ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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た、台風が来る……! いやもう来てますねぇ。

私の地域は明日明後日がピークらしいので、終日引き籠もってます。……台風なくても同じなのは置いといて。

既に遅いかもしれませんが、台風直撃圏内の方々は充分お気をつけて。


殿の矜持

 時は遡り、ルーマシー群島に着いてから単独行動を取り始めた頃。

 

「……ああ、クソ。太陽で方角を計るにしても大分勘が必要だな。どっかに帝国兵でもいねぇもんか」

 

 俺は森を駆けていた。偶発的に帝国の連中と鉢合わせする可能性を考えて【アサシン】で移動しているが、森は広く大きく迂回しているためになかなか辿り着けない。

 時間をかけて以前に来た泉近くまで来たのだが。

 

「あ……? 誰もいない?」

 

 誰の姿もなかった。戦っている喧騒も聞こえないし、大勢待ち受ける帝国兵もいない。

 

「クソッ! 別の場所に移動しやがったな」

 

 吐き捨てる。……待ち伏せするんだったら一ヶ所に固まってると思って最初に離脱したのは迂闊だったか? 俺じゃあオルキスがどこにいるかも探れない。

 

「……いや、どっちにしてもここへ真っ直ぐあいつらは進んできたはずだ。それなら、ここから上陸した地点までを真っ直ぐ進めばなにか痕跡ぐらいはあるか」

 

 完全にはぐれてしまった状態だ。だがまだ合流する手はある。俺は焦りつつも急いで森を進んだ。

 

 その数分後、なにかが崩壊したような轟音が耳に届く。

 

「なんだ?」

 

 俺は立ち止まり、音の出所を探る。そうしている内に遠くに異様なモノが見えた。

 

「空に伸びた、木の根……か?」

 

 急成長した木々、という風には見えない。うねうねと意思を持っているかのように動いている。

 

「あっちか……!」

 

 嫌な予感がした。あの様子を見る限り、なにか途轍もないモノがいる。

 俺は全速力で木の根が見えた方角へ駆ける。隠密だとか考えていられない。一刻も早くあの場所へ辿り着く必要がある。そんな気がしていた。

 

 そして俺は、崩壊した建物の瓦礫と、呻き倒れる帝国兵達、見たことのないエルーンの女性と対峙する黒騎士、最後に木の根を触手のように動かし黒騎士を襲っている巨大な化け物を見た。

 

 ……なんだあいつ!?

 

 隙を窺うべく、なんていいようには言えない。俺は身の危険を感じて建物近くの木の陰に隠れた。エルーンの女性、おそらくフリーシアと思われるヤツに、じゃない。あの木の化け物に、だ。あいつを見ただけで悪寒が身体を這う。冷や汗がどっと溢れてきた。黒騎士も傷を負っていた。この期に及んで加減なんてしないだろうし、全力のあいつと戦えるだけの力を持っているということだろう。つまり俺が戦えば、あっさりと殺される。そんな確かな予感があった。

 

「確かにルリアには、瀕死の者を生き返らせる能力がある。しかし……それは決して、あなたが思っているような便利な能力ではありません」

 

 冷たい声が聞こえてきた。はっとして黒騎士達の方を見やると、黒騎士が歩みを止めてなにか話している様子だった。

 

「あの能力は『器』であるルリアが空の世界で力の全てを解放するため、自らを空の世界と融合させる能力です。つまり、一度使えば、二度と使うことはできない」

 

 今聞こえてきているのはフリーシアの声だろう。冷徹な声音だ。そしてその内容も、黒騎士を絶望に突き落とすモノだった。

 聞かせてはいけない。だが今飛び出せば確実に殺られてしまう。

 

 そこで、俺は躊躇してしまった。

 

「端的に言えば、もうあのオルキスは戻ってこないということです」

 

 決定的な言葉だった。黒騎士の根幹を揺るがすモノ。聞かせてはいけなかった。俺が止めるべきだった。微かに、金属が地面に落ちる音が聞こえる。見ると、黒騎士が剣を手放し膝を突いているのが確認できた。殺される……かと思ったが興味を失ったらしくフリーシアは化け物を連れて前へと進んでいく。

 

 ……なにほっとしてんだよ、俺は!

 

 背後から不意を打つのが俺の役目だってのに、自分の命を考えて躊躇ってしまった。悔恨が襲ってきて、唇を噛み締める。せめてあいつの確保だけはしようと、化け物が充分離れてから動く気配のない黒騎士まで近づいていく。

 

「お、おい、黒騎士。しっかりしろ」

 

 小声で呼びかけるが、反応はなかった。瞳に光がない。……クソッ。目的を見失って完全に落ちてやがる。

 肩を揺さぶってみるが、変わりはない。仕方がないかとブルドガングを拾い黒騎士を無理矢理立たせて森へと運ぶ。ふらふらと力なく歩いているせいで体重がかかってきた。木の後ろに彼女を座らせて顔を掴み、目を合わせる。

 

「おい、しっかりしろ! あんたはオルキスを取り戻しに来たんだろ!」

「……オル、キス……」

 

 微かに反応はあったが、瞳に光が戻ることはなかった。

 

「クソッ!」

 

 ダメだ。俺の言葉じゃこいつの心に届かない。こいつをこいつたらしめた本人がいねぇと!

 

 吐き捨てて黒騎士を放置し、ブルドガングを回収する。

 

「……ここで待ってろよ」

 

 アポロにはオルキスが必要だ。彼女の言葉なら、俺よりはマシに聞き入れてくれるだろう。

 だがそのためにはフリーシアと、あの化け物をなんとかしなくちゃいけない。

 

「……はっ。二度目はねぇよ」

 

 自分に言い聞かせるように言って化け物の方を睨んでいると、光が溢れて別の巨大な化け物が出現していた。……なんだよあいつは。あいつを相手にするだけでも無謀だってのに、まだ敵が増えんのか?

 と思っていたが、白い巨大な怪物は動く気配がなかった。まるで、なにかの命令を待っているかのような状態だ。

 

 ……あいつも星晶獣なのか? だったらそれを命令するヤツが必要ってことだよなぁ。つまりルリアかオルキス。

 

「次は間に合わせる!」

 

 俺はまだ取り返せる状況だと判断し、黒騎士を置いて回り込みつつ化け物のいる方へと向かう。フリーシアを背後から脳天ぶち抜きたかったが、怪物が守るように鎮座していて不可能だ。急いで回り込み、傷を負ったグラン達と突っ立った様子のおかしいルリア、そしてオルキスがを見つける。

 フリーシアが歓喜しているのを見るに、白いあいつが彼女の求めていた存在なのだろう。そして、おそらくオルキスが今そいつへ力を使うように命令しているのではないか。そう思ったら叫んでいた。なにがなんでも止めなければならない。フリーシアの思い通りにしてしまっては、誰のやりたいことも実行できない、そんな気がしていた。

 

「――オルキスッ!」

 

 僅かに瞳が潤んでいることに気づいた。

 彼女は俺の方を向いて、つぅと涙を頬に伝わせる。多くを語っている暇はない。ただ、強い意志を持って彼女と目を合わせた。

 

 そして。

 

「……い、嫌……嫌だっ!」

 

 彼女が初めて見るくらいに感情を露わにする。その様子を見たフリーシアの笑みが引っ込んだ。

 

「な、なにを……! 人形、なにをバカなことを言っているのですか! あと少し、あと少しで私の悲願が……!」

 

 オルキスは彼女の方を見て口を開く。

 

「……ん。でも、私は私のやりたいようにやる。まだ、皆と一緒にいたい!」

 

 その言葉を聞いて、思わず笑みを浮かべてしまった。……そうか。なら、そのやりたいことに味方しなきゃな。

 俺はオルキスへと駆け寄り、その頭に手を置いて撫でてやる。あまり長い間離れていたわけではないが、随分と久し振りな気がする。

 

「それでいいんだよ、オルキス」

 

 俺が言うと、オルキスは普通に見れば微かなモノだったが、確かな笑顔を浮かべて見上げてきた。……この顔が見れたんなら、俺が声をかけた意味もあったってもんだな。

 

「……本物?」

 

 しかしオルキスは俺が死んだと思っていたらしく、涙を流しながらも尋ねてくる。

 

「偽者だと思うか?」

「……ん」

 

 だが俺が尋ねるとふるふると首を振っていた。

 

「ならそれが答えだ」

「……でも、リーシャに嘘吐かれて、騙された」

「えっ!?」

 

 言うとオルキスはぎゅっと俺の脚にしがみつきながら膝を突いて立ち上がろうとする彼女を非難するように見つめる。予想外の口撃に驚くリーシャ。

 

「そうか……酷いな。まさか俺が行方知らずなのを利用されるとは……!」

「ま、待ってください! あなたが死んだと思わせようとしたんですよね!? 私だけを悪者にしないでください!」

「……本当?」

「ああ。悪かったな、その方が自由に動けると思って」

 

 リーシャがノリ良くツッコんできたおかげで早々にバレてしまった。

 

「……もう、しないで」

 

 ぎゅぅ、と強く抱き締められてそう言われてしまえば、俺には頷く以外にできることがない。

 

「わかったわかった。死んだなんて嘘吐かないって」

「……約束」

 

 オルキスがじっと見つめてくるので、俺は笑って頭を撫でてやった。

 

「……あなたは?」

 

 フリーシアが眉を寄せて俺に尋ねてくる。

 

「俺? ははっ。あんたが知らねぇわけねぇと思うがなぁ」

 

 俺は笑って彼女の方を向き、オルキスを優しく剥がした。

 

「……あんたの敵だよ。それだけで充分だ」

 

 二割ほどを殺意へと変えて告げると、フリーシアは納得がいったらしい。

 

「なるほど……あなたがダナンですか。黒騎士が新たに手駒したという」

 

 そう言うと興味深げにこちらを眺めてくる。

 

「人形のその様子を見るに、あなたですね? 黒騎士は頑なに人形と呼び接していた。その人形を人として扱い心を植えつけたのは」

「さぁて、知らんな。俺は俺がやりたいようになっただけだ」

「そうですか。では勝手にそう思うとしましょう」

 

 フリーシアは言って息を吸い込み俺を強く睨みつけてくる。

 

「よくも、よくも私の目的の邪魔をしてくれましたね! 人形に心なんてモノが芽生えてなければ、目的は全て、ここで成就したというのに!」

 

 言葉には気持ちいいくらいの怨嗟が込められていた。

 

「そんなん知るかよ。大体、俺がいなくたってオルキスは拒否しただろうさ。なにせ友達も、保護者もいるんだからな」

 

 俺は後押しをしたに過ぎない。

 

「それこそどうでもいいことです! 私にとって重要なのは、あなたが最も人形の感情を誘発させているということ! あなたを殺し、心ある人形に今ある世界を書き換えさせましょう! 過去を書き換えればこうしてあなたと敵対する未来がなくなり、きっと健やかに生きているでしょうからね!」

 

 オルキスが俺を想ってくれている心を逆に利用して、自己犠牲をさせようってのか。とんだ執念だな。

 

「悪いがそりゃ無理な相談だな。これから星晶獣を扱える二人はこの島から逃げ出すんだからなぁ」

「……なんですって?」

「おいお前ら。いつまで寝てんだ? 治療は終わったんだろ?」

 

 訝しむフリーシアを無視してグラン達に声をかける。

 

「ひっどいなぁ、もう。僕達だって頑張ってたのに」

「だったらもうちょっと頑張れよ」

 

 ドランクに続き他の皆も立ち上がる。会話の最中に回復しているのは見えていたんだが。

 

「寄って集って情けねぇとこ見せてんじゃねぇよ」

「……手厳しいな。到着が遅かった癖に」

「しょうがねぇだろ、奥の泉に誰もいなくてどこいるか全然わかんなくなったんだからよ」

「そっか。でも、これで戦力増員されたから、まだ戦えるかな」

 

 グランとジータが俺の左右に並ぶ。

 

「……いや、それはいい」

 

 だが俺は二人よりも前に進み出た。

 

「えっ?」

「俺が見たところ、俺達が束になったところであの化け物には敵わねぇ。だから、こっから逃げないとな」

「でも逃げるには手傷を負わせるしか……」

「いいや。それともう一つ。殿を置く、って手があんだろ?」

「えっ……? いや、でもそれは……」

 

 俺は数歩進んで肩に担いでいた革袋を下ろす。

 

「……ダナン、ダメ。一緒じゃないと嫌」

「……悪いな。俺はオルキスだけの味方じゃねぇんだ。あいつを、見捨てるわけにはいかねぇ」

「……アポロ?」

「ああ。あいつはまだ生きてる。だがこうなった今、あの宰相サンがあいつを殺してオルキスに過去換えさせようとする可能性もある。今はちょっと、隠してあるんだけどな。……今は、戦力に数えられねぇ状態だ。剣の使えないうじうじしたリーシャより弱いだろうな」

「なんでそこの例えが私なんですか!」

 

 軽口を交えつつ、俺は革袋の口を開き手を入れた。

 

「……だから、俺はあいつを回収する必要がある。宰相サンがいる手前居場所は話せないだろ?」

「でもそれは……」

「……ダメ。会えたのに、また離れるのは嫌」

「我が儘になったな。だがそれでいい。けどまぁ、しょうがねぇことだ。俺達にはあの化け物を倒すだけの力がない。意志を通せるだけの力が備わっていない」

 

 ちゃんと準備してきたつもりだったが、足りなかった。元々俺の本分は事前準備による始まる前からの勝利だ。それがこいつらと関わってからというもの、毎回毎回突発的な戦闘ばっかりで嫌になる。

 

「……グラン、ジータ」

 

 俺は前を向いたまま二人を真剣な声音で呼ぶ。

 

「オルキスを頼む」

「……ダメ、ダナン! ダナンも一緒じゃなきゃ嫌」

「そうだよダナン。折角再会できたのにオルキスちゃんと別れるなんて悲しいよ? 僕達が残ろうか? 小声でボスの居場所、教えてよ〜」

「簡単に倒されたヤツがよく言うぜ」

 

 ドランクの申し出を断るように、俺が手に取った一つの武器を取り出した。

 

 それは銃だ。銃身に螺旋のように溝を作ってある、緑の紐を括りつけた簡素な銃だ。ひっくり返すと煙管のような形をしている。

 

「……もしかして、英雄武器?」

 

 『ジョブ』持ちにはわかるのかグランがそう尋ねてきた。

 

「そういうわけだ。現状、黒騎士を除いた最大戦力はClassⅣ。だが自我を失う可能性があり単独でしか残れない。そうなると選択肢は仲間想いなてめえらの団長じゃなく、俺だけ、ってことになる」

 

 俺が残るのが、最も順当な判断だ。残念ながら皆で力を合わせれば、の次元を超えている。結局は誰かが残るしかない。残って止めるだけなら多分俺じゃなくてもいいが、黒騎士を殺させないよう助けるんだったら話は別だ。

 

「僕達も付き合うよ」

「お前一人に雇い主は任せられない」

「やめろ」

 

 傭兵二人を制す。

 

「……俺に、仲間を殺させないでくれ」

「「っ……」」

 

 ClassⅣを使えば俺がどうなるかわかったもんじゃない。そんな場面に、味方を置いておきたくなかった。

 

「……そう言われちゃったら、退くしかなくなっちゃうよ」

「それが狙いだからなぁ。じゃあついでだ」

 

 俺は後ろを振り返りドランクに笑いかける。

 

「俺の唯一の友人に、一生に一度のお願いだ。オルキスを連れて逃げてくれ」

 

 ドランクは俺の言葉に目を見開いて、諦めたように笑った。

 

「……ホントに狡いなぁ、ダナンは。わかったよ」

「約束だぞ? 傷一つつけたら承知しねぇぞ」

「わかってるって。責任を持って守るよ。なにせ、僕の友人たってのお願いだからねぇ」

「任せた」

 

 彼の言葉を聞いて少し安心する。これならオルキスは大丈夫だ。俺は憂いなく前を向けた。

 

「……ダメ! 一緒に、一緒に行かないとダメ!」

 

 顔を見ていなくても悲痛だとわかるくらいには感情的な声だった。

 

「大丈夫だ、オルキス。別に死ぬ気はねぇよ。あいつ足止めして時間稼いで、さっさと逃げて黒騎士回収する。それだけのことだ。……皆と一緒に、って言っただろ。そのためにはあいつも必要だ。だからオルキスは逃げろ。そんでフリーシアの思い通りにはさせてやんな」

「……死んだら怒る。絶対、怒る」

「そりゃ怖いな。精々気をつける」

「……ん。絶対」

「ああ」

 

 なんとかオルキスが引き下がってくれた。さて、そろそろ締めと行くかね。

 

「グラン、ジータ。あいつ倒す手立てかなんか見つけてこいよ。せめてClassⅣ使いこなせるようになっとけ」

「……わかった。必ず戻るから」

「それまで生きていてね」

 

 双子の団長の覚悟が伺える。

 

「ビィ。お前は戦えないんだからせめて激励してやれよ。誰かが折れなきゃ、なんとかなるもんだ」

「う、うるせぇ! 黒い兄ちゃんに言われなくたって!」

「ルリア、イオ。オルキスの友達として支えてやってくれ。黒騎士もいないんじゃ、寂しがるだろうからな」

「……はいっ。ダナンさんも、ですからね!」

「あんたに言われる筋合いはないわよ! ……友達が悲しむのは嫌だから、ちゃんと生きてなさいよね」

「ラカム。あんたにはなんにもねぇなぁ。いがみ合ってること多いし。俺より大人なんだから自分で考えて、もっとどっしり構えてろよ」

「けっ。てめえに言われるまでもねぇ。精々死ぬんじゃねぇぞ。弾丸逸らされたの一勝一敗なんだからな」

「カタリナ。はちゃんとルリア守ってればそれでいいわ。さっきできてなかったしな」

「うっ……貴殿は痛いところを……。だがその通りだ。私ももっと、強くならなくてはいけないな」

 

 いいヤツらばっかりだ。そんなに関わりねぇ俺の言葉をきちんと受け止めてくれている。それに俺の心配だってしてる。お人好しばっかりで、世界がこんな連中しかいないのかと錯覚しちまいそうだ。

 

「リーシャ。お前にはなんもない」

「……わ、私にだけ素っ気なくないですか?」

「だってねぇもん。……お前は充分強いし、デキる人間だ。別に俺がなんか言わなくたって、お前がちゃんとやればどうにかなるもんだよ」

「……」

 

 多少吹っ切れたようだがまだ殻を破れていない、というところだ。

 

「オルキス、ドランク、スツルム、あとオイゲン。アポロのことは任せろ。あいつは俺が守ってやる」

「……あいつ死なせたら許さねぇからな」

 

 父親の脅し声が聞こえてくる。

 

「さて。じゃあやりますかぁ」

「あら。アタシにはなにもないのかしら?」

「はっ。あんたはいいだろ。似たようなもんだし。一つ言うなら、そうだな。後のことは任せた」

「……ええ」

「別れの言葉言うくらいの時間までは作ってやるよ」

「そう、恩に切るわ」

 

 ロゼッタにはなにかを言うまでもない。おそらく、彼女のやることは既に決まっている。

 

「んじゃやるとするかぁ。……てめえら、やりたいようにやれよ。しょうがねぇから、そん時は俺が手伝ってやる。借り一つだ。その代わり、気が向いたら助けに戻ってきてくれ。その時まで生き延びてやるからさ」

 

 勝てるわけもない。死ぬ気はないが生きていられる保証はない。

 

「俺が発動したら全員で逃げろ。振り返るなよ。てめえらへの攻撃は、俺がなんとかしてやる」

「やっと終わりましたか?」

「待ってくれるなんて優しいじゃねぇか、宰相サン」

「ええ。だって別れが感動的になればなるほど、無惨にあなたが死んだ時の絶望が大きくなるでしょう?」

「ははっ。あんた性格悪いなぁ。……俺といい勝負だ」

「なんですって?」

 

 フリーシアは感情を計算に入れてより確実にオルキスになにかをさせたいらしい。

 

「俺はここで俺一人に時間割いてこいつら取り逃がして計画が頓挫した上に、俺と黒騎士すら殺せず吠え面掻くあんたの顔が見たいんだよ」

 

 俺は凄惨に笑った。明確な敵との戦いだ。遠慮する必要はねぇ。

 

「……これが同族嫌悪というモノですか。いいでしょう、そこまで言うならやってみなさい! このユグドラシル・マリスをあなた如きが止められるのでしたら!」

「行け、お前ら!」

 

 そうして取り出した銃、浄瑠璃というそれを掲げて解放された『ジョブ』の名を告げた。

 

「――【義賊】」

 

 【シーフ】系統のClassⅣ、その力の発現である。

 全身を黒く塗って赤い紋様を描き。布で髪を押さえて毛量の多いカツラを被る。黒装束の上に赤と銀の柄をした羽織を着込んでいた。肩に縄を括る様はどこか異色な風貌となっている。

 

 ……気分がいいのう。力が湧き上がってくる。

 

 我の身体の奥底から力がどんどん湧き出てくるようだった。

 

「……珍妙な姿ですね。大して強くもなさそうですが?」

 

 対峙しているフリーシアが嘲笑っている。

 

「はははははっ! 宰相というのはよもや、頭の固い稚魚のことを言うのではあるまいな!」

「なに……?」

「見た目だけで強さを判断するなど愚の骨頂。ほぉれ、これこの通り」

 

 言って我はフリーシアの眼前へと近づき手に持った本を奪い、離脱した。

 

「なっ……!?」

「そう驚きなさんと良かよ。今のはただ盗みを働き我の力を示しただけのこと。そこな物の怪も敵意などがなければ排除しづらいと見た。所詮は人の手によって歪められた紛い物よな」

「……ま、マリス! あの者を殺しなさい!」

 

 フリーシアが焦ったように命令してきて、触手が無数に伸びてくる。我は幾度か浄瑠璃の引き鉄を引いて銃弾を放ち、触手を打ち破る。

 

「我は【義賊】。故に我の正義が名の下に、いざ挑まん。あの者らが逃げ果せた今、悪たるお主を止めてこそ我の我たる意義がある。この世に悪が栄えた試しはなし! お主が世を滅ぼす悪というのなら。我は世のため人のため! 咲かせてみせよう正義の花火!」

 

 腕を回し、脚を踏み鳴らす。

 

「義を以って悪を制す! 天下の義賊とはこの我! 堕難(ダナン)のことよォ!」

 

 開いた右手を突き出し、見栄を張る。

 

「いざ行かん! 我の信じる正義の名の下に!」

 

 こうして、我とユグドラシル・マリスとの戦いが幕を開けた。




補足説明。

本編を先々まで書いていて結局制御できない状態で【義賊】を使う機会がなかったのでここで書いておきます。
制御できない状態でのデメリットについてになります。

一見【義賊】はまともそうに見えますが、自分=正義という図式が前提にあるので自分の行いを阻もうとする者=敵という図式にもなります。
例えば、ドランクが今回一緒にいてタイミングを見計らいそろそろ撤退しよう、と言ったとしても「正義を成す邪魔をするか!」と銃口を向ける結果になります。バッドエンド直行ですね。
なので一応ダナンの懸念は正しいということになります。

ではまた次回。

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