ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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オイゲンVSリヴァイアサン

 圧縮された水のレーザーが壁を抉り破片を撒き散らす。壁を貫通こそしていないが人体なら真っ二つにされるであろう威力を誇っている。そのレーザーが床を蹴り壁沿いを走る老兵を追っていた。

 

 オイゲンは右手を引き鉄に沿えたまま左手で銃身を支え愛用している銃を抱えて走る。

 

 壁沿いに走りながらも隻眼は鋭くレーザーを放ち続ける毒々しい色となったリヴァイアサンを捉えていた。

 

 オイゲンとリヴァイアサン・マリスの戦いの火蓋が切って落とされた時、まずリヴァイアサンが上階へと続く階段を破壊した。それがロキの命令だったからなのかそれとも戦略的判断だったのかは定かではないが、外では十天衆の面々が今自分が相対している四倍の戦力と争っていることを考えると、退路は断たれたと言ってもいい。

 当然退く気は微塵もなかったが、このままではリヴァイアサンを倒しても後を追うことができないということだ。故にオイゲンは「仲間を信じる」という不確定要素に世界の命運を懸けるしかない状態だ。

 

 それでもここで自分が足止めをすれば必ずややってくれると信じるくらいには、仲間達と絆を紡いできたつもりだ。残り三体のマリスもきっと、オイゲンが残ったことを受けた大人達がなんとかしてくれるだろう。

 

 なら今ここで大恩あるリヴァイアサンの写し身を食い止めることこそが、世界を救うための自分の役割だ。

 

 とはいえ、威勢良く啖呵を切った身であってもマリスは簡単な相手ではない。

 

「ッ――!」

 

 オイゲンは自分を追うレーザーを引きつけると踵を返した。当然、レーザーの方に自分から向かっていく恰好になる。だが当たる直前で身を屈め走った勢いを利用してレーザーの下を地面を滑るように掻い潜った。スライディングから体勢を直すと屈んだ状態で銃口をリヴァイアサンへと向け引き鉄を引く。炸裂音が響き弾丸は胴体を貫いた。巨体故にこちらの攻撃は当たりやすい。しかし巨体故に銃弾では大したダメージが与えられない。

 それでも痛みはあるのか苛立ったように咆哮する変わり果てた海の神を見ながら立ち上がりまた壁沿いに走り出す。

 

 リヴァイアサン・マリスは次に口から特大の水で出来た砲弾を発射してきた。走っていれば避けられるモノはそのまま、際どいタイミングなら跳び込み前転をするように回避していく。時には走りながら銃をぶっ放し、余裕がある時には立ち止まって確実にダメージを与える。リヴァイアサンが接近戦を仕かけてきたら短期決戦に終わった可能性もあるが、どうやらヤツも水のないところでは満足に動けないらしい。遠距離からの撃ち合いに応じてくれるのは正直有り難かった。

 

 決定打に欠ける中、オイゲンは着実に弱めていって最大火力の奥義をぶち込んでやろうと画策していたのだが。

 

 リヴァイアサンとの攻防を繰り返す内に、ぴちゃりと床を蹴った足音が鳴ったことに気づく。はっとして立ち止まり地面を見れば、(くるぶし)の辺りまで水が張っていた。

 

「なんだと……?」

 

 ずっと水音が鳴っていれば気づけただろうが。水と言って連想するのは今目の前にいる相手だ。しかしなんでこんなにも水が張っているのか、その答えを考える暇なく水弾が無数に襲ってくる。

 

「クソッ!」

 

 被弾覚悟で跳んだ。濡れるのも構わず前転したが何発か受けてしまった。高速で飛んできた水の弾丸が直撃すると元が液体だったとは思えないほどの衝撃が襲ってくる。それに顔を顰めながらも足を止めない。

 なぜなら、水弾は弾幕のように追いかけてきているからだ。

 

 ……考える暇を与えねぇってか!

 

 

 内心で毒づきながらも身体は必死に逃げ回る。いくら彼が身体を鍛え上げているとは言っても特殊な力を持っていないただのヒューマンだ。何十発何百発もの弾丸に撃ち続けられれば死に至るのは間違いない。なによりヤツの攻撃で火力が高いモノは他にも多く確認していた。

 

 余裕のなさに焦りが生まれるが、オイゲンは長年の経験により焦りを自分の行動を急かす原動力として活用する。片方しかない目を目まぐるしく動かしヒントがないかを探していく。そしてようやく、見つけることができた。

 

「……あれか!」

 

 オイゲンの目に映ったのは、壁から中へと流れ込んでいる水だった。おそらく水道管かなにかが破損して水が流れ込んできているのだろう。オイゲンが壁際を走っていた結果()()()直撃してしまったのだろうか。しかしオイゲンは一つの可能性を考えて全力で走りながら照準も碌に定められない状況で銃弾を一発、水が出てきている上の壁へと放った。落とした壁の破片で塞ぐのを試みた結果なのだが、銃弾はリヴァイアサンの張った水の膜によって勢いを失い届かない。

 

 ()()()()だ。

 

 オイゲンは確信した。あの水は、リヴァイアサンが()()()()()モノだ。リヴァイアサンの本領は海でこそ発揮される。オイゲンが分析した通り、水がなければ真の力は発揮されないはず、なのだ。

 ただそこは水を司る星晶獣の一体。タワーの壁の中を登る水の流れを感知してオイゲンを攻撃しながら水道管に穴を空け、オイゲンの意識がそちらへ向かないように攻撃を続けながら水が溜まるのを待っていた、という可能性が考えられる。

 

「……偉大なる海の神にしちゃあ小せぇことするもんだ!」

 

 皮肉混じりに吐き捨てたオイゲンは思い浮かべたのは、アウギュステで初めて目にしたリヴァイアサンの姿だった。帝国に海を汚され怒りに暴れ回る姿と、街を呑み込む巨大すぎる津波。ちらっと聞こえた話では帝国の船も半数以上呑み込んだって話だ。間違っても今のように絶大な力を振るうための準備を怠らないような、人臭い存在ではなかった。

 用意周到な星晶獣もいたもんだ、と内心で苦笑する。マリスの力なら一体であってもこの塔を崩せるほどの力を持っていながら、確実に仕留めるため、わざわざ壁をぶち抜かないように加減しながら戦っていたのだから。

 そう考えると最初に階段を破壊したのも上に行かせないためではなく登って水から逃さないためとも取れる。

 

 しかもオイゲンが逃げ回ることで壁の水道管がまた破損したらしく、水が出てきた。とはいえ水の弾幕を張られ続けている状態では塞ごうと動くことができない。水が溜まり切る前に決着をつけるしかないかとリヴァイアサンに銃弾を叩き込むが、大してダメージがないらしく一発では怯みもしなかった。

 

 このまま弱らせて確実に仕留められる時になってから奥義を連発して一気に片をつける、という当初の戦法は使えなさそうだ。一か八かでもやるしかない。水が溜まって逃げ回れなくなる前に片をつけるという戦法でしか、勝ち目はないとわかったのだ。

 

 ならば、玉砕覚悟でも突っ込むしかないだろう。

 

「サドンアタック!」

 

 味方一人に強化を施す力により、自身を強化する。通常火力に加え奥義火力を大きく上昇させられる技を踏まえて、三連発をぶち込むつもりだ。オイゲンは進路を変え壁沿いを走るのをやめて真っ直ぐにリヴァイアサンへと突っ込んだ。当然それを大人しく見ているわけがなく正面から悠々と水の弾丸や砲弾、トゲなどを発射してオイゲンを迎撃しようとする。

 

 だが漢たる者、覚悟を決めて気合いを入れれば耐え抜ける。

 

「おおおおぉぉぉぉぉぉ!!」

 

 雄叫びを上げる。叫ぶことは痛みを紛らわせるのにいい手だ。原理を詳しくは知らなくても、実際にそう感じたのなら活用する他ない。

 

 銃と銃を抱える腕、狙いをつける目さえ無事なら後はなんとかなるという覚悟の特攻を、乱れ飛ぶ水の攻撃に対して行った。水弾が当たる。オイゲンの強靭な肉体へ僅かにめり込み、血が溢れる。それが数十発、トゲや砲弾まであるというのだから直撃して形を失い後ろへと流れていく水飛沫の中に黒ずんだ赤色が混じったのは言うまでもない。それでも足を止めなかったオイゲンが水飛沫の中から飛び出しリヴァイアサンの懐に潜り込んだ。

 

「……オート、イグニッション」

 

 彼の銃に奥義を連発するための力が装填される。そしてリヴァイアサンがなにかをするよりも早く、銃口を向けてどっしりと構えた。

 

「ディー・ヤーゲン・カノーネッ!」

 

 渾身特大の弾丸がリヴァイアサン・マリスの胴体を直撃する。流石に通常の銃弾とは訳が違うのか苦痛に悶えのたうち回った。ダメージが明白なのを冷静に確認しながら、のたうつ様に巻き込まれないように警戒しつつ次弾を叩き込む。

 

「ディー・ヤーゲン・カノーネッ!!」

 

 およそ銃から放たれたとは思えないほどの轟音を響かせて二発目が直撃した。大砲でも生温い一撃を受けて巨体が後退する。苦し紛れと思われる暴れながらの水弾を回避しながら、最もダメージのありそうな頭部を照準に捉えた。

 

「たらふく食らいやがれ。――ディー・ヤーゲン・カノーネッ!!!」

 

 至近距離から三発目を頭へとぶち込む。これ以上ない渾身、トドメの一撃だった。力尽きたのかバシャァと倒れ込むリヴァイアサンに、オイゲンは襲いかかる疲労に耐えながら銃を肩に担いだ。

 

「倒した、か……?」

 

 動かないリヴァイアサンに首を傾げつつも、警戒を解くことはない。勝利を確信した時の油断は命取りだと知っていた。とりあえず銃弾を撃ち込んでみる――反応なし。

 

「……とりあえず、もしもの時のために扉ぐらい開けといた方がいいか」

 

 傷だらけの身体を押して、既に膝ぐらいにまで張った水を警戒しこれ以上は動けなくなる可能性があると見て閉め切った扉の方へと向かおうとする。その時、水面から伸びてきた水の縄が彼の身体を雁字搦めにした。

 

「なにっ……!?」

 

 確かにリヴァイアサンは倒したはず、と首だけで振り返ると、目に光を灯す堕ちた海の神と目が合う。ぞく、と背筋を悪寒が駆け上る。次の瞬間破砕音が聞こえドドドという水の流れ込む音が聞こえた。壁から水が流れ込んできている。また水道管が破損したのだろう。しかしそれらは全てリヴァイアサンの近くの壁からだった。

 つまり、

 

「……のたうち回るフリして、壁の管を狙ってやがったのか!」

 

 オイゲンの奥義によってダメージを受け暴れていたのかと思っていたが、その実的確に管を狙っている辺り、やはり人臭い星晶獣だ。確認のための銃弾にもびくともしなかったことを考えれば、撃ち抜かれる痛みを耐えてこの機を狙ったということになる。マリス化の影響なのかはわからないが、随分と面倒な考え方をするようになったものだ。

 

「くっ!」

 

 流れ込む水の量が増えたせいで一気に水位が上がっていく。既に腰まで浸かってしまっている状態なので、なんとか縄から逃れようと暴れる。しかし元となる水がたくさんあるからか千切れることもなく、むしろ数を増やして身動きを封じた。

 

「ぐっ、あ、がぼっ!」

 

 そうこうしている内にも水位は上がり疲労が蓄積し、やがてオイゲンの顔まで浸かり始める。飲み込みそうになった水を慌てて吐き出し、せめてもの抵抗で目いっぱい息を吸い込んだ。そして全身が浸かった上に水の縄で縛られているせいで浮き上がることができなくなる。息が続かなくなったらその時が終わりだ。

 

 愛用の銃も水にどっぷりと浸かっているせいで使い物にならないだろう。湿気っているどころの話ではない。多少の嵐なら問題ないだろうが、ここまでやられては銃として期待できなくなってしまう。

 

「……」

 

 水中で目を開き隻眼でリヴァイアサンの次の行動を警戒する。このまま地道にオイゲンが溺死するのを待つというのも、これだけ準備をした意味がないというモノだ。確実に次の一手がある。

 目を凝らしていると、前方からなにかが来ているのが見えた。水中を透明なモノが突き進んでいるような、そんなブレ方だ。その輪郭は朧気ながら球体のようにも見える。それは高速で接近してくると、オイゲンの腹部にズドンと重い衝撃を与えた。

 

「……っ!?」

 

 耐え切れず肺に入れていた空気を大量に吐き出してしまう。慌てて口を閉じるが目の前を通って水面へと上がっていく気泡達が過ぎた後に、同じモノがいくつも飛んできているのが見えた。見えてしまった。縄から逃れようと足掻くが無駄に体力を消費するだけに終わり、彼の全身を見えない砲弾が打ちのめす。

 この規模と威力。間違いなくリヴァイアサンが放った水の砲弾だ。水中だから見えはしないが、どうやら溜まっている水と操っている水はまた別のようだ。もし同じだったなら、これまでの戦いでも水で足を拘束すれば簡単に勝負が決まったはずだ。

 

 ダメージを受けながらもなんとか打開策を考えるオイゲンの下へ、違う輪郭のモノが飛んでくる。それは砲弾とは異なり球体のようではなく、形状としては円錐だった。当然のように円の方ではなく鋭く尖った先端が向けられている。軌道を予測して狙いが彼の心臓にあるとわかった。仕留めに来ているとわかり必死になって足掻き、なんとか心臓を避ける。ただし、回避はできず左肩を貫かれる。

 

「っ~~!!」

 

 激痛に顔を歪め続かなくなってきた息苦しさに耐えていると、トゲと砲弾の混じった攻撃が開始される。トゲはできるだけ避けて、砲弾は気合いで耐え抜く。身動きのできないオイゲンにはそれが精いっぱいの抵抗だった。

 

「……が、ぶっ……!」

 

 何度目の砲弾だったろうか。溜め込んでいた空気の大半を吐き出してしまい、息が続かなくなる。腹部も何箇所が貫かれて血が水中を漂っていることからも、多くの血液を流出しているのは明らかだ。限界が近づいてきて、意識が遠退く。瞼が重くなって、一層暗くなったように感じた。

 

 死が迫ることで起こる現象には走馬灯を見るというモノがある。それが走馬灯だったのかはわからないが、ふと彼の脳裏を過ぎったのは去り際のアポロニアの言葉だった。

 

『……精々死ぬなよ』

 

 生き別れ、当然のように再会しても母のことで関係がよろしくないはずの娘が、そう声をかけてきたのだ。まだ己の悔恨を告げてもいないし、水に流したということもないだろう。それでもそういった言葉が彼女の口から出てきたのは確かで、なんらかの変化があったことは明白だった。……その変化の理由を考えてみると少し複雑な心境ではあるが、幼い頃も一緒にいたことが少なく、また母が死んで辛かったであろう娘の傍に寄り添ってやれもしなかった、父親らしいことをした覚えすらない気がする自分になにを言えるのかという自嘲が生まれる。

 それでも親子というのは不思議なモノで、仲違いした程度で切れる縁ではない。愛情が全くなければ切れるだろうが、家族の情があるのなら親は親、子は子のままなのだ。少なくともオイゲンはそう信じている。

 

(……まだあいつに、なにもしてやれてねぇだろうが……っ!)

 

 ここで諦めるのは簡単だ。威勢良く挑んでもマリスは強力で、世界を救うための犠牲になりましたの一言で終わる。だがそれでは親として、あいつらの仲間としての自分が納得しない。

 死ねない意味を思い出したオイゲンの身体に最後の悪足掻きをするための力が漲ってくる。水の縄を力任せに引き千切ると、一直線に水面へと向かった。死の直前にいたのに活力が身体に満ちているようだ。

 

 やっぱ俺ぁ単純だな、と苦笑しながらもリヴァイアサンに対応される前に僅かな水面へと上がり顔を出す。呼吸を整えたいところだがまだ戦いが終わっていない。それは後でゆっくり行えばいい。

 

 また一つ言葉が、オイゲンの脳裏を過ぎった。

 

『気合いってのはな、声を張ることで出るもんだ。もうダメだ、って時に腹から叫んでみろ。そうすりゃ思わぬ力が出るってもんだぜ』

 

 いつかアウギュステの海岸で出会った、水着のネェチャンに鼻の下を伸ばす筋肉隆々な格闘家の言葉だ。彼はオイゲンよりも年上でありながら衰えを知らぬ肉体を誇っており、また気合いでという部分に共感して意気投合したのだ。死の淵から這い上がってきたこの瞬間に思い出したということは、言葉の内容を実践する時が来たのだと本能で悟る。

 そこからは考えるより先に身体が動いた。アウギュステで暮らしていた結果水中でもある程度動けるオイゲンは、全身を使って勢いをつけ銃を左手に預けた状態で右手を振るう。更には吸い込んだ空気を声にして放った。室内どころか外にも聞こえるような声を腹底から叫ぶ。

 

「ソイヤァッ!!!」

 

 気合いの声と共に水面へと掌底を叩き込んだ。火事場の馬鹿力というヤツだろうか、水面はオイゲンの攻撃によって波紋を起こす程度では収まらず、水面が一気に床まで下がっていった。代わりに周囲の水面は天井へぶつかり、空いた空間へと降り注いでくる。

 オイゲンの身体を浮かせていた水がなくなり、彼の身体が重力に従い床まで落ちていく。見れば、水中で赤い目を光らせたリヴァイアサン・マリスと目が合った。

 

 床に着地した瞬間、オイゲンは真っ直ぐリヴァイアサンの方へと駆け出す。

 

「セイヤァ!」

 

 使い物にならなくなった銃の代わりに、念のためと鍛えていた己の肉体で勝負を決めにかかる。正面に出来た水の壁を掌底で弾き飛ばし、リヴァイアサンまでの道を無理矢理作り出す。迎撃に動くリヴァイアサンの攻撃は無視して突っ込んだ。既に回避するだけの余裕がないから、最短距離を走るしかないのだ。

 

 懐まで潜り込んだら後は、敵の攻撃を避けて拳と脚でダメージを与えていく。磨きをかけたインターセプトを連発してリヴァイアサンの体力を削る。流石に奥義を連続して受けたせいか相手の動きにもキレがない。着実にダメージは与えているはずだ。あとどれくらい自分の体力が持つのかとか、あとどれだけ攻撃すれば相手が倒れるのかとか、そういったことは考えない。ただ相手が動かなくなるまでひたすらに身体を動かし続ける。

 それが生き抜くために諦めなかった父親の意思。

 

 どれだけ攻撃を叩き込んだのだろうか。遂にその時は訪れる。

 

 リヴァイアサン・マリスが倒れ込みピクリとも動かなくなった後、巨体が消滅し魔晶だけが残った。

 

「……ぁ」

 

 ようやく訪れた終わりの時に、オイゲンの身体から力が抜けていく。攻撃の余波で吹き飛ばしていた水が大人しくなった彼を呑み込んだ。

 水中での息苦しさも感じない。あるのはただ疲れた身体に染みてくる水の冷たさだけだった。気力が尽きて意識が朦朧とし、力なく水に呑まれ漂うしかない。

 

 意識が完全に途切れ水が室内を完全に満たすようになった頃、脱力して浮いたオイゲンの身体と共に、ゆっくりと水面が下がり始めた。

 やがて水がなくなりオイゲンの身体がびしょ濡れの床に転がった後、ぴちゃぴちゃと靴が濡れた床を叩く音がする。

 

「扉開けたら水出てくるとかどんな罠だよ、ったく」

 

 軽い調子で濡れたローブの端を絞りつつ、オイゲンへと近づいていく。

 

「……悪いが死なせてはやらねぇぜ? あんたが死んだら、多分うちのボスが煩いんでな」

 

 彼はにやりと笑い、担いだ革袋をごそごそと漁り始めるのだった。




タイミングがいいのも主人公の資質。

そしてなんでシリアスにギャグを入れちゃうんだろうか……。

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