なにかと至らない部分はありますが、お付き合いいただけると幸いです。
飯を作る。担当は全員一致で俺、加えて料理のできる者ということになった。
リーシャとジータがそれに当たるようだ。料理ができるというのは嘘ではないらしく、かなり手際がいい。
俺は実績もあるためか臨時料理長を任されてしまった。となれば手抜きをするわけにはいかない。全力で飯を作らなければ。
それぞれがやってきた料理にも違いがあるだろうと思うが、基本味つけが変わらないのが料理だ。そこから派生して家庭の味というモノが生まれていく。ただ俺が思う最高を生み出すには俺の構築した手順でなければならない。悪いが料理長を任された俺に従わせるしかない。二人も俺の料理が美味いのはわかっているらしく、すんなり指示に従ってくれた。
……できればグランの前でリーシャに美味いデザートを食べさせたくはなかったのだが、二人が絶対に食後のデザートは必須だと断言してきてしまったのでどうしようもなかった。厨房を握っているとはいえ圧力には屈するしかない。
「はわっ、やっぱり凄く美味しいですぅ!」
オルキスと同じ大食らいのルリアが感嘆の声を上げる。素直に喜ばれると嬉しいモノだ。
「ホント、ダナン君って料理上手だよね~。私もグランサイファーの中では上手い方だと思ってたけど、実際に並んでみるとまだまだだなぁ、って思う」
ジータも舌鼓を打ちながら言ってくれた。
「そりゃうちの大飯食らいがな……」
毎度毎度凄い期待した目でこっちを見てくるんだよ。いや無表情だから俺の気のせいかもしれないんだけど。
「そういえばダナンっていつから黒騎士達と一緒にいるんだ?」
ふと思いついたようにグランが聞いてくる。
「バルツで会った時の直前だな。ポート・プリーズだかどっかでスツルムとドランクに会ったっつう時は俺いなかったし」
別に隠すつもりもないので正直に答えた。
「へぇ。バルツで会った時はホントに驚いたよね」
「うん。だってお父さんから受け継いだと思ってた『ジョブ』を持ってる人が他にもいて、黒騎士さんと一緒にいるんだもん」
双子が互いに苦笑し合う。
「あ、あの! ダナンさんはどうやって黒騎士さんやオルキスちゃん達と出会ったんですか?」
ルリアがうちの子と同じくらいの速度で食べ進める中、挙手をして聞いてきた。
「リーシャは捕まえに来たからわかるだろうが、エルステ帝国内の街を拠点にしててな。そこから『ジョブ』について調べたかったからなんか暗躍してそうな連中いないかなぁ、って思ってて見つけた」
「ホントにそんな感じだったの~?」
「そうだよ。んで、ただ協力しようぜ、っつっても信用されないだろうから俺を売り込むためにオルキス攫って黒騎士誘き出して戦い挑んだ、ってわけだ」
「あの時はどこの手の者かと思ったんだがな」
「今思うと懐かしい。七曜の騎士相手に喧嘩売るバカがいると思わなかった」
俺の話に他三人が相槌を打つ。
「黒騎士を黒騎士とわかっていて勝負を……以前から思ってはいた随分と肝が据わっているのだな」
「えと、オルキスちゃんを攫ったってところはツッコまなくていいの?」
「確かにあんたがあいつを奪われて無事で返すとは思えねぇな」
カタリナ、ジータ、ラカムがそれぞれ所感を口にした。
「まぁあくまで黒騎士誘き出すためだったからな。で、しばらく大人しくしてもらうためにオルキスがよく食べてたアップルパイの中でもその時俺ができる極上のアップルパイを作っておいて食べさせたんだが」
「返して欲しくば~、ってところでオルキスちゃんがお代わり要求してきて締まらなかったよねぇ」
「煩い。そのおかげで黒騎士からの敵意も薄れたし、アップルパイ効果かオルキスも攫った俺に警戒心持たなかったし、結果オーライだろ」
「確かにな。だが確実を期すなら睡眠薬やなんかがいいと思う」
「敵対する気はなかったからそこまで本格的にやるつもりはなかったんだよ。まぁ、っていう感じでこいつらに取り入って今に至るわけだ」
俺と黒騎士達の出会いはそこまで劇的なモノではない。俺が勝手に目をつけただけの話だからな。
「懐かしいねぇ。あの頃はまだ僕一人にだって敵わないくらいだっていうのに。今じゃ僕達二人とだっていい勝負できるからね。ねぇスツルム殿?」
「ああ。筋がいいと思っていたがここまでとはな。成長速度で言ったらとんでもない」
「ふん。元々素質が良かったというだけの話だ。きちんと指導する者さえいれば伸びるに決まっている」
おや。なぜか急に三人から褒められてしまった。ちょっとむず痒い。
「なんだお前ら寄って集って。俺に恨みでもあんのか?」
「素直に褒めてるだけだよ~。ボスの脱獄なんかダナンがいなきゃできなかったかもしれないしねぇ」
「できんだろ。結局枷の鍵はリーシャが持ってたんだし、不意打ちとかで倒して剥けば手に入るし」
「な、なんてこと言うんですか! あなたという人は!」
「いやぁ、どうだろうねぇ。他の団員もいる中で僕達二人じゃ結局無理だったかもよ~。まぁグラン君達がいてそれを利用するならチャンスはあったけど、そうなったらそうなったらで彼らはリーシャちゃんに酷いことしないで~、ってなるだろうし」
それもそうかもしれないな。
「拷問して鍵の在り処を吐かせるとしても止められる、か。難しいなぁ」
「でしょ~?」
「……本人のいる前で拷問とか言わないでくださいよもう」
「なんだかんだ仲がいいもんだなぁ」
「まぁ少なくともあんたよりは黒騎士と仲いいわな」
「ぐはっ!?」
オイゲンの何気ない言葉につい軽口で返してしまった。彼の場合ダメージが軽くなかったようで血反吐を吐いていたが。
「だ、ダナンさん! オイゲンさんは黒騎士さんとの仲がぎくしゃくしてるのを凄く気にしてるんですから、苛めちゃダメですよ!」
ルリアは純粋に庇ったつもりだろうが、オイゲンにダメージが入っていたようだ。……これはしばらく帰ってこねぇな。
「……ふん」
当の娘さんはつまらなさそうに食事を進めていたが。
そしてそろそろ全員食べ終わったかというところで、用意していた焼きプリンを配布する。
「デザート食べるとリーシャの顔がアレになるから、要注意な」
「アレって言わないでください! 皆さんもこっちに注目しないで!」
自分で究極を見てしまったせいか恥ずかしがるリーシャだったが、食べないという選択肢はなかったようだ。まぁ俺の渾身の一品を食べておいて次が我慢できることはない、という風に作っている。もちろんプロには及ばないところもあるだろうが、そんじょそこらのヤツには負けない自信があった。
「……はむ」
あの味を思い出したのか、大した時間躊躇せず一口掬って口に入れた。
そして例の蕩け顔を晒す。とはいえ撫でた時よりは大分マシだ。それでも鼻血を噴いた団員がいたのはリーシャが好きすぎるせいだろう、きっと。
「……はぁ。やっぱり美味しい……」
本人は満足そうだが、一人ぶっと鼻血を噴いたヤツがいた。
「ほら、グランが思い出し鼻血してるだろ」
「え、はっ……!」
俺の呆れたような声で我に返ったのか元に戻るが、グランは鼻を押さえてリーシャの方を見ないようにしている。
「ぐ、グラン! ダメですよリーシャさんばっかり見ちゃ!」
「そうだよ、全く。いやらしいんだから」
ルリアとジータは彼を責められているが、ここはリーシャを責めてやるべきだ。
「ほらな? さっき見せた顔の劣化版とはいえ思い出すのには充分な顔をしてたってわけだ」
「……」
「あー……なんつうか、そんな顔するんだな。意外だ。ギャップってヤツか? なぁオイゲン」
「あ? ああ、別にいいんじゃねぇか? おっさんとしては――」
「……」
先程見ていなかった男二人が言い合おうが、実の娘に睨まれてしまったオイゲンは口を噤むしかなかったようだ。
「……うぅ。私ってそんなに変な顔しやすいんでしょうか」
「お、落ち込むことはないリーシャ殿。誰にでも汚点はある」
「……汚点なんですね」
励まそうとしたカタリナの言葉でも落ち込んでしまう。
「で、でも凄く幸せそうだなぁ、って思いますよ? 幸せが顔に出ちゃうのは仕方のないことだと思います」
「ジータさん……ありがとうございます」
「あ、でも。グランの前ではもうしないでくださいね?」
「あ、はい」
にっこりと釘を刺されて頷くしかないリーシャ。
「ほらグランが鼻血の対応に追われてる内に食べちゃえよ。秩序を乱す破廉恥な顔晒してどうぞ」
「破廉恥とか言わないでください! ……んっ、美味しい……」
結局制御できないのか終始恍惚とした表情のリーシャであった。……この件についてはちょっと俺が悪いところもあるのでフォローはしてやろう。
先により際立った方を見てしまったから、グランがあんな風になってるんだろうしな。連想しなければ顔を赤くする程度で済んでいたかもしれない。二人には申し訳ないが、まぁ俺のせいじゃないフリをしておこう。リーシャには部屋にデザート持っていってやるか。普通に飯食ってる時は大丈夫だし。
とそんなこともありながら一行はメフォラシュへと向かう。
一日目は黒騎士が他の大半を相手に無双していたが、二日目は実力の近い者同士で手合わせをしたり協力したりして鍛錬をしていた。なんだかんだ帝国で最高顧問をやっていたのは伊達ではないのか、人に助言するのが上手い。俺は元から教わっているので知っていたが、案外指導力という点では彼女にも才があるのかもしれない。
……ただまぁ、一人だけ完全に無視されているおじさんがいたのは、仕方のないことではあるのだが。それでもちょっと当たりがキツい。
おじさんはグランサイファーのことで忙しいラカムに絡んでいた。夜は二人で飲んでいるのを見かける。
少しぎこちない部分もあるが、俺達は無事ラビ島、旧王都メフォラシュに辿り着くことができたのだった。