ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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四人は五人に

 意識が浮上してくる。安めのベッドの慣れた感触と匂いがして、普段使っているベッドで眠っているのだとわかった。重い瞼を持ち上げて目を開くと、やはりというか見慣れた天井がある。

 

「あっ、目が覚めた~?」

 

 軽薄そうな声が聞こえて視線を動かすと、入り口のところで壁に寄りかかっているエルーンの男が見えた。

 

「……ああ。どうやら、命はあるみたいだな」

「回復したからねぇ。感謝してよ?」

「あんた、回復ができんのか」

「あんまり得意じゃないんだけど、ある程度」

「なるほどな。回復か。いい手だ。で、あんたのその玉っころが杖の代わりってことでいいのか?」

「ん~。まぁそんな感じだね」

「人に教えることは?」

「できなくはないけどこの宝珠魔法は無理だねぇ」

「じゃあ一般的な魔法はできるんだな?」

「これでも魔法を使えるからね。その辺は一通り」

「よし、充分すぎるな」

 

 特殊な魔法のようだったが、俺にも使える魔法を教えてもらえそうだ。……まぁ、手を組まないんだったら意味もない質問になるが。

 

「急にどうしたのかは知らないけど、ボスからの伝言。『貴様の力はわかった。後で目的を話してもらうぞ』だそうだよ」

 

 似ているのかよくわからない声真似をされてしまった。雰囲気はあると思うが。

 

「ま、第一段階は突破ってとこか。それまで暇だから魔法教えて――」

 

 俺は起き上がってドランクに魔法の基礎でも教えてもらおうかと思うが、横から服を引っ張られた。寝惚けていて気づかなかったが、見るとぬいぐるみを抱えた少女が立っている。

 

「……アップルパイ」

 

 またそれか。俺が呆れるのとほぼ同時にドランクがぷっと吹き出した。殴ってやりたいが、治療してもらった手前やりにくい。

 

「ええと、今じゃなきゃダメ?」

 

 俺の質問に、少女は迷いなく頷いた。……どんだけ気に入ったんだよ。注意を引くためとはいえ、美味しく作りすぎたか。

 

「いや~、ほんっとに困ってたんだよね~。アップルパイ買ってこようかって聞いてもいらないって言うし。どんだけ美味しいの作ったの? 食べさせてよ」

「……まぁいいけど。じゃあ後で来る二人のを合わせて、作ってやるか」

 

 ということで、俺はなぜかアップルパイを振舞うことになった。材料が残念ながらあることを確認して、大人しく生地を練っていく。そこで少女がじっと作業を眺めていることに気づいた。

 

「興味があるならやってみるか?」

「……早く食べたい」

「食べる方かよ」

 

 料理に興味があるのかと思ったが、どうやらまだ出来ないのかと見ているだけのようだ。いや、機会があったら仕込んでやろう。自分で食べたいなら自分で作れと言ってやらせればやる気を出すかもしれない。

 

 アップルパイが焼き上がったところで、タイミング良く黒騎士とスツルムが戻ってきた。

 

 三枚焼き上げたのだが、二人が入ってきた途端に少女がばくばくと一皿分猛スピードで平らげてしまう。

 

「おいおい。そんなに急がなくてもいいだろ」

 

 俺が苦笑すると、少女はじっと俺を見上げてこう言った。

 

「……早くしないと、食べられる」

 

 思わず隣に腰かけたドランクと顔を見合わせて笑ってしまった。

 

「あー……。元々二枚はお前の分として作ったんだ。だからゆっくり食べていいんだぞ」

 

 俺はぽんぽんと頭を撫でて言い、もう一皿を少女の前に持ってくる。少女は驚いたように撫でられた頭に手を乗せて、しばらくしてからゆっくりとアップルパイを食べ始めた。

 

「ま、茶でも飲みながらゆっくり話そうぜ」

 

 席に着いた二人にも飲み物を渡して、腰を落ち着けるようにする。

 

「美味っ! ……これホントに君が作ったの?」

「さっき目の前で作ってただろうがよ」

 

 アップルパイを口にしたドランクが大袈裟に驚いていた。

 

「……悪くないな」

 

 釣られてかスツルムも食べている。

 

「……」

 

 一人兜で顔が見えない黒騎士だけは、アップルパイを食べていない。憮然とした態度で腕を組みソファーに座っている。両側に少女とスツルムがいる配置だ。

 

「……ミートパイは作れるか?」

 

 アップルパイを一切れ食べ終えたスツルムに尋ねられる。ミートパイか。作れなくはないな。

 

「作れるけど?」

「……ボス、決定だ。採用しよう。美味い飯が食える、それだけで価値がある」

 

 予想外のところから援護があった。この様子から考えると、まだ決めかねていたってとこか。

 

「珍しいねぇ、スツルム殿が積極的だなんて~」

「……どこかの誰かが不味い飯ばかり作るからな」

 

 ドランクの茶化しに冷たく返すスツルム。離れたところで少女が誰も見ていないのをいいことにこくこくと頷いていた。食べるの好きそうだし、死活問題なんだろうな。

 

「そんな理由でこいつを連れていくと?」

「……食の質はモチベーションの高さに繋がる。作戦の成功にも関わってくる」

 

 「スツルム殿、本気だ……っ」とかふざけた様子で言っているドランクは無視だ。

 

「……第一、話し合った結果問題ないってことにはなったはずだ」

「……」

 

 なってたんだ。

 

「……ふん。まぁいい。ふざけてないで本題に入るぞ」

 

 スツルムに痛いところを突かれたからか、真面目なトーンで黒騎士が仕切り直す。

 

「貴様はなぜ手を組もうと思った?」

 

 一問一答形式で進めるらしい。面接のような感覚だろうか。隠したいこともないので正直に答えていこう。

 

「なんか深い事情がありそうだったし、暗躍してそうだったからだな。あと俺より強そう」

「ふざけているのか?」

「真面目だよ。深い事情ってのは大きな出来事に巻き込まれる可能性がある。表立って活躍するよりも暗躍する方が性に合ってる。俺より強ければ俺がもっと強くなることも可能だ」

「大きな出来事に巻き込まれたいと?」

「ああ。あんたも見た俺の能力ってのは、特異でどこが起源なのか知らねぇからな。俺の持論だが、力には意味がある。才能なんかは別だが、俺の付随しただけの力なら由来っつうか、そういうもんがあると思うんだよな。そこに踏み込むには、面倒事にも関わっていかなきゃならねぇ」

 

 他の誰にもない能力がある。俺は特別だと考えるなら安いが、俺に特別っぽさがなくてそれでも能力があるのなら、そこには持っている意味というのが存在するはずだ。……まぁ、願望に過ぎないからなくてもしょうがないっちゃしょうがないんだけどな。

 

「『ジョブ』の力か。確かに特異だな」

 

 黒騎士の口からその単語が出てきたことに、驚きを隠せなかった。

 

「知ってるのか!?」

 

 思わず腰を浮かしてしまう。

 

「ああ。とはいえそういう力がある、というだけだ。その根幹までは知らん」

「あと、君以外のその能力を持ってる子は知ってるよーん」

 

 黒騎士の冷静な言葉に、ドランクが軽い調子で補足する。スツルムの方を見つめた。

 

「……本当だ。この目で見た」

 

 なるほど。俺以外に『ジョブ』を持ってるヤツがいたのか。それは興味深いな。

 

「あれ~? なんでスツルム殿の方に? 酷くな~い?」

 

 滲み出る胡散臭さのせいだ。と言いたいがそんなことよりそいつの話を聞きたい。

 

「で、その『ジョブ』を持ってるヤツってのは?」

「私とも多少因縁のある相手だ。貴様と同年代ぐらいの双子だな。名をグランとジータと言う」

 

 グランにジータ、か。聞き覚えはねぇな。

 

「因縁ねぇ。まぁ実際会ったら適当に聞いてみるか」

 

 ソファーに腰を落ち着けて頭をがりがりと掻く。

 

「殺し合いをするとしてもか?」

「ああ、悪いが、殺しと会話ってのは日常と関わりあるもんだったんでな。そうかけ離れてるとは思わねぇ」

「……そうか」

 

 俺の感性の問題だ。例えば、必要になったら世話になっているシェロカルテにさえ刃を向けられる。そういう風に生きていなければならなかった。

 

「ま、そいつに会うことがあればちょっと俺に時間くれ。俺の目的は簡単でな。この能力について知りたいんだ」

「なるほど。まぁ貴様の有用性は充分にわかった。『ジョブ』について、貴様がわかっている情報を教えろ。私の推測と照合する」

「はいよ」

 

 黒騎士に言われて、『ジョブ』について頭の中で整理する。そしてなにから言うべきかを考えて、一つずつ答えていった。まずはある程度の信頼を得る必要がある。だから隠さなくていいことは話しておくべきだ。

 

「『ジョブ』には段階があって、それぞれ十個ぐらいあるんだ。下からClassⅠ、Ⅱ、Ⅲになってる。ⅠとⅡは十個ずつだが、Ⅲは十一個ジョブがあるんだ。なんでかは知らん。ただ存在はわかってもそれぞれのジョブには解放条件ってのがあってな? まず俺の基本ジョブになってるシーフはⅠのジョブだが、短剣と銃が扱えるようにならないと解放されない。この二つの武器ってのはジョブそれぞれに違って、十種ある武器の内二つしか装備できなくなるんだ。だから俺は基本短剣で戦って、【ナイト】になった時は剣と槍だから持ってなくて素手にするしかなかったわけだな」

 

 例外として通常状態でもあるシーフならどんな武器種でも使うことができる。そうしないと武器を使えるようになって『ジョブ』を解放したいのに武器が使えないということになってしまうからな。

 

「なるほどな。つまり最低でも十ある武器を一つずつ所持していなければなれないジョブが出てくる可能性もあり、その代わりにあらゆる武器種を使いこなすという汎用性の高さを持つわけか」

 

 今の説明だけで理解するのは流石だな。

 

「ああ。俺が今解放してるジョブは、シーフ、ナイト、エンハンサー、グラップラーの四つだ。短剣、銃、剣、槍、格闘、刀の六つの扱いを覚えてはいるんだがな。残り四つ、斧、杖、琴、弓を覚えることでより汎用性を高められる。Ⅱからは特定のジョブを解放し、使いこなせるようにならないと解放されていかないんだ。Ⅲも大体一緒だな。二つの下位ジョブを使いこなせると解放されていく」

「大体理解した。私達に加担するとして、足りない部分を補うことを優先にジョブを解放してもらう必要があるが、それでいいか?」

「ああ。どっちにしろいずれは全部解放するんだ。どれからだって構わない」

「そうか。ならお前に解放してもらいたいのは、防御、回復、隠密、遠距離攻撃、できれば弱体。この五つだがそれに該当するジョブで、今解放されていないジョブがあり、それらを解放するために必要な武器種を挙げろ」

 

 具体性があって助かる。黒騎士の言う条件に当て嵌まるジョブは五つぴったりで、三つは解放済みだ。つまり残るは回復と遠距離。だから、

 

「杖と弓だな」

 

 簡単に結論が出せた。隠密ってのはシーフでいいんだと、多分思う。

 

「そうか。ならドランク、杖及び魔法についてこいつに教えておけ。弓は心当たりがないが、書物くらいなら買ってやる」

「了解。よろしくな、ドランク」

「はいはーい。任せといて」

 

 気さくだがどこか信用ならないエルーンに教えてもらうこととなった。

 

「では私とスツルムは引き続き準備を進める。次の行き先はバルツ公国だ。作戦当日、足手纏いにならないよう気をつけるんだな」

「ああ、精々頑張るよ」

 

 黒騎士の言葉を笑って受けつつ、二人が出ていくのを見送ろうとした。

 

「あ、この子はどうするんだ?」

「……貴様が面倒を見ろ」

 

 立ち止まりはしたが振り返らず、黒騎士は一言そう言って立ち去った。少女は少し寂しそうにしていたが、なにも言わなかった。……二人の関係性がイマイチよくわからんなぁ。

 

「ふぅん。まぁいいや。これからよろしくな、えーっと……」

 

 そういや名前を聞いてないな。

 

「名前、なんていうんだ? 人形ってのが名前じゃないんだろ? 呼びにくいし」

「……」

 

 俺がそう言うと、少女はじっと俺の顔を見つめてきた。

 

「……オルキス」

「オルキスか。わかった、じゃあオルキス。これから世話になる」

「……ん」

 

 接しにくい相手だが、まぁそれは気にしても仕方がない。誰とでも適度に付き合えるのが俺の長所だ。

 

「……名前、聞いてない」

 

 オルキスに言われて、まだ名乗っていなかったかと思い至る。

 

「俺はダナンだ」

「……ダナン。覚えた。ご飯美味しい人」

「……嬉しいのは嬉しいがなんだその微妙な印象は。まぁいい。昼飯まではその辺にいてくれよ」

「……アップルパイは」

「まだ食べる気かよ。飯前はいけません」

「……」

 

 表情は僅かも動いていないが、じっと見つめてくる瞳には不満の色があるように思えた。それを察しておいても無視できるのが、俺の長所だ。

 

「ごろごろしててくれ。食べたいなら、自分で作ってみることだな」

「……料理したことない」

「レシピはやる。レシピ通りに作れば食べれるモノにはなるはずだからな」

「……わかった」

 

 俺はオルキスにアップルパイの汎用レシピを手渡してやり、俺が魔法の扱いを教わっている間に暇潰ししてもらおうと思う。

 

「そろそろいい?」

「ああ。下でやるか」

 

 俺はドランクと一階の部屋へ行く。俺が工房のように使っている場所だ。娯楽がなくて集中しやすい。

 

「それじゃあドランク先生の授業、はっじめっるよ~」

 

 へらへら笑っていて信用ならないが、俺より強いのは間違いない。さっさと技術を吸収させてもらうとするか。




一応補足として。

ダナンの『ジョブ』の姿はグラン君の黒いバージョンみたいな感じです。
夏にジョブのカラー変更が発表されたのでちょっと投降を早めたという都合があったりなかったり。

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