異様な空気を感じて深夜街へ出た俺、黒騎士、オルキスの三人は、大通りで待ち構えていた十天衆と遭遇した。
「やぁ、ダナン君。久し振りだねぇ。本当は君には関わっていて欲しくなかったんだけど、まぁこうなったらしょうがないよね」
シエテは変わらぬ笑顔でそう言った。
「ふん。十種ある武器それぞれを極めた十天衆が五人……いや六人か。随分と過剰戦力だな」
「いやぁ。これでも少ないと思うよ? 本当は十人全員来て欲しかったんだけどねぇ。連絡の取れない子が多くって。じゃないと、死者を出さずに七曜の騎士を捕らえるなんて真似、できるわけないでしょ?」
「ほう? 私を捕らえると?」
狙いは黒騎士のようだ。
「そういうこと。ね、リーシャちゃん?」
シエテが顔を向けた先には、長い茶髪を夜風に流す凛とした少女が立っていた。その表情は緊張しているのか少し固い。
「気安く呼ばないでください。私達は仕事上、こうして協力しているだけですので」
表情も固ければ言動も固い。確実に俺と気が合わないタイプだ、と直感する。
「そう言うな、リーシャ。彼らにはこちらから要請して来てもらっている。そう邪険にするモノではないよ」
「モニカさん……」
モニカと呼ばれた女はリーシャよりも小柄だが落ち着いた態度と彼女を諭すような言葉から年上なのではないかと思われる。小柄で金髪の、一応女性と言っておくか。
「秩序の騎空団か」
黒騎士の言葉を聞いてうわホントに気が合わねぇヤツだ、と納得する。
秩序の騎空団。その名の通り空の秩序を守る騎空団だ。犯罪の取り締まりや要人警護やなんかを請け負う連中で、俺みたいな殺人犯にとっては天敵みたいなもんだ。
言われてみれば、二人は同じような黒い帽子を被っていた。
「はい。七曜の騎士、黒騎士。あなたを大罪の容疑で逮捕します」
「大罪だと? 私がなにをしたと言う」
リーシャの告げた言葉をせせら笑う黒騎士だったが、彼女は毅然として一枚の紙を掲げた。
「『エルステ帝国の乗っ取り』、『独裁による他島への苛烈な侵略』、『危険な実験を伴う魔晶の作成』。及び『魔晶の粉末を使った魔物の操作』。これらによって市井の治安を著しく悪化させた疑いが持たれています」
……なに言ってんだか、ってのはこいつの本当の目的を知ってるからなんだろうけどな。目的を知ってる俺からしたら乗っ取りなんて興味ないことはわかるし、苛烈な侵略は黒騎士っつうかフュリアスだろ。魔晶は知らんがほとんどここで過ごしているのだから関わっていなさそうにも思える。
「……チッ」
「……どこのどいつだか知らねぇが、適当なこと言ってくれてんな。誰かに恨み買うような真似でもしたか?」
「ふん。心当たりがありすぎてわからないが、秩序の騎空団が動くということはそれなりの地位にある人物だろう。――フリーシア辺りにでも入れ知恵されたか」
俺は小声で言ったが、黒騎士はわざと聞こえるようにリーシャを睨みつけた。
「どう言おうと方針は変わりません。私達秩序の騎空団はあなたを捕縛し、調査の後然るべき公正な処罰を与えます」
「ふん、小娘が。碧の騎士ヴァルフリートと違って、大局が見えないようだな」
「っ……!!」
リーシャは乗らないように務めていたが、黒騎士の一言によって感情が昂ぶったのが憤慨した顔で一歩踏み出し――傍らに立つモニカに制止させられた。
「リーシャ。熱くなるな」
「す、すみません……」
しゅんと俯くリーシャは叱られた子犬のようだ。
「さぁて、そろそろ始めよっか、黒騎士。大人しく捕まってくれるならこっちとしても楽なんだけどなぁ」
「ふん。大人しく捕まると思っているならここまでの戦力は用意しないだろう? それが答えだ」
「やっぱそうなるか。じゃあしょうがないね。皆、やるよ。目標は黒騎士の無力化、捕縛。そしてあの少女の確保だ。ダナン君は、どうしよっか?」
黒騎士を捕らえてオルキスを確保か。嫌な流れだな。
「俺はこいつに脅されてただけなんだっ! って言ったら見逃してくんねぇかな」
迫真の演技の後に笑う。
「……いいえ。あなたは黒騎士の容疑に関わった重要参考人です。捕らえて尋問、本当に無理矢理であれば多少罪は軽くなるでしょう」
僅かに驚いた様子を見せたリーシャだったが、気を取り直して融通の利かない答えを返してくる。
「そうかよ」
ってことはどう足掻いても無理、か。逃げるしかねぇ。オルキスを連れて逃げるか? 黒騎士も援護してくれるだろうし、と思っていたが。近くを影が通ったかと思えば、リーシャの傍に黒い仮面をつけたエルーンの男が立っていた。オルキスを脇に抱えて。
「あ?」
「チッ。やはりもう一人は貴様か、シス」
二人揃って呆気なくオルキスを奪われてしまった。……クソッ。なんて速さだよ。目で追えないどころじゃなかったぞ。黒騎士が反応遅れたんだから当然なんだろうが。
「……対象は確保した」
「はい、ありがとうございます」
シスはオルキスをリーシャに渡して素早くシエテの傍らに立つ。
「ありがとう、シス。これで、心置きなく戦えるね。お互いに、さ」
「ふん。たった六人程度で私を捕らえられると思ったら大間違いだと教えてやろう」
シエテと黒騎士が互いに言って、各々武器を構えた。……さて俺はどうするかね。
オルキスを見るととても悲しそうな顔をしてこちらを見ている。だが助けるには俺の実力は足りない。黒騎士も十天衆の相手をするので精いっぱいだろう。
「もう大丈夫ですからね」
リーシャはなにを勘違いしたのかそうオルキスを宥めている。……あの二人が傍にいる限り、十天衆六人を黒騎士が相手にしたとしても無理だろう。リーシャ一人なら隙を突いてなんとかできるかもしれないが、あのモニカとかいうヤツがいる限り無理そうだ。となると……。
「……黒騎士。あんた一人で全員ぶっ倒して取り返せると思うか?」
「やるつもりではいるが、お前は逃げておけ。いざという時に全員捕まっては話にならん」
「だよなぁ」
俺としては折角二人が仲のいい様子を見せてくれているので、別れさせたくはねぇんだがなぁ。
「……しゃあねぇか。俺が一瞬隙を作る。後は頼んだ」
「わかった。逃げ延びろよ」
「おう」
もちろんこの距離なら相手にも聞こえている。ので、当然隙を作ると言った俺へ意識が集中する。もちろんシエテや歳老いたハーヴィンの槍使いは黒騎士にも気を配っていたが。
俺はにっこりと警戒を抱かせないような人懐っこい笑顔を浮かべてから、意識的に全てを殺意へと塗り替えて叩きつける。
「「「っ!?」」」
無意識に引き出された程度でも七曜の騎士バラゴナを警戒させた殺気を、意識して叩きつけたんだ。そりゃいくら十天衆と言えど注目しちまうよなぁ。間違いなく全員の意識が俺に向いたことで黒騎士は動く。俺も全力で逃げ出した。
「このっ……!」
弓使いが矢を番えて俺を狙ってくるが、
「違う、ソーン! そっちじゃない!」
やけに切迫したシエテの声が聞こえたかと思うと、彼女の眼前に黒い影が立っていた。
「えっ――」
反応の遅れた彼女は高速の一振りで倒れる――かに思われたが。
「城郭の構え」
間に割って入った小さな老人が障壁で黒騎士の攻撃を遮断した。
「た、助かったわ、ウーノ」
「ふん。流石に硬いな」
「お褒めに預かり光栄だよ、黒騎士。あまり争い事は好きじゃないんだが。君を野放しにして争いが起こるなら、ここで君を捕らえよう」
「できるものならやってみるがいい!」
渾身の力で剣を叩きつけた二撃目でウーノの障壁は砕かれるが、その頃には既に二人共距離を取っている。
「……向こうは俺が行く」
「任せたよ、シス。殺しちゃダメだからね」
「……わかっている」
シスは逃げた俺を追おうとする。それを見逃す黒騎士ではなかった。
「行かせると思うか」
瞬く間に接近し剣を振るう彼女とシスの間に、剣が差し込まれる。
「俺達が行かせるんだよね」
シエテである。
「ふんっ!」
「おわっ」
力任せに吹き飛ばすが、既にシスは俺の方に向かってきている。というか、背後っ!
殺気を感じて屈むと、真上から風圧を感じた。
「……流石に速ぇ。【オーガ】!」
格闘を得意とする拳闘士の衣装に変えて距離を取りシスを見据える。
「ふっ!」
俺から攻撃を仕かけてみるが、当たったかと思ったら残像だったようで手応えなく掻き消えてしまう。背後から気配を感じたかと思ったら背中を蹴り飛ばされていた。
「……チッ」
思わず舌打ちする。速すぎて全く避けられない。攻撃が然程致命的でないのは俺の実力を測りかねて極端に加減しているからだろう。実力を読み切られれば俺の意識を確実に刈り取る一撃を放ってくるはずだ。
つまり加減されている内に逃げ出す必要がある。
他の五人を黒騎士が抑えている間に、なんとかして。
目の前に見えていたはずが、真横から拳が飛んでくる。鉤爪を両手に装着しているが、そこに当たって殺さないよう手加減された一撃だ。なんとか掲げた腕が間に合うも続け様に放たれた拳が腹部を直撃した。……いや無理だろ。俺より速くて強いとか逃げられるわけがねぇ。
しかしやらなければ共倒れになる可能性も高くなる。ただでさえ五人も相手にしている黒騎士が、俺を捕獲した後こいつまで加わったら手に負えなくなる可能性は高い。今でも結構手いっぱいだろうとは思うが。
……ならやるしかねぇか。
俺は決意を固めて防御態勢を取り相手の攻撃を耐える。
一撃で意識が持っていかれる箇所は絶対に防御し、神経を研ぎ澄ませて攻撃を受け続ける。もちろんダメージは蓄積するし痛いのが続くのは嫌だが。やるしかない。
俺が得意とするのは観察だ。相手がなにを思っているのか、なにをしようとしているのか。そういうモノを観察して読み取る。フュリアスの時のように相手が望むような対応をしてもいいし、そこは俺の自由だ。しかし観察は基本目で見て思うモノであり、目で追えないこいつを観察するのは難しい。だがこうして攻撃を与えられ続け、攻撃の癖やどんな速度でどこへ動いたのかという情報を読み取ることは可能だ。俺が防御していると見るや攻撃がより苛烈になっていくが、ただただ耐え続ける。
やがて身体が重くなりほぼ全身に痛みがあるような状態になった頃。
「がっ!」
緩んだ腕の隙間から蹴りが差し込まれて顎が跳ね上がった。意識が一瞬飛んで両腕が落ちる。
「……もう諦めろ。俺から逃げたとしてもこの街は秩序の騎空団に包囲されている。お前達はここで終わりだ」
もう折れる間際と見たのか、シスは俺にそう告げてくる。……なるほどな。そりゃ困った。
「……はっ。ならお前から逃げた後、逃げる算段をつけ直さねぇとな……!」
俺は笑い、腕を持ち上げようとするが上がらなかった。仕方なく内功で少しだけ回復して、こいつを倒すまでの余力を持たせ拳を構えた。
「……まだやるか。無駄だ、お前の攻撃は俺には届かん」
「それはどうかなぁ」
俺は言って、まず突っ込み拳を振るう。手応えのない残像を殴るが、このパターンは知っている。
「背後っ!」
俺はすかさず後ろへ蹴りを放った。振り返ってから攻撃するのでは遅い。
「なにっ?」
案の定背後から襲おうとしていたシスの目の前に蹴りが迫っていた。が、当たる直前でその姿が掻き消える。足を下ろして少し離れた俺の左に現れたシスと向かい合う。
「……なるほどな。攻撃を読んできたか」
「そういうことだ。攻撃しすぎたな、あんた」
「……俺は少し、お前を甘く見ていたようだ」
一発でそれを察してすぐに上方修正されてしまうが、それでいい。
シスは鉤爪の着いた両手を前に突き出し上下に構えた。
「……多少血を見ることになるが、後悔するなよ」
「生憎捕まった方が後悔するに決まってるんでな」
言い返して攻撃に備える。
「キエーッ!」
気合いの声と共にやはり俺の見えない速度で突っ込んできて、気がついたら腹部に深々と鉤爪が刺さっていた。すぐ腹筋に力を込める。
「……痛ってぇ、なぁ!」
俺は腹部が訴えてくる痛みを無視してシスの両腕を掴んだ。
「死ぬ気か!?」
「死ぬ間際までいかねぇとてめえに一矢報いることすらできねぇだろうが!」
驚くシスに言い返して彼の身体を持ち上げる。鉤爪が動いて痛いが気にしてはいられない。鍛え上げられてはいるが細身だからか思っていたよりも軽い身体を持ち上げたまま重い足に鞭打って前に倒れるように全力で駆け出す。
「大人しく寝てろ!」
身体ごとぶつかるように近くの壁に、後頭部を強く打つように思い切り叩きつける。
「……バカな……」
呻いて、なんとか気絶させられたようでがっくりと項垂れ全身から力が抜けていった。俺は激痛を我慢しながら鉤爪を抜いてシスを下ろすと、【ビショップ】に姿を変えて怪我を治しながらふらふらと逃げ出した。……で、こっからどうしたらいいんだっけか? 確か街は秩序の連中が包囲してるとかなんとか言ってたな。まぁ秩序の騎空団がリーシャとモニカの二人だけのはずはないよな。街に人気がないのは避難させたからだろうし。一帯の全員を避難させるとなるとそれなりの人員が必要だ。おそらくシスの言っていたことは本当のことだろう。
……ってことは街を出る前に空から逃げるか? いや弓と銃持ってるヤツがいたから多分無理だな。第一騎空艇がない。傭兵二人はどこにいるかわかんねぇし、こうなったら下しかねぇよなぁ。
俺は大通りから路地に入って目的のモノを探す。そして、マンホールを見つけた。下水道を通るなんて嫌だが、姿を晦ますには打ってつけだ。ドブぐらいの汚さなら、幼い頃から馴染んでいることだしな。
俺が屈んでマンホールを持ち上げたところで、ふと上空からなにか降ってくる気配がした。ばっと顔を上げて光の矢が大量に降り注いでいることに気づきマンホールの下へ身体を滑り込ませるが、完全には間に合わない。何本が刺さってしまう。
「……クソッ。覚えとけよ」
命があるだけ儲けモノだ。毒づいて、下水道へと逃げ込むのだった。
本編をご存知の方は読めてた展開だと思いますが、本編同様に黒騎士捕縛ルートに入ります。
流石にいくらモニカさんが強くても秩序だけじゃ黒騎士捕まえられなくね? って思ったんで彼らが参戦しています。
次回、黒騎士さんの結果がわかり切った戦い。