二階、ロキの出現させたティアマト・マリス相手にラカムが残ったのだが。
彼我の戦力差は明白だった。
それこそ無傷と重傷というほどの差が、彼らの間にはあったのだ。
「……ふぅ」
ラカムは咥えた煙草を左手の指で挟んで口から離すと、白煙を吐き出した。そしてゆっくりと、
「……悪いな。てめえじゃ俺に勝てねぇよ」
女性の姿をした本体も竜の部分も等しく傷だらけの状態だが、対するラカムは全くの無傷だ。それでも油断なく右手の銃をティアマトに向けているのは、油断はしないという意思表示だろう。
苦戦を余儀なくされるはずのマリス相手に、なぜラカムがこうも圧倒できているのかは簡単だ。
「俺はあいつらの仲間である前に、騎空士である前に操舵士だ。操舵士が風を読めないわけねぇだろ」
グランサイファーという騎空艇をほぼ一人で操縦し、船自体に武装がないというのに戦艦ともまともに戦えてきたのは、ラカムの力量があってのことだ。グラン達は初めて乗った大型の騎空艇がグランサイファーだったために気づいていないが、冒険という大きなカテゴリで見るとラカムの活躍は非常に大きい。
騎空艇で空を飛ぶために風を読むことに長けた彼は、ティアマトという風を操る星晶獣に対してその能力を発揮した。
その結果がこれだ。
無論狭い室内ということもあってティアマトが本領発揮できていないのも理由の一つだろう。そしてその狭い室内であれば、ラカムは完璧に風の流れを読むことが可能だった。
故にティアマトの攻撃は全く当たらず、逆に動きを読まれてダメージを受けている。
「本物ならいざ知らず、紛い物の風に負けるわけねぇ、ってこった。まぁなんだ、相手が悪かったな」
嵐さえ乗り切る自信がある彼に、ティアマトの攻撃は通用しない。トドメとばかりにティアマト本体へと照準を定めて引き鉄を引いた。
何度も使い最大威力となったスピットファイアがティアマトへと迫る。
「――――」
風の防壁でも作ると睨んでいたが、ティアマトはそのまま直撃を受けた。しかしトドメが刺せていない。受けるつもりで、耐え抜いたというところだろうか。
「ん?」
ふと妙な風を感じた。そこかしこで渦巻くような風が出来ている。その正体に気づいて、ラカムは煙草を咥え直すと銃に左手を添えて奥義を発動した。
「デモリッシュ・ピアーズッ!!」
行動されるよりも前に倒し切る、という目論見は外れてしまう。渾身の奥義はティアマトを穿ったが、直前で竜の部分が本体を覆い防御したのだ。竜の方はもう動かないだろうが、代わりに本体が無事である。
「チッ……!」
舌打ちして逃げ出そうとするが、それまで彼が有利であったように室内は狭い。
次の瞬間には竜巻が無数に巻き起こって先端をラカムに向けながら飛んできた。スピットファイアで一つ消し飛ばすが、速さと数の多さによって迎撃が間に合わなくなる。
そしてラカムは竜巻が直撃してしまい、切り刻まれ回転させられながら吹っ飛んだ。
「ぐあぁっ!!」
堪らず呻き声を上げて部屋の壁をぶち抜き勢いよく吹き飛んでいく。
「がはっ、ごほっ!」
ようやく止まったかと思えば、直撃した影響と何度か壁に叩きつけられた影響があり骨折などの痛みに見舞われる。咳き込むと吐き出した空気に血が混じっていた。
「……クソ、最後の足掻きってわけかよ」
痛む全身を押さえながら立ち上がって吐き捨てる。ラカムが油断していたわけではなく、ただ星晶獣に覚悟があっただけのことだろう。自分が死んだとしても敵を先には進ませないという意思が成した結果だ。
立ち上がりはしたが思ったよりダメージが深く、身体に力が入らない。
「……チッ。これじゃ避けるのは無理か」
身体の状態を確認して、向こうも動けないはずだと思い考える時間を作る。奥義をぶち込んで倒してやりたいが、今の攻撃で銃身が微妙に曲がってしまっていた。これでは弾丸を放つことができない。銃口の下に刃を取り付けているとはいえ、銃と比べて扱いに格差がある。今回の相手を考えると心許ない。
他になにか武器になるモノはないかと自分が吹っ飛んできた室内を見渡す。銃は見つけられなかったが部屋の隅に積まれていた麻袋を発見した。その内の一つが破れていて、黒い粉が流れ出している。
「これは……」
近寄って屈み、一摘み取ってみると独特の匂いと感触でなんなのかを理解した。
「火薬か」
銃の扱いにも長けたラカムは弾丸に使われるその粉末を知っていた。摩擦や静電気などにも敏感で、もしそこに突っ込んでいたら爆発してしまったのではないかと肝を冷やす。
「だがこれがありゃ、いけるかもしれねぇな」
銃がなくてもティアマト・マリスに大ダメージを与える。この火薬を使えば、それができる。
「……もうちょいだ。気合い入れろよ、俺」
力の入らない身体を叱咤し、太腿を叩いてなんとか力を込める。そして銃を腰に提げると麻袋を抱えて部屋を飛び出した。一個では足りない。いくつもの麻袋を並べる必要がある。
ラカムは一つ目を破くと中身をティアマトに向かってぶち撒けた。風の防壁で直接はかからないが、落下して床に溜まったので良しとする。そんなことを何度か繰り返していると、繰り返し同じことをしているラカムを怪訝に思ったのか、これ以上なにかさせまいとしたティアマトが麻袋を抱える彼の脚を風の刃で切り裂いた。
「ぐっ!」
動かなくなりそうな身体に鞭打っての状態だったため、無様に転び袋の中身を意図しない形で出してしまう。
「ぐ、クソッ……」
呻きなんとか腕に力を込めて立ち上がろうとしたところで、ラカムはあることに気づいた。
「……はっ」
最後の一袋を違う場所でばら撒いてしまったために火を点けることができないかと思っていたのだが。床に散らばった黒い粉末は偶然にも事前に撒いておいたところへと届いていた。都合のいい偶然に、思わず口端を吊り上げてしまう。
「……ったく。しょうがねぇなぁ」
苦笑しながら最後の力を振り絞って身を起こし、震える脚で踏ん張ってなんとか立ち上がる。掌を払って火薬がついていないことを確認した。ティアマトはまだ動けることに驚いているのか、それともなにをする気か読み切れていないのか、手を出してこない。
手馴れた所作で煙草とライターを取り出し、煙草を咥えるとライターを着火して手を翳すように火を灯す。ライターを仕舞って煙を吸ってから、指で煙草を挟んで口から離すとゆっくり白煙を吐いた。
「もう碌に身体が動きやしねぇ。だがこれで終わりだ。……俺とお前、どっちが生き残るかって意味でな」
決して彼が勝利する道が整ったわけではない。だが確実にここで仕留めることができるとは思っていた。
だから笑みを浮かべて、煙を昇らせる煙草の先端をティアマト・マリスへと向ける。
「――さぁいっちょ付き合ってもらおうか。俺とお前、どっちが爆発に強いかってなぁ!!」
吼えたラカムの指から火の点いた煙草がスルリと落ちていく。火気厳禁の火薬に煙草が触れた瞬間、爆発した。悲鳴を上げる暇もなくラカムの身体が吹き飛ばされ、火薬を伝って連鎖的に爆発が続きティアマト・マリスへと到達、大量に積もっていたためにタワー全体が揺れたのではないかというほどの爆発が起こった。
壁ごと吹き飛んで白煙が発生し、その中から黒い結晶が外へと投げ出される。
(……生きて、ら……)
ラカムは微かに意識を保っていた。それでも朦朧とした状態であり、力なく頭から落下するだけの身では死ぬ可能性が高い。
視界が霞み瞼が重くなってきた視界の端に、先端に輪っかのある縄が捉えられた。縄は見事宙に投げ出されたラカムの足首に引っかかる。
「あ……?」
一体誰が、と不思議に思う間もなく縄が引き出されずぴんと張って、重力に従い落下する時に縄を中心に回った。
「へぶっ!?」
泣きっ面に蜂、と言うべきか。瀕死のラカムは落下から逃れることはできたようだったが、思い切り硬いタワーの壁に顔面からぶつかってしまった。ぴくぴくと痙攣し血を垂らす様はもうトドメを刺されたのではと疑ってしまう容態だ。
その後ゆっくりと縄が引っ張られて引き上げられたラカムは、
「……危うく死ぬとこだったじゃねぇか!」
力を振り絞って怒鳴った。返答の代わりにぱしゃとなにかの液体がかけられる。不愉快極まりないが、痛みが引いていったのでポーションかなにかなのだろう。
「俺が助けなきゃ転落死してたんだから責められる筋合いはねぇなぁ」
ラカムを引き上げたのは、黒いフードつきローブを着込んだ少年、ダナンである。彼はラカムの足首から縄を外すと巻き取った。
「嘘つけ。てめえ、
咎めるように顔を険しくしたラカムに言われて、普段通りの不敵な笑みを浮かべる。
「なんでそう思う?」
「そりゃだって、タイミングが良すぎるからだろ。俺が吹き飛ばされてから縄に輪を作ったんじゃ助けられるわけがねぇ。事前に外へ投げ出された時のことも考えて用意してなきゃ都合が合わないんだよ」
「正解だ」
ちろ、と舌を出して言ったダナンに思わず青筋を浮かべそうにはなったが、命を助けられたことは確かだ。ここは大人の対応として深く息を吐いて落ち着こうとする。
「ま、火薬ばら撒いてなにしてんのかと思ったからな。火薬には詳しくねぇから下手に手ぇ出すより見守ってた方が邪魔しねぇと思っただけのことだ」
「……そうかよ」
「それともなにか? 影から点火してあんたごと爆破しちまえば良かったのか?」
「俺になんか恨みあんのか。……まぁいい。助けられた、って結果だけで」
「精々感謝しとけよ。意識のねぇ下のおっさん共々、な」
十歳以上年下に振り回されないようにと努力してはいる。が、聞き捨てならないセリフがあって思わず身を起こした。
「オイゲンのおっさんは無事なのか!? っつつ……」
そしてまだ完治していない身体を痛めてひんやりとした床に背中を預ける。
「命は、な。意識はねぇから精々あんたが連れてくんだな」
「ったく。わかってるよ。……ありがとな、オイゲンを助けてくれてよ」
「礼を言われることじゃねぇよ。うちのボスとの関係を有耶無耶にしたままじゃいけねぇってだけだ」
「……そうかよ」
照れた様子でもなく事実それだけといた風なダナンに思うところがないわけではなかったが、とりあえず救ってもらった立場なので突っかかりはしない。
「そういや、銃故障してんだな」
「ん? あぁ……。形勢逆転、って時に銃身がちょっとな。他は問題ねぇと思うんだが」
「そりゃ困るな。お前らにはちゃんと世界を救ってもらわなきゃいけねぇんだし」
ダナンはそう言って【アルケミスト】と唱え恰好を変化させる。
「お、おい。なにする気だ?」
ダナンはラカムの困惑を無視してラカムの銃の銃身を掴む。そして【アルケミスト】の力で錬金を行い、曲がった銃身を真っ直ぐに戻していく。
「これで良し、と。じゃあ休んでからオイゲンと一緒に上来てくれ。最終決戦の場にいないなんてカッコ悪い真似、すんなよ」
「お、おい!」
一瞬呆けたラカムに対しダナンは肩越しにひらひらと手を振って上の階へと向かってしまう。呼び止めるのも無視され、追えない身体では見送るしかなかった。
「……ったく。礼くらい言わせろってんだ」
銃を修復して戦う手を残してくれたことに、感謝を告げる間もなかった。この様子ならおそらく、上で残った連中も助けながら上がっていくつもりだろう。
「ちょいと癪だが、俺達が行くまで頼んだぜ」
見えなくなった背中にそう告げて、今は少しでも休む時と寝転がり力を抜く。まだ決着していないのなら、できる限り力になってやりたい。そのための、束の間の休息だ。
タイミングがいいのも主人公の資質。
と、やっぱりなぜかシリアスなのにギャグ入れてしまう。
ラカムが割りと楽勝っぽくてすみません。まぁオクトーさんは一人で戦ってましたけど、あの人属性的に不利ですからね? ラカムは有利属性ですし。
多少は、見逃していただけると。