ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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遂にやってきたリーシャ回。

途中でシリアス挟んですみませんでした。


次から次へと

 秩序の騎空団第四騎空挺団船団長を任されるリーシャは宿泊施設に取った部屋のベッドで寝転んでいた。忙しなくゴロゴロしているがなにをするわけでもないようだ。

 

 そう、今は彼女は思い悩んでいた。

 

「……はぁ〜っ」

 

 思い出したかのように時折漏れる盛大なため息を聞く者はいない。うじうじしていても仕方がないのだ。しかし行動を起こすとは言ってもどうすればいいのかわからない。

 

 彼女が悩んでいることは、一言で言ってしまえば進路のことである。

 そう。彼女は今、人生の岐路に立たされていると言ってもいい。

 

 すなわち“蒼穹”の騎空団に入団するか否か。

 秩序の騎空団に戻るか否か。

 

 今後の活動を左右する分岐路に立つ彼女は、一旦答えを保留にして思い悩んでいたのだった。

 本音を言えば、別の騎空団に所属するのも悪くないと思っている。彼らと旅するのは普段の執務とは違っていたが楽しいモノだと思っている。

 

 しかし、しかしだ。

 

「……私って仲間じゃないんでしょうか」

 

 悩んでいるのはそこだ。彼らはきっと入団すると言えば喜んで迎え入れてくれるだろう。兼任もいいそうなので秩序の騎空挺を脱退する必要もない。

 ならなにを悩んでいるのか。

 

 それは昨日の宴で、グランとジータ達、そしてダナン達がいい感じに話していたことが原因だった。

 あの時、アガスティアでタワーの最上階で戦った者達がどちらかの立場について対峙していた。その時リーシャはモニカ達秩序の団員達とテーブルを囲んでいたのだが、あれを見て物凄い疎外感を覚えたのだ。

 

 もしかして私、秩序の騎空団からの助っ人としか見られてないのでは? 最終決戦まで一緒に戦ってたのに?

 

 という不安が募っているのだ。無論秩序の騎空団であることを忘れているわけではない。しかしアーカーシャと戦う時も黒騎士と戦う時も一緒だったのに、自分がいなくてもなんかまとまっていたのだ。それは悩みもする。

 

「……はぁ~っ」

 

 何度目かわからないため息を零した。

 

 因みに頼れるモニカ先輩率いる秩序の団員達はリーシャが「私だけ仲間外れなんて!」と自棄酒して二日酔いに悩まされている間にアマルティア島へと戻ってしまった。朝一応挨拶に来たが、

 

「リーシャよ。存分に悩むといい。ヴァルフリート団長も元々は空を旅していた身だ。その娘が別の騎空団に入って旅立ちたいと言えば断る理由もないだろう。流石にその場合は役職を変えることにはなるだろうが、心配はいらない。自分の心に従っても罰は当たらないぞ」

 

 といい顔で告げて去っていってしまった。

 とはいえじっとしていられる性分ではないが行く宛もないのでこうして二日酔いが治ってもゴロゴロしているわけである。

 

「……じっとしていてもダメですよね。気晴らしにどこかへ出かけて、頭をすっきりさせましょう。折角の休暇でもありますし」

 

 うん、と一人頷いて気持ちを切り替えると、ベッドから起き上がり鏡の前に立つ。ゴロゴロしていて乱れた服装や髪を整えいざ、と扉を開けたら今にも扉をノックしそうな体勢のダナンが立っていた。

 

「……えっ?」

 

 予想外の遭遇に扉を開けた体勢で硬直してしまう。

 

「おっ。よう、リーシャ。午前中モニカに会ってな。リーシャが悩んでるみたいだから気晴らしに外へ連れ出してやってくれって頼まれたんだよ」

 

 丁度良かったとばかりに朗らかに笑うダナン。その言葉にリーシャはサムズアップをするモニカの姿を幻視した。

 

 ……なんて余計なことをーっ!!

 

 とリーシャが心の中で叫んだのも無理はない。

 

「その様子だとこれから出かけるみたいだな。なら別に俺が連れ出す必要もねぇ、か。じゃあ帰るわ」

「えぇ?」

 

 しかしダナンは一緒に出かけようぜ、ではなくリーシャが自分から出かけるなら帰ると口にした。なんのために来たんだと思わなくもないが、リーシャは踵を返すダナンの袖を反射的に掴んでしまった。

 はっとして離すももう遅い。ダナンが怪訝そうに振り返っている。

 

「……えっと、その……折角ですから一緒に行きませんか?」

 

 少し恥ずかしそうに頬を染めて俯きがちになり、必然的な上目遣いでそう告げる自身の破壊力を、彼女は自覚していない。

 

「なら行くか」

 

 ダナンは困ったような笑みを浮かべた後にそう言った。

 

 そうして二人は並んで街へと繰り出す。最初こそ「これってもしかしてデートなのでは?」と緊張していたリーシャだったが、しばらく話している内にそんな彼女をからかわなかったダナンとの普通のやり取りによって緊張が解けていった。

 

「あ、美味しいですね。この魚の塩焼き」

「ああ。塩焼きってのはシンプルで塩加減さえ間違えなければ誰でもできる料理だが、新鮮さを損なわない内に焼き上げるってのと塩加減の絶妙さ、後は如何にいい魚を入荷できるかで良し悪しが決まる。なかなかレベル高いぞ、ここは」

「そんな細かいことを考えながら魚食べる人の方が珍しいと思いますよ?」

「そうか? ローアインとかエルメラウラとかバウタオーダとかハリソンならそこら辺考えると思うぞ」

「それって宴の時に料理してた人達ってことじゃないですか。というかよくハリソンさんと顔を合わせられましたね。あなたがなりすました団員ですよね?」

「まぁな。料理では負けない、とか言ってやがったが最終的には負け認めたぞ。最後まで次こそは勝つとか捨てゼリフを吐いてたけどな」

「全く、あなたという人は。あんまり人を弄んじゃダメですよ? いつか痛い目を見ることになりますから」

「へいへい」

 

 からかい抜きで普通に会話していると傍目からは並んで歩いていることもあってカップルのように見えるのだが、幸いなことに(?)リーシャはそれに気づいていないようだった。

 少し離れた物陰から覗き込んでいるぬいぐるみを抱えた少女、ノースリーブシャツの女性、赤髪の女性ドラフ、青髪の青年エルーンがいることには気づいていない様子だ。特に少女なんかは眉を寄せて仲良く歩く二人の様子を眺めていたのだが。

 

「……でも、ダナンが作った料理の方が美味しいですよね」

 

 魚の塩焼きを食べ終えたリーシャがぽつりとそんなことを呟いた。どうやらダナンに胃袋を掴まれている一人であるリーシャにとって、ただの塩焼きでは物足りなかったらしい。

 そんな言葉にダナンはニヤリと笑った。からかい開始の合図である。

 

「へぇ? リーシャ船団長は俺の料理が恋しかったわけかぁ」

「べ、別にそういう意味では……。まぁあのデザートに出た果物のヤツは凄く美味しかったですが」

 

 また始まってしまったと僅かに顔を強張らせるリーシャだったが、口にした言葉に虚を突かれたのはダナンの方だった。

 

「……お前、俺の料理との違いがわかったのか?」

「えっ?」

「いくら食べたことあるっつっても他のヤツだって上手かったしそう食べ分けられるもんでもないだろ」

「そ、そうですか? あなたの料理が一番美味しかったですよ?」

 

 こてんと小首を傾げて言ってくるリーシャに、ダナンは見惚れる前に呆れた。

 

「……お前な。それ口説いてんのか?」

「えっ!?」

「……また無自覚かよ。前に忠告しただろうが。男を勘違いさせやすいんだから気をつけろって。この天然無自覚量産型リーシャめ」

「なんですかそれ!」

 

 天然故無自覚にファンを量産するリーシャ、の意である。

 

「まぁいいや。とりあえず覚えとけ。俺達五人はほぼ腕前が一緒だった。だがお前は俺の料理が一番だと言った。拮抗した腕前のヤツらがいる中で一番だと言われたら嬉しい。そして誰かの中から選ぶっていう行為は特別さを感じさせる。特別っぽいと思わせるような言葉ってことは?」

「口説いている?」

「そう、よくできました」

「……で、でも私はそんなつもりじゃ……」

「言った本人にその気がなくても、言葉ってのは受け取り側で変わるもんなんだよ。天然無自覚系ファン量産式勘違い誘発型リーシャめ」

「なんか増えてません?」

 

 軽口を叩きながらもリーシャを見るダナンの目は仕方ないヤツだと言わんばかりの優しい眼差しである。その目に見覚えがあって記憶を辿ると、いつだったかオーキスの話をした時と同じだと気づく。それはつまりダナンがリーシャに抱いている感情がオーキスに近いモノであるという証であり、と考えて先日の二人のキスがフラッシュバックして顔を赤くする。

 完全に勝手に自爆した形である。というかあれダナンからじゃないだろというツッコミをする者もいない。

 

「……なに一人で赤面してんだ? 無自覚天然、はしたない顔に加えて妄想癖でも追加する気か? 盛り込みすぎだぞ」

「変なこと言わないでください! という全部ダナンのせいなんです!」

「俺のせいにすんなよ。いくらなんでもお前の心の中までは読めねぇぞ?」

「うぅ……」

 

 八つ当たりの自覚はあったのかあっさりと引き下がる辺りリーシャも真面目である。

 

「……ったく。ほら、さっさと行くぞ。次はアウギュステにしかない水族館ってとこ行こうぜ。海の中でしか見られない海洋生物が飼育されてんだと」

「あ……」

 

 焦れたダナンが頭を掻き、リーシャの手を取って歩き出した。手を握られる感触に思わず頬を染めるが、抵抗はせずそのまま彼についていった。

 物陰から見ていた人形の少女が不機嫌オーラを出していたのは言うまでもない。

 

 水族館に着いた二人は、初めて見る水族館の様相に浮かれて手を繋いだままということも忘れ楽しく談笑しながら回るのだった。

 途中ダナンがあの魚はどう料理すると美味しいだのと言ったり、リーシャが身体が半透明で妖精のような姿をした生物を可愛いと称した直後捕食の時に頭が開いて軽くトラウマになったりした。

 

 そうして水族館で楽しい時間を過ごしていると、時刻は夕暮れを回っていた。

 

「さて、リーシャ」

 

 水族館を出た後今気づいたように手を離す。リーシャは無意識の内に離れていく温もりを名残り惜しく感じて離れた手を目で追っていた。

 

「そろそろ飯行くぞ。今日の本題聞いてやるよ」

「……あっ」

 

 ダナンに言われて、そういえば思い悩んでいるから気晴らしに来ていたのだと思い出す。……楽しんでいて忘れていたとか言えない。

 ともあれダナンはリーシャを連れて店に向かう。そこは一種の酒場だった。一応ダナンは未成年なので飲酒ができないはずなのだが、あっさりスルーされて二人席に着いた。戸惑って遅れていたリーシャだったが、手招きされてぱたぱたと近寄り彼の隣に腰かける。向かいの席ではなく一つの長椅子に腰かけるタイプだ。

 

「それじゃ適当に食べようぜ。話ぐらい聞いてやるよ。酒飲んだらちょっとは話しやすくなるだろ?」

 

 メニューを広げて笑うダナンに、こうなったらいつもからかわれる仕返しだと、今日もたくさん酒を飲もうと決めるリーシャだった。

 

「それで、私は思ったわけですよ。なんで私だけ仲間外れにするんですかぁ、ってぇ」

 

 むしろ昨日よりハイペースで酒を煽ったリーシャは、完全な酔っ払いと化していた。

 顔はダナンがからかった時よりも赤くなり、眼が据わっている。口調も普段のモノから崩れていた。

 

「私だって皆と一緒にタワー登って、アーカーシャ倒して、黒騎士さんとも戦ったんですよ? それなのにダナン達が仲間外れにしたんです」

 

 “蒼穹”の騎空団に入って空域を出るか、秩序の騎空団としての責務を果たすかで迷っているつもりだったが仲間外れのところは自然と「ダナン達」と言っている。そこに彼女の心が隠されている、のかもしれない。

 

「……だからグランさんとジータさんの団に入るか、秩序の騎空団へ戻るか迷ってるんです。確かに皆さんと旅をしていて楽しいと思いましたし、できれば続けたい気持ちはあるんです。でも秩序の騎空団としての責務を放棄するわけにもいきませんし、元々の目標は秩序の騎空団で空の秩序を守ること、ですから」

「なるほどな。それで迷ってるのか」

「はい。それに、どうせ私は団兼任で真の仲間じゃないですよーだ」

「不貞腐れんなよ」

 

 唇を尖らせて愚痴るリーシャにダナンは温かく苦笑している。今回は聞きモードなので雰囲気が柔らかいのだが、愚痴るリーシャに気づいた様子はない。

 

「じゃあそうだな。間取って俺のとこ来るか?」

 

 しかし悪戯っぽい笑みでそう言ってきた。

 

「…………え?」

 

 しばらく間を作って聞き返した。そんなこと思いもしなかったという顔だ。

 

「まぁ冗談だけどな。リーシャは秩序の騎空団だが、俺達は犯罪者集団だ。オーキスは兎も角、エルステの所業に加担または傍観した共犯者。実行犯より罪は軽くなるとはいえお前が一緒にいたらマズいだろ」

「……」

 

 そういえば確かに、と話を聞いて納得する。黒騎士の余罪も無罪放免にはならないし、ダナンはアマルティアの囚人を脱獄させた張本人である。それに加担、協力していた傭兵二人も同罪。つまりはリーシャが秩序の騎空団である限り、相容れない存在だ。

 

「だからお前が俺の騎空団に入るなら、立場上秩序の騎空団にいられなくなるんじゃねぇか? まぁその辺規則とかあるのかは知らないけどな。少なくとも支部を指揮する立場としてはマズいだろ」

 

 “蒼穹”の主力メンバーは帝国を滅ぼした張本人なので重罪の可能性もあるが。とはいえリーシャも加担していたのでそこは大目に見てもらえるだろう。

 反応がないなと思ってダナンがふとリーシャを見ると、彼女はなぜか泣いていた。

 

「お、おい。どうしたんだよお前。急に泣いたりして……俺なんか言ったか?」

 

 酒場の従業員や他の客から「あーあ、あいつ彼女泣かせてやがるよ」という視線を受けたからではなく、単純に予想外のことで慌て普通の反応を返してしまう。

 

「……な、なんでもないです」

「なんでもないってことはねぇだろ。ったく」

 

 ぽろぽろと涙を零しながらも強がるリーシャに苦笑して指先で目元を拭ってやる。

 瞳を潤ませて妙に弱々しい表情をするリーシャを見るとダナンの中に巣食うSの心が疼くのだが、なんとか抑え込んだ。

 

「で、どうしたんだよ。いくら酔って情緒不安定だからって急すぎるぞ」

「……だって」

 

 普段のリーシャなら誤魔化していたところだが、今日のリーシャは違った。

 

「……秩序の騎空団にいたらもうダナンと一緒に旅できないんだって思って」

 

 鼻を啜りながら告げた言葉に、ダナンは一瞬理解が追いつかない。しかし言葉を噛み砕いて意味を咀嚼するとわかった。わかってしまった。

 

「……あー、なるほどな?」

 

 なんと答えたモノかと考えながら適当な返事をしてしまうのも仕方ないだろう。

 とりあえず慰めてやった方がいいかと思い、身体を近づけて肩に手を回す。

 

「さっきも言ったが俺は秩序の騎空団の規則やなんかを知らない。実際のところはどうか知らないぞ。大体な、お前は今“蒼穹”に入って空域を出るか、秩序に残るかで悩んでるんだろ? なんで俺の団に入れないことで泣いてるんだよ。俺はあいつらの団に入る気はねぇぞ?」

「……わかってます。自分でもよくわかんないです。どうしたらいいんでしょう、私」

「それは俺が決めることじゃねぇな。でも話を聞くことならできる」

 

 精神状態が不安定になったリーシャに寄り添いながら、ダナンはできるだけ優しい声音で話し始める。

 

「まず、リーシャがどうしたいかが大事だよな?」

「はい。でも自分でもどうしたいかわかってなくて……」

「じゃあそうだな。今後も秩序の騎空団として空の秩序を守りたいか?」

「はい、もちろんです。私はそのために頑張ってきたんですから」

「じゃあ……俺と一緒に旅したいか?」

「……」

 

 リーシャは彼の問いに、押し黙ってしまう。それでも心に従う部分が強くなっている彼女は告げた。

 

「……はい。ダナンと一緒に旅が、したいです。色んなところへ行って、同じ船に乗って」

 

 少し照れが混じっているのかか細い声だったが、はっきりと意思を口にする。

 

「そっか。なら俺が提案するのも狡いだろうが、言えることは一つだけだ」

 

 そっと優しく頭を撫でながら、ダナンは一つの提案をする。

 

「まず、俺との旅は同じ騎空団にいなけりゃできないことだ」

「……そうですね」

「だが、空の秩序を守るのは秩序の騎空団にいなくてもできる」

「……えっ?」

 

 ダナンの言葉に、リーシャは思わず驚いて彼の顔を見つめた。

 

「これは知り合った騎士が言ってたことなんだけどな? バウタオーダって言って、リュミエール聖国のリュミエール聖騎士団に所属してるんだが、グラン達が帝国兵に追われているのを見てあいつらを助けたんだ。けど知ってるかもしれないが、エルステ帝国とリュミエール聖国は悪くない関係を築いててな。エルステのお尋ね者であるあいつらを助けたら折角築いている関係を崩しかねない状態になる可能性もあった。だがそれでもバウタオーダはあいつらを助けた」

「……」

 

 続きが気になるのかリーシャは聞き入っているようだ。

 

「話を聞いた俺は『それじゃ国を危険に晒すんじゃないか』ってな。だがバウタオーダは、あいつらを助ける前に躊躇なく騎士団を辞めると言ったそうだ」

「えっ!?」

「そうなるだろ? まぁ結局周りから止められてまだ所属してはいるらしいんだが。聖騎士団を抜けて後悔はないのか聞いたら、ヤツはこう答えたんだよ」

 

 固唾を呑んで話を聞くリーシャに、それを告げる。

 

「――志が変わらなければどこへ行っても人々を守ることはできますよ」

「ッ……!!」

 

 その言葉を受けてリーシャは目を見開き驚愕した。正に目から鱗と言ってもいい。

 

「……あくまで騎士団に入ったのは人々を守るための手段……?」

「そういうこった。リーシャがもしバウタオーダと同じだってんなら、別に秩序の騎空団に拘る必要はねぇんだよ。もちろん、俺達犯罪者集団が世のため人のために行動するとは限らねぇけどな?」

 

 最後に意地悪く笑ったが、そんなことは目に入らないくらいリーシャの中でちょっとした革命が巻き起こっていた。思考が緩くなっている彼女の頭の中では、「秩序の騎空団にいなくても秩序を守れる」=「ダナンの騎空団に入れば一石二鳥」という図式が既に出来上がっている。

 そしてその図式がすとんと胸の中に納まってしまっていた。

 

「……わかりました。ちょっと考えてみます」

「そうか。ちょっとは悩み晴れそうか?」

「はい」

「なら良かった。まぁ俺達もしばらくは騎空団として活動しない予定だから、じっくり考えといてくれ」

「はい」

 

 一応真剣な話は終わった。なのでダナンは普段通りからかいに入ることにする。

 

「そういやリーシャ。さっき俺と一緒に旅してたいっつってたよなぁ」

 

 これ見よがしにニヤニヤし始めるダナン。

 

「き、聞かないでくださいっ。あれはあの、ついうっかりというか、どうかしてたんです!」

 

 リーシャは酔いとは違う理由で顔を真っ赤にした。真面目な話をして少しは酔いが醒めたようだ。いやこの場合は醒めてしまったというべきか。

 

「へぇ? 折角時間あるんだし、その辺じっくり聞かせてもらおうかな」

「う、うぅ……。ち、違うんですよ。その好きとかそういうのじゃなくて、ダナンと一緒にいるのは楽しいっていうか、他の人といるのとは違うところはありますけど……って!」

 

 リーシャは誤魔化そうとして自滅した。ごつんと机に額をぶつける。

 

「……勝手に自爆しやがって」

「……うぅ」

 

 穴があったら入りたい、と思うリーシャの頭にダナンが優しく手を載せた。心地良い温もりが伝わってきて、ついされるがままになってしまう。好き勝手翻弄しておいて偶に優しくするから狡いと思う、実はタワーの時も起きていたリーシャである。

 

「お前はホント、才能ある天才の癖にそういう隙があるから可愛いんだよ」

「っ……!!」

 

 思いの外マジなトーンだったせいでリーシャの顔の熱はMAXを突破しそうである。

 

「あれ、おいリーシャ?」

 

 反応のないリーシャを怪訝に思ったらしいダナンが身体を揺すってくるが、彼女は顔を上げられなかった。なぜなら今、リーシャの口元は見たらわかるほどに緩んでしまっているからである。感情の制御が利かない状態だからなのか、引き締めようとしてもニヨニヨしてしまうのを止められない。

 

 ……あれ、私ってホントにダナンのことが?

 

 そう自分で考えてしまうと、余計に顔が熱くなって顔を上げられない。

 

「なんだ、寝ちまったのか? まぁハイペースで飲んでたからな。……ったく、しょうがねぇなぁ」

 

 そしてリーシャが知らないところで出す優しさが滲み出た「しょうがねぇ」の声による追い打ち。

 そう。この男、普段は散々リーシャを軽口でからかうのに本人の見ていない(と思っている)ところでは普通に優しくするのだ。

 

「しばらく寝かせてやるか。色々疲れてるだろうしな」

 

 寝ていないリーシャはその気遣いを普段もしろと思う。のだが、ふと普段から優しくしてくれるダナンを想像して「あれ? ちょっと物足りない?」と思ってしまった辺りもう手遅れなのかもしれない。

 

 その後頃合いを見て会計を済ませたダナンは、寝たフリを続けるリーシャを背負って彼女の宿泊している宿へ向かった。

 

「うちの連れの泊まってる部屋の鍵、貸してくれるか? 見ての通り寝ちまってな」

「ああ、聞いてるよ。彼氏なんだってね」

「ああ」

 

 彼氏という言葉に反応しそうになってしまい、また鍵を借りるための方便だとわかっていてもダナンがあっさり肯定したことにも反応しそうになってしまう。というか誰だ彼氏だと伝えたヤツ、と考えて金髪小柄な先輩がサムズアップしている様を幻視した。またあいつか! と思いながらも動かないように努める。なにか別のことを考えようと思ってそういえばダナンの背中って大きくて意外と逞しいんだなと考えかけ顔が赤くなりそうだったので中断した。

 

 背中のリーシャが目まぐるしく思考を働かせているとは思っていないダナンはリーシャの泊まっている部屋に着くと中へ入りリーシャをそっとベッドに寝かせた。必然目を開けていないとはいえダナンの顔が近くにあることがわかってしまい身体を強張らせそうになる。

 彼女も年頃の女性だ。部屋に男と二人きり、しかも散々意識してしまった後である。今目を開けたらどうなるんだろうかと思ってしまうのも無理はない。

 

 しかし、

 

「……このまま横で寝て、朝起きる時に上半身裸でいて『昨夜は熱烈だったな』とか言ったら流石に怒られるか?」

 

 とダナンが呟いたのを聞いて粉々に打ち砕かれた。聞いていても赤面すると思うので絶対にしないでくださいと念じるとそれが通じたのか、

 

「まぁやめとくか。……おやすみ、リーシャ」

 

 あっさりとやめてくれた。しかし最後にさらりと髪を撫でて去っていったことでまたドキリとさせられてしまうのだが。

 

 完全に立ち去ったことを耳で確認してぱちりと目を開け、今日のことは忘れようと布団を深く被る。しかししばらく酔いが回っていることもあって悶えながら過ごすことになるのだった。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

「……リーシャとだけ、狡い」

 

 リーシャを宿に送り届けて戻る途中、オーキスに行く手を阻まれた。ニヤニヤしているドランクがいて大体のことを察したダナンが後であいつ締めると心に決める。ドランクと一緒に戻ってきてからアウギュステを出る秩序の騎空団と出会い、そこでリーシャがいないことに気づいて声をかけたら、という経緯だったからだ。

 明日一緒に出かける約束を取りつけることでなんとか許してもらった。

 

 しかし翌日オーキス曰くデートをしていると、

 

「だ、ダナンちゃん!? ……とオーキスちゃん」

「……ダナンとデートしてる」

「っ!!」

 

 なぜかばったりナルメアと遭遇してしまう。勝ち誇るオーキスとショックを受けた様子のナルメア。

 だがなぜか、今日邪魔をしないという条件で次の日ナルメアと一緒に出かけることになってしまった。ダナンは内心でもう行くとこねぇよ、と思いながらも場を丸く収めるためにその通りにするしかないのであった。

 

 その次の日は流石に大丈夫だろうと、壊れた短剣の代わりになる武器を見に行った。

 オーキスもナルメアも、ついでにリーシャももう誰もいないだろうと高を括っていたのだが。

 

「お、ジータじゃねぇか。まだアウギュステにいたんだな」

「あ、ダナン君。それはこっちのセリフでもあるけどね」

「武器見てるのか?」

「うん。武器の調達と、まぁ半分は趣味かな?」

「そういや最初会った時も武器見てたよな」

「そうだったね。……あれから随分経った気がするなぁ」

「……ああ。お、これなんか良さそうだな」

「わかるわかる。それの良さがわかるならこっちとかどう?」

「ほう? また違った良さが……」

 

 などとばったり出会ったジータと仲良さそうに談笑し始めてしまった。

 

「……ジータ、すっごく楽しそうですね」

「……ごめん、アーロン。相手は強敵だ」

「……む。ダナンも楽しそう」

「……なんか自然と楽しそうにしてる。お姉さん反省会しないといけないかも」

 

 物陰から二人の様子を眺める大勢、とそこで

 

「「「ん?」」」

 

 互いに目を向けて存在に気づく。当然、ジータを見かけたグラン達と、ダナンの後を追っていた黒騎士達プラスナルメアである。

 

「今気づいたのか」

「さっきからそこにいただろう」

 

 カタリナが苦笑し黒騎士が呆れる。それだけ見るのに熱中していたのだろう。

 その後もダナンとジータは武器や防具の店を一緒に見て回ると、その流れで昼食、また店を巡り装備品以外も見て回ってそのまま夕食、とごく自然な流れで街を歩いていた。

 

「……あれが本当のデートなんじゃ」

 

 ぽつりと呟いたナルメアの言葉が全てを表していた。得も知れない敗北感に襲われている。

 

 日暮れまで結局二人は一緒にいたのだが。

 その途中で色々な補充品を見に来ていたラカムと遭遇した。ラカムは傍から見ると仲睦まじく街を歩いていた二人の姿を見てニヤリと笑う。

 

「……ははーん。さてはお前ら、デートだな?」

 

 その一言を受けてダナンとジータが顔を見合わせる。きょとんとした様子なのは、それまで全く互いに意識していなかったからだろう。

 しかしラカムの一言がトリガーとなって今までのことがフラッシュバックしたらしく、ジータの顔が夕焼けに照らされていてもわかるほど真っ赤になった。ダナンは照れていないようだが気まずそうに頭の後ろを掻いていた。

 

「ち、違っ、違うんです! 私達は別にその、そういうのじゃなくて!」

 

 顔を真っ赤にして言うとあんなに説得力ないんですね、とは偶然その様子を見ていたリーシャの心の声である。

 

「いいんだよ誤魔化さなくって。安心しろ、他のヤツらには内緒にしてや――」

 

 だが勘違いしたままのラカムはニヤニヤと言って、その途中でこちらに歩いてきている彼らを見つけてしまった。

 

「……ま、そりゃ無理な話だよな」

「えっ?」

 

 わかっていたようなダナンと全くわかっていなかったらしいジータ。彼女はラカムに顎で示された方を向き、耳まで真っ赤になって固まった。

 

「……僕は複雑だけど、嬉しいよ。妹にも遂に春が来たんだって」

 

 涙は出ていないが目元を拭うフリをするグラン。

 

「ジータがとは意外だったが、まぁそういうこともあるだろう」

 

 自分も男性経験ゼロの癖に大人のようなことを言うカタリナ。

 

「気が合う、ってのはいい夫婦になることが多いからな。まぁいいんじゃねぇか?」

 

 妻子持ちのオイゲンが朗らかに笑う。

 

「……ジータが最大のライバルと見た。絶対、負けない」

 

 今日の一件で完全にライバル視したオーキスが宣戦布告をする。

 

「お姉さんも、ジータちゃんに負けないようもっともっと頑張るね」

 

 ナルメアもなにやら握り拳を作っている。

 

「だ、だから! 違うんだってばぁ!!」

 

 ジータの必死な叫びは彼らには届かない。

 

「ダメですよ、ジータさん。顔に出ていては説得力がありません。――ようこそ、こちら側へ」

「……なんか全然嬉しくないんですけど」

 

 リーシャも近づいてきて混ざると、ジータはがっくりと肩を落とした。

 

「ダナンってばホント罪作りだよね~。手当たり次第に手を出しすぎじゃない?」

「バカ言え。別に手は出してねぇよ。普通に接してるだけだろ」

「それはもっと罪作りになるな」

「ふふふ、ホント退屈することなくていいわね」

 

 がやがやと騒がしくなってきたところで、風が巻き起こったのではないかというほどの威圧感が放たれた。

 

「――おい。貴様らいい加減にしろ」

 

 黒騎士である。

 

「特にダナン。貴様、随分と浮ついているようだが……久し振りに私がみっちり、一日中鍛えてやろう。明日は一日空けておけ」

「それは有り難いんだけどよ、俺だってただ遊んでたわけじゃないんだぜ」

「それはどうだろうな」

「ホントだって。宴の時だってオクトーといい勝負してただろ?」

「ふん。引き分けに終わった程度で調子に乗るなよ」

「へいへい、っと」

 

 告げて踵を返した黒騎士にダナンがついていく。

 二人の仲良いやり取りとは言えないはずなのに妙な信頼関係のある様子に、オーキスはこてんと首を傾げて皆の気持ちを代弁した。

 

「……ラスボスは、アポロ?」


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