ナンダーク・ファンタジー   作:砂城

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すみません。気づかなかったんですが、一話抜けてたみたいです


帰り道に気をつけて

 街の外へ出てしばらく経ち、異変に気づいた。

 

 ……なんだ? 魔物と一切遭遇してないな。

 

 一応シェロカルテの忠告に従い来るルートとは少し変えて歩いていた。しかしその程度で魔物の生態が全く以って変わってしまうなんてことはあり得ない。

 

「……」

 

 妙に生き物の気配がしない。小鳥の囀りも、熱帯にいるとされる爬虫類も見かけなかった。

 

 違和感があると、直感と視覚が訴えかけてくる。自然と警戒態勢に入り神経を研ぎ澄ます中、()()()は悠然と立っていた。

 

「君がダナン君だね?」

「っ!?」

 

 俺は声が聞こえた方向を振り返って腰の短剣を抜き構える。声は好青年という風であり緊張感の欠片もない。ただこの妙な違和感に関わる人物であることは間違いなかった。

 

「そう身構えなくていいよ。俺も、抵抗させる気はあんまりないんでね」

 

 暗がりに佇むその姿を注意深く観察して、その人物に当たりをつけ舌打ちする。

 

 額を出すように立てられた金髪に、ドランクにも似た無性に殴りたくなるニヤケ顔。鎧を身に着けた上で肩に独特な白いマントを羽織っていた。そしてそのマントは、全空でも十人しか着用を認められていない。

 

「十天衆だと!?」

 

 常識外れの実力を持つ、という点では七曜の騎士である黒騎士に近いとさえ思われる強者だ。

 十天衆とは、十ある武器種それぞれ無二の使い手を集めた伝説の騎空団。「全空一の脅威」であり「脅威への抑止力」でもあるとされるその実力は、十人が集まればもちろんだが単体でも充分な脅威になり得る。

 正しく一騎当千。

 

 しかしその強大な力が、たかが俺だけのために振るわれるべきではない。多少特異な力は持っていても、俺はたかだか小悪党程度の存在だ。

 

「へぇ、俺のことを知ってるんだ。じゃあ話は早いね。大人しく投降してくれるかな?」

 

 ヒューマンの青年は軽い調子で投降を促してくる。……十ある武器種の使い手の内、こいつは腰に提げてる得物から見ても剣、か。

 つまり。

 

「……はっ。わざわざ俺みたいな雑魚一匹に出張ってくるとは、十天衆も随分暇なんだなぁ? なぁ、頭目のシエテさんよぉ」

 

 俺はなんとか笑みを浮かべながら皮肉で返しじりじりと後退するが、多少離れたところで逃げることは不可能だ。それこそ黒騎士にでも出張ってもらわなければ、俺が逃げ延びる道はない。

 

「ははは、悲しいかなまともに動いてくれる子があんまりいなくてね。頭目でも自分で行くしかないことも多いんだよねー」

 

 ニヤケ面が妙に寂しく映った。……会話しながら突破口を探してはいるが、全然わからねぇ。こいつ、ニヤケ顔で飄々としている癖に隙がねぇ。掴まって拷問されるのは構わねぇが、それで黒騎士の作戦に支障が出たらことだ。そうなれば全ての計画がおじゃん。俺の人生設計丸潰れどころかあいつらまで巻き込んじまう。

 それは最悪の結果だ。なんとかここで死ぬか、無事逃げ延びるかしたいところだが。後者は無理そうだな。向こうが見逃す気じゃねければ確定で死亡または捕縛だ。

 

「なんで俺を狙う。俺なんか狙うよりもっと他に倒すべき相手がいるだろ。怠慢か? そんなんじゃ来たるべき絶体絶命の窮地にその場にいれねぇぞ」

「耳が痛い話だね。もちろん、君を捕えたら他の場所へ出向くつもりだよ」

「そうかよ。ちなみに俺にはなんの罪があるってんだ?」

 

 話には付き合ってくれそうなので、時間は稼げるだけ稼いでおく。

 

「それはあれだよ。君、商船を襲ったでしょ。しかもそこにいた商人皆殺しにして。聞いた話によると商船を襲って操舵士の片耳削いで脅迫したとか。まぁその操舵士さんから聞いた話なんだけどね?」

 

 ……あー。確かにそりゃ俺だわ。奴隷商の件だな。つまり自業自得ってことかよ。

 

「しかも着いた先でも商人を殺し、商品を壊すか盗むかしたんだって? 若いのに随分無茶苦茶やったねぇ」

「そっかそっか、あの件のか。そりゃ俺罪にもなるわな。商売の邪魔したわけだし」

 

 こいつの物言いを見るに、耳削がれたヤツは商品の詳細自体は伝えていない。断片的な情報だけを伝えて俺を殺させようってか。口だけは回るようだな。

 

「じゃあ投降してくれる?」

「はっ。逆だ。どうしてもここを突破しなきゃなんねぇ理由ができた。そいつ見つけ出して、告げ口したことを後悔させてやんねぇとなぁ」

 

 これは俺の甘さが招いた事態だ。あの時俺が、他のヤツらと同じように操舵士を始末していればこんなことにはならなかった。奴隷商人達が死んだ。それだけの簡単な事件で終わるはずだったんだ。

 

「へぇ? やる気なんだ。お兄さんとしては若い子の将来を断つのは悲しいけど、抵抗するって言うなら手加減はできないよ?」

 

 飄々とした空気を纏ったまま、シエテは腰の剣を抜き放った。

 ……確実に死ねる、がナルメアの剣を見てて良かった。相手がもし剣や刀じゃなかったら何回か避けるだけの自信すらなかっただろう。

 つまり、剣が相手ならなんとかやれる。

 

 そう思っていた時点で、俺は十天衆について全くわかっていなかったということだ。

 

 黒騎士に匹敵する強さなのかもしれない。そう考えた時点で俺は一目散に逃げるべきだった。例え逃げ場などなくとも、逃げるべきだったんだ。

 しかし後悔はその言葉通り、後からやってくるモノだ。

 

「じゃあちょっと、本気出しちゃおっかな~」

 

 飄々とした口調は変わらずに、男の身に纏う気迫が膨れ上がった。黒騎士の技を受けていたからこそ硬直しなかったが、もしあの経験がなければ足が竦み動くことすらできなかっただろう。

 しかもなにやら彼の周囲を透明な光の剣のようなモノが浮遊している。五本あるが全て異なる形状をしていた。……なんだあれ。

 

「ああ、これ? 剣拓。俺さ、いい剣を見るとついつい剣拓を取りたくなっちゃうんだよね。で、これはその剣拓なんだ。あ、剣拓と言っても魚拓なんかとは違って触ると怪我どころじゃないから、気をつけてね」

 

 冗談めかして言ってくる。……チッ。だからか。本人の膨大な気配の脇に、剣それぞれがエネルギーを持っているように感じるのは。

 剣拓とやらの位置は察知できるがその分威力が高いってことか。

 

「……まさか飛んでくるんじゃねぇだろうな」

 

 浮いている剣、ということで連想した俺の言葉に、シエテは変わらぬ笑みで答えた。くるりと空中の剣がこちらを向く。

 

「ふざけろっ!」

 

 俺は悪態をついて逃げようとするが、高速で飛んできた剣の一本があっさりと胸当てを貫通して脇腹を貫いた。

 

「ぐっ、そがぁ……!」

 

 明らかに反応できる速度じゃない。俺は痛みに呻きながらも逃げ出した。勝てるわけがないんだから当然だ。

 

「ま、そうなるよね〜。じゃあ鬼ごっこといこうか」

 

 未だに気楽な声は圧倒的有利故か。……クソッ。この胸当てだってそれなりに硬いんだぞ! それをあっさり貫きやがって。どんな切れ味してんだ剣拓だけで!

 もし本人が斬りかかってきたらと思うとゾッとする。

 

「ほらほら、避けないと死んじゃうよ?」

 

 言われなくても避けるっつうの。

 俺は剣拓の気配を察知して向きを知り事前に身体を動かす。それでも間に合わずに掠るのだからやってられない。終いには、

 

「粘るね。じゃあもっと数を増やしてみようか」

 

 という声が聞こえて背後に感じる剣拓の数が十に増えた。どうやら発射する度に補充しているらしい。だがかわし続けて相手の消耗を待つという手は使えない。その前に俺が死ぬ。

 数が増えた剣拓により傷が増え血を流す量が増える。直撃こそ避けていたが、次第に俺の体力は奪われていった。

 

 脚の筋肉が悲鳴を上げ心臓の鼓動が煩いくらいに鳴っている。視界も段々と霞むことが出てきた。

 

「よくやるね、後がないのにさ。そろそろ終わりにしよっかな〜」

 

 シエテは言うと俺が絶対に避け切れないであろう数の剣拓を周囲に出現させた。そして一発ずつではなく、全て同時に俺へ狙いをつける。

 が、もう遅い。

 

「おい十暇人衆頭目。知ってるか? この先には崖があるんだぜ」

「? それがどうしたの? まさか俺を誘き寄せて崖から突き落とそうって算段なのかい? やめといた方がいいと思うけど」

「惚けるなよ。俺を甚振りながら殺さないよう調整してたんだろ? 腹立つことに、捕まえるなら最初の一撃で足切り落とされてたら詰みだった」

 

 俺は言いながら、崖に背を向けシエテに向き直る。

 

「良かったな、頭目。これで俺が死んでも転落死ってことにできるぜ」

「まさか飛び降りる気かい? それこそやめといた方がいい。本当に死んじゃうよ?」

「犯罪者の心配とはお優しいな」

「それはまぁ、別に殺しに来たわけじゃないからね」

「そうかよ。それは残念だったなぁ!」

 

 俺は覚悟を決めて崖から飛んだ。

 

「させるか!」

 

 少し余裕のない表情が見えただけで満足だ。シエテは俺に向けて剣拓を飛ばしてくる。高速で飛来した剣拓は俺を下から支えるつもりなんだろうが、そんなのお断りだ。身を捩って飛び降りを邪魔されないようにして、何本か刺さりながらも無事落下していく。

 

「俺の勝ちだバーカ」

 

 完全敗北だろうが気にしない。俺は笑って重力に従い崖下へと落ちていく。……こっから転落死しないようにしなきゃいけねぇんだけどな。

 

 俺は頭が下になったことで地面が着実に近づいていることが見えて、痛みを堪え行動を開始するのだった。まぁ、【ナイト】によるファランクス障壁クッション作戦なんだが。

 

 ◇◆◇◆◇◆

 

 ダナンを襲った十天衆頭目のシエテは、崖縁から下を眺めてため息を吐いた。

 

「まんまと逃げられちゃったねぇ」

「捕まえる気もなかったのによく言うわね」

 

 残念とは全く思っていなさそうな声にツッコんだのは、空から降りて地面に着地した茶色い長髪を持つ女性である。彼女もシエテと同じく特徴的な白いマントを身につけていることから、十天衆であるとわかった。彼女が持つのは弓だ。

 

「ついでに言うなら彼、まだ生きてるわよ」

「そっか。流石目がいいね、ソーン」

 

 シエテの目には遥か下の様子が見えていない。しかしソーンと呼ばれた女性の目には障壁を使って勢いを殺しながら崖下まで到着した少年の姿が見えていた。

 

「それで? こんなことのために呼んだんじゃないんでしょう?」

「もちろん。でもまぁこれでシェロちゃんからの依頼は完了したから、この島に用はないんだけど」

「もう一つの依頼はいいの?」

「いいのいいの。結局あの商人も奴隷商だからね。ダナン君には感謝してる人が多いだろうし。元々それの調査で来てたわけだからねぇ」

「そう。シェロからの依頼ってなんだったの?」

「奴隷商の裏組織に狙われるかもしれないから、俺が殺したと思わせて逃してくれって」

「へぇ。随分肩を持つのね」

「『ダナンさんは将来いいお客さんになりそうですからね〜』だそうだよ。俺に商人から話があってすぐ後に依頼してきたし、今十天衆を顎で使えるのってシェロちゃんくらいなんじゃないかな」

「それで、なんで私を呼んだの? 他の十天衆もいないし」

「ははは、それは皆来てくれないからだね。念のためこの辺には皆にいてもらうように言ってるけど、近々全員集合してもらう必要があるかもねぇ」

 

 乾いた笑いを零しつつ、やけに神妙な様子を見せる。

 

「十天衆全員? そんなに大事なの?」

「ああ。でなければ死者が出る。なにせ――相手はあの七曜の騎士なんだから」

 

 真剣な表情でシエテの告げた言葉は、更けた夜の帳へと吸い込まれて消えていく。されど確かに不穏な気配を残すのだった。

 

 一方、ダナンを待つ黒騎士達は。

 

「遅い」

 

 廃工場近くの岩陰で野宿をしている彼女らは一向に姿を現さないダナンに苛立ちを募らせていた。なにせ飯を作らせる気でいたのだから。美味い夕飯にありつけると思っていた一行は期待を裏切られ空腹も相俟って苛立っていた。じゃあ誰か作ればいいじゃん、という話だが料理のできる人はいなかった。二週間の間でアップルパイを作れるようになろうとしているオルキスが一番できるくらいだった。

 

「……なにかあったのかもしれないな」

 

 空腹が募っているとはいえ、夜になっても帰ってこないのは遅すぎる。普段の様子から裏切ることはないと踏んでいたが、街に協力者がいるのか。そう考えるくらいには時間が経過している。

 

 その時、不意に風向きが変わった。

 

 そして四人が身体を硬直させ三人は厳戒態勢に入る。血の匂いだ。強烈な血の匂いが、風によって流れてきている。通り魔か、強い魔物か。なんにせよ油断はできなかった。しかしここまで近づいてきて尚気配が微弱ということは、弱っている可能性も考えられる。

 警戒する中、ゆっくりと彼女らに近づいてきてようやく視認できる距離まで来て、

 

「貴様っ!」

 

 ふらふらとした足取りで近寄ってきたのは、青白い顔で血に汚れたダナンだった。なにかに襲われたのは確実だったが、彼のつけている胸当てが斬られていることを見るに、相当な強者と遭遇したらしい。

 

「……良かった、なんとか逃げ切ったか……」

 

 掠れた声で微かに笑うと、彼は力なく地面に倒れ伏した。

 

「チッ。事情の説明は明日だな。ドランク、治せ。場合によっては計画の延期もあり得るだろう。こいつを襲ったのが私達を狙ってのことだった場合、だがな」

「了解、っと。服汚れたままだとあれだから脱がしちゃうけど、ちょっとスツルム殿には刺激が強いかな~。痛ってぇ!? ちょ、ちょっとスツルム殿、粋なジョーク、ジョークだよ!」

「煩い。騒ぐな」

「刺しといて叫ぶなは無理じゃない?」

「……もう寝る。見張り変わるなら言ってくれ」

 

 茶化すドランクを切っ先で刺したスルツムは、黒騎士に一言告げてから二つあるテントの中に消えていく。その内にもドランクはダナンを脱がして傷を見る、が。

 

「あれ、傷は塞がってる。一応歩きながら治すだけの余裕はあったみたいだねぇ」

「……ダナン、大丈夫?」

「大丈夫大丈夫、ちょっと血を流しすぎて倒れちゃっただけだからね」

「なら服を洗って干したらお前も寝ろ。見張りは私がする」

 

 心なしか心配そうにダナンの様子を覗き込むオルキスと、無事と聞いたからか素っ気ない黒騎士。そんな二人の間で揺れるドランクは、また雑用を押しつけられちゃったかと思いながら血に汚れた服を剥ぎ取ってダナンの身体をスツルムのいるテントとは別の方に放り込み、衣服を洗濯してから焚き火の近くに干しておいた。

 

「それじゃあ僕も寝るとしよっかな~。おやすみ、ボス」

 

 ドランクはわざとらしく伸びをしてスツルムのいるテントに入ろうとする。入ろうと屈んだところで中から剣が飛び出してきて眉間に刺さった。

 

「痛って、待ってスツルム殿! ホントに刺さってるから!」

「冗談でも入るな。次は貫く」

 

 割りと本気が混じっているスツルムの声に、ドランクは大人しく身を引いて血の出る眉間に回復をかけもう片方のテントに入っていった。

 明日にはおそらくバルツにおける計画の最終段階を迎えるというのに、いつもながら緊張感のない連中だと黒い兜の中でため息を吐く。

 

「……おやすみ」

 

 そこへ感情のない声がかけられた。振り向かなくても誰かわかる。返事はしない。

 

 少し後になってから小さな足音とテントのを開ける音が聞こえて外に自分しかいなくなってからまた一つため息を吐いた。

 

 オルキス――黒騎士が人形と呼ぶ少女はダナンが来てから少し変わった。本人は隠しているつもりかもしれないが、今のように声をかけてくることが増えてきたのだ。それがいいことなのか悪いことなのかは判断がつかなかったが、少なくとも最終的には邪魔になってしまうモノだ。だからと言って誰とも関わらせないようにするのも難しい。感情の起伏が少ないとはいえ人である限り他人との関わりを断って生きることは難しいのだ。

 

 なにより、理性的な面は兎も角感情的な面はオルキスの変化を良いモノとして捉えようとしている部分があった。

 

 努めて今まで通りに振舞おうと思いつつ、しかしいつか目指すべき場所でのことを考えると複雑な心境にならざるを得ないのだった。


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