ORCHO-PASS PAGES of MEMORY Page.2「正義と罪」   作:マクギリシマ

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Chapter.10 (last)

「こちらハウンドワン。西側はクリアっす」

 

「了解。こちらオルガワン。東もクリアだ。璃彩(りさ)さん、南の柱で合流だ」

 

「あのね御留我君、あなたはハウンドツー。オルガはあなた一人しかいないでしょ。それと私の名前呼んだらコールサインの意味ないじゃない」

 

「あ、わり。なんかいまいちピンとこなくてな」

 

通信機越しに青柳が呆れたように注意すると、神月の吹き出す声も届いた。御留我は急に恥ずかしくなって口を真一文字にきゅっと結ぶ。多少緊張感が解けてしまったので、我に返って気を引き締め直し再び壁伝いに進む。

 

「待って。建物南東の4番排煙塔前、この壁ホログラムの偽装よ」

 

突如入ってきた青柳の緊迫した小声に、御留我は眉を寄せた。できるだけ足音を立てないよう小走りで合流を目指す。言わずもがな神月もスイッチを切り替えたようになって、真剣な声色になって言った。

 

「了解。ここからはちょっと遠いっすね。すぐ追いつくから、ハウンドツーとシェパードワンは先に合流しててください」

 

御留我が合流地点付近に着くと、中腰になった青柳が無言で大きく手招きをした。

 

「待たせた。で、ここの壁の中か?」

 

御留我が周囲に注意を払いながら姿勢を低くして駆け寄り聞くと、

 

「ええ。ほらね」

 

と、青柳はドミネーターの銃身をそっと壁に当ててみせた。ドミネーターは壁をするりと通り抜け、その輪郭を取るようにホログラムの電磁境界がエメラルドグリーンに浮かび上がる。

 

「俺が先行する」

 

ゆっくりと壁の中へ足を忍ばせると、そこには先程までとさほど変わらない薄暗い地下施設が広がっていた。この中が潜伏場所なのか、それとも罠なのか。どちらにせよ異常な空間であることに相違ない。

 

「御留我君。もう、大丈夫だと思っていいのよね?」

 

「何がだ?」

 

「潜在犯の執行。先月色々あったそうじゃない…その、気に触ったらごめんね」

 

青柳の質問の意図がようやくわかった。監視官は、御留我がこの任務で藤間の執行を躊躇うのではないかと懸念しているのだ。無理もない。椎名の一件後御留我がとった言動は、それほど刑事課の空気を揺るがすものに他ならなかったのだ。自分の身勝手さに自責の念が湧く。

 

「ああ、心配かけたな。まだはっきりとはわかっちゃいないが、俺がやるべきことが少しずつ掴めてきた気がすんだ」

 

「そう。それなら安心して背中を任せるわね」

 

とほっとしたように言った青柳は、続けて御留我にこう語りかけた。

 

「釘を刺すようで悪いけど、一監視官としてのお節介ね。生半可な優しさは時に身を滅ぼしかねないものなの。それはあなた自身だけではなくて、他の民間人や、もちろん刑事課の仲間も含まれるのよ。あなたが一番に守らなくてはならないものを忘れないで」

 

御留我は黙って聞いていたが、やがてふっと口元を緩めて振り返った。

 

「ギノと同じこと言うんだな。あんたらがリーダーになれる理由がわかったよ」

 

そう。青柳の言葉は宜野座に“あの時”最後に言われた言葉と同じだったのだ。そして、思い出せない昔の誰かさんの言葉とも。皆一様に、頼りたい、背中を預けたい“兄貴”みたいだ。

 

「こちらハウンドワン、俺も壁の中に侵入しました。南東に伸びる渡り廊下進んでるんすけど、なーんか…頭上色んなところに怪しげなカメラありますよ。バレてる可能性大アリっす」

 

通信で神月の物々しい声が入ったと思ったその時だった。はるか頭上の電灯が一気に青く灯り、巨大な地下の空洞をぼんやりと照らし出した。急な眩しさに目を細める。

 

「やあ、公安局刑事課の皆さん。僕を探しに来たんですよね?」

 

高らかに響き渡る嬉々とした声の方に目をやると、そこには暖色ベストスタイルのスーツとコートを身にまとった美しい顔立ちの青年の姿があった。

 

「藤間幸三郎…!」

 

「三年前の事件以降身を隠してたんだけどね、一つ実験したいことがあって、久しぶりに表舞台に立ってみようかなって思ってさ」

 

「あいつは何を言ってるの…?」

 

青柳の疑念に満ちた言葉に御留我も同感だった。藤間が立つのは御留我たちの十数メートル頭上。焼却炉のような空洞の上に位置する作業用の鉄橋で、あたかもそこがステージであるかのように振る舞っていた。

 

あっけにとられながらも御留我たち三人は各々ドミネーターの銃口を藤間に向けた。

 

<犯罪係数:31。執行対象ではありません。トリガーをロックします>

 

「なっ…!?」

 

ドミネーターは正常に作動し、銃口の先の藤間を確実に捕捉し、そして「犯罪者ではない」と告げた。

 

その場にいた刑事皆が驚いた表情をしたのを満足そうにみとめ、藤間は落ち着き払って語りだす。

 

「うん、やっぱりそうだよね。シビュラシステムの目であるドミネーター。据え置きスキャナでは算出できない完全無欠なサイコパスを啓示するその神器ですら、僕を捉えることはできない…。実験の第一段階は終了だ。じゃあ、次の段階に移ろうか」

 

そう言いながら藤間は足元にあるブルーシートを引き、驚くべきものを見せた。横たわる若い女性。制服からして明らかにこの桜霜学園の生徒だった。彼女は四肢に手錠を掛けられ、口は糸のようなもので縫いつけられてぐったりとしていた。

 

「今からこの娘…名前はわからないんだけどね。今日は実験だからいいんだ…。君たちの目の前で解剖しようと思うんだ。どうかな!」

 

猟奇的。まさにその言葉が当てはまった。藤間はポケットから医療用のメスを取り出してみせる。床に横たわる女子学生は、気を失っているものの生きているのは確かだった。それを今まさにこの男は解剖しようとしている。

 

<犯罪係数:44。執行対象ではありません>

 

向け直したドミネーターは明らかにその藤間の姿を捉えながらも、刑事たちに引き金を引かせようとはしなかった。

 

「どうして…?!」

 

隣で青柳が切羽詰まった声を漏らす。

 

異常だ。誰か一人のドミネーターが故障しているならともかく、ここにいる全員のそれが彼を犯罪者として認識しない。

 

妨害電波?いや、シビュラシステムとのリンクは正常だ。サイコパスの偽装?そんなはずはない。据え置き型や簡易スキャナならまだしも、シビュラと直結したドミネーターの測定を欺くことなど不可能だ。もしそれができるのならば、シビュラシステム全体の、つまり社会そのものを掌握することすら可能にしてしまうだろう。

 

「そうか、本当に面白いなぁ。僕はこれまで幾度となく人を殺してきた。そして今まさに人を殺そうとしている。それでもドミネーターは…君たちの信ずるべき正義の目は、僕を“善良な市民”と訴えたいみたいだね」

 

「黙れ!藤間幸三郎、武器を捨てて投降しろ。逃げ場はないぞ!」

 

「うん。だったら今すぐ僕を撃てばいいんじゃないのかな?ドミネーターは絶対に犯罪者を逃さないんだろう?」

 

御留我の牽制も虚しく、藤間はすべてをわかりきっているかのような口ぶりで語りかける。今すぐ駆け寄って取り押さえたいところだが、藤間の立っている鉄橋とはかなりの距離があった。青柳と御留我、向こう岸の壁際の神月とで挟むように銃口を向けるが、いずれも藤間の場所からは階下で、見上げるような形だった。全員の姿を藤間に目視されているし、第一、そこへ行く経路もわからなかった。

 

「『標本事件』って呼んでたくらいだから知ってるよね。僕がこれまで殺してきた人たち、特殊樹脂で人形にするんだ。でもね、殺してから解体して固めるんじゃなくて、“解体してから殺して”固めるんだ…」

 

怪しげな笑みを浮かべてそう呟くと、藤間は女子学生の顔にゆっくりとメスを近づけ、

 

スッ

 

彼女の耳に勢いよく切り込みを入れた。切れ味がよほど良いのか、そんな滑らかな音しか聴こえなかった。

 

「やめろ!!」

 

御留我はとっさに叫んだ。

 

<犯罪係数:22。執行対象ではありません>

 

御留我の荒々しい声と騒ぎ立つ心中とは裏腹に、ドミネーターの自動音声は冷淡だった。

 

背筋が凍る。何かの間違いではないのだろうか。そうあってほしいと願って思考を張り巡らしたが、答えは何ら見つからない。

 

「すごい、こんなことをしても犯罪係数が上がらないなんて。聖護(しょうご)君の言ってたとおりだ…!」

 

藤間は先刻から訳のわからないことばかりを意気揚々と口に出す。

 

「これ以上の愚行はやめないさい、藤間幸三郎!執行対象になるわよ」

 

「でも、シビュラはそうは思っていないらしいよ。公安局の刑事なら、その絶対的な正義に従わないとね。いや、抗うことなんてできないんだよね?君たちはシビュラの正義の猟犬で、僕は善良な市民なんだから」

 

<犯罪係数:4。執行対象ではありません。>

 

青柳と神月の方を見回したが、二人とも同様に焦りと苛立ちの表情に顔を歪め、手も足も出ない様子だった。藤間はその顔を見るのがいかにも楽しそうで、不敵な笑みを絶えず浮かべている。

 

「じゃあ今から、ずっと銃口を僕に向けていてくれないかな?シビュラが“これは正義だ”と言い続けるのを聞きながら、僕のショーを見守っていてくれ」

 

藤間は再び女子生徒にメスを近づけた。

 

逃げ場がないのは俺達の方だ。

 

そう直感した。

 

彼女は確実に殺される。刑事たちが何もできずに見守る中で、残虐に、消えゆく脳に絶望を刻み込みながら。

 

「くそっ…もう他に選択肢はねぇのかよ」

 

通信機越しに聞こえた神月の声で、御留我はある一つのことを思い出した。

 

『君には正義を選ぶ自由がある』

 

局長の言葉が脳裏をよぎった。

 

執行モード:リーサル・バルバトス。対象の犯罪係数に左右されることなく運用が可能な装着型高機動兵装。

 

これなら、今すぐにでも藤間のいる鉄橋までたどり着くことができる。もちろん、藤間を殺すことも。

 

だが御留我は同時に、椎名美里の事件を思い出した。本来死ぬべきではなかった彼女を、軽率な判断で殺してしまった。今回も同じ過ちを繰り返してしまうのかもしれない。また後悔することになるのかもしれない。今度こそ刑事としてのすべてを失うのかもしれない。

 

焦燥と抑止、両方に押しつぶされそうになり悶えた。呼吸が荒くなり、冷や汗が止まらない。周囲が見えなくなる。視界が赤く染まり体の自由が奪われていく。

 

まただ。

 

御留我の中の時間が止まった。白昼夢のような歪んだ空間の中で両腕を鎖で繋がれ、冷たい床に跪いた。目の前にもう一人の自分が現れて言う。

 

「よぉ。調子はどうだ?御留我威都華執行官」

 

眼前の自分の姿をしたそいつは、軽蔑的な目で見下ろしてくる。

 

「てめぇは弱いんだなァ…。これで何回目だ?誰かを“殺す”のは。もういっそ容赦なく殺せよ。そのほうがすっきりすんだろ。自分のせいでとか言うが、結局それは全部自分が困るからなんだよなぁ?お前の罪悪感なんてのは自分を擁護するための建前でしかない。正義だなんだとか言うのはいい加減やめたらどうだ、性に合わねぇんだよ」

 

「駄目だ、早く開放してくれ!でないと被害者が…」

 

「一体何が駄目なんだ?いいだろう、シビュラが関知してないんだから、そのまま眺めておけばいい。それでなんの問題もないはずだ。むしろこのまま精神を俺に奪われてたほうが、辛い時間を過ごさなくて済むんじゃないか?」

 

「やめろ!早く…早く出ていけ!」

 

「…ああ、わかったよ。じゃあ、お前は何もできないまま、目の前で起こること全部目に焼き付けとけ。そしてまた嘆き続けやがれ。『俺のせいで』ってな」

 

嗤いながらそう言うと、もう一人のオルガ・イツカは踵を返していった。再び視界が戻り、肌に触れる冷たい風と痙攣する体の感覚が戻る。

 

御留我はドミネーターを握りしめた。鋭い刃を遊ばせる藤間を見上げながら歯を食いしばる。

 

先程の青柳監視官の言葉を思い出す。

 

『生半可な優しさは時に身を滅ぼしかねない』

 

シビュラは藤間を執行対象と判断しなかった。執行することを拒絶した。この社会において誰もが従うべき秩序、絶対的な正義は、彼を悪とみなさなかった。

 

『忘れるなよ、オルガ・イツカ。お前がいの一番に守らなきゃならねぇものを』

 

“あの時”の宜野座の言葉が脳裏をよぎる。

 

腹をくくった。

 

御留我は大きく息を吸い、ドミネーターの展開コマンドを入力した。

 

頑健な銃身は青緑色の鮮やかな光を放ちながら目にも止まらぬ速さで開花し、御留我の全身を包み始めた。装甲が開き、四肢に沿ってスライドし、異形の装甲となって再び閉じていく。

 

御留我は迷わなかった。迷わないことを決めた。

 

シビュラシステムという“正義”は、藤間を善とした。御留我がそれを否定すれば、それは罪になるのかもしれない。だが執行官としてこれまで、正義の名のもとに沢山の人間を殺してきた。どんなに正当化されようが、それは紛れもない罪なのだろう。これから取ろうとしている行動はシビュラの定める正義からは刑事にとっての罪として戒められ、背負い続けなければならないものかもしれない。これまでの執行官としての自分をすべて否定して、すべてを罪として背負い続けなければならないかもしれない。

 

だが、それでも、たとえそうだったとしても…

 

御留我は群青色に光る目を見開いた。

 

「“正義”に比べりゃ、よっぽどマシだ」

 

<<執行モード:リーサル・バルバトス>>

 

秩序に抗う“悪魔”が、その姿を現した。

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

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