まるで自分だけが時の流れに置いていかれたようにゆっくりと時間が流れていく中で“それ”を見た雪は最初、夢を見ているのだと思った。
……嘘じゃ……。
妖怪の中でも上位に位置し、鋼の肉体や巨木ですら簡単に持ち上げる怪力を兼ね備え妖退治のエキスパートであるはずの陰陽師や退魔士が徒党を組んで挑んでも返り討ちにされてしまう。
そんな恐るべき相手が顔をグチャグチャに潰され吹き飛んでいく光景が。
「一丁上がりっ!!」
和也の気勢の籠った声と吹き飛んだ鬼が廊下の壁にぶち当たったドゴン!!という音を切っ掛けにしてようやく雪の周りをゆっくりと流れていた時間が元の早さに戻る。
「お、お主……一体者じゃ……鬼を一撃で……倒すなど……」
驚きに染まった顔で雪が和也に尋ねた。
「うん?あーただの旅人?」
和也は手に持ったイサカM37のハンドグリップをコッキングし使用済みとなったショットシェルを排莢しつつ答えた。
「なぜ疑問形なのじゃ……」
「ハハハ、まぁいろいろあるんだよ」
「まぁよい、お主が言いたく無いのなら無理には聞かん」
和也の誤魔化すような返答に何か込み入った事情があるのだと考えた雪はそう言って諦めたように首を振る。
「ひ、姫様〜っ!!ご無事でごさいますか!!」
和也と雪の話が終わるのを見計らっていたかのようなタイミングで必死の形相を浮かべた城の兵士達がドタドタと走ってきた。
「はい、私は無事です。鬼はこちらの方が倒して下さいました」
「はっ?――なっ!!鬼を1人で倒したですと!?」
イサカM37の零距離射撃をまともに受け、顔の半分程が消し飛び残りの半分がグチャグチャになって息絶えている鬼の骸を何度も見直しながら兵士達は半信半疑の目で和也をまじまじと見詰めていた。
「おい、それより城内に侵入した鬼はこの1匹だけか?」
「っ!!そうだ、鬼がまだ正門前に1体残っております!!雪姫様は裏門からお早くお逃げ下さい!!」
まだ居るのかよ……。
まだ城内に鬼が居ると聞いて和也は眉をひそめる。
「おい、あんたらはこの子を守ってろ」
「は?」
「すぐに叩き潰して来る」
「――誰を叩き潰すって?」
――ドゴン!!
「ぐおぉ!?」
和也がイサカM37を構え正門に向かおうとした瞬間、廊下の壁をぶち抜き鬼が現れ和也の頭を大きな手でわしづかみにした。
ま……ずいっ!!
鬼が手に力を込めると和也の頭蓋骨がミシミシと軋みをあげる。
和也は鬼の手から逃れようともがくものの、鬼の手は和也の頭をガッチリと握っているためそう簡単には脱出できない。
「か、和也!!」
「ひ、姫様!!危のうございます!!」
「お下がり下さい!!」
「いやじゃ!!えぇい離せ、和也ぁーー!!」
和也の危機に思わず前に出ようとした雪は兵士達に捕まり、強制的に後ろに連れて行かれた。
「ゲヘヘへ、慌てなくてもお前も食ってやるから待ってろ」
和也を片手で吊り上げながら、鬼は鋭く尖った歯を剥き出しにして雪に言い放った。
「ひぅ!!あ、あぅぅ……か、和也ぁ」
「ひ、姫様には指1本触れさせんぞ!!」
鬼の言葉に腰を抜かしてしまった雪は鬼の手に囚われたままの和也に助けを求めるような視線を送り、雪を背にした兵士達は恐怖に震えながらも刀を正眼に構え鬼と対峙した。
「ガハッハッハ!!貴様らなんぞ、俺の敵じゃねぇ。死にたくねぇならさっさとその小娘を置いて失せろ」
鬼は兵士達の言葉を嘲笑っていた。
絶対的な力の差があることを理解しているが故の油断。
それが鬼に取って致命的なミスだった。
舐めるなよ!!糞野郎!!
ドン、ドン、ドン。連続した銃声が響いたかと思うと鬼の絶叫が辺りにこだます。
「ギ、ギャアアアアーーーー!!お、俺の腕がああぁぁぁーー!!」
「っつ……頭が……」
「か、和也!!」
引き金を引いたままハンドグリップをコッキングすることで行える連続射撃――スラムファイアを行い鬼の手を吹き飛ばしようやく脱出に成功した和也。
しかし脱出したはいいが頭を思いっきり握られた影響ですぐに反撃に移れなかった。
だが、幸いなことに鬼の方も片腕を吹き飛ばされたことでパニックになりバタバタと暴れているだけだった。
「いってぇ……よくもやってくれたな!!」
ジンジンと痛む頭を擦りながら和也が鬼を睨む。
「く、くそが……」
血の噴き出す手を押さえ態勢をどうにか整えた鬼が和也に向かって悪態を吐く。
「こんなことになるならあの男の言うことを聞いておけばよかったぜ……」
あの男?誰の事だ?
鬼の言葉に和也が首を傾げていると後ろの兵士達が慌て出した。
「い、今のうちに姫様をこの場から遠ざけろ!!」
「「しょ、承知!!」」
「ぬぉ!!は、離せ!!妾は和也の側に!!」
鬼があの事をこれから口にするかもしれないという危機感に襲われた兵士達は雪をこの場から連れだそうとするものの、本能的に和也の側にいることが一番安全だと悟っている雪は兵士達に抵抗した。
しかしそれが雪自身に取って裏目に出た。
「せっかく領主が娘を差し出すから見逃してくれって言ってたのに……殺すんじゃなかったぜ……」
えっ……?今……なんと……。
鬼の後悔の言葉を聞いて雪の思考は一瞬停止した。
「くたばれ」
鬼の話が嫌な方向に流れ出したのを察知した和也がこれ以上鬼に喋らせないために発砲した。
「グヘッ!?イデェーー!!ハァ……ハァ……お前の親父はお前を――」
雪の表情が悲しみに歪んだのを見逃さなかった鬼がニヤリといやらしい笑みを浮かべ雪にとって最悪の事実を言った。
「黙って死ね!!」
話の内容が大体読めた和也が慌てて鬼の頭を吹き飛ばしたものの、鬼の口が最後に言った言葉は雪の耳に届いてしまった。
――売ったんだ。
雪自身分かってはいてもどこか心の隅で願っていたこと。
父上は妾のことを嫌ってなどおらぬ。
友達どころか話し相手もおらず、唯一の肉親に対して幻想の希望を抱くことで心を守っていた雪の心は鬼の一言で致命的な傷を受けてしまう。
「ひ、姫様!!お気を――」
「おい!!大丈夫――」
兵士や和也の声を聞きながら雪は意識を失った。