ORCHO-PASS PAGES of MEMORY Page.2「正義と罪」   作:マクギリシマ

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こんな夢を見る。

一回ではない。これまで何度も同じように。それは眠っている間のときもあれば、白昼夢のように突然現れることもある。自分の中の時だけが止められたようになって、現実の世界から分離される。

“そこ”はいつも真っ赤な霧の立ちこめる薄暗く息苦しい空間で、絶えず遠くから金属の擦れるような音が響き渡っている。冷たく硬い鉄の床だけが存在していて、どこを見渡しても壁や天井は見当たらず、どこまでも広い。いや、霧に視界を塞がれてか意識が朦朧としてか、見えないだけで本当はとても狭いのかもしれない。実際そんなことはどうでもいい。実在しない、いわば自分だけの空虚な場所なのだから。

両腕を上から赤黒い鎖に繋がれ硬い床に両膝をついて身動きは取れない。
うなだれていると、どこからともなく自分と同じ姿をした何か、もしくは自分自身、もう一人の自分が現れる。そしてそいつは決まって自分を蔑むような目で見下ろしてきて、語りかけてくる。内容はまちまちだが、その真意は全くわからない。ただそいつは「お前が殺した」とよく口にし、戒めてくる。時には拳銃を取り出して、容赦なく撃ち殺してくる。それでも生き返ってしまうため、そいつは何度も何度も、終わりの見えない銃殺地獄を味わわせてくる。ある種の拷問だ。

この夢がなんの意味を持つのか、果たして夢なのか。考えてもわからない。ただそこで自分に憎悪を持って軽蔑してくるそいつは、紛れもなくオルガ・イツカ自分自身だということだけは明白だった。終わりの見えないその地獄は、御留我威都華の記憶そのものだった。



前編
Chapter.1


「ちょっと、あの女私を椅子で殴ったのよ?!暴行罪よ暴行罪!!逮捕してよ?!」

 

「あーはいはい、捜査しますから…とりあえず落ち着いてくれよ」

 

大田区の近郊にある私営の保育施設で、三人の刑事が憤る女性をなだめていた。8月の蒸し返すような日差しの中、執行官の御留我威都華(おるがいつか)は憤慨する保育士に手を焼く。青襟の黒いミリタリージャケットを腰に巻き、上半身はライトグレーのノースリーブから色黒の腕が見える。かきあげた白髪の影さえも鬱陶しい日中、流石に赤のストールは巻けない。いっそ上裸で行きたいと言ってみたが、流石に宜野座だけでなく狡噛にも神妙な顔で止められた。

 

「捜査するとか言いながらどうせ後回しにしてろくに動かないんでしょ?これだから警察は…」

 

暴行を受けた被害者だというのに、この女性は弱った様子一つ見せずによく話す。

 

「ちっ…ほんと上から目線だよな、オバサン」

 

猛暑の苛立ちも相まって、御留我はしびれを切らして舌打ちをした。聞こえないように呟いたつもりだったが、彼女の耳にはしっかりと届いていたらしい。

 

「今あなた、悪態ついたでしょ?!名誉毀損じゃないの?!」

 

中年とは言えないが、世辞にも若いとは言えないような、おまけに口うるさくてプライドもすこぶる高い…いわゆる「オバサン」ではないか。

 

「部下の無礼をお詫びします。御留我、お前は下がってろ」

 

そう言いながら御留我を押しのけたのは、監視官の宜野座伸元(ぎのざのぶちか)だった。この暑さの中ネクタイをしっかりと締め、黒のジャケットのボタンまで留めている。細縁眼鏡の奥の鋭い目には冷静さをたたえ、その表情に涼し気な空気を上乗せしていた。

 

宮内紗季子(みやうちさきこ)さん、それでは順を追ってその時のことを説明していただけますか?」

 

「ほんの一時間前のことよ。同僚の椎名美里って女が後ろから!後ろから椅子で殴ってきたのよ!」

 

「その前に何か口論をしたとか、心当たりはありませんか?」

 

「そんなのないわ。でもそうね…私が園児と仲良くしてたのに嫉妬したのかもね」

 

保育士の宮内は哀れみにも似た厭味ったらしい自慢げな笑みを浮かべてそう答えた。

 

「…」

 

そんな様子に呆れてため息をついたのは、何も御留我だけではなかった。こちらに背を向けて園内をキョロキョロと観察していた狡噛慎也(こうがみしんや)も同感だったようだ。胸元のボタンを開けたワイシャツを肘までたくし上げ、黒のスーツジャケットは左手に握り肩から背中におろしている。刈り上げの逆立った黒髪の下の引き締まった顔には薄っすらと汗が浮かび上がっていた。

 

昼前に局内に通報が入り、宜野座、狡噛、御留我の三人が捜査に立ち会う運びとなった。通報の内容はおおかた宮内が語った通りだ。保育園で勤務する彼女が、ついさっき同僚の女性に椅子で殴られたという。当の加害者女性はそのまま保育園を飛び出して逃亡したらしいので逮捕してほしいとのことだ。

 

本当に暴行があったとすればその椎名美里という同僚の女性はそれなりの高い犯罪係数をマークしてるだろうし、どの道身柄の確保は必須事項だ。

 

シビュラシステムによって解析された生体力場をもとに算出される犯罪係数“サイコパス”。規定値を超えると潜在犯と認定され、厚生施設でセラピーを受けることになる。街中に張り巡らされた街頭スキャナで彼女が発見されるのも時間の問題。ただそれは、“本当に暴行があった”とすればの話だが。

 

「宮内さん、他にその場を目撃した方はいますか?」

 

宜野座がそう質問する。

 

「園児たちはみんないましたし、他の職員も何人かいたはずよ。何、私が嘘を言っているとでも」

 

「形式的な初動捜査です。必ず複数の証言を取ることになっています」

 

間髪入れない宜野座の的確な返しに宮内は口をつぐんだ。

 

園舎から不安そうにこちらを見る園児と数名の保育士たちを見止めると、狡噛がそちらへ歩き出した。

 

「宮内さんが暴行を受けたというのは間違いありませんね?」

 

「はい…。確かに、椎名さんが宮内さんを」

 

開口一番の狡噛の問いに、若い女性保育士が恐る恐る答えた。

 

御留我は狡噛が敬語を使っているのにある種の新鮮みを感じた。小さな子どもたちもいる手前、なるべく威圧的な印象を与えまいとしているのだろう。流石は元監視官といったところか、がさつに見えても細かなところまで配慮が行き届いている。

 

「?」

 

ふと足元から視線を感じ、御留我は目線を下げた。

 

「まっするおにーさーん」

 

そこには御留我の膝ほどの背丈の小さな男の子が立っており、こちらを指差して笑っていた。

 

「まっする…なんだ?」

 

「ハハ!幼児向けの教育番組に出てくるキャラクターさ。全身日焼けをしてて、いつもノースリーブを着てる。おまけにお前みたいな厳つい体格なんだ。随分と人気者らしいぜ」

 

首を傾げる御留我に、狡噛が喜々と語る。

 

なんでそんなこと知ってるんだ。

 

御留我はそう聞こうとしたが、それは押し寄せた大勢の園児たちの荒波によって阻まれた。

 

「わーっ!まっするおにーさんだー!」

 

「背ぇ高ーい!」

 

「お、おい、まてこら、ちょっ!」

 

一気に取り囲んできた子どもたちに、御留我は慌てふためくしかなかった。

 

「それで、この園内で椎名さんは宮内さんと何かトラブルとかは…」

 

「ないわよ!あの女が狂っただけなの。」

 

気を取り直したように狡噛が続けて職員に質問しようとすると、離れたところから宮内が口を挟んだ。それに従うように職員は「はい…特には…」とか細い声で答えた。

 

「…ご協力ありがとうございました」

 

狡噛はそう言って軽い会釈をすると、意外にもあっさりと園舎を後にした。

 

「ギノ、戻って捜査方針を練るぞ」

 

「そうだな…。宮内さん、それでは我々は一度戻ります。街頭スキャナで優先的にマークしますので、あとはお任せください」

 

「ええ。あなたみたいなしっかりした方には任せられそうね」

 

宮内はご満悦そうにふんぞり返り、畏まったスーツ姿の宜野座を見送った。

 

「御留我、帰るぞ」

 

「待ってくれ!」

 

既に門の近くまで歩いていた宜野座に呼ばれ、御留我は子どもたちを丁寧に振りほどく。

 

「ほらほら、マッスルオニイサンはもう星に帰らなきゃいけないから」

 

「えー、まっするおにいさんは地底人だよー?」

 

「え…」

 

あくまで何も知らないキャラクターを演じて適当な言い訳を繕ったが、空振りすらしなかったようだ。

 

「刑事さん、園児たちに危害なんて加えたらただじゃ置きませんからね?」

 

宮内の威圧的な態度に御留我は気分を害してむっと口を尖らせ、園の外へと足を急がせた。

 

 

 

 

 

 

 

「暑い」

 

車に乗り込むなり、開口一番宜野座がこぼした。綺麗に着こなしていたジャケットをさっさと脱ぎ捨て、ネクタイを荒い手つきで緩める。

 

「お疲れさん、監視官殿」

 

助手席で狡噛が労いの言葉をかけた。

 

「よくもまあ、そんな厚着でいられたよな」

 

続けて後部座席に乗り込みながら御留我が言った。

 

【挿絵表示】

 

 

「お前ら執行官と違ってこっちには立場ってものがある」

 

鬱陶しそうにそう言い放つと、宜野座は運転席のタッチパネルを操作して自動運転を開始させた。ダークブルーの乗用車が静かに路上を滑り出す。

 

「これからどうすんだ?捜査するにしても、情報が不確定すぎるだろ」

 

「その通り。あのまま聞き込みをしても時間の無駄だ。さっさと抜け出して正解だぜ」

 

御留我の問いに狡噛が答えたが、御留我にはよく意味がわからなかった。

 

「どういうことだ?」

 

「あの宮内って職員、主観を他人に押し付けすぎる。おまけにどうやら園内を牛耳っているな。他の職員は下手に口を開けない有様だ」

 

「狡噛の言うとおりだ。まずは宮内紗季子と椎名美里の二人を調べて、改めて他の職員に証言を取るべきだ。もちろん宮内がいない場でな」

 

「街頭スキャナの優先手配は?」

 

「そんなことするわけないだろう。凶悪犯罪でもない…まして被害妄想の誇張かもしれない事件だぞ」

 

ここに来てようやく先程の状況が飲み込めてきた。あの場であれ以上の聞き込みをしても無駄だということを察した狡噛と宜野座は、とりあえず宮内を納得させて立ち去るために計らっていたのだ。

 

「御留我、お前も刑事になってもう二年目だろ?そろそろ場の空気を読めるようになれ」

 

「い、いや、俺はガキどもの空気を読むので精一杯だっただけだ」

 

狡噛にからかわれて、御留我は適当な言い訳を投げ返した。これこそ空気を読んでの言動だ。

 

「にしても、本当のところどうだろうな」

 

「それをこれから調べる。椎名が街頭スキャナに引っかかればそこから本人に取り調べをするし、かからなければその程度の犯罪係数…暴行事件ではなかったということになる」

 

「もしくは高い犯罪係数のまま引きこもっているか…だな」

 

そう言った狡噛を宜野座が横目に見る。

 

「少なくとも宮内と椎名との間に何かしらのトラブルがあるのは間違いないだろう。でなければ同僚を「あの女」呼ばわりしたり、少なくとも「狂った」と瞬間的に決めつけたりするようなことはしないはずだ」

 

「一方的に恨みを持って、椎名を陥れようとしてる可能性は?」

 

「おそらくその線は薄い。威圧されているとはいえ、職員も暴行そのものは見たと証言した。それに椎名自身行方をくらましたのは事実だ。後ろめたいことがあるんだろう」

 

「ま、この様子じゃ椎名の動機は宮内のパワハラに耐えきれずに…って感じだろうなぁ」

 

狡噛の推理を一通り聞き、御留我は座席にもたれかけながら言った。

 

「どうだかな…。そう単純明快であることを祈ろう」

 

狡噛はいつものように含みのある言い方をし、怪訝な面持ちで腕組みをした。

 

「刑事の勘ってやつか…」

 

御留我はそんな彼の様子に眉を寄せるような、感服するような気分で呟いた。

 

宜野座はその間口を開くことはなく、いささか不機嫌そうな顔で自動運転車のハンドルを握り続けていた。

 

 

 

 

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