元々こうするつもりはなかったんですがこうなってしまいました。
この話を読めば、この作品における彼女の立ち位置がわかるはず……。
お気に召さなかったらごめんなさい。
厨房でクッキーと紅茶を持って船団長室へ。
扉を二回ノックして「どうぞ」の声があってから「ハリソン・ラフォード、入ります」と告げて扉を開けた。
「あ、待ってましたよ」
俺が入ってくると手を止めてにっこりと微笑んでくる。……これがあるから厨房の連中は自分が行きたいとか言ってたんだろうな。製作者特権だとかなんとかで結局俺が行くことになったのだが。
「お待たせしてすみません。こちら紅茶とクッキーになります」
「いえ、わざわざありがとうございます」
執務机に向かっているリーシャの傍にはたくさんの書類が積まれていた。モニカよりも多いのか、モニカの方が早く処理していっているのか。
「大変そうですね」
「いえこれくらいは……。ただそうですね、黒騎士の件や侵入者の件、それ以外にも多くの案件がありますから」
うちの者が原因ですみません。
「あ、美味しい」
紅茶に口をつけたリーシャが言った。
「ありがとうございます。あまり淹れたことがないので不安でしたが、お口に合えば良かったです」
まぁ、王族と付き合いのあった黒騎士に散々仕込まれてたからなんだが。自分で入れろと言いたい。
「美味しいですよ、私が淹れるより美味しいかもしれません」
「リーシャ船団長も紅茶を淹れられるんですね」
「ええ。この事務仕事をしている間は。ここには紅茶の淹れ方を知っている人の方が少ないようですから」
「そうですね」
「あ、すみません。引き止めてしまって」
「構いませんよ。リーシャ船団長とお話できるのは嬉しいですから」
「そ、そうですか……? それならどうぞ座ってください。あまり根を詰めすぎるのもあれですから、しばらく話し相手になってくれませんか?」
「私で良ければ」
「あなたと話がしたいんです」
「そう……黒騎士の仲間であるあなたとね」とは続かなかった。一安心だ。俺はリーシャの対面に腰かける。……船団長と二人きりで話しました、なんて先輩に言ったら殺されそうだなぁ。
しかし思った以上に素直に褒められるのに弱いようだ。若くして船団長の地位についていることからも褒められ慣れていそうだと思うのだが。いや、そういえば黒騎士が父親であるヴァルフリートのことで挑発していたな。ってことは「流石はヴァルフリート団長の血筋ですね」とかそんな褒められ方をしていたんだろうか。父親なんて下らないモノだと思うんだが、まぁそれは俺だからか。
「そういえばリーシャ船団長は自分にも……他の方にも敬語を使われますよね。なにか理由があってのことなんですか?」
上官ならモニカのようにタメ口の方が自然に感じるモノかと思うのだが、リーシャは誰に対しても敬語だ。
「そうですね……団員の中には私より年上の方もいますので敬語を使っています。加えて団員の中で差をつけるわけにはいきませんので」
真面目だなぁ。別に面白い答えを期待していたわけではないが、なんの面白みもない答えが返ってくる。
「そうですか。でも自分みたいな年下で新米の団員にも敬語を使われるとその……。恐縮してしまって」
「そ、そうですか……それはすみません」
だからそれが恐縮するんだってば。……ってか俺はなんでこんなこと言ってんだろうな。別に今後団員ともっと親しく接して欲しい、ってわけじゃないんだが。昨日今日の付き合いだからそこまでしてやる義理もないし。
「ではその、不躾なお願いなんですが……少しタメ口で話してもらえませんか?」
「えっ?」
「ダメでしたらそのままで構いませんけど」
「……えっと、では失礼して」
こほん、と咳払いをしてリーシャはぎこちなく口を開いた。
「……こんな感じで、いい、の?」
こちらを窺うように、少し頬を染めて聞いてくる。これは破壊力あるな。
「はい。リーシャ船団長も少し肩の力を抜いていただいた方が団員も接しやすいのではないかと思います」
「……私は接しにくいですか。そうですよね。モニカさんを頼りにしている方も多いようですし」
なぜか落ち込んでしまった。……これはあれか。他人と比較して自分を下げるタイプのネガティブか。
「モニカ船団長補佐には言えませんが……それはおそらく年の功というモノですよ。リーシャ船団長はまだお若いんですから」
「本当に、モニカさんの前では言わないでね」
苦笑されてしまった。がそれなりに気負わなくなったらしい。笑顔から硬さが少しなくなっていた。
「もちろんです。……リーシャ船団長。それくらいがいいと思いますよ。あまり威厳を見せようとすると団員が遠く感じてしまうかもしれません」
「遠く?」
「はい。リーシャ船団長はただでさえ若くして船団長を任される身です。自分の周りにもリーシャ船団長に憧れている者はいますよ。そう歳が離れていないのに船団長に任命されて凄い、と」
「そう……。ううん、私は船団長の器じゃないから。本当ならモニカさんが船団長をやっていた方がいいと思って……ああ、ごめんなさい。弱気なところを見せてしまって」
「いいんじゃないですか?」
「えっ?」
「むしろリーシャ船団長にも弱いところがあるんだとわかって安心しました」
「安心? なんで、私情けないところを……」
「だって、自分にとってリーシャ船団長は遠い人ですから。若くして船団長に任命されて。気丈に団員達へ指示を出して。正直なところ、今までは見ていて自分達とはかけ離れた存在だと思っていましたから。それが違うとわかって、リーシャ船団長も悩みがあると知れて嬉しかったです」
思ってもいない言葉がこうも滑らかに出てくるとはな。まぁでも、全てが演技ってわけでもねぇのかなぁ。
俺は目元を隠してはいるが自分がとても穏やかな笑みを浮かべていることに気づいた。別にリーシャを手助けする気はないが、なんか放っておけないんだよな。
まぁ俺の頼まれている仕事は黒騎士救出のために鍵の在り処を探ることだ。警戒を解いてくれるなら悪くない手だろ、多分。
「……っ」
リーシャはぽかんと口を開けて呆然とし、やがて頬を染めて顔を背けた。……おや、予想以上の好感触。
「リーシャ船団長?」
「……な、なんでもない、です」
敬語に戻ってしまっている。
「ふふっ。リーシャ船団長にも可愛らしいところがあるんですね」
「えっ……!? や、やめてください。からかっているなら怒りますよ!」
「からかってなんていませんよ。思ったことを口にしているだけです。生意気にもリーシャ船団長のことを支えていきたいと思いました。と、偉そうな口を利いてすみません」
より顔を赤くするモノだからからかいたくなってしまう。
「……いえ。その、私も未熟者ですから。できれば支えていただけると助かります」
「はい、もちろんです。微力ながら最善を尽くします」
「はい、お願いしますね」
いい感じにまとまってしまった。……これ以上無理に話していても仕方がないか。
「ではそろそろ行きますね。あまりお仕事の邪魔をしても仕方がありませんから」
「あっ……そ、そうですね」
少し名残り惜しそうにしている。
「それにしてもリーシャ船団長。結局敬語に戻りましたね」
「えっ、ああ、そうですね。慣れないと難しいかもしれません」
「リーシャ船団長はそれでいいのかもしれませんね。ではこれで、失礼いたします」
「はい」
俺は席を立ち深々と頭を下げた。そして踵を返し部屋を出ようとしたところでリーシャから声をかけられる。
「あの……」
「はい?」
振り返ると少し言いづらそうにした顔がある。
「もし良ければ、この後中庭で少しお話しませんか? 仕事をある程度終わらせますので、一時間後くらいに」
おや。密会のお誘いとは……。本当ならボロを出さないよう極力接触したくないのだが。もう遅いか。ここで断って変に勘繰られても困る。
「はい、喜んで」
笑顔で受けることにした。
「しかしリーシャ船団長から密会のお誘いがあるとは思ってもみませんでした。もう少しお堅い人なのかと思っていました」
「ち、違います! 決してその、深い意味はなくてですね……」
「わかっていますよ、冗談です。ではリーシャ船団長とお話できる機会を楽しみにしていますね」
「は、はい」
からかうとすぐに赤くなるところとかやりやすくて助かるな。
言ってしまえば新しい玩具を見つけたようなモノだ。今までのヤツらとは別種の楽しさがあるような気がした。あまり本性を出すと疑われそうだから程々にしておきたいのだが。
思わぬ事態になってしまったが、この機会に仲良くなって鍵の在り処を聞いてみるといいのかもしれない。
俺は一度厨房に戻って俺の手がもう必要ないことを確認して、ずっとしたままだったエプロンを外そう、としたところで自分が今日なにも食べていないことを思い出した。……作って食べさせる方ばっかで自分の飯を忘れるとはな。意識したら急に腹減ってきた。
一時間ってリーシャも言ってたし。ゆっくり飯食ってから中庭へ行こう。
というわけで五十分後くらいに中庭へ向かった。既にリーシャはいて、ベンチに腰かけている。恰好は先程よりもラフだ。帽子とコートのようなモノを脱いだらあれしか上に残らないのかと驚愕する。生真面目なフリをして随分大胆な……まさか結構遊ぶんだろうか。いやまさかな。
「すみません、お待たせしてしまったみたいですね」
とりあえず触れずにおいた。
「あ、いえ。構いませんよ。さぁ、座ってください」
リーシャは隣を指し示す。……わざとやってんのか? それとも無自覚なのか? わからん。急にリーシャのことがわからなくなってきた。
「……はい」
ベンチを半分で割った右半分に腰かけている。ちょっと真ん中寄りなのがな。俺は左端に座り少し距離を開ける。
「あの、なんか遠くないですか?」
不思議そうにされてしまった。無自覚かよ。
「……あのですね。リーシャ船団長。無礼を承知で言わせていただきますが……誘ってるんですか?」
「え?」
嘆息混じりに言うときょとんとしていた。
「こんな夜更けに二人きり。しかも今の船団長の恰好を見返してください。正直に言って大胆にも程があります。それで近くに寄れだなんて……。もしかしてリーシャ船団長ってそういうおつもりなんですか? 無自覚ならもうちょっと自分の魅力というモノを自覚してください。あなたは可愛いんです。美しいんです。無防備すぎます」
度し難いほどだったせいで多少熱く語ってしまった。
「……」
リーシャはぽかんとして固まってしまう。……ちょっと口が過ぎたな。怪しまれないといいんだが。
彼女はゆっくりと視線を自分へと下ろす。そして茹で蛸のように耳まで赤く染まった。ようやく自分の行いに気づいたようだ。俺は背凭れに体重をかけて夜空を見上げる。
「……わかっていただけたならいいです。これからはお気をつけてくださいね」
「……はい。すみません」
か細く震える声が返ってきた。
「それで、なんで自分を呼んだんですか?」
「えっ?」
「こうして呼ぶからには、なにか話があるかと思っていましたが」
「……そう、ですね。すみません。ただその、着飾らず話せたのは久し振りのことだったので、もう少し話していたいと思ってしまって」
「そうだったんですか」
特に用があったわけではないらしい。しかしだからこそ密会の体が強くなってしまう。
「確実に夜を共にしましょう的なお誘いの雰囲気でしたよ」
「よ……!? ち、違います! 私そんなつもりじゃ……」
「わかってますよ」
こういう話題になるとすぐ顔を赤くする。初々しいモノだ。確か二十超えてるんじゃなかったっけ。
「ちなみに本当にそういうお相手はいないですか?」
「え!?」
「リーシャ船団長ほどの方なら何人か囲ってたりですとか、遊びでとかありそうだなと思いまして」
「な、ないです! 全く! ……そういうのは、その、あまりにも馴染みがないので」
「ですよね。知ってました」
「っ! か、からかっていたんですね?」
「はい。リーシャ船団長ってこういう話題に耐性なくて見てて面白ーーいえ、可愛いですから」
「か、可愛いとかそんな……。私よりモニカさんの方が可愛いと思いますよ」
「可愛いは人それぞれの感性ですからね。私はリーシャ船団長を可愛いと思っています、って年上の女性にそれは失礼ですかね」
「……別に、いいと思いますよ」
チョロい。もうちょっとからかって遊んでいたいが、どう鍵の在り処を探ったものかな。
「リーシャ船団長は、戦いを怖いと思ったことはありますか?」
「怖い、ですか」
「はい。自分は入ったばかりで成績も悪いので、戦いになったらすぐに命を落としてしまいそうで」
「そう、でしたね。繊細な心の持ち主に見えなかったので忘れていました」
おっと危ない。ついからかいすぎてしまったせいか、少し非難の目を向けられてしまう。
「……そう見えているなら、大成功ですよ。侵入者があったそうですからね。なにか起こるんじゃないか、って不安です」
「そうですね。私達の見えないところでなにかが動いているのは間違いありません。それでその、質問の答えですが」
リーシャは空を見上げる俺の顔を挟んで無理矢理自分の方へ向かせた。俺の正面に顔があり、真っ直ぐ目を見据えてくる。帽子を目深に被っているので見られてはいない、はず。
「私も怖いと思っています。ですが私は逃げません。私自身が、ここで皆を守ると誓ったんですから。死が怖いのは皆同じです。だから恐怖に立ち向かう勇気を持ってください。私も、あなたを守るために全力を尽くします」
真面目な顔でそんなことを言ってきた。……随分と上官らしいことをするものだ。顔が近いのは置いておいて。というより、わかってんじゃねぇかよ。
「……なら、心配はいりませんね」
「はい」
俺の返事に笑顔を見せて顔を放してくれる。帽子の位置を修正した。
「わかってはいても、ネガティブになってしまうモノですよね。自分なんか黒騎士を助けに来た人達と戦闘になって黒騎士が暴れ回る姿を想像しちゃいます」
「ふふふ。大丈夫ですよ。ここにはモニカさんもいますし、もちろん私もいます。それに黒騎士が例え牢を出られても枷が外せなければそうはなりません」
「モニカ船団長補佐も頑丈かつ特定の鍵がないと外せないとおっしゃっていましたが……。看守室に鍵があるならあそこまで辿り着かれたら脱獄できてしまいますよね?」
「はい。ですから、船団長である私が肌身離さず持っています」
「……それなら安心ですね」
よし。聞きたいことは聞けた。後はからかい倒して戻るとするか。
「……リーシャ船団長」
俺はまだ俺を励まそうとしているリーシャの言葉を遮って呼ぶ。
「はい」
そして一気に押し倒した。
「え、――きゃっ」
突然のことに抵抗できなかったリーシャはベンチに背をつけることになる。
「ええと、その……」
「……船団長。俺は言いましたよね? 船団長は魅力的女性だからお気をつけくださいと」
俺は倒れるリーシャに覆い被さり宙に浮いた手を握る。
「あ、あの……」
彼女は状況が理解できていないのか頰を染めて狼狽えるのみだった。そんな頰に手を添えて吐息がかかるくらいの距離まで顔を近づける。リーシャが息を呑んだのがわかった。
「……あんなに顔を近づけて優しい言葉をかけて。俺、その気になっちゃいますよ?」
「えっと、その、あの……」
頭が上手く回っていないのか全然喋れていない。
「無防備すぎて、もうキスまでできそうですよ?」
「っ!」
わかりやすいくらいに真っ赤になって面白――いや可愛い。
「遠目から見ても綺麗ですけど、近くで見ると余計綺麗ですよね」
微笑んで頰を撫でてやるとかちこちに固まってしまう。いやけど肌はすべすべだよなぁ。これで手入れちゃんとしてないとかだったら世の中の女性は泣くぞ。
「……そ、空! 星が綺麗ですよ!?」
苦し紛れの話題転換をしてくるが、無駄だ小娘よ。
「そうですか? 俺は星空よりリーシャ船団長の方が綺麗だと思いますよ」
逃げ道はない。リーシャはあわあわと口を動かしている。そろそろ終わりにしてやるか。
「……リーシャ船団長」
俺は顔をズラして耳元で囁く。
「……抵抗しないと、俺のモノにしちゃいますよ?」
「っ〜〜!!」
湯気が出そうなくらい真っ赤になって目を回し始めていた。……刺激が強すぎたか。
「――と、いう風に襲われますから今後は気をつけてくださいね?」
俺は身を起こして軽い調子で告げる。
「……ふぇ?」
なにが起こったのかわかっていないのか間抜けな声を上げていた。
「じゃあ自分はこれで。これに懲りたらもう無防備なことしちゃダメですよ。本当に襲われても知りませんからね」
「……あ、え、っ……」
まだ思考が回復していないらしい。だが我に返ってしまうと恥ずかしくなりそうなのでさっさと退散したい。
いや。もう一つ、言い忘れていたことがあったな。
「リーシャ船団長。船団長は凄い人です。ヴァルフリート団長がどんな凄い方なのかは知りませんが、リーシャ船団長はリーシャ船団長です。ヴァルフリート団長になることはできません。きっとあなたにしかできないこと、あなただけの価値があるはずですよ。それに人間、どこを目指すにしてもまずは目先のことを片付けないと進めませんからね」
「えっ……」
「では本当にこれで。夜に薄着では風邪を引きますよ。暖かくして寝てくださいね」
俺はそう言い残して、中庭を去った。そしてハリソンに宛てがわれた部屋で他の団員と一緒に就寝する。
そして、運命の日を迎えた。
というわけでリーシャさんは今後いじられキャラと化します。
本編にからかわれたりする場面ってありましたっけ? なんでこうなったんでしょうね。