無事、グラン達は協力してユグドラシル・マリスを倒した。魔晶を取り除くことでユグドラシルを解放することもできた。黒騎士も復活したし、万事めでたし、といったところなのだが。
「ダナン。一発殴らせろ」
「は?」
俺は命の危機に瀕していた。
「意味がわかんねぇな。なんで俺が殴られなきゃいけない」
「わからないとは言わせんぞ! 今日までの日々を思い返せ!」
声を張り上げる黒騎士の顔は少しだけ赤かった。……あぁ、なるほど。そういうことね。理由は察した。だが納得はできない。
「どれのことだかわっかんねぇなぁ。あれか? 自分から動こうともしないお前を水浴びに連れて行ったことか?」
「っ!」
もっと具体的に言えば身体を洗ってやった。だがこれには俺も言い分がある。自分でやらないのが悪い。
当たっていたようで、明確に顔が赤くなっていた。
「だがあれは不可抗力だ。というかお前が自分で動かないからいけないんだろうが」
「精神状態上無理だ! 大体貴様が放っておけば良かったんだ!」
「なんだと? じゃあお前は二週間もこんな鬱蒼とした森の中でお前を彷徨わせて、身体を洗わずにこいつらと合流した時に『……アポロ、臭い』とかオルキスに言わせりゃ良かったってのか!?」
「そ、それは……」
「自分で行くようなら行かせたさ! だがそんな状態じゃなかったんだから俺が手伝ってやるしかねぇだろ!」
「だ、だとしても他にやり方があっただろう!」
「知るか! 俺は生憎自分で動かないヤツの介護なんかしたことないんでな!」
売り言葉に買い言葉。俺と黒騎士は人目も憚らず言い争いをする。
「……おいてめえ……嫁入り前のうちの娘の裸見たってのか……?」
そこへ底冷えするような怒れる父の声が聞こえてくる。
「だから不可抗力だって言ってんだろうが!」
「貴様は入ってくるな!」
「いいや俺も入らせてもらう! 一人娘が裸見られたとあっちゃあ黙ってられるかよ!」
「さっきから裸裸と連呼するんじゃない! 大体こいつは見た程度じゃないぞ!」
「なんだと!? てめえまさか……死ぬ覚悟はできてんだろうなぁ!?」
「なに俺が隠してやろうとしたことお前がバラしてんだよ! バカか!」
「バカとはなんだ! 貴様がもっとやり方を考えてさえいればこんなことにはならなかっただろう!」
「おいてめえまさかアポロが抵抗しないのにいいことに手ぇ出したんじゃねぇだろうなぁ!」
「おいこいつ暴走してんぞ! お前なんとかしろよ娘だろ!」
「悪いが親子の縁を切った身だ」
「こんな時だけ冷静になるんじゃねぇ!」
あまりの言い合いに息を切らしてしまう。
「……クソッ。兎も角俺は悪くねぇ。裸見られるのが嫌なら自分で動け。んで娘が大事ならそろそろ水浴びしないとなってなる前に助けに来い。以上!」
「確かに一理はあるな。だが殴らせろ」
「は?」
「俺が情けねぇせいなのはわかってる、だが殴らせろ」
「は?」
どかっばきっ。……それぞれ一発ずつ痛いのを貰った。クソ、なんで苦渋の決断をした俺が殴られなきゃいけないんだ。ってかそんなとこで息合わせるんじゃねぇよ親子。
「……ダナン」
地面に倒れ伏した俺にドランクが小声で話しかけてくる。
「後でボスの身体触った感想教えてよ〜。凄かったんでしょ?」
……お前それ、俺以上にやられんぞ。
「ぎゃああああぁぁぁぁ!!」
次の瞬間にはドランクの悲鳴が聞こえ、彼も地面に突っ伏した。黒騎士、オイゲンに加えてスツルムも混じってるな。しかも一発どころじゃない。
オルキスが拾った枝でドランクを突いていた。
「あははは……なんか元通りって感じだね」
俺とドランクが仲良く倒れていると、やり取りに苦笑したグランが言う。いやグランだけじゃなく他のヤツらも苦笑していた。妙な居心地の悪さを感じながら立ち上がる。ドランクもダメージは薄いのか同時に立ち上がった。
「……アポロ、私にはダメって言ったのにダナンと一緒にお風呂入ったの?」
「ち、違う。仕方がなかったんだ」
オルキスに尋ねられた黒騎士が狼狽えていた。……ほら仕方がなかったんじゃねぇか。
「……」
オルキスはそれ以上なにも言わずじっと黒騎士を見つめている。逆にそれが責められているように感じるようだ。
「わ、わかった。では次に機会があればお前も入ればいい」
おいこら俺に押しつけんな。
「……」
オルキスが「……わかった」と言ってしまうのではないかとはらはらしたが、彼女は少し俯いて頬を染めた。
「……ダナンとは、ちょっと恥ずかしい」
おやおや? どうやらオルキスさんにも恥じらいというモノが芽生えたようですよ? スツルムやドランクがなにか知った風なのは気に入らないが、まぁ彼女も色々あって少し成長したんだろう。そう思っておく。
このままだと変な空気になりそうだったので、俺は話題を変えることにする。
「そういやお前ら随分強くなったじゃねぇかよ。特にグランとジータ。二人共ClassⅣ使えるようになりやがって」
「まぁね。僕達の故郷――ザンクティンゼルにいるお婆ちゃんがClassⅣについて知ってたから、鍛えてもらったんだ。おかげでとりあえずそれぞれ【ベルセルク】と【ウォーロック】は使えるようになったよ」
「うん。取得条件は、ClassⅢの『ジョブ』を使ってClassⅣまたはその真似事ができるお婆ちゃんを倒すこと、だって。真似の分お婆ちゃんを相手にした方が簡単になるみたいだけど。もし今ダナン君が【ウエポンマスター】で私達のどっちかに勝っても会得できるんだ」
「そりゃ手厳しいな。ってことは俺も一回行っといた方がいいか」
【義賊】を会得したいしな。
「う、うん。そうだね」
ジータは頷くがどこか気になることがあるようだった。それがなぜかはわからなかったので、今は一旦置いておく。
「お前らも強くなってたし装備も変えやがってたが、一番驚いたのはビィだよなぁ。よしよし」
「な、撫でるんじゃねぇや! ……オイラだってやる時はやるんだよ」
戦えなかった状態から要になるまでになったのだ。充分褒めるに値する。ビィの頭を撫でてやった。あの撫で方はしない。あれは褒める時に使うヤツじゃないからな。
「……む。貴様、そのコート……」
とそこで黒騎士がオイゲンの服装で気づいたことがあるようだ。
「おっ? 気づいたか? これは俺が全盛期の時着てたヤツだからな。懐かしいだろ?」
娘と自然に会話できるせいか声を弾ませてコートを見せるオイゲン。
「ふん。私がダナンとサバイバルを強いられてる時に、貴様は呑気に実家へ帰っていたわけか」
「ち、違ぇって。これがあるとやっぱ気合いが入ってこう、発揮できる力も違うっつうかよぉ……」
「ふん」
「あ、アポロ……」
自分から話を振っておいて冷たい娘さんである。
「皆さんザンクティンゼルにいたそのお婆さんに色々と教えてもらっていたんですよ。私は違いますが」
リーシャが一歩前へ出てそう言ってくる。自信のなさがあまり見えない。こいつも変わった、のかどうかはこれから確かめてやるか。
「なんだ? わざわざ前に出てきて、俺に褒めて欲しいのか?」
「違いますよ。あなたに褒められるまでもなく、私は強くなりました。もう以前のようにはいきません」
以前なら顔を赤くしたところを、平然として返してきやがった。……ほう。これはちょっと成長したみたいだな。でなけりゃあそこまで戦えるはずもない、が。
どこか誇らしげに胸を張るリーシャを見て、しかしこの程度で俺が諦めるわけがない。
「そっか。頑張ったんだな、リーシャ」
俺は笑顔を浮かべてリーシャの頭を撫でてやる。すると誇らしげだったリーシャの顔が真っ赤になった。……なんだ。
「全然変わってねぇじゃん」
「小娘を脱却したかと思ったが、まだまだ小娘だな」
しばらく姿を見ていなかった俺と黒騎士が呆れて言う。
「ち、違います! 私はその、ちゃんと強くなったんですから!」
「それはわかってるって。でもからかわれるとすぐ赤くなるのは変わんないんだよな、って」
「心が強くなったんですからもう大丈夫だと思ってたんですよ……」
でも結局ダメだった、と。まぁ俺としては楽しみが減らなくて良かったんだけどな。
「……やはりリーシャ殿はダナンを……」
「ち、違います! 違いますからね!」
「ん? 俺がなんだって?」
「な、なんでもありません!」
慌てるリーシャを見て追及したくはなるが、今はやめておこう。
「さて。じゃあ後は、全ての決着をつけに帝都アガスティアへ、ってことでいいんだよね?」
グランが本題へと移す。
「ああ、それでいい。星晶獣アーカーシャはお前達より先に来た帝国兵が回収していた。茨の檻を破ってマリスでお前達を倒しオルキスに命令するのではなく星晶獣の回収を優先したということは、ヤツはなんらかの手段でオルキスとルリアを抜きにアーカーシャを起動させる算段をつけているはずだ」
黒騎士が真面目に返した。やはりきちんと戻る前の記憶を持っているようだ。
「ルリアとオルキス抜きに、か。どんな手かはわからないが、どちらにせよ帝都アガスティアへ向かいフリーシアの目論見を止める必要があるわけか」
「そういうことだ」
いよいよ最終決戦って感じだな。
「とはいえ帝都ともなれば帝国の全戦力を相手取ることになってもおかしくはない。魔晶を持ったポンメルン、フュリアス、ガンダルヴァ、そして大将アダム。フリーシアには戦闘能力こそないもののなにか他にも策を出してくるだろう――他のマリスとかな」
一人一人は相手にならないとはいえ大勢の兵士もいる。となるとこの人数で攻め込むには厳しいだろうか。黒騎士も二週間ほとんど運動していないので身体が鈍っているはずだ。あと黒騎士としての鎧と剣は取り返した方がいいだろう。
「そういやリーシャ。こいつの鎧と武器はどこいった?」
「えっ? ああ、それならフリーシア宰相が私の方から真王へ返還しておく、とかで受け取っていましたよ」
「そうか。だがヤツもヤツで多忙な身。真王に返還することなどできはしていないだろう。つまり私の装備は帝都にある可能性が高い、か。どちらにせよあそこにはスペアもある。それまではこの恰好で我慢するしかないか」
「俺の外套は返してくれねぇの?」
「同じのを何着も持っていただろう」
「まぁな。じゃあとりあえずの服買いにどこかへ寄ったらどうだ? いつまでのそんな恰好でいるわけにはいかないだろ」
「いや、これで充分だ」
ちょくちょく洗ってはいるが二週間も着ていたので愛着でも湧いたんだろうか。まぁ本人がいいって言うならいいか。
「帝国の戦力ってぇと、あとあれか。アドウェルサってヤツもあるな」
「そんじょそこらの兵士よりは厄介だよなぁ。そうなると流石に帝国の全戦力相手にすんのは厳しいか? 援軍の一つでも欲しいとこだが……」
オイゲンの言葉に皆が頭を悩ませる。例えこいつらが一騎当千の猛者だったとしても、何万と押し寄せられたら手に負えないだろう。しかもまだ強いヤツは他にも存在している。
「それなら私が秩序の騎空団へ援軍の要請をしましょうか?」
そこでリーシャが提案する。
「いい案ですね。じゃあリーシャさんには秩序の騎空団を率いて帝都に来てもらうってことで……」
「ちょっと待ってもらってい~い?」
ジータが彼女の案を採用したところで、ドランクがそれを止めた。
「案自体はいいんだけどぉ、それリーシャちゃんが行かないといけないこと?」
「えっ? でも私はまだ船団長ですし、私が直接要請した方がいいのでは?」
「確かにそうだけど、リーシャちゃんって悔しいけどこの中では最高戦力の一人なんだよね~。うちのボスに、ClassⅣを使えるようになった二人の団長さん。加えてリーシャちゃんだと思ってるから、できれば真っ先に乗り込んでもらった方がいいと思うんだよねぇ」
「ああ。援軍を要請するのはいいが、フリーシアがアーカーシャを確保次第起動する気だったらすぐにここを出ないと間に合わない可能性だってある。だが援軍はどうしても到着が遅れるだろ。そこにお前がいないと厳しい可能性もある」
「……」
思いの外二人はリーシャの実力を買っているようだ。
「というわけで~、僕達二人が援軍を要請して回ろうと思うんだぁ」
「あなた方が、ですか?」
「そーそー。リーシャちゃん直筆の書状でも持っていけばモニカちゃんなら信じてくれるだろうし、なにより島を素早く行き来する手段があるからね。そういうのに向いてるの」
「そういうことだ。わかったらさっさと騎空艇に戻って書状を
スツルムとドランクは最初からそのつもりだったらしい。やけにスムーズに口が回っている。
「それなら団に入れようか迷ってた人達にも声かけてもらおうかな。黒騎士さん達も見ただろうけど、アウギュステで世話になった人達とか」
「そうだね。組織の人達とか頼りになるしね。あとは来てくれるかわかんないけど、十天衆とか!」
その呼び名を聞いた途端、露骨に嫌な顔をしてしまう。黒騎士とオルキスもそこまで露骨じゃないが嫌そうな空気を発していた。
「ど、どうしたの?」
「いや、黒騎士捕らえるの手伝った連中がそいつらだし、ちょっとな。まぁ戦力になるって言うなら別だ。ってか関わりあったんだな」
「まぁね。天星器っていう伝説の武器があるんだけど、その武器を復活させようと強化してたら声をかけてきたの。ええと、なんだっけ。確か最強の武器の使い手を集めた十天衆の一員として、天星器を扱えるような使い手には敏感なんだって。シエテさんが言ってたよ」
「そうかい。ってかそんなのもあるんだな」
存在すら知らなかったぞ、テンセイキとやら。
「はいはい、話より先にグランサイファー戻ったら~? ここで喋ってるより、戻って書きながらの方がいいと思うな~」
ドランクの言葉が尤もだったので、俺達はすぐに騎空艇へと向かい中で意見を出し合い書状を認めていった。とはいえ俺には宛ても……ないこともないが行方がわからないので要請もなにもない。
「……お前らなんだかんだ色んなところ旅してんだな」
俺がまだ行ったことのない島。俺がまだ聞いたことすらない島。そんな彼らの話を聞いていて、俺は狭い世界で生きてるんだなと実感した。だがそれでもいいと思う。騎空団に入りたいと思うようなことはあんまりない。俺は俺の手の届く範囲でいいと思うんだが。
「ああ。色んなところに行って色んな人と出会って、やっぱり旅はこうでなくっちゃ、って思うよ」
「うん。出会いも別れも物語もあって、旅って楽しいなぁって思うんだ」
グランとジータは心から楽しそうな笑顔でそう告げてくる。……眩しくて見ちゃいられねぇなぁ、俺には。
「ダナンは書く宛てある?」
「わかってて聞くのやめろ。まぁ一人だけ協力してくれそうなヤツならいるんだが、どこにいるかもわかんねぇからな」
「もしかして“野盗皆殺し”のゼオですか?」
ドランクと話していると心当たりがあったらしいリーシャが入ってきた。
「よくわかったな」
「唯一監獄塔から逃げた犯罪者ですからね。彼は未だ捕らえることができていません。私達も行方は知りませんよ」
「そうかい」
「脱獄の手伝いは立派な犯罪ですからね。あなたもこの一件が終わったら捕まえますから」
「……ダナンの独り占めは厳禁」
「そういう意味じゃありませんからね!?」
リーシャは絆されやすくて助かる。俺は色々と犯罪に手を染めた身なので本来なら敵対する関係だ。
「よし、これで全部かな」
「我ながら多いね。まぁでも全部じゃなくて、近いところ片っ端から、っていう感じでいいと思います」
「オッケー。じゃあ僕達が要請してくるから、期待して待っててね~」
山積になった書状をドランクが袋に詰めていく。優先すべき人達は上の方に置いていた。そして二人はグランサイファーを降りていく。
「終わったか。では早速帝都へ行くぞ。事態は一刻を争うからな」
味方が俺達ぐらいしかいない黒騎士様は書状を書くことなく腕組みをして待っていた。俺の外套を肩に羽織るように変えたせいで親子のファッションが被っていることには気づいているのだろうか。ノースリーブに上を羽織るだけってのは受け継がれしセンスなのかね。指摘はしてやらないでおこう。
「はい。じゃあ行きましょう、帝都アガスティアへ! フリーシアの目的を止めないと!」
「うん。マリスを倒せた私達に、怖いモノなんかないよね!」
二人の団長が威勢良く言っていざ戦場へとばかりに沸き立っていくのだが。
「あ、悪い。俺ついていかねぇわ」
「「「は?」」」
俺は普段通りの表情で雰囲気に切り込んだ。当然、こちらへと意味がわからないというような顔をされてしまう。
よく単独行動をする主人公だなぁ……。
まぁもちろん理由はありますが。それはまた次回。