ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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ユグドラシル・マリス討伐戦

「オイラに任せろぉ!」

 

 俺達が到着した時には、既に戦いの幕が上がっていた。ビィが勇ましく吼えると、赤い光を放つ。するとユグドラシル・マリスから放たれる威圧感が緩和されたような気がした。……ほう。あのビィが役に立ってるぞ。

 

「皆、行こう! 【ベルセルク】!」

「決着をつけるよ! 【ウォーロック】!」

 

 ジータの方は知らないが、まぁ俺が知らないってことは【ベルセルク】や【義賊】と同じClassⅣなんだろうな。躊躇なく使ってる、ってことはちゃんと習得しやがったってことか。……チッ。突き放されちまったな。

 

「行くぞ!」

 

 傍目から見ていても、全員が強くなっているのがわかった。俺も多少は強くなったが、伸び率は他のヤツらの方が上だろう。よく見ると全員装備品も変わっている。力を蓄え装備を一新して、確実に勝つために来たってとこか。そういやスツルムとドランクも装備変わってねぇか? なんか俺だけ変わり映えしなくて、疎外感を覚える。

 

「皆、随分と強くなったのね」

 

 変わらないのは元からなにも着ていないビィ、装備を一新する必要のないルリアとオルキス、そして俺と同じくこの島で彼らを待っていたロゼッタだ。ロゼッタは俺と同じで他のヤツらの成長過程を知らないので感慨深そうにしている。

 

「ったく、ホントだよ。ちょっと見ない間に強くなって装備も変えて、俺達だけ疎外感あるじゃねぇか」

 

 マリスと戦い始める連中の後方から俺達は姿を現した。

 

「……ダナン」

 

 オルキスがこちらに気づいて近寄り抱き着いてくる。頭を撫でてやる前に、彼女がアポロの存在に気づいた。

 

「……ア、ポロ……?」

 

 その変わり果てた姿に、オルキスは愕然としているようだ。

 

「……」

 

 アポロはなにも答えない。ここからはオルキスの仕事だ。

 

「ちょっと心を折られちゃってな、こうなっちまった。悪いが、オルキスが目を覚まさせてやってくれ」

「……私が?」

「ああ。これは、お前にしかできないことだ」

「……」

 

 アポロが黒騎士になるほど上り詰めた要因は、彼女の存在だ。俺じゃあない。

 

「……わかった。やってみる」

「頼んだ」

 

 オルキスがこくんと頷いたのを確認し、俺はアポロから手を離してオルキスに後を任せる。

 

「それじゃあ僕達も参戦しよっかな~」

「ああ。存分に振るってやる」

 

 ドランクが小さい宝珠を飛ばし、スツルムがマリスへと駆け出す。宝珠の移動速度が上がっている。その上、そこから放たれる魔法もきちんとマリスの触手を吹き飛ばす威力を持っていた。スツルムも身体能力が向上しているのか触手を切り裂きながら近づき、本体へと攻撃を仕かけている。

 

「ライトウォール・ディバイド」

 

 カタリナが迫り来る触手四本に対して四つの障壁を作り出した。一つの大きな障壁で防ぐのではなく、小さく分けることで展開速度を上げそれぞれの触手に対して障壁が最も強く作用する正面の角度になるようにしている。一方からの攻撃だけでなく多方面の防御にも強くなったようだ。

 ちなみに装備を一新するのはいいんだがなんで臍を出した? そこはちゃんと鎧で守っておこうぜ。

 

「スピットファイア!」

 

 ラカムが新しくした銃から以前なら奥義ほどの威力があったのではないかと思われるほど強力な一撃を放つ。触手を三本まとめて撃ち抜いた。更に続けてスピットファイアを放つと、先程よりも威力が上がっている。モニカの紫電みたいなモノなのか、使えば使うほど威力が上がり能力が向上していくようだ。

 

「オートイグニッション、ってなぁ!」

 

 黒いコートを肩に羽織り貫禄の上がったオイゲンが、なにやら技を使用する。その後が驚きだった。

 

「たらふく喰らいやがれ、ディー・ヤーゲン・カノーネッ!」

 

 特大の弾丸をマリスへとぶち込んだ。普通、奥義を撃った後は反動があるせいで続けて奥義を撃つことはできないのだが、

 

「もういっちょ! ディー・ヤーゲン・カノーネッ!」

 

 すぐに次弾を撃ち込んだ。更にもう一発、奥義を放つ。多分だが続けて奥義を撃てるようになりつつ奥義の火力自体も上がっている。とんでもない技だ。

 

「魔力の渦」

 

 イオが杖に魔力を集中させる。ぐんと身に纏う魔力の質が上がる。その状態で放った魔法は威力が高いのだが、またしても魔力の渦を溜めると更に威力が上がる。魔力の渦は普通に魔法を使う分には消えないらしく、最大まで溜めた状態の攻撃や回復は今までの比ではなかった。

 

「やぁ!」

 

 装備こそ変わっていないが、目覚ましく成長を遂げているのはリーシャだ。風を纏い移動速度を上げながら剣と風の両方で触手を細切れにしながら戦っている。その顔に憂いや不安が見て取れないことから、精神的な成長を遂げたのだろうと当たりをつけた。

 

 仲間達の活躍も凄まじいが、なによりも圧巻なのはグランとジータだ。

 

「おらおらおらぁ!」

 

 相変わらず精神には影響が出ているようで、獰猛な笑みを浮かべながら斧を振るってはいる。だがどちらかと言うと戦いを楽しんでいるようで、以前のような見るモノ全てを威圧するような無差別な殺意はなかった。

 触手をばっさばっさと切り払い突き進む姿は強者のそれだ。身体能力も前より上がっていると思われるので、完全に使いこなしていやがる。

 

「どんどんいくよー。もう、魔法の研究の方が楽しいのに」

 

 初めて見る『ジョブ』だが【ハーミット】の上位だろうとはっきりわかるような姿をしている。杖を振るえば火が、水が、土が、風が、光が、闇が、あらゆる魔法がマリスへと放たれダメージを与えていく。次々と放っているのに関わらず疲労する様子はない。

 

「……ホント、ちょっと離れた間に突き放されちまったなぁ」

「ええ、本当に強くなったわ、あの子達」

 

 俺とロゼッタはおそらく同じ気持ちで皆を眺めている。オルキスは必死にアポロへと声をかけている。そこでようやくビィがこちらに気づいた。

 

「だ、ダナンじゃねぇか! いたなら声かけてくれよぅ!」

「ははっ、悪いな。それより見てたぞ、ビィ。強くなったんだな」

「……っ! へ、へへっ! オイラだってもう役に立てるんだぜ!」

 

 ビィは俺の言葉に感極まりそうになっていたが、明るく胸を張った。……ホント、少し見ない間になにがあったんだってくらいに成長しやがって。

 

「そういえばオルキスちゃんが……黒騎士さん?」

「ちょっと心にダメージがあってな。今はオルキスに任せておけ」

 

 虚ろな人形と化したアポロを見てルリアが表情を歪めるが、今はオルキスの時間だ。

 

「あんたはいかないのか?」

「アタシ? 残念だけどあの子を抑えてたからもう疲れちゃったのよ。今回は見てるだけにするわ」

「そうかい」

 

 流石に限界なようだ。若しくはまだ戦えるがもう少し皆の成果を見ていたいのか。

 

「……俺も参戦したいが、今の実力じゃ足手纏いになりかねぇな」

 

 格段に強くなったあいつらの中に混ざるには、今の実力じゃ足りない。大事なところで足を引っ張ることがないように後ろで控えていよう。あとオルキスとアポロの方をこっそり窺っておく。

 

「そんなこと気にしてなくていいんじゃない? 自分が合わせるんじゃなくて相手に合わせてもらう、っていうのも共闘でしょ?」

「どうもそれは苦手だ。なにより俺が自由にやって合わせられるのがドランクぐらいしか思いつかねぇ」

「あら。それはそうかもしれないわね」

 

 俺はあまり正攻法を取らない。如何に楽に勝てるかを目指していきたい。とはいえこいつらの場合どこへ行ってもそんな余裕のない強敵とばかり戦うから、俺の主義に反するんだが。

 

「それに、あっちの二人も気になるしな」

 

 俺にとっては今回の最重要がオルキスとアポロだ。グランやジータの場合、この時点である程度勝てる算段がついた状態なので、特に心配はしていない。

 

「……そう」

 

 俺の言葉を受けて、ロゼッタはそれだけ言った。耳を澄ませればオルキスが離れた後の話を聞かせているのが聞こえる。

 

「そういえば言ってなかったけど、あなたのお父さんと知り合いなの」

「あ?」

 

 急にそんなことを言い出されて、思わずロゼッタの方を向いてしまう。彼女は妖しげに微笑んで俺を見ていた。

 

「ここから逃がす前に、ちょっと話したのよ。アタシはあの二人のお父さんやリーシャちゃんのお父さん、あなたのお父さんと一緒に旅をしていたの。あなたのお父さんは本当に、酷い人だったわ」

「……そうかい」

 

 言われなくてもなんとなくはわかってるつもりだ。あの緋色の騎士も嫌いなようだったし。俺も嫌いだ。

 

「今にも死にそうなお年寄りがいたら行ってトドメを刺し、引っ手繰りが現れれば殺して奪った荷を報酬として貰い、信念を持って立ち塞がる敵がいればその信念を打ち砕いてボロボロにする……それはもう、酷かったわ」

 

 話を聞くだけでも最低なヤツだとわかる。

 

「アタシ達が一緒にいてもそんなことができたのは、彼がとても強かったから。彼を止められるのは二人のお父さんだけだった。ヴァルフリートも善戦はするんだけど、『ジョブ』の力を持っている分対応力で匹敵できるあの子達のお父さんしか止められなかった」

「うちの身内が迷惑かけたようで悪いな」

「身内だなんて思わなくてもいいわよ。彼は確か……適当に子供作らせて『ジョブ』受け継いだヤツがいたら殺さないでおくとか言ってたから、そのおかげであなたが生きてるんでしょうね。代わりに子供を生んだ母親と、『ジョブ』を持ってなかった子供達は多分殺されてるわ」

「……聞けば聞くほどとんでもねぇな」

 

 人と呼んでいいのかそいつ。まぁ俺が人なんだから母親がなんであろうと人なんだろうが。

 貴重な話が聞けた、と喜んでいいのかはわからないが、兎も角いつかそいつは始末しておきたい。これ以上被害を出さないためにも、なんて綺麗事を言うつもりはないが。

 

「ん? 『ジョブ』が受け継がれなかった、ってことは可能性としてあの双子でも片方が『ジョブ』持ってない、ってことになったかもしれないってのか?」

 

 話を聞く限りでは、『ジョブ』を子供が持っているかどうかは確率の問題のような気がする。

 

「いいえ」

 

 しかしロゼッタは俺の懸念を否定した。

 

「あの子達の場合は、お母さんが特別だったから。確実に受け継げるってわかっていたの」

 

 ほう。つまり特殊な人が母親なら、『ジョブ』を受け継げるってことなのか。そういう存在があのクソ野郎にはいなかったから、手当たり次第で不確かな確率を引き当てるまでやったってことか。なんの目的があってそんなことをしたんだか……いや目的なんてねぇか。気紛れだろうな、どうせ。

 

「……どうやら悠長に話している時間はもうなさそうね」

 

 ロゼッタに言われるまでもなく俺にもわかった。マリスの触手が増えているのだ。そのせいで数の問題か対処し切れない触手が増えてきていた。それでも戦っているヤツらが狙われるなら回避などもできるみたいだが、こちらにも迫ってきていた。……俺はいいがオルキスの邪魔をさせるわけにはいかねぇ。

 

「【グラディエーター】」

 

 ClassⅢの中では強い方の『ジョブ』を使いブルトガングとイクサバを手に取る。武器の性能頼りになるので俺でもなんとか触手が斬れた。しかし数が増えるに従い対処できなくなっていく。ロゼッタは本当に限界なのか手出ししないようだ。

 

「っ……!」

 

 明らかに強い。なんであいつらはこんなモノを易々と破壊できるんだよ。

 実際に触手を今受けてみてわかる。俺じゃ対処できない。

 

「ディストリーム!」

 

 手に負えなくなってきて片手で五回ずつ斬撃を放ち触手を切り払うが、それでもすぐに再生してしまうせいか一本通させてしまう。その触手はオルキスを狙っていた。

 

「チッ!」

 

 舌打ちして他を構わず触手を斬ろうとするが、間に合わない。その先にいるオルキスが、アポロに話しかけるのをやめて目を閉じ触手を受け入れるかのように棒立ちしていた。

 ……ふざけんなよ。やっと皆と一緒いたいっていう願いを持って、やっと自分を認めてきたところだろうが。まだその願いが叶ってないってのに、どうしてそう簡単に死を受け入れられる。人には我が儘になった癖に、なんで自分の命を諦めるんだよ。

 

 その様子に苛立ちが募る。ロゼッタとの話を聞き入ってしまいほとんど聞いていなかったが、自分が死んでもいいなんて思いではなかったはずだ。

 

 ――短い付き合いの俺が苛立ち叱ってやりたくなるような行動だ。俺より付き合いの長いあいつが、動かないわけがなかった。

 

「っ……!」

 

 オルキスの前に立ち塞がったあいつは、素手で触手を打ち払う。後ろのオルキスは衝撃がいつまでもやってこないことを不思議に思ってか目を開き、自らの前に立つ背中を驚いたように見上げる。

 

「……アポロ」

「ふざけるなよっ……貴様、私への当てつけのつもりか!?」

「……ち、違う」

「じゃあなんだと言うんだ! 私が昔のオルキスを復活させたいと思っているからか!? 今の貴様がどうでもいいと思っているとでも思っているのか!」

 

 いつだって不機嫌そうな顰めっ面と威圧感と張りのある声。

 

「大体、貴様がさっき言ったんだろう!? 『私はここにいる』と! その貴様が、今の自分を諦めてどうする、オルキス!」

 

 彼女を叱るように言葉を続けた黒騎士は、初めてオルキスをオルキスと呼んだ。それは、オルキスを取り戻すために使う人形としてではなく、人として今のオルキスを見ているということを認めたことになる。

 

「……っ」

 

 オルキスは叱られたことと名前を呼ばれたことで感情を揺さ振られてか俯いてしまう。

 

「おい、貴様ら! いつまでちんたらやっているつもりだ!」

 

 黒騎士はつかつかと歩き出し戦っている連中にも聞こえる声で告げる。

 

「おっと。怖~いボスのお目覚めだ」

「全く、本当に手間のかかる」

 

 傭兵二人は普段と変わらぬ物言いではあったが、顔に喜びが出ていた。

 

「黒騎士さん!」

「あ、アポロ!」

 

 彼女の存在に気づいていたのかどうかは知らないが、紛れもない黒騎士の参戦に味方が沸き立った。俺は黒騎士へとブルトガングの柄を向けて差し出す。彼女はこちらに見向きもせず柄を握って乱暴に剣を取った。

 

「さっさと決着(ケリ)をつけるぞ!」

 

 彼女の勇ましい声に後押しされて士気が増した面々は、七曜の騎士たる彼女の助力もあって瞬く間にマリスを追い詰めていく。弱らせたところでまたビィが力を使いコアから魔晶を分離させた。……弱らせるだけじゃなくてそんな効果もあるのか。

 そんな活躍を眺めていた俺は、近づいてくる小さな足音に気づく。オルキスが俺の隣に来たようだ。少し動揺した様子の彼女の頭に、こつんと軽く拳を落とす。

 

「……痛い」

「当たり前だ。俺も怒ってるからな、オルキス。皆で一緒に、って言うならまずは自分がいないとな」

「……ん。ごめんなさい」

 

 反省しているようなので、しつこくは叱らず頭を撫でて心が落ち着くようにしてやる。

 

「なんにせよお前のおかげで黒騎士復活だ。……もうちょっとだな」

「……ん」

 

 マリスは倒し、連中は喜びに包まれている。

 あとは帝都アガスティアへ行くだけだ。そこで、全てを終わらせてやる。


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