ORCHO-PASS PAGES of MEMORY Page.2「正義と罪」   作:マクギリシマ

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Chapter.6

刑事課1係のオフィス。いつもと何ら変わらぬ無機質な空間、空調のファンの回転音が淡々と響く。それらが御留我の目には、一切の色彩を抜き取られたようなモノクロに映っていた。

 

「容疑者は本刈谷賢三(もとかりやけんぞう)。フィットネスクラブにトレーナーとして勤務。今朝8時頃、通っていた港区のアマチュアボクシングジムで練習試合のあとに相手を暴行し、現在は逃亡中だ」

 

1係の執行官の皆の視線が集まる中話す宜野座の声を、御留我は虚ろな感覚で耳に入れる。

 

椎名悠一との面会から5日。御留我は未だ晴れぬ胸の闇を払いきれず、それどころか、そんな荒みきった自分自身にも半ば失望しかけていた。

 

「街頭スキャナに最後に掛かったのは?」

 

間髪入れずに狡噛が問うと、宜野座は一度資料に目を落としてから言った。

 

「9時35分の国道2号線でが最新だ。色相判定はディープバイオレット。突発的なストレスの兆候だ。これから俺たちで本刈谷の自宅付近を中心に捜索に…」

 

「俺は降りさせてもらう」

 

御留我が宜野座の言葉を遮ると、その一瞬で場の空気が凍りつくのがわかった。

 

宜野座の睨むような視線と皆の横目を身じろぎ一つせず受けたまま御留我は続ける。

 

「ろくに調べもしないで追い詰める利己的な捜査なら、通す筋なんてもんはねぇ…」

 

「ふざけるのも大概にしろ!!」

 

ついに宜野座が堪忍袋の尾を切り怒鳴り声を上げた。御留我は膝に手を置いたまま彼を睨み返し、次に出てくる言葉を待つ。

 

「これがシビュラ運営下での適切な捜査だ!いつまで過去の事件に固執する気だ?!今までだってずっとそうやって執行官としての義務を果たしてきただろう」

 

「そうだ、ずっとそうやってきた!」

 

御留我はデスクを両手でバンと叩き、立ち上がって言った。宜野座の表情が少し歪む。

 

 

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「今まで何十回、何百回も、正義だと都合よく言い訳つけてろくに考えもせずに…自分が殺人犯と変わらねぇ罪を犯し続けてることから目を逸らして、躊躇うこともなくぶっ殺してきた、奪ってきた。俺の知らない誰かの家族を、俺の知ることのなかった誰かの幸せをな!!」

 

宜野座の顔が嫌悪から唖然に明らかに移り変わった。その理由は紛れもなく、恐ろしい剣幕で思いの丈を吐き出す御留我の鋭い目から、一筋の淡い涙が零れ落ちたからだった。

 

水を打ったように静まり返ったオフィスを、御留我は足早に出ていった。

 

今後刑事としての立場がどうなるかなど考えるよしもなかった。いや、もはや御留我は何も考えていなかった。彼の頭の中はこみ上げる凄まじい悲壮と激情で埋め尽くされていたのだ。頬を伝うたった一筋だけの涙は、いつまでも熱を持ったままだった。

 

 

 

 

 

朝8時の夏空。幾分か暑さが弱まり、蝉の鳴く声が寂しげに移りゆくのが手に取るようにわかる。高速道路を走る刑事課の乗用車の中、空の清々しさとは裏腹に御留我の気分は未だにどんよりと曇ったままだった。窓枠に頬杖をつき、何を見るわけでもなくぼんやりと外を眺めていた。隣で運転する宜野座とは、ほとんど会話がなかった。

 

「本刈谷の事件の捜査はよかったのか?」

 

長い沈黙を破って呟くように切り出したが、御留我のその声は開口一番にするにはあまりにも陰鬱で、それでいて無感情のようにぶっきらぼうだった。

 

「中断の原因を作った奴がよく言うな。2係に委譲した」

 

宜野座が同じような声色でぶっきらぼうに答えた。

 

 

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「俺なんかほっといてもどうにでもできるだろ」

 

「ふん、たった数日で随分とひねくれたな。お前がいないだけで一体どれだけの戦力を失うと思ってるんだ」

 

御留我がより陰険な声で言うと、宜野座がそこに皮肉さを上乗せして言い返した。再び沈黙が訪れる。車窓から見える景色はビルばかりで一向に変わらない。

 

御留我は先ほどのぶっきらぼうさはそのままに、しかし陰険さはできるだけ除くようにして再び問いかけた。

 

「なんで、外出許可出してくれたんだ?」

 

先日一度宜野座に却下されていたはずの御留我の外出許可申請が、昨日の夜に受理されたと通知が入り驚いたものだ。

 

「お前には一刻も早く仕事に戻ってもらわなくては困る。お前の気が済むなら、俺はとことん付き合ってやる。それも監視官の仕事だからな」

 

一問一答。途切れ途切れの会話だった。道路のスピードハンプをタイヤが踏む音が淡々と耳につく。

 

「ところで、なぜあの保育園へ行くんだ?」

 

次に沈黙を破って問うたのは宜野座だった。顔はフロントガラスの前に向いたまま、視線だけをこちらに向けたのが見えた。

 

「椎名が保育園ではどんな人間だったんだろうって気になってな。知りたいんだ」

 

「お前、面会の時のようなことは…」

 

「わかってるよ。子どものいる前だ、お前に怒鳴らせるような真似はしないさ。…あんときは悪かった」

 

御留我がそう言い切ると、宜野座は少しだけ安心したように息をつき、フロントガラスの向こうに視線を戻した。

 

「なあギノ、監視官であるお前に聞きたい」

 

「なんだ?」

 

「俺が椎名を殺したこと、お前自身はどう思う?」

 

自分でも変な質問をしたと思った。しかし宜野座は予想に反して早い返答をした。

 

「人間の命は平等じゃない。失われなければならない命、生き続ける命がある。その隔て方は理不尽じゃないことのほうが珍しい。あの場で椎名を殺さなければ宮内が殺されていた。あの二人の境遇を知っていようがいまいが、判断は下さなければならない。どちらか一人を選んで殺せと言われても、俺たちは迷いなく片方を殺すことなどできない」

 

宜野座は淡々と話し続ける。

 

御留我がその言葉から感じたのは、狡噛との差異だった。狡噛は迷うことなく椎名を撃っていただろうと言った。宜野座はどちらかを迷いなく殺すことはできないと言った。これが監視官と執行官との違いなのだろうか。

 

「正義の基準は人それぞれある。椎名美里は虐待され続ける子どもを守ろうとした。やり方こそ歪んでいるが、それは彼女なりの正義だった。椎名悠一は美里を殺したお前を恨まないと言った。それは椎名悠一なりの正義だったはずだ」

 

御留我は目を丸くした。潜在犯を軽蔑する宜野座が椎名美里の行動を「潜在犯の狂った暴挙」と切り捨てず、そんなふうに解釈していたのが意外でならなかったのだ。

 

「そんな、人の持つ正義の違いから犯罪が起こると俺は思っている。個々が持つ正義をすべて尊重することはできない。だからシビュラシステムに頼る必要がある。シビュラシステムという誰の主観にもとらわれることのない価値基準の定義があるからこそ、この町の市民は正義という曖昧なものを普遍的な秩序として与えられているんだ」

 

「でもそいつは、与えられてんじゃなくて、奪われてんじゃねぇのか?」

 

御留我が引っかかっていたことを言葉にすると、宜野座は一瞬黙り込んだ。さすがに怒らせたかもしれない。シビュラに従って秩序を守る公安局の監視官にとって、シビュラに対して疑問を抱くことは禁忌なのだ。職務への意識の低下、下手をすれば犯罪係数の上昇にもつながる。御留我は宜野座にそれを助長させてしまった。

 

しかし実際に彼から返ってきたのは、戒めでも侮蔑でもなかった。

 

「…そうかもしれないな」

 

その声は先ほどと同じく淡々としていたが、ほんの少しばかり寂寥に似たものが混じっていた。

 

 

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