なのかを確認した。
「……なんだよ、これ」
自分でも声が震えているのがわかる。紙に書いてあったのは絵だった。アポロが手描きしたのかはわからないが、ただの絵だ。描いてあるモチーフは普通だ。五人の人物が立っている絵だった。
だが、その五人が問題だ。
黒衣の少年、黒い鎧を着込んだ女性、猫のぬいぐるみを抱えた少女、赤髪の女性ドラフ、青髪の男性エルーン。
――間違いない。この世界には存在しないはずの、かつての俺達だ。
「……私からしてみれば、遠い夢のような思い出です」
「っ!? 起きてた、のか……?」
「……」
声をかけてみるが、返事はなかった。眠ってしまったようだ。……うわ言のようではあったが、もしこれをアポロが描いたのだとしたら。彼女は俺のことを、覚えているのかもしれない。
もしアポロが元の世界のことを覚えているのなら、色々と説明がつくこともある。
「……いや。今はゆっくり休んでもらうことが先決だな」
考えないといけないこと、話さないといけないことが山ほど出来てしまった。だが今はゆっくり休んでもらおう。体調が良くなったら、ちゃんと話を聞かないとな。
とりあえずは色々と聞き出したいことを置いておく。絵もリーシャに見つかったら怪訝に思われるかもしれないので、適当な場所に挟み直しておいた。流石にどのページに挟まっていたかまではわからないからな。
眠ってしまったようなので、俺は足音を立てないようにアポロの寝室を出る。
「ダナンさん、アポロニア様の様子はどうですか?」
「今は寝てるっぽい。とりあえずアポロニア様の看病は任せるな。俺は今日終わらせないといけない仕事を確認したり連絡取ったりしてみる」
「わかりました」
リーシャはテキパキと行動してくれる真面目ちゃんなので安心して任せられる。秩序の騎空団で事務仕事にも慣れているので、書類なんかはリーシャの方が向いているくらいだった。父親の下を離れたからか肩の荷が下りた様子もあり、俺より年下にはなってしまったがかなり頼りにしている。
さて、俺は俺のやるべきことを進めないと。
まずはオルキス王女への連絡だ。アポロが寝込んでしまったことを伝える。ただあまり心配はしていないようだった。アポロは幼い頃から身体が弱いそうなので、こういったことも偶にあるという話だ。……そういう話も聞いたような気はするな。
次にアポロの今日のスケジュールを確認して、アポロが直接話さなきゃいけない相手には詫びの連絡を入れる。俺でも対応できそうなヤツはとりあえず事前連絡だけしておいて、また調整するかは向こうに任せるとしよう。
そして書類仕事。今日中に提出しないといけないヤツを確認して終わっているかどうかを確認する。アポロが今日やっていたなら怪しいかもしれないので内容にも目を通す。とは言ってもアポロはその辺がきちんとしているので、提出当日に急いでやらないといけないといったことはない。それでも念のために確認しておくべきだ。
途中リーシャが買い物に出かけたり俺が方々へ走り回ったりすることはあったが、概ね問題なく仕事を回すことができた。これまでも体調が悪くなっていたんだったら、どうやって対処してたんだろうな。オルキス王女直々に明日以降で、と言って回るのだろうか。少し気になる。
とりあえずアポロが全快するまでは重要な話をせず、看病と仕事の代役をこなしていった。
「これからアポロニア様の身体を拭くので、絶対に覗かないでくださいね!」
「わかったわかった」
夜リーシャに睨まれたこともあったか。
ともあれ、なんとか問題なく乗り切ることができたのだった。
アポロが快復したのは一日経った夕方の頃。俺とリーシャで仕事を分担していた時、アポロが寝室から出てきたのだ。
「もうお身体は大丈夫なんですか?」
「ええ、マシにはなりました。二人には迷惑をかけましたね」
部屋から出てきたアポロの顔色はかなり良くなっている。明日には仕事に戻れそうだ。
「今日はゆっくり休んでいいですよ、もうこんな時間ですから。食欲はありますか?」
「はい」
「じゃあ栄養のつくモノ作りますね」
お粥などの食べやすいモノしか食べていなかったので、折角食べられるようになったのだから腕によりをかけて作らなければ。もちろん胃に重たい食べ物はなしだが。
「それはいいのですが、仕事はどうですか? 確か今日提出しなければならない書類があったと思いますが」
「既に対応済みです。きちんと二重確認まで済ませてますよ」
「そうですか。ありがとうございます」
代わりにやってミスした、なんて洒落にならない。きちんとリーシャに確認してもらってから提出しておいた。こういう時はリーシャの真面目っぷりが役に立つ。
それから軽めのモノで夕食を作り、三人で食べてからアポロにはゆっくり休んでもらった。
話を切り出すタイミングを明日にしようかと思っていたのだが、
「ダナンさん。少しお話いいですか?」
夜アポロの方から声をかけられた。神妙な様子だったので、俺が話したい内容と同じなのかもしれない。例の絵は元あった場所がわからないので適当なところに挟んでいたし、気づくことはできるのだろう。
「丁度、俺も話があったところです」
あの絵が果たしてなにを意味するのかは、これから本人に聞くしかないのだ。俺は意を決してアポロの後について建物の屋上に向かった。
屋上と言ってもそう豪華なことはなく、平たい屋根の周りに柵があるだけだ。階段はなく梯子で上に登る。あまり来たことはないな。洗濯物も風に砂が混じっていることが多く外に干せないし。
夜のメフォラシュは静かなモノだった。まだ明かりが点いている家も多いが、外に出て騒いでいる者はいない。夜を明るく照らす装置があっても、まぁ夜になったら休みたいと思う者が多いのだろう。兵士は夜間も見張りをしているが、日中帯よりは数が少ない。だがゴーレムは日夜関係なく動くことができる。夜間警備用ゴーレムの開発を進めているという点でエルステ王国は強いだろう。
「……」
アポロは先に屋上に上がってから柵に寄りかかる。風はそこまで強くないので、砂が舞っていることもなかった。
「……なにから話せばいいのか、悩みますね」
アポロはそう言いながら、ポケットから一枚の紙を取り出す。俺が発見した、この世界には存在しないはずの絵だ。
「これを、見たのでしょう?」
「……はい」
「信じ難いことではありますが、私の話をしましょうか」
アポロは俺の方を振り返り、滔々と語り始めた。
◇◆◇◆◇◆
私は――私達は敗北した。
エルステ帝国宰相フリーシアが思い描いた通りに、星晶獣アーカーシャは起動して世界を書き換える。
真っ白な光が世界を覆い尽くし、私達は成す術なく呑み込まれていく。最後に私が口にしようとしたのは果たしてどんな言葉だったのか。いや、考えるまでもないことか。
きっと、消えることが確定している人形の少女の名前だったはずだ。
どんな因果があっても存在が残らないとはっきりしている彼女のことを、私と――ダナンも呼んだはずだ。
そしてその声が届くことはなく、全てが失われた。
後悔と無念を抱きながら最期の時を迎えると――私は赤ん坊になっていた。
自由に動かない身体と鏡を見た時の姿、そしてもう見ることのなかった母親の姿が、自分が赤ん坊になっていることを裏づける。
最初はなにが起きたかわからなかった。
世界が書き換わった影響で時が巻き戻ったのか?
それともまた別の理由があるのか?
突然の事態に私は混乱することしかできなかった。
理解が追いつかず、ただ母の腕に抱かれて過ごす日々を送った。
それでも時間が経過すると同時に落ち着いてきて、世界がどういう状況になったのかを確認したくなっていく。
幸いにもあの場にいたあの男、オイゲン・ヴァールが傍にいたので状況をそれとなく確認することはできる。だがなにを言っても反応は薄く、そして私が生まれたアウギュステにリヴァイアサンはいなかった。
海を有り難く思う心は変わっていないようだが、海を守っていた星晶獣の存在は一切が消え失せている。正しくフリーシアの思惑通り、星のない世界となっているようだ。
故に私は、海で溺れて死ぬはずだった。はずだったのだが、記憶を保持していたため事前に予期、回避することが可能だった。私が救おうとしていたオルキスが間違いなく存在しない世界で私が生きていく意味はあるのかと思ったものだが、確かめる前に諦めることなどできなかった。故に海で溺れそうなことは回避し、生きることを選んだのだ。
ともあれ、私が記憶を持っているのにあの男は持っていなさそうだった。
それを証明するかのようにあの男は母の病を治すために旅へ出て、そして母は死んだ。
記憶を持っているのなら、旅の時間を短縮できるはずだったのだが。なんにせよ、あの男はどうあっても空を旅することを辞めないらしい。世界が変わっても人は変わらないということか。
星晶獣が齎したという騎空艇は存在しなかったが、それでも旅には出ていたようだ。
母が死ぬのを見るのは二度目だったが、何度見ても自分の中のなにかが欠けてしまったようなショックは変わらない。あの男は気持ちの整理をつけられずいじけていたので、私は元の歴史をなぞるようにエルステ王国へと留学した。
星晶獣がいなければゴーレムでエルステ王国はファータ・グランデ空域や他の空域すら治められる――とまではいかないようだが、力を持っているのは確かなようだ。優秀な留学生を年々募っているらしい。選定基準も私が体験したモノより厳しくなってはいたが、人生二度目の私にとっては容易いモノだった。唯一歴史のみ勉強しなければならなかったくらいか。
しかしエルステ王国へ行く時に思ったことがある。
(この気球艇とやら、移動速度が遅すぎないか?)
ふわふわと浮かんで風に乗り飛行する艇。星晶獣が騎空艇を齎したのだから当然だが、今の世の中には騎空艇という存在がないのだ。おかげで勉強する時間は確保できたが、移動が遅すぎてイライラすることもあった。
なので移動中に覚えている限りの騎空艇の設計図を書き出す。流石に設計士ではなかったので曖昧な部分も多いが、騎空艇がどう動いているのかなどの仕組みは理解していた。だからどこをどうしたら動くのかを書いておいて職人に見せれば、ある程度形にしてくれるはずだ。職人と言えばガロンゾだが、行く機会はあるのだろうか。
「アポロって言うんだ。これからよろしくねっ」
エルステ王国の首都メフォラシュに降り立った私は、そこで遂にオルキスと再会することになる。
覚えている姿とは違うが、性格は同じだった。父親が違うのだろうが、覚えているオルキスと同じく天真爛漫だ。精神が大人なので他の子と距離を置きやすかった私を引っ張り回してくる。
私が取り戻したかったオルキスと限りなく近いオルキス。だが同時に、あの人形のようだった別のオルキスはいないのだと、もう二度と現れないのだと理解してしまった。
フリーシアはこの頃から女王に仕えていたが、私のことも元の世界のことも覚えていない様子だった。……世界を書き換えた張本人が覚えていないとは、皮肉なモノだ。
ある時騎空艇の設計図がオルキスに見つかり、彼女の一存でガロンゾへ届けられたことで、十歳の時に私は騎空艇を考案した天才として一躍有名になった。言ってしまえばズルをしているわけで、特に誇らしい気持ちはない。
勉強だけでなく鍛錬も行なっていた。戦闘ができなければ困る場面も出てくるだろう。なにより元の経験があるので一から学ぶより効率良く上達できた。二度目の人生ということもあるが文字通りの文武両道となっている。
星晶獣デウス・エクス・マキナがいないのだから当然、オルキスは人形のようにならず彼女の両親も死ななかった。そこだけは世界が書き換わって起きた数少ないいいことだと思う。
生まれ直してから十五年。オルキスが人形のようになってしまうはずであった日のこと。警戒はしていたのだがフリーシアに怪しい動きもなく、平穏に一日が過ぎていった。
――そのことが、私を不安にさせる。
騎空艇の設計図を発表しても騎空艇を知っている者は出てこなかった。その時点で理解していたはずなのだが、世界が書き換わるよりも前のことを私以外の誰も覚えていない。世界が変わってしまったことは以前からわかっていたが、自分が経験してきたことで決定的な違いが発生したことで、私は私の記憶を疑い始めてしまった。
書き換わった時から十五年も経過していたこともあるのだろう。記憶も一部朧気になり、自分の記憶が本当にあったことなのか信じられなくなってしまった。自分という存在が根底から崩れていくような恐怖に駆られ、私は絵を描くことにした。
今の世の中には七曜の騎士はいない。私がその座を得ることはなく、あの慣れ親しんだ鎧を纏うこともないだろう。
この世界ではあの人形のようなオルキスが現れることはない。身体の成長が遅いため一緒にいても幼い姿のままだった彼女はもういないのだ。
そしておそらく、ダナンも今の世界では存在しないのだろう。
スツルムとドランクはいるだろうが、どこの生まれかも知らないので会う機会はない。傭兵になった経歴によっては再会することもあるだろうが、望みは薄いだろう。
あの時、私が共に過ごした四人の内、少なくとも二人は存在がないとわかってしまっている。故に夢だと言われてしまえばそれまでのことだ。だが確かに、私は星晶獣を巡る渦中にいた。
黒い鎧を着た私。猫のぬいぐるみを抱えたオルキス。黒い外套を羽織ったダナン。スツルムとドランクは今がわからないので変わっているかは知らないが、それでも私の頭の中でしか存在しないあり得ない光景には違いなかった。
だから私は記憶が消えてしまう前に、絵に描き起こすことにしたのだ。
記憶にある出来事も文字として書き出し、常に持ち歩くことにした。なにかの因果で傭兵コンビに出会ったら私の部下として勧誘しようと思っていたのもある。あの二人の優秀さは私が一番知っているからな。
それから私は、元々興味を持っていた歴史の研究をすることにした。ある程度勉強して星の影響がない世界だというのはわかっているが、私が知りたいのはそこではない。
この世界の成り立ち、創世神話に関する歴史だ。
薄々思っていて、改めて考えてみたのだが星の民によって創られた星晶獣であるアーカーシャが、果たして星の民すらも消し去ることができるのだろうか、と。
封印したとしても解かれる恐れがあり、事実封印を解き利用されてしまっていた。世界すら滅ぼしかねない力を持った星晶獣を空の世界に放置して、空の民に利用されるとは考えなかったのだろうか。星晶獣が空の世界にやってきたのは覇空戦争の前。もし覇空戦争時にアーカーシャの存在を知る空の民がいれば、アーカーシャを利用して星の民を滅亡した世界へと書き換えることだってできるはずだ。本当にそれほどの力を持っているのであれば、手元に置いておくに決まっている。
つまり、アーカーシャの力には限界があるのではないか、ということだ。
若しくは創った星の民が予め星の世界には危害を加えられないように制限を設けていたか。
どちらかはもうわかるはずもないが、本当に星の世界が消え去ったかと言えば、そうは思えなかった。
元々の創世神話においても、世界を二つに分かったという表現が存在する。なのでこの世界の創世神話にそういったことが書かれていなければ、事実星の世界がない世界ということになるはず。
それを確かめるために歴史研究家となり、島々を巡ることにした。
その頃には多方面で頭角を現していたためエルステ王国最高顧問の地位が与えられていたが、懸念事項を確かめなければ平穏な暮らしを謳歌することはできない。無理を言って合間に調査へ出ることを許可してもらった。私がオルキスと仲が良かったことも後押ししたのだろう。
創世神話の歴史については資料が少なかったが、それでも少ない情報から島々を飛び回って調査を進めていった。気球艇よりも速い騎空艇が完成していたのも大きかっただろう。考案者特権で一隻貰っていたので移動時間の短縮にもなった。というより大まかな設計図があったとはいえ五年で完成させた職人達が凄いのだ。
ともあれ調査をしていった結果、私が遂に決定的な一文を見つけることができた。
――創世神はその身を二つに裂き。
その一文を見た瞬間、全身にどっと汗が噴き出てきた。……間違いない、この世界にも星の世界は存在する。
その後分かれた二つはそれぞれ世界を創り出した、と書かれている。元の世界の創世神話と相違ない。
ここで長年疑問だった星の存在について解明に一歩近づいた。
もう少し調査をして同じ内容が存在するか確かめなければならないが、もしこの一文が正しければアーカーシャは星の世界を消し去ってはいない。星の民の侵略を先送りにしただけなのだろう。
そしてアーカーシャを起動させ世界を書き換えたフリーシアの願いは、オルキスの母である女王陛下が星の民と婚約しないこと。エルステ王国が栄えること。
そう考えると現状で、フリーシアの願いは叶ってしまっている。叶っている以上、アーカーシャの先送りがいつまで継続するかわからない。
時期がズレただけで、これから星の民による侵略が行われる可能性があるのだ。そうなれば、今の空の世界の技術力では到底敵わないだろう。騎空艇の開発を急ぎ、戦力を整える必要がある。
嫌な予感を振り払いながら、私が決意を胸の内に秘めて準備をすることにした。最高顧問の地位もそういう面では役に立ったと思う。
調査と準備を進めながら過ごし、意を決してザンクティンゼルに向かうことにした。
ルリアとビィは星に関連した能力を持っているので存在しないだろうが、グランとジータには一縷の望みがある。いない可能性の方が高いが確かめる必要はある。私がニ十歳なので二人がいたとしても十歳の子供だが、鍛えてやれば相当に強くなるのは間違いなかった。それに、二人がいるのならダナンも。
ザンクティンゼルには元から不思議が多かった。グランとジータのように特殊な能力を持つ人は数が少なく、なによりビィのような生物を他に見たことがない。ザンクティンゼルにはなにかがある、それは今の世界でも同じことなのだろう。
そしてザンクティンゼルに降り立った私は、集まった村人の中にグランとジータ、ビィの姿がないことに落胆する――ことはなかった。
人混みに紛れてはいるが、私が見間違うはずがない。
黒髪に黒い瞳。私の記憶よりもやや大人びていて、精悍な顔つきになっているが、私にはわかった――ダナンがいたのだ。
しかし元の世界よりも五年前のはずなのに、逆に大人びているというのはおかしい。なによりダナンはザンクティンゼルに行ったことがないはずだ。赤の他人の空似、瓜二つなだけという可能性が高い。
だが私の勘が、彼がダナンに違いないと訴えかけていた。
事実、案内役として呼ばれた彼の名前はダナンだった。声も記憶のモノと一致している。だが私のことを知っている素振りは見せなかったので、私も確信を得ることはできなかった。
だが村に泊まっていくことになった時、ダナンが大人数分の料理を振る舞う。当然私にも配られたが、私は騎空艇の室内まで持っていってから食べることにした。美味しそうな匂いが漂ってきて空腹がより強調されたが、それでも構わなかった。
部屋に戻ってから、少し冷めた料理を口に運ぶ。口の中に広がった味わいに、私はどうしても目頭が熱くなってしまうのを抑えられなかった。堪え切れずに涙が溢れてくる。
間違いなく、私の知るダナンの料理だった。忘れるはずもない。アマルティアで幽閉された時も、オルキスが戻ってこないと言われ絶望した後ルーマシー群島で過ごした時も、彼の料理があった。
アマルティアの時は助けが来るとわかっていたが、ルーマシーの時は別だ。あの時彼が傍にいて変わらず料理を作ってくれたことがどれだけ心強かったかは、私にしかわからない。
じっくり味わって食べた後、頭を冷やすために考え事をする。……ずっと涙を流しながら食べていたこともあって目元が赤くなっており、そのまま外へ出るわけにもいかなかったというのもある。
仮にあの青年が私の知るダナンだったとして、向こうは私のことを覚えているのだろうか?
これまで書き換わる前の世界を知る者はいなかった。なによりダナンの年齢が合わない。世界が書き換わった影響で若返っているなら兎も角、年齢が少し上がっているのはどういう理屈なのか。グランとジータがいない以上、ダナンも存在しないはずではないのか。
そういった自分の感覚を否定する可能性を並べて逸る心を落ち着かせることにした。
落ち着いて目元が治ってから食べ終わった皿などを返却し、簡単に調査内容をまとめて眠る。
翌朝、早朝に散歩しているとダナンが鍛錬を行っていた。案内時にも思ったが、私の知る頃よりも強くなっているようだ。
心に動揺がないことを確認してから、鍛錬を踏まえて手合わせすることにした。七曜の騎士だった頃よりも強くなっているため自信があったのだが、相手も『ジョブ』を使わずに相当な実力を示してきた。『ジョブ』を使えない別人なのか、それとも今より上の実力を持っているのか。結論は出なかったが。
それでも手合わせしている内に見える癖がダナンで間違いないと思わせてくる。なのでつい、私はエルステに来ないかと言ってしまった。
思いの外あっさりとついてくることになったのは意外だったが、それを喜んでいる自分がいたことは確かだ。
メフォラシュに着いてから、鎌をかける意味合いも含めて私は創世神話について語った。
もしダナンが創世神話を聞いてもなにも反応を示さないのであれば、元の世界とは全く関係がない。
もしダナンがなんらかの反応を示せば、元の世界と関係がある可能性が高い。
結果、ダナンはエルステに残って私を手伝うと言った。……星の世界が存在することを知ったからなのか。確信とまではいかないが可能性は高くなっている。
だから私は、確信を得るためにもう一つ手を打つことにした。
なぜか秩序の騎空団から小娘がついてくることになったが、まぁそのおかげで実行に移すことができたと思っておこう。
私は元々、そこまで身体が丈夫ではなかった。元の世界ではリヴァイアサンに助けられた影響があまり気にならなくなっていたが、今の私は気合いで捻じ伏せているだけに過ぎない。なので偶に倒れてしまうことがあるのだった。そういった話はオルキスや他の者にしているため、いざという時に倒れたとしてもある程度融通を利かせてくれる。
ダナンは私がいなくても仕事をこなせるようになったし、優秀な小娘も加わった。倒れようと思って倒れられるモノではないが、タイミング良く体調が悪くなっていく。それでもその日の内に終わらせないといけない仕事があったので続けようとしたが、二人に止められてしまった。
ダナンに部屋まで連れていってもらった後、私は前々から仕込んでいた本を持ってこさせる。
私がいつも持ち歩いている書物には、他人に見られてはいけない情報が書き込んである。中身を見るとは思っていない。だが、私が描いた絵を落ちやすいように挟んであった。
私は普段から絵が落ちやすくなっていることを意識して持ち運んでいるが、ダナンは違う。自然に持ち歩けば間違いなく落ちるだろう。
そして私の思惑通りに事が運び、ダナンは絵を目撃した。あの絵を見れば私の知っているダナンなのかどうかがはっきりする。
体調が良くなったら、腹を割って話をしよう。
◇◆◇◆◇◆
アポロの話を聞いていた俺は、愕然とした気持ちで突っ立っていた。本当に、信じ難い話だった。
「……これが私の話、貴方に話すべきだと思いました。いえ、話したかったというのが本音でしょう。もう消えた世界の、夢のような……」
アポロは手に持った絵をじっと眺めている。
「夢なんかじゃない」
あまりにも弱々しく見えたモノだから、俺はそう口にしていた。アポロが顔を上げる。
「少なくとも俺は、お前のことを覚えてる。黒騎士だった時のお前のことを」
アポロの瞳が潤んで光沢を纏う。
アポロはきちんと自分のことを話してくれた。今度は俺が話す番だ。
「……俺はアーカーシャが起動したあの後、二年半前ザンクティンゼルで目覚めた。本来なら俺はあそこで消え去るはずだった」
歩み寄って、アポロの眼前に立つ。……彼女の話を聞いて、思ったことがある。俺はずっと疑問だった。なぜ俺がこの世界に存在しているのか。グランとジータの存在が確認されていない以上、俺がこの世界にいるのはおかしい。アポロは記憶を持って生まれ直したが、俺は逆に時間を遡ってザンクティンゼルにいた。意味がわからない。規則性もなにもない。理屈が通っていない。だが、確信した。俺がここにいる意味。
「なんで俺がここにいるのかずっと疑問だった。けど、今わかった」
真っ直ぐにアポロを見つめ返す。
「俺がここにいるのは、アポロを支えるためだったんだな」
アポロが記憶を保持しているのなら、わざわざ俺がいる意味はない。俺はアポロみたく騎空艇の仕組みなんてわからないし、技術面で進歩させることはできないだろう。戦闘力でもアポロがいれば問題はないはず。
であれば、俺がここにいるのはアポロを支えるため以外にない。
アポロは顔を歪めて涙を零し、俺に抱き着いてきた。痛いくらいに強く、彼女にしては珍しく余裕がない様子だった。俺はまだ二年しか経っていないが、アポロからしてみれば二十年も経っている。あまりそういうのを表に出すタイプではないが、心細かったのだろう。自分の記憶を疑ってたくらいだし。
俺はアポロが落ち着くまで彼女の頭を撫で続けていた。
落ち着いたアポロは俺から離れると、柵に寄りかかるようにして外側を向く。
「……兎に角、お前が私の知るダナンだということはわかった」
若干早口で、俺が知っている黒騎士アポロの時の口調で口を開いた。
「無理に口調戻さなくていいぞ?」
「黙れ。重要な話だ。私が調べた通り、おそらく星の世界は存在する。アーカーシャは問題を先送りしただけに過ぎない」
本当に重要な話だった。緩めていた表情を引き締めて話を聞く。
「ああ。フリーシアの願いが叶っている今、いつ星の民が侵略してくるかわかったもんじゃないな」
「その通りだ。騎空艇の生産を続け、今は埋もれている強者を集め戦力を整えなければならない」
「星の民や星晶獣と戦える、ってなると――」
「十天衆だ」
俺が真っ先に思い浮かべた連中の呼び名を、アポロは口にした。
「やっぱそうなるよな」
「当たり前だ。七曜の騎士も強いが、空域毎に散らばっていて招集しにくい。なにより、私とヴァルフリート以外は全員王族だからな」
「へぇ。どっちも存在しない呼び名なのは、なんでだろうな」
「十天衆については知らん。だが七曜の騎士は、確か星の民が与えた座だ。この世界にないのも当然だな」
「なるほどな」
流石に元七曜の騎士だけあってその辺の事情は知っているか。
「十天衆には子供もいたから今戦えないとして、九人か」
「フュンフのことか。確かに、当時十にも満たない子供なら五年前の今赤ん坊に等しい」
生まれてはいるだろうが、侵略の時期によっては期待できないだろう。それでも九人もの強者を集められるなら、戦力としては期待大だ。なによりあいつらは一人一人が星晶獣にも匹敵する戦力となる。
「他にも優秀そうな連中はリストアップしている。他国に属している者もいるが、いざという時は協力を仰ぐぐらいはできるだろう」
「ま、星の民相手じゃ空の世界が一丸となって戦う他ないだろうしな」
俺は星の民と直接戦ったことはない。知っている星の民もロキとオルキスの父親くらいのモノだ。だが星晶獣という強大な兵器を創ったことからわかるように、ヤツらは星晶獣よりも強い。戦力はいくら多くてもいいだろう。
「私はこの国で明確な立場を持ってしまった。戦力集めはお前に任せたい」
「それはいいが……宛てはあるのか?」
十天衆は存在しない。元々なにをしていたヤツらなのかも知らないのだ。そんな状態で見つけ出すのは骨が折れるぞ。
「途轍もなく強い連中だ。噂くらいは立っているだろう。噂を集めて真実を確かめる」
「……途方もなく地道だな。まぁ、仕方ないか」
「ああ。だが宛てもなく噂を探し続けるのは面倒だ。やはり情報に敏く腕利きの味方が欲しい」
アポロの言葉に、俺はすぐピンと来た。
「あいつらか」
「そうだ。情報は集めてある。明日には出立するぞ」
「わかった」
覚えていないだろうが、関係ない。有能な手札は増やしておくべきだ。
「とりあえずの方針はこんなところだろう」
「了解」
こうして話しているとなんだか昔に戻ったような気がしてくる。……ただ話は終わったのに、アポロは一向に外側を見ていてこちらを振り向かない。
「そういや、なんでこっち向いて喋らないんだ?」
「っ……」
俺が尋ねると、アポロは小さく肩を震わせた。沈黙が返ってきて答える気はないのかと思っていたが、
「……さっきの今で合わせる顔がない」
「ああ、なるほど」
恥ずかしいというわけか。あのどんな手段を使ってでもオルキスを取り戻すアポロが丸くなったモノだ。
「あのアポロが随分と丸くなったもんだな」
「そういうお前こそ、雰囲気が変わっただろう」
「そうか?」
「ああ。まともになった」
それはいいことなんだろうか。まぁ一般的に見ればいいことだろうが、逆にできないことも出てきそうだ。
「まぁいいや。体調戻ったばかりなんだから、早めに戻ってこいよ」
「わかっている」
話が終わったので、先に建物内に戻っておくことにする。
「なにかいいことでもあったんですか?」
室内に戻って一階まで下りると、仕事をしていたリーシャにそんなことを言われた。
「そう見えるか?」
「はい」
「まぁ、確かにいいことだな。とりあえず、病み上がりのヤツに仕事させるわけにもいかないしさっさと終わらせよう」
当たり前のことだが、俺も俺の知っているアポロだとわかって嬉しい気持ちはある。
話しても信じられないことなので、他人に話す必要はないだろう。余計な混乱を招くだけだ。
「なにかいいことでもあったんですか?」
しばらくしてから下りてきたアポロに、リーシャがやや咎めるような様子で同じことを尋ねた。
「ええ、まぁ。そうですね」
アポロは普段の丁寧な口調に戻って頷く。心なしかリーシャのじとーっとした目が強まった気がする。
「……別にいいですけど。ただし、今日はきちんと休んでくださいね。ぶり返したら元も子もありませんから」
とはいえ彼女も心配しているのは確かなのだろう。ツンとしつつも本心が漏れていた。アポロにもそれがわかっているのか苦笑して「わかりました」と頷く。
なんにせよ、今日は俺にとってもいいことがあった。気持ち良く眠れそうだな。眠る前というのはなんだか妙に考え事をしてしまうので、昨日はよく寝つけなかった。
翌朝。体調が戻って完全に復活したアポロと共に仕事をこなす中、一つ変化があった。
「
「ああ、はい。どうぞ」
「ありがとうございます」
アポロが俺のことを呼び捨てにし始めたのだ。流石に俺が急に呼び捨てにするのはおかしいのでそのままだが、細やかだが確かな変化だ。
俺は平然としていたが、リーシャはそうはいかなかった。
「むぅ……」
頬を膨らませてなにやら不満そうにしている。
「どうした、リーシャ?」
「なんでもありません」
「いや、なんか不機嫌そうだし。拗ねてるのか?」
「拗ねてなんかいませんから!」
やっぱり拗ねてるじゃん。リーシャはふんとそっぽを向いてしまった。自分だけ除け者にされているのが嫌なのだろうか。とはいえ明かすわけにもいかないしな。大体聞いて納得できる話でもない。
とりあえずはリーシャを宥めつつ仕事を進め、アポロと話していた戦力集めに取りかかっていく。
立場上エルステ王国を頻繁には離れられないアポロなので、基本的には俺が世界を回ることになりそうだ。リーシャがついてくるかは、まぁ本人に任せるとしよう。
というわけで数日後、俺達はとある島へ向かった。結局アポロとリーシャも同行することになったのは、今回声をかける人物のせいだろう。
騎空艇でとある島へと降り立った俺達は、今この島で活動しているというお目当ての人物を探して回っていた。
街での聞き込みを行い、現在どこにいるのか情報を集めていく。半日歩き回ったところで依頼を受けて街の外にいるとわかり、街の外で探すことにした。いつ戻ってくるかわからないと言われてしまったら探しに行くしかないよな。俺とリーシャはいいが、アポロはあまり長くエルステ外へ出ていられないし。
そして日が沈み始めた頃。
俺とアポロが足を止めた。遅れてリーシャも立ち止まる。更に二人揃って背後を振り返った。
「いつまでつけるつもりだ?」
俺が呼びかけると、リーシャは怪訝そうな顔をする。彼女は気づいていなかったのだろう。だが呼びかけの返事はなかった。
「……はぁ。しょうがない、炙り出すしかないか」
俺はあからさまにため息を吐いて、腰の剣に手をかける。それでも出てくる様子がなかったので、剣を抜き放って
「テンペストブレード」
斬撃に応じて竜巻が巻き起こり、周辺の木々を切り刻む。俺の狙い通りに竜巻は向かったが、途中で炎を纏った斬撃により相殺された。それを見てようやくリーシャにも誰かに尾行されていたことがわかったのか警戒した様子で腰の剣に手をかけている。
相手が俺の攻撃に対処するために攻撃したことで、相手を覆っていた術が解けて姿が露わになった。
青髪エルーンの男と、赤髪ドラフの女だ。ファッションセンスは相変わらずみたいだな。というか世界が変わってもコンビなのは変わらないのな。
ドラフの方が剣を振り抜いた姿勢なので、俺にとっては当然のことだが技を相殺したのは彼女の方だ。
「あっれぇ~? ホントに僕の術を見破ってたわけ? エルステ王国の要人が少数で不用心だと思ってたけど、そういうことね」
エルーンの男が胡散臭い口調で軽薄な笑みを浮かべて言った。やはりと言うべきか、こちらの情報もある程度掴んでいるようだ。そうでなくては腕利きの傭兵とは言えない。
「こっちの情報を掴んでるってことは、わかってて尾行してたんだろ? 俺達はお前達に用があってここまで来たんだ」
「それが不思議なんだよねぇ。僕達は確かに腕利きの傭兵だけど、大国エルステの要人に依頼されるような立場じゃないよ?」
「傭兵の信頼は実績だ。そういう点で言えば、お前達は悪くない」
「だとしても僕達じゃなくて他にもいると思うんだよね~。例えば、アギエルバとかどぉ?」
「あっちは力仕事がメインだし、娘がいるから自由に動けない。お前達の方が適任だと思うな」
「……依頼内容を聞こうか」
「えっ? いいの、スツルム殿?」
「問題ない。ちゃんと報酬を払ってくれるなら」
ドランクと話していたら、スツルムが話を進めてくれた。無愛想だが話がわかるというのは既に知っている。あくまで初対面として信頼を崩さないように接すればいいだろう。
「内容は簡単だ。エルステ王国最高顧問、アポロニア・ヴァールの側近になること」
「…………依頼料は」
やや間があったが、スツルムから金額の話が出た。
交渉に関しては俺に一任されているので、雇う金についても預かっていた。
俺は布袋いっぱいに入ったルピを取り出す。
「……もしかして一括で払うって話?」
「まさか、そんなわけないだろ」
ドランクに聞かれて俺は首を振る。
「これはあくまで前金だ。いきなり全額渡して金払うんだから仕事するのが当然だろみたいなピュアピュアな精神持ち合わせてないって」
……おっと。背後から殺気が。
「具体的にどれくらいの期間かとかが難しい依頼なんでな。それなりに年月がかかると想定しての依頼料だ。もちろんずっと側近として活動しろとまでは言わないし、必要な時に応じてくれるだけでいい」
長期かつ見通しのない活動になる。その点を理解しての金額だ。
「……どう思う、ドランク」
「まぁ悪くないんじゃない? あれが前金っていうのも向こうの素性を知ってるから信用はできるし」
「お前がそう言うなら、あたしは構わない。受けるかはお前が決めろ」
「そぉ? じゃあ受けよっかな〜。大国エルステの要人の側近なんて、滅多になれるモノじゃないしねぇ」
「じゃあ決まりだな」
これで優秀な傭兵コンビを確保できた。
「それに」
話がまとまって二人に早速仕事を頼もうと思っていたら、ドランクがなにかつけ加えようと切り出す。予想していなかったのでなにかと思って続く言葉を待った。
「なんとなく、君とは気が合いそうな気がしたんだよね~」
ぴたりと身体の動きが止まる。動揺してしまったと言っていい。まさかドランクからそんなことを言われるとは思ってもみなかった。……五人で過ごしていた時に、そんな話をしたっけな。
込み上げてくるモノを押し殺して、俺は笑みを浮かべる。
「そりゃ奇遇だな。……俺も、そう思ってたところだよ」
俺にとっては当然のことだが、なにも覚えていない様子のドランクから言われると妙な気分にされる。初対面で怪しまれるわけにもいかないので、さっさと仕事の話に戻るとするか。
「で、早速仕事の話をしたい。側近とは言っても連れ歩くわけじゃない。基本的には情報収集が主な仕事になる。あとエルステでの拠点の提供はする。集めて欲しい情報は組織に属していない強者についてだ」
「へぇ? 強者……つまり戦力を集めてるってわけ? 全空でも指折りの大国がそんなことするなんて、余程のことがあるのかな~?」
「ドランク、必要以上の詮索をするな」
「でも気になるでしょ~?」
こういう時はただの鎌かけだ。本当に聞きたいと思っているわけではないのだろう。依頼を受けながらその辺りを調べられるだろうが、俺とアポロの頭の中にしかない機密情報なのでわかるはずもない。アポロの本だけは誰にも見せないようにしないといけないけどな。特にスツルムとドランクは絵に描かれている。不信感を煽ってしまうだろう。
「というわけで、早速仕事を頼んだ。エルステ王国に来た時は、ここを訪ねてくれ」
いきなり俺の記憶のように親しくすると怪しまれてしまうので、まずは簡単に済ませる。俺達が住んでいる家の住所を渡しておいた。
「んじゃ、よろしくな」
傭兵への依頼としては簡単に済ませすぎだが、実績以上に俺とアポロはこいつらを買っている。依頼を受けると言った以上、こいつらはちゃんと働いてくれる。
必要な話はしたし、渡すモノも渡した。用が済んだのでさっさと立ち去ることにする。アポロまでついてきてもらうにしては些細な用事だったが、まぁ仕方ない。
「……あの傭兵達はホントに信頼できるんですか?」
だがリーシャは俺達とは違う。と言うよりこれが普通の反応だ。
「俺とアポロが慎重に吟味した結果だって話しただろ?」
「聞きましたけど……納得できるかどうかはまた別の話なんです」
「なら実際に仕事振りを確認して、これから確かめていけばいいだろう。腕利きの傭兵とはいえ、信頼を置くかどうかはこれからの働きにかかっているわけだからな」
「それはそうですけど……」
リーシャはそれでも納得できていない様子だ。……俺達があまりにも信頼を置いていそうに見えてしまっているのだろうか。仕方がないとはいえ。
ただあの二人を雇うことは既に決まったことなので、不服そうにしながらもそれ以上はなにも言わなかった。
目的は果たしたのですぐエルステに戻り、スツルムとドランクからの連絡を待つ。
流石は腕利きの傭兵、一週間後に三つの情報を持ってエルステを訪れた。しかも三つ全て違う島の情報だ。どうやってたった一週間でここまで範囲の広い情報を集めてくるのか、やはり俺達にはわからない。ただしこの情報の場所に行って実際にそいつと会ってから、二人が信頼できるか決まる。
偽の情報ばかりを掴まされているなら信頼できないし、狙い通りの強者がいれば信頼が高まる。……まぁ、俺とアポロにとっては出来レースだが。
ただし、やっぱりというか生真面目なリーシャと軽薄なドランクは馬が合わない。幸いなのは、スツルムがリーシャの味方をしてくれていることか。ドランクの心労は増えてそうだが。まぁあいつの胡散臭さは一流なので仕方ない。
持ってきた情報は全て、旧世界の記憶を辿れば心当たりがあるモノだった。
一つ。特殊な武器を扱う
二つ。国同士の戦争時に一騎当千の活躍を見せたダルモア公国の英雄。
三つ。凄腕の剣士の噂を聞けば行って勝負し持っている刀剣を
一つ目は直接会ったことのない連中だが、知ってはいる。そして今の世界でも耳にしたことくらいはあった情報だ。ただし次の大きな任務がいつどこで行われるか、までの情報は入手できるわけもない。
聞いたことのある名前と言えば、ゼタ、バザラガ、ユーステス、ベアトリクスの辺りか。他にもいたが俺は知らなかった。ただし俺の知る時期よりも早いので、果たして俺の知っているヤツらが所属しているのかはわからない。
あとあいつらは特殊な武器を持っているのが特徴的だが、あれは星晶獣由来のモノじゃないんだな。でなければ今も組織が存在している理由がない。脅威がなければ組織が設立されることもないはずだ。……ってことは星以外の脅威についても考えなきゃならないってことか。実際になんなのかは、組織の連中と関わったことがないのでよくわからないが。
二つ目は国の英雄とまで祀り上げられたガウェイン。ただし最近は高慢になっているらしく、民からも恐怖の対象とされているようだ。近々処刑されるかも、という話だった。……ただ処刑を止められて、代わりに呪いの仮面を装着させられるんじゃなかったか? 高慢を直すための呪いなら追放されてから声をかけた方がいいかもしれない。
三つ目は剣拓という言葉が出てくることからもわかる通り、おそらく十天衆頭目のシエテだ。ただ情報の中でその名前が出てくることはなかった。書いてあるのはその剣士が途轍もなく強い男であるということ。勝負を仕かけてはその圧倒的な力で容赦なく倒し、剣拓を取るという。
俺のイメージするシエテと人物像が一致しない。ただそれ以外で剣拓を取るという趣味を持ったヤツは思い当たらず、星関連の出来事がなくなった結果別の過程を経たシエテの可能性が高いと見ている。こればっかりは実際に会ってみるしかないな。
「妙な組織とダルモア公国の英雄の話は知っていますが、三つ目は聞いたことがありませんね」
「まぁ、これは実際に剣士とやらに会ってみるしかなさそうだな」
「では私も――」
「いや、リーシャには別のことを頼みたい」
一緒に情報を覗き込んでいたリーシャに告げる。やや不満そうだったが、話は聞いてくれそうだ。
「一つ目の組織に関する情報だ。こいつらに接触しても怪しまれないようにするためには、次に任務で行く場所になにか異常が発生しているのか、そういった報告が秩序の騎空団に挙がっていないかを調べて欲しい」
「……秩序の騎空団として調査しに来た、と言い張るんですか?」
「察しがいいな。加えてそこに遺跡かなにかがあれば、最高だ」
「歴史研究家でもあるアポロニア様のところにいる私、ひいてはダナンさんが向かう理由になると」
「そういうことだ」
あくまで偶然その時その場所にいた、という状況を作り出さなければならない。流石にスツルムとドランクがどこから仕入れたかもわからない情報だけで行くのは怪しまれてしまう。
星に関連していないとはいえ、星晶獣に匹敵する戦力だ。是非とも協力関係を築きたい。
「……わかりました。やってみます」
「ありがとな、リーシャ」
考え込んではいたようだが、引き受けてくれるようだ。なら安心して任せるとしよう。
その後俺は時間を見つけて、シエテと思われる剣士がいるという島へ単身向かうのだった。
剣拓を取るという趣味がある以上、目を惹く刀剣がなければ話にならない。俺が普段使っているモノも充分強力だが、かつてアポロ達に貰った武具には劣る。のでアポロから貰ったブルトガングが今も存在するのか尋ねてみた。
聞けばあれはエルステの宝剣だったらしく、今の世界にも存在はしていた。王宮に保管されているそうなので借りるのは無理だと思ったが、そこはオルキスに頼み込んで貸してもらうことができた。
というわけで、手土産を持って件の剣士に会いに行ったわけだが。
「……」
一目見て
その男は盗賊と思しき連中の山の上に腰かけていた。呻き声が聞こえてくることから誰一人として殺してはいないが、凄惨たる光景だ。
山の上に座る男は、金の髪をオールバックにしており、目つきの悪い青年だった。黒の外套を羽織り腰に剣を提げている。
男は殺気を無作為に周囲へと放っており、荒々しいと呼ぶしかない様子だった。
記憶と姿が一致しないが、多分シエテだ。
強者ではあるが、昔だからか俺の知るシエテよりもまだ弱い、とは思う。ただあいつはホントに底が知れないから、どこまでの強さなのかはわからない。俺も本気中の本気を見たことはなかったと思う。
「……なに見てんだ? 見世物じゃねぇぞ」
ぎろり、とお山の大将が睨んでくる。口調は似ても似つかないが、声は確かにシエテだった。
「いやぁ、あんたの噂を聞いて会ってみたかったんだよ。とんでもなく強い剣士がいるってな」
「……あ? 俺には用がねぇんだよ」
取りつく島もないな。あの飄々とした雰囲気が一切感じられない。他人の空似と言われた方がまだ信憑性があるくらいだ。
「そんな態度でいいのか? 一応手土産もあるんだけどなぁ」
「……?」
俺の言葉は聞いているらしく、訝しげにこちらを見てはきた。
背に負った荷袋を下ろして中から持ってきた宝剣ブルトガングを取り出す。鞘から剣を抜き放つと、確かに彼の目の色が変わった。
「エルステ王国に伝わる宝剣、ブルトガング。もし俺に勝てたら剣拓を取らせてやろう」
「“もし”なんて必要ねぇ。どうせ俺が勝つんだからな!」
彼は言うが早いが、エネルギーの塊である剣拓を瞬時に十本出現させると俺の方へ飛ばしてきた。いきなりかよ、容赦ねぇな。どうなったらここまで性格が歪んじまうんだか。まぁ他人のこと言える身分じゃないか。
だが、甘い。
俺は仕方なく抜き放ったブルトガングを一閃して全ての剣拓を薙ぎ払った。
「なっ……!」
明らかに男の表情が驚きへ変わる。……道中こいつに遭遇した頃が懐かしいな。もう随分前のことのように感じるが、あの頃の俺とは全く違う。
「勝負開始の合図を待てとは言わないが、もう少し真っ向勝負を意識したらどうだ?」
ブルトガングは勿体ないので鞘に仕舞い、袋に入れて普段から使っている別の剣を取り出す。
「最初の攻撃を防いだからって、調子に乗ってるんじゃねぇぞ!」
彼は持っている剣を天に掲げると、無数の剣拓を出現させた。少し前は絶望を感じてすらいた光景に対して、今は冷静な頭で対処方法を考えるまでになっている。
「インフィニット・クレアーレ!!」
無数の剣拓を順々に飛ばしてきた。一撃が強いなら、分けて振りの隙を突くってか?
「さて、どこまでやれるかね」
俺は剣拓に向かっていくような形で駆け出すと、襲いかかってくる剣拓を一本一本剣で弾きながら速度を落とさずに接近していく。
「クソッ!」
ヤツは忌々しそうに剣拓の飛ばす本数をどんどん増やしていくが、俺の接近ペースはほとんど変わっていない。
やがて、剣の間合いに入った。
「っ……!?」
相手が後ろに下がろうとしているのが見える。だが動き出しが遅すぎた。大怪我をさせる気はないので、剣を引いて受ける体勢になってから剣を叩きつけてやった。吹き飛ばされつつも体勢は立て直していたが、表情に余裕はない。
「てめえ……」
「この分じゃ、剣拓取るのは厳しそうだな?」
「俺がこの程度なわけねぇだろうが」
ぎろり、とこちらを睨んでくるとまた剣拓を無数に出現させた。そして剣拓を飛ばすと同時に自ら接近してくる。
お手並み拝見、と思い防衛に徹してみた。剣技の合間に剣拓を飛ばしてくる。剣を振るという避けられるとどうしても隙間が出来てしまう行為を埋めるのにはいい手だと思う。だが剣技はそこそこだな。……彼の天星剣王がそこそことは、落ちぶれたモノだな。俺も強くなっているとは思うが、いくら老婆の下で修業したとはいえたった二年だ。底知れない俺の知っているシエテを圧倒できるほどになっているかどうかはわからない。
防戦一方というのも好きではないので、剣を大きく弾いて体勢を崩させ、剣拓を薙ぎ払いながら身を翻して蹴りを放つ。腹部に直撃して吹っ飛んでいく彼に、弓へ持ち替えて矢を連射した。驚いている様子は見せたが流石に強者だけはある。全て弾き落されてしまった。
だがこいつはもっと強いはずだ。今は底知れない強さを手にしていないような気がするので、もっと強くなるはず、が正しいかな。
「……チッ」
男は苛立たしげに舌打ちしたが、仄かに口端が吊り上がっているのが見えた。
「それなりにやるらしいな。てめえなら、本気でやっても死ななそうだ……!!」
彼の身体を力の奔流が覆い、剣拓が彼の背後一面に現れる。先ほどまでとは比べ物にならないほどの数だ。身に纏う威圧感も増している。……これまでは全然本気じゃなかったってことか。身体を覆ってるのは剣拓に落とし込む前のエネルギーとかそういうヤツか? なんにせよ、流石に一筋縄ではいかなさそうだ。
これは、俺も手加減してる場合じゃないかもな。
「【ベルセルク】」
老婆との戦闘時や鍛錬以外では、初めての『ジョブ』発動だ。灰色の毛皮を被り甲冑を着込む恰好へと変化した。
老婆からヒントを得て新たに取得した力ClassⅣの一つである。
ClassⅢ以下は使わなくなった、と言うより使わなくて良くなった、か。
俺は強くなる手段を必死に模索している最中に、一つの答えに辿り着いていた。それが、『ジョブ』が不要というモノだ。と言うのも、元の世界にはいた俺のクソ親父は、『ジョブ』を使うことがなかった。あれがあいつの嘘だった可能性もあるが、実際老婆も『ジョブ』の力を持たずそれぞれの能力が使える。つまり、『ジョブ』というのは力を発揮しやすくなるための補助機能であって、真に強くなっていっているわけではないのかもしれない。もちろんこれはただの推測だ。だが『ジョブ』を使わずに『ジョブ』の能力を使うということが、次第にできるようになっていた。
今はClassⅢまでしか使えず身体能力もそれくらいなので、ClassⅣを使わない限り強くなることはない。ClassⅣの能力強化も最初の頃ほど劇的ではなくなったし、強くなる手段としてはアリだと思う。
……しかし、親父が言った方法をなぞるなんて思わなかったな。以前の俺なら絶対に同じ方法は取らなかった。親父がいないこと、形振り構っていられなかったことが影響してるんだろうが、なんだかんだここが一番の変化かもしれない。
「……てめえは」
衣装の変わった俺を見て、相手は呆然としていた。自分以外に特殊な能力を持ったヤツを知らないのか? 確かに星関連がなくなったことで規格外の化け物は減ったような気がするが。
「ボーッとしてんじゃねぇよ。かかってきやがれ」
「当たり前だ!」
ClassⅣだと性格も変わるのが難点だな。こういう欠点も克服できるとは思うが。
本領を発揮した男と、【ベルセルク】と化した俺がぶつかり合う。
互いに全力で激突したせいか余波で大気が震え、元々彼が積み上げていた盗賊達も吹き飛んでいった。
【ベルセルク】になると口が悪くなり、戦闘狂になる。普段俺が言わないようなことも言うが、特徴的なのが好戦的な笑みを浮かべていることだ。
対する彼も滅多にない全力を出せる相手だからなのか、今は明確に笑みを浮かべていた。
周囲の地形が一変するほどの激戦を繰り広げた結果、片方は倒れ片方は立っていた。
「……クソ、強ぇなてめえ」
倒れているのは相手の男、立っているのは俺だ。流石に余裕はなく無傷とはいかなかった。『ジョブ』を解除してからその場に座り込むぐらいには疲弊している。
「当たり前だろ。でなきゃ、宝剣持ってお前に挑まない。しかもこいつはエルステ王国の宝剣だ。盗られないくらいには強くないとな?」
「そうかよ」
男は言ってから上体を起こして地面に座る。
「お前、名前は?」
「ダナンだ」
「ダナンか。俺はシエテだ。まさか俺と同等以上に戦えるヤツがいるなんてな」
「世界は広いってこった」
わかってはいたが、やはりシエテだったようだ。世界が変わって人が変わっても趣味までは変わらない。わかりやすくて助かるな。
「で、結局俺になんの用だ?」
「ん?」
「惚けるんじゃねぇよ。俺が欲しがる宝剣まで用意してエルステ王国から遠路遥々やってきた理由を聞いてんだ」
意外にもと言うと失礼だが、冷静に頭が回るようだ。ただの荒々しい力任せが多かったのでそういうのは不得意なのかと思ったが。
今は一応俺の方が強いみたいだが、だからといってうかうかしていられなさそうだ。
「簡単なことだ。勧誘だよ。強いヤツを集めててな。お前の力が欲しい」
「エルステは充分な戦力があるだろ。てめえだっている」
「それでも足りないと思ってるからこそ、戦力を集める必要があるんだろ?」
「なにがあるってんだ?」
「さぁな。実際にはないかもしれない」
「なんだそれ」
「もちろん、ない方がいいに決まってるさ。今の戦力でどうにもならない事態なんてな」
空の民が敗北するはずの覇空戦争が本当に起こり得るのだとしたら。多少俺達が強くなったところで結末を覆すことなんてできないだろう。起こらないというなら、それで良かった。
シエテはなにも言わなかった。
「で、結局どうするんだ? 俺についてくる気はあるのか?」
「勝負に負けたんだ、大人しく従ってやるよ」
「そうか。なら、手間賃だ」
俺はシエテに宝剣ブルトガングを差し出す。一瞬目を丸くして、訝しむようにこちらを見てきた。
「……どういうことだ?」
「俺が負けたら剣拓取っていいとは言ったが、俺が勝った時の話してなかっただろ? 俺が勝ったら、力を貸してもらう代わりにこいつの剣拓を取っていいって言おうと思ってたんだ」
「……はっ。その条件出せるのは、最初っから勝てると思ってるヤツだけだ」
当然、勝てるとは思っていた。元のシエテなら兎も角、なんらかの理由で燻っている今のシエテなら勝てなくはないと踏んでいた。とはいえ潜在能力は星晶獣などと関わりがない場合同等なので、なんらかの要因で才能が開花して……なんてこともあるかもしれないとは思っていたのだが。
「ってことで、これからよろしくな、シエテ」
「ああ。大人しく使われてやるよ」
「ただ俺の下に来るんならもうちょっと言葉遣いとか服装とかに気を遣って欲しいところだな」
「なんでそんなことする必要があるんだよ」
「これでも一応、エルステ王国最高顧問の右腕なんでね。せめてもう少し愛想良くできない?」
「断るに決まってるだろうが」
「例えばこう、ずっとニヤニヤして掴みどころがない雰囲気を出すとかどうだ?」
「はあ? 俺がそんな軽薄そうなことするわけねぇだろ」
だ、そうだ。
◇◆◇◆◇◆
シエテを手札に加えた俺は一旦エルステに戻ってアポロに彼を預けた。
次に急を要するのはガウェインのところだ。ガウェインの処刑の日取りが決まったらしい。
だがガウェインについて情報を探っていたところ、とある人物から接触を受けたとのことだった。
それがダルモア公国の宮廷魔導師こと、ガウェインの姉であるフロレンスという人物だった。
彼女は弟の命を助けたいが、今のままではどちらにしても孤立してしまうことがわかっているため性格を改善したいと言う。弟の傲慢さを直すために呪いの仮面を付着させて人助けを強制させる。それを通じて性格を矯正しようという考えのようだ。ただし、ダルモアにはもういられないため旅に出させる予定だったらしい。
ただまぁ宮廷魔導士とはいえ人一人の処刑を覆すのは難しく、協力者がいた方がより確実に計画を実行に移せるという話だった。
要は俺達がガウェインの救出に協力する代わり、ガウェインの身柄をエルステに引き渡してくれるというのが彼女の申し出だった。
俺達として旅に出たところで声をかければいいのでそれだけなら協力するメリットはない。
だがガウェインの更生を手伝ってくれればフロレンス自身が協力してくれる、ダルモア公国にも働きかけてくれると約束してくれたので戦力の確保と同時に国からの援助も可能になるかもしれない。ガウェイン一人を後から引き込むのと比べれば戦力が大幅に強化される。
俺達にとってもいい条件だったので、フロレンスの計画に助力することにしたのだった。
とは言ってもガウェインの処刑を取りやめて逃がすまではフロレンスが主に行動してくれるので、俺達は経過を見守り確実にガウェインを生かすことに尽力すればいい。
ただしうちの戦力には隠密行動が苦手なヤツが若干名いるので、協力できるのは俺とスツルム、ドランクぐらいなモノだ。今の世では有名になりすぎているアポロや秩序の騎空団団長ヴァルフリートの娘であるリーシャ、荒々しく暴れ回ることが多く割りと好戦的なシエテも論外。
流石にフロレンスの計画はしっかりしていて、滞りなくガウェインの救出から仮面装着まで終わった。フロレンスの問題としてガウェインを真っ向勝負で打ち破り、当面の間従わせることが可能かという部分だったそうだが。
その点も問題なかった。俺が真っ向から勝負を引き受けて倒すことで、とりあえずは従ってもらえた。その後傲慢な態度が気に食わなかったのかシエテが勝負を挑んで勝利し、エルステでアポロがリーダーだと知ったガウェインが彼女に挑んで敗北したので、かなりプライドが傷ついているんじゃないかと思う。
フロレンスは表立ってはガウェインと接触する気がないらしく、定期的に仮面の魔導士として現れてはガウェインの性格が変化しているかどうかを確認するそうだ。
性格はアレだが仮面の呪いのせいで人助けを強制されているため、なんだかんだよく働いてくれている。どうしてかシエテとは馬が合わないが、まぁライバルの存在って大事だからな。放っておこう。
続いて組織連中の任務に偶然居合わせる作戦。
流石に人間的に問題のあるヤツらを連れていくわけにもいかなかったので、俺とリーシャの二人で向かった。秩序の騎空団として、歴史研究家の右腕としてという両方の側面から理由づけをしたので怪しまれることはなかったと思う。
ただ、俺が見た顔と会うことはなかった。まぁあの時から考えると五年前になるので、まだ組織に入っていないか。または組織に入っていたとしてもひよっこかのどちらかなのだろう。あと強力な武器とやらにもお目にかかれなかった。所持者がいなかったからだ。一応顔を売って強さを示せたので、所持者が不足していれば俺達に声をかけてくることもあるかもしれない。
組織に入っていてもいい年齢なのはバザラガ、ユーステスの辺りか。ゼタとベアトリクスは確かリーシャと同じくらいの年齢なので、入っているかどうか微妙なところだ。
少なくとも現場には誰もいなかったので、スツルムとドランクには引き続きの調査を頼んでおいた。
人数も増え、仮の宿として賑やかになってきたのはいいが、今後増えると手狭になりそうだ。まぁ同居は強制しているわけではないので、エルステの他のところに泊まってもらえばいい。それにスツルムとドランクは基本エルステにいないしな。
そうしてファータ・グランデ空域の強者を集めたり国と交渉したりを繰り返しつつ、創世神話に関わる情報を収集していった。
半年かけて相当数の戦力を集めることができた俺達は、次の空域へと足を踏み入れることにする。
隣のナル・グランデ空域。騎空艇の技術・物資の流通を交渉材料にして友好関係を築くことに成功した。他空域、若しくは別のなにかと争う時に騎空艇が必須だというのは理解していたらしく、もし接触することがあったなら交渉して技術を取り入れようと目論んでいたのだという。
というのは、ナル・グランデ空域を統一しているトリッド王国の国王であるバラゴナが言っていた。
そう、こいつは元の世界ではアポロと同じ七曜の一角である緋色の騎士を担っていたほどの男だ。
確かグランとジータの父親から剣の手解きを受けたという話だったが、今の世界にはあいつらの父親がいない。それでも剣術を習ったらしく、今も国王を務めながら国一番の剣士として名が通っているほどだった。
ここで新たな問題が発生、という状況にならなくて良かったと思う。
ナル・グランデ空域での交渉がすんなりと終わったので、続けて次のアウライ・グランデ空域へと訪問した。
アウライ・グランデはファータ・グランデよりも技術が進歩していた。アポロが前世の記憶もどきで先を行っているとしても、だ。そのアウライ・グランデ空域を統一しているのが、イスタバイオン王国である。
その国王との謁見に成功した。
流石に他空域との交渉はアポロがいないと話にならないので、色々なところに事前連絡を取って他空域へ出張するため長期不在の計画を練る必要があった、というのが事前準備で一番大変だった部分だろうか。
とはいえ、俺達の交渉材料は技術提供や同盟としての助力しかない。その上要求するモノは「いざという時は協力しましょう」と言った曖昧なモノだ。
ナル・グランデ空域では向こうもこちらの騎空挺技術を狙っていたが、アウライ・グランデでは騎空挺もどきを既に開発し始めていたようだ。こっちが数百年先取りしていたとするならば、向こうは数十年の先取りと言ったところだろうか。
だがすんなり交渉は進んでいた。
「いいだろう」
イスタバイオンの国王がアポロの条件に対して頷いた。国王は初老の男性で、金髪のエルーンだ。どこか遠くを見据えているような雰囲気があり、あまり俺は好みではない。一応アポロから事前に元の世界では七曜の騎士が仕えている真王だったと言うが。
七曜の騎士がいない今、真王とは名乗らなかった。
この場にはイスタバイオン王国の兵士と王女姉妹が出席している。
こちらはアポロ、俺、リーシャ、シエテ、ガウェイン。スツルムとドランクには念のため別行動を取ってもらっているが、アウライ・グランデには来てもらっていた。前の世界で真王だったことから、真意の読めない相手であるというアポロの推測があったため、念には念を入れた形だ。
とりあえず用意できる戦力を集めた形だ。瘴流域がないとはいえ、空域を越えるとなると長旅になる。なにが起こるかわからないのでエルステに置いてきた連中もいるが、長い付き合いとなってきたヤツらは連れてきていた。こいつらがいれば、余程のことがなければ国が相手でも戦えるだろうからな。
とはいえ国王が頷きを示したので、そういった懸念は余計な心配だったと言えるだろう。
「ただし――」
しかし後から条件をつけ足してきた。
「要求を呑む代わりと言ってはなんだが、同盟の暁にはそこの彼に娘のアリアを娶ってもらいたい」
「「「えっ?」」」
放たれた言葉に、何人かが困惑の声を上げる。俺もその一人だった。急になにを言い出すんだこいつは、という気持ちが強い。そこの彼、というのは国王の視線の先にいる俺のことだろうか。
「なにもおかしなことはあるまい。国と国が懇意にする時、互いの王族を嫁や婿として差し出すこともある。その上で、今回の要求はエルステ王国の使者としてではなく、個人団体としての申し出であろう? であればエルステ王国へではなく、貴殿らに差し出すべきと考えた。口約束や書類の証拠であればいくらでも改変できてしまう。それを防ぐためのモノでもある。貴殿らへの信頼の証として捉えて欲しい」
そんな贈呈品みたいな言い方されてもな。
どこか遠くを見据えているという俺の印象が少なからず当たっていたようだ。娘の話をしているというのにまるでモノを扱っているかのようだ。
「待て」
俺の左斜め前から懐かしいドスの効いた声が発せられた。俺としては別段不思議ではないのだが、他のヤツはぎょっとしている。
「百歩譲って貴様の娘を差し出すのはいい。だが、なぜ娶らせる必要がある? 監視兼人質として我々に寄越せばいいだけだろう」
苛立ちが声から感じ取れる上に、本人が口調が変わっていることに気づいていない様子だ。
「そちらが臆面もなく申し出るというのであれば、それに倣うが。アリアを引き渡すだけでは貴殿らを縛れない。貴殿らの裏切りを警戒するなら、契りを結ばせた方がいいと考えている。国とは関係なく戦力を集結させているというのは、それだけでも警戒する必要が出るというモノだ」
国王もアポロの態度に合わせてそれなりに本音を見せてきた。そこでようやくアポロが我に返り少し頬を染めている。
「……大変失礼いたしました」
「構わないとも。これも互いにより良い関係を築くためだ」
アポロが頭を下げて退くと、国王は俺の方を見てきた。
「アリアが気に入らないと言うなら、姉のフォリアでも良い。フォリアは生まれ持った魔力の強大さ故に身体の成長が遅くなっているが、そちらの方が好みだと言うのなら変更しよう」
そういう話はしてないんだが。というか二人いる内の小さい方が姉なのか。ということはアポロと同い年くらいのヤツがアリアか。……どっちも人形みたいに大人しい。表情に心がない。気に食わないな。
「ダナンさん……小さい方が好みなんですか?」
リーシャに引かれていた。いや、そういう話じゃないから。
「そうじゃなくて。……ただ私も、急に婚約と言われても実感が湧かないと言いますか。軽々しく引き受けられることではありません」
反論してから、国王に対して俺の方からも正直な気持ちを伝えておく。
「なにも生涯のパートナーとして過ごせと言っているわけではない。貴殿に別の相手がいるのなら、
あくまでも国王は娘二人と俺達との取引材料としてしか見ていないようだ。そういう点が気に入らない。バラゴナはまだ話の通じるヤツだったが、こいつは話の合わない相手だ。大局を見すぎて細かい人の心の機微を度外視してるって言うか。
俺は少し考え込み、一ついい案を思いついた。
「婚約云々は一旦置いておいて、どちらも決まった相手がいないのなら二人共こちらに来てもらおうと思います」
「なに?」
国王だけでなく、俺の周りや兵士達も驚いている。
「もちろん、対等の関係としては釣り合わないので、こちらも更に提供する情報を増やします。――現在鋭意開発中の小型騎空挺、その設計図を」
「それは……」
「ほう?」
アポロがやや咎めるように振り返り、国王が関心を示した。アポロに一瞬目配せして、相手が食いついてきたことに内心ほくそ笑む。
「こちらに現在の設計図と今後の課題をまとめた書類があります。それを提供しましょう。小型騎空挺の利点は現在の騎空挺よりも少人数での速い移動が可能になるという点。距離の離れた連絡手段としては実に有用なモノだと思いますが、如何でしょう?」
「充分に有益と判断できる。……いいだろう、その取引を受けよう」
国王の返答は早かった。連絡時間の短縮がどれほど重要かは、統治者であれば理解していて当然。まだ世に出回っていない、なんならこっちでもあんまり開発が進んでいない技術の提供だ。受けるのは当然と言えるだろう。
ということで、イスタバイオン王国の王女姉妹を二人共引き込むことに成功した。
「……」
だが謁見後、騎空挺を停めている港へ向かう途中ずっとアポロはしかめっ面だった。
「なぁ、アポロ。そんなに怒るなよ。勝手に進めたのは悪かったけどさ」
この半年で俺はアポロに敬語を使うのをやめていた。というのも、一番付き合いが長いのに他人行儀だからやめろと言われたからだ。ただアポロは未だに敬語で定着させていたのだが。
「……私は怒ってなどいません。ダナンになにか考えがあることはわかっていますので」
怒っていないと言いつつツンとした様子だ。……なにか怒らせるようなことしたか?
「いや、明らかに不機嫌じゃん」
「不機嫌ではありません。それより、なにか考えがあるのはわかっていますが、具体的にはどう考えているのですか?」
他のヤツへの説明も含めてだろう。
「あぁ。二人の前で言うことでもないんだが、正直小型騎空挺の完成って設計図が出来てる割りに遠いだろ? だからイスタバイオンの技術で完成してもらおうと考えたってのが一つ。もう一つは……っと。丁度いいな」
それこそ人形のように大人しく俺達についてきている二人は、会話に混ざろうともしない。徹底的に言うことを聞くように躾けられているのだろうか。……胸糞悪い。
二つ目の理由を話す前に騎空挺が見えてきて、その甲板で青髪のエルーンが手を振っているのを確認する。
「ドランク、頼んでた情報は手に入ったか?」
「もっちろ~ん。小型騎空挺完成のヒントになりそうな技術は、しっかりと偵察してきたよ~」
港からドランクに尋ねて、目論見通りに事が進んでいたと判明した。
「だからわざわざ技術を明け渡すような真似をしたんですね……」
「そういうことだ」
納得したようなリーシャに頷く。
例え設計図を渡しても、ドランク達に課題解決できそうな技術を盗んでくるように頼んでいたので相手に先を行かれる可能性も低い。もし上手くいかなかったとしても向こうが完成させてくれればそれを基にこっちの開発も進められると。
「しかし、それとこれとは別でしょう。なぜ二人共婚約する必要があるのですか?」
……なんだろう。アポロの言葉がヒリついてる気がする。
「婚約は一旦置いておくって言っただろ? 形式上は向こうを納得させるために仕方ないとはいえ」
「……そうですか」
やはりというか、むすっとしているような気がする。
「私も納得してませんからね」
更にはリーシャまでもが便乗してくる。……どうして。
「えぇ~? なになに? ダナンったらまたなにか面白いことしたの?」
「“また”ってなんだよ。俺はいつも面白いことしてるわけじゃないぞ」
「そうじゃなきゃ、半年で複数国家相手にできる戦力集められてねぇだろ」
ニヤニヤしたドランクに反論したが、シエテのツッコミに確かにと納得しかけてしまった。
とりあえず騎空挺に乗り込んでから詳しい話をすることにする。
「全員乗りましたね? では
「はいよ、任せときな」
アポロの指示で操舵士を務めるザンツのおっさんが騎空挺を発進させた。
ザンツは前の世界でもアポロ達が使っていた小型騎空挺を操縦していた、腕利きの操舵士だ。アポロはそれを知っていたので気球船の操縦士をやっていた彼を引き抜いていた。俺が来るよりも前の話だ。騎空挺の開発を進めたのはいいが、空の底に落ちるかもしれない飛行実験に付き合ってくれる物好きなんてそうはいない。だがザンツなら世界が変わっても騎空挺を操縦してくれるだろうと選んだらしい。実にいい人選だと思う。
「妾はフォリア。フォリア・イスタバイオンじゃ。この度ダナン殿と婚約することになった」
「同じくアリア・イスタバイオンと言います。姉と共にダナンさんと婚約することになりました」
そして今回ついてきた二人が自己紹介をしたことで、当然のことだが俺に視線が集中した。特にドランクはニヤけながら脇腹を肘で小突いてくる。
「……ボスは良しとしたのか?」
スツルムがアポロに尋ねた。
「良くはありませんが、協力関係を結ぶためには仕方のない状況でした」
「婚約と言っても私達は妾なのでしょう? 本命の方がいらっしゃっても構いません」
まだ不機嫌らしいアポロに、アリアが告げる。
「へぇ~? で、ダナンは結局どうなの? そこんところ」
ドランクのニヤけた面がいつもより腹立つ。こいつ、絶対面白がっていやがるな。他人事だからって。
ただこの件については俺の中で一つ決まっていることがある。……それくらいは言っておいた方がいいかもしれないな。
「……婚約するんだとしても妾なのは決まってるんだよ。俺の中で、一生を共に過ごしたい相手は決まってるんだから」
やや気恥ずかしいが、そう答えた。空気がざわついた気がする。
「そ、それって……」
震えたリーシャの声が聞こえてそちらを向くと、愕然としたような様子だった。
「リーシャ?」
「い、いえ。なんでもありません」
首を傾げると、なにかある様子で口を噤んでしまう。今聞いても答えてはくれなさそうだ。
「……話が終わったなら私は部屋に戻っています」
変な空気になりかけた甲板で、アポロが真っ先に甲板を下りて中へと早足に去っていった。……? 今日は様子がおかしいな。
「……いやぁ。ダナンがそんな風に真面目に答えるなんて思わなかったよねぇ」
「一応、はっきりさせなきゃいけないところだからな」
妙な空気になった原因が自分にあるため少しは罪悪感を覚えているのか、ドランクから話を振ってきた。その後はぎこちなくぽつぽつと話して過ごしていた。姉妹にイスタバイオンの話を聞くことが多かったか。
愛想は良くないが、一応話す分には問題ないようだ。
エルステに戻れば、戦力集めや技術開発の継続だ。
アポロから聞いたところ、アリアは元の世界でも七曜の騎士の一角を担うほどの腕だという。剣術は習っていたようでそれなりに強かった。フォリアも身体に影響を及ぼすほどの魔力を宿しているだけはあってかなり強い。二人も戦力として充分な人材だ。
帰ってきたその日の夜のこと。
部屋のベッドで横になっていると、ドアがノックされた。
「アリアです。入ってもよろしいでしょうか?」
誰かと思えば、アリアのようだ。二人共他国の王族ということもあってアポロや俺達が生活している家に来てもらっていたのだが、なにか問題でもあったのだろうか。
「ああ。今開ける」
個室には鍵をかけられるようになっているので、起き上がってベッドから下りると扉を開けた。
開けた先には、薄着姿のアリアが立っている。……部屋着と言うか、これってネグリジェってヤツじゃ。
「お前、その恰好……」
アリアが部屋の中に入ってきたので俺は合わせるように下がってしまう。部屋に入ってから扉を閉められた。
「婚約しましたので、夜伽に参りました」
「いや、とりあえず置いておくって言ったよな俺?」
「肉体関係はより貴方を縛りつけることができるので、早めに夜伽をするようにと……」
「……あの野郎」
自分の娘をなんだと思ってやがるんだ。というかこいつも普通に受け入れてんじゃねぇよ。
「あのなぁ……。俺があいつとの取引を受け入れたのは、お前達のそういうところが気に入らないからだ」
「? 気に入らないなら断るのでは?」
「でも断ったら、お前達はずっとそのままだろうが」
「……」
アリアはまだわかっていない様子だ。
「お前もフォリアも、二人して人形みたく父親の言うことに従いやがって。俺は、そういうのが嫌いなんだ。自分の考え持って自分で動かなきゃ、それはお前の人生じゃねぇだろうが」
「……貴方の言っていることは、よくわかりません」
「なら、今のお前はその程度だってことだ。もし俺の言ったことがわかるようになったら、その時は答えを聞いてやる。婚約だの夜伽だのの話をするのは、それからだ。だから今日は部屋に帰ってくれ。俺に人形を抱く趣味はねぇ」
「…………わかりました」
アリアはとりあえず、大人しく引き下がってくれた。俺の言っている言葉の意味は結局わかっていなかったようだが、父親の指示を強行しなくて良かったと思う。そうなったら流石に、力尽くで止めるしかなかったからな。
黄金の騎士だったアリアはアポロと因縁があったようで今回も馬が合わないと思っていた、というのは聞いた。ただ今のアリアは全く張り合いがないので、どうでも良くなったそうだ。元の世界のアリアを知っているアポロがそうなのだから、相当だ。アリアの事情までは知らないのでどうとも言えないが、七曜の騎士になった、なれなかったは性格に大きく関わってくるモノだったのだろうか。
それからしばらくアリアが夜伽に来ることはなかった。一応仕事もちゃんとやってくれるし、これまでと同じように過ごしている……ようには見える。だが俺との距離を測りかねているのか、少し挙動不審が目立った。
逆にフォリアは、少しずつ親交を深めていくためか積極的に話しかけてくることが多い。とはいえそれもあいつの命令の上に成り立っていると考えると妙なモノだ。
俺はフォリアを呼び出して、アリアと同じ条件を突きつけた。
自分でモノを考えられるようになってから、婚約だとかそういう話をしようと。
「……なるほどのう。それでアリアの様子がおかしかったわけじゃな」
「気づいてはいたのか」
「当たり前じゃ。アリアは妾と違って年齢相当の身体じゃからの、それを利用するように指示されているのじゃろう?」
「ああ。追い返したけどな」
「今の話を聞く限り、そうじゃろうな。……しかし、ふむ。自分の考えと来たか。今まではお父上の言葉通りに動けば良かったのじゃが、少し時間がかかりそうじゃな」
アリアよりはまだフォリアの方が話が通じるようだ。こっちが姉というのも納得できる気がした。とはいえ、それがいいか悪いかはわからないが。
少なくとも話はできたので、後は二人次第だな。
新たな課題も生まれたが、それからはしばらく順調だった。色々な空域にも行って協力関係を取りつけたり、話し合ったり。全ての空域を回って準備を整えているだけで、あっという間に二年の月日が経ってしまった。
そして、俺が丁度空の果て、イスタルシアにいた時のことだ。
イスタルシアへの到着は少し前だったが、その時は拠点造りや探索が主だった。
今は本格的な拠点造りを進めているところだ。というのも、創世神話研究者を集めて話し合ったところ、星に通じる場所がどこかにあるとしたら、それは空の果てでないかという結論に至った。
そこで星の民による侵略が行われるとしたら、イスタルシアで防衛設備を整えれば有利に働くんじゃないかという話が持ち上がった。その責任者に、どういうわけか俺が選ばれてしまったのだ。
まぁアポロはエルステの重要人物なので別の人がなるのはわかる。ただそれが俺だっていうのがなぁ。
アポロの思惑を正確に把握していて、もし侵略が始まったら戦力を集結させるまで時間を稼げるとなればわからなくもない。俺も俺が選ばれた理由が理解できるからこそ、断れなかったのだ。
「ッ――!!?」
事はいつだって突然起こる。突如として強大な気配が現れたかと思うと、空で雷が鳴り始めた。
(この気配、間違いない。星晶獣だ!)
長い間触れていなかったが、忘れるわけがない。
雷鳴が轟き、島の一部に紫の雷が落ちた。煙が上がって木々が燃えている。……戦争にならない可能性も考えてはいたが、残念ながらハズレだったみたいだな。
問答無用で襲いかかってきている。
俺は気を引き締めて落雷のあった場所に急行した。
「く……っ!!」
迸る雷撃を、アリアが苦悶の表情で受け止めている。その後ろには傷つく倒れたフォリアがいた。……クソ、最初のが直撃してたのか。アリアの身体にもダメージが通っていて長くは持たない。
「アリア……あれはどうにかなるモノではない。逃げるのじゃ」
「嫌です。……そういえば姉さんと二人で話したことは、あまりありませんでしたね」
「っ……」
雷が止まった途端に、アリアは崩れ落ちるように膝を突いた。まだ生きてはいるが、これ以上はマズそうだ。フォリアも動けそうにない。
全速力で近づいていってはいるが、俺達の頭上には明らかに魔物の域を脱した巨大な怪物が滞空している。そいつの近くに人影が見えた。その人影が手に持った槍を天に掲げている。続いて怪物が咆哮したかと思うと紫の落雷が槍に直撃した。槍に雷が帯電し始め、それを人影が投擲する。
「……チッ」
星晶獣と共にいるということは、多分星の民なのだろう。軽く投擲した程度のモーションだったが、槍の速度は異常なほど速かった。ギリギリ間に合うか。
俺は全力で駆けて二人の前に飛び出し、飛来してきた紫電を纏う槍を横から右手で掴み取った。
「ダナンさん……?」
後ろからアリアの声が聞こえてくる。まだ意識はあったようだ。……治療は近づいてきているリーシャに任せるとして、俺があいつをやるしかねぇな。
「――エーテルブラスト」
俺は思い切り槍を投擲し返しながら六属性を混ぜた魔法を使い槍に纏わせた。俺は人影に投げたのだが、星晶獣が前に出て雷で止めようとしていたが、甘い。雷ごと星晶獣の身体を貫いた。致命傷を受けた星晶獣は空の底へと落下していく。
星晶獣が貫かれていく横で、回避した星の民は無感情な瞳で俺を見下ろしていた。
「……俺の武器を使ったとはいえ、兵器である星晶獣を一撃で倒すとはな。貴様のような空の民がいるとは聞いていなかった」
星の民らしき男はゆっくりと下降してきながら言う。
「あんまり嘗めてもらっちゃ困るな、空の民を」
他に星晶獣がいないということは、今回はただの偵察だろう。ついでに空の民の強さを調べようとしたとか、そういう感じか。
「そのようだ。貴様であれば、俺が相手をする必要がある」
「大人しく帰って、今後も侵略紛いなことしなきゃ、それでいいんだがな」
「不可能だ。折角だからな、貴様のような特異個体がいたことも報告しなければならない」
「それこそ不可能ってもんだな」
「なに?」
男が眉を顰めるのに対して、俺は笑みを浮かべた。
「――お前がここで、俺に負けるからだよ」
男が降りてきたところに突っ込んで、剣を抜き放ち身体を袈裟斬りする。血飛沫が舞う中、男が驚愕しているのが見えた。
「消し飛べ」
「こんなことが、あり得るわけが――!」
怯んだところに全力の魔法を叩き込み、男の全身を消し飛ばす。……よし。今の俺なら星の民にも通用するな。星の民は不死身だと聞いていたので、容赦なく消し飛ばしたが。多分死んだだろう。
もしまだ話の余地がありそうなら生かして帰したが、最初から侵略するつもりだったなら話は別だ。
「――ほう、興味深い」
上から声が降ってきて、全身を悪寒が貫く。慌てて上を見てそいつの姿を確認したが、そいつの身体から放たれる異質な雰囲気は先程のヤツの比ではない。
白髪の青年だ。白いローブのようなモノを纏い、杖のようなモノを手に持っている。
「星の民より脆弱な空の民でありながら、星の民を瞬殺するとは」
「……まさか他にもいたとはな」
「そう警戒するな。戦う気はない。……もう少し改良する必要がありそうだ。いい情報収集になった。感謝する」
「その情報で空の民を蹂躙するってのか?」
「そうなるだろうな」
あっさり告げると青年は背を見せて虚空に裂け目を開く。
「そうだ。最後に名前を聞いておこう、特異個体」
だが止まって肩越しに振り返った。
「名前を聞くならお前から名乗れよ」
傲慢なら言い返せば帰らなくなるかもしれないと思ったが、反応はあっさりしたモノだった。
「
「……ダナンだ」
「そうか、覚えておこう」
本当に名前を聞くだけで、どこかへと去っていく。……ルシファー。あいつはとんでもねぇな。強さもそうだが、それ以外がおそらくヤバい。具体的になにかと言われたらわからないが。
「ダナンさん、今のは……」
髪を振り乱した様子で来たリーシャが声をかけてくる。
「リーシャ。悪いが、先に二人を治療してやってくれ。治療が終わったら騎空挺の方に」
「っ……! じゃあ遂に来たんですね?」
「ああ。残念ながら向こうは侵略する気らしい。――戦争の準備だ」
相手がやる気なら、諦めてもらうしかない。ルシファーと真正面から戦えば互角ぐらいだと思っているが、あいつはそういうタイプじゃなさそうなので無駄な想定だ。
それから俺達四人と小型騎空挺を操縦するザンツでイスタルシアを離れエルステ王国まで戻った。
「あの、ダナンさん」
帰りの道中でアリアが声をかけてきた。
「うん?」
「その、助けていただいてありがとうございました」
なにかと思ったら、そのことか。
「気にしなくていい。俺も助けるのが遅くなって悪かったな」
「いえ。ダナンさんが来ていなければ、私達二人共死んでいたでしょう」
「俺も想定が甘かった。もう少し、話し合いの余地がある相手かと思ってたんだけどな」
相容れなくても、話し合いで戦争を回避することはできる。俺はそう考えていた。極論それぞれの世界で互いに不干渉を貫きましょうで終わりたかった。
だが、星の民は思っていたよりも確実に、侵略してこようとしている。
「それで、一つ確認したいのですが」
「どうした?」
「後ろを向いてくれますか?」
「? ああ」
なにかと思えばそんなことか。俺はアリアに対して背を向ける。
「……なるほど。ありがとうございました」
「?? なんだったんだ?」
「アリアもようやく理解し始めたということじゃな」
「うん?」
アリアのことも、フォリアの言っている意味もわからない。
「ダナンさんはわからないと思うので気にしないでください」
かと思えばリーシャの口調が割と冷たかった。……なんなんだ一体。
「あの、姉さん。“も”と言いましたが、それはつまり……」
「うむ。妾はもう決めておる。この二年で大分変わったからのう」
「そうでしたか」
二年で変わったというのはわかる。俺の言葉の意味をちゃんと考えてくれたのか、二年間でかなり表情豊かになった。特にフォリアだな。まぁそこは性格の問題もあるだろうし、少なくとも最初会った時の人形のような二人とは全然違う。
この様子ならもうイスタバイオンに戻ったとしても大丈夫だと思う。それくらいには“自分”が成長していた。
戦力としても、二人で組めば星晶獣とも充分やり合えるとは思っている。ただし、今回のように不意討ちで一気に食らうと難しいだろう。
それに強さとは、自分の意思があって初めて形になっていくモノだと思う。勝敗というのはどうしても技術戦術が問われるモノではあるが、同じくらいの強さであれば最後に必要なのは精神だ。つまり、なにがなんでも勝つという意思は必要になってくる。
戦争になれば確実に死者が出る。掻き集めた戦力の大半は戦争の中で死に絶えてしまうだろう。
それでも、長い間星の民に支配され続けるよりはマシだと思っている。
願わくば、俺が生きている間に終結させたいところだが。
そんなことを考えながら家に帰ってくると、ふと思うところがあった。
まだ戦力を結集しつつ準備を進めるだけの時間はあるだろうが、急ぎで進めなければならない。本格的に慌ただしくなる前に、やりたいことを済ませておいた方がいいだろう。
(……この場所に戻ってこれないかもしれないしな)
偵察で厄介そうなヤツに目をつけられてしまったので、流石に生き残れるとは考えていなかった。
(俺も、覚悟を決めなきゃな)
戦争へ出向く前に、やっておきたいことがある。ただそのためには下準備が必要だ。とはいえ俺としても初めての試みになるので、どう準備を進めていけばいいかよくわからない。だからと言ってここに住んでいる連中に聞くのもな。
となると、家庭環境故に知識が広く、協力してくれそうな人物に話をするしかないか。
(オルキスに聞いてみるか)
王女として英才教育を受けているので、知識もある。多分だが相談すれば喜んで協力してくれるだろう。
一国の王女と内密に会うのは難しいっちゃ難しいが、俺は立場も確立できているし大丈夫だろう。一応連絡を取ってオルキスの予定が空いている日時に訪ねることにした。
訪ねて相談した結果、それはもう快く乗ってくれたので俺の人選は間違っていなかったと思われる。……ちょっとノリノリすぎたのは気になるが。
ともあれオルキスの全面協力のおかげで準備は順調に進んだ。念のため他のヤツにはバレないように進めていたが、どうだろうか。
そうして準備を進めた俺は、ある日の夜アポロを家の屋上に呼び出した。
「こんな時期に大切な話とはなんだ?」
二人の時にしか使わない口調で、アポロが尋ねてくる。アポロには「大切な話がある」と言って呼び出していた。
……しかしこういう時って結構緊張するんだな。俺にしては珍しく、と言うか。まぁ初めてのことなんだし仕方がないと思う。
「なぁ、アポロ」
俺は言いながら持ってきた掌に収まる大きさの小箱を差し出し、蓋を開けて中身を見せる。アポロが息を呑んだのが聞こえてきた。
「――俺と、結婚してくれないか」
これこそが、俺が戦争前にやっておきたかったこと。アポロへのプロポーズである。
「……どうして、このタイミングで?」
急な話なのでアポロも動揺しているらしい。まぁ当たり前だ。
「戦争前だからこそ、な。例え戦争中にどっちかが死んでも、後悔のないようにしたかった。もちろん死ぬことが前提ってわけでもないんだが、楽観視できない相手だからな」
「そう、だな」
戦いに確実なんてモノはないが。アポロが俺の気持ちを受け入れる、入れないよりも他のことに悩んでいそうな気はする。確実がないからこそ、もしかしたら片方だけが生き残ってしまうかもしれない。そういう分じゃないかと思っている。
だから俺はその迷いを払うために、正直な気持ちを告げた。
「――俺は、
「ッ……!」
この言葉が通じるのは、この世界のどこを探してもアポロだけだろう。
「そうだな。私達は勝つ。なら、負けられない理由は一つでも多い方がいい」
アポロは笑みを浮かべると、俺の差し出した小箱に入っている指輪を受け取った。
「いいのか?」
「ああ。まさかダナンからとは思っていなかったが、元々戦争が終わったらとは考えていたからな」
「そっか」
アポロも俺と同じ気持ちだったと思うと、少しむず痒くなる。
「アポロとこういう関係になるなんて、元の世界じゃ考えられなかったけどな」
「さぁ、どうだろうな」
「?」
「いや、なんでもない」
含みのある言い方だった。……あのアポロが……いや、ないな。
「それより、プロポーズしたのだから式の準備はしているんだろうな?」
「まぁ、一応な。相談してたオルキスに結果報告してから本格的に始めないと、流石に断られた時マズいし」
「意外と慎重だな。だが、無用な心配だ。明日の朝、オルキスのところへ行くぞ」
「はいよ」
その後はすんなりと話が進んだ。オルキスが俺が頼んだ以上に根回しをしていたので、俺が思っていたよりも早く式の準備が整っていく。
仲間達にも報告はしたが、祝福されたり冷やかされたりと色々だった。
ただ、リーシャだけは様子が変だったが。俺も気にはなっていたが、俺が口出しするのもなんか違う気がして声をかけづらかった。
「はぁ……。リーシャさん」
数日経ってもリーシャの様子が変わらないことを見かねてか、アポロが嘆息しながら声をかける。
「は、はいっ」
リーシャは緊張した様子で返事をしていた。
「今更一人や二人増えたところで、なにも変わりませんよ」
「……っ」
アポロはどこか諦めた様子で告げる。リーシャは目を丸くしながら、一瞬アリアの方へ視線を走らせた。
「……わかりました。後悔しませんよね?」
「ええ、なんの問題もありません」
アポロの発言を受けて、リーシャの様子がいつも通りに戻る。対するアポロも余裕そうな態度で応じていた。……まぁ、戻ったならいいか。
これから大規模な戦争が行われるかもしれないという時に挙式するのもなんだが、こんな時だからこそという俺の意見に賛成してくれた人は多かった。
そうして俺とアポロの結婚式はエルステ王国の王都を盛大に使って催された。
他国、他空域からもわざわざ来る人がいて予想以上に大勢の人達から祝福を受けてしまった。まさか俺がこんな立場になるなんて、誰が想像しただろうか。……今ここにいないあいつらの代わりとは言えないが、それに近いことができているとは思いたい。
オイゲンに「娘さんをください」と挨拶しに行ってぶん殴られたのも今ではいい思い出だ。
……結婚式の途中でフォリアとアリアの二人がウェディングドレス姿で乱入してきたせいで、かなりごちゃってはしまったが多分成功した部類だろう。どうやら来賓として招いたイスタバイオン国王の計らいで、二人の意思確認をした上でドレスを用意したらしい。一人娘の結婚式を邪魔された形になるオイゲンがキレて突っかかったことをきっかけに乱闘に突入したが、多分成功だ。面白がった参列者達のせいで結婚式会場はとんでもないことになったが……いやもうここまで来たら成功と言い張るの厳しくないか? 結局は大乱闘会場となってしまった結婚式会場で、俺とアポロが純白の衣装を着たまま暴れているヤツらを全員はっ倒すことで事態を収束させることになってしまった。
結果、俺達は最強夫婦なんて呼ばれるようになったのだが。
まぁ星の民との戦争前にいい景気づけにはなったんじゃないかな。
結婚式も終わり、ずっと慣れない状況だったことと乱闘のせいでかなり疲れてしまい、人気のない場所で一人ベンチに座り休憩していた。
「こんなところにいたんですか?」
ふと声をかけられて顔を向けると、私服に着替えたリーシャが立っている。
「リーシャこそどうして」
「私はいいんですよ。ダナンさんは主賓でしょう? まだ宴が催されているのに……」
「宴っつってもあいつらが騒ぎたいだけだろ? 俺はどうにもああいうのが苦手だからな。宴なら、裏で料理作ってた方が性に合う」
「ダナンさんはそういう人でしたね」
リーシャは俺の隣に腰かけた。彼女のことは気にしなくていいとは言っていたが、なぜ抜けてきたのかが気になってしまう。久々に会ったヴァルフリートやモニカともゆっくり話したいだろうに。
「で、なんでこんなところに来たんだ?」
「……言わなきゃ、わかりませんか?」
「えっ――!?」
聞き返されてリーシャの方を向いた瞬間には、目の前に彼女の顔が迫っていた。俺が行動を起こす前に唇に柔らかな感触が触れる。思考が追いつかず、リーシャから離れるまで身体が硬直してしまっていた。
リーシャは離れてから頬を赤く染めて妖しく微笑む。
「ダナンさんに会いに来たんです。私はあなたのことが好きですから。諦めようとも思ったんですけど、やっぱりダメでした。私、結構負けず嫌いなんですよ?」
少しだけ舌を見せて茶目っ気を出して言った。
「……よく、知ってるよ」
いつしか、気づいてはいた。
「なら覚悟していてくださいね? アポロさんにもアリアさんにもフォリアさんにも、他の誰にも負けたくありませんから」
華やかに笑う彼女を、不覚にも可愛いと思ってしまう。だからこれは俺の負けだ。
そんな平和な日々はいつしか過ぎ去り、本格的な戦争の準備を全空域で進めていく。
前線で戦うことが確定している俺達はもちろんイスタルシアに待機していた。
――そして、ある日星の民と星晶獣の軍勢が空の世界に現れる。
現れた星晶獣の中には俺の知っている星晶獣もいたが、関係ない。今の俺は空の世界の命運を背負って立つ、“全空最強”の称号を持つ者なのだから。
「いくぞ!!! 空の世界は、俺達空の民のモノだ!!! ヤツらに思い知らせてやるぞ!!!」
慣れない号令を張り上げて、空の世界の覇権を争う大戦争――後に覇空戦争と呼ばれる戦いの火蓋が切って落とされた。
◇◆◇◆◇◆
「――双子だそうだ。医師の話によると、男の子と女の子らしい」
「双子かぁ。そろそろ名前決めなきゃな」
「ああ。なにがいいと思う?」
「実は、丁度いい名前を思いついたんだが」
「ほう。実は私もだ」
「ははっ、だよな。双子の男女って聞いたら、実質一択みたいなもんだろ」
「そうだな。本来とは違う形だが、きっと優しくていい子に育つだろうからな」
「全くだ。……生まれたら色んな世界を見せてやりたいな。空の世界も星の世界も、まとめて旅をさせてやりたい」
「なら『イスタルシアで待つ』と手紙を出しておくか? あそこはもう星の民と共生する中間都市になりつつあるが」
「そりゃいいな。いがみ合いが全くないとは言わないが、これからの行く末を担っていくんだから」
「ならこの子達の名前は決定でいいな?」
「もちろんだ。俺達の子供の名前は――」
「「グランとジータ」」
前回のIFもそうでしたが、キャラ設定などを活動報告の方で上げます。
そちらにしか書いていないこともあるので気になる方は是非。
……次の更新は流石にもっと早いはずです。