ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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敵わぬ相手

「ぐぅっ!」

 

 木の触手が我の身体を打ち据える。吹き飛ばされたがなんとか空中で体勢を立て直すと右手の指を地面に立てて勢いを殺し着地した。顔を上げれば木の触手が三本迫ってきている。

 

「ぬぇい!」

 

 左手の銃から火を噴かせて打ち破った。

 しかし触手は瞬く間に再生して我を追ってくる。

 

「ユグドラシル・マリス! 早くその目障りな男を殺しなさい!」

 

 マリス本体の近くにいるフリーシアが痺れを切らしたように命令していた。

 

 ……我の銃弾もヤツに届く前に防がれてしまうか。

 

 頭では冷静に考えながらも重い一撃をさらっと打ち込んでくる触手を迎撃していく。しかし銃弾では全ての触手を迎撃することはできず、打ち据えられそうになってしまう。我も義賊として身のこなしにはそれなりの自負を持っているが、それでもギリギリ……いや。

 回避していても追ってきて遂に脇腹に直撃した。息が詰まり吹き飛ばされて地面を転がった先にも触手が待ち構えており、我の身体をまるで毬のように触手が叩いてくる。途中で地面に足を着けて踏ん張り切ることもできないため防御態勢を取ってただ耐えることしかできない。

 

 それでもダメージは入っていき、少しして上から地面へ叩きつけられ体勢を立て直す暇もなく触手で執拗に攻撃された。全身の至るところに痛みが出来ていく。それでも意識は飛ばなかったので触手の来ないタイミングを見計らって退避した。

 

「……害虫並みにしぶといですね。そろそろ諦めて殺されたらどうです?」

 

 無数の痣と傷を作り血を流す我を見てフリーシアが哄笑している。腹の立つ顔だがそれを崩す手立てが我にはない。だが諦めるわけにはいかぬのだ。

 

「ふっ。我は悪を滅する正義の者! 悪に屈することはないわ!」

「ならお望み通り死んでください!」

 

 大見栄切った我を嘲笑うようにフリーシアが命じる。……のだが。

 

「……ぐ、ふぅ……」

 

 その数分後に我はズタボロの状態に仕上がっていた。……どうやらこの珍妙な物の怪は我の手に負える域を遥かに超えているらしい。

 これは一旦退かざるを得ないか。

 

「はっはっは! 見事! まさかここまでやるとは思っておらなんだ! 悪を滅せぬのは嫌だが致し方ない」

「……ここまで来て逃がすとでも?」

「逃げるなどと……戦略的撤退と言ってもらおうか!」

「……」

 

 フリーシアが呆れているような気配がしたが、気にしてはいられない。

 

「これにて御免! 次に会う時こそ雌雄を決する時ぞ!」

 

 我は腰の煙幕玉を手に取って振り上げる。

 

「マリス!」

 

 命じられた物の怪が触手を伸ばしてくるが、その前に煙幕玉を地面に投げつける。ぼふぅん! と白い煙幕がたちまち広がって我の姿を隠す。しかし煙幕を使うことを優先したせいで伸びてきた触手が我の脇腹を刺し貫いた。痛みは無視して無理矢理引き千切ると煙幕の効果がある内に逃げ出した。

 

 ……次こそは必ずや、正義の鉄槌を。

 

 標的を定めて、今は撤退の時と決め潔く逃走したのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ……で、俺は今こうして死にかけてる、ってわけかぁ。

 

 俺は痛む腹部を押さえつつ木の幹を背凭れにして空を仰いでいた。

 

 黒騎士が傷を負う相手だ。ClassⅣでは太刀打ちできない。しかも制御できないモノで、必要以上に時間を稼ぎ戦ってしまった。というかなんだあれ。俺が思ってもないことをべらべらと、しかも本当にその時はあれが信条だと信じて疑ってなかったぞ? 俺が正義のためとか片腹痛いわ。まぁ実際貫かれてんだけど。

 

 だが確かにClassⅢとは隔絶した強さを持っていた。コントロールできずただ戦っているだけだったが、あの状態でのブレイクアサシンは強いだろう。あいつに隙なんてできるのかわからんが。

 

「……【ビショップ】。チッ、まだ無理か」

 

 俺は怪我を治そうと回復が得意な『ジョブ』に変わろうとするが、疲弊が激しすぎるためかできなかった。俺がいる隣の木には黒騎士、いや今はアポロって呼んだ方がいいか。騎士なんてつけられる状態じゃないだろ、今のこいつは。

 俺が置いてきたところに座っていてくれて助かった。言うことに従ったと言うより動く気がないだけだろう。

 

「……こっちに来ないでくれると助かるんだけどなぁ」

 

 淡い期待かと苦笑する。偉そうな口を叩いておいて無様に隠れることしかできないんだからしょうもない。時間稼ぎが充分だったかも定かではない。

 

「……ポーションも使い切ったしもう無理だなぁ。血が足りない、か」

 

 意識が遠退いていくようだ。このまま死ぬ気はないが、どうにもならねぇか。

 

「あ?」

 

 俺が空を見上げていると、茨が檻のように島を包んでいくのが見えた。……茨、ってことはあいつの仕業か。

 閉ざされる直前、飛び立った帝国の戦艦を目にする。おそらくこの茨を作った張本人が外へ放り出したのだろう。化け物へと変えられてしまった子を、彼女が信じる仲間達が戻ってくるまで支えるために。

 

「……ま、島のことならなんでも、って言うならそりゃ島にいる星晶獣でなければ無理だよな。文字通りの意味なら、ってだけだけど」

 

 ある程度予想を立てていたから驚きはあまりない。それよりも茨によって日の光が遮られて涼しい森の中だとちょっと肌寒くなってきた。

 

「あ、そうだ」

 

 俺より寒そうなヤツがいるじゃねぇか。

 俺はなんとか上に着込んでいるローブを脱ぐと地を這うようにアポロの下へと移動しかけてやる。多分大丈夫だとは思うが、確実に俺よりは薄着だ。

 

「……クソ。力が、入らねぇ……」

 

 動いたことで血がどばどば出てきて、俺は堪らず倒れ込む。少しマシにするために傷口が心臓より高くなる体勢を見つけて目を閉じた。……起きたらまず回復。と、あと生活拠点の確保、か……。死んでなきゃいいけどな。

 

 そんなことを思いつつ、俺の意識は暗転していった。

 

 ◇◆◇◆

 

 意識が上がってきて最初に感じたのは冷たい土の感触と土の匂い。ってことはまだ生きてるな。ただ頭がふらふらしている。血を流しすぎたか。

 

「……【ビショップ】、ヒールオール」

 

 じくじくと痛む傷口を早速治す。だが血液が足りない。肉を食べたいが。

 

「そんな飯もなけりゃ、血を洗い流す風呂もねぇか」

 

 とはいえアマルティアへ行く前はサバイバル生活を送っていた。今回は森林内でだが、やることはなにも変わらない。

 俺はふらふらする身体で立ち上がり、傍に意識を失う前と全く同じ状態のアポロが座り込んでいるのが確認できた。……全く動く気配はない、か。こいつは寝たんかね。

 

 意識が落ちる前は少なくとも午後だったはずだが、茨の隙間から微かに溢れる太陽の光から位置を確認して今が午前だと認識した。眠っている間に夜を迎えるという危険を冒してしまったわけだ。しかも俺は血の匂いを漂わせている。魔物が寄ってきて襲われる可能性もあったんだが。まぁその時は一緒にアポロさんにも餌になってもらうしかないな。悪いが。

 ただこうして無事だったことは幸運だ。血が染み込んだ服を洗い身体を流すために川を見つけたいな。これだけ森がある島なら川くらい存在しているだろう。泉もあったことだしな。

 

 ……いや、よくよく考えれば俺達が無事だったのも当然か。

 

「……なにせ、あんな化け物が近くにいるんだからなぁ」

 

 崩壊した建物からは少し離れた位置だったが、フリーシアがユグドラシル・マリスと呼んでいたあいつがいた。しかも別のヤツと戦っている。同じく巨大な、薔薇と茨を操る黒髪の女性だ。どこかで見たことがある、などと惚けるつもりはない。ロゼッタの姿だった。

 だがロゼッタの方が劣勢だ。というより負けるだろう。だがそれで構わないようだ。狙いは勝つことではない。マリスをここに押し留め、時間を稼ぐことだ。

 

 しばらく木の触手と茨が打ち合い暴れ回っていたが、やがてそれらの音が止む。ロゼッタが負傷を省みずにユグドラシル・マリスへと接近し、本体だと思われる少女の部分に抱き着いたからだ。身体のあちこちを貫かれ痛々しい姿にはなっていたが、確か星晶獣ってのはコアを破壊されない限り何度でも復活し、コアはそうそう破壊されない。それでも痛みは伴うはずだ。死なないからできる、ってもんでもないだろう。

 ロゼッタはユグドラシル・マリスに抱き着いた姿勢のまま幾重にも茨を生やし自分ごとマリスを茨のドームに封じ込めた。その後いくら待ってもマリスが出てくることはない。おそらく、あいつらが戻ってきて戦う時が来るまでの間。

 

「……近くであんなのが暴れてたんじゃ、こっちに来るのも無理ってもんだよな」

 

 という状態のようだった。だがもう騒ぎは収まった。この島の星晶獣はユグドラシルだそうだが、ロゼッタが二体目の星晶獣という可能性もある。そして島を司る二体の星晶獣が今一つの巨大なオブジェクトになってしまっている。つまり魔物の統率が乱れ、好き勝手暴れ始めるだろう。今となってはその辺の魔物に負けるつもりはないが、連日連夜戦いになってしまうと流石に疲弊する。強大な力を持ったユグドラシル・マリスに対抗する術がそう簡単に見つかるとは思っていない。短くても一週間、下手すれば一ヶ月は平気でかかるだろう。流石に不眠不休で戦い続けるのは嫌だぞ。

 

「……一先ずは洞窟かなんかの拠点探し。できれば近くに水場があるといいですね、と」

 

 方針は決まった。後はこのやる気のない手のかかるお方をなんとかしたいところだが。俺は座り込むアポロへと屈む。

 

「おーい? アポロ、立てるか? 移動するぞー?」

 

 呼びかけても反応はない。……なんか無性に腹立つな。

 

「……しょうがねぇ、立たせるか」

 

 俺は彼女の脇を持って持ち上げ、立たせる。地面に足が着けば自力で立ってくれた。

 

「移動するぞ、歩けるか?」

「……」

「ったくもう。ほらさっさと行くぞ」

 

 尋ねても答えが返ってこないので、仕方なく彼女の手を引いて歩き出す。俺が引っ張れば逆らわず歩いてくれるようだ。……先が思いやられることこの上ないな。

 

 俺はため息を吐きながら、建物のあった高台の方から降りて、高台の側面が崖になっていた記憶があるのでどこかに洞窟がないかと沿って歩く。道中で食べられそうな果実や野草を採集して回った。食料の枯渇は死活問題だ。できるだけ確保しておきたい。水がまだ見つかっていない分果物の水分を少しでも補給するべきだ。

 俺は適当に齧って生でいけそうなヤツはアポロにも食べさせようとするが、口にすることはしなかった。……渡そうとしても手を出さないし、口に押し込もうとしても口を開かない。丸齧りは嫌だってか、温室育ちめ。

 

 となると、スープかなにかを流し込むしかない。ただ料理器具を作るところから始めなきゃいけないんじゃないか? ……いや、待てよ? 確かこの島に前来た時、シェロカルテの店があったな。あそこがまだ残っていれば、器具を調達できるかもしれない。ただこっからは遠い。壁沿いにもないから器具持ってくるしかできないか。あんまりアポロ連れて長い距離移動したくはないしな。魔物に遭遇する確率が高まって、完全な足手纏いが一人いるだけでも勝敗が大きく左右されてしまう。動くならアポロを安全な場所に置いてからだ。

 

 ということで水場を探しながら洞窟を当たっていく。何度か魔物に遭遇したがなんとか退けられた。そしてある一角に、近くに川が流れている洞窟を発見した。洞窟の広さも問題なさそうだ。

 アポロを置いていくかどうかで悩んだが、結局は手を引いて洞窟の中を進んだ。……獣臭いな。だが今はいないみたいだ。

 

 洞窟の壁につけられた傷跡や散らばった毛を見るに狼のような魔物だな。数はいても十くらいか。問題なく対処できそうだ。だが獣臭いこの洞窟をそのまま使うわけにもいかない。

 ブルースフィアを革袋から取り出し【ウィザード】になると水の魔法を洞窟の端から端までぶっかけて洗う。火と風で熱風を生み出し中を乾かすようにした。多少はマシになったかな。心ここにあらずとはいえ女性も住むわけだから、ハーブかなんかで匂い消しをしてやるか。

 

「ここで、俺が戻ってくるまで大人しく待ってるんだぞ。絶対に出ちゃダメだからな」

 

 言い聞かせなくても動かないだろうが、きちんと言い聞かせておく。被せていただけのローブは羽織らせている。念のため革袋の中身で必要なさそうなモノは置いていく。運べそうなモノがあれば入れて持ってこれるので、できるだけ出る時の荷物は減らしておきたかった。

 

「さて、出るか」

 

 ローブがないとフードがないとはいえグランの恰好に近くなってしまう。ちょっとどうかとも思ったが、今は贅沢を言っていられない。

 俺は彼女を置いて洞窟を出ると、枝を拾い集めて洞窟の入り口前に置き魔法で火を点ける。これで多少は魔物が帰ってきても時間が稼げるだろう。念のため枝の数を増やしておき、煙が風向きによるところはあるものの洞窟内に入っていかない距離だと確認し、洞窟から離れていく。

 

 まずはシェロカルテの万屋出張所が残っているかどうかだが……。

 

「残っているとは、言えねぇなこりゃ……」

 

 この島から撤退していたわけではなかったが、そっくりそのまま残っているわけでもなかった。店はあった。ただまぁマリスのせいなのか残骸しかなかったのだが。

 とはいえ撤収しているわけではないのなら問題ない。壊れた建物の破片を退けつつ目当てのモノやもしかしたら必要になるかもしれない道具などを片っ端から革袋に放り込んでいく。調理器具は無事だった。汚れてはいるが洗えば使えるだろう。縄なども必要になる可能性が高いので持っていく。革袋がいっぱいになったところで確かな成果を得たと顔を綻ばせて洞窟の方へと戻っていった――と洞窟を取り囲む魔物も群れを発見してしまった。

 

 火を警戒しているのか中には入っていなかったが、唸り牙を剥く黒毛の狼達がいる。数は七か。

 

「……しょうがねぇ。今夜は狼鍋になるかねぇ」

 

 俺は言って、洞窟を警戒しているヤツらの背後から近づき短剣を抜き放って襲いかかる。こっそりと忍び寄り飛びかかって脳天に刃を突き刺し一体。突然の襲撃者に驚いている内にもう一体。警戒して距離を取ったところで【アサシン】へと姿を変え投げナイフで一体。その隙にと襲いかかってきたヤツはバニッシュで背後に回り頭に上から柄で殴りつけて頭蓋を砕く。俺を強敵と判断したのか残った三体が一斉に襲いかかってくる。左右と正面の三方向だ。俺は【アサシン】を解除して俺から見て左のヤツの頭を掴み強引にぶん回して二体を殴りつける。掴んだヤツは喉元に短剣を突き刺しておいた。殴った二体はすぐに起き上がると左右から飛びかかってくる。短剣をしまい【ファイター】へと変化した俺は、腰のブルドガングを抜き放つと同時に振るい二体同時に両断した。……やっぱ武器が違うと戦いやすさが段違いだな。

 

 俺は始末した七体の魔物の血抜きをするために血があまり出ていないヤツは喉元を掻っ捌いて尻尾を持つ。素早く川へと向かい水に浸けて血抜きを加速させていく。短剣を拭い他に誰の目もないので衣服を脱ぎ去って全裸になり冷たい水の中に飛び込む。……あぁ、冷たくて気持ちいい。身体を水で洗い服も上半身のモノだけ水に浸けてごしごしと擦り汚れを落としておく。頭から水を被ってさっぱりして川から上がり、身体が乾くまでの間全裸で、集めてきた道具で汚れて使えなさそうなモノを洗っておく。身体が乾いてからは上半身以外の服を着込み獲物と革袋、塗れたシャツと着けていない胸当てを持って洞窟へと戻っていった。荷物は多いが仕方ない。焚き火は燃え尽きかけていたが充分に使命を果たしてくれた。ある程度枝を集めておいて、常に燃やしておくことにしようか。バリケードかなんか作れればいいんだが、それは当分先になりそうだ。衣はまぁ置いておくとして。住を充実させるのも手だが先に食を確立させておきたい。

 奥へ行くと変わらず座り込んだ様子のアポロがいた。革袋から出しておいた武器や道具なんかも触られた様子はない。とりあえず道具の類いを革袋から出して並べておく。胸当ても今はいいか。そしたらまた革袋とでかい鍋を持って、洞窟の外へ出る。支えになりそうな太い枝を数本と、薪にするための枝をたくさん回収していく。木の実や野生の野菜もだ。充分回収してから最後に川で鍋に水を汲み洞窟へ帰還した。

 

 薪にするための枝は洞窟の入り口付近に積んでおき、火を絶やさないよう適宜焚き火へ放り込む。

 そして薪の上に鍋を置けるように、枝を二本が交差するように地面を掘って突き刺した。それを左右に作る。奥へ戻り持ってきた縄を短剣で切って二つ持っていく。交差させた部分を縄で縛り固定した。試しに鍋の取っ手に棒を通して交差させた上に枝ごと鍋を置いてみる。……ちょっと不安定な気もするが、まぁ初めてにしては及第点かな?

 

 丸齧りじゃ嫌らしい我が儘なお姫様にスープを作ってやらないといけない。調味料は壊れた店から持ってきているので味つけも多少不満はあるものの美味しく食べられるくらいには作れるだろう。水を熱している間に魔物を捌いていく。包丁があるとやっぱりやりやすい。毛皮は……まぁ取っておくか。敷物に使えるかもしれない。川で洗っておこう。肉と野菜などを適当に使ってスープを作っていく。二人分にしては多くなってしまったが、まぁ明日に取っておけばいいだろう。器も無事だったモノは二個ずつ回収してきたので、鍋を抱えて奥へと向かう。美味しい匂いに釣られたのか、微かにアポロの顔が動いたが。でもそれだけだった。

 

「もうちょい待ってな」

 

 まだ熱々のままだ。多少冷めた方が食べやすいだろう。その間に俺は川まで行って狼の毛皮を洗いハーブを擦り込んで獣臭さを多少打ち消す。……これくらいなら不快にならないかな。

 戻ってきたところで道具などの下に毛皮を敷いていく。動かない人形姫様を抱えて退かし毛皮を置いて元の位置に戻す。お前はホント自分で動け。

 

 そうこうしている間に鍋の中身がいい感じに冷めてきていた。器に装ってスプーンと一緒にアポロへと差し出す。

 

「ほら食え。食って生きろ。お前を生かすのが俺の役目だ。オルキスが皆一緒がいい、って言ったんだ。そこにあんたもいなきゃいけないんだよ」

「……オル、キス……」

「そうだ、オルキスだ」

「……」

 

 話しかけるとその名前だけはぼそぼそと呟くが、それ以外には全く反応しない。俺の料理すら食べようとしなかった。

 

「あーもう、ったくよ。俺が食べさせてやんなきゃいけないのか?」

 

 そこまでやるとなると本当に人形遊びに近い状態となる。とはいえ食わなければ飢え死にするだけだ。

 俺は器とスプーンを持ったまま近づきスプーンで一掬いして差し向けた。

 

「ほら食え」

 

 しかし彼女は全く反応しない。

 

「口を開けろ。口を、開けろ」

 

 一回言っても聞かないので二回言ってみた。すると僅かながら口を開いてくれる。微かにだが自我があるようで、何度も言っていれば大人しく従ってくれるのかもしれない。

 

「よし」

 

 俺はスプーンの先を口の中に捻じ込んで飲ませた。スプーンを引き抜いて今度は具材ごと食べさせる。器一つ分食べさせてやってから、俺は器を持たせスプーンを持たせて自分で食べるように動かしてやる。三分の一をそうやって食べさせてから「自分で食べろよ」と言って自分の分を装い食べ始める。ちょっと物足りない気もするが贅沢は禁物だ。

 アポロの様子を見てみると、かなりゆっくりではあったがきちんと自分で食べていた。こんなに素直だと逆に怖い。だが一度教えればやってくれるようにはなるので良かった。

 

「……あ?」

 

 と、不意に一つ考えた。

 

 ……排泄とか水浴びも、まさか最初は俺が手伝うんじゃねぇだろうな?

 

 いや流石にそれはないか。でも心を失ったということは羞恥心もないから今はなんとも思わない可能性も捨て切れない。ただそれも「今は」だ。元に戻ったとしたら確実に殺される。

 

「……流石に、それはねぇ、よな?」

 

 最初会った時のオルキスよりも機械的に食べている黒騎士を見て尋ねるが、反応が返ってくることはなかった。

 俺は嫌な予感を湛えつつ、アポロとの共同生活を開始するのだった。




黒騎士の状態ですが、原作より塞ぎ込んでます。
ダナンがいるから自分でなにもしなくていいという意識がそうさせている、と思ってください。

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