また途中でぽっと出てきたザンツのおっちゃんの伏線が入ります。彼はオリキャラかつ既存キャラとの関係もあるので、立場的にこの作品初の試みかもしれません。
オリキャラの話ばかりですが強いて言うなら、そうですね。
ドランク回です。
あとあんまり描写はしてませんが、グロ注意。
アウギュステで行われた“蒼穹”の騎空団が主催した宴。
その喧騒からは少し離れた位置に停泊している小型騎空挺の上に、一人の男が寝転んでいた。
緑髪のオールバックにゴーグルを装着した五十代くらいの男性、ザンツである。
彼は晴れた夜空を眺めていた。
「御用達の黒騎士様が、あいつの娘だったとはな」
苦笑して呟いた声を聞いた者はいない。
ザンツは右腕を顔の上に掲げると嵌めている革手袋を外した。そこには人の手ではなく、金属で出来た手がある。
「……そろそろ俺も、前を向けってことですかね。
かつて『伊達と酔狂の騎空団』を率いた偉大な男の名を呟いたザンツは、手袋を嵌め直すと確かな決意を瞳に宿して夜空を見上げた。
彼の伝説の騎空団を
◇◆◇◆◇◆
時と場所は変わり。
宴が終わった翌日に色々な人物と話したり必要なことを行ったりが終わった頃。
「……はっ」
ドランクと街を歩いていたダナンはある一点を見つめて凶悪な笑みを浮かべた。隣でそれに気づいたドランクが寒気を覚えるほどの笑みだ。
「ダナン? どうかしたの〜? すっごい怖い顔してるよ?」
「……ああ、ちょっとな。ついてこい、ドランク。ただし、
「なにそれ怖いんだけど」
ダナンの奇妙な忠告に首を傾げるが、今の彼にはドランクの言葉がちゃんと届いていないようだった。今までに見たことのない様子を怪訝に思いつつも、ちゃんと説明してくれないのでついていくしかない。
迷う様子もなくズンズンと突き進んでいくダナンの視線の先になにがあるのかはよくわからない。それでもついていくとやがて人気のない岩場に辿り着いた。そして進む先に人影を見つけると、ドランクの足が止まりかける。ダナンは担いでいた革袋を彼に押しつけると、短剣を取り出した。
パラゾニウムは昨夜のナルメアの件で不貞腐れたオーキスによって取り上げられている。
……あれって確か。
ドランクは岩場に一人佇む男の姿を記憶から探り出す。
ヒューマンにしては高身長な百八十五センチほどの鍛え抜かれた身体を簡素な七分袖の白いシャツと黒いズボンで包んでいる。
そしてなにより、
ダナンに関わりがあってその特徴を有する男と言えば一人しか心当たりがなかった。
「【アサシン】。バニッシュ」
お決まりとなったアビリティで男の背後へ移動するダナン。
「……一度しか呼ばねぇからよく聞けよ。泣いて死ね、この
そう告げると本気で殺しにかかるべく短剣の刃を首筋へ突き立てる。しかし柔いはずの首を刺したにも関わらず短剣が半ばからへし折れた。
驚くダナンを男が振り向く。赤い眼光が鋭く彼を捉えた。
そして目に追えないほどの速度でダナンの首を掴み取るとそのまま地面へ叩きつける。地面が陥没してダナンの喉が潰れて呆気なく死亡した。
「『ジョブ』の力に躊躇なく俺を殺そうとする人間性。さてはお前、俺の息子だな?」
わかっていなかったわけではないようだ。しかし息子とわかってあっさりその手で叩き潰したのは異常としか思えない。
しかし息子を殺してニヤリと笑うその顔は、残念なことにと言うべきかダナンそっくりだった。
それらを傍観していたドランクは呆気なく、羽虫のように叩き潰され死んだ友人に頭が追いついていなかった。いや、彼にしては珍しく思考を停止させてしまったと言うべきか。
「おっ? 死んじまったか。しょうがねぇ、生き返らせるか」
そう呟くと男はリヴァイヴを唱えてダナンを蘇生させる。
「……がはっ、ごほっ……!」
生き返って咳き込むダナンの首を握り潰さないようにして掴み持ち上げる。
「ったく。弱ぇなぁ。俺の息子ならもっと強ぇだろ。俺がお前くらいの歳の頃はもうちっとマシだったぜ。やっぱ母親の違いかね。特別なヤツじゃねぇと完全には複製できねぇってわけか」
潰さないよう加減しているとはいえ首を掴んで持ち上げられているダナンはなんとか手を外そうと足掻いているが、そんな足掻きなど見えていないかのように一人ごちている。
「しっかしこうして見ると俺そっくりだな。いくら血の繋がった子供とはいえここまで似るかよ。気持ち悪ぃな。何十人かいた子供の中で唯一の成功例だから『ジョブ』持ってるんだろうが。俺の生き写しみたいだよなぁ。ま、中身があいつみたいになっちまわなくて良かったぜ。真っ先に親父を殺しに来るなんて、流石は俺の息子だ。嬉しいぜ」
にかっと男が笑って、ついうっかりぐしゃりと首を握り潰してしまう。足掻いていたダナンの腕が力なく下がった。
「ヤベ、力入れすぎちまったか」
手を離して放り出してからリヴァイヴで蘇生させる。いくら蘇生させられるとはいえ息子を殺すことになんの感情も抱いていないようだった。
「弱すぎて見ちゃいられねぇが、お前は間違いなく俺の息子だ。親子だったらやっぱ再会を喜ぶモノらしいし、俺もなんだかんだ言って喜んでるんだぜ。なにせ俺の生き写しみたいなお前が俺を殺しに来てくれたんだからな」
男はダナンの胸部を踏みつけめきめきと胸骨を軋ませる。ダナンが苦しげに悲鳴を上げてもやめるどころか笑みを深めるばかりだった。
「さぁて、再会を祝そうぜ。――精々壊れんじゃねぇぞ?」
まるで子供のように爛々と目を輝かせて、足を踏み抜いた――死ぬ。
すぐ蘇生させると次は掴んで軽く上に放り投げ、一瞬の内に十の拳を放って身体を抉り飛ばす――死ぬ。
蘇生させてから手刀で頭から真っ二つにする――死ぬ。
蘇生させ両足を掴むと左右に引っ張って身体を裂く――死ぬ。
「ははははっ! 楽しいなぁ、おい! 息子よ! 父親との感動の再会は嬉しいだろ!?」
人の命なんて俺の前では軽いのだと言わんばかりにダナンを殺しては生き返らせる男は、心から楽しそうに大量に噴き出すダナンの血を浴びていく。
「……っ」
そんな友人の惨状を目の前で見せられたドランクは、青白い顔で吐き気を堪えることしかできなかった。いくらドランクが色々と経験している身であっても、仲のいい友人だとは思っているダナンの死に様をこう何度も見せられては平然としていられるわけもない。なにより嬉々としてその惨状を生み出しているあの男の存在に嫌悪感を抱いていた。
無論助けたい気持ちはある。だが昨夜十天衆最強として挙げられることも多いオクトーと互角の勝負をしてみせたダナンをああも一方的に惨殺し続ける男にドランクが勝てるかと言われれば不可能だと断言できる。彼も傭兵の中では強者に数えられるが、目の前の相手にはきっとダナンと同じように一瞬で殺されてしまうだろう。
「……おい。黙ってねぇでなんとか言えよ。それとももう壊れちまったか? なぁ、おい。親父と再会できて嬉しいだろ?」
反応がなくなったダナンの胸倉を掴みむしろ爽やかとも言える笑顔で問いかけた。ダナンは大量の自分の血に塗れていたが、傷一つない状態ではあるはずだ。
精神が壊れていてもおかしくなかったが、ダナンは弱々しくはあったが口端を吊り上げて笑った。そしてぷっと血を吐きかける。既に血塗れのため男の顔が初めて汚れたわけではなかったのだが。くん、と反射的に出てしまったかのように男の膝がダナンの股間へと叩き込まれた。
「ッ――」
堪らず悶絶し、しかし悲鳴を上げることさえ許されない。
「おっとしまった。息子のムスコ潰しちまった。なんちって」
悪戯っぽく舌を出すが悪魔にしか見えない。
「ただしまったなぁ。俺すぐ死なせちまうから蘇生は頑張ったんだが、回復は苦手なんだよなぁ。だがそのままってわけにもいかねぇし……よし、殺すか」
手刀でバツを描くようにダナンを切り裂いて蘇生させる。それからまた、惨殺エンドレスが始まった。
殴殺斬殺銃殺圧殺刺殺焼殺爆殺撲殺。
頭を殴りつけて潰す。手刀で八つ裂きにする。指で弾いた空気の球で撃ち抜く。魔法で重力を加算して圧し潰す。手刀で胸の中央を貫く。魔法で全身を焼却する。手を腹部に突っ込んで爆弾を入れ内側から爆破する。原型を留めなくなるまで地面や岩に叩きつけ続ける。
呆気なく命を散らされ、なんの感動もなく蘇生される。
瞬く間に何度も何度も繰り返される死と蘇生。
人気のない岩場に響くのは男の高笑いとダナンが死ぬ時の音だけ。
やがて岩場が真っ赤に染まった頃。ようやく男は手を止めるとダナンを血溜まりに投げ捨てた。仰向けに転がったダナンは身動き一つしない。
岩場を見た者がいたとして、この血の全てがダナン一人から流れたモノであると信じられる者はいないだろう。
男が殺すのをやめる理由はない。おそらくはただ、
「さて、じゃあもう行くか。……いや、ちょっと待てよ? こういう時父親なら、背中を追っかけてくれる子供になんかこう、導きの言葉ってヤツを残してくもんだよな? じゃあなにがいいかな」
岩場の惨状を作り出した本人はそんなことを気にもしていない様子で顎に手を当てて考え込んでいる。それがまた異常さを際立てる。
「あ、そうだ。お前確か『ジョブ』使ってたよな? もし俺が『ジョブ』使ってないからこの何倍も強ぇのかよ! って思ったら違うぜ。最終的には『ジョブ』なんて必要なくなるんだ。『ジョブ』を超えた先に、俺達の強さがある」
うん、それっぽいな。と一人満足した様子でうんうんと頷いた。
「俺はこれからあいつがいるっていう星の島イスタルシアに向かう。最近見ねぇと思ったらあんなとこいやがんだから、しょうがねぇヤツだよな。お前もあいつの子供と関わりがあんだろ? まぁ、ねぇわけねぇよな。あいつがイスタルシアにいるんだったら、俺もそこに行く。あいつがどういうつもりなのかは知らねぇが関係ねぇ。――俺達は、そういうモンだ」
具体的な名前が出てこないせいであやふやだったが、男が言っているのはグランとジータの父親であることは察することができた。
「じゃあな、我が息子。精々俺が面白くなるように頑張ってくれよ」
そう言って男はひらひらと手を振り立ち去っていく。血溜まりを抜けてから魔法かなにかで一瞬にして汚れを除去し、そのまま見えなくなった。
「……はぁ」
ドランクは完全に見えなくなり気配がなくなってから嘆息する。自分の手を見下ろすと微かに震えていた。これを武者震いだなどと強がる余裕もない。加えて手を見るだけでわかるほど血の気が引いていた。なんとか深呼吸をして心を落ち着けると意を決して倒れたままのダナンへと近づいていく。濃密な血の匂いが鼻腔を突き、ぴちゃりぴちゃりと一歩踏み出す毎に音が鳴る。
「……ダナン?」
あれだけのことがあって、傍から見ていたドランクでさえ気分の悪くなる所業を受けて、精神が無事でいるかを確認しなければならない。
「……ドランク、か。俺は、生きてるのか?」
若干声が掠れているが意識ははっきりしているようだ。
「うん。まぁ、生きてるって言える状態ではあると思うよ」
「……そうか」
見下ろしたダナンの瞳から光が消えていないことを確認。無事とは言えずとも意識も問題なさそうなことにほっとすればいいのか、それともあれを受けて心が壊れていないことを異常と見るべきか。
「洗おうか?」
「ああ。頼んだ」
なにをどう話せばいいかわからなかったが、今の状態では気分を変えることもできない。ドランクは魔法で辺り一帯とダナンについた血を洗い流した。
「悪い」
ダナンはそう言ってびしょびしょのまま起き上がった。そのまま立ち上がったので身体に異常はなさそうかなと思っていたドランクは、
「――あいつは殺すか」
ぞっとするほど感情のない顔と瞳をしたのに気づいて身体を硬直させる。しかしそれが見間違いだったとでも言うかのように瞬き一つで元に戻ると振り返ってきた。
「あ?」
普段と変わらない声音で怪訝そうな声を上げたダナンは、少し笑った。
「なんだよ。お前の方が死人みたいな顔してるぞ?」
いつもの軽口のような言葉に、ドランクは眉を寄せて困った顔をするしかない。
「……当然でしょ~。僕だって、いくらなんでもアレはキツいんだよ」
「そりゃ悪かった。だがまぁ、あいつが俺の四肢捥いで放置しないとも限らなかったから、念のため回復もできて俺になにがあっても手出ししないでくれるヤツに同行して欲しかったんだ。お前なら、そうしてくれると思ってたぜ」
喜んでもいいのか微妙な信頼を向けられたドランクは苦笑する。
「で、アレがホントにダナンの父親だって?」
「ああ、間違いねぇ。俺の記憶とも変わらないし、『ジョブ』見せた時のあの反応もある。……流石にあんまあいつを親父だとは思いたくないんだけどなぁ」
「いいんじゃないの、それで。情なんて欠片もなさそうだしねぇ」
「あんな対面じゃ感動するわけもねぇだろうに。ってかホントにヤバいヤツだったな。方々で聞いた通りのヤツだった」
「僕は想像以上だったけどね~。……で、大丈夫なの?」
「大丈夫、って答えられるほど俺は強靭じゃねぇよ。まぁだが、問題はねぇな」
「そっか」
会話をしつつ本当に普段と変わらない様子だと理解する。彼自身が言っている通り、問題はないのだろう。
「あ、わかってると思うがこのことあいつらには言うなよ?」
「わかってるよぉ。言う気もないし言ってもどうしようもない、よね。あ、スツルム殿にはちょっとだけ話してもいい? 流石に僕一人で抱えるのは難しいと思うんだよね~」
「それで他のヤツにも伝わるようなことがなけりゃな。つってももう話せるようなヤツはいねぇか」
「そういうこと~。場合によってはダナンが父親と会ったってくらいは伝わるかもしれないけどねぇ」
「状況が状況なら、な。あいつが酷いってことは知ってるだろうし、あんま心配させるのもあれだろ」
「そうだね。僕も、あんまり伝えようとは思わないかな~」
二人で会話しながら、アウギュステの街まで戻っていく。二人で会話の調子を思い出すように、普段通りに振る舞えるように。
「……強くならねぇとな。俺が旅をする限り、あいつとの縁は切れねぇ」
「……そうだねぇ。空の果ては思ったより遠いかな?」
「そんなもんだろ。まぁしばらくは考えなくてもいいかもしれねぇが、お前も注意だけはしといてくれ。後は好きにやればいい」
「そうだね。殺すために旅を、じゃ逆に喜ばせちゃうんじゃないかなぁ」
「だろうな。……ドランク」
「なぁに?」
ようやく普段の調子が戻ってきた二人。ダナンは少し真剣な声音で名前を呼んだ。
「お前がいてくれて良かった。あいつらに無駄な心配をかけずに済みそうだ」
「……」
思わぬ言葉にドランクは目を瞬かせてきょとんとし、やがて笑う。
「いつになく素直だねぇ。もしかしてナルメアちゃんに会った影響かな〜」
「……煩ぇよ」
文句を言いつつも取り消しはしなかった。それが全てだろう。
こうして二人は秘密を抱えて肩を並べて歩き、今は平穏を演じるのだった。