俺は料理のためにシェロカルテの店に来て、とりあえず厨房を借りて昼時から夜まで限定の店を開くように頼む。
昼時だったのと万屋シェロカルテという名前によって緊急開店から割りと大勢の人が来ていた。
「こちらの従業員にも手伝わせますか~?」
「いや、いい。ちょっとむしゃくしゃしててな。俺一人で回す」
「まぁダナンさんなら大丈夫でしょうけど~」
「問題ねぇよ。夜までの十時間くらいだろ? これくらいの広さなら回せる」
「……そう断言できちゃうのがおかしいんですけどね~。まぁなにかあったら言ってください~」
「おう、悪いな」
「いえいえ~。商売は持ちつ持たれつですから~」
頼りになるシェロカルテが援護してくれるのはとても有り難い。俺が好き勝手にやってもなんとかなるモノだ。
というわけで。
「あれ? ここメニューないのか?」
「いや、あそこに書いてあるだろ」
「えっ? いや、あれってメニューというか値段じゃないか?」
「ああ。あそこに書いてある値段で、好きな料理を言ってくれれば作る」
「へ、へぇ。じゃあ丼で海鮮の並盛」
「はいよ」
ここに厳密なメニューは存在しない。今の注文なら丼の並盛で均一の値段で食える。中身は注文に合わせて俺が決めるが、無論利益の出る範囲で作る。ただ手は抜かない。料理で加減なんてするわけないが、材料費は安く、ただし値段以上の満足を、というモットーを掲げてやっていくつもりだ。
珍しい形式ではあったがここが“万”屋であることが理由の一つとなってそれなりに盛況だった。
途中、
「おい! なんだこの髪の毛は! ここの店は客に髪の毛を食わせようってのか!?」
またチャラ男だ。ローアインを見倣えよ。大体てめえの髪の毛ほどロン毛じゃねぇから入りようがねぇんだよそんな長い髪。
という苛立ちを呑み込んで無視した。他の客もいちゃもんだとわかっているのか鬱陶しそうだ。他の客も待っているので調理は続けなければ。
「おいなにシカトこいてんだぁ!?」
男は怒鳴り散らす。
「他のお客様のご迷惑になりますのでお静かにお願いします」
「だったらシカトしてんじゃねぇぞ! てめえの料理に、髪の毛が入ってたっつってんだろうが!」
「先程も同じことを聞きましたが?」
「だから謝罪しろっつってんだよ!」
「先程は言ってませんでしたね。あ、注文の品です」
「ど、どうも」
「てめえふざけてんのか! こんなクソみたいな料理食わせやがって! 当然金は払わねぇからな!」
クソみたいな料理、ねぇ。完食しておいてなに言ってんだか。
「それは困りますね。完食していただいたからには代金をいただかないと」
「だから髪の毛が入ってる料理なんて食わせやがったんだからタダにしろっつってんだよ! タダにすりゃ痛い目見なくて済ませてやるからよぉ」
今日はこんなんばっかだ。世の中にはこんなヤツしかいないのかという気持ちになってくる。
「いえ、代金はお支払いいただきます。完食されてますしお勘定ですね?」
「ふざけたこと抜かしやがって……!」
男は苛立ったように言うが口端を吊り上げると懐から銃を取り出した。店内で悲鳴が上がる。
「そんなに代金が欲しいなら、この鉛弾をくれてやるよ!」
男は言って銃口を俺に向けてきた。そして割りと躊躇なく引き鉄を引いてくる。……いや嘘だろお前。もうちょっと躊躇いを持てよ。俺にイラついてんのはわかったけど、他にも人がいるんだからさ。跳弾で誰かに当たる可能性だってあるし、大体飯に髪の毛入ってた程度で料理人殺したら確実に逮捕だぞ。
ぱん、と乾いた銃声が鳴り響く。意外にもと言うか銃弾は俺の眉間へと飛んできた。偶然か案外腕がいいのか、真実は定かではないが流石に殺されるのは困るので、飛んできた銃弾を右手で受け止める。
「……は?」
男のぽかんとした声が空しく店内に響いた。
俺は知らん顔で左手で持っているフライパンで注文されたチャーハンを炒め終えると、用意していた皿に盛りつける。紅生姜を載せて盆にスプーンと飲み水と一緒に載せてから注文したお客さんまで運んでいく。
「はい、チャーハンお待ち」
男だけでなくそのお客さんもぽかんとしていた俺はキッチンの方に戻ってから、ようやく銃を構えたままの姿勢で固まっている男へと視線を向ける。
「お客様。当店ではルピ以外でのお支払いを原則お断りしています。なのでこの鉛弾は返却させていただきますね?」
俺は言って、右手で取った銃弾を親指で弾けるようにセットしすぐに放った――ヤツの股間へと。
「こぱぁ!?」
男は奇妙な声を上げて白目を剥き股間を抑えて蹲る。いっけね。ちょっと強めに撃ったから一個潰しちまったかもしれん。店内にいた男共が顔を青褪めてやや内股になっていた。
「あれ~? ダナンさん、どうかしたんですか~?」
そこへ、シェロカルテが登場した。騒動が一区切りしてからの登場なので、おそらくどこかでタイミングを見計らっていたのだろう。
「あいつが料理に髪の毛が入ってるって言いがかりをつけてきたんだが完食してるみたいだったから支払いを求めたら撃ってきたから銃弾キャッチしてあいつの股間に返却してやったところだ」
「……なんだか無茶苦茶な単語が聞こえてきたような気はしますが、一旦置いておきましょう」
一息に説明するとそんな感じの状態なのだが、少しシェロカルテの笑顔が引き攣っていた。
「……ち、違う! 料理に髪の毛が入ってたのは本当だ! そこの料理人が自分の名誉を守るために嘘をついているだけだ!」
股間の激痛に耐えながら、シェロカルテに訴えかける。往生際が悪いな。と半ば呆れて男を見る。だが俺の出番はもう終わりだ。なにせシェロカルテが出てきたからな。おそらく彼女が出てきたなら、全て準備が整ったということだからな。
「なるほど~。事情はわかりました~。大変なご迷惑をおかけして申し訳ありません~」
シェロカルテは普段と変わらぬ口調でそんなことを言った。男の顔に歓喜が滲み出てくる。
「お詫びに今回のお食事代はこちらで持たせていただきますね~。あと」
ここまでは男の目論見通り。
「あなたのご実家であるアウギュステ経済特区第三番街四丁目二番にお詫びの品を送らせていただきますね~」
「……はえ?」
続いた言葉に男は頭が真っ白になったようだ。
「な、なんでそれを……」
「企業秘密ですよ〜。あ、あと帰り道には気をつけてくださいね〜」
「は?」
「いえ、実はあなたが完食した料理の器に髪の毛を入れているのを見たと証言している方がいらっしゃいまして〜。結果その善意ある方の通報によってあなたの人相書きが島中に出回っているんですよね〜。ですので、店を出たらおそらく捕まって事情聴取を受けると思いますので、お気をつけてくださいね〜。目撃者の見間違いだとおっしゃるなら、無実を晴らさない限りこの島からは出られませんので〜」
「……」
シェロカルテの説明に、絶望したらしい男は愕然とした。だが自分が銃を持っていることに気づきシェロカルテへと銃口を向けた。思考が上手く回らず暴走状態にあるらしい。流石に想定していなかったのかシェロカルテの身体が硬直したのがわかった。
まぁ、俺がそれを見逃すわけがないんだけどな。
俺はすぐ接近すると銃をもった手を蹴り上げる。宙を舞った銃を手に取って男の胸元に突きつけた。
「人を殺そうとしたんだ。覚悟はできてるよな」
「や、やめっ……!」
酷く怯えた様子の男。俺は当然のように引き鉄を引いた。銃声が響き、男の身体がびくっと跳ね上がる。
「……あ、ぇ?」
しかし男は死んでいなかった。俺はくるりと銃を回して弄び、素早く抜き取っていた銃弾をもう片方の手で放る。
「店内が汚れますので、事前に弾は抜いてあります。ですが」
俺は言いながら実弾を装填して男のこめかみに冷たく銃口を押し当てた。
「次は、ちゃんと弾が出るかもしれませんねぇ?」
俺が笑って告げると、男はへなへなと座り込んだ。
「じゃ、後は任せたわ」
「はい〜。流石ダナンさん、助かっちゃいました〜」
シェロカルテが手を叩くと入り口から騎空士らしき男が入ってきて、男を連れていった。俺が取り上げた銃も渡しておく。
「皆様大変お騒がせしました〜。お詫びに今いらっしゃる方々のお勘定はこちらで持たせていただきます〜」
「追加注文は一人一品までな」
シェロカルテと俺が言ったことで、呆気に取られていた客達も喧騒を取り戻していく。以降は下手な真似をするヤツも出てこず、俺一人で好き勝手回していた。店内の席がいっぱいになったら持ち帰り用に作ったり、店外にスペースを確保したりして客を回していく。
やっぱり料理ってのは楽しいモノだと思う。
俺も作っていて楽しい。食べる人も美味しくていい。食べた人が美味しそうなのが嬉しい。そういう循環がある。食べてくれる人がいたから、俺もここまで料理を好きになれたのかもしれない。
「イタイドス?」
「ダナン?」
そんなことを考えていると、アオイドスとバアルの二人が店に入ってきた。
「おう。どうした、二人揃って」
「俺達は最高にヘイヴンになれる料理店があるって聞いたんだが」
「まさかダナンが作っていたとはな」
どうやら二人の下にも噂が届いていたらしい。
二人は丁度空いていた俺が作っている傍のカウンター席に座った。仲良いなこいつら。
「メニューに書いてあるモノで、中身は自在に注文してくれりゃ、その通りに作ってやるよ」
「ほう。空を飛ぶ鳥が如く」
「自由というか幅広い店なんだな、と言いたいのだと思う」
今日も通訳ご苦労。
「じゃあイタイドスオススメのヘイヴン料理を作ってくれ」
「適当に最高な料理を、だと。俺もそんな感じで頼む」
「へいへい。ったく、お任せってのが一番作るヤツにとっては大変なんだぜ」
まぁ折角なので腕によりをかけて作ってやろう。世話になってるし。
ということで二人にそれぞれ違う料理を出してやった。メニューの中で一番高いのはご愛嬌だ。
二人も美味しそうに食べてくれたので良かった。バアルなんかは「これでこの値段なのか」と言っていた。そう思わせるように作ってるんだから、目論見通りになってくれたようでいい。
「……これならイタイドスは心配ないな」
「ん?」
料理を食べ終わって席を立ったアオイドスがそんなことを言った。
「実に美味しかった。いい、パトスだったよ」
そう告げてルピを置いて店を出ていく。
「音楽も料理も変わらない、ということだ。料理をしている時のお前は楽しそうにしていた。食べる人の喜ぶ顔が見たいという熱意も伝わってきた。美味しいと言われた時は嬉しそうにしていた。それがパトスで、俺達にヘイヴンを与えてくれる要因だったというわけだ」
バアルは補足して勘定をし去っていく。その背中を、俺は半ば呆然と見つめていた。
……料理なら、パトスにヘイヴンがあるってのか。
なるほど、どうすればいいのか大体わかってきた。
なにか掴めそうだ。
「シェロカルテ。悪い、店は九時閉店で確定だ」
「はいは〜い。元々ダナンさんの意思で始めたことですので、大丈夫ですよ〜」
シェロカルテへ事前に閉店時間を伝えておく。少し考えたいことができた。
俺はもしかしたら、GMFへの出場権を本当の意味で得られるのかもしれない。