グラン一行が使っている騎空艇グランサイファー。
その一室にリーシャは眠っていた。……いやまさか気絶するとは思わなかったが。
「お前のせいだ、しっかり面倒を見ろよ」
とは黒騎士の言だが。他の面々も俺を非難していたためこうして彼女をベッドで寝かせ、目覚めるまで俺が面倒を見ることになっていた。別に苦はないが少し反省してはいる。もう少しからかう頻度を少なくしてやるか。少なくとも気絶したばっかのヤツにやる気はない。
「んぅ……」
もぞ、とベッドでリーシャが動いた。そろそろ起きるかと思って眺めていると目を開けてぼーっと天井を見上げる。
「……あれ、私……?」
ここがどこだかわかっていないようだ。
「グランサイファーの中だ。空き部屋を借りてるんだよ」
「っ……。な、なんであなたがここに?」
リーシャは俺の方を向いてほんのりと頬を染めている。からかいすぎた影響だろう。
「……やりすぎだ、って怒られて面倒見ろって言われたんだよ」
流石の俺も反省する。あと少し自重するように言われてしまった。楽しくなってやりすぎないように注意しないとな。
「そ、そうですか……」
ほっとしたような様子だ。まぁだろうな。
「で、もう平気か? 平気なら甲板に行くぞ。次の目的地について話すからな」
「は、はい」
リーシャは慌てて起き上がりベッドから降りて立ち上がる、とよろけた。仕方なく俺が支えてやる。距離が近くなったせいか身体を硬直させてしまった。……こうやって一々反応するから面白くなるんだよなぁ。
「フラついてんじゃねぇか。一人で歩けるか?」
「は、はい。すみません」
「いい。ほらさっさと行くぞ」
「あ……はい」
俺はからかわずさっと離れて部屋を出る。確かに心労を大きくするのもあれだしな。
そして帽子を被り直した彼女と共に甲板へ出た。
「おっ、やっと来たね~」
ドランクがいつもの軽い調子で言って全員の視線がこちらに集まる。
「ふん。ならさっさと始めるぞ。事態は一刻を争う」
黒騎士はレオタードのみの恰好だったからか黒い布を纏っていた。マントというほどのモノではないので別段意味はなさそうだが。俺の外套を貸した方がマシのような気はする。
「それで、黒騎士さん。オルキスちゃんは――宰相フリーシアはどこにいるんですか?」
グランが団を代表して尋ねた。
「……ラビ島だ」
「ラビ島だと? あそこにはなにもないと思うのだが……」
彼女の答えにカタリナが疑問を呈する。
「エルステ王国の王都、だった場所ですね」
リーシャは知っているようだ。
「そうだ。あの女はエルステ王国にこそ執着している。今のエルステ帝国の帝都アガスティアなど、あの女にとっては仮初の拠点に過ぎない。……王族が死亡したのは十年前王都メフォラシュで起こった星晶獣の暴走が原因だ。ヤツがエルステ王国を取り戻すつもりなら、そこで実行するだろう」
確かに、黒騎士の予想は理に適っていた。
「なら次の目的地はラビ島、旧王都メフォラシュだね。ラカムさん、頼んだよ」
「おうよ! 任せとけって」
グランが決定を下し、操舵士へと声をかける。
「こっからだとグランサイファーで二日はかかるな。それまで自由にしててくれ」
ラカムは騎空艇を操作しながら告げた。
「わかった。じゃあ皆、しばらくは自由にしてていいよ」
というわけで自由時間になった。なので早速【アサシン】の暗器や【ガンスリンガー】のバレットを作成しなければ。もしかしたらフリーシアとの決戦になるかもしれないしな。適当に部屋でも借りようかとグランかジータを探していると、二人がなにやら話しているのが聞こえた。
「ほら、グラン」
「えっと……」
なにかグランが促されている。なにか他に用があるなら少し待った方がいいんだろうか。と思っているとこちらに近づいてきた。
「……ダナン」
グランが神妙な面持ちで声をかけてくる。……なんだ? まさかやっぱ俺だけ降りろとか言わねぇだろうな。
「ん?」
「……えっと、この間はごめん」
なぜか謝られた。
「あ?」
「……ルーマシーで、その、酷いことしたから。ダナンはビィのこと守ってくれたのに」
言われて、ようやく思い出した。……そういやそんなこともあったな。その後十天衆とやり合う羽目になってすっかり忘れてたわ。
「そんなこともあったなぁ。言われなきゃ忘れてたぜ」
「えっ? いやでも、『ジョブ』のClassⅣ使ったし結構印象残ってると思ってたんだけど」
「まぁ大事なとこではあったけどな。そっから黒騎士狙いの秩序さんやら十天衆やらと相対したせいで、気にしてなかったわ。それどころじゃなかったしな」
「そっか。ダナン達も大変だったんだね」
「お前らこそ大変だったんだろ? ルーマシーの後アルビオン行って、ドランク達と会ったとこもあるか。後はガロンゾ、んでアマルティア。散々じゃねぇか」
「ははっ。確かにね。大変なのはお互い様かな」
真剣な顔をしていたようだがグランは笑った。……こいつも真面目だよな。リーシャと気が合いそうなくらい。だからこそ考え込んじまうんだろうが、そんなどうでもいいこと気にしなくていいだろ。
後ろでなぜかジータとルリアが顔を見合わせて笑っているのが気になったが。
「お、オイラからもありがとな。ルーマシーの時、助けてくれてよぉ」
「別に助けたわけじゃねぇよ。それに、先に助けたのはビィだろ?」
「?」
「オルキスが狙われた時、動けなかったからな。ビィが止めてくれなったらどうなってたかわかんねぇ。お前のおかげで俺が立てるまでの時間ができたんだ」
「……そ、そんなに褒めてもなにも出ねぇからな!」
「えっと、ホントにごめん」
ビィも話に入ってきた。……いやホント、あの時はビィのおかげで助かったんだよな。だから、俺がこいつを助けたのはそれが理由だ。恩はそのままにしておくと後が怖いしな。
「しかしビィよ。警戒せず近づくとはあれだな」
「え、うぎゃっ!」
「び、ビィさん!」
俺は近づいてきたビィの頭を掴む。そして撫で回した。
「く、くそぅ……ふにゃぁ」
抵抗しても無駄だ。ビィは力を抜いて身を委ねてくる。カタリナが過剰反応しているのは視界に入れないでおこう。
「で、出ました! ダナンさんのアレ!」
「えっと、なんですかアレって」
ルリアの反応にまだ見たことのないリーシャが尋ねる。
「ダナン君は凄く撫でるのが上手なんですよ。ビィもあの通り籠絡されてます」
「籠絡なんてされてねぇ……ふにゃぁ」
「なるほど?」
とりあえずビィがとても気持ち良さそうなのは理解したようだ。
「ダナンさんは凄いんですよ、あのオルキスちゃんもオイゲンさんもふにゃぁってするんです!」
ルリアの無邪気な言葉に反応したのが二人。
「お、おいルリア。その話は……」
「ほう? それは面白そうだな」
最早黒歴史となっているオイゲンと、その娘アポロニアである。
「あ、アポロ……」
「おっ。うちの親分がお望みだ。悪いなオイゲン。――俺はこいつの命令には、逆らえないんだ」
「てめえ……! こ、今回は抵抗させてもらうからな!」
「無駄だ。……あーあ、オイゲンがしたくないって言うなら誰か他のヤツにやるしかねぇかなぁ。誰にしようかなぁ」
「てめえ、汚ぇぞ!」
ということであっさりオイゲンは捕らえられた。そして俺の魔の手が伸びる。羽交い絞めにしているグランはくっと顔を背けていたが微妙に顔が笑っていた。
「や、やめろ……! やめてくれぇ……!」
娘の前では威厳を見せたいのかこの前よりも激しく抵抗し、我慢しようとしてくるが無駄な抵抗だ。結局「ふにゃぁ」と呟くことになる。
「気色悪いな」
そして面白がっていた娘の感想に心砕かれたのか、真っ白に染まってしまった。
「お、オイゲンさんが真っ白になってます!」
「お、オイゲンさんしっかり!」
いやあれはもう無理だろ。しばらく立ち直らねぇぞ。呆れて黒騎士の方を見やる。
「……お前ちょっとは手加減してやったら?」
「ふん。そう思うならお前がやらなければいいだけの話だろう」
「嫌だよ、面白そうだし」
「……お前も大概性格悪いな」
「互い様だろ」
あんな街で育ってきて性格良かったら今頃生きてないか借金塗れの生活送ってるっての。
「……あれは誰だろうとできるのか?」
「ん? ああ、まぁな。流石に触感ないヤツは不可能だが」
「そうか。なら次はあの小娘にしたらどうだ?」
「えぇ!?」
黒騎士から話を向けられたリーシャが突然のことに驚く。
「先程から気持ち良さそうだと見ていただろう。実際に味わってみればいい」
「い、いえ! 遠慮します!」
全力で拒否するリーシャ。まぁ当然か。
「いやほら、リーシャはまた倒れられても困るしな」
「そんなことで倒れませんよ!」
「じゃあやってみるか?」
「えっ…………い、いいですよ。ビィさんは兎も角オイゲンさんはノリだった可能性も否定できませんから。我慢しようとすればできるはずです!」
「いい度胸だ。耐えられるもんなら耐えてみな」
かかった、じゃない。いや多分もう周囲の全員わかっていると思うのでそこは取り繕う必要はないか。
リーシャは触れられることにも耐性がないのか結局恥ずかしがっていたが。
「……こ、こんな……ふにゃぁ……」
最終的には同じような状態だった。いや、それよりも酷いかもしれない。
羞恥からか頰を染めつつも気持ち良さから蕩けた顔を晒している。今まではビィ、オルキス、オイゲンと来ていたからわからなかったが、リーシャはダメだな。なにがダメかと言うと、何人かは顔を赤くしてそっぽ向くぐらいダメだ。
「……あ、そこいい、です……ふにゃぁ」
本人は夢中になって気づいていないが、大分イケない顔をしている。どこぞの純情少年はお前より真っ赤だぞ。
「……」
そろそろ本当にマズくなりそうだったので手を放す。
「あ……もう終わりですか、ってあれ? 皆さんどうかしました?」
リーシャはむしろ名残り惜しそうにしていたが、奇妙な空気を感じてきょとんとする。
「……よくもまぁ、あんなはしたない顔を衆目に晒せるな」
最初に口を開いた黒騎士の顔もほんのりと赤い。
「は、はしたないって、そんな顔してたんですか!?」
「いやぁ、イケないモノを見てる気分だったよね〜」
「全くだ。少しは恥じらいを持ったらどうだ」
慌てるリーシャに傭兵二人が追い打ちする。
「……私、そんなに変な顔してたんですか……?」
本気だと気づいたのかグラン側にも尋ねた 。
「……えと、はい。気持ち良さそうだったので私もやってもらおうかなぁ、って思ってたんですけど。皆の前であんな顔したくないなぁって思いました」
「私も、ビィさんとオルキスちゃんが気持ち良さそうだったので気になってたんですけど……遠慮したくなりました」
ジータとルリアが頰を染めたまま言う。
「……リーシャ殿には少し親近感を覚えていたのだが、どうやら私とはかけ離れているようだ」
「見てるこっちが恥ずかしかったわね」
顔の赤いカタリナに平然としているロゼッタ。イオは完全に固まってしまっている。ビィは特になにも感じていないのか呆れた様子だ。
そして問題の青少年は、そっぽを向いて顔に手を当てたまま動かない。
「……えっと、グランさん?」
リーシャが恐る恐る尋ね、グランへと視線が集まる。
「グラン? どうかしたんですか?」
ルリアが不思議そうに尋ねた。……俺には彼が動けない理由がなんとなくわかった。
「……まぁ純情少年の身にあれはキツかったってことだな。ティッシュ持ってきてやってくれ」
俺が言って大半が理解した。グランは観念したように手を外す。その鼻から血が流れていた。ただ決してリーシャの方を向こうとはしない。フラッシュバックするからだろう。
ちなみにオイゲンは未だ復活せず、ラカムも操縦につきっ切りで見れていない。
「ぐ、グラン! リーシャさんの方見ちゃダメですからね!」
「鼻を摘んで上を向いておくといい。ティッシュを取ってこよう」
ルリアが必死にリーシャへの視界を遮ろうとし、カタリナが急いで船室へ入っていく。
「……え、あの……」
「お前のさっきの顔は青少年には刺激が強すぎたんだろうな」
「……っ」
グランが思いの外大袈裟にしてくれたため、リーシャにも本当ではないかと疑念が生まれているようだ。俺はリーシャの両肩に手を乗せ真っ直ぐに目を見つめた。
「……リーシャ」
「は、はいっ」
「……この際だから言っておく。お前は俺の作ったデザートを食べた時もそうだが、率直に言ってエロい顔になるんだ」
「えろ!?」
「これからさっきの顔を鏡の前でさせてやるから自分がどんな顔をしてたかじっくり見るといい」
ここは実際に自分の目で見た方が確実だろう。ということで俺はリーシャの腕を引き部屋へと向かった。どの部屋にも身嗜みを整えるためか鏡があったので、先程リーシャを寝かせていた部屋に行った。
そして出てくる頃には俺一人になった。
「リーシャ殿は……?」
「鏡で自分の顔を見て、合わせる顔がないって言って布団被ってるな」
それはそうだろうな、という顔をされてしまった。
「さて、と。リーシャで遊ぶのはこれくらいにして、ちょっとは鍛えないとな。黒騎士、頼めるか?」
「ああ、構わん。私もしばらく剣を握っていなかったからな。身体が鈍っていたところだ」
「……鈍ってたって動きじゃなかったと思うけど」
傭兵二人と手持ち無沙汰にしている黒騎士に声をかける。イオが呆れていたが、確かにポンメルンを相手にしているところを見る限りは鈍っていなかった。だが彼女がもし本気だったなら一発であいつを仕留めていたんじゃないかと思う。
「観ててもいい?」
「おう。ただ観てるんなら落ちそうになったら助けてくれると有り難い」
「あ、うん。わかった」
ジータが観戦していてくれるようなので、もし落ちそうになったら助けてもらうことにする。
「んじゃ、始めるか」
「ああ。普段通りで構わないな?」
「おう」
俺と黒騎士は甲板で横向きに対峙する。周囲は気を遣って広く空けてくれた。
「あっ、二人の修行はとっても激しいから、皆自分の身を守ることも考えた方がいいよ~」
「船が壊れそうな攻撃にも気をつけろ」
前々から見ている二人が忠告する中、俺は剣を構えた黒騎士へと突っ込んでいく。間合いに入った瞬間無造作に剣が振るわれた。屈んで回避する中で目が良くなったことを実感する。黒騎士の攻撃が以前よりはっきり見える。
黒騎士が剣をすぐに振り下ろしてくる。それをタイミング良く跳んで避けたそのままに蹴りを放つが足首を掴まれて振り回され叩きつけるように投げられた。なんとか手を突いて身体を捻り足から着地する。……まだだ。もっと研ぎ澄ませ。シスを見ただろう。速さは筋力だけじゃない。身のこなしだ。もっと深く集中しろ。
自分に言い聞かせて深呼吸。周囲の雑音を意識の外へ追いやってもう一度接近する。剣を振るってきたのをギリギリの間合いを見切って下がり空振りさせる。すぐに近づいて短剣を首に向かって振った。当然手首を掴まれ止められる。掴んで離さないまま俺を斬ろうとしてくるのを、黒騎士の手首を先んじて掴むことで対処した。一瞬視線が交差した後に黒騎士は掴んでいた手を離して強引に剣を振り切ろうとしてくる。向こうの方が力が強いのでこちらも手を離して跳躍して回避した。すると俺が離した手で跳躍した状態の俺の足首を掴み取り、ぐるんと回して思い切りぶん投げてくる。気づいたら甲板の縁が視界に入った。慌てて縁を掴み落下を防ぐ。見ていた者達の大半は呆気に取られているが、茨の網が俺の身体の下にあった。該当しそうなヤツはロゼッタか。彼女が戦っているところは実際に見たことがないんだがな。消去法で。
「よっ、と」
俺は縁に上って甲板内に戻ってくる。
「……ふん。では次だ。三割でいくぞ」
「おう」
俺は甲板の真ん中くらいまで歩いていって、腰を低く構えた。黒騎士はブルドガングを構えて闇のオーラを全身から迸らせる。威圧感が周囲に放たれ観戦者達にも緊張が走った。俺の背筋にも冷や汗が伝う。
「いくぞ。覚悟はいいな?」
「もちろん」
言葉の後俺は改めて深く集中する。渾身の一撃を放つために。渾身の一撃を放つには、力をただ込めればいいだけではないと学んだ。体重移動や身体の動きなどの使い方。過度に力む必要がないとも元は知らなかった。今はまだ合図の後に準備しなければならないが、いつかは実戦でもできるように、大した準備もせずできるようにしていきたい。
「――黒鳳刃・月影」
剣の間合いにいる黒騎士は容赦なく剣を振るう。剣は空中で停止し空間に亀裂を生んだ。亀裂の直線状にある俺の身体を激痛が襲う。だがこれは実際に怪我を負っているわけではない。彼女の奥義を受けるなら考慮に入れないようにするべきモノだ。その気になれば空間を砕くことで人体を破壊できるらしいが、俺はまだ見たことがなかった。
……まだだ。
俺は痛みに耐えながらその瞬間を待つ。
「あ、言い忘れてたけど、真後ろにいる人達は避けてた方がいいよ~」
雰囲気にそぐわぬドランクの軽い声が聞こえた。……助かる。俺も忘れてた。
集中は切らさず構えて、黒騎士の剣が振り抜かれるのを待つ。彼女の纏った闇が剣を伝って奔流となり放たれる。亀裂が砕けると同時に痛みが大きくなり範囲が広がった。相変わらず正面から受けるのに適していない技だ。
だが俺は痛みを無視して渾身の一振りをタイミング良く放った。失敗すれば俺の身体はあっさりと吹き飛び空の彼方だ。だがタイミングだけならもう完璧だ。後は相殺に当たる実力か、否か。
辺りが闇に包まれ俺の身体を通過していく。全身を撫でるような痛みが襲った。……完全には相殺し切れなかったが、踏ん張りその場に留まることはできる。
「お、おい! 黒騎士あの兄ちゃん死んだんじゃねぇか!?」
ビィの声が聞こえてくる。ってことは俺は死んでないってことだ。奔流が解かれて傷だらけになったであろう俺の姿が現れほっとしたような空気になるのを感じた。
「ふん。そんな柔な鍛え方はしていない。三割も問題なさそうだな。この間までは二割だったが」
「まぁ、身体を鍛える以外にできることがあるってわかったからな。……けどやっちまったな。いきなり三割はチャレンジしすぎたか」
俺は左手に握った短剣を掲げる。正確には短剣だったモノ、だ。先程の攻撃を相殺しようとした時に刃が砕け散ってしまった。仕方なくぽい、と空の底へ放り捨てて気づく。
「あ、船壊れてら」
俺の後方にあった縁が消し飛んでいた。
「な、なに!? てめえらなにやってんだグランサイファーで!」
操舵士のラカムが怒りの声を上げる。
「悪い悪い。二割なら真っ二つにできたんだけどなぁ。まぁしょうがねぇ。なぁグラン。木材と工具取ってきてくれ。直す」
「わ、わかった」
自分達で壊したモノくらいは直しておこう。グランに取りに行ってもらった。
「随分と危険が伴う鍛錬だが……実際彼は強くなっている、か。三割だというあの攻撃を私一人で受け切るのは難しいだろう」
カタリナが先程のを見て呟いている。
「防御と相殺は違う。ダナンと貴様では対処法が違うから容易に比較できん。それに、私のあれは障壁で受けるのに適していない。ただ威力が高いだけなら対処のしようはあるだろうがな」
「……。まさか黒騎士に慰められるとはな。以前の私なら恐縮していただろうが」
「ふん。事実を言ったに過ぎん。ついでだ、私のリハビリに付き合え」
「私と手合わせを?」
「ああ。あいつは戦いという点で正面から立ち回れば貴様にも勝る瞬間があるだろうが、剣を交えるという点では日々の研鑽に及ばない」
「……そうまで買ってもらえているとは光栄だ。私としてもその手合わせは有り難い。是非お願いしよう」
「そうか。他の者はどうする? 希望するならまとめて相手になってやろう」
「なに?」
一対一で相手すると思っていたのか、カタリナは眉を顰める。
「緋色の騎士はお前達を全員相手にしたのだろう? ならば私が一人でお前達を相手にしても不思議はないはずだ」
「お、オイラ達だってあれから強くなったんだぞぅ!」
「ではその力を見せてみるがいい。尤も、現段階では七曜の騎士に足らないと理解するべきだがな」
黒騎士の挑発にムッとしたらしい面々は一斉に戦闘態勢を取り始める。
操縦に手いっぱいのラカムと、アポロとの手合わせに消極的なオイゲン、そしてロゼッタ以外だ。
「ねぇボス~。僕達もこっち側についていいかな~」
「珍しいな。構わん。いてもいなくても結果は変わらないからな」
「いくらボスでもそれは傷つくなぁ、ねぇスツルム殿?」
「ああ。一泡吹かせる」
「ふん。やってみろ」
珍しくドランクとスツルムも加わるらしい。あいつらが自分から参加するなんて滅多にないことだが、おそらく思うところがあるのだろう。あとは集団戦の練習でもしたいのかね。
黒騎士による鍛錬が始まろうとする中グランが戻ってきて木材と工具を渡してくれる。
「お前も参加してきたらどうだ? 黒騎士との手合わせに」
「えっ? あ、ああ、うん」
話を聞いていなかった彼に言ってやると嬉々として混ざっていく。去り際に工具の戻す場所と木材の置き場所を教えてくれた。
「お前らー。やる気出すのはいいけど俺に当てんなよー」
俺は聞く耳を持つかどうか置いておいて一応口にはしておく。そして船の修繕に精を出す。これでもあの家を改造した時に工具の扱いは板についたはずだ。
背中越しに金属音や轟音が鳴るのを無視して、俺はひたすら手を動かすのだった。