ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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そういえば昨夜日間ランキングに入っていました。今朝はなくなっていたのでこれはオーキス効果か……と戦慄しております。皆さんありがとうございました。

今回は、感想で予見していた方もいましたが、ナルメア回。
尚ナルメアのフェイトエピソードのネタバレを含みます。


自分を認めて

 と、前回グランとジータ率いる“蒼穹”の騎空団に宣戦布告したんだが。

 

「だ、ダナンちゃん!?」

 

 いい感じで終わったのに雰囲気をぶち壊す声が聞こえてきた。聞き間違えるはずがない。

 

「な、ナルメア……」

 

 遂に見つかってしまった。声のした方を振り向くと予想通りの姿がある。左目を前髪で隠した紫の長髪を持つドラフの女性。

 

「なんでここにいるの? それにさっきのって……」

「あー……。ちょっと落ち着けって。色々あったんだよ。あれからな」

 

 俺は戸惑っている様子のナルメアの頭を撫でて宥める。

 

「ダナン君ってナルメアさんと知り合いだったの?」

「ああ、まぁな。こいつらとも会う前の話だ」

 

 しばらく撫でているとナルメアは落ち着いたようだったが、なぜか別の場所からチクチクとした視線を感じる。見るまでもなくオーキスだが今は置いておこう。

 

「そうだ、ナルメアもこいつらの騎空団入るんだろ?」

「あ、うん。でもダナンちゃんも騎空団作るんだよね?」

「いいんだよ、気にしなくて。ナルメアに必要なのは、多分そっちだ」

「?」

 

 結論は変わらない。俺にナルメアを変えることはできないだろう。底抜けにお人好しで前向きなヤツでもなけりゃ、な。

 

「……ダメ」

 

 不意にナルメアを撫でていた手が取られて別の頭に乗せられる。

 

「……狡いから、ダメ」

 

 じっと見上げてくるオーキスの目は不満を訴えてくるようだ。

 

「えぇと……誰?」

「……オーキス。ダナンとはずっと一緒にいる」

「へ、へぇ、そうなんだ。ダナンちゃんと。でもお姉さんの方が一緒にいると思うなぁ。だって半年も一緒だったし」

「……私の方がいっぱい抱っこして、頭撫でてもらってる」

「お姉さんだっていっぱいしてもらってるもん。食べさせっこだってしたし」

「……むぅ」

 

 なぜかナルメアと俺の間にオーキスが割って入り対抗するように対峙した。……いやなんでこうなってんの?

 初対面のはずの二人がよくわからない内に睨み合いを始めてしまった。二人の視線の間に火花が散っているようにさえ見える。

 

「……ダナンとどういう関係?」

「えっ? えぇっと……半年間一緒に暮らした仲?」

「……恋人じゃ、ない?」

「う、うん。違うけど」

 

 オーキスは満足そうに一つ頷く。盛大に嫌な予感がした。しかし俺が止める間もなくオーキスはそれを口にする。

 

「……ダナンとキス、したことある」

「っ!?」

 

 言ってしまった。周囲が色めき立つのを感じる。ナルメアも驚いていた……かと思ったらすっと瞳から光が消えた。

 

「……へぇ。ダナンちゃんはお姉さんと別れた後、女の子と仲良くしてたんだぁ」

 

 俺の知らない側面が顔を出していた。怖い。

 

「……しかも二回」

 

 オーキスが表情豊かならきっとドヤァとしていたことだろう追い討ち。……お前はもうちょっと相手の反応を見てからにしろ。

 

「……へぇ?」

 

 ナルメアから黒い負のオーラが噴き上がっているような気がする。なにかマズいモノが顕現してしまいそうだ。団員の制御は団長に、ということはグランとジータを見るが目で「お前がなんとかしろ」と言ってきやがった。クソッ。

 

「ナルメア」

 

 俺は彼女の名前を呼び、両の頬をむにーっと摘んだ。

 

「あ、あにふるの?」

「いいから落ち着きなさい」

 

 むにむにとナルメアの柔らかい頬を弄ぶ。しばらくしてから手を離すとナルメアは摘まれた頬を両手で擦り少し涙目になって上目遣いに見つめてきた。

 

「うぅ……酷いよ、ダナンちゃん」

「煩い。全く、少しは落ち着いてな?」

「うん」

 

 とりあえずナルメアの暴走は止められたようで良かった。

 

「積もる話はまた後でな」

 

 宴の席で争うんじゃないよ全く。

 

「わかった。じゃあ後でゆっくり、お姉さんと二人で話そうね」

「……む」

 

 やけに“ゆっくり”とか“二人で”を強調していたせいでオーキスがむっとしていたが。

 

 そんなこともありつつなんとか宴はメインを終えていった。グランとジータは騎空団の再編や他のClassⅣの会得、グランサイファーでは人数を超過してしまうために新たな騎空挺が必要になったこともあり、しばらく今のファータ・グランデ空域に滞在するようだ。

 

 そして俺は、渋るオーキスを振り切ってナルメアと二人、会場の外で夜風に当たりながらこれまでのことを話していた。

 

 俺が彼女と別れてから今までなにをしてきたのか。

 ナルメアが俺と別れた後なにをしていたのか。

 

 全部を話していると夜が明けてしまうので、掻い摘んでざっくり語り合った。

 

「……ダナンちゃんは色々あって、強くなったんだね」

「色々ありすぎて力不足を実感することしかなかったよ」

 

 一筋縄ではいかない強敵ばかりと戦う日々だった。流石にこんなんをずっとってのは勘弁して欲しい。

 

「私は、あんまり変わってないかなぁ」

「そりゃ元々雑魚だった俺と、ナルメアの成長速度は違うだろ。なにより強敵との戦いっていうのはかなり大事だしな。鍛錬だけじゃ伸び悩むってのはあるかもな」

「…そっか」

 

 どうやらナルメアは未だに強さの自覚がないらしい。……あいつらちゃんと言葉かけたんだろうなぁ。人数多いからっておざなりにしたらただじゃおかんぞ。

 

「そうだ。なぁ、ナルメア」

「なぁに?」

 

 俺が呼ぶとこちらを向いて小首を傾げてくる。

 

「俺はナルメアに貰ってばかりだ。だから、俺にできることなら恩返しがしたい」

「貰ってばかりなんてそんなこと……」

「あるんだよ」

 

 俺はすぐ否定しようとするナルメアの言葉を強めに遮った。

 

「俺はナルメアに出会うまで優しさを知らなかった。貰った優しさがなけりゃ他人に優しくすることなんてなかったかもしれない」

 

 俺は躊躇なく人を殺せる人間だ。例え自分を慕っている少女であっても、必要とあらば手にかけることができる。ナルメアに出会わないまま俺があいつらと組んでいたら、オーキスに優しくすることなく人形として接したかもしれない。無論、その状態であそこに加われるかはまた別の話だが。

 

「俺はナルメアに出会うまで料理を知らなかった。食べた料理、教えてもらった料理がなけりゃ料理することすらなかっただろうな」

 

 俺は彼女と出会うまで食べられるモノならなんでも良かった。虫だろうが鼠だろうが口に入れて腹を満たせるモノなら、なんでも。料理を振る舞うことで得た成果は大きい。あいつらの胃袋を掴めたし、秩序のとこでも役立った。今日だってそうだ。料理を人に食べてもらうことの良さを知らなければ今とは全く違っていただろう。

 いつだってナルメアは、俺が美味しいと言えば凄く嬉しそうな顔をしていた。だから俺は料理を食べてもらうことの喜びを知ったんだ。

 

「俺はナルメアに出会うまで武術を知らなかった。それまでは独学。人に教わることで格段に成長できるんだって知った」

 

 俺は周囲の人間を信用していなかった。俺を裏切った商人は信じていなかったが俺が生活するのに必要だから関わっていただけだ。最後には裏切られたしな。だがナルメアは俺を見捨てはしなかった。ずっと傍にいてくれた。だから信用できたんだ。その結果戦う術を教えるという敵を増やすかもしれない行為を頼むことができた。『ジョブ』の都合上、独学で全てを極めるのは不可能だ。少なくとも短期間では。だから人に教わることが重要になる。

 その最初がなかったら、もっと出遅れていただろう。

 

「……俺はずっと、ナルメアに貰ったモノで生きている。ナルメアとあそこで出会っていなかったら、俺はこうしてここにいることもなかったんだよ」

「……そう、かな?」

「ああ。少なくとも俺はそう思ってる。というか実際問題ナルメアに拾われてなかったら空の底に落ちて死んでただろうしな」

 

 そもそもが命の恩人だ。いくら生き汚い俺でも空の底に落ちたら流石に助からないだろう。

 

「そっか。そうだったら、嬉しいな」

 

 少しだけ受け取り方は変わっただろうか。ナルメアも少しは前向きになってくれればいいんだが。

 

「……ダナンちゃんは変わったね。強さだけじゃなくて、心も」

「ま、色んなことがあったからな。けど当然変わった起点はナルメアだからな」

「うん、ありがと」

 

 とりあえずそんなことはないとは言わなくなった。俺の気持ちが伝わったから、だったらいいんだが。

 

「……うんとね、ダナンちゃん」

「うん?」

「今度はお姉さんの話、聞いてくれる?」

「もちろん。俺で良ければ」

 

 ナルメアが話す気になったようだ。基本はグランとジータ達に任せたいとはいえ、俺で力になれることなら力になってやりたい。

 

「私の遠い、遠い親戚にお侍さんがいるの。私は彼に憧れてた。私の家は道場をやってたから、そこに来た時幼い頃だけど一緒に暮らしてたこともあった。でも彼は強さだけを追い求めていた。……だから、弱い私には見向きもしなかった。私は彼に構って欲しくて、私のことを見て欲しくて、彼の真似をして刀を振った。毎日、毎日、ずっと……。でも結局彼は私に見向きもしないまま、旅立ってしまった」

 

 当時抱いていた焦燥感や寂寥感が伝わってくるほどの沈痛な声でナルメアはそう語った。

 

「でももっと強くなれば、いつかきっと彼から会いに来てくれる。そう思って鍛えて、鍛えて、魔法も覚えて……」

「そう、か」

 

 強さにしか興味を持たず弱者に見向きもしない。だから強くなれば見向きしてもらえる、ということでもあるのか。だが今もまだ、ってことは相当ヤバいヤツなんだろうな。

 

「それで、その……彼が今日この場所に来てるの」

「はぁ?」

 

 急展開だった。続いた言葉に思わず間の抜けた声を上げてしまう。……いやだって急すぎんだろ。

 

「……で、そいつってのは?」

 

 俺は聞かなければならないと思い、自分から尋ねた。

 

「――十天衆の刀使い、オクトー」

 

 ナルメアの口からその名前が紡がれて、俺は納得する。……そりゃ強いはずだと。

 

「元の名前はザンバ。けど強さだけを求めすぎて自分の名前すら忘れてるみたい」

「……そりゃ相当だな」

 

 よりにもよって十天衆か。刀使いの中では間違いなく全空のトップに挙げられる人物。黒騎士も確か、単純な剣だけで戦えれば一人でも自分といい勝負をするかもしれないと言っていたヤツだ。

 とはいえ力になると言ったばかりだ。折角この場にいることだしなんとかしてやりたい気持ちはある。……よし、やってみるか。

 

「わかった。とりあえず話してくるわ」

「え?」

 

 俺は頭で即興の筋書きを立てると立ち上がって戸惑うナルメアを置いて会場の中へと戻っていく。

 

「ち、ちょっとダナンちゃん? 私まだ心の準備が……」

 

 ナルメアには申し訳ないが多少強引にいくしかない。あと俺がやりたいようになるのは常からだ。

 というか、なによりナルメアをずっと苦しませてきた野郎を一発ぶん殴りたい。

 

「……」

 

 俺は会場に入って黒騎士達とは別の意味で近寄る者のいない一角へと向かう。その中でも最も大柄な白い長髪のドラフの後ろに近づいていく。

 

「おい。十天衆オクトー」

「?」

 

 白塗りした顔がこちらを向いた。俺はニヤリとは笑わず睨みつけるようにその顔を見据える。

 

「表へ出ろ。俺と死合え」

 

 簡潔に用件だけを告げた。するとがたっとシスが椅子を鳴らして立ち上がる。

 

「貴様、どういうつもりだ。俺と先約があるだろう」

「お前とはまた今度だ。悪いが私怨でな」

 

 シスには悪いが今はオクトーが優先だ。

 

「……うむ。そうか、シスが再戦しようとしていた者か」

 

 忘れてたのかよ。なるほど、これが強者にしか興味がないってヤツか。実際にやられるとイラつくな。

 

「あいわかった。死合おうか」

 

 オクトーは一つ頷いて立ち上がる。

 

「お、おい。十天衆の刀使いオクトーが戦うらしいぜ?」「マジかよ。こりゃ見なきゃな」「相手は誰だ? ああ、団長二人のライバルっぽいヤツだな」「まだ若いしオクトー一択じゃねぇか?」「刀神に敵うヤツなんていねぇだろ」

 

 なんか会場がざわついていたが、俺には関係のないことだ。

 

「黒騎士。ブルトガング貸してくれ」

「ああ。思う存分戦え。私の部下だろう、負けることは許さん」

 

 途中黒騎士からブルトガングを受け取ると同時にプレッシャーをかけられてしまった。元より負けるつもりなんてない。

 

 俺はオクトーと共に会場の外へ出て広い路地で対峙する。

 

「……だ、ダナンちゃん!? なんでザンバと戦うことになってるの!?」

 

 ナルメアがコソコソしながら声をかけてくるが、今は後だ。俺は戦いの準備をするために革袋から武器を地面に突き立てるか置いていく。オーキスから借りっ放しのパラゾニウムもある。

 

「戦いの前に一つ聞いていいか?」

「如何な用か」

「……ナルメアって名前に聞き覚えは?」

「? ないが」

 

 惚けているわけでもなく本当に知らないだけの様子にナルメアが後ろで唇を噛んでいるだろうことが想像できた。名前を覚える必要すらないってことらしい。

 

「なら俺から言えることはただ一つだ。……一発ぶん殴らせろ!」

「やれるものならやってみるがいい」

 

 言ってから、試合の形式上名乗りを上げる。

 

「剣豪ナルメアの一番弟子、ダナン! 参る!」

「十天衆オクトー、参る」

 

 俺の名乗りを聞いてナルメアが戸惑いの声を上げていた。

 

 大勢の野次馬がいる中、俺は十天衆オクトーに挑む。

 小手調べなんて必要ない。相手が強いことはわかり切っている。なら俺は最初から全力で挑むだけ。

 

 俺は銃を拾って早撃ちする。もう片方の手でパラゾニウムを取った。しかし銃弾はオクトーの抜いた刀によって両断される。斬られた弾丸は後ろに跳んでいったが障壁が防いでいた。続け様に引き鉄を引くが全て斬られてしまう。流石に容易くはないか。銃はその辺に置いておく。

 

「【アサシン】、バニッシュ」

 

 俺の十八番になりつつある行動。【アサシン】になって気配を消しショートワープする。行き先は当然オクトーの背後だ。がら空きの背中に短剣を突き立てようとしたが素早く振り向いた刀に防がれてしまう。何度か斬りつけてみるが容易に防がれて結局身体をこちらに向かれてしまった。再度バニッシュを使って武器を置いておいた場所へ移動。今度は【ベルセルク】になってブルトガングを手に取った。

 荒々しい剣でオクトーへと斬りかかる。流石に【ベルセルク】なら俺の方が押せたがヤツは二刀流に加えて髪でも刀を握っている。一本に対処している間にもう片方の刀で斬り捨てられる。仕方なく両手で柄を握ってオクトーの三刀を一本ずつ弾いていく。

 

 ……なんだ。十天衆ってのは遠いもんだと思ってたがそこまでじゃねぇな。アーカーシャほどじゃねぇ。

 

 強敵との連戦ばかりで俺の感覚も狂っているらしい。十天衆が手の届く存在に見えてきた。

 しかし剣術という点では俺の遥か上をいく。【ベルセルク】なら膂力が高いからなんとか渡り合えてはいるが。

 

 俺は一旦剣を引いて下がり【ベルセルク】を解く。そして右手でイクサバを掴みブルトガングを地面に突き立てる。

 

「【侍】」

 

 俺は次の『ジョブ』へ移行する。集中して奥義を準備するとオクトーもそれを感じ取ったらしく力を高め始めた。

 

「無双閃!」

「捨狂神武器!」

 

 俺の火焔の一太刀とオクトーが遠心力を加算させた髪で握った刀での一太刀が激突する。かなり重い一撃だ。だがなんとか相殺し切った。

 

「もういっちょ、無双閃!」

「うむ、捨狂神武器!」

 

 再度、同じ奥義をぶつけ合う――だが結果はわかり切っていた。イクサバの奥義効果によって超強化が施された一撃が、同じ威力の奥義で相殺できるはずもない。オクトーの奥義を打ち破り火焔の斬撃を直撃させた。

 吹き飛ばされるオクトーの巨体と、勝利は間違いないと思われていたオクトーが吹っ飛ばされたことが巻き起こるどよめき。

 

 これで倒されてくれれば、なんて思うわけがない。

 

「……ははははっ!」

 

 高笑いが聞こえてむくりと起き上がったオクトーが笑顔で刀を構えた。ダメージはあるが苦にはならない程度のようだ。咄嗟に後ろに跳んで衝撃を軽減してやがったしな。

 

「面白い! まだまだ、存分に死合おうぞ!」

「上等!」

 

 こうして俺とオクトーの戦いは更に激化していく。

 その結果。

 

「「……はぁ……はぁ……はぁ……っ」」

 

 二人共全力を出し切り疲労困憊の状態でぶっ倒れていた。……クソッ。流石に全力でぶつかっても十天衆には敵わねぇか。もうちょっとClassⅣを解放してれば勝てたかもしれねぇが。

 

「ダナンと言うたか。なかなか、見所のある者よな」

「ったり前だろ。俺はナルメアの弟子だぞ」

「なるほど。ではナルメアという者も相当強いのであろうな」

「当然だ。俺より強い」

 

 俺の言葉に「えっ? ちょっとダナンちゃん?」とナルメアが慌てていた。

 とそこでやはり全く覚えていない様子のオクトーに、今一度尋ねてみることにした。上体を起こして胡座を掻く。

 

「なぁ、オクトー。ホントにナルメアのこと覚えてねぇのか?」

「……うむ。聞き覚えがない」

「ふぅん。昔、親戚の道場に行ったことがあるだろ? そこにいた、紫髪の子供だよ」

「…………」

 

 身を起こして考え込む様子を見せるオクトー。そして、

 

「ああ、道場にいた童か」

 

 たった今思い出したようにそう言った。

 

「……今の今まで忘れたのかよ!」

「うむ。思い起こす必要もなきこと故」

「煩いもう一回殴らせろお前」

「ふむ……つまりその童がナルメアという名前だったわけか」

「知らなかったのかよお前ホントマジふざけんなよこら」

 

 なんだか疲れてきた。だがとりあえず【ビショップ】のヒールオールで俺とオクトーを癒しておく。

 

「……だそうだぞ、ナルメア」

「えっ? えぇっ?」

 

 振り返ると突然のことに慌てふためくナルメアがいた。

 

「その者がナルメアか。……ふむ。確かに見覚えがあるような……」

「……おいこのお惚け爺ホントに大丈夫なんだろうな」

 

 顎に手を当てるオクトーに呆れて他の十天衆に目を向けた。

 

「ふむ。確かにオクトーは忘れっぽいところがあるね」

「じっちゃはいっつもそうなんだよー」

「ははは、オクトーらしいっちゃらしいよね」

 

 ウーノ、フュンフ、シエテに肯定されてしまう。……まぁいいや。とりあえずオクトーとのことは一旦置いておこう。

 

「ってことで、ナルメア」

「な、なに?」

 

 俺はナルメアを真っ直ぐに見つめる。

 

「ちょっとオクトーと戦ってみようか」

「えぇ!? ……む、無理だよ。だって私弱いし……」

 

 すぐにネガティブになるナルメアの頬を摘まむ。

 

「いいかよく聞け。ナルメアは強い。今の俺よりも、だ。実力ならオクトーに劣ると、少なくとも俺は思わなかった」

「……」

 

 手を離し顔を近づけてしっかりナルメアに届くように告げる。

 

「けどナルメアは心が弱い。そうやって自分の強さを認めない限り、本当に強くはなれねぇよ」

「で、でも……」

「でももなにもない。ナルメアがもっと強くなるためにはきっと、自分を信じてやらないとダメだ。俺も少し旅して、なんとなくそれがわかった。とはいえすぐにはできないのもわかる」

「……」

「だからちょっとあいつと戦おうぜ、って」

「だからってなんでいきなりそこに……」

「自信なんて急につくもんじゃねぇが、ナルメアはあいつを追いかけてこれまで頑張ってきたんだろ? だったら今あいつと手合わせすれば、自分の今までの頑張りを少しは認められるんじゃねぇか?」

「自分の今までの頑張りを……」

 

 頭を撫でて言い聞かせる。これで少しはマシになるといいんだけどな。

 

「なにも考えず全力をぶつければいいだけだ。もし刀を交えて自分が頑張れたとわかったなら、そん時は認めてやれ。自分自身をな」

「……う、うん。わかった、やってみるね」

 

 ナルメアがなんとか頷いてくれた。

 

「オクトーもいいよな? ド忘れ爺とはいえ人生の先輩なんだ。後輩の迷路を脱する手助けぐらいはしてやれよ」

「あいわかった。迷い子の相手をするのもまた、一興よ」

 

 そう言って刀を構えナルメアを待つオクトー。その様子にナルメアが緊張しかけていた。

 

「ナルメア。相手の雰囲気に呑まれない合言葉を授けてやろう」

「そんなのあるの?」

「ああ。合言葉は“私は強い”だ」

「え?」

「嘘も口に出せばホントになるってな。まぁやってみろ。……俺はナルメアの強さを知ってる。勝てるって信じてる。だから負けるな」

「……うん」

 

 「私は強い」と何度か唱えて瞳を閉じ、目を開けて武器を構える。その瞳には雑念がなかった。

 

「ナルメア。参る!」

「十天衆オクトー。参る!」

 

 そうして二人の壮絶な戦いが始まった。ナルメアは俺のバニッシュと同じことを詠唱なしのほぼノータイムで行うことができる。バニッシュは連続使用ができないという短所があるが、ナルメアにはそれがない。

 こうして見ていても、ナルメアが劣っているということはなさそうだ。全力全開のナルメアは初めて見たが、やはり強い。オクトーにも充分通用している。

 

 二人の戦いを見守っていると、

 

「いい戦いだね。あんなに楽しそうなオクトーは久し振りに見たよ。あ、そうだ。団長ちゃん、俺達も手合わせしない?」

「えっ? シエテさんとですか?」

「もっちろん。だってグランちゃん、天星器使いこなせるようになったでしょ?」

「っ!」

「あともし俺に勝てたら団長ちゃん達の騎空団に入ってもいいよ? 兼任になっちゃうけどねぇ」

「ほ、ホントですか? わかりました、やりましょう!」

 

 マジかよ。俺がオクトーに勝てそうだったってことは、あいつなら勝つ可能性あるぞ? もしそうなったらあいつらの騎空団に十天衆が……俺も強い連中仲間に加えないとダメか?

 ジータのところへはカトルが向かっていた。入団するかはわからないが最強の短剣使いとして戦いたいそうだ。

 

 そんなこともありつつ、宴は終わっていく。

 因みにナルメアはようやく自分の強さを自覚し始めて、オクトーとぎこちなくはあったが話すことに成功していた。できれば、このまま前向きになってくれることを願いたいモノだな。

 

 そうして夜は更け、宴が解散すると準備をする必要のある“蒼穹”はそれぞれ行動を開始した。俺達も一旦は各々金を稼いだりやるべきことをやったりするため解散にした。それぞれの考えで動くだろう。とはいえしばらくは残るつもりみたいだったが。

 ただまぁ、オーキスからは旅に出る前にメフォラシュへ寄るよう釘を刺されてしまったが。


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