いざ帝都アガスティアへ向かって最終決戦だ、と盛り上がる一行に対し、俺はついていかないと宣言した。
「貴様、どういうつもりだ?」
案の定というか、黒騎士から凄まれてしまう。
「どういうつもりもなにもねぇよ。悪いが世界の命運なんてモノを背負う気はないんでな。俺は降りさせてもらう」
「なんだと……!」
黒騎士が思い切り威圧してくる。だが俺は退く気がなかった。
「俺はあんたほど強い想いでここ立ってんじゃねぇんだよ。勝ち目のなさそうな戦いに身を投じるなんて嫌だね。なにより失敗したら誰かが悲しむんじゃなくて全員どうにかなっちまうなら別に負けてもいい」
アーカーシャの能力については聞いた。過去を書き換えるとかバカみたいな能力だ。だがそうなれば記憶に齟齬が出来て、きっと俺達の物語は最初からなかったことになる。なぜなら、俺達の父親の時点で星に関連した事態が起こってるからだ。例え生まれてきていたとしても、今とは全く違って人生を送ることになる。となれば今俺が持っている記憶もなくなるだろう。つまり悲しみは残らない。
「貴様……! 自分がなにを言っているのかわかっているのか!?」
「わかってなきゃ言わねぇよ。俺は、降りる。それが全てだ」
「っ~~……!」
黒騎士は本気で憤慨した様子だ。オルキスもどうしたらいいのかわからないのか俺と彼女の顔を交互に見比べていて、他のヤツらは口を出してこない。
「あ、ブルトガングは返すぜ」
「……当たり前だ! 二度と私の前に顔を見せるな!」
余程お怒りなのか、そう怒鳴ってどこかへ言ってしまう。
「……ダナン」
「よし、じゃあ後は精々頑張ってくれ」
オルキスが見上げてくるのを無視してグランとジータそれぞれの肩を叩く。まぁそれ自体に意味はないんだが、別の目的があってな。
「ってことでじゃあな。精々世界が滅びないよう頑張ってくれ」
俺は軽く手を振って、さっさとグランサイファーを降りていく。
「いいの~? あんな別れ方しちゃって。後が気まずくなるよ?」
「そんな些細なこと気にするような神経はしてねぇよ」
グランサイファーから確実に見えなくなった位置で待っていたドランクとスツルムに合流した。
「お前もなかなか面倒な性格してるな。ちゃんとClassⅣ取得してから合流したいからって言えばいいだろ」
二人は俺の思惑をきちんと理解しているようだ。
「なに言ってんだよスツルム。まずは味方から欺かねぇと始まんないぜ?」
「……それ敵欺くために、っていう前提があるんだけど今それ関係ない気がするよ?」
「気にすんなよ。俺がいない程度でヘマするような連中じゃねぇし、あれくらいで調子崩すようなヤツらでもないだろ」
「そうかなぁ。僕はちょ~っと違う意見かな~」
「あたしもだ」
「そうか?」
たかが俺が抜けた程度で揺らぐような意志の弱い連中じゃないと、よく使われる言葉で言うなら信用してる。
「まぁなんとかすんだろ。それより俺らも急がないといけないんだろ、さっさと行こうぜ。ってか移動手段あんのか?」
「もっちろん。ついてきて、ちゃんと用意してあるからさ」
ドランクのウザいウインクをスルーしつつ、とりあえずはついていく。すると、彼らの進む先に小型の騎空艇があった。
「これっていつもの……」
「おぉ、久し振りだな、坊主」
俺が目を見張っていると、そこに寄りかかっていたおっちゃんが片手を上げて声をかけてくる。
おっちゃんは年齢で言えば五十代に差しかかっていそうだったが、身体つきが良く昔は傭兵かなんかをやっていたんじゃないかと思わせる体格をしている。舵を握るためか両手には黒い手袋を嵌めているが、上はゴツい胸元を開けた紺のYシャツで、下が白い長ズボンというなんの変哲もない恰好だ。深い緑色の髪を掻き上げていて、後ろの髪は肩にかかるかかからないかくらいの長さになっている。頭には一応ゴーグルを装着していた。それなら帽子も被れと思う。
「おっちゃん。ここ来る前から連絡取ってたってわけか」
「そーいうこと。この人の操縦ならどんな小型騎空艇よりも速く色んな島に行けるからねぇ」
「そう褒めるなよ。まぁ当然だがな」
いつもは他人行儀だが、今日はやけに親しげだ。黒騎士がいないからだろうか。
「そうだ、急いでるんだろう? 早く乗りな、超特急で運んでやるよ」
「いつになく元気だな、おっちゃん」
「ははっ! まぁな。……どうやら俺も、前に進まなきゃいかねぇ時が近いみたいでよう」
「?」
「気にすんな、こっちのことだ」
おっちゃんは目を細めて遠くを見つめていた。まぁ気にするなと言われたら気にしないでおくか。
「で、おっちゃんの名前は?」
「うん?」
「名前だよ。おっちゃんのままでいいならそう呼び続けるけど?」
「あー、そうだな。まぁいいか。俺はザンツ。ザンツ、ってんだ。よろしくな坊主」
「坊主じゃなくてダナンだ。まぁよろしくな」
「おう」
急な邂逅だったが、ザンツのおっちゃんとようやく知り合いと呼べる仲になった。年季こそ入ってはいるがザンツの操舵技術は卓越している。仲良くなって損はないだろう。
そんなこともありつつ俺達は小型騎空艇でルーマシー群島を後にするのだった。
「で、まずはどこへ向かうんだ?」
俺はドランクの持つ山ほどの書状が入った袋を見やって尋ねる。正直なところ、まともに回って間に合うような量には思えなかった。
「まずはえーっと、アウギュステに行くんだよ」
「アウギュステ?」
「そそ。そこにいる人にも手伝ってもらおうと思ってね~。もしかしてダナンはこの数を僕達だけで配るつもりだった?」
「そりゃ無理だとわかってたさ。だが人を頼ったところでどうにかなる数でもないだろ?」
「まぁ、その人が普通の人だったら、ね」
ドランクの意味深かつ可愛くもないウインクに眉を顰めたが、俺は一時間程度でアウギュステに到着した後その言葉の意味を知るのだった。
「おやおや~? 珍しい組み合わせのお客さんですね~」
アウギュステは露店を設営していたのは、毎度お馴染みの商人シェロカルテである。なるほど、彼女の協力を得られたなら伝手などを駆使して素早く書状を届けられるかもしれない。
「今日はシェロちゃんにお願いがあってね~。かくかくしかじか~、ってことなんだけど、どぉ?」
「なるほど~。団長さん達がアガスティアに攻め込むので、それに協力してくれる方達に書状を送りたい、と」
なんで本当に「かくかくしかじか」って言ってるのに伝わるんだよ。お前まさか人間辞めてるのか?
「これがその書状なんだけど」
「ふむふむ~。わかりました、このシェロちゃんにお任せあれ~。これくらいの量なら一日かけず配れますね~」
「マジかよ。ルーマシーからアガスティアまでが大体三日ってところだから、二日で移動できるヤツらは来れる可能性が高いってことか」
「はい~。丁度、いいお手伝いさんもいますからね~。ソーンさ~ん、ちょっと緊急のお仕事頼んでもいいですか~?」
露店の後ろに荷が高く積まれているのだが、ハーヴィンの彼女では届かないのではないかと思うそれらを管理しているのは、どうやら別の人物らしい。というかその名前には心当たりがあった。
「いいけど、どうかしたの? って……」
聞き覚えのある声と共に姿を現したのは、服装こそ違えど十天衆の弓使い、ソーンであった。以前のことがあって俺は嫌な顔をしてしまい、向こうも俺の顔を覚えていたのか怪訝そうな顔をしている。
十天衆としての服装ではなく丈が短く臍を出した白いシャツに脚のつけ根までしかない短パンというラフな恰好ではあったが、見間違えるはずもない。
「うげっ……」
「あなたは……」
「前になにがあったのかは知りませんけど、今はいがみ合っている時じゃありませんからね~」
「……いがみ合ってるって知ってるじゃねぇかよ。知らないとか嘘も大概にしとけよ」
「そうよ、シェロ。あなたぐらいしか私達全員を連絡取れる人いないんだから。私達が関わった情報を知らないわけがないでしょう」
俺とソーンがツッコんでもいつものにこにこ笑顔で取り合わない。
「さて、それでは仕事の話をしましょうね~。ソーンさんにお願いしたいのは、このたくさんの書状を各島にいるそれぞれの人達のところへ届けることです~」
「へぇ? こんなにたくさん、なんの書状なの?」
「エルステ帝国の帝都アガスティアで、宰相のフリーシアさんが世界の存亡に関わる事態を引き起こそうとしてるんですよ~。それで団長さん達が向かっているのですが、いくらなんでも人手が足りないのでこうして協力を仰ごうとしているわけですね~」
「一大事じゃない!」
「はい~。ですから早急に届けて、終わったらできればソーンさんにも飛んできて欲しいところですね~」
「それはいいけど……世界の存亡っていうことなら十天衆全員に声かけた方がいいわよね。でも私他の十天衆がどこにいるのか知らないから……」
「そこはシェロちゃんの情報網でなんとかしますよ~。では今から仕分けしますので、遠いところから優先的に配ってきてくださいね~」
話が早い。というかなんでシェロカルテは世界の存亡がかかってるって知ってるんだよ。いや、この場合もしかしたら知らないけどなにか企んでいると見て、十天衆を動かすためにそう言った可能性もあるか。
なんにせよ恐ろしいヤツだ。シェロカルテが悪人だったら今頃世界は彼女に牛耳られてるんじゃないだろうか。
「わ、わかったわ。それがあの子達を救うことにもなるなら、全力を尽くすわ。ちょっと気合い入れるために着替えてくるわね」
ソーンは表情を引き締めてシェロカルテがドランクの持っている書状を仕分けしているのを横目にどこかへ立ち去った。着替えるために場所を変えるのだろう。
「なぁ、シェロカルテ。ゼオ、ってヤツ知らないか?」
俺はモノは試しとばかりに尋ねてみる。
「ゼオさん……“野盗皆殺し"のゼオさんですか~? この間バルツで見かけましたよ~」
知ってるのかよ。
「ああ、そいつ。俺がアマルティアから脱獄させたのを借りとして協力を取りつけてあんだよ。バルツに行けば会えるのか」
「さぁ、どうでしょうね~。ゼオさんはどうやら人探しをしているみたいでしたから~。人を探して島を回り続けて、という感じだったのでもうどこにいるかはわかりませんね~」
「そうか……じゃあしょうがないな」
「というか脱獄なんて、ダナンさん犯罪ですよ~。万引きとかしないでくださいね~」
「……お前から万引きしたらなにもかも奪われそうで怖いわ。というよりお前には普段から世話になってるからな、そんな気はねぇよ」
「そうですか~。ならいいです~」
良くはないんだけどな。まぁ彼女も商人だからか、損得勘定を優先できる性分なのかもしれない。もちろんそれだけでは上手いことやっていけないのが世の中なので、きちんと感情面も考慮に入れはするんだろうが。
「十天衆のソーンなら空が飛べるから移動も速いし、弓に書状結んで超遠距離から矢文飛ばせるから書状送るのに適任、ってことだよね~。まさかこれも読んでたから彼女バイトに雇ってたわけじゃないよね?」
ドランクがそう告げてじっとシェロカルテを見据える。
「うふふ~。さて、どうでしょうね~」
しかしシェロカルテは取り合わず笑うだけだった。……とりあえずこいつは本当に敵に回したくないな。
とまぁそんなこともありつつシェロカルテの協力によりなんと一日で終わる目処が立ってしまった。つまりカッコつけて別れたのに暇になってしまったわけだ。正直なところ、このままでは先回りできてしまう。
「……いや、先回りできるならできた方が準備しやすくていいっちゃいいのか」
「お前達はそういうのが得意そうだからな。だが思わぬ猶予が出来た。これならザンクティンゼルへ行ってClassⅣを取得してから行っても間に合うだろう」
スツルムの発言に、俺は二人の顔を見つめる。
「いいのか? 貴重な時間を俺の個人的な用事に使っちまって」
「当然。十天衆や色んな人達の協力が得られそうだけど、やっぱりClassⅣは強力だからね~。戦力は少しでも多い方がいい」
「だがあの二人は取得に一週間もかかった。お前は猶予があって一日だ。急ピッチにはなるから、会得できなくても文句は言うなよ」
「言わねぇよ。それは俺の力不足だ。となりゃのんびりはしてられねぇな。さっさと行ってさっさと取得してやるとするか」
そうして、俺達三人は書状をシェロとソーンに任せてザンクテインゼルへと向かった。そして二人の案内でClassⅣの元になっているという英雄達の力を真似できる婆さんの下へ行くのだが。
「あんたに教える技術なんかありゃしないよ!」
開口一番、怒鳴ってきやがった。これにはスツルムとドランクも予想外だったのか身体を硬直させている。
「なんだと? おい婆こら。人の顔見て真っ先に言うことがそれか。その歳になって礼儀も知らないのか」
俺はこの空の世界より広い心を持っているが(嘘)、初対面で訳もわからず怒鳴られたらイラッとする。
「ふんっ。その面、忘れもしないよ。あんたがヤツの息子だろう? 親子揃って歪んだ闘気してるもんだね。ジータは騙されてたみたいだけど、あたしは騙されないよ」
婆さんはどうやら俺の父親らしき人物を知っているらしい。どこへ行っても嫌な印象しか聞こえてこない父親の息子で、そいつと似てるからって理由で俺を拒んでいるらしい。……チッ。第一印象は互いに最悪ってことか。
「ち、ちょっと落ち着こうよお婆ちゃん」
「そ、そうだ。こいつの父親がどんなヤツかは知らないが、ダナンはそんなヤツじゃ……」
「お黙り!」
なんとか婆の機嫌を取り持とうとしてくれた二人もぴしゃりと遮られてしまう。なんか俺のクソ親父に恨みでもあんのかね。厄介な種ばっか残していやがる。
「……はぁ。じゃあもういいわ。帰るぞ、二人共」
「えっ? いやでもそれじゃあダナンが……」
「いいんだよ。別にこの婆に教えてもらわなくちゃ取得できない、ってわけでもないんだろ。あの二人に協力してもらって、なんとかすりゃいいだけの話だ」
俺は心底不愉快になったので背を向け婆の家を出ていこうとする。
「なにより、初対面で俺の親父がなんとかとか言うようなヤツと付き合う気はねぇ」
「……そうか。まぁ、ダナンがそう言うならそれでもいい」
二人は予想外の結果だったらしく気まずそうにしていたが、どっちにしろこんな人物に教わることが嫌になる。人で対応のし方を変えるヤツらしいが。俺は相手に応じて変えると言っても悪い意味ではない、とは思っている。ただ嫌いなヤツにだけキツく当たる表向き人格者ほど嫌なヤツはいない。
「待ちな」
俺の背中に婆の声が聞こえてくるが、歩みは止めない。
「……もう待つ必要もねぇよ。無駄足だ」
「ふん。どうやら、本当にヤツとは全く違うみたいだね。あれだけ言ってあたしが殺されてないのがいい証拠だ。悪かったね、不快な思いをさせちまって」
「そんなんで納得できるレベルじゃねぇよ」
「わかってるよ、言い過ぎた。なにせヤツは隠居していた英雄方を二人も殺した人物だ。……彼の英雄方を慕うあたしにとって、ヤツは血縁ごと滅んじまえばいいと思うくらいの相手だからね」
「そうかい。それでそいつと似てる俺を見て感情が昂ぶった、って?」
鼻で笑う。
「……気に入らないのはあたしも同じだよ。でも、ジータがあんたを信じてた。その分だけは、信じてやるつもりだよ。だからあんたもあたしを利用する、ってだけにしな。本音を言えば、関わりたくないからね」
「正直な婆さんだ。わかった、そのスタンスでいいならそうするか」
心境を吐露されて、仲良くなる気が向こうにもないとわかり妙な距離感のままでも教えてくれるなら吸収するまでだと思う。
「んじゃさっさと始めるか。生憎俺とはかけ離れた、【義賊】の会得からなんだけどなぁ」
「ふん。彼の御方は、義侠の心に胸躍らせる。弱き民を助くべく、業に生き業に死ぬ天下御免の大業師……。あんたにその心が理解できるかい?」
「さてな。まぁ、やるだけやってはみるさ。……それが必要なことだってんならな」
義に生きるつもりはねぇが、理解はできるはずだ。
俺は別に大きなモノを抱えちゃいない。だがそれでも、あの日々を取り戻すという小さな目的が、俺をここまで連れてきたんだ。なら、大丈夫だろう。それだけはきっと、間違っちゃいないんだから。