本編より可愛いオルキスを目指して←目標が高い。
帝国兵を蹴散らし、道を阻むゴーレムを倒してフリーシアの消えた先、ルリアの感じる大きな力を頼りに突き進んでいく。
一行はとある朽ち果てた神殿に辿り着いた。そこにいる、とルリアが感じ取っていたが、近くまで来れば他の面々にも感じ取れるようになっていた。
意を決し、必ずオルキスを取り戻しフリーシアの野望を打ち砕くと気合いを入れ直して神殿へと入っていく。
「来たぞ! 迎撃準備!!」
しかしただでは通してくれない。神殿の中には帝国兵が大勢待機していた。
「チッ。やっぱりいやがるか」
「前哨戦としては充分だ。蹴散らすぞ!」
「ここを死守しろ! でなければ『マリス』……! ここで勝つしか、我々に生きる道はない!」
帝国兵も後がない様子でかかってくるが、七曜の騎士を含む一団には及ばない。星晶獣でさえも足止めにしかならない彼らの前に、兵士達はなす術がなかった。
容赦なく兵士を斬り伏せた黒騎士は、一人の兵士に剣を向ける。
「おい。貴様らが先程から口にしている『マリス』とはなんのことだ? 新たな兵器か?」
「そ、それは……」
帝国兵が吃る中、かつかつとフリーシアが奥から姿を現した。
「おやおや……。マリスにご興味がおありですか、前エルステ帝国最高顧問様?」
「……」
彼女の隣にはオルキスもいる。
「フリーシア!」
「オルキスちゃん!」
ルリアの呼ぶ声に、オルキスは答えない。
「役者は揃った、というところですか。では始めましょうか」
「お、お待ちください閣下! あの者達は必ずや我々が!」
「戦況を正しく認識していればわかることでしょう。あなた達では勝ち目がない」
必死に懇願する兵士はなにかに怯えている様子だった。しかしフリーシアは取り合わず微笑んでいる。兵士の尋常でない様子を見て怪訝に思う一行だったが。
「貴様の言う通り兵士は残り僅かだ。逃げ場はないぞ、フリーシア! その人形を返してもらおうか!」
黒騎士の言葉に、フリーシアは笑みを歪にして笑い出す。
「くくく……くひひ! まさか私を追い詰めたなどと思ってはいないでしょうね! 勘違いも甚だしい! あなた達は我々に誘き寄せられたのです!」
「貴様……この期に及んで減らず口を……」
「待て、黒騎士! なにか様子がおかしい!」
フリーシアの様子に警戒を強める中で、当の彼女がある言葉を口にした。
「くくくく……。――目覚めよ、摂理を奪われし偉大なる創世樹よ」
「こ、これって……」
以前ルーマシーへ来た時に一度聞いていた。唱えていたのは――オルキスだった。
「――今ここに顕現し、星の理、無情の摂理を以って、我が敵を滅ぼせ!」
それは、星晶獣ユグドラシルを呼び起こすためのモノ。
「さぁ、目覚めなさい! ユグドラシル・マリス!」
彼女の声に呼応して味方すら恐怖させたマリスが顕現する。
ユグドラシルは通常巨大な少女といった風貌だった。だが本体だろう少女の部分は力なく邪悪な根に囚われているようにも見える。代わりに根が牙の生えた頭のような形となって四つ首を
「――――!」
声にならない咆哮が神殿内に木霊する。
「なんだ、これは……」
黒騎士さえも言葉を失っていた。
「これぞ魔晶研究の究極! ついに我々は、星の獣すらも完全な支配下に置いたのです!」
呆然とその姿を見上げるしかない一行にフリーシアが告げる。
「こんな……声すら聞こえない……だけど、壊れそうになってる」
ルリアは頭を抱えて悲痛に顔を歪めた。
「こんな、どうしてこんなことを……!」
ルリアはフリーシアを睨みつけるように見つめるが、それをマリスが遮った。
「――――!」
咆哮。ユグドラシル・マリスは一行に狙いを定めて木の根のような触手と牙で襲いかかる。だが全てがこちらに来たわけではなく、無尽に振るわれ神殿をあっさりと崩壊させた。
「うわああぁぁぁぁ!!」
瓦礫に押し潰されていく帝国兵。
「ジータ!」
「わかってる!」
二人は視線を交わすと、
「「【ホーリーセイバー】! ファランクス!」」
頭上に向けて障壁を張る。二人合わせて仲間達完全に覆っていた。しかし重量に耐え切れるかわからない。そこをイオが魔法で氷の柱を作り障壁を支える。
「アポロ!」
「私の心配をするくらいなら、自分の身を守ることだな」
一人障壁の下にいない黒騎士をオイゲンが呼ぶ。だが彼女は向かってくる触手に対処する必要があった。どちらか片方では、自分は兎も角他が生き残れないと理解していたのだ。
「はあぁ!」
気合い一閃。彼女に向かって落ちてきていた瓦礫と一行を襲う触手を同時に攻撃、破壊する。
グラン達もなんとか瓦礫に耐え、他の者達で瓦礫を破壊することで難を逃れることができていた。
「……チッ」
仁王立ちした黒騎士の背中を見て一行がほっとするも、彼女は舌打ちする。
確かに破壊したはずの触手が、瞬く間に再生していたのだった。加えて本来ならそのまま本体までダメージを届かせる予定だったのだが、半ばまでしかいかなかった。
「気を抜くな! 来るぞ!」
黒騎士の声が聞こえたかと思うと、神殿を無作為に破壊した大量の触手が一斉に向かってきているところだった。黒騎士だけでは切払えなかった分が届き、ジータはファランクスで受けようとしたのだが。
「きゃあっ!」
あまりの勢いに踏ん張り切れず押されてしまう。そこへ別の触手が側面から襲いかかり、
「クソッ!」
「させません!」
ラカムとリーシャがジータを庇って打ち払う、のだが。
「なっ!?」
すぐさま再生した二人を強か打って地面へと叩きつける。更にはジータも続く触手に打たれて倒れてしまった。
「なんて再生能力だ! これでは――ぐあぁ!」
カタリナも剣で触手を切りつけた直後に背中から打たれてしまう。
「カタリナ!」
ルリアが倒れる彼女に気を取られている内に別の触手が迫ってきていて、それを守ろうと【ホーリーセイバー】の重い鎧では間に合わないと解除したグランが駆けつけた。だが攻撃するだけの余裕はなく、ルリアの身体を抱き締めて代わりに受けるしかない。
「っっ……!」
「ぐ、グラン!」
ルリアは無事だったがグランが起き上がることすらできなくなってしまう。とはいえ痛みを共有するためにルリアにも痛みが来てしまった。
そして残ったイオ、オイゲン、スツルム、ドランク、ビィでは触手全てに対処し切ることなど到底できず、打ち倒されてしまう。
……少し離れた後方に佇んでいたロゼッタだけが、その様子を悲しげな、しかし決意の込められた表情で見ていた。
黒騎士は自身を襲う触手を片っ端から切り払うことで対処していたが、それが実行できる者など他にいない。
「う、嘘だろ……」
「以前戦ったユグドラシルとは比べ物にならないな……」
皆生きてはいたが、無事ではなかった。
「素晴らしい……。星の力の模倣として始まった魔晶は、遂に原典たる星の力を超えた……。憎きあの侵略者共を超えたのです……くくく、はははっ!」
一撃で彼らを地に這わせたマリスの力を見て、フリーシアが哄笑する。
「ふん。なにをいい気になっているかは知らんが……この程度で私を倒せると思うなよ、フリーシアッ!!」
黒騎士が言って、一行を倒した分の触手を含め一斉に襲いかかってくる中を、全て切り払い進んでいく。しかし彼女ほどでもマリスを一人で相手にするのは厳しいのか、徐々に傷が増えていく。それでも黒騎士は止まらない。
やがて一行の視界から、黒騎士の姿が消えた。代わりにオルキスが触手を避けて歩いてきている。
それを知らない黒騎士は傷を負おうとも構わず突き進み、遂にフリーシアへ十メートルという距離まで迫った。
「……オルキスを復活させる条件は全て整った! こんな……こんなところで、負けるわけには……!」
確かな決意を滲ませて黒騎士がまた一歩距離を詰める。傷だらけになって尚歩みを止めない彼女を見て、フリーシアは口元を歪めた。
「くくく……これだから小娘は」
「なに……?」
フリーシアが笑いマリスの動きを止めたことで、黒騎士は訝しげに彼女を見つめる。
「絶望に嘆く者は、目の前に都合のいい希望を与えられると簡単にそれに食らいつく……。その希望の真偽を確かめることもせずに……。いえ、希望を失わないためには仕方がないことなのかもしれませんね」
「なにを言っている……どういう、ことだ?」
意味深なセリフに、黒騎士は歩みを止めた。
「確かにルリアには、瀕死の者を生き返らせる能力がある。しかし……それは決して、あなたが思っているような便利な能力ではありません」
「なに……?」
自分の目的の根幹を揺るがす言葉に、耳を傾ける他ない。
「あの能力は『器』であるルリアが空の世界で力の全てを解放するため、自らを空の世界と融合させる能力です。つまり、一度使えば、二度と使うことはできない」
彼女の発している言葉が理解できなかった。いや、理解はした。だが認めたくはなかった。フリーシアの唇が開き決定的な言葉がやってくると直感する。だが耳を塞ごうにも身体が硬直してしまっていた。
「端的に言えば、もうあのオルキスは戻ってこないということです」
「そん、な……」
そして聞いてしまった。否応なしに絶望がやってくる。
常に昏い決意を秘めていた瞳から光が失われていく。身体から自然と力が抜け、持っていた剣を手放してしまう。膝を突き俯く彼女には、先程までの強固な意志は感じ取れない。それどころか、心を失くした人形のようだった。
「……他愛もない。所詮はありもしない希望に縋っていただけの小娘ですね。ここで始末――も必要ないでしょう。どうせ立ち上がる気力は残っていません。マリス、行きますよ」
フリーシアは動く気配のないアポロニアを見て興味を失ったように告げ、マリスを従えてグラン達の方へと近づいていく。
「……」
そこでは別行動をしていたオルキスが既にグラン達の目の前まで来ていた。ルリアはオルキスを迎え入れるためか立ち上がって先頭まで来ていた。
「さっさとこの世界を終わらせてしまいましょう。オルキス、アーカーシャの起動を」
フリーシアが告げると、オルキスは頷きルリアへと近づいていく。なにをするにも近づけさせてはいけないとするも、マリスにやられた傷によってすぐには動けなかった。
「ねぇ、待って、オルキスちゃん! ダメだよ、こんなの……! その星晶獣を使ったら、私もオルキスちゃんもいなく――!?」
必死の訴えは通じず、オルキスがルリアへと触れた。次の瞬間にはルリアが脱力し直立の状態になる。
「ルリア!?」
「……我、アルクスの名において、星晶獣アーカーシャの起動を執り行う」
カタリナがルリアの様子がおかしいことに気づくも止めることはできなかった。
「……管理者の認証を完了しました。星晶獣アーカーシャの起動要請を受諾」
ルリアは全く感情のない機械のように無機質な声を発する。
「お、おい、ルリア! どうしたってんだ、おい!」
ビィの呼び声にも反応を示すことはない。
「管理者権限をビューレイスト・アルクスから移譲……掌握。星晶獣アーカーシャを起動します」
ルリアの声に応じて光が溢れ、巨大な影が姿を現した。
ソレは白い法衣を纏ったような姿だった。長い首の先に能面のような顔が二つついている。胴体は鯨のような、船のような形になっていた。
「……これが、アーカーシャ」
待ちに待った存在を前にして、フリーシアの顔が喜悦に歪む。
「さぁ、オルキス! アーカーシャの力で正しい世界を取り戻すのです!」
大仰に手を広げるフリーシア。起動を目前にして、グラン達は立ち上がろうとするが身体に上手く力が入らない。
終わりが近い中で、ふとオルキスの脳裏にかつて聞いた言葉が過ぎった。
『いくらこのオルキスが昔のオルキスと違うったって、心はあるんだ。冷たく扱われて悲しいまま終わるより、大切に扱われて温かいまま終わった方がマシだと思うんだけどな。なぁ、オルキス?』
そう言って、自分に優しさをくれた少年がいた。
『一人じゃつまらないだろ。……一緒に遊ぶか?』
二人きりになった時、不器用ながらも気にかけてくれたドラフの傭兵がいた。
『随分大食いだよねぇ。良かったら一緒にご飯食べに行く? 特別に奢ってあげるよ~?』
黒騎士がいない日にこっそり食べに連れて行ってくれるエルーンの傭兵がいた。
『――待っていろ。すぐそこへ行く』
自身を人形と呼んでオルキス本人と区別しつつも、必要以上の感情を持って接してくれていた甲冑の騎士がいた。
自分と友達になりたいと言った少女がいた。
彼が死んだと聞かされて落ち込んだ時必死に励ましてくれた女性がいた。
『なぁオルキス。皆で食べるご飯は美味しいか?』
――美味しい。
『なんかやりたいことはあるか?』
――やりたいこと?
今までのやり取りが脳裏を巡る中で、一つの問いにふと考えが止まる。
『ああ。最初は小さいことでいいからな』
――……。
あの時はただ、普段通りアップルパイが食べたいと答えた気がする。
――もし今、その問いを改めて投げかけられたら?
そんな考えが過ぎってしまう。
「……」
一言命じれば、アーカーシャはその力を発揮して世界を書き換えるという段階まで来ている。星の民が消えるということは、星の民を父に持つ自分も消えてしまうということだ。ルリアも言っていた通り。
だが自分は人形だ。本物のオルキスの代用品でしかない。なら消えてしまっても問題ない。黒騎士はオルキスを取り戻したいと考えているが、オルキスの存在が消えてしまえばその思い出も悲しみも全て失われ、穏やかな文学少女として成長していくに違いない。今の黒騎士の目的すらなくなってしまうのだから、そこで躊躇する理由はない。
だが。
だが今ここにいる自分は消えてしまう。そうしたらもう二度と今まで出会ってきた全ての人達と関わることはなくなる。
「……ぁ」
そう考えた時に、オルキスは自分のしたいことを自覚した。してしまった。
あの時、五人で過ごした穏やかな日々をまた。
オルキスの行動が止まる。そうだ、あの皆で囲う食卓を、もう一度……。
だがそれが叶わないことも知っていた。フリーシアがこちらに来たということは、アポロは下された。最悪命がない。ドランクとスツルムは生きているが。
既に、一人死んでいた。
抑えていた悲しみが溢れて無感情だった瞳が潤む。
そうだ。もう、自分の望みが叶うことはない。それならいっそのこと、思い出を胸に秘めたまま消え去り、他が悲しまないようなかったことにしてしまえばいい。
そんな彼女を止められるのはたった一人。
「――オルキスッ!!」
「……っ!」
他の誰でもない、彼の声だったからこそ。
オルキスは声のした方を向いて、紛れもない彼の姿を見て涙を流した。自分の自覚した“やりたいこと”は叶う。叶ってしまう――自分が消えさえしなければ。
「……い、嫌……嫌だっ!」
オルキスはこれまでにないくらい、感情を曝け出す。
「な、なにを……! 人形、なにをバカなことを言っているのですか! あと少し、あと少しで私の悲願が……!」
「……ん。でも、私は私のやりたいようにやる。まだ、皆と一緒にいたい!」
オルキスの中に火が灯ったようだった。動揺するフリーシアに対してもはっきりと言い返す。そんな彼女の頭に、ぽんと温かい手が乗った。
「それでいいんだよ、オルキス」
優しい声音だった。確かに温かい、生きた人の手が彼女の頭を撫でる。
オルキスは彼を見上げ、今の自分にできる精いっぱいの笑顔を浮かべるのだった。
次回はダナン視点に戻ります。