ORCHO-PASS PAGES of MEMORY Page.2「正義と罪」   作:マクギリシマ

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Chapter.2

椎名美里(しいなみさと)。年齢は23歳。私立桜霜学園を卒業後、市営ひまわりの輪保育園に保育士として就職した」

 

刑事課オフィスの無機質な空間に宜野座の声と、送風ファンと冷房設備の低い音が響き合う。御留我と狡噛、宜野座の三人は刑事課に戻り、オフィスで捜査方針を練っていた。

 

「桜霜といえば、確か全寮制の女子校だな。相当な秀才で、尚かつ裕福な家庭での育ちってわけだ」

 

向こう側のデスクに座る狡噛が言った。御留我はその学園のことは知らなかったが、今の言葉でかなり敷居の高い名門校であることだけは想像がつく。

 

「公安局のデータベースをざっと洗ったところ、今年の春に一度サイコパス定期検診に引っかかりセラピーを受診していたことがわかった。」

 

「それだけじゃなんとも言えねぇな…。情報が少ない。園の職員への聞き込みは後日のアポを取るとして…」

 

「家族は?」

 

御留我が言葉を詰まらせると同時に狡噛が聞く。先刻からどうも自分のペースを崩してばかりだ。

 

「両親の他に夫の椎名悠一、そして美香という妹がいるらしい」

 

「ミカ…?」

 

御留我は思わずその名を繰り返した。その自分の言動に驚きつつ、こちらを不思議そうに見た二人に「あ、いや別に」と返す。なぜだかはわからないが、とても馴染みのある響きだったのだ。おそらく事故で失った執行官就任以前の過去の記憶のなかの人物か何かなのだろうが、いちいち気にしていても仕方がない。

 

「既婚者となると、夫以外の家族とは最近頻繁には会っていないだろう。とりあえず椎名悠一を当たってみよう」

 

「椎名悠一とは連絡が取れなかった。彼は現在出張で海外に渡航中だそうだ。勤務先と航空会社にも確認済みだ」

 

「とりあえず夫婦揃ってやましいことをナンタラって線はなさそうだな」

 

狡噛がため息混じりの皮肉をこぼす。それもそのはず、これでひとまず直近で有力な手がかりを得る手立てが封じられたのだ。

 

束の間の沈黙の末、宜野座が口を開いた。

 

「俺は文部教育省を通じて保育園の職員たちへのアポイントメントを取る。狡噛は桜霜学園に連絡を取って妹に聞き込みをできるよう手配しろ。御留我は椎名の両親に連絡を取れ。」

 

狡噛と御留我の二人は重い腰を上げ、それぞれオフィスを後にした。

 

 

 

換気扇の回転音と、職員がキーボードを打つ音が淡々と続く小さな部屋。ここは先程までいたオフィスより少しばかり暑い気がする。

 

御留我は通話用ヘッドセットを掛け、緊張した面持ちで電話番号を入力し始めた。

 

あれから椎名の両親の電話番号の照合と、公安局回線使用許可ライセンスの発行手続きを済ませ、ようやく電話連絡の準備が整った。公安局から一般への電話はなりすましを防ぐため、相手に認知できる形で専用回線から行うことが義務付けられている。そして潜在犯である執行官においては、その都度特別な許可証を発行せねばならない。監視官の宜野座ならばより容易にできた電話だが、彼は彼でまた別の面倒な手続きをやらねばならないのだから仕方がない。

 

ヘッドセット越しに聞こえる発信音が数秒流れたあと、落ち着いた男性の声が応答した。

 

「はい、霜月です」

 

「あ、えと、どうも、公安局刑事課の者です」

 

御留我はたじろいでぎこちない挨拶を返す。これでは偽物を疑われるのではないかという一抹の不安を抱きかけたくらいだが、公安局専用回線から発信していることを思い出し、大丈夫だと自分に言い聞かせる。

 

「椎名さ…美里さんについてお伺いしたいことがあって」

 

 

 

通話は10分と経たずに終わった。案の定両親はしばらく椎名美里と会っておらず、たまにチャットを交わす程度の交流らしく、特に変わったところは思い当たらなかったようだ。椎名の人となりを聞こうかとも思ったが、20代までサイコパスが正常だった時点で幼少期の人格形成上の悪影響があったという可能性はほとんどない。聞くだけ無駄だと考え直した。

 

「さっさとスキャナにかかってくれりゃな…」

 

御留我は安っぽいオフィスチェアの背もたれをギイと倒し、気だるそうにぼやいた。

 

実際ストレスの暴走しただけの潜在犯の暴行事件などにだらだらと詳細捜査などしたくない。パラライザーで気絶させて身柄を確保すれば済む話なのだから、捜査にもそれ相応の単純さを望みたいところだ。

 

「!」

 

突然の腕時計端末への着信に御留我はビクリとする。相手は宜野座だった。

 

「公安局刑事課1係執行官、御留我威都華だ。」

 

「自己紹介するな。たった今、街頭スキャナと防犯カメラに椎名が掛かった。出動するぞ」

 

「了解!」

 

御留我は待ってましたとばかりに威勢の良い返事を返し、狭苦しい部屋を足早に去った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

夕日ですら蒸し暑い午後6時。刑事課1係は総出で現場に到着した。大田区にある資材倉庫の一画で、重黒いキャリアから各々ドミネーターを抜き取る。

 

「職場の暴行から誘拐事件に発展するとはねぇ」

 

縢秀星(かがりしゅうせい)が能天気な声で言う。毛先の踊った明るい茶髪を後ろへかき上げ、ワインレッドの半袖シャツと黒いジョガーパンツに身を包んでいる。

 

「まあ、サイコパスは些細なことからどんどん悪化するからな。パニックを起こしちまう例も少なくない。」

 

抜き取ったドミネーターを腰の後ろのホルスターにしまいながら、ベテラン老年刑事の征陸(まさおか)執行官がそう言った。

 

どうして総動員なのか。それは移動中の護送車で聞かされた。防犯カメラの映像と目撃者の証言から、驚くべきことに椎名が宮内を攫ってこの倉庫に連れ込んだことがわかったのだ。人質に取るつもりか、はたまた殺害するためか。いずれにせよもはや危険な事件と捉える他ない。人命がかかった鎮圧任務の場合、刑事課は一係分全員で対処に当たることが多い。

 

「もたもたするな。危険な状態かもしれないんだぞ。早く配置につけ」

 

いまいち緊張感に欠ける執行官一同にしびれを切らした宜野座が早口にそう言うと、皆早足で倉庫の各所へと回り込んだ。

 

 

 

「公安局刑事課だ!椎名美里、宮内を放して投降しろ!」

 

宜野座を筆頭に、倉庫のあらゆる窓と扉から一斉に刑事たちが突入し、倉庫の中央に立つ女性にドミネーターの銃口を向けた。

 

<犯罪係数:オーバー300 執行対象です。執行モード:リーサル・エリミネーター>

 

指向性音声がそう告げると同時に、ドミネーターは青い光を放ちながらまたたく間に銃身を展開させ、椎名への処刑を刑事らに命じた。ある程度予想の範疇ではあったが、やはり椎名の犯罪係数は急激に上昇し、ドミネーターの殺傷形態への基準となる300を超えていた。

 

「警察…?!」

 

抱え込んだ宮内の首元に果物ナイフをあてがう椎名は一瞬戸惑った様子を見せたが、再び顔をしかめてこう言った。

 

「この人は生かしておけないんです!今ここで殺します!」

 

「いい加減にしなさいよあんた!警察に囲まれたのよ。諦めて投降しなさい!」

 

「黙れ!!」

 

ナイフを向けられながら宮内が果敢に突っかかると、椎名は耳をつんざくような声で叫ぶように怒鳴りつけ、震える手でナイフを握り直した。

 

「宮内が邪魔で撃てない…!」

 

宜野座が通信機越しに小さく呟いた。椎名が立っている倉庫中央から刑事たちが銃口を向ける壁際まで約30メートル。命中率はいささか下がり、このまま撃てば椎名に抱え寄せられた宮内に当たる可能性も高い。その上少しでも接近する素振りを見せれば宮内の首元が掻き切られるだろう状況だ。誰もが息を止めて倉庫内は膠着した。

 

その直後だった。

 

「俺はいるぞ。」

 

刑事たちの通信機に微かにそんな声が通った。刹那、倉庫の二階、壁に沿った渡り廊下の鉄パイプ柵を身軽に飛び越え、皆の視界の遥か上に御留我が舞った。そう、他の面々が一階から突入した中、御留我は一人二階からの侵入を試みていたのだ。渡り廊下への階段は倉庫の中にあるのみ。つまり外から二階に入り込むためには外壁をよじ登る必要があった。

 

「え…」

 

御留我が華麗に身を翻し着地したのは椎名とのゼロ距離。一瞬にして目の前に現れた銃口に呆然とする彼女を死刑執行の青い光線が貫通したのは、たった1秒後のことだった。

 

 

【挿絵表示】

 

 

「職場ストレスで執行対象まで成り上がるたぁ、愁傷なこった」

 

御留我は心地良い達成感に浸り、そう呟いた。

 

足元にはつい先程まで椎名美里だった血と肉が散らばり、腰が抜けた宮内が怯えた目をして座り込んでいた。

 

「公安局です。宮内さん、身柄を保護します。ショックな出来事だったでしょう、施設でセラピーを受けるよう手配します」

 

駆け寄った宜野座が落ち着いた声でそう呼びかけると、宮内は六合塚(くにづか)執行官の支えを借りてゆっくりと立ち上がった。

 

「さすがは刑事課実戦エースだな、御留我」

 

ドミネーターを腰の後ろにしまいながら狡噛が言う。彼自身刑事課の中でかなりの身体能力の持ち主だが、御留我の超人的なそれを前にすれば、称賛の言葉が出る。

 

「あの高さから飛び降りて、よく死なねぇなぁ…」

 

御留我が飛び降りてきた渡り廊下を見上げ、征陸が感嘆の声を漏らした。

 

皆の賞賛に御留我は照れくさくなって頭の後ろを掻く。

 

御留我威都華には特殊な能力がある。「フリージア(希望の華)」と名付けたそれは、何度死んでも必ず息を吹き返すいわゆる不死身の能力だ。それに加え超人的な身体能力も持ち合わせており、刑事課きっての戦闘要員たり得ている。

 

「これにて一件落着ってとこだな!」

 

御留我は鼻が高い思いのまま威勢よく言った。

 

やはり細々した面倒な捜査云々より、こうドミネーターで解決してしまうのが一番だと感じる。「邪魔な奴らは誰だろうとぶっ潰す」とまで言うつもりはないが、シビュラシステムによって割り出される犯罪係数で完璧に善悪を判別できるこの社会においてわざわざ回りくどいことをするのは無駄だろう。

 

御留我は2年の執行官経験を通じてそう感じていた。

 

システムに従っていれば間違いはないのだ。これ以上の保証なんて逆立ちをしても思い浮かばない。

 

そう、システムに従ってさえいればいいのだ。

 

 

 

 

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