ダナン視点が終了し、ここからは合流するところまでずっと三人称視点になります。
時は変わって、ダナンの離脱直後。
「……」
苛立ちを隠そうともせず周囲へと振り撒くのは、彼と共に二週間サバイバル生活を送ることになった黒騎士である。まさかここに来て離反するとは思わなかったのか、大分お怒りの様子だ。オルキスも近寄れないのか様子を窺いつつも話しかけはしていなかった。
「……なんであの人は決戦前に空気悪くして行っちゃうんですかね」
気まずい雰囲気の中リーシャがぽつりと呟いた。
既に船は出ており、これから最後の決戦場所へと向かおうというところで、やる気を削がれたような気分だった。
「……ホントに、アポロはダナンがいなくなったと思ってる?」
そこでようやく、オルキスが黒騎士へと話しかけた。
「……どういう意味だ?」
「……ダナンはやりたいことを手助けしてくれる。私は皆と一緒にいたい、って言った。ダナンならそれがわかってて離れたりしない」
曖昧な表現を使わず断言してみせる。
「確かにそれっぽくはあったけど、なんて言うかダナン君らしくなかったよね」
そこにジータまでもが追随した。
「それにこっから出る手があいつ一人にあるわけねぇと思うんだよな。多分だけどあの三人は一緒にいるんじゃねぇか?」
ラカムも可能性を示唆する。
「……ダナンはきっと、後からでも来る。だから信じて」
オルキスはじっと黒騎士を見つめた。しばらく見ない間に随分と信頼したものだと思いながら、微かに嘆息する。
……「傍にいてやる」と言った後に他と合流したらすぐ「船を降りる」と来て腹立たしく思ったが……そうか。それこそヤツの掌か。
「……そうだな。わかった、一先ずあいつについて考えるのはやめよう。あの二人と一緒なら我々の先回りをする可能性は低いからな。なにより今のままでは足手纏いになりかねん」
黒騎士は努めて冷静に告げた。多少鍛えた程度で、劇的に強くなった一行の強さには及ばない。それこそClassⅣでも取得しなければ――と考えたところでダナンの狙いがわかった気がした。
そういえばいつだったか、正面から真っ向勝負するより事前準備で楽に勝ちたいと言っていたような気がする。となればスツルムとドランクにザンクティンゼルへ連れて行ってもらいClassⅣを会得しに行った可能性が高いのではないか、と考える。
「ええ、だからでしょうね」
黒騎士がそう考え直すまでもなく、わかっていたように微笑むのはロゼッタだ。彼女は一歩引いて見ていたために、彼の狙いをある程度察していた。なによりマリスとの戦闘時差をつけられたと言っているのを聞いていた。
「ふん。まぁいい。それより帝都へ急ぐ間に、少し手合わせをしてくれ。特にグランとジータ。使いこなしたClassⅣの力とお前達の連携なら、いいリハビリになるだろう」
黒騎士は話題を切り替えて双子へと顔を向けた。
「そういえば二週間、あんまり動いてないんでしたね」
「ああ。日がなぼーっとしたり、偶に散歩に出たりする程度だったからな」
今思い返すと少しだけあの洞窟が恋しくもなるが、すぐに切り捨てる。例えかつてのオルキスが戻ってこないとしても、前に進むと決めたのだ。
「わかりました。じゃあやりましょう。ジータ、全力で行くよ」
「うん。修行の成果を見てもらわないとね」
グランとジータ、そして黒騎士はグランサイファーの甲板で戦い始めるのだった。攻撃力の高い【ベルセルク】と魔法の強い【ウォーロック】。黒騎士も剣と魔法どちらでも強いので正面切っての戦いは相性が良く、しばらく勘を取り戻すために相手していた。
最初こそ黒騎士が劣勢かと思われたが、次第に調子を取り戻していくに連れて互角、そして二人が敗北することとなった。
「ふぅ……っ。いい運動になった。これで問題なく戦えるだろう」
以前のような汗一つ掻かず一行全員を倒すようなことはできなくなったようで、黒騎士は汗を掻いている。ただグランとジータの方が疲労は大きく怪我も多かった。
「や、やっぱり強いですね。ClassⅣ使って、しかも二人で遠慮なくかかっていたはずなのに……」
「ホントに、七曜の騎士ってとんでもないです」
倒れてイオに治療してもらう二人の顔は晴れやかだった。『ジョブ』の最高位であるClassⅣまで到達してしまったとはいえ、まだまだ上があるとわかったからだろうか。地力を上げることで『ジョブ』を使った時の伸びが大きくなるので、まだまだ二人は強くなれる。
今はまだClassⅣも二つしか使えないが、もし十一種全て使いこなし状況に応じて自在に変えることができるようになったら、また違った強さを手にすることだろう。
「いや。お前達二人に対して、今の全力を出し切った。鎧と剣を取り戻したとしても、全員がかりでは負けることもあり得るだろうな」
しかし黒騎士は冷静に二人の成長を分析していた。初めて会った時はまだClassⅠを使っていた段階だったというのもあるがまさか二人相手に全力を出すことになるとは思っていなかった。七曜の騎士の中ではまだ若い部類とはいえ実力に相違はないと自負しているが、どうやらこの連中は七曜の騎士にも匹敵するほどの力を有している可能性があるということだ。
「黒騎士さん……」
その発言をどう受け取ったのか、ルリアが表情を曇らせた。おそらくいつか雌雄を決することになることを思ってのことだろうが。
「無論ただではやられん。一人ずつ仕留めれば問題なく勝てるだろうな」
「……アポロ」
これまで場を和ませることなど一切やってこなかった黒騎士には、オルキスに妙な顔で呆れられようとも正解がわからなかったのだから仕方ないと割り切ることしかできない。
「とりあえず今はフリーシアを、だね。アガスティアに到着するまでの間でそれぞれ強くなっておこう。と言ってもそうは変わらないから、仕上げとかそういう感じかな」
回復したジータが言って空気を弛緩させそれぞれやるべきことを考え行動し始める。装備の手入れや身体を鍛えるなど各々決戦に向けて準備をするのだった。
◇◆◇◆◇◆
フリーシアの野望を止めて空の世界を救おう!
などと意気込んだとしても、帝都アガスティアの警備が厳重であることに変わりはない。いくら七曜の騎士がいるとはいえ万に及ぶ兵士達を相手にした上で魔晶を持ったヤツやガンダルヴァ、アダムに星晶獣も考えられるとしていくらなんでもキリがなさすぎる。疲弊しすぎて持たない可能性だって捨て切れない。
「アガスティアの近くの島に騎空艇を停めて、そこからは小型の騎空艇で潜入する。この船の造形は向こうにも筒抜けだ。正面から突っ込んでいって戦艦の砲撃の中を行くよりはマシだろう」
そう提案したのは黒騎士だ。
「確かに正面突破を狙うよりはその方が安全か……」
カタリナも賛同したところで、グランサイファーはアガスティアそのものではなく近くの島に着けることとなった。
「だが小型騎空艇となると全員は乗れねぇよな」
「俺はグランサイファーに残るぜ。こっちにも帝国の兵士はいんだろ」
オイゲンの言葉にラカムが真っ先に応えた。
「なら俺が小型騎空艇を操縦するしかなさそうだなぁ」
ラカムの言葉にオイゲンが返した。ここから二手に分かれるべく話し合っていく。
「私は行く。鎧と剣を取り戻さなければならないからな」
「私も行きます! オルキスちゃんよりは召喚できる星晶獣が多いですし……」
「ルリア……」
「……私は残って待ってる。がんばって」
黒騎士は当然行く。ルリアは力になりたいと思っているのか小型艇で乗り込む方を選んだ。オルキスは黒騎士と離れて残る方を選んだようだ。
「……ルリアが行くなら私も行きたいが、ここは貴殿に任せよう、黒騎士」
「そちらこそ、オルキスを頼んだぞ」
カタリナはしばらく眉を寄せて悩んでいたが、私情を抑えてルリアを送り出す方を選んだ。
「となると……私とロゼッタさんが分かれた方がいいんでしょうか」
「そうね。でもあなたの戦力は必要になるでしょうから、先に乗り込んだ方がいいと思うわ」
「……ロゼッタさんに言われても説得力が」
「あら。アタシはルーマシーでこそ強いけど、他の島なら最大限力を発揮することはできないわよ?」
「わかりました。では私が行きます」
話し合った結果、リーシャが乗り込む方となった。というよりもカタリナはリーシャが行くことを考えてルリアを行かせたのだが。
「ルリアが行くならグランが行った方がいいよね。グランサイファーは私に任せて」
「わかった。よろしくね」
「オイラもついていくぜぇ!」
ほとんど戦力の変わらない二人の団長が言い合い、星の力と魔晶に対して有利になるビィが乗り込む方へついていくこととなった。
そして残るはイオのみとなるのだが。
「あ、あたしもついてくからね。カタリナがいるなら、あたしがついていった方が回復にいいでしょ」
人数差がないためどちらでも構わなかったのだが、乗り込む方へと同行してくれるようだ。戦力としてはついてきて欲しかったが強制はしたくなかったのだ。決戦前でも冷静なようでほっとする。
「よし、じゃあ行こうか」
グランが言って小型艇で乗り込む組がアガスティアへと向かっていく。機密の少女として兵士に顔がわかってしまっているルリアは外套を頭から被せてある。
「私達は念のため一旦島を離れておきましょう」
ジータも島に長く留まって兵士に見つかるよりはと、一度離れることにした。
こうして二手に分かれたのだが。
「赤いトカゲを連れた一団……? まさか貴様ら……!」
小型騎空艇に乗り込みアガスティアへ向かおうというところでビィの存在により帝国の兵士に怪しまれてしまった。
「そこの外套を被ったヤツ! 姿を見せてもらおうか!」
兵士がルリアの外套に手を伸ばそうとした時、黒騎士がその手を掴み引き倒して地面に叩きつけ気絶させた。
「……チッ。流石に何度も顔を合わせていれば、ルリア以外の顔を覚えてくるか」
「オイラはトカゲじゃねぇけどなっ」
近くにいた帝国兵は一人だ。こいつさえ気絶させてしまえば、というところで
「あっ」
来ていた兵士がこちらを見て声を上げていた。一瞬の静寂の後その兵士は一目散に踵を返し走り出す。
「チッ! 逃がすな、追え!」
黒騎士の指示に従ってグランが追いかけようとするが、その前に兵士がどんと人にぶつかって尻餅をつく。
「何事ですか?」
ぶつかった者は白い軍服を着た黒髪の男だった。その人物を見て黒騎士が一気に警戒レベルを上げる。
「貴様は……!」
ブルドガングを抜き油断なく構える彼女の様子から、目の前の人物が強敵であると理解する。
「あ、アダム大将……!」
兵士が男を見上げて呟いた名を聞き、グラン達にも衝撃が走る。
「チッ。大尉、少将、中将、宰相と来て大将かよ!」
オイゲンが舌打ちしていつでも戦えるように準備する中、アダムは冷静そうな無表情で兵士に声をかける。
「伝令の必要はありませんが、至急この島にいる兵士を集めてください」
「えっ?」
「至急、です。頼めますか?」
「は、はっ!」
アダムの命令に一瞬困惑する兵士だったが、上官の命令なら間違いないと思い兵士を呼び集めるべく走り出した。
「大将アダム。こいつもエルステ王国時代からいたが、今では軍事における最高権力者だ。その強さは階級と同じくガンダルヴァの上だと思え」
黒騎士の言葉に緊張が走る。アマルティアではリーシャがほとんど一人で戦ってはいたのだが、手も足も出ず倒された記憶がしっかりと残っている。ClassⅣを使えると言っても油断ならない相手には違わなかった。
つまりアダムの目論見としては、この島にいる兵力全てと自分の手で一行を始末する気、だと捉えられるのだが。
「あ、アダム大将! 全兵力、ここに集結しました!」
最初に逃げ出した兵士が敬礼して兵士達を引き連れやってくる。
「ご苦労様です。伝令にも出ていませんね?」
「はい! 間違いなくこの島にいる全ての兵士がここにおります!」
帝都の防衛を任される彼の実力を知らない者も多いが、戦闘力随一のガンダルヴァでさえ一目置くアダムとならば勝てるのではと思っているようだ。一行に敵意を向け戦闘準備をする。
「では、始めましょうか」
アダムが腰の剣を抜き告げた。一行が手出しできずにいる中、彼はくるりと集まった帝国兵の方を向く。
「えっ――」
驚く間もなく、アダムの剣が振るわれた。峰打ちで加減されているとはいえ確実に一撃で意識を刈り取り、兵士達が我に返る暇もなく倒していく様は、紛れもない実力を兼ね備えた者であった。
やがてアダムが全ての兵士を昏倒させたところで、今の内に逃げ出すという選択肢を思い浮かべなかったほど動揺した黒騎士が口を開く。
「……貴様、どういうつもりだ」
アダムは倒れ伏す帝国兵達の前に立って剣を納めると一行に向き直った。
「あなた方には、帝国の息の根を止めていただきたいのです」
「なに?」
帝国の実権を握れる立場にある者の言葉に、黒騎士は眉を寄せる。他も彼がどういう思惑なのか測りかねていた。
「詳しくは一度あなた方の船に行ってから、ではいけませんか? 何度もするには長い話になりますので」
「……グランサイファーのことも知ってるってわけか」
「ど、どうする、グラン?」
こちらの行動が把握されていたことに顔を顰め、ビィが最終的な決断を団長へと委ねる。
「アダムさんは、なぜ僕達の味方をするんですか?」
「今のエルステ帝国は歯車が狂ってしまった。このままではエルステが滅んでしまう――宰相フリーシアの手によって。私はエルステを守り続ける身。彼女の計画には賛同できません」
簡単ではあったが彼の話に聞く価値を見出したのか、グランは「わかりました」と静かに答えた。
「一度グランサイファーに戻ろう。アダムさんの話は、聞いておいた方がいいかもしれない。黒騎士さんも、今はそれでいいですか?」
「……ふん。私が帝国にいた頃からなにを考えているかわからないヤツだった。信じるかどうかは聞いてから決めるとして、今はいいか。グランサイファーを落とす気なら兎も角、全員揃った上でならこいつに勝ち目があるとも思えん」
「ありがとうございます」
そうして一度グランサイファーを呼び戻し、一行は二手に分かれて早々に合流を果たすこととなった。
「こちらエルステ帝国大将のアダムさん」
「なにっ!?」
グランがアダムを紹介するとカタリナが警戒を露わに剣の柄に手をかける。だが黒騎士が腕組みをしてじっとしていることから、警戒を解き深呼吸をして心を落ち着けた。
「……どういうことか、説明してもらおうか。なぜ帝国の最高権力者と言ってもいいアダム大将がここにいる」
「それはこれから説明してもらうところ。とりあえず兵士達倒して僕達に話をしたいって言ってたから、ここに来てもらったんだ」
「全く。君というヤツは……」
初対面の敵対関係にある者を割りとあっさり連れてきてしまう辺り、グランの人の良さが出ている。カタリナは呆れつつも苦笑していた。
「私はエルステの人々を守る身として、帝国で大将の地位を与えられました。しかし今のエルステは変わってしまった。そして変えたのはフリーシア宰相です。どうか彼女を止めて、エルステを救っていただきたい」
アダムは深々と頭を下げる。誠意を見せつけられては困惑するしかないが。
「ならヤツの情報や思惑について、貴様の知っていることを話してもらおうか。こいつらと違って私は貴様を信用していない」
「ええ、そうでしょうね。ですがあなたにとっても有益な話だと思いますよ」
「なに?」
訝しげな顔をする黒騎士を含め皆の顔を見渡したアダムは、フリーシアの計画について話し始める。
「まず、彼女がどうやって運び込んだアーカーシャを起動させるつもりなのか、という話をしましょう」
ルリアとオルキスを手にしていない状態でもアーカーシャだけを持ち込んだということは、なにか手があるのではないかと睨んでいた。もし二人が必要不可欠ならマリスのいたルーマシーで待ち受けて奪うようにすれば良かったのだ。
「既にご存知とは思いますが、アーカーシャの起動には“器"となるルリアさんと“鍵”となるオルキス様が必要です。それをフリーシアは、大量の星の力を使って無理矢理起動しようとしています。正確には本物の星の力ではなく、もっと劣化した擬似的な星の力なのですが」
「擬似的な星の力?」
「はい。彼女が開発していた装置、リアクターと呼ばれるそれによって人の精神を擬似的な星の力へと変換することが可能となったのです」
「人の精神を変換だと? では何人かの犠牲が必要になるということか」
「その通りです。本物の星の力ならまだしも、擬似的な力では星晶獣を起動させるのに大量の精神を変換する必要があります。その数――百万」
「ひ、百万だってぇ!?」
アダムの告げた数に驚く他なかった。
「百万とは、帝都アガスティアにおかえる全住人の数に近しい数値となります。フリーシアは帝都の住人全てを犠牲に、アーカーシャを起動させるつもりなのです」
「と、とんでもねぇことしやがんな、あいつ」
「ええ。リアクターが起動するまでに五時間もない、と言ったところでしょうか。それまでにフリーシアを止める必要があります」
「ならこんなところで悠長に話してる暇ないじゃない!」
「いえ。焦っても意味はありません。タイムリミットを認識することで、素早く潜入する手筈を考えることができるでしょう。当然、もたもたしていれば全て終わりますが」
こんな話をしていても、アダムは常に一定の声音だった。
「ふん。前置きはいい。それのどこが私に有益だ? 急がなければならないおとなど最初からわかっていた。むしろ五時間程度あるなら余裕があると思うくらいだ」
そこで黒騎士がアダムに先を促す。
「そうですね。では、リアクターという人の精神を擬似的な星の力に変換する装置がどうやって人の精神を奪うかという話をしましょうか。アーカーシャとはまた別の、エルステに古くからいる星晶獣の話です」
「エルステの星晶獣だと……?」
その言葉を聞いて黒騎士が真っ先に思い浮かべたのが、十年前の事件だった。あれもエルステで起こった星晶獣の事件だ。
「昔、覇空戦争の折にエルステ王国は星の民と協力関係にありました。戦争後に同族を匿う代わりに、星晶獣を与えられたのです」
「オルキスの父君よりも前からエルステが星の民と……」
「そしてその星晶獣こそ、エルステが誇っていたゴーレム産業に必要不可欠な存在でした。当時のエルステは人に近い、心あるゴーレムを作ろうと躍起になっていましたので」
「それで精神を奪う星晶獣を……しかしそれではゴーレムを作る度に犠牲を出してしまうことになりますよね」
「はい。与えられた星晶獣デウス・エクス・マキナは空の民に必要以上の力を与えないために精神の創造や破壊など強い力を持ちませんでした。デウス・エクス・マキナにできることは、精神を取り出し、入れるのみ。そのため帝都全住人の犠牲が必要になるわけです」
アダムの告げた能力を聞いて、アポロとオルキスが勘づいた。
「……答えろ、アダム。まさか十年前、あの時の事件を起こしたのは」
「はい、星晶獣デウス・エクス・マキナです」
「っ! つまりオルキスは、あの明るかったオルキスは、精神を奪われただけだというのか……?」
かつてのオルキスはフリーシアによって蘇らないと告げられてしまった。
一方で今のオルキスも親友とは別に大切な存在となっていることを自覚してしまった。
……だというのに、今こうしてかつてのオルキスを取り戻す希望が見えてしまった。
「はい。かつてのオルキス様の精神は旧王都メフォラシュにて、今も漂っているでしょう」
「っ……! つまり、オルキスは……その星晶獣がいれば戻ってくるというのか……?」
「その可能性は十分にあります。ただしデウス・エクス・マキナは今リアクター起動のためにフリーシアの支配下にあります」
「どっちにしろ宰相サン止めなきゃいけねぇってわけか」
「はい。そして十年前の悲劇を起こしたのも、今よりずっと不安定な魔晶を使ってデウス・エクス・マキナを暴走させてしまったフリーシアが原因です」
「……あの女。それを隠して私に……いい度胸だ」
もしかしたら今のオルキスを受け入れ過ごす未来もあったのかもしれない。だがそれは新たな情報によって覆された。しかし今のオルキスを切り捨てることができないのも事実。とはいえどちらにしてもまずはフリーシアを止める他ない。
「私の話はこれで終わりです。皆様どうか、エルステを救うために力を貸してください」
再びアダムが深々と頭を下げる。
「でもよぉ、大将の兄ちゃんは強ぇんだろ? なんで自分で反抗しねぇんだ?」
「私は星晶獣や魔晶の力には勝てない……強い弱いではなく、そういうモノなのです」
「ふぅん……」
アダムの答えに納得したようなしていないような反応を返す。
「どちらにしてもヤツを止めなければ話にならん。一度この船に乗ったからにはなにか案があるんだろうな?」
「簡単ですよ。正面から乗り込みましょう」
「「「えっ!?」」」
「ほう? 正面から蜂の巣にされるのが案だと?」
「いいえ。ですがあなたが全力で攻撃をすれば、戦艦からの砲撃などとは比べ物にならないでしょう?」
「それが理由になるか? 第一この船で突っ込んだ後はどうする。帰りに乗る船がなくなるぞ」
「ご安心を。私がこの騎空艇をお守りしましょう。私では、先程申し上げた通り一般兵士にしか勝てませんので」
「ふん。まぁいい。行くぞ、お前達。小細工は一切なしだ。正面から乗り込む」
「ま、待ってください! いくらなんでも無謀すぎます!」
「どちらにせよ乗り込んだら乱闘だ。それなら先に一発ぶち込んで数を減らした方が賢明だろう。それに貴様が砲弾を逸らせばいい。ヴァルフリートならやってのけるだろうが、貴様には荷が重いか」
「そんなことありません! それくらいなら私にもできます」
「そうか。なら問題ないな。行くぞ!」
黒騎士とリーシャによって方針が決定される。
「……なぁ。この船ってオイラ達のだよなぁ」
ビィの呟きに賛同する者は多かったが、残念ながら二人の決定に逆らう者はいなかったのだ。
「……アポロは、私も、オルキスも大事」
「オルキスちゃん?」
自分に関わりある事件の真相を聞かされても口を挟まなかったオルキスがぽつりと呟いた。ルリアが不思議そうに尋ねる頃には、普段と変わらぬ無表情で黒騎士の背中を見つめているのだった。