理の律者は笑わない 作:バイクに乗ったまま戦闘だって!?
「……おはようございます」
「あぁおはよう、ブローニャ」
彼は関係各所に宛てたメールをしたためる手を止め、声のした方へと顔を向ける。
寝惚け
一緒に暮らしてはいるものの、ブローニャは彼の親類でもなければ友人でもない。そもそも現在の彼女に親類というものは存在しない。
ブローニャ・ザイチク、13歳。今ひとつ感情のない乙女。
シベリアにて生を受けたが生後1,2年で国内で内乱が勃発。その過程で戦争孤児が多数生まれ、彼女もその一人となった。
内乱の理由は不明だがとある『個性』が暴走した余波によるものとされている。
孤児となったブローニャは軍事組織に引き取られ、読み書き算盤の前に銃の撃ち方を学び戦争の駒として育てられた。
それから数年のうちに彼女は兵器としての頭角を現し『ウラルの銀狼』という通り名で呼ばれ恐れられた。
それから更に数年、彼女がとある任務で戦地に赴いた時のことだ。彼女が現場に到着した頃には既に戦闘は終わっていた。
──たった一人の男の手によって。
「ブローニャ?」
「……すみません。考え事をしていました」
「あぁいや、口に合わないのかと思ってちょっとだけ心配だったんだ」
「いえ、そんなことはありませんので大丈夫です」
「そうか……」
机を挟み先の会話以外は終始無言で朝食を食べ、ブローニャは自分に割り当てられた部屋へ向かった。
「……参ったな」
洗い終えた食器を並べながら彼──オールマイトは考える。
彼女を引き取ることはほぼ突発的に決めたことだった。
罪滅ぼしのためか、その姿にいたたまれなくなったのか、今となっては彼自身ですら分からない。しかしここで彼女を放っておけばロクでもない未来に繋がるような気がしてならなかった。
奴が存命していることが明確になった以上、ブローニャが狙われる可能性は高い。
元サイドキックのような予知ではなく、単なる勘だ。されど今までの経験上、馬鹿にはできない。
「どうすればいいんだろうな」
オールマイトはソファに腰掛け天井を仰ぐ。その眼窩の奥の瞳は既に疲労困憊の色を見せていた。
部屋に入った私は一人ベッドで膝を抱えて壁に寄りかかった。
彼──オールマイトには感謝はしている。あのまま放置されていたら奴に回収されるか、野垂れ死ぬか……あの頃のように戻るしかなかったから。
が、どうにも解せない。彼の職業はプロヒーロー。その中でも絶大な力と人気を誇るNo.1ヒーロー。
しかし彼や彼以外のヒーローの業務内に「孤児の引き取り」というものはないはず。ネットには何件かその事例に該当するものはあるが、それらはいずれも親族や友達等の関係性を持った者たちだけ。
しかし私とオールマイトに関係性は皆無。血縁も親交も、何もない。
なら何故私を引き取ったのでしょうか?
聞いてもはぐらかされるばかり。
また何かされてしまうのではないかという考えが私の頭を掴んで離してくれない。
分かっている。
見ず知らずの私を引き取ってくれた彼に、こんなことを考えるのは恩知らずだって、間違ってるってことは。
でも私は──
「ゼーレ……」
伝う涙はあるけれど、顔は作り物のように無表情。
私はポテリとベッドに身を任せ、とどくはずもない天井に手を伸ばした。
⚫
「あなたの仕事を見てみたいです」
「なんだい藪から棒に」
結局オールマイトへの疑念を捨てきれなかったブローニャはとりあえず彼の人となりを観察するために職場見学を申し出た。普段の行動にこそ彼本来の性格が現れる。自分を引き取ってからのオールマイトは多少無理やり明るく振舞っていたとブローニャは感じていた。それがまた怪しくも感じたのだが……。
オールマイトは今まで必要最低限の会話しかさせてくれなかった彼女が自分の仕事に興味を持つなんて思いもしなかった。むしろヒーローというもの自体を嫌悪しているとさえ思っていた。
ところがどうだ、彼女は嫌悪感どころか少なくともヒーローというものに興味を持ってくれている。オールマイトは胸中に晴れ間が見えたような気がした。
「よし! なら私が普段やってることとかバッチリ教えちゃうからな!」
「あまり張り切り過ぎると普段通りが見れないのでそこそこでお願いします」
「あ、はい」
まずオールマイトは私を連れて街に出た。
彼は目の前でヴィランと相対するといった緊急事態でない限りはやせ細った状態でいることを推奨されているそうなので、今日はその目で職務に勤しむ彼を見ることは出来なかった。
しかしヴィランを捕縛するヒーローを見ながらヒーローとは何たるかを聞くことが出来たので全くの無収穫というわけではない。
その後彼は不法投棄が多い海浜公園に行ってゴミの処理を始めた。
「最近じゃヒーローってのはヴィランを倒してもてはやされてはいるが、とどのつまりそのオリジンは奉仕活動なんだ」
そう言いながら海岸に不法投棄された錆び付いた軽自動車を押し潰すオールマイト。
不快な音を一瞬だけ奏でたそれはものの見事な鉄塊になった。
その状態にならないようにと推奨されていたのでは……?
「こういうゴミを撤去したり困っている人を助けたり。まぁ最近のヒーローはめっきりしなくなってしまったが」
「ヴィランによる犯罪件数が右肩上がりだからでしょうか」
私の質問にオールマイトはうんうんと頷く。
「そうだね。ヒーロー飽和社会なんて言われてはいるが、それでも個性を使った犯罪はとどまるとことを知らな──」
そこまで言ったオールマイトの口からは血が吹き出し、身体から唐突に煙が吹き出した。特に異臭はしないので水蒸気のようなものなのだろうか。
煙が晴れた後に残されたのは家でよく見るオールマイトの姿だった。世間の人々はあのナチュラルボーンヒーローの本来の姿がこのようなものだとは思いもしないだろう。
私はオールマイトから視線を外し、夕日が半分まで沈んだ海を眺めた。
「……オールマイト。ブローニャは貴方に謝らなければいけません」
「ブローニャは、貴方が怖かった。何の関係性もないブローニャを、何故引き取ったのかが皆目見当がつきませんでした。だからまた、何かされてしまうんじゃないかと」
オールマイトはどんな顔をしているのか。その顔を見る勇気は今の私にはない。彼は悲しんでいるのだろうか、怒っているのだろうか。
「ブローニャを気づかって色々してくれたのに、それを無為にするような考えを浮かべてしまいました」
更に謝罪を重ねようとすると不意に両肩に感触がする。クルリと逆方向に体の向きを変えられた私の目に映ったのはムキムキになったオールマイトだった。
「そんな思いを抱くのは当たり前さ。ブローニャ、君には何の落ち度もない。落ち度があるのは──私だ」
その巨体に見合わぬ小さな声で彼は話し始めた。
私に様々な実験を施したヴィランはオールマイトの宿敵だったこと。
刻まれた深い傷を代償にそのヴィランをあと一歩のところまで追い詰めたこと。
そしてそのヴィラン──AFOをとり逃してしまったこと。
「私は、助けられたはずなんだ。君の友達を」
「諸悪の根源はあのダサマスクです。あなたのせいじゃありません」
オールマイトはその言葉で気が抜けたのか一気にガリガリの状態に変化した。虚をつかれたように私を見つめている。大方、自分は恨まれているとでも思っていたのだろう。それは違う。そんなことは私は望んではいない。
「ブローニャはオールマイトを恨んではいません。もしもを話しても仕方ないですし、何より建設的ではないです」
ゼーレは私が悲観に暮れているよりも、楽しく過ごしていることを望むはずだ。
そして私は、これ以上彼女のような被害者が出ることを望まない。
「私はゼーレのような被害者をもう出したくありません。だから、強くなりたいです」
ぐわんっと視界が揺れた。見ればオールマイトがそのか細い腕で私を抱きしめていた。
「ブローニャは……強いな」
「オールマイト程ではありません」
「腕っ節の話じゃない。その心のことさ」
「そうでしょうか?」
「そうだとも」
約五分、私を抱きしめたオールマイトはおもむろに伸びをした。
身体中からバキバキと音がなっている。相当お疲れの中私と歩いていたのだろう。
「さて、いつまでもシミったれてはいけないな!そう、私は君の強くなりたいという願いに応える必要がある」
「ブローニャ、君はヒーローになりたいかい?」
オールマイトの問い。私の答えはもう既に決まっていた。
「もちろんです。ご指導ご鞭撻のほどよろしくお願いします」
書き終えたのでポーイ。
まだまだ校正の余地ありなので頑張ります。