理の律者は笑わない 作:バイクに乗ったまま戦闘だって!?
そこのところしっかり留意してゆっくりしていってね!
理の律者は笑わない
土砂降りの雨が容赦なく彼女らの頬を叩き、そして伝っていく。
薄紫色の少女は地に膝をつけた鈍色の少女を。うっかり壊してしまわないように優しく触れた。
彼女はその身がずぶ濡れになっていくのを気にも留めず、心が憂色に塗りつぶされた少女の頬に。
「ゼーレ……」
「ブローニャお姉ちゃん。ゼーレは、大丈夫、だから」
吹けば霞のように消えてしまいそうだ。ゼーレと呼ばれた少女の身体からは紫色の粒子がボロボロと流れ出して、それに伴い身体は少しずつ空へと溶けていく。
ブローニャは理解している。彼女は消えたくないのだと。
されど自分に心配をかけまいと、懸命に虚勢を、精一杯の見栄を張っているのだと。
助けられなかった、手遅れだった。
自分が代わりに『彼』の実験を受けたならば、ゼーレが犠牲になることもなかったのだろうか。しかしその考えは現実を受け入れることができないブローニャの自己防衛でしかなかった。
「ごめんね、お姉ちゃん」
彼女から発せられる粒子の量はその身がこの世界に留まれる時間があと僅かなのだと教えてくれる。
身体は寿命間近の蛍光灯のように明滅を繰り替えし、その度脚先から存在が消滅していく。
「ゼーレ、私は……」
謝ろうと彼女を見上げたがゼーレはその華奢な指で口の前にバツ印を作った。
「ううん、いいの。お姉ちゃんのゴメンなさいが聞きたいわけじゃないんだ。私の……お願いを、聞いて欲しいの」
崩れる身体を無理やり動かして、ゼーレはブローニャに抱きついた。崩壊の始まった彼女の身体の温度を感じることはもはやできない。ただ雨の冷たさだけがブローニャに触れた。
「生きて」
「──ッ」
「……やっぱり。お姉ちゃん、私の後追いするつもりだったんでしょ?」
自分より年齢が低いはずなのに、今ブローニャの目には彼女が姉のように見えた。ぐしぐしと目を擦るが雨とか涙とかでぼやけてしまったわけではないらしい。
聖母のような微笑みをたたえてゼーレは言うことを聞かない子どもをたしなめるように諭す。
「私だって本当はブローニャお姉ちゃんと一緒に行きたいよ? でも、ダメです。そんなことゼーレが許しません」
「……矛盾してる」
「むっ! でも許しませんの想いが強いから矛盾じゃない……はず」
タハハ、とゼーレはバツが悪そうに笑った。そしておもむろに抱きしめていたブローニャの身体を離して彼女の目を見つめる。
「ホントにダメです。約束ですよ」
「……わかった」
不服そうな姉の姿はゼーレの目には少し可笑しく見えたようだ。最期に見えたこの顔は自分が消えてしまっても永久保存版だろう。
その言葉に満足したのか、ゼーレの身体を保っていた緊張の糸が崩壊したのかは分からない。
急速になったゼーレの粒子化は彼女の全身を余すところなく飲み込んでいき──
ゼーレという存在は、観測不能となった。
「ゼーレ、どこですか?」
ブローニャは立ち上がり、虚ろな目で辺りを見回す。声に答えるものは何も無い。ただ虚しく、ザアザアと雨音が響くのみだ。
「ゼーレ、ゼーレ」
まるで何かに取り憑かれたかのようにフラフラと当てもなく彼女の名を呟く。
取り戻せやしないと分かっている。
されど今はゼーレの消失を否定する自分の方がよっぽど強かった。
そうでもしないと自分が自分でなくなってしまいそうで。
徐々に自分の視界が暗転していく。あぁ、まぶたの裏には
変わらぬ顔で『お姉ちゃん』と話しかけてくれるだろうか。
気を失ったブローニャの元へ足音が近寄る。
「……なんてことだ」
彼女の元についた枯れ木のように細い身体の男性は不意にその口から垂れた少量の血を拭う。
それは彼の身体によるものか、はたまた心によるものか。
傘を閉じ雨でその身を濡らしながらも、それを気にする素振りもなく少女を支えるには心許ない腕でブローニャを抱えあげた。
「すまない」
いつもの『平和の象徴』は見る影もない。
消え入りそうな声でブローニャにそう呟いて彼女と共にその場を後にした。
誰の実験だったんやろなぁ(すっとぼけ)