ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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意志を持って

 下水道へと逃げ果せた俺は、下水の匂いに顔を顰めながら全力で駆けていた。

 

 怪我は【ビショップ】になって回復させた。体力だけは戻らないが、四の五の言っていられない。

 

「……とりあえず秩序の騎空団に捕まらないってのは大前提だな。んで、なんとかスツルムとドランクの二人と合流だ」

 

 おそらく黒騎士は敗北する。彼女もそれがわかっていて立ち向かっているはずだ。

 如何に七曜の騎士と言えど全空から集めた強者があれだけ揃っていれば敗北すると思う。

 

「……二人に頼まれた、ってのに情けねぇ」

 

 黒騎士どころかオルキスさえ守れなかった。捕縛と確保ってことは別々の場所に連れていかれるはずだ。黒騎士の居場所はなんとなくわかる。

 

「……秩序の騎空団第四騎空艇団の本拠地、アマルティア島か」

 

 このファータ・グランデ空域を管轄する秩序の騎空団の、第四騎空艇団。おそらくリーシャとモニカもそこの所属だろう。となるとそこに幽閉される可能性が高い。

 

「……ただ救出するとしてもどうすりゃいいのか見当もつかねぇな。そこは情報集め担当の二人に聞くしかねぇ、が」

 

 黒騎士が側近として雇って長いみたいだし、もしかしたら二人も捕らえられている可能性がある。あの二人がそう簡単に捕まるとは思えないが……もしものことを考えて行動した方がいいだろう。

 

「……とりあえずこの島から出る必要はあるよな。移動手段の確保はあそこでいいか」

 

 でも焦って出れば逃げ出した俺だとバレる可能性が高い。……それならそれで利用してやればいい。

 

「オッケ。方針は決まった。逃げ切れるかどうかは知らないが、やるっきゃねぇよな」

 

 俺は作戦を組み立てるとそのために行動し始めるのだった。

 

 ◇◆◇◆

 

「いたぞ!」

 

 そして俺は、街で秩序の騎空団に追われていた。こっそりと顔を覗かせて大半の団員が倒壊した建物の残骸の除去作業をしていることも確認済みだ。あちこちのマンホールから顔を出して俺を追っている部隊は一つしかないことも確認している。

 となれば見つからずに脱出することなど簡単だろうバカなのか、と思われるかもしれないが。

 

 これも立派な作戦の内である。

 

 わざと姿を見せて俺を追わせる。もちろん他の部隊が近くにいない状態で、だ。攻撃されないよう遮蔽物を使いながら振り切らない速度で見失われないように逃げていく。

 目的地は俺がここへ来た、奴隷商館があった場所だ。今は建物しか残っていないが、使う人がいなくなった騎空艇がいくつか置かれている。そこへ辿り着いてから小型騎空艇に乗り込み発進準備を整えた。操縦したことはないが、いざという時のために方法だけ覚えておいて正解だった。

 

「小型騎空艇の発進音が聞こえるぞ! このままでは……!」

 

 大型のモノと違って持ち前の推進力で大半を動かす小型騎空艇は音が大きく発進がわかりやすい。俺は舵を布で縛って固定し発進させ、島を離れない内に飛び出した。

 

「逃がしてたまるか! ――リーシャ船団長! 応答願います! 黒騎士の仲間を発見、追跡中ですが島の外に出てしまいます! 発砲許可を!」

 

 逃がすくらいなら殺す、か。まぁいい判断だ。後で襲撃される可能性だってあるんだからなぁ?

 

『そ、それは本当ですか!? わ、わかりました。許可します。黒騎士には他にも長年連れ添った側近がいると聞いています。その二人を捕らえれば情報を引き出すには足りるでしょう』

 

 動揺したリーシャの声が聞こえた。未熟だと思っていたが案外ドライに考える頭を持っているらしい。

 

「わかりました」

 

 そして秩序の騎空団団員達は俺が乗っていると思っている騎空艇へ発砲、見事動力部を破壊して空の底へと落とした。

 

「……リーシャ船団長。騎空艇、墜落しました。我々も後片付けの方に回った方が良いでしょうか」

『……はい、お願いします』

 

 始末したと判断したのかそういった通信があって、団員達は立ち去っていく。まぁすぐ近くの物陰に隠れてるんだけどな。

 

「……ふぅ」

 

 足音が聞こえなくなって一息つく。これでとりあえず事後処理が終われば秩序の騎空団はこの街から去る、かな? まぁ俺の家には押し入られるだろう。服ぐらいしかないので大した機密情報はないはずだ。

 

「これからどうするか……」

 

 さっさと二人と合流したい。さっきの通信からするとリーシャ達はまだあの二人組を捕らえてはないみたいだ。最悪の事態は免れた、ってとこかな。

 

「しばらく騎空艇は飛ばせない。となると街の外でサバイバル生活かね。下水道いたから臭いし川で水浴びでもしよう」

 

 あと俺の特徴が黒衣の少年、っぽいからな。ダナンという名前もバレているだろうが、服装を変えて他人のフリをすればある程度誤魔化せるはずだ。……この街には帰ってこれないだろうがな。

 

「……俺にも、寂しいって気持ちが残ってるとはなぁ」

 

 案外独りの状況を心細く感じてしまっていた。五人で過ごしたあの日々は、俺にとって楽しいモノだったらしい。

 黒騎士を嵌めてオルキスを奪ったヤツが、俺の敵ということだ。

 

「黒騎士は宰相フリーシア、っつってたか」

 

 まだ俺が顔も見たことがない人物だ。今どこにいるかわかんねぇが、そいつは間違いなく俺の敵だ。

 

「……会ったら一発ぶん殴らねぇと気が済まねぇなぁ」

 

 低く呟き、気を取り直して街の外でしばらくの拠点になりそうな立地を探し始める。サバイバル技術は持っている。騒ぎが収まるまで生き残ることなんて造作もない。

 

「鍛えつつ生き延びる。んで、島を出て二人と合流、と」

 

 厳しい戦いになりそうだが、問題ない。厳しい戦いを事前準備に覆すのが俺の本懐だ。

 にやりと笑って気合いを入れているところに、

 

「あっ……」

 

 一つ思い出したことがあった。

 

「……今リーシャんとこにオルキスいるんじゃねぇの? まさか俺死んだと思われてないだろうな」

 

 最近懐かれてたし、悲しい想いをさせてしまっていたら申し訳ない。……それ考えてなかったなぁ。どうしよっか。

 

「……どうしようもできねぇよなぁ。いつか再会する日まで勘違いさせちゃうかもしれないけど、しょうがない」

 

 やってしまったことは仕方がない。これから秩序の騎空団のところへ行って「残念生きてましたーっ」ってやればリーシャにも伝わるだろうが、それでは俺の身が危ない。聞いてたら勘違いさせておこう。どうにもならんし。

 

 一つ問題が発生したような気もしなくはなかったが、気にしても仕方がないことだと思って諦める。……次会って勘違いしてたら謝ろう、うん。

 

 そうして俺は、しばらく街の外でサバイバルして過ごすのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 五日が経過した。秩序の騎空団は二部隊分この島に残っている。スツルムとドランクが戻ってくることを考えてのことだろう。

 

 サバイバルしながらひたすら鍛えまくっていたおかげで、なんとか【グラディエーター】の解放まで漕ぎ着けた。解放すると途端に二刀流が上達するのだから、ホントに『ジョブ』ってのは不思議な力だ。

 あと自然の中で生活すると感覚が研ぎ澄まされていくような気がする。五日でかなり強くなれたんじゃないかなとは思っているが、比較対象がいないとわからない。油断は禁物だ。まだ世界には、強いヤツらがいっぱいいるんだからな。

 

「……十天衆に、秩序の騎空団。七曜の騎士に、どっかに所属していなくても強いヤツら」

 

 俺じゃまだまだそいつらには敵わない。ClassⅣを使いこなして、ようやく手が届くかもしれないような連中だと考えると遥か遠い。

 もっと力が必要だ。敵は強大だからな。黒騎士を助けるにも、オルキスを助けるにも。

 

「あれれ~? こんなところで奇遇だねぇ。もしかして野生が恋しくなっちゃったとか?」

「こんなところで油を売ってないで動くぞ」

 

 大して時間は経っていないのに懐かしく感じる声が聞こえた。驚いてそちらを向くと、相変わらずの姿がある。

 

 長身痩躯、青髪エルーンでニヤケ面した男と、赤髪ドラフで無表情の女。

 

「……遅ぇよ。お前ら行き先言わなかったから、こうして戻ってくるのを待ってたんだろうが」

 

 感動に近いモノを抑え込んでにやりといつものように笑う。

 

「えぇ。そこは『ドランク、来てくれて助かった』、とか言って欲しかったなぁ」

「ドランク、来てくれて助かった。スツルムも。お前らも追われてるみたいだったから、捕まったんじゃないかと心配したんだぜ」

「「……」」

 

 俺の言葉にぽかんとする二人。

 

「……えっと、それは本音とノリどっち?」

「お前がそれくらいわかんねぇわけねぇだろ? ほら、呆けてないでさっさと行くぞ。俺が持ってない情報、たくさんあんだろ?」

「当たり前だ。手のかかる雇い主達を助けに行くぞ」

「ああ」

 

 普段の調子に戻って笑い、干してあった黒衣を羽織る。結局服は調達できなかったが、まぁ仕方ないだろう。

 

「道すがら二人の報告を聞いていいか?」

「オッケー。後でそっちになにがあったかも教えてね」

「大体調べてある癖によく言うぜ。まぁ、ちゃんと話してやるよ」

「……なんか変わった?」

「さぁな。ま、ちょっとやる気になってるだけだ。気にすんな」

「そ。じゃあ報告を始めようか」

 

 ドランクに聞かれて断言はしなかったが、俺の中でなにかが変わったような気はしていた。能力を知るという漠然とした目的じゃない目的ができたからだろうか。

 

「まず僕達がどこへ行っていたか、はそんなに大切なことじゃないよね。僕ちょっと行きたいところがあって、そこ行ってたんだよねぇ」

「ドランクの祖母の妹に会ってきた」

「スツルム殿! 僕そこちょっと暈かしてたんだけど!?」

「大切なことじゃないならいいだろ」

「……そうですね。そう言ったの僕ですね」

 

 二人の力関係は変わらないらしい。

 

「とまぁ、そこでグラン君達と出会ってちょっと共闘してたんだけど。その前にアルビオンで帝国の新しい、あれ。戦艦と激しくやり合ったみたいでね。船が損傷してたからガロンゾ島に行く道中だったみたいだよ。んで、僕達と会ってからガロンゾに無事到着、したんだけど」

「そこでエルステ帝国の宰相フリーシアが待ち構えていて、戦闘になった。契約を司る星晶獣ミスラを巡った騒動が起こった」

「フリーシア、ねぇ……。ガロンゾにいやがったのか」

 

 二人の報告を聞いている中で敵と認識した者の名前が出てきて、思わず暗い笑みを浮かべてしまう。

 

「あっ、なんかその笑い方ダナンっぽい痛ってぇ! なんでスツルム殿が刺すの!?」

「ダナンが刺せと言いたそうにしていたからな」

「ナイススツルム。なにも言わず即座に伝わるとは俺達もう以心伝心痛って! なんで俺まで!?」

「煩い。いいから報告を続けるぞ」

 

 なぜか俺まで刺されてしまった。……黒騎士の言う通り少しドランクに似てきてしまっているのかもしれない。ちょっと悲しい。

 

「で、えーっとガロンゾで宰相さんが待ち構えていた、ってところだったっけ? まぁそこでグラン君達を待ち受ける騒動については割愛するとして、宰相さんが従えるミスラと戦闘になった。ミスラは島の星晶獣だけどなぜ宰相さんに従ってたのか、っていうのが」

「オルキスがいたからか」

「そゆこと。僕達も彼らを追ってたんだけど、あれオルキスちゃんいるのにボスいなくね? あれれ~、おっかし~なぁ? と思って隠れて窺ってたんだよねぇ」

「そしたら騒動の後秩序の騎空団、第四騎空艇団の船団長リーシャと船団長補佐のモニカが連中に接触して言った。『黒騎士を捕縛した』、と」

「ホントもうわけわかんなくて、急いで街に戻ってきたら秩序の騎空団に追われるしでもう大変だったよ~」

 

 それはわけわかんねぇよな。二人も二人で苦労していたらしい。

 

「ってわけ。そっちは、なにがあったの?」

「簡単だ。お前らが出ていってから少しして秩序のその二人と十天衆六人に狙われてな。俺はなんとか逃げ出したが黒騎士は負けて捕まったってわけだ。まんまとオルキスも取られちまったし、情けねぇ話だよな」

「いやぁ、その戦力だったら僕達がいても無理だったんじゃないかなぁ。ねぇ、スツルム殿?」

「ああ。最大限努力はするが、オルキスを連れて逃げろ、くらいしかできなかっただろう。そうなったら二人で生き残れるとは思わない。まだお前が逃げ延びて状況が理解できただけでも良かった」

 

 一言で説明し切って嘆息すると、いつも通りの口調でそう告げてきた。……慰めてくれてるんだろうか。

 

「おぉ、スツルムがやけに優しい言葉を。意外とスツルムって根は優しいんだよな。オルキスが一緒に風呂入って欲しいって頼んだ時とか断らなかったし」

「そうなんだよ~。スツルム殿はわかりにくいけどとっても優しくてね。オルキスちゃんと二人の時は遊んであげたりとかしてるんだ」

「「痛って!」」

 

 感心していただけなのに二人で刺されてしまった。だから俺は防御できないんだってば。普通に傷になるんですよ?

 

「……う、煩い。いいからさっさと行くぞ」

 

 仄かに顔が赤かったように思う。そうなったら追撃するのが俺達だよな。

 

「スツルム殿ってば照れちゃってぇ」

「可愛いとこあるもんだよなぁ」

「っ……!」

 

 二人でからかうと物凄い勢いで振り返って刺されてしまう。

 

「「痛い!」」

 

 割りと本気で刺しに来られてしまい、ドランクもふざけた声を上げられなかったようだ。

 

「……全く。ふざけてないで行くぞ。まずは手のかかる雇い主を助けに行く」

「了解~」

「わかった」

 

 こうして俺達は三人で慣れ親しんだ島を出た。

 かつてそこにあった日々を取り戻すために――。


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