拝啓、正しく在れない私たちへ   作:ハマグリボンバー

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お試し投稿です。


職場体験初日、或いは止まっていた物語の再開

 

「ヒーロー!!早く来てくれヒーロー!!」

 

 

 大型ショッピングモールの広場で、その場に似つかわしくない怒号が響いた。

 

 普段から多くの買い物客で賑わうそこは、今は怒声と悲鳴を響かせながら、大勢の一般客が走り回っている。

 

 落ち着くように促すアナウンスは、もはや意味をなしていない。

 

 

 

「速く走れよ!!もうそこまで来てるんだぞ!」

「そんなこと言わないでよ!!」

 

 

 少しだけ遅れて逃げる若い男が、手を引いている女を怒鳴りつける。

 

 周囲の建物はあちらこちらで火の手が上がり、時折起こる爆発によって吹き荒れる熱風が、息を吸うだけで喉を焼いた。

 

 デートだった。お洒落をしてきたのだ。

 膝下まであるロングスカートは走り辛そうで、ヒールを脱いだ素足は、アスファルトによって所々傷ついている。

 

 速く走れないのは仕方がない。彼女を責める権利など誰も持ち合わせていない。

 

 

──しかしそれでは、悲劇から逃げ切れない。

 

 

 

 アスファルトを抉る音もたてて、黒い悲劇は、彼と彼女の前に現れた。

 

 

「───っ!!」

 

 

 二人を見つめる赤い眼に、人のような知性はない。

 それは、ただ目の前の餌を刈る捕食者の眼。

 

 

 それは、ボサボサに波立った黒い毛の獣。

 それは、鋭利な歯をみせて嗤う捕食者。

 

 狼を連想させる、大型の犬だ。

 

 

 とはいえそれは犬。もはや人類の大半が超常を発現した現代においては、取り立てて騒ぐほどの脅威ではない。

 目の前にいる犬の何が問題なのかといえば。

 

 

 

「───なんでお前らが!!個性を持ってんだよ!!」

 

 

 

 

 ミシミシと音をたてて、その大型犬を白い鎧が覆っていく。

 肉体から突き出した骨が、その身体を守っていく。

 

 

 そこにいるのは黒い悲劇にあらず。骨の鎧によって身を守る、一体の悪魔だ。

 

 

「──あぁ……くそ」

 

 

 正面には一体の悪魔。周囲は火に包まれ、背後からは獣特有の荒い息づかいが聞こえた。

 

 

「ふざけんなよ。ちくしょうが……」

 

 

 

 もう彼らに、状況を打破する手立てはない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「正直、君のことは好きじゃない」

 

 

 東京都にあるヒーロー事務所。背の高いビルに囲まれた一等地に腰を据えるヒーローは、開口一番にそう言った。

 

 

「は?」

「私の事務所を選らんだのもどうせ、五本の指に入る超人気ヒーローだからだろ?」

 

 

 聞く人が聞けば眉を顰めるような傲慢な言葉も、彼の実績を知っていればただの事実でしかない。

 

 ベストジーニスト。

 ヒーロービルボードJPでもトップ10入りを果たすスーパーヒーローだ。

 

 だが、事実だからといって納得できるかはまた別の話だ。それが、反骨精神旺盛な爆豪勝己であれば尚のこと。

 

 

「指名入れたのはあんただろが……」

 

 

 まだ高校一年生である爆豪がこの”ジーニアスオフィス”に来たのはアルバイトなどではない。彼が在学する雄英高校が実施する職場体験によるものだ。

 職場体験は、プロヒーローが学生を指名し、その中から体験先を選ぶ場合と、高校がオファーしたヒーローの中から体験先を選ぶ場合が存在する。

 先日行われた雄英高校の体育祭において、総合優勝を果たした爆豪は話題性も高く、多くのヒーロー事務所から指名が入っていた。

 

 当然、ベストジーニストもその指名をしたヒーローの一人だ。

 

 だと言うのにこの言われ様である。爆豪の不満は、ある種当然とも言えた。

 それに意も介さず、男は続ける。

 

 

「そう!最近は”いい子”な志望者ばかりでね。久々にぐっと来たよ」

 

 ベストジーニストが丁寧に撫でつけられた自らの髪をなでる。

 

 

「君のように凶暴な人間を”矯正”するのが私のヒーロー活動だ」

 

 

 その言葉に、爆豪の目つきは一際険しくなる。口にこそ出さずとも、その脳内では罵詈雑言が飛び交っていることは、傍目からも窺い知れた。

 爆豪の表情を一瞥し、短く息を吐いたベストジーニストは、手のひらをを爆豪へと向け「まぁ待て」と言って見せる。

 

 

「……だが、残念なことに。あぁ本当に残念だったが────そうも言っていられなくなった」

 

 

 そういって、男は少年に背を向ける。窓の外には、たくさんの人が行き交う街並みが見下ろせた。

 

 

「だから、君はその身で感じるといい。何が、人をヒーローたらしめるのか」

 

 

 

 

 

 爆豪勝己の一週間はここから始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ジーニアスオフィスの三階。”ベストジーニスト”である彼に相応しく小綺麗に調度品が置かれていた一階や二階とは違い、会議室としての機能を持ったその部屋は、武骨なまでに機能性のみが追及されていた。

 

 プロジェクターの横に立ったベストジーニストが、部屋全体を仰ぐ。総勢で23名。驚くべきことに、その全てがこのヒーロー事務所に所属する職員である。

 最後に、先頭の席に座る爆豪を一瞥し、彼は正面を向いた。

 

 

「まずは集まってくれたことに感謝を。何人かは外回りをしているため不在だが、今日は雄英生に対する現状の説明と今後の方向性の確認だ。不要だとは思うが、必要に感じれば各班で情報を共有してほしい。」

 

 

 ジーニストの横にあるプロジェクターが起動する。

 写し出されたのは、つい四日前に全壊したショッピングモールだ。

 

 

「端的にいこう。我々は特定敵団体『志村組』の調査に当たっている。雄英生。『志村組』については?」

 

 ジーニストが爆豪に尋ねる。

 頬杖をついたままの爆豪は、僅かに目を反らした。

 

「……ニュースでみたことあるぐらいだ」

「それはなにより。三年前に起きたヒーローとの抗争は有名だな。ヒーロー2名及び警察3名が殉職。ヴィラン側からも多数の死者を出しながら、主犯である『アンノウン』は今なお逃亡中。結果だけ見れば頭が痛くなる失態だ。当時はヒーローへのバッシングが盛り上がったな」

 

 何かを思い出すように視線をそらし、私もとばっちり受けたと、ベストジーニストは言う。

 

「あまり知られていないが、『アンノウン』は個人のヴィランではない。『変質』という同一の個性を持ったヴィラン群の総称だ。これは三年前に発覚したことで、これがもともと知られていれば、あの失態は起こらなかったはずだ。一年半前に神野区で殺された大田原行雄も『アンノウン』であったことを鑑みれば、死亡した『アンノウン』は、今のところ12名。オリジナルを含め、あと4人以上いるのは間違いない」

 

 『変質』。触れた対象の物体をそのままに、特性を変化させる力。

 その力を使って、仲間の個性を変質させ、自分と同じ『アンノウン』にしているのだと、ジーニストは言った。

 

 

 ここまではいいかと、爆豪を見る。

 

「……なんで『アンノウン』の人数がわかんだよ」

「すまないが学生である君にそれは教えられない」

「……あっそ」

 

 なら聞くなよと、爆豪は不機嫌そう鼻を鳴らす。

 隣に座ったベストジーニストのサイドキックに励ますように肩を叩かれたが、それすらどこか不愉快で、小さく舌打ちを打つ。

 

「話を続ける。この『志村組』だが、基本的に生物兵器の売買を主としている。商品は多様だが、いずれも共通しているのは、それが個性を持った生物であるということだ。おそらくは『アンノウン』の個性によって造りだしているのだろう。君の知る脳無と似たような性質だが、あれほど個体ごとの脅威は高くない。動物ではそれほど複雑な個性に耐えられないからだと私は推測している」

 

 

 個性をもった獣。連日報道されるニュースでも話題になっていることだ。

 だが、だからこそ不可解である。爆豪からすれば、これだけの情報をヒーロー側に捕まえれながら数年間姿をくらまし続けているヴィランが、理由もなくあれ程話題になる事件を起こすとは思えなかった。

 

「そうとも。『アンノウン』からすれば、あの事件……いや最近頻発している個性を持った獣による事件は、何かしら重要な意味合いを孕んでいるのだろう。そしてそれが、今回我々にの下に届いた匿名の情報提供につながる」

 

 

 ベストジーニストがよく見えるよう掲げたのは、可愛らしい水色の手紙。

 

「手元の資料には写しを添付してあるはずだ。内容は今日から一週間後に『『志村組』が個性を用いた戦略兵器を海外へ輸出する』というものなのだが、如何せんそれ以上の情報はない。具体的な情報の記載がないことからイタズラだろうと処理していたが、最近どうもキナ臭い。推測ばかりで申し訳ないが、最近頻発している事件が、いわゆる威力偵察のようなものなのだとしたら、事態は緊急を要する」

 

 

 戦略兵器の輸出。その先でどのような使われ方をするのかは予測できないが、いずれにせよ国際法ですら禁止されている個性の兵器への転用が露見すれば、国すら巻き込んだ大事になりかねない。

 

 

「本来であればこんな時期に学生である君を受け入れるべきでないと感じているが、校長と談義した結果、ぜひ予定通り職場体験を行ってほしいとのお達しだ。それに、まだイタズラである可能性もないわけではない。これは楽観的だがね」

「んなことはどーでもいい。それで、敵の本拠地はどうやって特定する気なんだよ」

「現状では、個性による獣が出現した事件の関係者への聞き取り及び現場検証、並びに動物を大量に取り扱う業者の周辺調査を並行して行っている。その結果、個性による獣が出現する現場には、必ず一人の女性がいたこと確認できた」

 

 

 ジーニストの言葉に応えるように、プロジェクターの映像が切り替わる。

 そこに映し出されるのは、茶色と黒が混ざった髪の女。髪型はベリーショートで、歳は大学生かその少し上程だろうか。荒い画像ながらどこか少女の面影を残した、まだ若い女性だ。

 

 その顔を、爆豪勝己は無言で睨みつけた。

 

 

「的場かえで。年齢は23。15の時に母親と妹を事故で亡くし、その1年後に父親が蒸発。親戚に引き取られたようだが折り合いが悪く、高校2年の夏に家出をしている。こんな子だから当然住民票も動いていなくてね。今はどこで、どうやって生きているのかもわかっていない。警察に協力を仰いで、監視カメラの映像から行方を追ってもらっている。まぁ、早い話重要参考人だ。この少女がこの町にいる『アンノウン』である可能性もあるから、街中で見かけた場合は十分に注意してほしい」

 

 

 現状は以上だ。とベストジーニストは資料を置いた。

 

 

「なにか質問はあるか?」

「……ある」

「聞こう」

 

 

 じっと画面を睨みつけたままの爆豪に眉を顰めつつ、ジーニストは続きを促した。

 

 

「……ショッピングモールについてる監視カメラで、この女は何をしてた」

「メディアでも報道されているが、ショッピングモールの監視カメラに無事なものはなかった。獣が暴れたことにより破損したというよりは、あの事件の最後に発生した”光の柱”がすべてを焼き尽くしたからだ」

 

 

 光の柱。広さにして約5,000㎡を焼き尽くしたとされるそれは、個性を持つ獣のみならず、『アンノウン』に近づくための証拠も同時に消し去っていた。

 

 

 その言葉を聞いて、爆豪は無言で天井を仰ぐ。何かを抑え込もうと食いしばった歯が、嫌な音を立てた。

 

 

「……ほかに何かあるか」

「……そいつの個性は」

「あぁ、言いそびれていたな。彼女の個性は『ターゲットサイト』。周囲の動体を触れた箇所に向かわせるものだ。もっとも、『アンノウン』になっていればその限りではない。……どうした爆豪。この少女に覚えがあるのか?」

 

 

 ギリギリと歯を鳴らしながら天井を睨む様は、明らかにただごとではない。普段から気性の荒い少年であることは理解していたが、ただの重要参考人に対して怒りを覚えるほど常軌を逸してはいないはずだ。

 あ゛あ゛と、威圧的に唸った爆豪は、正面の画面を一睨みした後、鋭い視線のままジーニストを見る。

 その口から発された声は先程までのと比べても一段と低い。

 

 

 

「なんでもねぇよ。ガキの頃に会ったことがあるだけだ」

 

 爆豪をみるジーニストの視線から逃げるように窓の外へ顔を向けながら、彼は吐き捨てた。

 口元まで隠したデニム生地を一度撫で、興味深そうに爆豪を見たジーニストは、僅かな沈黙の後に問いを発する。

 

「ガキの頃に会っただけの人間を覚えているはずないだろう。どこで知り合った。今どこにいる」

「知らねぇよ。小六の時に近所の広場で何度か顔を合わせただけだ。半年もしねぇ内にいなくなったよ」

 

 ふむ。と、ジーニストは考え込むように一度視線を下に落とし、再度爆豪を見つめ直す。

 それを視界の端で見えていたのだろう。爆豪の眉がピクリと僅かに顰められた。

 

「四年前ということは失踪後だな。君の地元でその時期に起きた事件がないかも探ってみよう。それと、君からみた彼女の人物像も───」

「───待てよ」

 

 ジーニストの言葉を遮って、爆豪は口を挟んだ。

 「言ってみろ」とばかりに押し黙ったジーニストに、一度歯を食いしばり、絞り出すように爆豪は続ける。

 

「その女が……ヴィランって決まった訳じゃねぇだろ」

 

 それは言葉を発した爆豪をしてふざけた戯言だった。

 呆れたように息を吐くベストジーニストの姿が屈辱で、根を張ったカビの様に脳裏に焼き付く。

 遥か昔に聞いた誰かの笑い声が、頭の中で木霊した。

 

「本気で言っているのか?逆に、彼女がヴィランでないと誰が証明できる。旧知の仲かは知らないが、君が隠し立てすることが彼女の疑いを加速させると自覚しろ。彼女を信じればこそ、君はここで正直に話すべきだ。わかるだろう?」

 

 

 わかっている。

 そんなこと、爆豪勝己はわかっているとも。

 

 それでも、感情がそれをやめろと塞き止めるのだ。それを罪だと攻め立てるのだ。

 言葉を押し出そうとする脳と、縫い留められた様に動かない喉が乖離して、まるで一つの体に別々の意思が働いているような気分になる。

 

「……」

「……爆豪」

 

 

 無言のまま喘ぐ爆豪に、ジーニストは諭すように言う。わかっているのだろうと、その目が重ねて問いを投げる。

 一際強く歯を食いしばり、うっせぇなと、爆豪勝己は吠えた。

 

 

 

「──ガキみてぇな女だったよ!俺をさんっざんぶっ飛ばして笑ってるうぜぇ奴だ!そのくせ自分のことはなんも話さねぇ!名前も!年も!境遇も!!俺はなんも知らねぇ!!」

 

 

 堰を切ったように大声を上げた爆豪の吊り上がった目と、見透かすようにじっとその目を見るベストジーニストの視線が交錯する。

 痛いほどの静寂の中、見定めるように続いたその数秒間は、何倍もの体感時間を経て終わりを告げた。

 

 

「……よろしい。よくわかった」

 

 

 資料を机に置き、ベストジーニストは息を吐いた。

 

 

「これで現状の説明を終えよう。……爆豪。君、今日はもう帰りなさい」

 

 

 は?と、爆豪の口から間抜けな声が漏れる。

 その言葉の意味をじっくりと咀嚼し、再びその目吊り上げる。

 

 

「ふざっ!ふざけんなよ!!俺は───」

「───帰るんだ」

 

 

 反論は許さないと、ジーニストぴしゃりと告げる。

 

 

「……私にもやることが出来た。君も今日は帰って、覚悟をしてきなさい」

 

 

 爆豪勝己は、その言葉に言い返せなかった。

 

 

 

 

 

 

 

 時刻は13時をまわった頃、分厚く覆う雲がなければ、日はまだ頭上で燦々と輝いているであろう時間帯で、爆豪勝己の職場体験初日は終わりを迎えた。

 

 

「明日も同じ時間にこの場所に来るように。明日からは私の外回りに同行してもらうことになるが、手取り足取り教えることはできないことを理解してくれ」

「いらねぇよ。余計な気を回すんじゃねぇ」

「口の利き方はどうにもならないな。君は」

 

 苦笑するジーニストの言葉を無視して、爆豪勝己は背を向けた。

 背後で扉が閉まる音を聞いて、早足に歩き出す。ダラダラと歩くサラリーマンを押しのけながら、どうしようもなく湧き上がる不快感に大きな舌打ちをする。

 

 ビルの隙間を吹き抜ける風すら、今は腹立たしい。

 

 

「あぁくそ」

 

 

 意味のない独り言。強く握りしていた拳で、自分の胸を打つ。

 ドンと衝撃が全身を駆け抜けても、彼の気は何一つ晴れはしない。

 

 

 

──不愉快だった。

 

 

 能天気に歩く周りの人間も。

 気取った態度のベストジーニストも。

 思い通りにならないこの世界も。

 理想と乖離する、自分自身にも。

 

 

 不愉快で、納得できなくて、飲み下せない。

 あぁ、まるで癇癪を起した赤子のようだ。そんな自覚が、彼の不快感を加速させる。

 

 

 ぽつりと。すすり泣くように降り出した雨が、彼の髪を濡らした。

 爆豪の逆立った髪が、俯くように首を垂れる。

 

 

 そういえば、昔もこんなことがあった。

 幼いころだ。それは小学校の高学年のころ。自分勝手にするなと言われたから、彼なりに周りの意見を取り入れよと努力をしていて、もっと上手くやれるであろう自分の意見を押し殺したのに、自分勝手にするなと言った人間には、もっと上手くやれと叱られた。

 

 その時もこんな気分だった。じゃあどうすればいいんだと、叫びたくなるような袋小路。ジョーカーと半端なキングのカード見せられて、どっちが良いと聞かれているような閉塞感。

 

 正解なんてないくせに、手持ちのカードとは嚙み合わないくせに、上手く間違えて見せろというのだ。

 

 

 

 乗り越えたと思っていた。自分なりの正解を見つけたと思っていた。

 

 こんな弱さが自分に残っているなんて知らなかった。

 

 

 そうだ。思い返せばあの時だって、自分で答えを出したわけではない。

 わちゃわちゃと過ごす日々で曖昧になっただけだった。

 

 

 変な女が現れたのだ。がむしゃらにトレーニングをしていた自分の下に。

 今日みたいな雨の日に、傘もささずに。

 

 

 

「───あれ?ねね。もしかしてカツキじゃない?」

 

 

──────変な女が、現れたのだ。

 

 

 

 

 

 黒と茶色が混ざった不思議な髪の色。背は爆豪勝己と同じくらいだろうか。気の抜けた黒いジャージに、白いスニーカー。年齢のわりに幼く見えるのは、きっと緩い表情のせいなのだろう。

 

 あぁ本当に、この世は思い通りにいかないらしい。

 

 

 

「あれ?私のこと覚えてない?まだ小さかったもんなー」

「……うるせぇな。なんでここにいんだよひっぱり女」

 

 

 覚えてんじゃん!とバシバシと爆豪の肩を叩く女を無視して、彼は歩を進める。

 置いて行かれた女──的場かえでは慌てたように小走りで彼の隣に並んだ。

 

 

「ちょっと!無視しないでよ!」

「うるせぇ消えろ」

 

 はぁ?と表情を歪めたかえでは、訝しげに爆豪の表情を伺った後、何かを察したようにポンと手を打った。

 

 

「わかった。カツキ照れてるんだぁ!憧れのおねーさんとの再会だもんねぇ。かわいいなぁ」

「いちいちきめぇんだよ!ぶっ殺すぞ!!」

 

 

 爆豪の怒号にもどこ吹く風。あははと朗らかに笑う姿には、気を悪くした素振りもない。

 雨が降っているというのに気にした様子もなく、彼女がワタワタと動くたびに細かい雫が爆豪の顔にかかった。

 

 だからという訳ではないが、彼女に対して張っていた気も、渦巻いていた悪感情も、どこへと抜けてしまう。

 

 

「なんでテメェがここにいんだよ」

「今この辺に住んでるんだよー。もう社会人だからね」

 

 えっへんと腰に手を当てて胸を張れば、腰に括り付けられたペットボトルが、ちゃぽんと水音を立てる。

 子供のような仕草に、爆豪は改めてまじまじと観察してしまう。

 

 距離感を間違えてしまいそうになるほど、その少女は変わっていなかったから。

 現役の高校生である爆豪からみても、少し大人びた高校生なのだと言われても信じてしまいそうなほどに幼くて、どこか無邪気だ。

 

 ふと目の前の少女が、ヴィランであることを想定してみる。

 

 

「……似合わねぇな」

「うっさいな」

 

 

 思わず零れた言葉をどう勘違いしたのか、「このジャージもブランド物だからね!」と見当違いな言い訳を並べる。

 あぁいや、そうではない。見当違いなのは爆豪の方だ。的場かえでは、ただ純粋に爆豪との会話を楽しんでいるだけなのだから。

 

 

「今、何してんだよ」

「へ?」

「社会人……なんだろ?」

 

 

 あぁうん。と、かえでは笑った。

 少しづつ強くなる雨が、少女のイヤリングを伝って落ちる。

 

「なぁにぃ?おねーさんの生活が気になるわけ?」

 

 

 そう言ってカラカラと笑う。

 この少女はいつもそうだった。爆豪がかえでのことを聞けば、こうやって揶揄って煙に巻く。爆豪も気が短いものだから、すぐに反発して有耶無耶になる。

 

 だから爆豪は、彼女の名前も、彼女の置かれてる環境も、ついぞ聞くことは叶わなかったのだ。

 

 

 反射的に張り上げそうになった声を飲み込む。

 一瞬だけベストジーニストの言葉を思い出して、努めて冷静に口を開く。

 

 

「……久しぶりだから聞いたんだろうが。殺すぞ」

 

 

 なにか間違った気がする。少しだけ最後の一言は余計だったかもしれない。

 チラリと隣を歩く女を見れば、眉を少しだけあげて爆豪を見ていた。

 

 何故かかえでは噛み締めるように口元をふにゃふにゃさせて、少しだ上機嫌に話しだす。

 

 

「えっとね。ちょっと説明しづらいんだけど、クライアントに『こんな個性の人探してくれー』ってお願いされるの。そしたら私がそれっぽい人を探してクライアントに紹介する。二人が上手くいったら依頼は成功。私は報酬をたんまり貰える。ええと、雇用支援?みたいな、そんな感じ」

 

 

 かえでの言葉に、確かに合理的だ。と、内心で頷く。

 今や誰もが個性を持っている時代だ。その職業に適性のある個性を持った人間とそうではない人間では、マンパワーに隔絶たる差が生じる。その会社が欲する個性を持った人間を紹介するかえでの仕事は、実に”今風”の様に思う。それにしても、

 

「歩合かよ」

「歩合だよ。ていうか今どきどこもそんなんだから。個性によって生じる仕事効率の違い、給金の差。そして始まる個性による格差社会……」

 

 

 とほほ……。と、涙を拭う真似をするかえでに。爆豪は冷めた視線を送った。

 

 

「テメェの個性だって、別に弱くねぇだろ」

「え、何?昔の根に持ってんの?ていうか、強くてどーすんの。喧嘩が強くたって、役に立つのはヒーローかヴィランだけでしょ。大事なのは生活に役立つかだから」

 

 

 ないないと、手を振って笑う少女を胡散臭げに見る。

 だがそもそも、かえでは自分の腕っぷしにこそ多少の自信はあるものの、爆豪に勝ったのだって当時爆豪は小学生なのだから当然である。むしろ小学生をボコボコにして揶揄っていたのは紛れもなく恥であった。

 

 

 

「そういえばカツキは何してんのさ、こんな時間に出歩いて。無職なの?高校受験失敗した?」

「受かってるわカス!!学校行事に決まってんだろうが!!」

「え、嘘!?面接通ったの!?カツキ……やればできる子だったんだね……」

「やんなくても出来るわ!!ぶっ殺すぞ!!」

 

 

 ちなみに、雄英高校ヒーロー科の入試試験に面接はないので、やらなかった子が正しい。

 弟分(と勝手に思っている)爆豪の成長に本気で涙ぐんでいるかえでも『あれ?じゃあなんで私は敬語を使われていないだろう』と余計な疑問を抱きつつあった。

 

 

「あ、そう言えばあの子はどうしてるの?あのー……、そう無個性の子」

「あ゛!?クソデクがなんだって!?」

「おけおけ。デク君も元気そうでよかったわ」

 

 あの子は天然で地雷を踏みぬくからなぁ。と、感慨深げにかえでは頷いた。

 だが、爆豪がデクに対してここまで感情的になるのは少し意外だった。無個性の子など、歯牙にもかけないと思っていたからだ。

 

 んー!と一度伸びをしてから、再度爆豪へ向き直った。

 

「ほかの子は?つばさ君とか元気?」

「誰だそりゃあ」

「え?」

「あ゛?」

 

 

 まじかコイツと頬を引きつらせながら、かえでは爆豪を見る。

 なに言ってんだコイツと、爆豪はかえでを見た。

 

 

「……いや何でもない。つばさくん哀れ……」

 

 

 拝むように両手を合わせなら、かえでは明後日の方向を拝んだ。

 

 

 それからも適当に喋ることしばらく。駅の入り口にほど近くなったころ、ふとかえでは口を開いた。

 

「じゃあ、私はこの辺でお暇するね!」

 

 そう言って、かえでは腰ペットボトルの蓋を開け、一口だけ口に含んだ。

 容器が傾けられたことで、ペットボトルの底に沈殿していた少量の粉が目に付く。

 何かの薬だろうか。僅かに疑問に思いつつも、爆豪は「まぁどうでもいい事だ」と結論付ける。

 それよりも、ヒーローとして確認しなければならないことがある。

 

「あぁ……。なぁひっぱり女」

「ん?」

 

 

 ペットボトルから口を離し、かえでは爆豪と目を合わせる。

 昔と違い、その目線の位置は爆豪よりもやや低い。きょとんとした顔が、爆豪にはひどく幼く見える。

 

 

「テメェの個性。ここで見せろよ」

「はぁ?なんでよ」

「いいから」

 

 

 もしもベストジーニストの懸念通り、目の前の少女が『アンノウン』であるならば、かつての様な個性は使えないはずだ。

 話している限り、爆豪にはかえでがヴィランであるようには感じなかったが、万が一ということもあるだろう。

 疑うこと僅かな罪悪感を覚えつつ、罪悪感を覚える自分に失望しつつ、そんな諸々を飲み込んで、爆豪勝己はかえでを急かす。

 

 だがそんな爆豪にかえでは困惑する。公共の場での個性の無断使用は禁止されているし、爆豪の言動も意味不明だ。そのくせ、どこか真に迫る表情でこちらを見ているのだから、かえでにはもうどうしようもない。

 

 一度ため息をついたかえでは、トンと爆豪の額を指の先で押す。

 僅かにたたらを踏んだ爆豪からは見えないが、その額に円の上下左右に直線を引いた──まるで銃の照準の様な模様が浮かび上がった。

 

「おい───!」

「───集まれ」

 

 

 慌てて何かを言おうとする爆豪を遮って、かえではその呪文を唱えた。

 

 

 

───それはまるで世界の中心が動いたかのようだった。

 

 

 降りしきる雨が。車のタイヤで巻き上げられた水溜まりが。その矛先を爆豪を額へと向ける。

 世界そのものが敵に回り、この世全ての悪意が己に向くような恐怖感に、爆豪は咄嗟に腕を交差させ顔を守った。

 

 束ねられた雨は質量を伴った鈍器となり、交差させた腕ごと爆豪を押しつぶす。

 個性の発動は一秒にも満たない時間であったが、突如滝に打たれたかのような水の暴力は、爆豪の膝を折り、尻餅をつかせるには十分な威力があった。

 

 

「……おい」

「っぷふ!私に剣を抜かせたのを反省するのね」

 

 

 座り込み、髪から滴る水滴を拭わないまま低く唸った爆豪に構わず、かえでは愉快そうに笑った。

 電車に乗る前に着替えなさいね。と、言い捨て、爆豪の反応を待たないままかえでは背を向ける。

 

「おい、ひっぱり女」

「……今度はなに?」

 

 その背中に最後の問いを投げる。

 

 

「あのショッピングモールで起きた事件の時、テメェは何してた」

「……ほんと意味わかんないんだけど。なんで私があそこに居合わせてたってことを知ってるのか知らないけど、私は事件が起きた時、あの広場から離れたところにいたからすぐに避難したよ。……あぁもし、あの光の柱を私の個性だと思ってるなら間違いだから。私の個性の規模じゃあれだけの現象を起こせないって、カツキも知ってるでしょ」

 

 

 

 うんざりだとばかりに発せられたその日一番低い声で、かえでは爆豪を突き放した。

 俯いたままの爆豪を一瞥し、ポケットの中のハンカチを投げつける。少しだけ湿ったそれは空中でふわりと舞って、爆豪の頭に乗る。

 

 今度返してねと呟いてから、的場かえでは背を向けて歩き出した。

 

 早足で去っていくその背中は、あっという間に見えなくなってしまう。

 

 

「───ハッ」

 

 

 その背中が見えなくなるまで俯いていた爆豪は堪えきれないとばかりに噴き出して、 頭の上のハンカチを右手で握りつぶす。

 

 

 苛立ちはある。屈辱もある。本音を言えば、今からでも見えなくなった背中を追って、思い切り蹴飛ばしてやりたい。

 

 

───でもそれ以上に、爆豪勝己は嬉しかった。

 

 

 的場かえでは今でもひっぱり女で、今や一人の社会人で、変わらずガキみたいな女性だった。

 

 今なら言える。幼い爆豪勝己にとって、的場かえでは一つの憧れだったのだ。

 目指す方向性とは随分と違ったけれど、身近にいた自分よりも優秀な大人だったから。

 

 爆豪勝己を成すための一要素。切り離せない過去の思い出。

 

 

 あぁ、身を蝕んでいた不快感はもうない。明日以降、またベストジーニストに会うことにも拒否感がない。

 

 

 そうだ。このあと、今のことを報告しよう。

 

 タイムリミットまで残り時間は多くないのだから、無駄なことに時間を取られている暇はないだろう。

 だがそうなると捜査振り出しなのか。と、爆豪は思う。

 であれば次の手を考えなくてはならない。ジーニストが言っていた匿名の情報提供者から探すのはどうだろうか。現在そちらも調査中なのかはわからないが、提案してみる分には悪くないだろう。

 

 

 

 そう思い来た道を引き返す。

 それは往路よりもずっと速足で、水溜まりから跳ねた泥水が足首を汚しても、爆豪は気にならなかった。

 

 

 ダラダラと歩くサラリーマンを避けて、僅かに息を切らしながら早足に歩く。

 その足は徐々に速まり、ベストジーニストの事務所にたどり着いたとき、彼は全力疾走に近かった。

 

 

「オイ、ジーニスト!!」

 

 

 躊躇なくその扉を開け放って、爆豪は吠える。

 中にいたサイドキックが、何事かと肩を跳ねさせた。

 

 

「爆豪かよ。驚かせんなって。というかどうした?忘れ物?」

「ちげぇ。ジーニストを呼べ」

 

 

 呑気なその男に少し苛立ちつつ、爆豪は努めて冷静に声を発する。

 目の前の男は少し首を傾げ、僅かに困惑したようだった。

 

「ベスジーニストならさっき出て行ったぞ。詳しいことは知らないが、警察と裁判所に行くと仰っていたから、何かしらの進展があったんだろ」

「あ?」

 

 その言葉に、爆豪は僅かに肩を落とす。ジーニストはジーニストで、新たな情報を掴んだらしい。並行して捜査にあたっていたようであったから不自然な事ではないが、爆豪にすればやや拍子抜けだ。

 

 

 

「まぁ俺でよければ伝えておくけど。どうする?」

「……的場かえでと会った。そう伝えとけ」

「的場?あの容疑者の?」

「参考人だカス」

 

 背後からオイと呼ぶ声を無視して、爆豪は背を向ける。

 爆豪に言わせれば、ベストジーニストのサイドキックなど烏合の衆だ。頭であるジーニストがいなければ話にならない。

 

 出入り口の扉をくぐれば、雲の隙間から顔を出していた日の光が目を焼いた。

 

 

「……うぜぇ」

 

 

 太陽を手のひらで隠して、爆豪は駅への道を再び歩き出した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「的場かえでと会ったらしいな。爆豪」

 

 

 

───爆豪勝己の職場体験二日目はベストジーニストのそんな言葉から始まった。

 

 

 

「まったく。君は”持っている”というかなんというか、偶然だとしたら奇跡的だな」

 

 

 ジーニストは己の髪を撫でつけながら。

 

 

「君が帰ったすぐ後の話だが、警察から連絡があってね。的場かえでの居所についての情報提供を受けた」

 

 

 視界の端に移る賞状やトロフィーうざったいほど目に付く。

 

 

「場所は駅のほど近く。名義は志村転狐。何年も前に死亡したことになっていた少年だが、三年前に生き返っていたよ」

 

 

 どこか呆れたようなジーニストの言葉。爆豪の喉は錆びついて、息をするのも忘れていた。

 

 

「この志村転狐は、オリジナルの『アンノウン』である志村陽水の甥にあたる。志村転狐の実際の生死は不明だが……まぁ今回は関係ないだろう。つまり───」

 

 

 聞きたくない。そんなはずがないと大声で喚き散らしたい。

 だというのに、爆豪の喉は僅かにも振るわない。

 

 

 

「───的場かえではクロだ。昨日の状況について、よく聞かせてもらうぞ。爆豪勝己」

 

 

 

 

 

 さぁ選べと、声がする。

 

 

 

 

 間違えて見せろと、声がする。

 

 

 

 

 

 

 

 

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