ORCHO-PASS PAGES of MEMORY Page.2「正義と罪」   作:マクギリシマ

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Chapter.3

「ご用件というのは、何でしょうか」

 

御留我は緊張に固まった声を絞り出した。敬語を使うのはどうも慣れない。

 

公安局長執務室。公安局ビルの最上階にあり、基本的には監視官などの上の階級でなければ入室は許可されない。“基本的”から外れた例外というのは今まさにここに呼び出された御留我を指すが、それ以外には例を聞いたこともない。御留我はそんな身の丈に合わない空間の中で、真夏にもかかわらずジャケットのボタンを全て閉じたかしこまった姿で直立していた。中に着た黒い襟シャツとネクタイがまたなんとも暑苦しくて仕方がない。

 

 

【挿絵表示】

 

 

刑事課オフィス二つ分ほどの広さで、黒い大理石の荘厳な壁に囲まれ、中央には埃一つない大きなデスク。そこには純白の装束の様な雰囲気を醸し出すタイトスーツを身に纏った老年の女性が鎮座している。彼女こそが公安局の局長、禾生壌宗(かせいじょうしゅう)である。

 

「君がここに呼び出されたということは、それなりの特別な事情があるからだ」

 

「はい、存じています」

 

局長の落ち着き払った低い声に御留我はより一層硬直する。

 

一体どんな「特別な事情」なのだろうか。

 

任務での失態は重大なものは思い当たらないし(全く無いと言えば嘘になるが)、そもそも失態があろうと局長に呼び出されることなどまずない。もしかして先週オンラインで買ったラブライブの同人誌が若干成人向けコンテンツ寄りだったのがバレたのだろうか。いや、だとしてもそこに咎められる理由はない。

 

「君の背中にある端子だが、君の祖国での重機操作用らしいというのは以前から聞いているね?」

 

「あ、はい?あー、これのことですか…」

 

御留我は局長の口から出た予想外の言葉にきょとんとした。

 

御留我のうなじには金属製の端子が埋め込まれている。検査と分析の結果、脊髄と接続されており、何らかの機械を操作するためのものではないかと告げられた。執行官以前の記憶がない以上正確なところは思い出せないが、少なくともこの国にはそんなものを使用する技術は存在しないのだそうだ。

 

「その“阿頼耶識(あらやしき)”という有機デバイスシステムを活用する特殊装備を君に貸与するというのが、今日の要件だ」

 

御留我はなおさらきょとんとする。話の流れから察するに、背中の端子は阿頼耶識という名前であることまでは理解できたが、その後が正直ピンとこない。

 

「資料を君のデバイスと刑事課全員に送信しておいた。詳細は後で確認してほしいが、概要だけは説明しよう」

 

「はい、お願いします…」

 

御留我は未知の状況に立たされ、言われるがままに局長の話に耳を傾けた。

 

与えられた特殊装備の名は「バルバトス」。御留我のドミネーターに追加搭載されるリーサルクラスの執行モードだそうだ。変形したドミネーターが使用者の全身を包み込む形で起動する、いわばパワードスーツのようなものらしい。動力にはエイハブ・エンジンと呼ばれる擬似太陽炉を使用し、飛行や高機動戦闘が可能になるが、エネルギー積載の問題上1分間の制限時間が設けられている。エンジンを切ったニュートラル状態でも活動は可能だが、自力で動かす負担が大きいため非推奨。そして何より驚かされたのは、そのバルバトスモードは対象の犯罪係数に関係なくこちらの意図で操作することができるということだ。

 

「しかし局長、それだったら監視官に与えるべきじゃないんですか?いち執行官がこれほどの権力を保持するのは、この社会秩序上問題なのでは…」

 

御留我は恐る恐る聞く。

 

「君が妙なところに鋭いことは賞賛に値するが、足元が疎かなようだね。“灯台下暗し”ということわざが当てはまる」

 

「東大に入学するときは、元からそこに暮らしていたかのような猛烈な秀才と対峙する覚悟を持てっていう、あれですか?」

 

「その返答が冗談であることを願いたいが、どうやらそうではなさそうだね」

 

局長が冷めた目でこちらを見てきたが、御留我はその動機が全くわからなかった。この場で冗談をいうほど馬鹿ではない。至って真面目に、以前縢から教わったそのことわざの意味を述べたまでだ。

 

やがて局長が大きなため息をついてから再び口を開いた。

 

「バルバトスの操作には阿頼耶識システムが必須だ。目下のところこの国ではそのインプラントを供給する技術的問題も倫理的問題も解決手段はない。つまりそれを扱えるのは君だけなのだよ」

 

御留我はここにきてようやく合点がいった。自身の脊髄に埋め込まれた阿頼耶識なるものはこれまで存在し得なかっただけでなく、今日においても開発されていないということだったのだ。義手や義足などの身体の一部の機械化が容認される世の中ではあるが、流石に兵装のために脊髄にインプラントというのは議論を呼びそうなものだ。

 

「それにこの執行モードには安全装置も用意されている。起動と同時に監視官に通知され、バルバトスでの活動すべてがリアルタイムで遠隔監視される。監視官が“不適切な行動”と判断した場合、遠隔からの強制解除コマンドを実行できる」

 

どうやら抜かりなく安全装置も用意されているらしい。

 

「けど、そうまでして犯罪係数を無視できる権力をなんで…」

 

御留我はやはりどこか納得がいかず尻込みした。犯罪係数をもとに善悪を裁く社会。犯罪係数は、シビュラが割り出すサイコパスはこの社会の根幹であり秩序そのものであるはずだ。

 

「“なぜ必要か”はいずれ君自身が答えを導き出すはずだ。だがこれだけは言っておこう。“君には正義を選ぶ自由がある”」

 

その言葉を聞いた途端、御留我は余計に首を縦に振りづらくなってしまった。シビュラシステムの判断した善悪が絶対の秩序。それに従ってドミネーターの引き金を引けばいい。それで今まで何不自由なく任務をこなしてきたわけだし、今更面倒な手順を踏みたいとも思わないのだ。

 

 

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